2006年01月06日
指先の仕事
美容外科を生業にしてからおよそ10年くらいになる。
この1-2年、ようやく指先で形を理解できるようになった。
説明が難しいけれど、求める形を手が理解してくれているという感じ。
彫刻や絵を書くときもそうだけど、実際に行っているのは非常に単調な動作である。
でも最後の形を認識していないと、どこで作業を止めていいのか分からなくなる。
形成外科を始めるころから何年もの間、どこで手術を止めて良いのか分からなかった。
この左右差は時間が経つと解決するのか。
どこまで剥離したら組織を痛めないのか。
手術直後はどこまでが改善でどこからが蛇足なのか。。。
本当に理解できていなかった。
納得するのに時間がかかったし、納得しても結果にでない場合も多かった。
それが最近なくなった。
はい、これで終わり。と言えるようになった。
止める場所を手が覚えてくれる。
これはとてもうれしい。
特に一見ほんとにこれで良いのと思われる形が、時間の経過とともに求める形になっていくのは快感ですらある。
経験とか、反復作業から得られる精密さとは少し異なる感覚である。
でも未だに左手と右手は完全に同じ感覚ではない。
これを、まだ発展の余地があると考えるか、この
程度と諦めるのかすこし迷う。
気持ち的には、今年はこの先を努力したい。
投稿者 674530 : 23:43 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月13日
手術をすればよくなる?
手術をすればよくなるというのは条件付で正しいといえます。
条件とはプロの外科医が行う場合。
プロとはプロフェッショナルの日本式略語ですが、
スペシャリストとは異なり、経験はもちろん、それに人格が加味されて
その手技に説得力を持たせることができる者という意味です。
プロフェッショナルを極めた者がプロフェッサー 、教授ですね。
人格が伴わないと、数の自慢になるのが関の山になります。
xx手術5万件とか。
すべからく手術とはうまくいく保障なぞできるものではなく、うまくいかなかった時に、
この人で駄目なら仕方がないという思える関係を術者と築けるかどうかです。
根拠なんて考えてもありません。
ひたすら勘に頼るのみです。
経験がなくては手術はうまくなりませんが、その経験にも長さと豊富さがあり、
同じ手術を工夫に工夫を重ね二日酔いの時でも、徹夜明けでも最高のコンデションとほぼ
同じ結果を残すことができるのは、どちらかといえばスペシャリスト。
それはそれで信頼できます。
プロフェッショナルとは経験の豊富さの方にあるので一般的な手術では印象に残らないけれど、
手術でつらい目にあって、なおかつあきらめられず、
最後に託したい方がプロフェッショナルのような気がします。
美容外科には私も含めてスペシャリスト止まりが多いようです。

随分昔の話ですが、私が学生の頃、同級生が虫垂炎になり、
外科の教授がわざわざ執刀してくれるとことになりました。
普通盲腸なんぞ、若い外科医の担当なんだぞと言われていたから、
特別待遇ですごいな感心していたら、
彼は術後腹膜炎になって1年ダブってしまいました。
年が経ち私もいっぱしの外科医になった時、
嗚呼、あれは教授がうまくなかったんだと確信したのですが、
ニコニコ顔で同級生を回診していた教授の悪びれない態度が、
実にまねる事が難しいと実感したのもその時でした。
でも失敗されるのはいやですね。