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2007年09月30日

自殺予防ケア

 週刊文春に病院情報ファイルという記事があります。恵原真知子さんという方が担当です。医学的な内容が充実していて、医師が読んでも参考になります。
 9月13日号に横浜市立大学附属病院神経科、河西千秋先生の自殺予防ケアが掲載されていたので、ご紹介します。
 以下は週刊文春の記事です。
      ■         ■
 日本人の自殺者数は1998年に年間3万人を超え、以来9年間もその最悪の状態が続いている。
 昨年「自殺対策基本法」が施行。自殺予防総合対策センターも設置され、自殺対策が整備されつつある。
 自殺は個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、社会的に取り組む必要性があると国レベルで認められるようになってきたのだ。
      ■         ■
 しかし、個々人の自殺や遺族に対する理解はいまだ乏しく、誤った情報を鵜呑みにしていることが多いといわれる。例えば、以下の説明のうち正しいものを判定できるだろうか。
・自殺の動機で最も多いのは経済問題である
・自殺の多くは何の前兆もなしに起こる
・自傷行為を繰り返す人ほど死なない
・自殺未遂者はそっとしておいたほうがよい
・遺族の苦しみは時間が解決してくれる
・自殺は個人の哲学、死生観の問題である
・自殺を企てる人の気持ちは変えられず、自殺を防ぐことは不可能である
      ■         ■
「いずれも『ノー』が正解です。 ちなみに2006年に警察が行った調査によると自殺の動機の一位は健康問題(42%)、二位が経済・生活問題(29%)、三位が家庭問題(10%)となっています」
と横浜市立大学附属病院神経科(精神科)の河西千秋病棟医長(准教授)は説く。
 同附属市民医療センター救急救命センターに入院する自殺未遂患者のケアも担当し、厚生労働科学研究費補助金事業による「自殺未遂者ケアガイドライン」作成にも関わる専門家だ。
      ■         ■
 重症急患の2割が自殺未遂
 高度の救急救命センターには重症のけがやヤケドなどの患者が搬送されるが、実は全体の10~20%が自殺を図った人だという。
 「自殺者の約半数には自殺未遂歴があり、また未遂者を9年以上追跡した研究によると、自殺未遂者ないし自傷患者の3~12%はその後に自殺していることが確認されています。ということは、自殺未遂者を多く診る救急医療施設で自殺予防を考慮したケアを行えば予防につなげうる。そこで横浜市大では、一昨年から精神科医が救命センターに常駐し、命を取り留め意識が戻った段階から専門的なケアを行っています」
      ■         ■
 自殺の引き金となる危険予測因子として、自殺念思や絶望感、自殺未遂歴、家族や親族の自殺、あるいは大切な人との離別・死別、失業や経済破綻、精神疾患、がんなど進行性の重い病気、身体機能の喪失などがある。これらは少なくとも医療関係者の間では知られるようになった。
 また、最近ではうつ病患者は自殺の危険が高いとも流布されているが、現実に自殺者の多くがうつ病・躁うつ病であり(約30%)、依存症、統合失調症、人格障害が各十数%ずつを占めていたことも、既遂者の調査研究から明らかにされているという。
      ■         ■
 つまり、ある程度の知識とその人への関心があれば、素人でも自殺の危険を感じる想像力が働くということだ。河西医師らは自殺予防活動普及のため「自殺予防のための手引き」を学校関係者用、プライマリ・ヘルスケア従事者用など利用者別に作成した。詳しくは同大学精神医学教室(℡045-787-2667)へ。
 救急救命センターにおける精神科医の関与は、自殺未遂者本人はもちろん、彼らを抱える家族、担当する医療スタッフにも不可欠だが、多くの病院では経済的理由などから夢のまた夢なのが現状だ。河西医師らの活動がよきモデルとなり普及することが期待される。
      ■         ■
 7月24日の日記、札幌こころのセンターに書いたように、3年前に、札幌美容形成外科を受診なさった患者様が自殺されました。
 私は、その患者様を手術していませんが、もし私が手術していれば死ななくてもよかったのか?…と今でも心に残っています。
 醜形恐怖症という‘病気’は心の病気です。社会不安障害という概念に入る精神疾患です。
 美容外科を開業していると避けて通れないのが、醜形恐怖症の患者様です。
      ■         ■
 精神神経科医と密接に連携をとって治療に当たります。
 これから美容外科を志す先生は、必ず頭に入れておいて下さい。患者様が亡くなると、自分が手術したしないにかかわらず、とても悲しくなります。
 このような‘病気’があることを認識してください。自殺率が高いことも…。

投稿者 sapporobiyou : 13:50 | コメント (0)

2007年09月29日

美容外科の修行

 昨日ご紹介したの朝日新聞の記事に、『美容外科を志す人は、やけどの跡の修復などをする形成外科の経験を基に、試行錯誤で技術や知識を身につけているのが実情だ。技術水準は個人差が大きく、医療被害にもつながっているという指摘がある』と記載されていました。
 実情は違うと思います。‘美容外科を志して、形成外科を選んだものの、やらされるのは毎日まいにちヤケドの処置だけ’
 ‘こんなはずじゃなかった!’と形成外科を去る若い先生がたくさんいます
      ■         ■
 現在、日本の医育機関で実際に教鞭をとっていらっしゃる形成外科教授で、美容外科がバリバリできるのは、ほんの数名しかいないと思います。
 その数名の先生も、大学病院で美容外科の症例を重ねたのではなく、民間の開業医レベルか有名美容外科で手術をたくさんした先生です。
      ■         ■
 日本形成外科学会でも、過去に何回か美容外科研修について取り上げたことがありました。
 何回議論しても、大学病院に美容外科の‘お客様’は多くはいらっしゃいません。よそで手術をしたけれど、トラブルになったとか、大手美容外科に行ったけれど心配になった方が多いと聞きます。
 25年前に、私が北海道大学でコラーゲンの臨床試験を担当させていただいた時も、‘お客様’は来院されず、自分の母親とか妻とか、知り合いばかりでした。
      ■         ■
 私自身は、総合病院に勤務中に、土日に美容外科へ‘ほぼ無給’で修行に行きました。担当させていただいたのは、ワキガ手術。あとはひたすら、ゴットハンドの院長先生の手術を見て覚えました。
 前任の中央クリニックでは、私が尊敬する美容外科‘指導医’の先生に、美容外科スピリットを教えていただきました。
 その先生は、大学卒業後に十仁病院へ入職。私が形成外科医として経験したのと同じ歳月を、美容外科医として活躍された先生でした。
      ■         ■
 確かに形成外科医は、技術では素晴らしいものを持っていると思います。
 しかし、美容外科は‘技術’だけでは食べて行けません。
 ‘お客様のニーズ’に合わせた手術や治療を提供できるのが美容外科だと思います。
 そういう意味では、私もまだまだ修行が足りません。大変申し訳ないことですが、私は形成外科出身なので、自分の考えに合わない手術はお引き受けしていません。
      ■         ■
 私の周囲を見ると、美容外科を志す若い先生は、大部分が有名な美容外科に就職しています。
 若くして分院の院長に就任している先生もいらっしゃいます。
 美容外科は、競争が激しい業界です。老舗(シニセ)と言われていた有名美容外科が廃院しました。
 若くして、大手美容外科チェーン店の店長になった先生が、独立して同じような業態のチェーン店を展開しているところもあります。
      ■         ■
 20年以上も大々的にチェーン展開をしている美容外科は、私が知る限り、数軒しかありません。
 優秀な先生をいかに長く雇用できるか?店長クラスの先生をいかに多く確保するか?チェーン店の美容外科経営も楽ではありません。
 私のように、個人で自分ができる範囲の手術をして、他に‘先生’を雇わないのが、一番楽だと思います。
 自分の‘分身’だと思っていた‘先生’に裏切られる心配もありません。
      ■         ■
 美容外科は外科手術ですから、知識と技術が必要です。
 どこでも、タダで安易に知識と技術は教えてくれません。これから美容外科を志す先生が、どうやって知識や技術を習得するかが問題なのですが、なかなか簡単に解決はしないと思います。
 私は将来も、大学医学部では美容外科研修は難しいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:26 | コメント (1)

2007年09月28日

神戸大が美容外科開設

 平成19年9月28日(金)朝日新聞朝刊の記事です。
 神戸大が美容外科開設、国立大学で初 専門医養成へ
 神戸大学は27日、付属病院内に美容外科の専門診療科を新設することを発表した。国立大学で初めての試みだ。社会の高齢化に伴い、美容外科は若い女性だけでなく、中高年の生活の質を高める医療として需要が高まっている。
 だが、今の医学教育の中で学ぶ機会がほとんどなかった。神戸大は専門教育の場を設け、若い医師を育てるとともに、老化と闘うアンチエージング医学の拠点作りを目指す。
      ■         ■
 10月1日に診療を始める。全年齢を診るが、主に中高年のしわやたるみ対策を対象にする。容姿に自信を取り戻すことで、生活や心の張りも戻ってくるという報告があり、高齢者にとって大きな意味を持つからだ。
 現在、美容外科を志す人は、やけどの跡の修復などをする形成外科の経験を基に、試行錯誤で技術や知識を身につけているのが実情だ。技術水準は個人差が大きく、医療被害にもつながっているという指摘がある。
      ■         ■
 神戸大病院では、形成外科の専門医2人が専従し、若い研修医らを交えてチームで診療する。医療保険の適用外で自費診療だが、まぶたの垂れ下がりなど、保険治療の対象と診断した場合は、他の診療科に紹介する。
 責任者の一瀬晃洋(いちのせ・あきひろ)・神戸大医学部講師は「診療だけでなく、手術や処置の安全性、リスクと効果など、美容外科に関する適切な情報を社会に提供します」と話す。
 初診は週3回で、電話予約が必要。問い合わせは神戸大病院(078-382-5111)へ。
 (朝日新聞朝刊より引用)
      ■         ■
 この朝日新聞の記事は何点か誤りがあると思います。
 国立大学ではじめて美容外科外来を開設したのは、東京大学です。東大病院のHPには診療実績も掲載されています。
 東京大学形成外科の波利井清紀 名誉教授(現:杏林大学医学部教授)が在職中に開設され、吉村浩太郎講師が中心となって診療をはじめられました。
      ■         ■
 大学病院の美容外科外来は、大手美容外科と比較すると、患者数が2桁以上違います。
 東大形成外科HPによると、平成18年度の新患総数は2,052人です。そのうち、美容外科の入院患者数31人、外来患者数33人となっています。
 東大病院ですら、平成18年度一年間で入院と外来を合わせても64人です。吉村先生という、トレチノインの権威がいらしてもこの数字です。一般病院の美容外科でしたら倒産です。
 早くから、美容外科外来をはじめた、昭和大学、北里大学ですら、患者数は多くないと聞きます。
      ■         ■
 大学病院で美容外科を担当する‘先生’はどこで美容外科を習得するのでしょうか?
 大部分の‘先生’は、民間で開業している美容外科や形成外科へ行って、美容外科手術を習得します。
 形成外科医は眼瞼下垂症手術などは得意ですから、手術のアルバイトに行って、ついでに他の手術も覚えることもあります。
 国立大学では、おおっぴらにアルバイトに行くことは禁止されていますから、土日の休みなどを利用することもあります(厳密に言うと土日でもバイトは禁止ですが…)。
      ■         ■
 大学病院で美容外科診療をしようとすると、料金も大学の規則で決めなくてはいけません。
 市立病院や公立病院では、条例で料金を決めなくてはならない場合もあります。
 美容外科で普通に使っている、厚労省が認めていないコラーゲンやヒアルロン酸も使えません。
手術を決めて、麻酔科に麻酔を依頼すると、自由診療だからと麻酔科から断られることもあります。
 さまざまな制約を受けるのが大学病院の美容外科です。
      ■         ■
 ただ、全国的に見ると、国立大学でも形成外科を形成外科・美容外科とするところは増えています。
 医学部の学生が美容外科手術を見学したいと願っても、なかなか実現しません。普通の美容外科でしたらまず断られます。
 医学部の教育の中で、美容外科が一般化するには、形成外科が普及した以上に時間がかかると思います。
 日本の医学部・医科大学の中には、形成外科すらない医育機関がまだかなりあります。

投稿者 sapporobiyou : 23:21 | コメント (0)

2007年09月27日

日鋼記念病院【室蘭】

 平成19年9月27日(木)北海道新聞朝刊の記事です。
 室蘭日鋼病院、循環器医全員退職へ 11月末 “カレス騒動”なお
 【室蘭】医療法人社団カレスアライアンス(室蘭)が経営する日鋼記念病院で、勝賀瀬貴院長を含む循環器科の医師4人全員が11月末に、泌尿器科の医師1人が今月末までに退職することが26日分かった。同病院によると、12月以降の循環器科の診療体制の見通しは立っていない。
      ■         ■
 循環器科は今年8月、心不全の患者への心臓リハビリなどに新たに取り組むために、「循環器センター」を開設したばかり。
 同病院は患者に対し、医師退職の説明や他病院への紹介を始めており、今後の診療体制が決まるまでは初診患者の診療は行わない。
      ■         ■
 現在2人の常勤医がいる泌尿器科へは、北大から出張医1人が派遣され、2人体制を維持する。
 カレスアライアンスの西村昭男前理事長が今月11日に解任されたことに伴って、同病院では西村氏に近い医師を中心に退職の動きが広がっており、既に、消化器科の医師二人が9月末付で、脳神経外科医1人が10月末付で退職届を出している。
 (北海道新聞朝刊より引用)
      ■         ■
 循環器科センターは心臓や血管の専門家が集まって、心筋梗塞や下肢の動脈硬化症を治療する科です。
 7月7日の日記に書いた、時計台記念病院の浦澤先生も循環器センター長です。
 室蘭でははじめての循環器センターで、急性心筋梗塞など命にかかわる急性期の治療ですから、とても残念なことです。
      ■         ■
 病院経営者にとって、一番頭が痛いのが、優秀な医師を採用することです。
 日鋼記念病院循環器センターのような、設備が整った総合病院で働くことは、医師としてはやりがいがあり、腕のみせどころです。
 循環器センターの開設に当たっては、夢と希望を持って、仕事に取り組んでいたと思います。
 日鋼記念病院HPを拝見すると、かなり腕の良い先生を集めていると思います。
      ■         ■
 人にはそれぞれ考えがあり、人生観や道徳観も違います。
 医師は高度の知識と技術を持った‘技能集団’です。
 数十人もの‘先生’を取りまとめるのは、相当の苦労を伴います。
 院長が頭ごなしに命令したところで、担当の先生にそっぽを向かれたらどうにもできません。
 代わりを見つけようにも、高度の技術を持った先生であればあるほど、簡単には見つけられません。
      ■         ■
 今の時代の病院経営は本当に大変です。
 診療報酬という、病院経営の根幹をなす医療収入は、国の方針により毎年下がっています。
 看護師など職員の給与は上げなくては、人が集まりません。看護師が足りないと診療報酬が減ります。
 この数年で一番給与が下がったのが勤務医だと言われています。
      ■         ■
 日鋼記念病院で何があったかわかりませんが、一日も早く正常な診療ができるようになって欲しいと思います。
 病院がゴタゴタして一番困るのは、地域の患者様です。
 日鋼記念病院形成外科には、坂本泰輔(サカモトタイスケ)先生という私の後輩が勤務しています。とても優しくてまじめな先生です。
 西村先生との確執はわかりますが、循環器センターを潰さないでください。

投稿者 sapporobiyou : 23:23 | コメント (0)

2007年09月26日

アッカンベーの手術

 顔面神経麻痺によるアッカンベーの手術は、通院でできます。目尻を数㎜切って、靭帯(ジンタイ)という組織を引っ張って、骨に固定する手術です。
 顔面神経麻痺では表情筋が機能しなくなります。ピーンと張っていた筋肉が弛んで(ユルンデ)しまい、それで下まぶたがアッカンベーになります。
 弛んだ筋肉の端のヒモを引っ張って、ピーンと張る手術です。
      ■         ■
 重症のヤケドでも目がアッカンベーになります。
 私が札幌医大に在職中に、ロシアからジェーニャくんという子供がヤケドの治療にやってきました。全身の大ヤケドでしたが、ロシアで治療できなかったのが顔と手でした。
 顔の治療は形成外科が、手の治療は整形外科の石井教授が担当しました。
 有名なコンスタンチン君ではありません。コンスタンチン君を治療したのは、旭川赤十字病院にいらっしゃる阿部清秀先生です。
      ■         ■
 ヤケドでアッカンベーになるのは、皮膚が焼けて、皮膚が縮み(チヂミ)、まぶたが引っ張られることによります。
 ジェーニャ君は上まぶたも下まぶたも、頬もすべて焼けていました。顔の皮膚をすべて貼りかえる大手術でした。
 このような手術は、入院施設がある総合病院でなければできません。
      ■         ■
 下まぶたの『たるみ』とり手術で、アッカンベーになることがあります。
 初心者の先生が手術して、皮膚を取りすぎたり、脂肪を取る時に止血が不十分だったりすることが原因です。
 かなりベテランの先生が手術しても、ちょっとしたアッカンベーが気になることがあります。
 私が大学病院に勤務していた時に、ある美容外科で手術を受けて、その後、軽度のアッカンベーになり、不眠症になって精神科から紹介された方がいらっしゃいました。
      ■         ■
 この方は軽度でしたので、再手術はせずに通院で様子をみました。
 また、別のクリニックで手術を受けて、明らかにアッカンベーになった方の修正手術をしたこともあります。
 手術を受けたクリニックでは対応できなかったようです。
 再手術は難易度の高い手術です。‘簡単’には治らないケースもあります。
      ■         ■
 2000年8月のPlastic and Reconstructive Surgery という米国形成外科学会雑誌(106(2):438-53)に、
The evaluation and management of lower eyelid retraction following cosmetic surgery.という論文が出ています。
 『美容外科手術後の下眼瞼外反(アッカンベー)の評価と治療法』というタイトルです。
 冒頭の文章に、Lower eyelid retraction is a common complication after cosmetic surgery of the lower eyelids. と書いてあります。Yahoo翻訳で訳すと‘下眼瞼撤回は、下眼瞼の美容外科の後の普通の合併症です。’
      ■         ■
 Lower eyelid retractionが下眼瞼撤回と訳されていますが、アッカンベーのことです。医学用語では下眼瞼外反と訳します。
 要するに、アッカンベーになるのは、下まぶたの美容外科手術ではcommon(共通の、普通の、ありふれた)complication(合併症)ですよという意味です。
      ■         ■
 美容外科の宣伝やホームページでは、手術は簡単ですぐに治ります。お化粧すれば、翌日からでも仕事ができます。なんて平気で書いてあります。
 アッカンベーになるなんて書いたら、お客さんが来なくなってしまいます。
 私は、起こり得る合併症や手術後のトラブルについてもご説明しています。
 手術は飛行機と同じで安全第一です。慎重すぎて後悔することはありません。

投稿者 sapporobiyou : 20:00 | コメント (0)

2007年09月25日

目の脂肪とたるみ

 目という組織はとても重要な臓器なので、神様は動物をお作りになる時に、さまざまな工夫をなさいました。
 大切な食器や磁器を輸送する時は、丈夫な箱に入れて、パッキンで包みます。
      ■         ■
 目という大切な器官は、顔面骨という丈夫な骨の中に入っています。目の周囲には脂肪という厚いパッキンが充填されています。
 顔面は衝撃を受けやすい場所なので、もし目に大きな外力が加わっても、目の周囲にある、脂肪が衝撃吸収バンバーの役割をして目を保護するようにできています。
      ■         ■
 魚でも、鳥でも、動物でも、目の周囲に脂が多いのは、目を保護するために、脂肪というパッキンがあるからです。
 丈夫な箱に、大切な磁器を入れてパッキンで包んでも、しっかり蓋(フタ)をしないとパッキンがはみ出てしまいます。
      ■         ■
 この蓋の役割をしているのが、眼輪筋という筋肉と皮膚です。
 目の上、目の下には、眼輪筋という筋肉があり、これがしっかりと骨に張り付いて、脂肪が出てこないように蓋をしています。
 ところが、筋肉も長年使っていると衰えてきます。どんなに丈夫なゴムでも、長年使うと伸びてビロビロになってしまうのと一緒です。
      ■         ■
 悲しいことですが、眼輪筋というゴムが伸びてしまうと、目の下がぽこっと膨らむようになります。
 この目の下の膨らみを、‘目袋(メブクロ)’と呼ぶ先生もいらっしゃいます。
 この目袋を取るためには、余分な脂肪を除去し、伸びてしまった筋肉を引き締め、かつシワシワになった皮膚も切除する必要があります。
 簡単な手術のように思いますが、初心者の先生がすると、皮膚を余分に取りすぎたり、手術後に血がたまってしまったりします。
      ■         ■
 世界中どこの国でも行われている、目の下の『脂肪』『たるみ』とり手術ですが、世界中どこの国でも、アッカンベーの後遺障害が出ています。
 プチ整形しかできない先生は、アッカンベーを治せません。アッカンベーを治すには高度の形成外科的技術が必要です。
 下まぶたのたるみは、取り過ぎないようにするのが一番大切です。他とのバランスも重要です。
      ■         ■
 下まぶたのたるみ取りでアッカンベーになった方は、顔面神経麻痺でアッカンベーになったのとは状態が違います。
 顔面神経麻痺でアッカンベーになった方は、皮膚が足りないとか筋肉が瘢痕でガチガチになっているという症状はありません。
 下まぶたのたるみとり手術は、さまざまな方法が報告されています。下まぶたたるみ取りでアッカンベーになったのを治す手術も論文として出ています。
 いつも申し上げていることですが、手術は簡単ではありません。安易に受けて後悔なさらないでください。
 アッカンベーで困っていらっしゃる方は、札幌美容形成外科へ相談にいらしてください。

投稿者 sapporobiyou : 22:26 | コメント (0)

2007年09月24日

汗のお話し②

 昨日の朝日新聞日曜版(be on Sunday)、汗の話しの続きです。
 生命維持し、魅力も発信
 (平成19年9月23日朝日新聞より引用)
      ■         ■
 たとえば、この夏の真昼のような炎天下で外を10分歩いたとする。その間、汗をかかなければ、体温は1度上がってしまう。
 実際にそうならないのは、人によって差はあるがふつう約1,000mlの汗をかき、皮膚上から大気中に蒸発していくときに奪う熱(気化熱)で体を冷やしているからだ。
      ■         ■
 汗を研究してきた愛知医科大名誉教授の小川徳雄さんは「汗をかかなければ、体温は上がる一方です」という。
 いわば、体の表面に打ち水をしているような仕組みだ。気温や運動量、個人差もあるが、1時間で4㍑も汗をかく場合もある。病気など何らかの原因で汗が出なければ、体温が上がってしまい、生命の危険にさらされる。
      ■         ■
 体温調整を担うエクリン汗を出すエクリン汗腺は、皮膚の表面から0.3~5㎜のところにあり、体表まで汗を出す管が通っている。根元は管がからまった毛玉のような形をしている。「毛玉」が、近くにある血管から血液の透明な部分(血漿)を取り込んで、押し出したのが汗だ。
      ■         ■
 退化する器官
 日本人にはエクリン汗腺が平均230万個あるといわれる。前頭部、鼻などに多いものの、ほぼ全身にある。一方、アポクリン汗を出すアポクリン汗腺は、エクリン汗腺と同じ形をしているが、耳の穴やわきの下、乳首の周り、下腹部など、比較的太い毛が生えた毛穴にしかない。
 皮膚腺と呼ばれるものには、もう一つ、皮脂腺があり、こちらは皮脂を分泌して、汗とまじり合い、皮膚を保護している。
 人間と違い、おもに呼吸で体温調整をしている犬の場合、アポクリン汗腺は体の表面全体にある。エクリン汗腺は足の肉球にあり、表面をぬらすことで滑り止めの役割をしている。体温調整に役立っていないそうだ。
      ■         ■
 エクリン汗が血漿をもとにしたさらっとした薄い塩水なのに対し、アポクリン汗はどろっとした白か灰色の液体だ。
 小川さんは「人類の進化の名残で、退化していく運命にある器官」という。実際、妊娠5ヵ月前後の胎児には全身にアポクリン汗腺のもとになる細胞ができるが、その後退化していき、一部だけ残ることが分かっている。
 生まれてからもアポクリン汗腺はすぐには働かない。思春期ごろから活動を始め、性的に活発な時期によく働く。動物では、性的魅力を発するフェロモンを出す役割を果たしているといわれる。
      ■         ■
 活用法は様々
 「わきが臭」の原因として気にされがちなアポクリン汗だが、人によっては魅力的なにおいと感じる場合もある。日本ではにおいをなるべく抑えようとする制汗剤が中心だ。欧米では、制汗剤だけでなく、わきが臭と混じり合っていい香りになる香水を開発してきた歴史がある。
 体臭の原因物質の解明では日米欧の研究者がしのぎを削ってきたが、成果をどう活用するかでは、においに対する考え方の違いがあるようだ。
      ■         ■
 におい抑える制汗剤 始まりは19世紀後半
 汗のにおいを抑える制汗剤の歴史は古い。 19世紀の後半に米国で殺菌剤を配合した商品が発売されたのに始まる。同じ米国で20世紀初頭には汗を抑える商品が出されたが、酸性で皮膚への刺激が強く、衣類が破れるという問題があった。本格的に市場が拡大するのは1950年代からだ。
 制汗剤の国内市場は2006年、前年並みの321億円。国内市場は高齢化で頭打ちだが、世界的には欧米を中心に伸びる余地が大きいとされる。花王はスパイシー臭や硫黄臭などの研究成果を、05年から「ビオレ」「メンズビオレ」のスプレーやボディシートなどに反映させている。
 (朝日新聞より引用)
      ■         ■
 この朝日新聞の記事の中で、アポクリン汗腺は、エクリン汗腺と同じ形をしているというのが、間違いです。
 アポクリン腺はエクリン腺より皮膚の深い層にあり、肉眼で見ても明らかに形も色も違います。手術をしたことがある先生ならすぐにわかります。制汗剤で対処できない汗は、是非、札幌美容形成外科に相談なさってください。

投稿者 sapporobiyou : 20:32 | コメント (0)

2007年09月23日

汗のお話し①

 今日の朝日新聞日曜版(be on Sunday)に汗の話しが出ていたのでご紹介します。
 汗・汗・汗…におう3物質
 (平成19年9月23日朝日新聞より引用)
      ■         ■
 今年の夏は暑かった。
 気象庁によると、6~8月に29道府県の101地点で最高気温を更新した。よく汗をかいたはずだ。
      ■         ■
 汗には2種類ある。一つは、体中に広く分布するエクリン汗腺から出る汗で、体温調節の役割を果たす。
 もう一つが、わきの下などに集中するアポクリン汗腺からの汗。こちらの役割は不明な点が多い。比較的においが少ないエクリン汗に対し、アポクリン汗はわきがなど体臭の原因で、昔から人々を悩ませてきた。
      ■         ■
 近年、アポクリン汗による体臭の原因物質がほぼ解明され、制汗剤などへの応用が期待されている。
 花王香料開発研究所の矢吹雅之研究員によると、アポクリン汗に含まれる体臭成分は、カレーのスパイスのにおいに似た「スパイシー臭」、古いぞうきんのような「脂肪酸臭」、生臭く鼻を突く「硫黄臭」の3つから成る。
 どのにおいの原因物質もアポクリン汗腺から出た直後はアミノ酸とくっついた「前駆体」という形で、無臭だ。
 しかし、皮膚上の細菌がアミノ酸から切り離すと、原因物質だけになり、においを発するようになるという。
      ■         ■
 3つの原因物質のうち最初に解明されたのは、脂肪酸臭だ。91年に米国の研究機関、モネル研究所が原因物質を学会で報告した。
 スパイシー臭の原因物質を特定したのは花王で、96年、「におい物質」として特許を出願した。
      ■         ■
 最後の難関は硫黄臭だった。分泌量がスパイシー臭の原因物質の100分の1以下と少なく、揮発性が高い。
 物質を突き止めるため、研究者たちは文字通り汗をかいてきた。
 東京都墨田区の花王すみだ事業所には、室温40度、湿度80%にできる実験室がある。90年代半ばから研究員らが自らここで汗をかき、データーを集め、原因物質を探した。
      ■         ■
 やっと2000年、それを突き止めたのだが、世界最大の香料会社、ジボダン(スイス)が日本でも香料として特許を申請していたことがわかり、特許申請はならなかった。
 微量ならグレープフルーツのような香りがする。花王はその前駆体に研究対象を切り替え、そちらで特許を申請した。
      ■         ■
 ところで、花王は04年、米国で18~63歳の女性25人に人前で簡単なクイズや計算、自己紹介をさせ、ストレスを感じさせる実験をした。
 結果、鼻でかいでにおいが強くなった12人のうちの10人で、わきの下の原因物質の量が増えていた。
 長谷川義博主任研究員は「精神的なストレスがアポクリン汗を出す原因の一つなのは間違いない」と話す。
 ストレス社会を生きる限り、においの根本を断ち切ることは難しいようだ。(朝日新聞より引用。文・諏訪和仁)
      ■         ■
 実際に毎日わきがの手術をして、においに悩む患者様を診察していると、ストレスで出るのはエクリン汗が多いと思います。
 エクリン汗もアポクリン汗も、ボトックス注射で劇的に止まります。
 ストレスを受けると交感神経が興奮して、汗を出す信号を発しますが、ボトックスはこれを汗腺に伝えないので汗が出ません。
      ■         ■
 わきが手術はアポクリン腺を外科的に切除する手術です。手術をしてみると、わきがの患者様でも汗腺の量には個人差があります。
 日本やアジア圏では、欧米よりわきがを忌み嫌う風習があります。高校か大学を卒業するまでに手術を受けるのがよいと思います。

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2007年09月22日

顔面神経麻痺

 顔面神経麻痺(ガンメンシンケイマヒ)という病気があります。ビートたけしさんが、交通事故で右顔面神経麻痺になったのが有名です。
 たけしさんは、リハビリで回復し、現在はTVで拝見しても、少し右顔面にマヒが残っている程度です。事故で神経が部分的に障害されたので、少しずつ回復してきました。神経は障害を受けても、少しずつ自分で‘再生’して、治る性質を持っています。
      ■         ■
 顔面神経という神経は、脳神経です。脳から耳の穴の前に出てきます。ここから、耳下腺という組織の中を通り、おでこから唇、首までの表情筋を動かす指令を伝えます。
 ですから、顔面神経麻痺になると、おでこにシワができなくなる、眉毛が下がる、目が閉じられなくなる、アッカンベーになる、口が曲がって食べ物がこぼれるなどの悲惨な症状が出ます。
      ■         ■
 顔面神経麻痺には脳の異常で起こる、中枢性顔面神経麻痺と、主に耳から先の異常で起こる末梢性顔面神経麻痺があります。
 この中で多いのが、末梢性顔面神経麻痺です。原因不明のことが多く、これをベル麻痺と呼びます。単純ヘルペスウイルス1型が発症に関与していることが疑われています。
 子供の頃にかかる、水痘(水ぼうそう)という病気があります。水痘帯状疱疹(スイトウタイジョウホウシン)ウイルスというヘルペスウイルスが原因でなります。
 この帯状疱疹ウイルスが原因でなる顔面神経麻痺をハント症候群と言います。
      ■         ■
 ハント症候群は、耳(耳介)や耳の穴(外耳道)に、水ぼうそうのような、小さな水疱や発疹が出るのが特徴です。耳が痛いという症状のこともあります。
 このハント症候群には特効薬があります。発症後なるべく早く(できれば3~4日以内)に抗ウイルス薬を投与するとよく効きます。
 抗ウイルス薬を投与しても、治らない場合があります。
 残念なことに、ハント症候群では、難治性の顔面神経麻痺が残ることがあります。
      ■         ■
 顔面神経麻痺になって、一番辛いのが目の症状です。
 片側だけ麻痺になるので、片目だけアッカンベーになります。眉が下がってものが見づらくなることもあります。
 次に辛いのが、口が曲がることです。食べ物がこぼれてしまい、よだれも垂れてしまいます。
 今まで元気だった人が、ある日突然顔面神経麻痺になると、世界がひっくり返ったように生活に支障をきたします。
      ■         ■
 顔面神経麻痺の治療は、主として耳鼻科で行われます。耳に関係する初発症状が多いからだと思います。
 目の症状が出ると、眼科へかかります。アッカンベーになって、目が痛くなり、目ヤニが出たりするからです。
 耳鼻科や眼科で治療してもらって、ある程度神経が回復してくれば問題ありません。
 問題なのは、神経が回復せず、顔が曲がったまま、数ヵ月しても症状が改善しない時です。
      ■         ■
 ここで、活躍するのが形成外科です。形成外科はもともと顔面の再建、神経の再建は得意です。
 私は札幌医大に在籍していた時に、耳鼻科の先生とたくさんの顔面神経麻痺の患者様を治療する機会がありました。
 顔面神経にできた、腫瘍(できもの)を切除して、耳の後ろから神経を移植して再建したこともあります。回復するのに時間はかかりましたが、見事に神経がつながりました。
      ■         ■
 顔面神経麻痺で、目がアッカンベーになって困っていらっしゃる方は、是非、札幌美容形成外科を受診なさってください。日帰り手術でアッカンベーを治すことができます。
 アッカンベーを治すだけでしたら、約1時間程度の手術です。もちろん健康保険が適用されます。
 アッカンベーを治して、目を開けやすくするだけで、辛い症状がかなり改善されます。

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2007年09月21日

商売の極意

 昨日の阪本美樹(ヨシキ)先生の講義で、心に残ったことを書きます。
 商売の極意は、お客さんの‘不’をとることだそうです。
 お客さんの不満、不信、不安を取るのが商売の極意です。イオンの経営方針にも反映されています。
      ■         ■
 イオンは三重県四日市の岡田屋さんという老舗呉服店が前身で創業250年になります。
 イオンのことは、岡田名誉会長のお話しを平成18年12月13日の日記に書いてあります。
 三重県で創業250年ですから、数多くの大災害にも遭遇しました。伊勢湾台風と阪神淡路大震災です。
      ■         ■
 阪神淡路大震災の時に、阪本先生は兵庫県西宮市で陣頭指揮をとって、お客さんに対応されました。
 パート従業員の方が、サンダル履きで駆けつけてくれ、実によく働いてくれた。今でも忘れられない。とお話しされました。
 震災でライフラインが絶たれ、電気も水道もありません。余震が続くので、危なくて店にも入れません。
 でも、お客さんは、水が欲しい、コーラが欲しい、お茶が欲しいと来店されます。
      ■         ■
 店長を集めて、とにかく生活必需品だけでも販売しようと声をかけました。
 『レジが動かないからダメです』
 『お釣りがありません』という店長がいたそうです。
 商売の原点は、露天商がザルにお金を入れて、商品を販売することです。災害時に、困っているお客さんを何とかするのが商人です。
      ■         ■
 被害を受けた西宮店の倉庫から、商品を引っ張り出して売りました。
 コーラとウーロン茶で530円。お釣りがないので500円におまけ。多くとってはダメです。消費税込。お客さんに損をさせないのが商売の基本。
 臨機応変に対応できる能力が、お客さんから評価されます。
      ■         ■
 絶対的価値がないのが、今の時代。いかに自分で知恵を出せるかで将来が決まります。
 一つのものにしがみついていてはダメです。
 現代は流動化社会。企業が合併を重ね、昔の大家族社会になろうとしています。合併することで、効率を上げようとしています。
 こういう時代だからこそ、知恵を出して新しいことをしていかなくては生き残れません。自分にしかできない、その会社でなくてはできない、オンリーワンを作ることが重要。オンリーワンほど強いものはありません。
      ■         ■
 250年の歴史に裏付けられた、岡田屋流の商売の極意を伝授していただきました。
 美容外科も戦国時代。次々と新しい美容外科が開業します。
 私のような個人経営の中小企業が、大手と対抗するのは大変です。合併もできません。ただ、私にしかできないオンリーワンはたくさんあります。
      ■         ■
 美容外科もお客様の‘不’を取る仕事です。
 美しい人はより美しく、普通の人もより美しく。そうでない人もより美しく。不美人→美人、不安→安心、不満→満足。
 一人でも多くのお客様に満足していただけるように頑張ります。

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2007年09月20日

面接試験の極意

 今日から、北海学園大学経営学部・大学院経営学研究科の㈱ニトリ寄附講座(後期)が開講になりました。
 2007年後期講座は経営者講座。今日から平成19年12月13日(木)まで7回開講されます。
 今年で3年目です。経営学を少しでも勉強したいと応募しましたが、すっかりファンになっています。勉強が楽しいです。
      ■         ■
 今日の講師は、イオン㈱元専務取締役の阪本美樹(サカモトヨシキ)先生でした。
 阪本先生は、宇治山田高校を卒業後、昭和37年に四日市にあった、岡田屋に就職。岡田屋さんの大番頭として、イオンの岡田会長とともに、現在のイオンを築いた方です。
 声が大きくて、関西弁のわかりやすい話し方で、あっという間に120分の講義が終わりました。誰一人として、居眠りしている人はいませんでした。
      ■         ■
 たくさんのお話から、冒頭、学生さんに面接試験の極意を伝授されたので、ご紹介します。
 会社に就職すると、会社は社会的基盤を与えてくれます。個人の生活基盤を与えてくれるのではありません。個人が裕福になる、幸せになるのは別の話しです。
 企業を選ぶのは恋愛と一緒です。この会社に就職したら有利だとか不利だとかを尺度にしてはいけません。
 あの人が好きだから一緒に居たいと思うのと同じです。その会社が好きか嫌いかが一番大切です。
      ■         ■
 会社が好きだったら、集中できます。闘争心ができます。行動ができます。
 企業は一流大学を出たから、高卒だからといって人を差別しません。イオンで働く24万人で東大卒の役員は一人しかいないそうです。阪本先生ご自身が高卒で、イオンの専務取締役にまで出世なさった方です。
      ■         ■
 ここからが面接試験の極意です。
 企業が欲しい人材は、協調性があり、リーダーシップを発揮して、継続性のある、ヤル気のある人です。
 面接試験では、いろいろな質問が出ます。これにどう答えるかで、点数が変わります。
 面接の評価は◎、○、△、×です。細かい点数まではつけられません。
      ■         ■
 学生時代にアルバイトをなさっていましたか?という質問が出ます。
 はい、4年間にたくさんのアルバイトをしました。は×です。
 はい、大学時代4年間は、ずっと同じアルバイトをしていました。が○です。
      ■         ■
 たくさんのアルバイトを次々と変えていたのは、継続性がないと見なされます。
 アルバイトをたくさんなさったのは、どうしてですか?という次の質問が待っています。
 はい、上司と合わなかったので、辞めて新しい仕事をみつけました。は×です。辞めたのを他人のせいにしています。
      ■         ■
 学生時代は何かクラブ活動をなさっていましたか?という質問が出ます。
 クラブ活動で部長とか副部長を経験していると、リーダーシップがあると判断されます。○です。
 ○○部に入りましたが、すぐに辞めました。はもちろん×です。
      ■         ■
 イオンやニトリに面接に行ったとします。
 当社にご応募いただきありがとうございました。どちらか当社の店に行かれたことがありますか?
 はい、○○店に参りました。あるいは、はい、○○店をいつも利用させていただいています。
 その店のどういうところに気がつきましたか?
 はい、○○……、と気の利いたことが言えれば○です。面接官に自分のよいところを売り込めれば◎です。
      ■         ■
 一般常識は最低でも5つ位、日刊紙で話題になっていることを知っておく必要があります。京都議定書とは何か?くらい知っておく必要があります。
 日本経済新聞まで読みなさい、とは言われませんでしたが、全国紙といわれる新聞を読むことが大切だとお話しされました。
      ■         ■
 阪本先生にとって、仕事は趣味と実益を兼ね備えたものでした。好きな仕事を選んでするのが大切で、好きですれば、ゴマをすっても気を使っても苦にならない。
 イヤイヤ仕事をするならお辞めなさいとお話しされました。
 美容外科という好きな仕事をさせていただき、私は幸せだと思いました。

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2007年09月19日

大学とアルバイト

 私が札幌医大の教員になったのが平成10年(1998年)でした。44歳でした。
 札幌医大の教員は、北海道公立学校教員という地方公務員です。
 医科大学の‘先生’だから、さぞかしお給料がよいだろうと、‘普通’の方は想像されることと思います。
      ■         ■
 公務員はすべて俸給表という、給与表で給与が決まります。
 国立大学は、文部教官でした。国立大学病院の看護師さんは、文部技官でした。
 研修医は、公務員ではなく、非常勤職員で、私の時は任期が一日で日々更新という制度でした。
      ■         ■
 私は44歳で、北海道公立学校教員として北海道知事に採用されました。当時の知事は堀達也さんでした。
 私が北海道からいただくお給料は、帯広厚生病院時代と比べて2/3になりました。
 朝7:00過ぎには家を出て、帰るのは夜10:00頃でした。たまに徹夜の手術もありました。
 時間外手当は一切ありませんでしたし、タイムカードもありませんでした。
      ■         ■
 事務の方に伺ったところ、大学教員といっても、医師としての加算はなく、俸給表でみると、高校の先生+α程度の給与水準だそうです。同じ北海道の地方公務員でも、道立病院の医師職より給与が低いのが札幌医大の教員でした。
 大学の教員はお金がかかります。自分の生活費の他に、学会費、外国雑誌の購入、学会出張のお金(北海道から支給される額だけでは2回位しか行けません)。
      ■         ■
 学生さんに配るプリントを印刷したり、資料をコピーするのに、各医局にコピー機があります。このコピー機のリース代まで自分たちで分担して払っています。
 医局に設置してあるFAXの電話料金、FAX本体、電話加入権も自腹です。
 これだけの経費を、少ない給与から分担するのは大変なことです。
      ■         ■
 少ないお給料を補填(ホテン)してくれたのが、アルバイト収入でした。
 形成外科医だから、大手美容外科の札幌店へバイトに行っていたのではありません(お願いしてもおそらく不採用です)。
 北海道の地域医療を支える目的で、道内の医療機関へ‘出張’に行きました。これは程度の差こそあれ、どこの医学部でも同じだと思います。
      ■         ■
 公務員が、アルバイトをすることは地方公務員法で禁止されています。
 昔は、北大の先生が予備校で教えてくれたり、国立大学の先生が、旺文社の大学受験ラジオ講座で講師をしていました。
 公務員のアルバイト規制が厳しくなってから、予備校もラジオ講座も国立大学の先生はできなくなりました。
      ■         ■
 医科大学や医学部は、地方医療の支援という‘錦の御旗’のもとでアルバイトが‘許可’されていました。
 私が在籍していた時は、‘兼業願い’という書類を提出し、医学部長が決裁していました。
 私が記憶している範囲では、‘あなたはアルバイトが多すぎるから減らすように’と減らされた人は、いなかったと思います。
      ■         ■
 問題なのはここからです。当時の札幌医大では、内規で‘自分の年収まではアルバイトを認める’という不文律があったようです。規則に書いてあったとは思えませんが、なぁなぁで決まっていたようです。
 私が知っているある講師は、年収が3,000万円を超えていました。大学事務局は住民税を徴収するので、この事実を知っていましたが、まったくお咎(トガメ)なしです。
      ■         ■
 私は札幌医大の事務局長に話したことがありますが、問題ないとのことでした。ある講演会で、高橋はるみ知事に話したことがありましたが、調査はされませんでした。
 確かに、地方医療の支援は大切だと思いますが、どこの会社に自分の年収の2倍もアルバイトを認めるところがあるでしょうか?
 慢性的な赤字のため、札幌医科大学には北海道から毎年多額の公金が支出されています。

投稿者 sapporobiyou : 16:45 | コメント (0)

2007年09月18日

大学というところ

 札幌医科大学に限らず、大学の教員になるには資格が必要です。もちろん大学を卒業していないと、大学の教員にはなれません。大学院を出ている人が望ましいですが、大学院を出ていない医学部の教授もたくさんいらっしゃいます。
 講師になるには、最低限、学位という博士号が必要です。学術論文も書いていないとなれません。手術が上手だとか、講義が上手だとか、医師として立派だとかはあまり関係ありません。
      ■         ■
 大学教員で一番評価されるのは、英文論文が何篇あるか?という書類上の‘業績’です。
 つまり、英語で論文を書くのが得意な人が、大学で偉くなれます。
 どんなに手術が上手でも、‘神の手’でも、外国の有名な雑誌に英文論文を書いていないと、教授にはなれません。
      ■         ■
 外国の雑誌といっても、書店で売っているような雑誌ではありません。一般の方は、まず目にすることがない、大学図書館にでも行かないと見ることができない学術雑誌です。
 形成外科では、PRS(ピーアールエス)と呼ばれる、米国形成外科学会雑誌が一番上位です。
      ■         ■
 雑誌にはそれぞれ、インパクトファクターというランキングがあります。
 このインパクトファクターが高い雑誌ほど、論文の価値があるとされています。
 医学部の教授選挙の時には、インパクトファクターが高い論文が何篇あるかが、最初の関門となります。
 どんなに素晴らしい先生でも、英文論文が一篇もなければ、医学部の教授にはまずなれません。
 論文は、ただ英語で書けばよいというものではありません。掲載されるには厳重な審査があります。
      ■         ■
 たとえばPRSは、米国形成外科学会の学術雑誌です。論文を書いたら、編集者のところへ送って審査を受けます。
 論文は3人の審査委員のところへ送られます。通常は、雑誌に出ている編集委員が論文の査読(サドク)という審査をします。編集長の判断で編集委員以外に送られることもあります。
 私は一度だけ、編集長から論文の審査を依頼されたことがありました。2週間以内に査読して送り返してください、という手紙とともに送られて来ました。とても驚きましたが、名誉なことなので、コメントを書いて返送しました。
      ■         ■
 論文は、何か新しいこと‘NEW(ニュー)’がないと採用されません。
 形成外科では、新しい手術法を見つけたとか、いままでの手術を何百例か検討したところ、こんな結果だったとか…。
 よい雑誌ほど審査が厳しく、採用される率は低くなります。
      ■         ■
 論文捏造(ネツゾウ)という話題が報道されることがあります。
 手術に関する論文で、データーを捏造しようと思っても難しいですが、基礎的な研究では捏造されることがあります。
 韓国で論文が捏造された事件が有名です。
 学術論文に嘘を書くなど、科学者として信じられないことですが、実際に嘘のデーターを書いて論文数を増やした先生もいるようです。
      ■         ■
 大学教授というと、人物・性格・医療技術のすべてが素晴らしい人という印象を持ちます。
 実際に素晴らしい教授が大部分です。ただ、なかには論文の数を増やすことだけに専念して、臨床医として実力が伴わない人もいました。
 よい美容外科を見分けるのは難しいですが、大学病院だからといって、100%信じてはいけません。
 美容外科に関しては、論文執筆も学会発表もしていないのに‘神の手’のような先生がいらっしゃいます。美容外科は、大学病院より開業医の方に上手な先生がいらっしゃると思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:22 | コメント (0)

2007年09月17日

白い巨塔

 白い巨塔という小説がありました。TVドラマにもなりました。教授を狙う外科の財前五郎と対照的な内科の里見脩二の2人の先生が出ていました。
 医師になる前に山崎豊子さんの原作を、友人から借りて読んだことがありました。
 自分とは無縁の世界だと思っていました。医師になった私は、北大形成外科という、実に家庭的な雰囲気の医局で育ちました。
 将来、教授になりたいと思ったこともありませんでした。大学に残り偉くなりたいとも思っていませんでした。
      ■         ■
 私は北大形成外科の医局員として、市立札幌病院で形成外科の診療をし、北大で研究をして平成6年に学位(医学博士)をいただきました。
 私は北大形成外科の人事で、市立札幌病院から帯広厚生病院へ赴任しました。帯広へ行ったのが、平成7年1月のことでした。  
      ■         ■
 帯広厚生病院には平成10年3月まで3年3ヵ月勤めました。学位をいただいた後の、いわゆる‘お礼奉公’という勤務です。
 私も40歳を超えていたので、このまま総合病院の形成外科部長として一生を過ごすことに疑問を感じていました。
      ■         ■
 帯広厚生病院を退職する直前に、札幌医大皮膚科のJ教授から、札幌医大形成外科の非常勤講師になってくれないか?と頼まれました。前任の先生が転出され、形成外科の診療を指導できる人がいなくて困っているという理由でした。
 非常勤講師として週に一度、手術やカンファレンスの指導に札幌医大に行くようになったのが、平成10年4月でした。
 そのうち、再建手術という難しいレベルの手術も他科から依頼されるようになりました。J教授から、平成10年6月頃に常勤の講師になってくれないかと頼まれました。
 大学で働くのは大変そうでしたが、自分の出身大学で、友人もいたため、医育機関で教員として働くことにしました。
      ■         ■
 私は平成10年9月から、札幌医大形成外科で働き始めました。札幌医大は北海道が設立した公立大学です。前身は北海道女子医専という第二次世界大戦中にできた、専門学校です。
 白い巨塔で里見先生が‘飛ばされた’山陰の大学と札幌医大は同レベルです。白い巨塔は大阪の国立大学が舞台ですが、これが東京の旧帝大だったら、里見先生が‘飛ばされたのは’北海道の札幌医大だったかも知れません。
 東大・京大・慶応などの‘ブランド’と札幌医大は知名度も難易度も違います。
      ■         ■
 自分の出身大学ということもあり、私は札幌医大でのんびりしていたと思います。
 外科手術にはチームワークが大切です。一緒に働く仲間を信用しないと手術はできません。私の失敗は仲間だと思って、後輩を信用しすぎたことが原因でした。
 私は少しずつ、直属の上司である皮膚科のJ教授と合わないことを意識し始めました。
      ■         ■
 私がクビになる2年前に、J教授が医学部長に選出されました。医学部長選挙は助手以上の大学教員全員で一次選挙があり、この一次選挙で高得票を得ることが当選の第一歩です。
 最初の選挙の時は、J教授の指示で、私も友人・知人に投票を依頼しました。
 2年間の医学部長でJ教授は権力を持ち、次は学長を狙うと言われるようになりました。
 形成外科の処遇や治療方針でJ教授と合わなくなった私は、自分の職を賭けてJ教授に投票しませんでした。
      ■         ■
 平成14年1月に行われた医学部長選挙で、残念なことにJ教授は再選されました。
 その2ヵ月後に私はJ教授から、夜9時に医学部長室へ呼ばれ、解雇通告を受けました。
 私を陥れる策は、半年も前から周到に準備されていました。
 白い巨塔のことが頭をよぎりました。
 私はすぐに大学を辞めることを決意し、次の就職先を探しはじめました。
      ■         ■
 私のことを慕ってくれる後輩もいました。涙を流してくれた教授もいました。
 たくさんの先生に助けていただきました。北海道以外の先生にも助けていただきました。今でも、その時のありがたみは忘れていません。
 公務員だから、大学の教員だから、悪いことはしていないからといって安泰ではありません。
 身から出た錆(サビ)とはいえ、48歳で職を失った時は困りました。
      ■         ■
 医科大学の学長といえども、民間病院からお金をもらって逮捕されたり、科研費という研究費の不正使用で捕まる人がいます。奈良県立医大で2000年に起きた事件が有名です。
 札幌医大でも、悪いことをしている人がいました。残念なことですが、大学病院だから、教授だからといって信用はできません。
 たった4年間でしたが、私はとても貴重な体験をしました。自分が解雇されて、職を失う大変さも経験しました。白い巨塔もよく理解できるようになりました。
 一番の教訓は、信じてはいけない人がいるということを知ったことでした。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2007年09月16日

失業した時

 私は2002年7月に札幌医科大学を退職しました。退職というと聞こえはいいですが、事実上は医学部長に追い出されました。
 私を札幌医科大学へ招いてくれたのも、追い出してくれたのも同じ人でした。
 48歳の時でした。子供はようやく大学に入ったばかりと、高校生の2人でした。2人とも私立で、お金がかかる時期なのに困りました。
      ■         ■
 その前から、嫌な予感がしていたので退職しようと考えていましたが、突然、解雇通告を受けたようなものでした。
 開業を考えましたが、資金も準備期間もありませんでした。
 その4年前に、美容外科医になろうと思っていました。
 解雇通告を受けてから、紹介していただいたり、自分で応募して、ほとんどの大手美容外科に面接に行きました。
 たくさん募集広告が出ていたので、簡単に就職できるだろうと安易に考えていました。結果は、不合格やら条件が合わないなどで、惨憺(サンタン)たるものでした。
      ■         ■
 技術的に問題があるとか、大学をクビになったからとかの理由ではありませんでした。
 私のように、大学の形成外科講師になってしまった人間は、チェーン店ではとても使いづらいのです。
 経営者の言う通りに、なんでもハイハイと手術を引き受ける‘先生’でなければ、チェーン店の美容外科医としては失格なのです。
      ■         ■
 チェーン店の美容外科は医師が経営しているところと、医師以外が経営しているところがあります。
 医師が経営しているチェーン店は、全て私よりも若い先生が経営者でした。
 自分より年長の、うるさそうな形成外科医を採用しても、うまく仕事をしてくれそうもない。今なら、よく理解できます。
      ■         ■
 大学は追い出されるは、次の就職先は見つからないは、開業するにも資金はないは、で本当に困りました。
 その時に助けていただいたのが、親しくしていた医療機器メーカーの社長さんでした。
 私の前任である、中央クリニックの社長さんを紹介してくださり、ようやく、私の就職先が見つかりました。
 今でも、紹介してくださった社長さんと、採用してくださった中央クリニックの社長さんに心から感謝してます。
      ■         ■
 形成外科医として十分な経験と知識があり、札幌の老舗美容外科で副院長も経験していました。
 ところが、チェーン店の美容外科は、手術件数の桁が違いました。
 普通、市立札幌病院などの総合病院では、手術日が決まっています。
 形成外科の手術日は多くて、週に3日、少ないところでは2日です。
 年間の手術件数も、数人の形成外科医がいて、多くても1,000件程度でした。
      ■         ■
 中央クリニック札幌院に私が在籍していた時は、一人でそれまでの数倍の手術をしました。
 毎日、朝から夜まで手術をしていました。
 医師になってはじめて、手術のしすぎで手に豆ができました。
 形成外科医の時は、手術する相手は‘患者様’でしたが、美容外科では‘お客様’でした。
 スタッフも美人の若い女性ばかりでした。私の生活はそれまでと一変しました。
      ■         ■
 今になって思うと、大学を辞めてよかったと、私を追い出してくれた医学部長にも‘感謝’しているくらいです。
 人生には、予期できないことがたくさんあります。自分が正しいと思ってしていたことでも、他人からは悪く思われ、職を失うこともありました。
 医師免許は、簡単に手に入れられるものではありませんが、医師免許があるからといって安泰ではありません。
 自分を助けてくれる人、自分を陥れる(オトシイレル)人。さまざまな人がいます。
 どんなことがあっても、しっかりと自分の考えを持ち、信念を貫くことが大切だと私は考えています。

投稿者 sapporobiyou : 22:48 | コメント (0)

2007年09月15日

医師とストレス

 自分で言うのも変ですが、医師はストレスの多い仕事です。
 ある開業医の奥様がおっしゃいました。『主人はストレスが多く、ちょっとでも触ると破裂しそうな風船のようです』と。
 これを言ったのは、私の家内ではありません。逆に、少しでもこの先生の奥さんのように、私の立場を理解してくれたらなぁ~と思っています。
      ■         ■
 医師にストレスがかかるのは、人間の生命という、世の中で、何よりも大切なものに係わる職業だからだと思います。
 どんなに医学が進歩しても、治せる病気はほんの一部で、医学はその病気といかに上手に付き合うかを指南するだけです。
      ■         ■
 私が忘れられない患者様の一人に、若くして悪性腫瘍で亡くなった女性がいます。
 その方は、ニキビのようなできものができ、大きくなってきたので、心配であるクリニックへ行ったそうです。
 悪性の疑いがあるから、手術をしなさい。と言われました。その先生が怖くて、母親にも言えず、お父さんのお墓へ行って泣いたりしていて、しばらく時間が経ってしまいました。
      ■         ■
 私が勤務していた、市立札幌病院へいらした時は、すでに鶉卵(ジュンラン、ウズラ卵)くらいの大きさになっていました。
 残念なことに、初診時に胸部写真で肺転移が見つかりました。悪性腫瘍の専門家や呼吸器科医と何度も相談して、手術をしましたが、肺転移は進行しました。
 家族や他科の先生とも相談し、本人に病名は告知せず、抗癌剤による治療をしました。
      ■         ■
 残念なことに、まだ20歳台半ばで、その方は亡くなってしまいました。
 今でもその方のお母様から、たまにお便りをいただきます。
 美人で、明るく、さわやかで、声がきれいな女性でした。学生時代はコーラスをなさっていらしたそうです。
      ■         ■
 私が形成外科を選んだ理由の一つは、形成外科では医師の技術一つで、どんなキズでも治せると考えたからです。
 大学教授でも、治せないキズがあることは、形成外科医になってわかりました。
 ケロイド体質という体質があります。遺伝することが多いのですが、どんなに丁寧に手術をしてもキズが盛り上がります。
 ケロイド体質でなくても、キズがキレイに治らないこともあります。
 また、術者がどんなに丁寧に手術をしても、手術後の安静を守っていただかなくてはキズはキレイになりません。
      ■         ■
 医師の力なんて無力なものです。自分がどうしても助けたいと願った方が亡くなってしまったりするとガックリします。
 手術で、どんな人でもキレイにできるなんて思っているのは、経験が少ない証拠です。
 長年やっていると、どんなに頑張っても力が及ばないこともあります。
 相性もあります。よくなったと思っても、本人が満足してくれなければ、何の役にも立ちません。
      ■         ■
 私のように開業医になると、医業以外のことでも苦労します。
 職員の採用、経営、労務管理などなど、ストレスの原因になることがたくさんあります。
 毎日、たくさんのストレスと闘って生きていかなくてはなりません。
 私は、お坊ちゃん育ちではありませんが、ストレスには弱い方です。安倍さんのように、すぐにおなかを壊します。
      ■         ■
 ストレスに晒されながらも、私が何とかやっていけるのは、大部分の方には、手術で満足していただいているからです。
 他院でうまく治らなかった方を‘修正’するのは、技術的には難しいことです。再手術が適応になると判断できれば、リスクもご説明した上で、手術をお引き受けすることもあります。
 難しいと思った手術で、予想以上の効果が出た時はうれしいものです。
 美容外科医は決して楽な商売でありません。たくさんのストレスと闘いながら、生計を立てています。

投稿者 sapporobiyou : 20:41 | コメント (0)

2007年09月14日

ストレスに強くなる

 安倍首相が突然辞任し、海外からも酷評されています。
 昨日は、慶応病院で相川病院長以下が記者会見をしました。
 以下は朝日新聞から引用しました。
      ■         ■
 安倍首相が入院した慶応大学病院では、13日午後2時から、主治医の日比紀文・医学部教授(消化器内科)が記者会見し、「機能性胃腸障害が悪化し、全身が衰弱している」と病状を説明した。
 機能性胃腸障害は、ストレスや精神的な疲労が引き金となり、おなか上部の膨満感や灼熱(しゃくねつ)感、みぞおちの痛みなどの症状がある。
      ■         ■
 日比教授によると、安倍首相は、1ヵ月以上前から食欲不振や胃もたれなどの症状を訴えていた。当初は軽かったが、数週間前にウイルス性とみられる腸炎を起こすなどして悪化。シドニーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)から帰国した10日ごろから、疲労感も強くなった。「体重はここ数カ月で5キロほど減った。3、4日の入院が必要」と話した。
 辞任表明直後の12日夕方にも診察したが、13日はさらに衰弱が進み、「(公務の)緊張状態を続けるのは、少し難しいと判断した」という。ただ、「(進退について)総理にアドバイスしたことはない。数日前まで執務に全く支障はない状態だった」と強調した。
      ■         ■
 胃腸の病気に詳しい国立病院機構さいがた病院(新潟県上越市)の松枝啓院長は「薬で治療することもあるが、多くは生活習慣や食生活を改善し、ストレスを減らせば良くなる」としている。。
      ■         ■
 「翼短かったタカ」… 安倍退陣、海外メディア辛らつ
 13日付米紙ワシントン・ポストは、安倍首相が7月末の参院選で惨敗して以来、「生けるしかばね」だったと酷評。
 ニューヨーク・タイムズは首相は「闘う政治家」と自らを表現したが、「明らかに闘う度胸を持っていなかった」と戦意喪失の様を紹介。タイミングも「不可解だ」としている。
 (平成19年9月13日朝日新聞より引用)
      ■         ■
 安倍晋三さんは私と同じ昭和29年9月生まれです。
 私たちが子供の頃は、テレビが普及しはじめ、鉄腕アトムやひょっこりひょうたん島を見て育った世代です。
 高校生の頃には、田中角栄さんが首相になりました。小学校しか出ていない、越後の田舎者が努力で首相になったと日本中が興奮しました。田中首相は、コンピューター付ブルドーザーと言われていました。
 本屋さんの店頭には、田中首相の日本列島改造論が高く積まれ、北海道も好景気になりました。
 その頃の北海道は、炭鉱が相次いで閉山し、今よりも元気がなかったように思います。その次にオイルショックがきて、トイレットペーパーがなくなりました。
      ■         ■
 安倍さんは、小学校から私立の成蹊学園へ入学。大学までエスカレーター式に卒業してます。
 父の安倍晋太郎さんが、1963年に選挙で落選するという‘苦労’はあったようですが、小学校3年生程度で、両親と離れて生活していたので、お金に困るようなことはなかったと思います。
      ■         ■
 人間はさまざまなストレスに晒されて生きて行きます。
 子供の頃から、転校が多かった人は、転校の度に新しい土地で友人を見つけなければなりません。何度も転校という試練が与えられると、自然とともだちを作る能力ができてきます。
 小さい頃から病気がちの人は、自然と上手に病気と付き合う方法を身につけるものです。
 何回も入試に落ちて浪人した人は、どうしたらショックから立ち直って、次のステップを踏み出すかを自然と身につけます。
      ■         ■
 こうした、さまざまな試練を経て人間は強くなります。温室栽培の植物より、自然の厳しい世界で育った植物の方が強いのと同じです。
 次の首相には、逆境にも強い人、自分も苦労して弱者の気持ちがわかる人になっていただきたいと願っています。
 ‘美しい国’は要りません。安心して暮らせる国づくりをしてください。安心して平和に暮らしていると、国は自然と美しくなります。人間も同じです。

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2007年09月13日

また旭岳登山

 2日間の休診日を利用して、また旭岳(2290m)へ行ってきました。
 7月13日に軽装で登山し、下山で転びエライ目に遭ったところです。
 今回は登山靴を購入し、再チャレンジしました。
      ■         ■
 登山靴は北大近くの秀岳荘で購入しました。秀岳荘は登山の専門店で、学生時代にたまに行っていました。
 山岳部やワンダーフォーゲル部の友人から教えられた気がします。
 久しぶりに行った秀岳荘は、登山が好きな人がたくさん来店していました。
      ■         ■
 7月に登山した時に、一番辛かったのが靴でした。
 ハイキング気分で、古いNIKEのランニングシューズで行ったのがそもそもの失敗でした。
 秀岳荘の店員さんに、旭岳でヒドイ目に遭ったので、靴を買いに来ました。とお願いして靴を選んでいただきました。
      ■         ■
 秀岳荘で薦められたのは、アシックスのフィールドウォーキングシューズでした。GⅡ-TREKKING-HIという製品です。
 軽くて、しっかりしていて、歩きやすいのが特徴です。
 この靴のおかげで、今回は足が痛くなりませんでした。7月に何回も転倒した下りも、一度も転倒せずに下りられました。秀岳荘の店員さんに感謝です。
 何でも専門家に相談して、アドバイスをいただくのはよいことです。
      ■         ■
 姿見駅(標高1595m)までは旭岳ロープウェイです。往復2,800円と少し高いですが、歩いて上がることを思えば仕方がありません。
 姿見駅から姿見ノ池(1665m)まではハイキングコースです。ここからが登山道になります。ガレ場と呼ばれる火山礫(カザンレキ)のゴロゴロした道です。
 7月は乾燥していて、足元が悪かったのですが、今回は雨があったせいか、適度に湿っていて、前回よりずっと楽でした。
      ■         ■
 旭岳へ行くと、どう見ても70歳以上のご夫妻が、ひょこひょこと上がっていらっしゃいます。
 私たち夫婦は私が53歳、家内51歳なのに、下手をすると70歳代と思われる、‘ベテラン’よりもよたよたしています。
 私は歩くのが早いので、ちょっと行っては休んで家内を待ち、1時間40分で頂上に着きました。
 残念なことに今回は、頂上からの展望は望めず、わずかに霧の間から山並みが見えた程度でした。
 紅葉は姿見ノ池付近で、はじまっていました。
 私はあまり趣味もないので、少しずつ山登りをはじめようかと考えています。

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姿見ノ池付近から
後方に見えるのが旭岳です

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2007年09月12日

天使病院理事長解任

 平成19年9月12日北海道新聞朝刊の記事です。
      ■         ■
 天使病院、西村理事長を解任 移管見直し 産科3医師は残留。
 妊娠後期から生後約一週間の「周産期医療」の拠点となっている天使病院(札幌市東区)の産婦人科医6人全員が退職を決めた問題で、同病院を経営する医療法人社団カレスアライアンス(室蘭)は9月11日、臨時の社員総会と理事会を札幌市内で開き、西村昭男理事長を解任し、新理事長に、同法人が経営する日鋼記念病院(室蘭)の勝木良雄・前院長を選んだ。西村氏が主導し、産婦人科医が退職理由に挙げていた天使病院の経営移管は再検討する方針で、6人のうち3人は勤務を続ける。
      ■         ■
 西村氏が天使病院の移管先としていたのは、西村氏が別に理事長を務める特定医療法人社団カレスサッポロ(札幌)。カレスアライアンスの一部理事は「産婦人科医全員が退職すれば、道央の周産期医療が崩壊する」などとして、理事長退任と移管撤回を求めていた。
      ■         ■
 社員総会では理事の1人が西村氏の理事解任動議を提出。賛成14、反対5、棄権2で解任された。10月に予定していた移管については再検討することを理事会で決めた。
 新理事長の勝木氏は2月に日鋼病院を退任したばかり。天使病院の院長も杉原平樹(つねき)氏から、カレスアライアンスの辻崎正幸理事に交代した。辻崎新院長は「移管の再検討は撤回に向けたもの」と説明している。
      ■         ■
 西村氏は1978年に日本製鋼所病院(現日鋼記念病院)院長に就任後、家庭医の育成や道内初の緩和ケア病棟の開設に乗りだし、道内地域医療の先駆者として注目を集めた。近年は病院の不動産を原資にした債券の発行や医療ビル建設を計画し経営拡大を図っていた。
 同氏は天使病院の移管について「札幌の病院はカレスサッポロに集約するため」と説明したが、カレスサッポロはそうした経営拡大の足場になっており、同病院の産婦人科医は「医療費抑制の時代に、破綻(はたん)は目に見えており、リスクの高い周産期医療は続けられない」と反旗を翻した。
      ■         ■
 西村氏は理事会後、記者会見し、「解任はクーデターで複雑怪奇。産婦人科医は現状に固執しただけ」と、2時間にわたり、産婦人科医や解任を決めた理事を批判した。カレスサッポロの理事長は引き続き務める。
 勤務継続を決めた天使病院産婦人科の吉田博科長は「道内の周産期医療が混乱しないよう、(早産や低体重児など)リスクの高い出産を受け入れる態勢をつくり直したい」と話している。
 一方、日鋼記念病院では、西村氏に近い医師2人が退職届を出した。勝木新理事長は「退職届を出した医師を説得し、地域医療の混乱を避けたい」としている。
 (平成19年9月12日北海道新聞朝刊より引用)
      ■         ■
 とうとう西村先生が解任されました。
 日鋼記念病院から産婦人科医がいなくなり、天使病院からも産婦人科医がいなくなる。
 これは尋常なできごとではありません。以前の医療法で、総合病院の規定がありました。最低限、内科、外科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科の5つの科がなければ、総合病院とは言えませんでした。
      ■         ■
 天使大学には、助産学専攻の大学院が設置されています。全国的にも助産学の大学院は珍しいのですが、大学と同じ名前の‘天使病院’から産婦人科医がいなくなっては、助産学の大学院もどこで研究するのでしょうか?
 カレスの西村理事長解任はこれからの医療業界を象徴したできごとだと思います。
 西村理事長は、北海道新聞社の報道にあるように、病院の不動産を元にファンドからお金を調達して経営を拡大してきました。
 一見すごいことに見えますが、‘医療はもうかる時代’は終わっています。
      ■         ■
 効率的な経営を求められると、医師の待遇はどんどん悪くなります。
 日鋼記念病院の研修医が『僕の給料は師長さんよりずっと低いんです』と嘆いていたのを覚えています。
 医療コンサルタントの方に伺うと、これから倒産する病院がどんどん出てくるそうです。
      ■         ■
 西村先生には、北大形成外科が大変お世話になり、毎年北大形成外科の忘年会にもいらしていただいていました。
 個人的には、西村先生がお気の毒だと思いますが、天使病院から産婦人科の灯が消えなくてよかったと安堵しています。
 医療経営はこれからますます厳しくなります。札幌美容形成外科の理事長は私です。医師一人で理事の医師も私一人です。
 解任されたり、倒産しないように頑張りたいと思っています。

投稿者 sapporobiyou : 08:04 | コメント (0)

2007年09月11日

医学部志望

 昨夜、知人のお嬢さんで、医学部志望の学生さんとお話しする時間がありました。誕生祝いのお花までいただき、心が和みました。この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました。
      ■         ■
 そのお話しの中で、いくつか私なりの考えを述べたので、整理する意味で、日記に書いてみます。
 大学の教員を4年間しました。最後は追い出されるように大学を辞め、辛い思いをしましたが、楽しい想い出もたくさんあります。
 一番の想い出は、延べ400人近い学生さんとじかに話しをし、実習を指導し、形成外科について私の考えを伝えられたことです。さまざまな学生さんがいらっしゃいました。
      ■         ■
 医学部は他学部と比べると、偏差値が高く、今も昔も難関学部の一つです。
 最近は入試制度が変わり、高校の成績が良ければ、推薦入学で入る学生さんもいます。
 高校の成績と、大学での面接・小論文程度で早々と合格が決まります。
 大学側も、慎重に判定していると思いますが、中には成績が良かったので『推薦で入っちゃった!』という感じの学生さんもいました。
      ■         ■
 明確な志望動機がなく、成績が良かったので、なんとなく医学部に入っちゃった人は苦労します。
 医学部は、授業時間数も多く、他学部と比べて学生時代の自由な時間がありません。とにかく覚えることがたくさんあります。
 試験も多く、進級判定も厳しいため、ちょっと油断するとすぐに留年です。目的がはっきりせずに入学した学生は、在学中に留年を繰り返し、退学になる人もまれにいます。
 最後には医師国家試験があります。司法試験ほどではないと思いますが、勉強しないと受かりません。卒業しても国家試験に受からないと、何の役にも立たないのが医学部です。
      ■         ■
 解剖学実習があります。最初は骨学(コツガク)といって、本物のヒトの骨をスケッチして、骨の構造や、骨についている筋肉、骨の穴を通る神経や血管を覚えます。
 次に、実際にご遺体を解剖して、人体の構造・機能を学びます。大学によって異なりますが、解剖体の関係もあって数ヵ月は週に何回も解剖実習です。
 怖いとか、気持ち悪いという感覚は、あっても最初だけです。覚える膨大な知識と、口頭試問による試験のために毎日勉強です。
 細い神経や血管を剖出(ボウシュツ)するのもかなり疲れる作業です。剖出とは脂肪などの中から剥がしてキレイに出すことをいいます。
 私はキレイに出すのが得意でした。時間がかかってもコツコツと解剖していました。
      ■         ■
 こうした医学部らしい授業が、早い大学で1年生から、遅い大学でも2年生には始まります。
 私の頃は、どの大学でも最初の2年間は、まるまる一般教養でしたので、この時に運転免許を取得したり、クラブ活動をしたりする時間がありました。
 現在は、国家試験の問題数も増え、専門科目がはじまる時期が早くなってきています。
 ゆっくり考える暇もなく、学生生活を送っていると、臨床実習がはじまります。
 最近の臨床実習では、OSCE(オスキー)という、模擬患者さんとの面接試験まであります。
      ■         ■
 OSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)、通称オスキーと呼ばれます。
 医学生に求められる臨床能力としては、①医療面接②身体診察③得られた情報から問題点を同定④必要な検査の選択と実施⑤検査結果の解釈⑥適切な治療計画の立案⑦インフォームド・コンセントの実施、などがあります。
 各大学でのOSCE実施状況では、医療面接、胸部診察、心音・呼吸音聴診、腹部診察、神経診察、バイタルサイン等が多く出題されています。
      ■         ■
 最初からできる学生はいません。話しをするのが苦手でも、訓練すればできるようになります。
 ただ、何のために自分は医師を選んだかが明確でない人は苦労します。
 何年も浪人して苦労して入学した学生。他大学を卒業後に一念発起して医学部を目指した学生は精神的にも強く頑張りがききます。
 以前にも書きましたが、浪人は無駄ではありません。精神力を鍛えるのは、不安に思いながらも、毎日努力する予備校時代だと思います。
 来年の栄冠を目指して、健康に気をつけて頑張っていただきたいと、心から応援しています。

投稿者 sapporobiyou : 22:10 | コメント (0)

2007年09月10日

鼻毛の白髪(シラガ)

 3月14日に鼻毛のレーザー脱毛をしてもらい、快適に過ごしていました。
 レーザーで脱毛してもらうと、毛が焦げた(コゲタ)臭いが鼻に残り、半日くらいは何を嗅いでも、毛の臭いが残ります。
 そのうち臭いはなくなり、鼻毛が伸びてこなくなります。
 レーザーを照射する時に冷却ガスが出るため、少しびっくりしますが、痛みは軽度で、この位で鼻毛が伸びてこないのでしたら快適です。
      ■         ■
 3月にレーザーを照射してから、しばらく快適だったのですが、夏頃から少しずつ気になるようになりました。
 私は、オッサンなので、毛が生える周期が長いのだと思います(一般的に若い人ほど早く毛が伸び、レーザーの回数も多く必要とします)。
 先日、ヒマな時間があったので、看護師に頼んで2回目の鼻毛レーザー脱毛をしました。
 前回に照射してくれたのと同じ看護師です。
      ■         ■
 何回か照射してくれた後で、
『先生、白髪(シラガ)があってレーザーが反応しません!』と言われました。
 あぁ、白髪は反応しないよねぇ~。と軽く流したものの、正直なところ『鼻毛まで白髪になって、トシだなぁ~』と思いました。
 この半年くらいの間に、『信頼の絆(キズナ)』が切れたりして、心労が重なり、めっきり白髪が増えました。
      ■         ■
 高校2年生の時に、倫理社会の先生で奥村先生という先生がいらっしゃいました。哲学者風の立派な先生でした。
 私は倫社は得意科目ではなく、カルトルもショーペンハウアーもデカントもすっかり忘れてしまいました。
 ただ一つだけ覚えているのは、奥村先生が夏休み明けの授業で、『鼻毛が白髪になってショックだった』と話されていたことです。
 当時は、鼻毛も白髪になるのかなぁ~程度にしか考えていませんでしたが、いざ自分の鼻毛が白髪になって、『レーザーが反応しません』と言われて、その奥村先生のお気持ちがよくわかりました。
 こんなことしか覚えていなくて、奥村先生ごめんなさい。
      ■         ■
 年齢を感じる時は、人によってさまざまです。私のように鼻毛の白髪で感じる人はマレだと思います。
 年齢とともに最初に来るのが視力の低下です。幸い私は裸眼で新聞も論文も読めますが、手術の時は眼鏡を取替え、ルーペや顕微鏡を使います。
 ルーペや顕微鏡は30歳台の若い頃から使っていますし、手術時の眼鏡も20歳台からです。慣れている昔のままです。
 一番年齢が出るのは、手術や仕事に対するヤル気のように思います。今となっては、12時間も24時間もかかるような手術は‘絶対’にできません。
 シワや『たるみ』は年齢を重ねてからでも取れますが、鼻毛は白髪になるとどんなレーザーでも抜けません。
 鼻毛の脱毛をお考えの方は、白髪にならないうちにお薦めします。

投稿者 sapporobiyou : 21:58 | コメント (0)

2007年09月09日

札幌西高3年7組

 昨夜、高校3年生の時の仲間、男ばかり12人と担任の先生が集まり、クラス会がありました。
 高校卒業以来、35年ぶりに会った昔の仲間もいて、楽しい時間を過ごしました。例外なく、全員どうみてもオッサンでした。
 メタボリック症候群かなぁ~?と思われる体型の仲間もいました。
      ■         ■
 昨夜集まった仲間は、勉強ばかりしていたというより、西高の自由を謳歌していたような仲間です。
 現在の立場は、それぞれ社会的に重要なポジションに就いている人が多く、いろいろな話しを楽しく聞きました。
 進学した大学はさまざまで、東大・慶応・早稲田をはじめとして、有名大学へ進んで、偉くなっている仲間もたくさんいました。
 同窓会のよい所は、どんなに偉くなった仲間でも、昔のまま『おぉ!○○、お前!』と呼び合えることです。
      ■         ■
 昔の仲間と会って思うことは、『人柄、性格、声、字』は昔と変わらないなぁ…。ということです。
 昔から、何となくボ~っとしているようで、よく人の世話をしていたやつは、その才能を認められて、大会社の人事労務担当の部長になっていました。そいつはクラス委員でした。
 適材適所とはよく言ったものです。世の中はうまくできているなぁ~と思いました。
      ■         ■
 真面目で、しっかり勉強していたやつは、今も研究者として活躍していました。
 自分がした研究が、後世の役に立つように、何年先でもよいから評価されるような研究をしたいと言っていました。
 自由が好きだったやつは、会社勤めが性に合わないので、自分で事業を始めたと話していました。
 私と同じ医師になったやつは、小児の腎臓病の専門医になり、日本で一番多くの小児腎移植をしていると話してくれました。
 寮に住んでいて、毎日たくさんの悪友が部屋に集まっていたやつは、今でも人当たりが良く、地域の社会教育主事として活躍しています。
      ■         ■
 家族構成もさまざまで、大部分の友人は子供がそろそろ独立する頃でした。
 一番元気なやつは、下の子供がまだ6歳なので、子供が成人するまでは、現役でバリバリ働くと言っていました。
 昨夜感じたのは、進学した大学、就職した会社、現在の社会的地位なんていうのは、その人の幸せとは関係ないなぁ~ということでした。
 自分が幸せかどうかは、どのくらいお金持ちだとか?どんな立派な会社で偉くなっているか?とかは関係ないと思いました。
      ■         ■
 自分が好きなこととをして、それが社会の役に立って、後世に評価されるような仕事ができて、自分が満足できる。
 これが、その人が幸せかどうか?のポイントのような気がしました。
 担任だった藤枝正道先生は70歳の古希になられたそうです。道立高校の校長を定年退職された後も、専門学校の校長先生として活躍されていらっしゃいます。
 西高の時から、女生徒に圧倒的な人気があった先生です。今もロマンスグレーの素敵な先生でした。
      ■         ■
 札幌西高等学校は自由な雰囲気の学校でした。
 生徒の自主性を尊重する学校でした。昭和48年に制服が自由化され、その年に私は卒業しました。
 西高の時に、医学部を目指しましたが、まさか美容外科医になるとは夢にも思っていませんでした。
 現在の私は、好きな仕事をさせていただき、元気に働いています。何年後かにまた仲間と会ったときにも、元気に働いていたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 13:06 | コメント (0)

2007年09月08日

53歳になりました

 今日は私の53歳の誕生日です。
 2006年11月11日の日記にも書きましたが、私は昭和29年(1954年)9月8日に市立札幌病院で生まれました。当時の市立札幌病院は札幌市中央区北1条西9丁目にありました。
 母親の実家が、北1条西10丁目にあったので、市立札幌病院が選ばれたのだと思います。
      ■         ■
 当時の写真を見ると、私の祖母が初孫の私を嬉しそうに抱いているのが写っています。
 祖母は平成10年に亡くなりましたが、私のことをとてもかわいがってくれたのを、よく覚えています。
 昭和29年の札幌は、まだ舗装されていない道路が多く、石山通りと呼ばれている、西10丁目通りも未舗装の砂利道でした。
 現在もある、桜木モータースという自動車修理工場の裏に、祖母が住んでいた2軒続きの貸家がありました。
      ■         ■
 今からは想像できないと思いますが、札幌市内にも馬が1000頭もいて、馬車を引っ張り働いていました。
 私が子供の頃は、春先に、乾燥した馬糞が風に乗って舞う、「馬糞風(ばふんかぜ)」が当時の市民の悩みでした。
 馬のしっぽの下に受ふん装置の装着を義務付ける条例が1954年に制定されています。のどかな時代に思えますが、馬糞の臭いは強烈でした。今でも、札幌競馬場厩舎の側を通ると、風向きによって馬糞の臭いがします。
      ■         ■
 子供の頃の私は丈夫な方ではなく、よく病気をしていたようです。
 母乳もあまり飲まなく、苦労して育てた様子がアルバムから伺えます。
 父親は、現在の札幌市手稲区金山にあった三菱砿業の結核療養所に勤務する薬剤師でした。
 当時の手稲は札幌郡手稲町と言い、現在の手稲本町に役場がありました。
 手稲金山には金を掘る鉱山があったそうですが、私が子供の頃にはすでに閉山していました。
      ■         ■
 鉱山の遺産として、ずり山があり、そこへ行くと光った石がありました。父親にその光った石をとってもらったのを、宝物のようにしていた記憶があります。
 現在、札樽(サッソン)自動車道、金山パーキングがある付近に私の家がありました。
 裏の山に登ると、石狩湾がキレイに見えて、遠くには増毛連邦が見えます。
 休日に裏山へ連れて行ってもらうのが好きでした。ですから私は今でも、山や高いところから景色を眺めるのが好きです。
      ■         ■
 私の両親は、53年後に自分の子供が医師になって、美容外科を開業しているとは夢にも思っていなかったと思います。
 私自身も、子供の頃に美容外科医になろうとは考えもしませんでした。
 ただ、子供の頃に見たものや、育った環境は、私の生き方に影響を与えたと思います。手稲の緑豊かで、海が見える山の近くに住んでいたので、自然が好きになっただと思います。
      ■         ■
 日本の美容外科では、70歳になっても現役で働いていらっしゃる先生もいらっしゃいます。
 私は、自分の定年を65歳くらいかなぁ…?と考えています。65歳だと、あと12年です。
 この一年は、私にとってとても辛い一年でした。人生、いつどんなことが起こるかわかりません。
 自分の寿命があと何年あるか?わかりませんが、少しでも世のため人のためになることをしたいと考えています。

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祖母に産湯に入れてもらっている私です
53年前はタライでした


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2007年09月07日

出産費用未払い

 2007年9月7日の北海道新聞朝刊の記事です。
      ■         ■
 奈良、札幌の受け入れ拒否 「受診しない妊婦にも責任」
 出産費用未払い背景
 奈良県や札幌で、救急搬送された妊婦の受け入れを医療機関が相次いで断った問題で、拒否された患者全員が出産まで一度も産科を受診してなかったことから、産婦人科医の間で批判の声が上がっている。背景には札幌市内だけで年間1000万円を超す出産費用の未払いがあり、救急態勢の改善だけで問題は解決しない。
 「病院や役所ばかり責められるけど、妊娠6カ月まで医者に行かない妊婦がそもそも悪い」
      ■         ■
 札幌市内の総合病院の産婦人科で働く40代の男性医師は、奈良の女性の自己責任を問う。奈良の女性も、札幌で5回以上受け入れを断られた女性5人も、全員に産科の受診歴が無かった。
 「妊娠したかなと思ってから出産まで約280日。その間、一度も受診しないというのは確信犯ですよ」。札幌市産婦人科医会の遠藤一行会長も語気を強めた。
      ■         ■
 通常の患者は妊娠の兆候に気づいた時点で産科にかかる。容体が急変しても、119番通報すれば、かかりつけ医に運ばれる。国民健康保険なら一人35万円の出産育児一時金も支給される。
 遠藤医師が「確信犯」と嘆く患者の大半は国保の保険料が未納、または無保険者という。保険料未納なら、失業や災害など特別な事情がない限り一時金は差し止められる。保険を使えないので妊娠しても産科にかからず、陣痛が始まってから119番通報する。
      ■         ■
 「救急車に乗れば必ずどこかの病院に行けますから。無事産んだら、退院する段になってお金がない、と。ひどい場合は子供を置いて失踪(しっそう)する。病院はやってられませんよ」。遠藤医師は嘆く。
 同医会の調査によると、2006年度に、救急指定を受けた札幌市内の14医療機関だけで、出産費用の未払いは26件、総額1000万円を超す。同医会理事で市立札幌病院の晴山仁志産婦人科部長は「予想より多い数字」と驚いた。
      ■         ■
 医療機関からみると、かかりつけ医がおらず、救急搬送される妊婦は、未熟児などの危険性が不明でリスクが高い上、出産費不払いになる可能性も高く、受け入れを断る病院が出てくる。
 ただ、産科にかからない妊婦を責めるだけでは、子どもの生命は守れない。胆振管内で産婦人科を開業する60代の男性医師は「産科に行かない妊婦にはそれぞれ事情がある。救急態勢以外に、母親側の背景を検討して対策を講じないと、問題は繰り返される」と訴えている。
 (北海道新聞2007年9月7日朝刊の記事より引用)
      ■         ■
 9月4日の日記に書いた、『産み逃げ』はまだあったようです。
 事情はあると思いますが、私が聞いた産婦人科の先生のお話では、『お父さんが誰?』か見当もつかない妊婦さんがいるそうです。
 性の解放で、誰とでも簡単に関係を持ってしまう女性が増えています。
      ■         ■
 そもそも、妊娠・出産は、悪阻(ツワリ)があったり、行動が制限されたり、産む女性にとってはあまり快適なものではないはずです。
 そのため、神様は動物には‘発情期’といサイクルをつくり、人間には‘性の快楽’という悦びをお与えになったのです。
 あまり快楽だけを追求すると困るので、コロンブスの昔から梅毒などの性感染症をお作りになったのも神様です。
 ‘種の保存’というのは自然界に必要欠くべからざるものです。
 医学が発達したからといっても、自然の前には医学も無力です。
 自分の体は自分で守るしかありません。臨月になって陣痛がはじまってから119番をしても、誰も助けてくれなくなります。

投稿者 sapporobiyou : 18:44 | コメント (0)

2007年09月06日

産科医逮捕のショック

 福島県大熊町の県立大野病院事件の続きです。
 この事件の特殊性は医師が逮捕された点でした。検察は証拠隠滅の恐れがあるからと、逮捕に踏み切りましたが、医療関係者からは多くの抗議がありました。
 下は2006年3月11日の読売新聞福島版の記事です。
      ■         ■
 医療関係者「手術ができなくなる」 検察側「胎盤無理にはがした」
 「地域医療を守る努力を重ねてきた加藤医師の尊厳を踏みにじる異例の事態」――。いわき市医師会の石井正三会長は2006年3月8日、相馬郡、双葉郡医師会長とともにいわき市内で会見を開き、3医師会の連名で逮捕に抗議する声明を読み上げた。県内の医師約1500人で構成される「県保険医協会」(伊藤弦(ゆずる)理事長)も県警に「(逃亡や証拠隠滅の恐れがなく)逮捕は人権を無視した不当なもの」とする異例の抗議文を送付した。
 県立大野病院で唯一の産婦人科医として年間約200件のお産を扱ってきた加藤容疑者の逮捕後、福島県内外の医師や関係団体が次々と反発する声を上げている。
      ■         ■
 神奈川県産科婦人科医会は「暴挙に対して強く抗議する」との声明を出し、産婦人科医を中心に県内外の医師19人が発起人となった「加藤医師を支援するグループ」は10日現在、全国の医師約800人の賛同を得て、逮捕に抗議するとともに募金活動を行っている。
 こうした医師らの反応の背景には、医師不足による産婦人科医1人体制や緊急時の血液確保に時間を要する環境など、事故の要因として医師個人だけの責任に帰すべきではないと考えられる問題が指摘されている事情がある。
      ■         ■
 また、子宮と胎盤が癒着する今回の症例は2万人に1人程度とされ、治療の難易度も高いことも「下手すると捕まると思うと、手術ができなくなる」(浜通りの産婦人科医)との心情を引き起こしているようだ。
 一方、事故調査委員会が「癒着胎盤の無理なはく離」を事故の要因の一つとし、医療ミスと認定しているのは明白な事実。「医療事故情報センター」(名古屋市)理事長の柴田義朗弁護士は「あまり情報がないまま、医者の逮捕はけしからんという意識に基づく行動という気はする」と指摘する。
      ■         ■
 片岡康夫・福島地検次席検事は2006年3月10日、逮捕や起訴の理由について説明し、「はがせない胎盤を無理にはがして大量出血した」とした上で、「いちかばちかでやってもらっては困る。加藤医師の判断ミス」と明言。手術前の準備についても「大量出血した場合の(血液の)準備もなされていなかった」と指摘した。
      ■         ■
 加藤容疑者の弁護人によると、加藤容疑者は調べに対して「最善を尽くした」と供述し、自己の過失について否認している。公判では、過失の有無について弁護士8人による弁護団と捜査当局の主張が真っ向から対立すると見られる。判決の内容次第では、医師の産婦人科離れに拍車がかかる可能性もはらんでおり、全国の医療関係者がその行方を見守っている。
 (読売新聞福島版2006年3月11日の記事より引用)
      ■         ■
 この事件は現在、裁判が行われています。裁判の公判傍聴記録がネットで公開されています。
 私は、被告の加藤克彦先生は100%無罪になると確信しています。もし、私が亡くなった妊婦さんの身内だったとしても、訴えたりしません。
 私は加藤先生とまったく面識もなく、ただ同じ医師という同業者だけの関係です。
 私は今まで四半世紀以上を500床以上の総合病院で働いてきました。どんなに万全の準備をして手術に臨んでも不測の事故は起こります。
      ■         ■
 この事件で、検察側は癒着で胎盤が剥がれなかった時点で、子宮摘出に踏み切らなかったことを‘過失致死’の原因として挙げています。
 子宮を摘出したら、二度と子供は産めなくなります。死ぬよりはマシですが、産婦人科医としてはできるだけ子宮を残したいと全力を尽くします。
 形成外科で出血多量で死ぬ手術は極めてマレですが、私が北大形成外科にいた時に1万㏄の輸血を準備して手術に臨んだことがありました。
 新聞社や放送局に取材していただき、新米医師の私は血液センターへ行って採血のお手伝いをしました。
 幸い手術は成功しましたが、大量の新鮮血を準備することはとても大変でした。
 もし検察側が勝訴すると、日本で癒着胎盤の妊婦さんは‘最悪の場合は子宮を摘出することに同意します’と念書をいただかないと手術をしてもらえなくなります。

投稿者 sapporobiyou : 20:55 | コメント (0)

2007年09月05日

産科医不足の理由

 産科医になる医学生が減っています。産婦人科を専門とする医師も減っています。なぜでしょうか?
 福島県で、産婦人科医師が業務上過失致死で逮捕された事件がありました。
 下は2006年3月10日の読売新聞の記事です。
      ■         ■
 福島県大熊町の県立大野病院で2004年12月、帝王切開の手術中に同県内の女性(当時29歳)が出血性ショックで死亡した事故で、福島地検は2006年3月10日、手術を執刀した産婦人科医師の加藤克彦容疑者(28)を業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の罪で福島地裁に起訴した。
 起訴状によると、加藤容疑者は、事前の検査で胎盤が子宮に癒着し、大量出血する可能性を認識していたにもかかわらず、本来行うべき子宮摘出などを行わず、胎盤を無理にはがして大量出血を引き起こしたとされる。さらに、医師法で定められた24時間以内の警察への届け出をしなかったとされる。
      ■         ■
 一般の方は、1年以上前のことですから、忘れてしまっていると思います。‘あぁ、そんなこともあったねぇ~’程度でしょう。
 この事件は医療関係者には、インパクトのある事件でした。福島地検がどのように判断して逮捕・起訴に踏み切ったかは不明ですが、これで産婦人科になるのをやめた医学生も多いと思います。
 日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は連名で「本件は癒着胎盤という治療の難度が最も高い事例。全国的な産婦人科医不足という現在の医療体制の問題点に深く根ざしており、医師個人の責任を追及するにはそぐわない」との声明を発表しました。
      ■         ■
 一部のマスコミも産科医の‘医療ミス’を強調した報道をしました。
 私を含めた医療関係者の見方は違います。亡くなった妊婦さんは気の毒ですが、癒着胎盤という難手術を一人で執刀しなければならなかった、医療体制に問題があると思いました。
      ■         ■
 米国では法曹人口の増加から、医療訴訟が当たり前のように行われています。
 日本でも新しい司法試験制度により、今後、弁護士が急増する可能性があります。
 言葉は悪いですが、弁護士さんにとって医療訴訟は、高額の賠償判決さえ勝ち取れば、高額の成功報酬を手にできる‘おいしい仕事’になる可能性が十分にあります。
      ■         ■
 一般の方は、お産は‘安全’で‘リスク’も少ないと考えていらっしゃると思います。
 平成19年2月5日の日記にも書きましたが、お産は決して安全でリスクがないものではありません。美容外科の手術より、よほどリスクがあります。
 どんなに腕のよい弁護士さんを雇って、高額の賠償金をもらっても、自分や子供の命にはかえられません。
 ふだんから、健康管理に気をつけて、丈夫な子供を産める体力をつけておくこと。
 信頼できるかかりつけ医を見つけて、妊娠したらしっかり診てもらうこと。
 医学生が産婦人科医になりたいと思うように、産婦人科医の待遇を改善する医療政策が重要だと思います。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2007年09月04日

妊婦の搬送拒否札幌でも

 平成19年9月4日北海道新聞朝刊の記事です。
 妊婦の搬送 札幌でも受け入れ拒否 昨年5件、最多で11回
 奈良県の妊婦が医療機関から相次いで受け入れを拒否され、救急搬送中に死産した事件に関連し、札幌市内でも、2006年だけで救急搬送中の妊婦の受け入れ拒否が5件起きていたことが3日分かった。受け入れを11回拒否された妊婦もおり、札幌市消防局は「同様の事件は悪条件が重なれば道内でも起こりうる」と危機感を強めている。。
      ■         ■
 札幌市消防局救急課によると、受け入れ拒否に遭ったのは、腹痛や不正出血を訴え、札幌市内で119番通報した5人。全員に産婦人科の受診歴が無く、かかりつけ医がいなかった。
 出動した救急隊員が、複数の病院に電話で連絡を取って搬送先を探したが、隊員が「かかりつけ医がいない」などと状況を伝えると、「医師が不在」「患者を処置中」などの理由で相次いで受け入れを拒まれたという。
      ■         ■
 拒否された回数は、少ない妊婦で5回。最も多く受け入れを拒否された十代の妊婦は、受け入れを11回断られた後、救急救命センターのある札幌市中心部の総合病院に搬送された。この妊婦は、119番通報から搬送先が見つかるまでの所要時間が90分と、札幌市内で119番通報から病院に到着するまでの平均所要時間の3倍を超えた。
      ■         ■
 札幌で受け入れ拒否が起きた原因について関係者は、産婦人科医の減少で救急患者を受け入れる病院が減ったことと並び、かかりつけ医の不在も影響したとみている。
 市立札幌病院の晴山仁志産婦人科部長は「産婦人科の受診歴がないと、妊娠第何週なのか、早産など異常がないかなど、すべてが不明。出産に伴うリスクが高く、受け入れをためらう医療機関が出る」と説明する。
      ■         ■
 札幌の5人には、搬送中の死産などの事故は起きていない。同市消防局救急課は「患者を待たせないよう、指令情報センターと救急隊全体で情報を共有するなど改善を進めているが、課題は残る。奈良のような事件は、いつ起きてもおかしくない」と指摘。「万一に備えるためにも、妊婦さんは必ず産婦人科にかかってほしい」と話している。
      ■         ■
 奈良県では先月29日、救急搬送された38歳の妊婦が、同県や大阪府など計9病院から「医師が処置中」などの理由で受け入れを断られ、最後に運び込まれた病院で死産が確認された。この女性は産婦人科医の受診歴が無かった。
 (平成19年9月4日北海道新聞朝刊より引用)
      ■         ■
 やはり札幌でも起こっていました。北海道で一番大きな都市、札幌には北大医学部と札幌医科大学の2つの医育機関があります。人口当たりの医師数も、北海道内の他都市と比較して圧倒的に多いのです。
 市立札幌病院の晴山仁志先生は、国立札幌病院から、北海道大学医学部助教授を経て、市立札幌病院に就任なさったベテラン中のベテランの先生です。
      ■         ■
 『産婦人科の受診歴がない妊婦さん』は、晴山先生がおっしゃるように、高リスクの方が多いのでしょう。
 経済的理由で受診していない方もいらっしゃいます。以前、産婦人科の先生から、伺ったお話しです。突然、臨月の妊婦さんが飛び込んできて、あっという間に分娩して、あっという間に赤ちゃんを置いていなくなっていた。
 母子手帳もなく、名前も偽名で、住所もでたらめだった。医療費の請求もできなかった。という実話を聞いたことがあります。
      ■         ■
 確かに、望まれない妊娠や出産は実際にあります。通常は、妊娠に気づいてから出産まで、半年以上の月日があります。
 妊娠・出産は、種の保存にとって大切な自然界のできごとです。産婦人科にかかっていない妊婦さんのすべてが、望まれない妊娠とは申しません。ただ、自分の体を守るのは自分しかいないのです。
 私は、性感染症にかかっても、ケロッとしている若い女性が心配でたまりません。性の快楽だけを求めている人は、いつか手痛い目に遭うと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:23 | コメント (0)

2007年09月03日

社会福祉法人

 大阪の社会福祉法人「枚方療育園」前理事長から厚生労働省役人が高級車やお金を受け取った問題の続きです。
 社会福祉法人って、いったい何なんでしょうか?
 社会福祉法第22条よって定められた、『社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人』というのが法律の条文です。
 厚生労働省の役人に、キャデラックやセルシオを無償で提供するための法人ではありません。
      ■         ■
 そもそも、社会福祉法人は誰にでも簡単に設立できる法人ではありません。法人の設立には、許認可が必要です。社会福祉法人は‘もうけてはいけない’ことになっています。
 病院にも、社会福祉法人が経営しているところがあります。
 以前の天使病院は社会福祉法人聖母会が経営していましたが経営が困難になりました。
      ■         ■
 北海道で大きなものは、社会福祉法人北海道社会事業協会が経営する、いわゆる協会病院があります。
 協会病院は小樽、函館、余市、岩内、富良野、帯広、洞爺にあります。
 他には社会福祉法人函館厚生院が経営する函館中央病院、函館五稜郭病院。社会福祉法人札幌慈啓会が経営する慈啓会病院。社会福祉法人恩賜財団済生会が経営する北海道済生会小樽病院など有名な病院がたくさんあります。
      ■         ■
 近年、社会福祉事業のうち医療系は、厚労省の医療費削減政策を受けて経営が困難になってきています。
 天使病院だけではなく、社会福祉法人函館共愛会が経営していた、函館共愛会病院は経営が悪化し、平成3年に再建合理化が提案されました。
 社会福祉事業といえども、赤字では倒産してしまいます。経営者はいかに行政の大物と仲良くして、許認可をスムーズにしてもらい、補助金を引き出すかに苦心します。
 2002年度から2004年度にかけて、国から約10億4000万円の補助金が疑惑の社会福祉法人に出されています。
      ■         ■
 社会福祉法人は税制面でも優遇を受けています。
 それでも、まっとうに病院経営をしていると苦しいのが今の医療行政です。
 国民が憲法で保証された‘健康で文化的な生活’を営むために使われるべきなのが補助金です。
 私は補助金がキャデラックやセルシオに化けたような気がしてなりません。

投稿者 sapporobiyou : 17:52 | コメント (0)

2007年09月02日

厚労省九州厚生局長

 2007年9月2日の朝日新聞の記事です。
 「前厚生局長と妻同士いとこだから」 前理事長が説明
  厚生労働省九州厚生局の松嶋賢(まさる)・前局長(59)が補助金交付先である大阪府内の社会福祉法人「枚方療育園」前理事長から金品を受け取った問題で、山西悦郎・前理事長(80)が1日、朝日新聞の取材に応じた。前局長の自宅改築費として1500万円を提供したことについて「妻同士がいとこだから貸した」と説明。一連の提供について「何も頼んだことはなく悪いことはしていない」と述べ、前局長の行為は職務対象者からの金品受け取りを禁じた国家公務員倫理法違反にはあたらないとの認識を示した。
      ■         ■
 前局長は31日の厚労省による事情聴取で、03年に埼玉県の自宅を改修した際、前理事長から1500万円を妻名義で借りたままになっていることや、中古高級車の無償提供、娘が埼玉県内の同法人運営の施設に就職していることなどを認めた。
 自宅改修費について、前理事長は取材に「(前局長は)退職金が出たら1500万円を返すと言っていた。借用書はとったが、どこにあるかわからない」と説明。前理事長が病院経営を始める際、前局長の妻の父が金融機関からの融資保証人になったことを資金提供の理由に挙げ、「(前局長が)厚労省に勤めているから貸したのではない」と述べた。
      ■         ■
 前局長の娘の就職については「(就職先を)みんなが心配していた。両親は僕に勤めさせてくれと言わないから、僕が(娘に)勤めなさいと言った」とし、特別な計らいではないと強調した。
      ■         ■
 00年と05年にいずれも内妻名義で前局長に無償譲渡したトヨタ・セルシオ2台については、譲渡自体を知らなかったとしている。97年に譲渡した米国製キャデラックは「人からもらったものを渡した」という。
 前理事長は今後、厚労省から事情聴取の要請があった場合、「それでも結構」と、応じる姿勢を見せた。
 (2007年9月2日朝日新聞より引用)
      ■         ■
 妻のいとこだからと、1,500万円もの大金を貸すことがありますか?
 親兄弟でも、住宅資金を融通する時は、契約書を交わし借金を返済しないと贈与税がかかります。
 キャデラックやセルシオを無償で譲渡するなんて考えられますか?そもそも、どういう人がキャデラックを理事長にくれたのですか?
 これは完全に贈収賄事件です。厚労省の許認可に『妻同士がいとこだから』手心を加えたか、うまく認可が取れる極意を伝授したのです。
 社会福祉法人理事長が欲しい厚生労働省の情報を伝えたからセルシオをくれたのです。
      ■         ■
 厚労省が出す方針一つで、病院や社会福祉施設の経営は大きく変わります。
 今後の診療報酬や介護報酬の改定方針がわかるだけでも、経営者にとってはセルシオやキャデラック以上の価値があります。
 いくら厚労省の局長といえども、キャデラックやセルシオに乗っていれば目立ちます。どうしてチェックできなかったのでしょうか?
 末端の医療機関や、社会福祉施設で毎日ウンコまみれになって介護をしている現場職員のことを考えてください!
 社会福祉とか介護とかキレイな言葉を並べたって、現実に一番大変なのは下の世話です。
 前局長や前理事長を厳罰に処して欲しいと願っています。社会福祉法人に交付した補助金を返して欲しいです。

投稿者 sapporobiyou : 15:06 | コメント (0)

2007年09月01日

医療体制の整備

 奈良県の妊婦さんが救急車の中で死産した問題は他人事ではありません。北海道でも十分に起こりえます。
 札幌でもお産で有名だった天使病院が、産婦人科医の退職で、お産ができなくなる可能性があります。
 理事長が退任勧告を受けるなど、昔では考えられなかったことが起こっています。
      ■         ■
 投資の世界だけではなく、医療業界でも高リスク低リターンは嫌われます。
 他の病院で手に負えない、難産が予想される妊婦さんは、治療する側も心身ともに疲れます。
 徹夜で治療をして、やっと一息ついたと思ったら、また急患では、産科医も身が持ちません。
      ■         ■
 病院経営の悪化から、勤務医の給与は下がっています。
 看護師や助産師は給与を低くすると辞めてしまうので、ある程度の給与を保証しなくてはなりません。
 一番手っ取り早く下げられるのが、医師の報酬です。最近、勤務医の友人から給料が上がったという話しを聞いたことがありません。
 また下がったよ、嫁さんに『あんた辞めて開業したら…?』って言われてるよ。と悲鳴が聞こえます。
      ■         ■
 私の給与が一番高かったのは、美容外科の雇われ院長をしていた時でした。
 何回か書いていますが、医師向けの転職情報サイトも求人情報誌もあります。
 実際はそんなに高くありませんが、‘高級優遇’という甘い誘惑の言葉で医師の転職を誘っています。
 高リスク低リターンの勤務医から、低リスク高リターン?の美容外科医になりたいと転職する先生がいらっしゃいます。
      ■         ■
 確かに、一部のチェーン店美容外科では5,000万円以上の年俸を出しているところもありました。
 大手美容外科の医師給与は、完全出来高払い制です。‘売り上げ’が悪いと収入も極端に悪くなります。
 大手美容外科新規採用医師が、一年後も残っている率は10%以下とも言われています。‘現実’は厳しすぎて残れないのです。
      ■         ■
 少子化対策の一つとして、産科の医師を増やそうと国が本気で考えているのなら、産科医の待遇を改善することです。
 給与につながる診療報酬を改定して、徹夜で働いてもそれに見合っただけの報酬を与えることです。
 きたない話に聞こえますが、給与が高くなれば、自然と産科医を目指す医学生が増えます。
 産科医になりたい医師が増えれば、過酷な勤務も改善されます。
 一人の優秀な産科医を育てるのに、最低10年はかかります。医学部6年+臨床研修2年+産科医として10年=18年です。こんなに長くかかるのが医師の養成です。
 医療体制を整備するなら、医師の待遇を良くしなければよい人材は集まりません。
 昔から医師の中で一番短命なのが、産科医だと言われています。それだけ激務なのです。

投稿者 sapporobiyou : 16:36 | コメント (0)