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2007年06月30日

建築デザイン

 札幌美容形成外科の内装工事はちょうど3年前の今日、竣工・引渡しがありました。建物の賃貸契約をして、家賃を払い始めてから6ヵ月かかりました。まず、目指す建物を探して、空室があるか確認。不動産賃貸契約を結びます。ビルの空室はそう何件もありませんので、気に入った建物であれば開業前から押さえる必要があります。
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 これから美容外科・形成外科の診療所を開業なさる先生は、今までに経験したことがない、さまざまな契約をしなければ開業できません。昨日の日記にも書いたように、診療所向きのビルは多くはありません。
 ‘これダ!’と決めたビルがあれば、他の先生に契約される前に契約なさることをお薦めします。
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 私の場合は、たまたまビルの下見に来た時に、㈱スノー会舘の担当の方が、とても親切に案内してくださったので決めました。
 札幌美容形成外科が入居した3Fは、雪印パーラーの宴会場だったため、奥に厨房設備がありました。そのため、昨日記載した、水・排水の問題はクリアーできました。
 ある先生が見学にいらして、厨房用のシンクをご覧になりました。とても使いやすそうなので、ご自分のクリニックを開業する時にマネさせてもらいますと言われました。
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 飲食店などの店舗デザインは専門の建築家が多数いらしゃるようです。新しいビルの飲食店に入ると実に洗練されたデザインで、照明にも凝っています。
 美容外科専門の建築家が札幌にいらっしゃるかどうか?私は存じませんが、私は自分の家を建てる時にお世話になった建築家に依頼しました。
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 私が依頼した建築家は萩原淳一さんです。北海学園大学工学部をご卒業後、札幌市内の有名な建築デザイン事務所で腕を磨かれました。
 私が自宅を建てた時は、まだその建築デザイン事務所にいらしたのですが、その後独立し開業されていました。
 私はうるさい施主なのに、細かい注文を文句も言わずに何度も図面を引き直してくれたのが気に入っていました。
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 独立された後、どこに行かれたかわからなかったので、電話帳を頼りに片っ端から探しました。20~30軒目でようやく見つかりました。先輩の事務所の横の小さなスペースでこじんまりと事務所を開いていました。彼はとても喜んでくれ、設計を引き受けてくれました。
 私には、私なりのこだわりがありました。待合スペースは隣の人が見えないように。カウンセリング室は完全個室に。
 手術室は手洗い装置をつけて、麻酔の余剰ガス排出装置もつけて。などなど、萩原建築士は実に良く私の意見を反映してくれました。
 私の仕事が終わった後で、デパートで弁当を買って彼の事務所へ行き、弁当を食べながら何回も打ち合わせをしました。
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 そうしてできたのが札幌美容形成外科です。私がはじめて持ったMyクリニックです。
 時代の流れとはいえ、この札幌美容形成外科を壊してしまうのはとても残念です。
 萩原淳一一級建築士は、まじめで信頼できる方です。‘絶対に’偽装なんかしない人です。
 ここがHPです。札幌美容形成外科も掲載されています。一度クリックしてみてください。

投稿者 sapporobiyou : 22:59 | コメント (0)

2007年06月29日

ビルの条件

 札幌美容形成外科のような美容外科クリニックが入居できるビルには条件があります。一般的なオフィスビルでは、水と排水の問題があります。現在、札幌市内に新しくできているビルの多くはオフィス仕様です。床がOA用にファイバーやケーブルを配線できるように作ってあります。
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 美容外科診療所では、もちろんOAも大切ですが、それ以上に大切なのが水です。手を洗うのにも、手術器械を洗うのにも、タオルを洗うのにも水が必要です。水を使うと、水を流すための排水が必要になります。水道は給水圧があるので大丈夫ですが、排水は勾配をつけないと水が流れません。
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 ビルを設計する時から、水と排水の問題を考えていればOKなのですが、オフィスビルで水があるのはトイレと給湯室位です。そこまで配管をしなくては水を使えません。
 水の次は、室内の温度です。今はエアコンがついていないビルはありませんが、設定温度はせいぜい25~26℃です。服を着て過ごすことが前提になっています。
 手術室では服を脱いで手術を受けます。スタッフは冬でも半袖が当たり前。オフィス仕様のエアコンでは出力不足が懸念されます。
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 レーザー機器を使う部屋は、200Vの電源が必要な場合が多く、電気容量が足りないため、電機室から新たに配線を引くこともあります。
 換気設備もレーザーで毛が焼ける臭いが出るため、通常のオフィスよりも強力な換気扇が要ります。
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 手術室には無影灯という大きなライトがあります。このライトを吊るすには通常の天井高では不足することが多く、現在の札幌美容形成外科は2800といって、天井までの高さが2m80cmあります。天井の強度も必要で、無影灯を吊るしたために天井が抜けてしまっては大変です。
 全身麻酔では酸素と笑気という麻酔ガスを使い、さらに吸入麻酔薬も使います。このガスを外へ出すための、余剰ガス排出装置が必要になります。通常のビルでは、外へガスを排出する経路がありません。そのため、ビルの壁に穴を開ける必要が出てきます。
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 普通のオフィスビルは日曜日はお休みのところが多く、日曜日には玄関がしまってしまいます。
 日曜日でも入り口が開いているビルで、深夜に急患があっても対応できるビルが必要です。
 駅から近くて便利で、これらの諸条件を満たすビルを探して、工事が完成するまでは、現在地で診療を続けます。
 平成19年末までに取り壊しは、おそらく‘絶対に’ないと思います。

投稿者 sapporobiyou : 20:42 | コメント (1)

2007年06月28日

思い出の場所

 私が家内とはじめて出合ったのは、雪印パーラーでした。今から30年も前の話しです。家内は兵庫県西宮市に住んでいました。女の子5人の仲よしグループで北海道にスキーに来ていました。私は兵庫県西宮市がどこにあるか?も知らず。甲子園球場がある都市とも知りませんでした。
      ■         ■
 家内はスキーをするのが初めてで、5人のうち満足にスキーができたのは2人くらいだったでしょうか?グループの一人が共通の友人でした。『北海道に友だちとスキーに行くので、スキーができる人に教えてもらえない?』と頼まれました。私が友人を集め、総勢10人でアイスクリームを食べに来て自己紹介をしたのが、雪印パーラー1Fの奥でした。
      ■         ■
 今はありませんが、30年前にはパーラー1階の奥にレストラン風のコーナーがありました。ちょうど今のパーラー2階のような雰囲気でした。
 30年前にはハーゲンダッツもサーティーワンもなく、北海道のアイスクリームは最高でした。特に雪印パーラーのアイスは他では食べられない味でした。
 10人は全員おじさん・おばさんになっていますが、当時は若くてはつらつとしていました。男性は私ともう一人が医師。北海道放送1人。サラリーマン1人。牧師1人です。女性は全員結婚して子供がいます。北海道に嫁に来たのは家内だけです。
      ■         ■
 すぐに付き合い始めたわけではありません。30年前は携帯もメールもありませんでした。
 電話も家電が1回線あるだけです。それも、市外通話料金が驚くほど高く、私の記憶では一度も電話をした覚えがありません。
 留寿都へスキーに行って、スキー場で別れてさようなら。私がスキーを教えたのは、別の女の子だったような気がします。お互い、まさかこの人と結婚することになるとは、夢にも思っていませんでした。
      ■         ■
 住所だけは知らせていたので、年賀状のやり取り程度はしていました。私は知らなかったのですが、10人のうち一組だけが、その後ひそかに付き合っていたようでした。そいつが二股をかけて付き合っていたことがバレ、そりゃ~ナイしょ!ってことになって、意気投合したのが始まりです。人生、いつ何が起こるかわかりません。
      ■         ■
 今と違って通信手段は手紙だけです。こうやって日記を書くように毎日書いた?わけではありません。一週間に一通くらい書いたでしょうか?病院から帰ってきてから、ペンで書いていました。ワープロなんてありませんでしたから…。
 今の人は遠距離でも、携帯があり、メールがあり、画像付きでTV電話もありますが、30年前は手紙。速達で出すのが唯一の贅沢でした。
 手紙が通信手段で、あまり会わなかったから、お互いに良い所だけを見て結婚できたのかもしれません。ただ、家内の父からは反対されました。可愛い娘を蝦夷(エゾ)の地へやりたくなかったのでしょう。
 こうして雪印パーラーで知り合ってから5年後くらいに私たちは結婚しました。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (1)

2007年06月27日

ビル改築について

 インターネットの掲示板2チャンネルに‘雪印パーラーのビル、今年の9月で取り壊しって聞きました’と書き込みがありますが…とお問い合わせをいただきました。
      ■         ■
 札幌美容形成外科が入居している、スノー会舘ビルは昭和36年(1961年)に伊藤組土建㈱によって建設されました。札幌駅前通りの歴史的建造物です。築46年ですから、建物としてはかなり古いビルです。伊藤組土建㈱の社史に掲載されています。伊藤組の伊藤ビルディング竣功したのが昭和38年です。最近スノー会舘ビルのオーナー様からビル改築計画について提案されました。
      ■         ■
 札幌美容形成外科はビル改築に協力し、改築期間(約1年程度)は仮店舗での診療を行う予定です。ビル取り壊しは早くても平成20年以降になる見通しで、具体的な日程は決まっておりません。
 仮店舗はまだ決まっておりませんが、札幌駅周辺で交通の便が良い場所を考えております。
 仮店舗への移転に伴い、数日間の休診はあると思いますが、診療の中断はございません。
      ■         ■
 私は北大形成外科に勤務していた時から、開業するなら札幌駅前でと決めていました。形成外科や美容外科の診療圏は広いので、交通の便が良いところが患者様に便利だからです。
 どこで開業するかは、とても大切な問題です。クリニックもお店も飲食店も同じです。場所によって流行る流行らないが分かれます。
 美容外科は堂々と入るクリニックではありません。どんなに腫れないといっても、手術直後の顔を見られるのはイヤなものです。できれば、人に知られずに手術を受けたいと思います。
      ■         ■
 全国的に見ると消費者金融が入っているビルに、美容外科が同居している場所がたくさんあります。変な言い方ですが、消費者金融もあまり人に知られずに行きたい場所だと思います。でも、あまり辺鄙な(ヘンピ)な場所にあっても、目立たないので、いらしていただけなくなります。消費者金融はどこへ行っても大きな看板があり、同じビルに複数社が入っています。駅前の立地が良い場所にあります。
      ■         ■
 私はビルを選ぶ時に、札幌駅周辺のほとんどすべてのビルに自分で入ってみました。ビルの雰囲気、臭い、人の量など、日時や時間も変えて見てみました。夜間に入れるかどうか?お正月も入れるかどうか?も実際に深夜やお正月にチェックしました。
      ■         ■
 雪印パーラーが入っているスノー会舘ビルを選んだ理由はいくつかありました。
 まず、雪印パーラーという抜群の知名度で、場所を間違う方は皆無です。札幌駅から近いという、交通の便のよさも気に入りました。ビルは古く入り口には階段がありますが、人はあまり通りません。
 観光客がよくパーラーのパフェを見ていますが、意外と地元の人の出入りは多くありません。駅前通りは人が多いので人ごみに紛れてパッと入ってしまえばあとはわかりません。みな急いで歩いているので、意外と気づかれません。
      ■         ■
 札幌美容形成外科が入っている3階は、雪印パーラーの宴会場だった場所です。私としても、この場所が気に入っていますが、札幌市の都市計画で駅前通りも変わっています。ビルのオーナー様にはとてもお世話になったので、改築計画に協力したいと考えています。
 ビル改築に伴う新しい情報が入りましたら、その都度HPでお知らせいたします。
 皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。
平成19年6月27日 札幌美容形成外科 院長 本間賢一

投稿者 sapporobiyou : 23:36 | コメント (0)

2007年06月26日

芸能プロダクション提携

 芸能プロダクション提携という派手な広告を、新聞の折込で出しているクリックがあります。全国展開しているクリニックで札幌にも分院があります。本当に芸能人が利用しているクリニックは‘絶対に’芸能人御用達とは書きません。そんなことをしたら、二度と芸能人は利用してくれなくなります。以下が折込広告に書かれている内容です。
      ■         ■
芸能プロダクション提携
無痛麻酔・無痛手術
傷痕のない高度な技術
丁寧なカウンセリング
丁寧な手術
このすべてが‘うさん臭い’のです。
      ■         ■
 そのクリニックのHPの内容です。
◎芸能プロダクション提携◎
 興味はあるけどちょっと不安、どんなところなんだろう?といった不安な方に・・・・
 アクアクリニックは芸能プロダクションと提携しており、プロが求める高いニーズに答えるため、ハイレベルな技術、質、安全性を提供しております。
      ■         ■
 カウンセリングは施術の過程で最も大事な要素の一つです。
 アクアクリニックのポリシーは「できあがりの美しさ」と「手術を受けられた方の満足」、この両方を追求することにあります。
 そのために、カウンセリングではあなたの希望やお悩みを充分に伺って、スペシャリストの立場から、あなたにとって最適の施術方法をアドバイスさせていただきます。
 またできあがりの状態に不安が無い様に、特殊な器具を使用してご納得がいくまでシュミレーションをさせていただきます。
 カウンセリングは全て無料です。
専門家のカウンセリングをぜひご体験ください。
      ■         ■
 美容施術は技術とセンスが命
充分な経験と、培われた美的センスが術後の出来栄えを左右します。
 美容外科手術では、ほんの数mmの違いでも仕上がりの印象が大きく変わってしまうことがあります。
 そのため美容外科手術に精通した細密な“技術”が必要となります。
 アクアクリニックは、今まで数万人以上の方々の「美しさ」を実現してきた確かな技術で、あなたに理想の体型を形成いたします。
 また、体のスタイルを決めるバストの施術には、豊富な経験により培われた美的“センス”が大変重要になってきます。
 あなただけでは決められない大事な仕上がり像を、スペシャリストの立場から詳しく親切にアドバイスいたします。
 施術跡を他人に気づかせないのは当たり前。
あなた自身にも気づけないような施術・・・それがアクア品質です。
      ■         ■
 このクリニックが過去に起こした医療事故です。
 豊胸手術で植物状態、美容外科医に1億7000万円賠償命令(日経新聞)2003年11月28日(金) 22時00分
 全身麻酔で豊胸手術を受けた後に植物状態になった埼玉県の女性(29)と元夫が、障害が残ったのは麻酔管理のミスが原因だとして東京都渋谷区の美容外科医院「アクアクリニック」の医師を相手に損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、東京地裁であった。前田順司裁判長は医師の責任を認め、計約1億7000万円の支払いを命じた。
 判決によると、女性は2001年4月に手術を受けたが、手術終了後も意識が回復しなかった。医師は約2時間40分後に119番通報し、女性は大学病院に運ばれて治療を受けたが、植物状態となった。
 医師の記録では手術後約30分で119番通報したことになっていたが、前田裁判長は「記録は後日、自分に有利なように虚偽の内容を記載したもの」と断定。「手術後に適切な処置をし、早急に救急病院に運んでいれば、女性に重い障害は残らなかった」と結論付けた。
      ■         ■
 テレビ朝日 ザ・スクープ 告発!恐怖の美容外科医 ~リピーター医師放置の実態~
 去年5月スクープスペシャルでリピーター医師問題取り上げてから1年、厚生労働省は医道審議会の機能強化やリピーター医師の再教育などを検討する「医療事故対策緊急アピール」を発表した。しかし、リピーター医師野放しの実態はなんら変わっていない。例えば、今でも全国にチェーン展開し、女性誌などに大々的な広告を掲載しているある有名美容クリニックの場合・・・
 去年11月、豊胸手術を行う際、ずさんな全身麻酔により患者を植物状態にしたとして、東京地裁は美容外科医A氏に1億7000万円の損害賠償を命じる判決を下した。インフォームド・コンセントを行わず、手術ミス後も患者を3時間近く放置、その事実を隠蔽するためカルテを捏造するなど「医師にあるまじき悪質な行為」であった。
 さらに番組に寄せられた内部告発に基づいて取材を進めていくと、驚くべき事実が次々と浮かび上がってきた。
何とA氏は大学で内科を勉強してきたが、内科医としての研修をわずか2年で中断し、1998年に突然美容外科を開業。麻酔医や看護士は一切立ち会わせず、1人で麻酔と手術を行い、少なくとも2001年4月から6月の間に同様の麻酔事故を3件起こしていたという。さらに、クリニックは「無痛手術」「無傷手術」を謳い文句に派手な宣伝を行ってきたが、これらは医学上あり得ない虚偽広告であり、実際には余りに初歩的なミスによる被害者が続出。A氏は形成外科学会や保健所でも有名な問題医師であった。
 ひとたび医師免許を取得すれば、何科でも自由に開業でき、誰でもメスを握れる危険な現実! 何度医療ミスを繰り返しても、誰もその暴走を止められない恐怖の実態!多くの被害者や医療関係者の証言により、リピーター天国と言われるこの国の医療制度の致命的欠陥を浮き彫りにする。
      ■         ■
 現在、このクリニックを経営しているのが、裁判で有罪になった医師か別の人物かは知りません。ただ、札幌でもワキガ手術で100万円請求され、手術を受けてもよくならないと来院される患者様がいらっしゃいます。
      ■         ■
 有名新聞に入っている折込チラシは、新聞に入っているというだけで信用されてしまうことがあります。
 新聞社のチェック体制もあると思いますが、私に言わせると‘いい加減’です。
 ‘悪と闘う’新聞社が悪の味方をしてはいけません。上記のクリニックは、美容外科医の間では‘悪魔クリニック’と呼ばれています。
      ■         ■
 そのクリニックで実際にカウンセリングと称して、ボッタクリが行われている様子がネットで出ています。誇大広告と悪徳美容外科にはくれぐれも気をつけてください。

投稿者 sapporobiyou : 23:48 | コメント (2)

2007年06月25日

新聞折込広告

 私は朝日新聞と北海道新聞の2紙を購読しています。朝日新聞は高校に入学した年からですから、かれこれもう38年になります。

      ■         ■

  毎日たくさんの折込広告が入ってきます。金曜日・土曜日はマンションの広告が目に付きます。今日は月曜日なので、美容液や化粧品の広告が多いようです。

 この美容液や化粧品の広告が実に‘うさん臭い’のです。

      ■         ■

 「信じられませんでした。がこんなに輝くなんて…」

 目元のくすみ、小じわもこんなにキレイ!

 これがウワサの美容液ファンデーション

 ここまでシワ・毛穴をカバー!! 5歳若く見える!?

 しっとり すべすべで、ほうれい線も消えました!(千晶様 40歳)

 これなら美容外科や美容皮膚科なんて要らない!私たちは廃業です。レーザーもアプトスもフェイスリフトも要らなくなってしまいます。

      ■         ■

 もう一枚の別の広告には

 《人工皮膚シート》待望の一般販売

 貼るだけで毛穴シワも完全修復

 毛穴の開き・クレーター・小じわ・ほうれい線が30日で消えた!

 最新医療レポート―メディカルコラム―

本来はヤケドの治療のために開発された人工皮膚成分「キチンキトサン」

 『オーロラスキン』シリーズ主要成分「キチンキトサン」には、優れた生体親和性(体になじむ性質)があります。そのためこの物質で作られた人工皮膚を肌に貼ると、やがて自分の皮膚と同化してゆくという驚くべき特徴があるのです。この特殊な効果から、人工皮膚は火傷(ケロイド)治療や手術用の縫合糸に使用されるなど医学会で広く応用されています。

      ■         ■

 この手の‘広告’に共通しているのは、キレイになった症例写真と‘喜びの声’が載っていることです。

 あたかも最新医学を取り入れて、研究者がついているようなイメージの広告ですが、掲載されている‘先生’は、日本熱傷学会の役員でもなんでもありません。

      ■         ■

 ヤケドの治療のために開発されたキチン膜は、ユニチカで開発された、ベスキチンという製品があります。ベスキチンはベニズワイガニなどの甲殻類の殻から抽出精製したアミノ多糖類キチンを不織布にした白い紙のような製品です。創傷被覆保護材と言われ、キズにつけるとキレイに治ります。でも、ベスキチンを肌に貼っても、皮膚には角層があるため効果は浸透しません。多少水分が吸収されることはありますが、厚手のティシュペーパーを貼ったの大差はありません。

      ■         ■

 もし本当に効能効果があるのでしたら、薬事法に基づいた医薬品か医薬部外品、または化粧品に分類され、厚生労働省から認可をもらう必要があります。


 正式に認可された製品でしたら、このような比較広告や過大広告は必ず問題になります。

 美容外科でも‘広告’としてbefore→after を掲載することは禁止されています。

      ■         ■

 このような新聞の折込広告は、新聞社としてもチェックしている筈なのですが、私に言わせると‘超いい加減’です。

 厚生労働省のお役人も、保健所の職員も折込広告を読んでいる筈ですが、摘発したという話しは聞いたことがありません。警察も同じです。

      ■         ■

 キレイになりたいと思って、フリーダイヤルに電話して申し込んで、ワクワクしながら商品の到着を待って、書いてある通りに30日間使用しても、何の変化もありません。

 そこで初めて‘騙された’ことに気づきます。騙されたと思っても、せいぜい\5,250とか\23,520なら文句も言わないのでしょうか?

 同じような‘嘘つき商品’に、痩せるダイエット食があります。高いお金を出して買っても痩せません。

      ■         ■

 牛肉偽装問題は大きく取り上げている新聞各社は、自分たちが、折込広告で詐欺の片棒を担いでいることは承知しているのでしょうか?

 美容外科でよく折込広告を使っているクリニックにはとんでもないところがあります。次回、書きたいと思います。誇大広告にはくれぐれも気をつけてください。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2007年06月24日

従業員と信頼

 苫小牧市の食肉加工製造卸会社「ミートホープ」の従業員が「いつか表ざたになることは覚悟していた」と心情を吐露。「本当は不正をしたくなくて、みんな悩んでいたんだ」と消え入るような声で話した。という北海道新聞の記事が印象的でした。
      ■         ■
  私のような小さなクリニックの経営者でも従業員との信頼関係を大切にしています。従業員から信頼されない院長はお客様からも信頼されないと考えています。自分の家族や職員にできない手術はお客様にはできません。当たり前のことですが、これが守られていない美容外科が実在します。
      ■         ■
 どんなにお給料をいただいても、自分なら‘絶対に’受けない手術は他人に薦めることはできません。恒常的にウソをついて人を騙してお金儲けをしていると、まともな人は次第にイヤになってきます。
 他の業種でも同じようなことがあると聞きました。消費者金融に勤務していた女性が、前に勤務していたクリニックに受付さんとしていらっしゃいました。どうして前職を辞めたの?ときいたところ、『お金を借りなくてもよいお客様に、電話で執拗に勧誘をしなくてはいけないのがイヤで辞めました』と聞きました。
      ■         ■
 美容外科は自由診療です。ある程度の価格の幅は仕方がないことです。安売り店もあれば高級店もあります。
 ‘キレイになりたい’という夢を抱いていらした‘お客様’に、最高の技術とサービスを提供するのが、われわれの使命だと考えています。私はボッタクリも嘘つきもイヤです。
      ■         ■
 ニトリの似鳥社長は『日本人の暮らしを米国並みに豊かにする』という夢とロマンを実現するために、ニトリをチェーン展開しています。
 私の夢とロマンは、
①安心して信頼できる美容医療を、納得できる価格で提供すること。
②保険診療が可能な手術は保険を使って、誰でも手術を受けられるようにすることです。
これは札幌美容形成外科を開業した時から変わっていません。
      ■         ■
 私は昔から自分にも他人にも厳しい人間でした。この日記も書くと決めたら、毎日まいにち更新しています。かなり根性がいります。
 従業員にも当然厳しい院長です。 美容外科は最高の技術とサービスを提供するサービス業だと話しています。
 看護師にも『航空会社のCA(キャビンアテンダント)以上のサービスを提供するように』求めています。当然、髪の毛は黒。茶髪は禁止です。茶髪のCAさんはいませんね。言葉遣いにも注意しています。
 これは看護師としも大切なことだと信じています。普通の病院でしたら『○○さん、手術ですから手術室へ行きますよぉ』が
 札幌美容形成外科では、『お待たせいたしました。手術の準備が整いましたので、ご案内いたします』と言うように指導しています。
      ■         ■
 私にとって従業員は大切な宝物です。私が一人でどんなに頑張ったところで、診察も手術もできません。
 美容外科という、ちょっと怖いけれど、とても興味がある魔法の国ような‘医療’を実現するために、優秀な従業員は大切なパートナーです。
      ■         ■
 どんなに儲かっている美容外科でも、不正をしていると、いつかはバレます。過去に、何人もの美容外科医が内部告発されています。脱税で刑務所に入った人もいます。医師免許を取り上げられた人もいます。
      ■         ■
 苫小牧の会社の従業員はお気の毒です。今朝、家内から『お父さんのお弁当に入れていたコロッケにも偽装牛肉が入っていたって』と聞きました。私は、そのコロッケが好きでしたし、美味しくいただいたので何も文句はありません。これで、おなかでもこわしていたら、文句の一つも言ったかもしれませんが、大丈夫でした。
      ■         ■
 美容外科・形成外科という特殊な医療を生業(ナリワイ)として生きています。他人から見ると嘘つきの助っ人医師と見られているかも知れません。
      ■         ■
 他人がどう思おうと、私は人をキレイにする仕事が好きです。札幌美容形成外科の従業員もこの仕事が好きで誇りを持って働いてくれていると信じています。

投稿者 sapporobiyou : 17:10 | コメント (1)

2007年06月23日

食の安全と美容外科

 平成19年6月23日(土)の新聞に、牛肉偽装問題が載っています。以下は北海道新聞の記事です。
      ■         ■
  苫小牧市の食肉加工製造卸会社「ミートホープ」(田中稔社長)による牛ミンチ偽装問題で、苫小牧署と道警生活環境課は二十二日、不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで、近く同社を強制捜査する方針を固めた。また、苫小牧署などは同日夜、田中稔社長ら同社幹部から任意で事情聴取した。 (06/23)(北海道新聞)
      ■         ■
「不良在庫でひき肉をつくれ」「色が悪いから脱色しろ」-。苫小牧市の食肉加工製造卸会社「ミートホープ」(田中稔社長)が牛ミンチを偽装していた問題で、同社の元従業員らが二十二日、偽装の手口について北海道新聞の取材に重い口を開いた。証言からは、田中社長がさまざまな手口で製品の偽装や賞味期限の改ざんを繰り返し、それに逆らえない雰囲気が社内を支配していた実態が浮かび上がった。
最近まで勤務していた元従業員はかつて、同市入船町のミート社の本社で、田中社長と中島正吉工場長ら同社幹部とのやりとりを頻繁に耳にした。
      ■         ■
 ある時は、田中社長が古い肉を殺菌用のオゾン水に漬け、においを処理して出すよう指示。また、在庫担当者を呼んで「賞味期限が切れているから早いとこ出しちゃえ」と言い、指示通りになっていないと、担当者を怒鳴りつける場面も何度か目にした。
      ■         ■
 さらに、元従業員は「食品メーカーで売れ残ったコロッケを引き取り、恒常的に再販売していた」と証言する。食品メーカーから「コロッケがあるから」と連絡が入ると、ミート社の社員が取りに行き、袋を詰め替えて飲食店や小売業者に販売した。
 こうした売れ残りの商品は、複数の食品メーカーから引き取っていたという。
      ■         ■
 一方、数年前に辞めたという別の元従業員は「社長は(古くなっても)決して肉を捨てることはしなかった」。においがきつくなった肉は、少量ずつひき肉に混ぜていたと明かす。
 道警が二十二日、強制捜査に乗り出す方針を固めたことで、刑事事件に発展することが避けられない見通しとなった。
      ■         ■
 現役従業員の一人は「いつか表ざたになることは覚悟していた」と心情を吐露。「社長は雲の上の存在で、逆らってはいけない雰囲気だった。本当は不正をしたくなくて、みんな悩んでいたんだ」と消え入るような声で話した。
      ■         ■
 従業員が苦しんで作業をしていた様子がうかがわれます。美容外科でもこれに似たようなことをしているクリニックがあります。ワキガは超音波法で30分で治ります。通院は必要ありません。手術費用は30万円程度です。と派手に宣伝しています。全国紙の朝刊や北海道新聞朝刊の一面の下に書籍広告として‘広告’が出ています。
      ■         ■
 私はたまたま、そこで働いていた従業員と話す機会がありました。
 もう詐欺以外の何ものでもありません。『あなたは範囲が広いから100万円です』と手術代金は電話で伝えた費用の2倍が当たり前。
      ■         ■
 ワキガが治っていないとクレームがきても、院長が‘再発’は絶対にないと言い張っておしまい。‘良心’がある従業員は次々と辞めて行きます。
      ■         ■
 私は一形成外科医・美容外科医として、このクリニックが消滅して欲しいと思っています。
 以前にも書きましたが、もしこのクリニックが国会などで取り上げられ、医業停止命令を受けたとします。
 その時に‘わきが多汗症―超音波法’の書籍広告をたくさん掲載していた、全国紙各社はどのような報道をするのでしょうか?
 偽装をしているのは食品加工卸会社ミートホープだけではありません。うさんくさい美容外科はたくさんあります。くれぐれも気をつけてください。賞味期限の切れたコロッケを食べても実害は少ないと思いますが、ひどい美容外科にかかるととんでもない目に遭います。

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2007年06月22日

非喫煙者を守る会

 平成19年6月19日(火)の北海道新聞に、設立30年の「非喫煙者を守る会」代表理事黒木俊郎(クロキトシロウ)先生(66歳)が載っていました。以下が北海道新聞の記事です。
      ■         ■
 国内初めての非喫煙者組織を札幌で立ち上げたのが1977年6月。飛行機の国内線は全席が喫煙席だった時代だ。「たばこを吸わない男は奇人か変人、虚弱体質のいずれかだと見られていた」と笑う。
 設立当初、愛煙家天国の社会を変えるためには段階が三つあると考えた。一つ。国民の意識改革。二つ。喫煙者人口の減少と自主規制。三つ。喫煙の法的規制―。道内の成人男性の喫煙者率は当時の約8割から5割に下がった。「30年かかって、やっと最終段階が見えた。喫煙場所などの規制がないのは、先進国では日本くらいですよ」
      ■         ■
 本業は弁護士。昨年、会社員の女性が職場での受動喫煙を理由に、会社側から示談金80万円を得た調停で代理人を務めた。「裁判ではなく調停という柔軟な手段で解決できたのが良かった。非喫煙者救済のために大きな武器になる」と話し、調停希望者への助言も行っている。
      ■         ■
 会員数は、設立直後の1500人から現在は300人に減った。「喜ぶべきこと。会の最終目標は消滅することだから」。社会から受動喫煙の心配がなくなり、会が存在理由を失う日を待ちわびている。会を中心として実行委では、五月から六月初旬の「禁煙週間」に札幌でパネル展などを行った。
      ■         ■
 愛媛県出身。裁判官として赴任した札幌で開業し39年。札幌市中央区で妻と二人暮らし。66歳。(阿部浩二)
      ■         ■
 私は札幌医大の学生だった22歳の時に、この「非喫煙者を守る会」に入会しました。当時は札幌医大の教室でも、休み時間には煙がモウモウでした。さすがに授業中は禁煙でしたが、窓を開けてもタバコ臭かったのを覚えています。
 私が患者様に厳しく禁煙指導をするのは、自分が吸わないからだという人がいます。確かに、その通りかも知れません。ただこの「守る会」はいわゆる嫌煙権の会ではありません。
 タバコを吸いたい方はどうぞ吸ってください。でも私たち吸わない者にとって、タバコの煙は苦痛です。吸ってもよろしいですが、煙が来ないようにしてください。というのが黒木先生のご意見でした。
 それから30年。いまや病院内どころか敷地内もすべて禁煙。こんな時代になるとは夢にも思っていませんでした。
 私の好き嫌いにかかわらず、タバコはキズの治りを極端に悪くします。米国で実験した結果も出ています。
 キズやお肌をキレイにしたい方は、タバコを吸わないでください。美容外科医としてのお願いです。

投稿者 sapporobiyou : 20:22 | コメント (0)

2007年06月21日

品質の管理

 今日は北海学園大学のニトリ寄附講座がありました。
5月末に、ニトリで販売したIH対応土鍋から鉛が出て製品を回収しました。新潟の業者が中国から輸入した製品で、ニトリの他、ホームセンターなどでも販売されていました。
      ■         ■
 ニトリで販売したのは、24cmのIH土鍋2,490円 が4943個。28cmのIH土鍋3,490円 が4942個。輸入元のホリシン(新潟県)が輸入したのは22,000個。販売済みは17,600個だそうです。ニトリ以外で販売された商品数の方が多いのです。(ニトリ以外では製品の自主回収はしていません)
      ■         ■
 ニトリは輸入元や他のホームセンターに先がけて製品の自主回収を決めました。ニトリで販売した以外の製品もニトリに持ち込まれることも十分に予想しての決断でした。
      ■         ■
 今日、似鳥昭雄社長に伺ったところ、ニトリでは購入時の領収証を出さなくても返金に応じているそうです。さらに、回収対象商品を持参された方には、交通費として\500も支払われているそうです。社会保険庁が年金未受給者に、30年前の領収書を出すように求めたのとはエライ違いです。
 ニトリ自社製品ではないのに、いち早く製品の自主回収を決められた似鳥昭雄社長を尊敬します。私が次に買うのは、ニトリの土鍋です。ニトリの株価もこの事件に何ら影響されず上がっています。コムスンや牛肉の偽装をした会社ともエライ違いです。
      ■         ■
 製品の品質を管理するのは実に難しいことです。美容外科にはもっと難しいことです。以前にも書きましたが‘製品’をつくることができるのは医師だけです。同一の技量を持った医師を20人も30人も常時雇用することは不可能です。
      ■         ■
 大手美容外科で不具合が生じても、製品の自主回収はできません。手術や注射は元に戻せません。美容室で髪を切ってもまた伸びてきますが、一度つけたキズは元に戻せません。
      ■         ■
 私たち医師は、常に世界で一番安全で効果的な方法を考えて治療しています。人間のからだは一人ひとり異なるのでアレルギー反応がでることがあります。どんな化粧品やシャンプーにも‘お肌に合わない場合は使用を中止してください’と記載されてます。
 エステで行ったレーザー脱毛で逮捕されたところもあります。自分のからだは自分で守るしかありません。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (1)

2007年06月20日

チェリーの埋葬

 チェリーの遺体を埋葬しました。早朝に私と息子、家内、私の両親、家内の母が‘参列’して行いました。
 ‘墓穴を掘る’という言葉があります。実際に掘ってみるとかなりの重労働です。殺人犯が屍体を埋めるというのは実に大変なことだと思いました。
      ■         ■
 私は毎年花作りをしているので、この手の土木作業は得意です。今日は息子に手伝ってもらい穴を掘りました。
 普通に球根を埋める程度に掘ると、もしスコップで耕した時に遺骨が出てきます。それより深く掘らなくてはいけません。今日は約1m掘りました。
      ■         ■
 黒土が入っているのは約30㎝。そこから先は石がたくさん出てきます。石の混じった土をチェリーにかける訳にはいかないので、その土を篩(フルイ)にかけます。掘るのは息子の仕事、篩いは家内と私の父が担当しました。
 額に汗して墓穴を掘るのは大変です。息子がフーフー言いながら‘まだ掘るの?’と訊いて(キイテ)きます。
‘まだまだ’と私。かなり掘ったところで私と交代。
 息子‘まだ掘るの?’
      ■         ■
 ‘石でゴロゴロしたところにチェリーを埋めたら痛いだろう’
息子が掘ったところを、丁寧にまた掘って床をつくりました。
 本当は死んでいるから痛いわけはないのですが、妙に納得されました。せっかく埋めるのでしたら、きれいに掘って、サラサラの土をかけてあげたいと思います。
      ■         ■
 ようやく掘ったところで、チェリーに最後のお別れをしてお花と一緒に穴に埋めました。篩(フルイ)にかけたサラサラの土を少しずつ手でかけていって、しっぽの方から埋めました。最後はユリの花で顔を覆って、その上に土をかけました。
      ■         ■
 私の家は近所の人のイヌの散歩コースにあります。私たちが墓穴を掘っている間にも、かわいいワンコがたくさん通りました。
 家内が毎日朝と夜にオシッコをさせていた場所のすぐ横に埋めました。ラベンダーの中に入ると怒られるので、チェリーは駐車場の石の上でオシッコをしていました。
 埋めている間にも元気だった頃のチェリーを想い出しました。
      ■         ■
 人間が亡くなると、お通夜とお葬式をしてたくさんの人が集まります。故人を偲んで(シノンデ)想いをめぐらします。
 私は宗教は特に信仰していません。両親もどちらかというと無宗教です。父方の祖父がクリスチャンだったので、本間家のお墓には十字架がついていますが、私は教会には行っていません。
 私が死んだ時は‘コンピューターグラフィックで合成した私が、ビデオで会葬者にお礼を申し上げて、このHPに出しているビデオを上映して’と家族に話してあります。
      ■         ■
 今日も皆様からお悔やみのメールをいただきました。
 お悔やみをいただき、心から感謝しております。ペットとの別れは辛いですが、生きている間にたくさんの幸せをペットからもらうことができます。ペットとの生活を大切になさってください。本日はご会葬いただきありがとうございました。

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チェリーの最後の写真です。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2007年06月19日

チェリーの棺

 愛犬チェリーの棺(ヒツギ)を作りました。適当な箱を探しましたが、見つからなかったので自作しました。ネットで検索するとペット用棺も見つかりました。
 私は解剖学教室で仕事をさせていただいたので、人間のお棺もたくさん見ました。大学で用意してある(葬儀社から購入する)お棺の他に、檜(ヒノキ)で立派な彫刻が施してあるお棺もありました。
      ■         ■
 私が自作したチェリーの棺は、ダンボール箱に白い布を貼って作りました。棺の底にはビニールシートとペットシーツを敷いて、もし排泄物が出ても漏れないように工夫しました。人間を入れる棺にも防水加工をしてあります。
 私は平成18年11月7日に書いたようにドナーカードを持っています。医師でドナーカードを持っている人は少ないようですが、私は組織すべてを提供するに○がついています。利用できるものは全部取ってください。脳死になったら全部あげますよ。と書いてあります。
      ■         ■
 私が死んだら、皮膚も内臓も眼球もすべて差し上げます。どうせ火葬場で灰になってしまうので、利用できる状態でしたら何でも再利用してください!こんな私でもよかったら使ってください。というのが私の考えです。
 皮膚を採取された部位が一番目立つと思います。顔や手など目立つ場所からは採皮しませんが、背中、お尻、下肢などからはすべて採取します。皮膚を上手に採取するのは意外と難しく、下手な先生がするとちぎれたり穴があいたりします。私の担当になった形成外科の先生はちょっと気の毒です。『こんな下手な取り方をして!』と化けて出そうですから。北大の後輩は嫌がるかもしれません。
      ■         ■
 私のお棺はダンボールで結構です。檜(ヒノキ)の高級なお棺は要りません。どうせ燃やすのですから紙で構いません。それより死んでからも誰かの役に立って、誰かの体の一部として‘生きて’いたいと思っています。
 できれば、私の体の一部でもキレイな女性の中で‘生きて’いたいというのがひそかな願いです。家内は『そんなこと言ったって無理ょ』と冷ややかに見ています。
 形成外科医はあまり人の死に直面したり、死亡診断書を書いたりしません。私は市立札幌病院救命救急センターで多くの人の死を見ました。そこで私の死生観が変わりました。
      ■         ■
 家内がチェリーのために、お花とメロンを買ってきました。ドライアイスも買ってきました。ラベンダーの生花はまだ入手できないので、ドライフラワーをお棺に入れてあります。
 今日は仕事で時間がないので、水曜日の休診日に埋葬しようと思っています。
      ■         ■
 動物は火葬する義務がないので、自分の敷地内のラベンダーの下に埋める予定です。毎年、ラベンダーの時期にチェリーを想い出せます。
 お骨にして平岸霊園の墓地に埋葬しようかとも思いましたが、チェリーが毎日散歩してオシッコをしていた家の敷地内へ埋めようと考えました。
 死んで土に帰るのが自然の摂理なように思えます。
      ■         ■
 家族の一員として飼ってきたペットの死で、いろいろなことを考えました。
 チェリーの最後の面倒は、私の両親と家内の母親がみてくれました。私の両親は苦しまないでポックリ死にたいといつも言っています。たとえ親の頼みでも安楽死させると医師免許停止になるのでできません。
 私自身も楽に永遠にゆっくりと眠らせて欲しいと思っています。
 チェリーも最後はオムツをしていました。私もオムツはしたくないと常々思っていますが、こればっかりはわかりません。
      ■         ■
 皆様からお悔やみのメールをいただきました。
 毎日つたない日記を読んでいただき、お悔やみまでいただき、心から感謝しております。ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 21:02 | コメント (0)

2007年06月18日

チェリー天国へ

 愛犬のチェリー今朝亡くなりました。平成4年3月16日生。15歳3ヵ月でした。苦しまずに眠ったまま呼吸が止まりました。直接死因:慢性腎不全。直接には死因に関係していないが、経過に影響を及ぼした病名:悪性リンパ腫。
      ■         ■
 人が亡くなった時は死亡診断書を書きます。形成外科医は死亡診断書を書くことは少ないのですが、私も何十枚か書いています。
 診断書の書き方は、法医学で習います。日本全国どこへ行っても同じ書式です。死因の種類や発病 (発症)から死亡までの期間、死亡した日時・場所などを記入します。記載を間違うと生命保険の支払金額に影響する場合があるので気をつけます。
      ■         ■
 チェリーは6月16日(土)朝までは、エサを食べワンと言っていました。16日夕から急に状態が悪くなり、呼びかけても反応しなくなりました。
 16日夕からは、水も飲まなくなりました。最後に尿が出たのが17日(日)の昼でした。人も動物も尿が出なくなると死期が近くなった証拠です。
      ■         ■
 病院に入院していた患者様の容体が悪くなり、『ご家族を呼んでください』とか『会わせたい方を呼んでください』と言うことがあります。
 事故や急病で亡くなる以外は、ある程度の経過があって亡くなります。この『危篤です』と申し上げるタイミングが難しいのです。
 亡くなる30分前にお伝えすると、『間に合わない』方が出てきます。逆に3日前に伝えても『あと3日ですか?』ということになります。そもそもあと3日とか30分とか死期を正確に予測すること自体が極めて難しいのです。早く呼びすぎて『仕事の都合があるので、あとどの位でしょうか?』と聞かれたこともありました。死期を正確に予測できる先生はかなりの名医です。
      ■         ■
 亡くなる直前は意識がなく、呼びかけても反応しないのが普通です。偶然、体を動かしたりすると、あっ何か動いた。と周りの人は思いますが、本人はわかっていません。
 全身麻酔をかけてから、人によって手や足をバタバタ動かす方がいらっしゃいます。手術後に本人にお聞きしても、「まったく何も覚えていません」痛くありませんでしたと言われます。
      ■         ■
 本人は意識がなくても、周りの人が見て苦しそうに見えることがあります。たとえば肺に合併症があって呼吸が苦しそうに見える時は、たとえ本人の意識がなくても周囲がかなり辛いものです。
 ドクター・キリコではありませんが、死期の迫った人に薬や麻薬を上手に使って、本人も家族も苦しまない最期を迎えさせる技術は必要です。
 ‘安らかに死を迎える麻薬の使い方’なんて技術は、医学部では‘絶対に’教えません。もし教えたとすれば、マスコミに叩かれてひどい目にあいます。
      ■         ■
 幸いチェリーは苦しんだりせず、眠るようにゆっくり呼吸が止まりました。
 人間、誰しも苦しまず楽に最期を迎えたいと願っています。
 私自身は安楽死が合法化されたら、真っ先にお願いします。楽に麻酔をかけられたように永遠にゆっくりと眠らせて欲しいと思います。
 家族の一員として、私たちに安らぎと幸福を与えてくれたチェリーに感謝します。
 ありがとうチェリー。安らかに眠ってください。
 チェリーは、私の好きなラベンダーの下に葬ってやろうと考えています。

投稿者 sapporobiyou : 22:59 | コメント (0)

2007年06月17日

チェリー危篤

 愛犬のチェリーが危篤になりました。平成4年3月16日に北海道の紋別市で生まれたメスのシェルティです。平成4年5月に札幌市北区のホームセンター松崎という、今はもうなくなってしまったホームセンターで購入しました。ワンにゃんフェアーのチラシを見て家内と子供と見に行きました。
      ■         ■
 そのころ流行っていた犬種はシベリアンハスキーでした。フェアーはホームセンターのレジ近くで、豊平区のフェニックスさんというお店が開いていました。シェルティは確か3匹いたと思います。その中で、一番人なつっこい犬がチェリーでした。
 家内の『イヌの世話は誰がするの?お金もないしダメ』という一言で一度は諦めました。一日、その仔犬のことを考えながらボ~っと過ごし、嫌がる家内を何とか説得して夕方にもう一度イヌを見に行きました。もう売れてしまったかなぁ?と思っていたイヌは『売れ残って』いました。子どもの『お母さん、お金がないならボクたちおやつガマンするから買って!私もイヌのお世話をするから飼って!』という援護射撃もあって、私はそのイヌを買いました。
      ■         ■
 家につれて帰ると、不安のためか?ガタガタ震えていました。その晩は私がイヌの傍に寝て様子を見ていました。一週間後、私が休日に北大で実験をしていると、『お父さん、チェリーが下痢をして止まらない』と家内から電話がありました。
 ペットショップに指定されたドッグフードを与えていました。豊平区のフェニックスさんに連れて行き、大井動物病院を紹介していただき点滴をしました。最初はなかなか下痢が止まらず、もうダメか?と思いました。仔犬の時から点滴をしても吠えたり暴れたりせず、自分の子供(当時は小学生)よりよほどおとなしいイヌでした。(子供は注射や点滴が大嫌いでよく暴れていました) チェリーはガマン強いのか自分のためにしてくれる‘治療’だとわかっていたのでしょうか?自宅でも私が点滴をして治療し回復しました。その後は大きな病気もせず元気に過ごしました。
      ■         ■
 私は昭和29年生れです。子どもの頃にテレビが普及しました。日曜日は朝の鉄腕アトムを楽しみにしていました。私が好きだったテレビ番組に『名犬ラッシー』がありました。テイミーという子供とラッシーを見て、私もティミーのように部屋でラッシーと暮らしたいと思っていました。
 名犬ラッシーはミツワ石鹸が提供していました。番組の後で何回か「ラッシーの仔犬プレゼント」という懸賞をしていました。今から考えると、米国犬のラッシーの仔犬が日本で入手できる訳がないのですが、私はラッシーの仔犬が欲しくて何度も応募しました。
 当時の少年雑誌(マガジンとかジャンプ)に浅草ケンネルという会社の広告がよく出ていました。そこではじめてシェルティーという犬種があるのを知りました。少年時代には犬の図鑑でコリーやシェルティをよく見ていました。
      ■         ■
 私の子供の頃からの夢が、自分の家でシェルティかコリー、つまりラッシーを飼うことでした。
 ホームセンターのワンにゃんフェアで買ったチェリーですが、実にかわいいワンコでした。シェルティは臆病なのでよく吠えると言われます。チェリーはあまり吠えませんでしたが、どういうわけか郵便屋さんが嫌いでした。散歩をしていても郵便屋さんには‘必ず’吠えていました。本当に申し訳ございません、といつも頭を下げて謝っていました。
      ■         ■
 私の子供の頃からの‘夢’であったラッシーとの生活。ティミーとは違いましたが、チェリーがいて楽しい15年間でした。
 飼うのを一番反対していた家内が結局一番世話をしました。子供は「ボクおやついらないから」と言っていたのに、散歩もウンチの世話もあまりしませんでした。
 昨日からチェリーは何も食べなくなりました。大好きだった夕張メロンを奮発して買いましたが、口に入れても食べることができません。
 平成18年10月22日(日)に胸にできた悪性リンパ腫を手術しました。今は数箇所に皮膚転移があります。10月に余命1~3ヵ月と言われました。それから8ヵ月です。よくがんばったものです。
      ■         ■
 幸いチェリーは苦しんだりしていません。眠っているようにゆっくり呼吸をしています。
 81歳になる私の父が、なんとかこのまま楽にしてやれないものか?と言いました。
 苦しんでいるのでしたら安楽死も考えますが、このまま永遠にゆっくりと眠らせてやりたいと思います。
 私の夢をかなえてくれ、家族の一員として、私たちに安らぎと幸福を与えてくれたチェリーに感謝します。
 あと一週間生きてくれたら、私の好きなラベンダーが咲くのでラベンダーに包んで葬ることができますが、それは無理なようです。

投稿者 sapporobiyou : 23:03 | コメント (1)

2007年06月16日

似鳥昭雄さん

 今日の朝日新聞土曜版‘be on Saturday’にニトリの似鳥昭雄さん(63歳)が載っています。似鳥社長は、私が北海学園大学経営学部で聴講させていただいているニトリ寄附講座のスポンサーで講師でもあります。似鳥社長の講義は毎回立ち見がでるほど盛況でとても有意義です。私が尊敬する経営者です。
      ■         ■
 朝日新聞の記事です。
 話し好きだ。
 「幼いころから、いつもニコニコしていました。いいことがある、とお袋に教えられて」
 父はコンクリート業、母はヤミ米屋。小学生のころから米の配達を手伝ったり、親類がつくった漬物を売り歩いたりした。勉強は大嫌い。大学受験に失敗し、短大から4年制に編入した。熱中したのがアルバイト。体育会系の学生を雇い父の会社から基礎工事を請け負った。
 「これがいい稼ぎになった。学生に払っても、手元には2、3人分の賃金が残る。学費はすべて自分で払いました」
      ■         ■
 大学卒業後、就職した広告会社が肌に合わず、始めたのが家具店だった。まだ23歳。周りには競争相手もいないのに赤字の連続だった。1食15円の即席ラーメンで済ます生活が続き栄養失調に。見かねた母の勧めで8回目の見合いで結婚した。
 「お袋が言いました『結婚すれば従業員を雇わなくても済む。一石二鳥。三鳥だよ』」
      ■         ■
 1967年12月、100万円の元手で始めました。相手にしてくれる問屋を見つけるのにも苦労したほど前途多難な創業でした。黒字には月に最低70万円の売り上げが必要なのに、数ヵ月間は30万~40万円と悲惨な状況でした。
 ところが、翌年、結婚した家内が商売がうまかった。お得意さんが次第に増え、1年後に年1千万円、次の年は2千万円の売り上げがありました。結婚3年後には2軒目の家具店をオープンしましたよ。
      ■         ■
 1972年秋。「似鳥家具店」は大型家具店進出のあおりを受けて売り上げが大幅に減少、倒産の危機に立たされていた。その前年に借金して2軒目をオープンしたばかり。銀行はもう貸せないと言い出していた。
 家具業界向けの米国・ロサンゼルス研修ツアーに参加したのは、そんな時期だった。
 「このままいけば、来年春には確実に倒産する。逃げるか死ぬかしかないと思っていた。どうせつぶれるならと、ダメもとだった。あの時、米国に行かなかったら、すべて終わっていたかもしれない」
 米国では、見るもの聞くもの何もかもが驚きだった。家具の安さだけでなく、家具がトータルコディネートされ、ファッション感覚に富んでいた。日本は半世紀は遅れていると感じた。
 「本当に豊かな住まいを実現するため、家具のチェーンストアづくりを目指したい」
 帰国して銀行の支店長に思いのたけをぶつけると、支店長決済をはるかに超える資金を貸してくれたという。
      ■         ■
 毎年、500人以上の社員を米国に派遣し、研修を受けさせている。米国人の豊かな暮らしを実感し、経営スタイルを学んでもらうためだ。
 「大切なのは常に課題を抱えることです。小魚の群れに巨大な魚が飛び込んだ場面を想像してください。危機から逃れるため動きが速くなる。それと同じです。社員も緊急を要する課題を抱えると、スピードを上げて乗り越えようとします」
 子どもは大手印刷会社に勤める長男(37)とニトリ勤務の長女(28)がいる。
 「息子は入社させません。後継者とみられて派閥ができるから。長女が社員と結婚したら?
 夫には会社を辞めてもらいます。創業者に2代目は必要ありません」
      ■         ■
 いかにも似鳥社長らしいコメントです。ますますファンになりました。6月21日のニトリ講座が楽しみです^^

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2007年06月15日

指から毛が生える

 手をヤケドした子供さんに鼠径部(ソケイブ、おへその外下方)から皮膚を移植しました。一見キレイに見えますが、皮膚の色調や質感が違います。
 6月13日にも解説しましたが、皮膚移植には全層植皮(ゼンソウショクヒ)と分層植皮(ブンソウショクヒ)の2種類があります。厚い全層植皮が薄い分層植皮よりも、キレイで質感のよい状態になります。移植する部位と、なるべく同じ性質の皮膚を選ぶと目立たなく自然になります。ですから、指には足の裏から移植すると目立ちません。ただ足の裏から採取できる皮膚の大きさには制限がありますし、足の裏から皮膚を採取すると歩く時に痛くなります。
 全層皮膚を採取した部位はキズができます。キズを縫い合わせるか、他の部位からまた植皮をします。つまり植皮のために皮膚を採取して、またそこに皮膚移植が必要になります。こんなにめんどくさいことをするのは、皮膚の色調や質感を合わせるためです。
 全層皮膚を採ると採った部位は縫い合わせてキズをふさぎます。一番多く全層皮膚を採る場所が鼠径部です。皮膚が伸びやすいので、採っても周囲から皮膚を寄せて縫えるのです。どんなに丁寧に縫ってもキズが残るため、なるべく下着で隠せる範囲から採ります。この時に問題になるのが毛です。
 鼠径部からは思春期になると毛が生えます。毛深い方ですと、女性でもおへそまで毛が生えます。移植しても皮膚は元の場所の性質を引き継ぎます。指に移植した鼠径部の皮膚からも、思春期に曲がった毛が生えることがあります。
 年ごろの娘さんの指から曲がった毛が生えたら大変なので、形成外科医は赤ちゃんの指に皮膚移植をする時にも気を使います。私は女の子だったらお母さん。男の子だったらお父さんのお腹の毛を見ます。親が毛深い方は、赤ちゃんも将来毛深くなる可能性が高いので、指に移植する皮膚も毛が生えないと予測できる範囲から採取します。
 下着で隠せる部位から採っても毛が生えたら困ります。毛が生えそうな人は下着からはみ出ても、毛のないところから採ります。もし指から曲がった毛が生えてきたら、レーザーで脱毛するとなくなります。

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2007年06月14日

皮膚色の違い

 ブラックジャックは黒人の子供の皮膚を移植してもらったので、顔の色が違っていました。これはマンガの世界の話です。皮膚だけ移植しても、他人の皮膚は生着しないというのが現在の医学常識です。国家試験で問題が出てもこの通りです。
 フランス中国で行われた顔面移植は、マイクロサージャリーという顕微鏡を使った移植技術の進歩で成功しました。脳死になった人から、顔面の皮膚だけではなく筋肉や軟骨も移植したようです。
 顕微鏡を使って血管吻合をすると、他人の顔面も技術的には移植できます。ただ一生免疫抑制剤という薬を飲み続けなくてはいけません。
 臓器移植法の制限があるため、日本では顔面移植は行うことができません。日本で行うことができるのは、心停止後の皮膚移植だけです。スキンバンクから重症のヤケドの人に移植することだけが合法です。
 ブラックジャックは黒人の子供の皮膚を移植してもらいましたが、現実には不可能です。自分の皮膚しか移植できません。
 自分の皮膚でも部位によって色が違います。よくお尻の皮膚を使って移植するという話しを耳にします。息子も『指にはお尻から移植した』と思っていたそうです。
 お尻から皮膚を採ることもありますが、通常は選択しません。一番多いのは大腿部(太もも)の外側です。皮膚が比較的厚く採取しやすいのと、採取後の管理がしやすいので選ばれます。お尻は、意外と目立つ場所で、採取後も軟膏ガーゼなどがずれやすく、座った時に当たって痛いなどの理由で第一選択にはしません。
 太ももから採った皮膚も鼠径部から採った皮膚も、指に移植すると色の違いが目立ちます。指と同じ色の皮膚は足の裏です。土踏まずから指に皮膚を移植するとまったくわからない位になります。ただ、成長とともに縮むことがあります。そのため、赤ちゃんの指に移植する時は鼠径部の皮膚を選ぶことが多くなります。
 形成外科医にとって一番の悩みは、大きくなった時に指の皮膚が黒くなることです。ブラックジャックの顔のように移植した皮膚が目立ちます。自分の皮膚なのに黒人の子供の皮膚を移植したようになることもあります。

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2007年06月13日

植皮術

 昨日の日記を見て息子いわく、この手術はお父さんがしたの? 
 そうだょ。 
 ふ~ん。
 子供の皮膚は他人からでもつくの?
 いいゃ。 自分のじゃないとつかないょ。
 ブラックジャックは黒人の子供の皮膚を移植してもらったから、顔の色がちがうでしょ?
 ウ~ん。 あれはマンガだからさ。
 昨日の日記でお見せした子供さんの指は、キレイに皮膚がついていました。実は、皮膚をキレイに移植するのは、かなり難しい手術です。どんなベテランの形成外科医でも、100%皮膚がつくとは保証できません。今、私が手術するとしても同じです。
 医学が発達した21世紀でも、皮膚移植だけは別です。ヤケドした子供さんに、ご両親やおじいちゃんおばあちゃんから『先生、この子に私から皮膚をとって移植してください。』と言われることがあります。残念ですが、皮膚移植だけは腎臓や肝臓と異なり、身内でも生着しません。
 唯一の例外が一卵性双生児(ふたご)です。それ以外は、移植しても約4週間で脱落してしまいます。スキンバンクという、死んだ人から皮膚を採って保存している組織が東京にあります。杏林大学救命救急センターの先生が中心になって積極的に活動をなさっています。スキンバンクから皮膚をいただいて移植したことがありますが、あくまで急性期に救命を目的として用いるだけです。最終的には自分の皮膚を少しずつ何回も手術して移植します。
 自分の皮膚を移植するには、皮膚を薄く擦りむいたように採取する、分層植皮(ブンソウショクヒ)と皮膚を切り取って採った部分は縫ってしまう全層植皮(ゼンソウショクヒ)の2種類があります。
 昨日の子供さんの指には、鼠径部(ソケイブ)といって、お腹と太ももの間の皮膚を移植しました。全層植皮です。皮膚を採った部分は縫いつめました。
 昨日の写真ではキレイに治っているように見えますが、のちのち問題が出てきます。明日から少しずつ解説いたします。

投稿者 sapporobiyou : 19:37 | コメント (0)

2007年06月12日

瘢痕拘縮

 昨日の続きです。息子がどこをヤケドしていたの?と聞いてきました。指だヨ。お前も指が曲がらなくてよかったな。息子…???。この間の日記で、国民生活センターの写真を見なかった?息子…???。
 PCで国民生活センターの写真を見た息子。指が曲がるんだ…。まだよくわかっていない様子なので、今日は写真付きで解説します。ここから先は気持ち悪い人がいるかも?しれないので、自信がない方は読まない(見ない)でください。
 瘢痕拘縮はハンコンコウシュクと読みます。瘢痕(ハンコン)は簡単に言うとキズ痕のこと。拘縮とは引きつれて縮まっている状態です。ヤケドが深かったり、キズの治りが悪いと瘢痕治癒という状態になります。瘢痕というキズ痕が残ってキズがふさがります。通常でしたら、キズ痕が残るだけですが、手指・足趾や首などの可動部位では、キズが縮まる力が強いと曲がって固まってしまいます。これを瘢痕拘縮と呼びます。
 形成外科の専門医試験は、瘢痕拘縮の手術ができないと受かりません。美容外科の手術で、下手な先生が下瞼の『たるみ取り手術』をする、アッカンベーになります。これも瘢痕拘縮です。形成外科医にとても大切な手術が瘢痕拘縮形成術です。
 瘢痕拘縮を治すには、手指の場合は瘢痕をキレイに切除して、植皮をします。瘢痕をとると大きな欠損になります。そこに他部位から皮膚をとってきて移植するのです。
 植物の苗を買ってきて移植しても、水やりが悪かったり移植後の管理が悪いと枯れます。皮膚も上手に移植することはもちろんですが、移植後に動かないように固定しないと生着しません。ベテランの形成外科医はこの固定が上手です。
 皮膚の移植は植物の移植と同じ『移植』を用います。英語でも、transplantationと言います。plant(植物)をtrans(動かす)のです。
 下の写真はスチーム式加湿器で指が曲がってしまった子供さんにした手術です。
 こういう写真を見ると、加湿器や炊飯器で指が曲がってしまうなんて…シンジラレナイと思いませんか?
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加湿器による指のヤケド。指を切って皮膚を移植しました。

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2007年06月11日

親の責任

 私の息子も炊飯器でヤケドをしました。今から20年以上前のことです。私は慎重なので、家のコンセントにも保護用のカバーをつけて子供がケガをしないようにしていました。
 家内の実家に子供を連れて帰省しました。実家が関西だったので一年に一度くらいしか里帰りができませんでした。当時は今のように割引切符がなく、子供二人を連れて関西まで帰るとかなりの出費になりました。
 里帰りすると家内の両親は大歓迎してくれ、いつも大阪(伊丹)空港まで迎えに来てくれました。当時、家内の父はJRを定年退職して、関連会社に勤務していました。会社近くのマンションに住んでいました。2LDKの広さだったと思います。
 ふだんは家内の両親だけの世帯に、娘夫婦と子供が2人里帰りです。孫を囲んで楽しい時間でした。
 私は学会のため実家を後にしました。家内の実家で子供と両親が楽しく過ごしていました。事故はその時に起こりました。
 息子(本人は覚えていないと思います)は床に置いてあった炊飯器の湯気に手をかざして、指にヤケドをしました。
 私に報告すると叱られるので、すぐに言わなかったようです。夜に電話すると息子がヤケドをして、なんとアロエ軟膏を塗っているというではありませんか?私は烈火のごとく怒り(すぐに怒ります)、なんでちゃんと気をつけていなかったのだぁ~~~!!!と電話で延々と怒っていました。携帯電話がなかったので公衆電話からです。
 ちゃんと形成外科の先生に診てもらうように指示し、大阪の住友病院形成外科を受診しました。幸い、息子のヤケドは軽く今見てもどこをヤケドしたかわかりません。
 ヤケドや事故は予想もしない時に起こります。家内も両親もまさか炊飯器がそんなに怖いとは知らなかったようです。私の怒りは、家内の父の『健人くん(ケント息子の名前です)に悪いことしてしもうた。すまんかったなぁ~』という一言でおさまりました。
 小さな子供のヤケドは親の責任です。大きくなってからは子供が何をしてもわかりませんが、小さなお子様にはくれぐれも気をつけてあげてください。

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2007年06月10日

ヤケドの予防

 昨日は私が発表した加湿器のヤケドについて書きました。
 子供のやけどはどんなものでヤケドをしやすいか親が知っていれば防ぐことができます。やけどは意外と身近に発生しています。事故を未然に防ぐために家の中を見直してみましょう。
(1)子供がいる家庭では、床に熱を出す家電製品を置いてはいけません。ポット、炊飯器、コーヒーメーカーなどは、ちょっとの時間でも床に置くのはダメです。イスの上に置いて転落したこともあります。ペットがヤケドすることもあります。
(2)子供の目線で触りそうな熱いもの、引っ張りそうなコードを見つけてください。床に寝そべったり座って子供の目の高さで見るのです。ポットのコードを引っ張ってお湯をかぶった子もいます。
(3)湯気や蒸気の出るものは(炊飯器・加湿器など)100℃以上の高温になります。子供の手が届かないところに置きましょう。おじいちゃんおばあちゃんの家に行った時やペンションなどでも要注意です。
(4)食事の準備中や食事中の事故が多いのです。テーブルの上などの熱い湯・コーヒー・スープが危険です。カップラーメンも危険です。
(5)スイッチを切った後も熱い電気アイロンや電気鍋などは、使用中も使用後も子どもが触れないようにしましょう。
(6)やけどの危険性のある家電品のスイッチは、子どもが触らないように注意し、安全性の高い製品を選ぶようにしましょう。
(7)浴室の鍵は閉めておき、浴槽に熱いお湯は絶対にためないようにしましょう。家庭内のヤケドで一番危険で悲惨なのが浴槽転落です。60℃程度のお湯でも這い上がれず、全身にヤケドをすると命が奪われます。
 酔っ払って愛人とラブホテルへ行き、誤って浴槽に熱湯を入れて入ってしまい、全身に大ヤケドをした方がいらっしゃいました。体のヤケドを治すのに何ヵ月もかかり何度も手術が必要でした。家族関係もこじれて大変でした。肉体的にも精神的にもヤケドを治すのは大変です。ヤケドはしないように気をつけるのが一番です。

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2007年06月09日

加湿器によるヤケド

 私は2000年に行われた熱傷学会で、加湿器による乳幼児のヤケドを発表しました。この発表を読売新聞と朝日新聞が全国版で取り上げてくれました。その報道が契機となり、国民生活センターで調査してくれて、それ以降ハイブリッド式などヤケドの危険性が少ない加湿器が発売されました。
 加湿器は冬に室内の乾燥を防ぐために使用します。25年位前には超音波式といって、超音波で水を細かい霧にして噴霧する加湿器が一般的でした。ところが、加湿器の水に細菌が繁殖して健康によくないという報道があり、一気に衰退しました。その後、熱で水蒸気にするタイプが細菌が繁殖しないので‘健康によい’という理由で普及しました。
 確かに高温で水を水蒸気にするため、細菌は死にますが水蒸気でヤケドをする子供が出てきました。親は赤ちゃんの健康のために水蒸気が出るタイプの加湿器を購入しました。まさか加湿器でヤケドをして指が曲がってしまうとは夢にも考えなかったのです。
 加湿器による子供のヤケドには特徴がありました。ちょうど一歳前後のハイハイをする頃の赤ちゃんです。目の中に入れても痛くないほど可愛い時期です。
 床に置いてあった加湿器から白い湯気がゆらゆら立ち上ると、ハイハイをした赤ちゃんの目に入ります。赤ちゃんは湯気に興味を持ち、自分の手をかざし白いゆらゆらを取ろうとします。その時に悲劇が起こります。白い湯気は水蒸気が水になったものですが、湯気が出ている加湿器の吹出口は100℃以上の高温になっています。
 赤ちゃんがギャァ~と泣き叫んだ時には、赤ちゃんの薄い指の皮膚は深くまで焼けてしまっています。親は加湿器の湯気だからたいしたことはないだろうと様子をみています。数日たって赤ちゃんの指がグチャグチャになっているのに気がつき近所の皮膚科に行きます。皮膚科の先生もまさか加湿器で深いヤケドになるとは考えず、軟膏で様子を見ているうちに指が曲がってしまいます。
 私が治療した子供さんのおばあちゃんが言った言葉を今でも覚えています。『本当にこの子に申し訳ないことをしました。私が傍についていながらこんなことになってしまって…。まさか加湿器でこんなヤケドをするとは夢にも思っていませんでした』
 私が学会で発表して新聞社に取り上げていただいたのは、このような悲劇を繰り返さないためです。それから加湿器は改良されました。加湿器と同じことが炊飯器でも起こります。赤ちゃんがいる家庭ではくれぐれも気をつけてください。

投稿者 sapporobiyou : 23:46 | コメント (0)

2007年06月08日

熱傷学会③

 培養表皮という言葉を聞いたことがあると思います。自分の皮膚を切手ほどの大きさだけ採取して、それを培養して増やし皮膚移植に使うという理想的なバイオ技術です。
 1984年に重症熱傷の幼児2人に、わずかに残った皮膚から培養表皮を作製し、移植した結果、見事に救命に成功して世界的に注目されました。それ以来20年以上が経過していますが、いまだに商品化されていません。
 J-TEC(ジェイテック)という愛知県の会社が製品化に取り組んでいます。この会社の製品が現在厚生労働省の認可を待っていると伺いました。
 一つの製品を商品化するのに、医学の分野では長い年月を要します。臨床試験という関門があります。その製品が安全で確かな効果があると認められなければ製品化できません。保険診療で使うには、さらに薬価という価格も必要になります。
 一般の方は、培養表皮を移植すると、ヤケドをする前と同じツルツルの肌になれると考えます。これは、大きなおおきな誤解です。培養した皮膚はオブラートのように薄く、移植しても決してヤケドする前と同じようにはできません。
 美容外科に来ると、どんなヤケドでもキレイに治ると思っていらっしゃる方が多いと思います。世界中どこへ行っても、深いヤケドを負った皮膚は絶対に元のツルツルお肌にはできません。
 ヤケドは簡単には治せません。治ったとしても、元に戻せないことがたくさんあります。注意してヤケドをしないようにすることが大切です。子供や老人にヤケドをさせないように注意してあげましょう。家の中から危険なものを無くすることも大切です。

投稿者 sapporobiyou : 23:42 | コメント (0)

2007年06月07日

熱傷学会②

 ヤケドをキレイに治すにはできるだけ早く専門医にかかることが大切です。自分でアロエを塗って治るヤケドもありますが、ある程度深く焼けるとアロエでは治りません。
 ステーキを注文すると焼き加減を聞かれます。レア、ミディアムレア、ミディアム、ウエルダン。ヤケドもⅠ度、浅達性Ⅱ度、深達性Ⅱ度、Ⅲ度と分類されます。日焼けしてピリピリ痛いのがⅠ度、水胞ができるのがⅡ度、炎で皮膚が全部焼けてしまったのがⅢ度です。Ⅰ度なら痕が残らないと言われていますが、赤みがある間に紫外線に当てると‘炎症後色素沈着’というシミになります。
 このシミだって立派なヤケドの痕です。キレイに治すには赤みがある間は光に当てないようにします。札幌美容形成外科ではカバーマークという化粧品をお薦めしています。もともと子供のアザを隠すために開発された商品です。私が医師になった25年前からありました。デパートで売っているカバーマークとは違い、専門の美容室やクリニックでしか売っていません。市販の日焼け止めより抜群に効果があります。ゴルフなどの時でもばっちりです。
 今日の熱傷学会でbFGF(ベーシック・エフジーエフ)という薬がヤケドをキレイに治すという発表がありました。もともと褥瘡や難治性潰瘍というキズを治すために開発された薬です。遺伝子組み換えのバイオ技術で作った製品です。
 この薬を子供のヤケドに使ったところ、普通なら絶対に痕が残るヤケドなのにキレイに早く治ったのです。すごいことです。親も子供も喜びます。
 学会で早くキレイに治ることがわかっても、保険診療でこの薬をヤケドに使うことができません。厚生労働省が認可していないからです。もっと悪いことに、薬の説明書にはヤケドにも子供にも使わないようにと記載してあります。
 もし私が自分でヤケドをしたら、保険外でもこの高価な薬を必ず使います。保険医療機関で使うには、初診料から処置料まですべて自費で払わないと使えないのです。一本一万円以上もする薬ですから、国が簡単に認めるとは思えません。
 美しい国日本の保険医療制度にはたくさんの問題があります。安倍首相やご親戚の子供がヤケドをしても、この薬は保険診療では使えません。なんとかして欲しいものです。

投稿者 sapporobiyou : 22:58 | コメント (0)

2007年06月06日

熱傷学会①

 日本熱傷学会に参加するため金沢に来ています。熱傷学会はヤケドの学会です。すべての形成外科医がヤケドを専門にしているわけではありません。北大は私の恩師である大浦武彦先生が熱傷の専門家だったので、特に熱傷に力を入れていました。
 理由の一つは、北海道に炭鉱が多かったことです。私が中学校3年間を過ごした、北海道夕張市は代表的な炭鉱都市でした。私の中学時代に、父親が勤務していた三菱大夕張炭鉱で大規模な炭鉱事故がありました。炭鉱は燃料になる石炭を掘り出す鉱山なので、事故が起こると石炭に火がついて火災になります。
 狭い坑道に炭塵(タンジン)という石炭の粉が充満しています。事故で坑内火災が起きるとそれに火がつきます。一度にたくさんの人がヤケドをします。特に、気道熱傷という、高温の煙を吸い込むことによる、のどから肺にかけてのヤケドで命を奪われます。もちろん、顔も手も体も重症のヤケドになります。
 私が中学生の頃の事故でも重傷者がたくさん出ました。父親は薬剤師でしたが、受傷者の血液を検査して一酸化炭素の濃度を測定する仕事をしていました。ヤケドの治療に使う薬を大量に札幌から取り寄せていました。何日か病院に泊り込んで家に帰られず、母親が下着を届けていたのを記憶しています。
 私は北大形成外科の先生が大夕張の炭鉱事故の治療をしたのを知りませんでした。北大に入ってから、本間君は大夕張にいたんだね。昔、大夕張の炭鉱事故で大変だったんだよ。とはじめて聞かされました。何かの縁を感じました。
 私の札幌医大の先輩である阿部清秀先生は、ロシアから来た重症のヤケドの子供を治療しました。TVに出て有名になったコンスタンチン君です。もう立派な青年になったそうです。私も札幌医大に勤務していた時にジェーニャ君という子供の治療をしました。
 北海道はロシアに近いので、ロシアからの熱傷患者も治療する機会があります。熱傷治療はキズを治す根本を知らないとキレイに治せません。私は熱傷治療を通じて多くのことを学び、現在の美容外科診療に役に立っています。
 熱傷治療も進歩して、従来は必ず痕が残ったヤケドでも、キズを早く治すことにより目立たなくすることもできるようになっています。明日から2日間勉強して帰ります。

投稿者 sapporobiyou : 23:06 | コメント (0)

2007年06月05日

病院の形成外科

 私が勤務した総合病院の形成外科で多かった手術は、皮膚のできもの(皮膚腫瘍)の手術でした。地域の特殊性もあると思いますが、皮膚科の先生から多くの患者様を紹介していただきました。
 腋臭症手術(わきが手術)は今から考えると驚くほど少なかったです。市立札幌病院のHPでは手術件数を年度毎に報告しています。腋臭症手術は2001年6例、2002年5例、2003年5例。3年間合わせても16例です。
 全国の形成外科学会認定施設では、毎年認定施設の更新のために手術症例数を学会に報告します。大学病院や総合病院では病院のHPに症例数を掲載しているところもあります。
 広告規制の緩和から、一年間の手術症例数を広告に載せることができるようになりました。札幌美容形成外科でも、手術症例数をHPに掲載しようと計画しています。
 どんな大学病院でも、腋臭症手術の数は大手美容外科にはかないません。美容外科はやはり広告宣伝を派手にしないと数は集まりません。30分で治るわきが手術とか、通院は不要ですという広告に魅力を感じて受診なさる方が多いと思います。
 手術症例数が多いと上手かというと、美容外科では当てはまらないことがあります。何度も書いていますが、昨日まで内科の先生だった人が、いきなりわきが手術は上手にできません。わきが手術で失敗してキズが残ったなんて、人に言えないので、泣き寝入りしている方がたくさんいるのです。
 形成外科の門を叩いた先生が、専門医も取得せずに美容外科に転向するケースが多くなっているように思います。自分が想像していた形成外科と実際の診療内容が異なる。なかなか手術を教えてもらえず、いつまでたっても上達しない。さまざまな理由で形成外科を去って行かれました。
 医師としての生き方はひとそれぞれです。その人の生き方に文句は言えません。ただ、皮膚腫瘍の手術も満足にできない医師に美容外科は無理だと思います。

投稿者 sapporobiyou : 23:07 | コメント (0)

2007年06月04日

整形外科の大先輩

 市立札幌病院で形成外科をなんとか‘宣伝’しようと考えていた頃です。整形外科の大先輩から言われました。

 『先生、焦るんでない!』
 『俺たちだって最初は外科の片隅でやっていたんだ』
 『骨が折れたら骨接ぎに行ってた時代さ』
 『整形外科って言ったらさ、美容整形ですか?って言われたもんだよ』
 『最初は肩身が狭かったよ』
 『ギプスの石膏で汚くなるって言われてね』
 『でもね、整形外科で骨折を治すと、外科とはまったく違うってことがわかると、患者さんはどんどん来てくれましたよ』
 『形成外科は、すばらしい技術があるんだから、これから必ず発展しますよ』

 その大先輩をはじめとして、整形外科の先生からはたくさんの患者様を紹介していただきました。整形外科の先生とは何度も一緒に手術をしました。

 『いやぁ~先生(私のこと)に来てもらってよかったよ』
 『俺たちだけだったら、アンプタ(切断)しかなかった』

 子供の下肢の重症の外傷です。骨はバラバラ、皮膚はベロンベロンです。整形外科の先生が骨を治して、私が皮膚と軟部組織を再建しました。深夜や朝までかかって、救急部や整形外科と一緒によく手術をしました。手術した患者様の中には、今でも年賀状をくださる方や結婚式に招待してくださった方もいらっしゃいました。

 市立札幌病院では、外科系のすべての先生からとてもよくしていただきました。私の医師として青春時代です。毎日充実していました。器械や設備は予算の関係で揃っていませんでしたが、借りたり他の病院へ行ったりして手術をしていました。

 今の若い先生は、形成外科に患者様が来るのが当たり前。他科の先生が紹介してくださるのが当たり前。形成外科医は‘楽して儲かりそう’だから形成外科を選ぶ、なんて思っている先生や学生さんがいるかも知れません。

 私の時代は、北大の医局で、先輩でも‘○○さん’とか同期なら‘○○ちゃん’と呼び合って仲良く生活していました。ちなみに私は‘ホンマちゃん’と呼ばれていました。形成外科という新しい科をみんなで発展させようとしていました。

 今は開業して、毎日一人で手術をしていますが、私が一人前になれたのは、たくさんの先輩から励まされ、教えていただいたおかげです。私が死ぬ前までに、私の技術や考えを後輩に伝承したいと思っています。

投稿者 sapporobiyou : 23:57 | コメント (0)

2007年06月03日

形成外科と‘宣伝’

 昨日、市立札幌病院で‘広報さっぽろ’に形成外科の宣伝を載せてもらった話しを書きました。なんで市立病院の先生が宣伝なんかするの?宣伝しなくても、病院はいつ行っても何時間も待たされるじゃないの?と思われた方(先生)も多いと思います。

 今の若い先生に話しても信じてもらえないかも知れませんが、私が形成外科医になった25年前には、宣伝しないと患者様は集まりませんでした。

 そもそも、私が北大形成外科に入局すると決めて、親が知り合いに『息子は形成外科に入りました』と言っても『はぁ?整形外科ね』とか『形成外科?美容整形?』なんて反応が多かったものです。

 私の恩師、大浦武彦先生が北大病院で形成外科をはじめた頃は、苦労して苦労して形成外科を啓蒙されました。医師会の講演会や市民講座など、あらゆる機会を利用して形成外科を広められました。

 北大の関連病院で、一番最初に形成外科を作っていただいたのが旭川厚生病院の菅野(カンノ)院長先生です。北大の先生が旭川に出張して手術をしていました。関連病院を増やすのも大変で、病院長の理解はもとより外科系の先生のご理解がなければできませんでした。形成外科ができるということは、自分の科の患者さんが減ることにもつながりかねません。患者をとられたら困ると思えば形成外科なんて作りませんし紹介もしません。

 私が30代に勤務した函館中央病院では、外科の藤井正三院長が、自らたくさんの患者様を形成外科に紹介してくださいました。『形成外科で手術してもらった方がキレイに早く治るから…』と紹介してくださいました。私たち形成外科医は、それこそ一人ひとりの患者様を大切にして、失礼ながら一人ひとりが‘歩く広告塔’だと信じて手術をしました。

 一人でも多くの患者様をキレイに治して、おばあちゃんにも『形成外科さぁ行ったらぁ、はぁ、キズがなぁ、キンレイに治るんだわぁ~』と言われて大満足していました。

 私がキズにこだわるのも、キレイに治すのに命をかけているのも、北大形成外科の先輩の教えです。
 昨夜、北大形成外科の集まりがありました。25年前と比べると全員歳をとって、頭に白いものが増えましたが、親兄弟に会って話すような懐かしい楽しい時間でした。

投稿者 sapporobiyou : 23:43 | コメント (0)

2007年06月02日

新聞の影響

 私は平成元年4月から市立札幌病院で形成外科の診療をはじめました。当時は、皮膚科外来で午後から週に2回外来診療を行っていました。

 私の職位は皮膚科医師。皮膚科専門医でもないのに、皮膚科医になってしまいました。市立札幌病院内でも形成外科で、どんな治療をしているか知られていませんでした。まして札幌市民で市立病院に形成外科医がいることを知っている人は皆無でした。

 宣伝ができないため、外来を開いても‘お客様’の数は少なく、何とか形成外科を‘宣伝’したいと考えていました。平成元年の札幌市長は板垣武四さんでしたが、平成3年から桂信雄市長にかわられました。私は桂市長に直訴して、市立病院で形成外科の診療をしていることを、札幌市の広報に載せていただきました。

 保健所に届けた標榜科目ではないので、市立札幌病院皮膚科の‘形成外来’としてです。字で見ると、形成外科も形成外来も同じように見えます。広報さっぽろに載せていただいた時はとても嬉しかったです。

 広報さっぽろには、形成外科とはどんな科で、何を治療しているかを掲載していただきました。その中で、わきがを保険で治療できると載せました。札幌美容形成外科の診療方針の原点です。

 広報を読まれたご婦人が、古い北海道新聞の切抜きを持参して市立札幌病院へ来院されました。その記事には、3人の形成外科医が登場し、わきがの治療法について述べていました。3人とも開業医でしたが、わきがには保険はききませんと書いてありました。

 開業医でも形成外科メモリアル病院などでは、保険診療でわきが手術をしていましたが、北海道新聞に保険がきかないと書かれていたため、そのご婦人はずっと保険がきかないものと信じて疑わなかったそうです。

 広報さっぽろと道新の切り抜きを持参され、『本当に保険がきくのですね』『これでようやく手術を受けられます』と手術をお受けになりました。

 新聞の影響は大きく、記事の内容は無条件で信用されます。わきが手術は簡単ではありません。北海道新聞社がわきが特集を組んでくれることを期待しています。

投稿者 sapporobiyou : 23:14 | コメント (0)

2007年06月01日

わきが手術と汗

昨日の日記にわきが手術のことを記載しました。欧米では臭いのために手術を受ける方はマレですが、多汗症の手術は教科書にも記載されています。いわゆるワキガ手術をすると汗も減りますが、ゼロにはなりません。これは次のような理由によります。

 汗の原因になるエクリン腺は皮膚の浅い層にあるため、アポクリン腺よりも取り除くことは難しいのです。欧米の教科書にも文献にも、わきが手術をすると多汗症が改善すると記載されていますが、ゼロになるとは書いていません。

 わきが手術をして半年くらいの間は汗は劇的に減ります。ところが、術後3ヵ月程度経過すると神経が再生してくるため、少しずつ汗が出るようになります。これはどんな手術法でしても同じです。唯一異なるのがワキの皮膚をすべて切り取ってしまう手術ですが、大きなキズが残るためこの手術を行う美容外科医はいません。

 この神経の‘再生’による発汗を‘再発’と勘違いして治っていないと言う方がいらっしゃいます。以前、診察した方は、手術を受けたのに『緊張すると服に汗染みができます!』といらっしゃいました。診察するとワキからは汗は出ておらず、汗染みは肩から出た汗がワキに流れてできていました。
 私だって、緊張したり興奮するとワキに汗がたまり、胸の横をツゥ~っと汗がしたたり落ちます。これは生理的な現象で‘病気’でも‘異常’でもありません。

 確かに、汗の臭いが気になることもあります。通常は汗をかいたら、下着を取り替えるとか、シャワーを浴びて対処します。一日に3枚も4枚もシャツを取り替える必要があって仕事に差し支えるような方は‘病的’な発汗の可能性があります。

 汗を止めるのに、効果的な治療法はボトックスの注射や交感神経の手術です。性格的に緊張しやすい方には、一部のメンタルクリニックで行っている、‘自律神経訓練’があります。交感神経の過緊張を止めるために、自律神経の訓練を行います。効果は速効性ではありません。

 わきが手術も汗を止める治療も簡単ではありせん。自分の症状と、何がどう困っているかを整理して相談にいらして下さい。

投稿者 sapporobiyou : 23:12 | コメント (0)