2008年04月29日
昭和の日
今日は昭和の日です。
平成元年から平成18年までは、みどりの日でした。
私が子供の頃は、天皇誕生日でした。
結婚してからは、義父の誕生日でした。
以前にも書きましたが、家内の父は国鉄マンでした。
■ ■
平成5年4月6日に、心筋梗塞で急逝してしまいました。
今でも残念に思っています。
4月29日になると、義父のことを想い出します。
私は、義父に結婚を反対されました。
『北海道は遠い』
これが理由です。
確かに、関西から北海道は遠かったです。
■ ■
私が直接言われたのではありませんが、
『お医者さんは、看護婦(看護師)さんと浮気をする』
というようなことも…
理由に入っていたとか?
聞いた覚えがあります。
これは、お医者さんに限らず…
その人によると思います。
私の友人を見てもそうです。
義父に言われたためではありませんが…
私は一度も浮気をしていないし、
すすきのにもめったに行きません。
風俗にも行きません。
■ ■
うちのお父さんは、旅行に行っても…
必ず線路を見ている。
結婚する前に家内から聞いた言葉です。
義父は、国鉄の保線マンでした。
定年退職する前は、尼崎(アマガサキ)保線区長でした。
JR西日本で、大事故があった尼崎です。
■ ■
あの事故があった時…
義父が生きていたら、
どんなに悲しんだことかと、胸が痛くなりました。
事故があった線路は、義父の管轄でした。
当時は、福知山線(フクチヤマセン)と言っていました。
保線区は、線路の除草まですると教えてくれました。
■ ■
昔は、家が貧乏だと…
立身出世のために、
国鉄に入ったものだと聞いたことがあります。
私の祖父も、国鉄に勤めていました。
義父も島根県の農家の八男でした。
尋常小学校を卒業後に、大阪に出て、国鉄に入りました。
亡くなる前も、線路の仕事をしていました。
50年間も、線路一筋のおじさんでした。
■ ■
昔は、こうして…
この道一筋の、職人みたいな人が多かった気がします。
今は、多いのがフリーターやニート。
苦労して仕事を覚えるというのが、
若い人に受けないのかも知れません。
でも、安全に電車を運行するには、
線路がしっかりしていなければなりません。
■ ■
義父から聞いた印象に残っている言葉があります。
台風や大雨が降った時の列車の運行です。
保線区長がOKを出さなければ、
たとえ特急でも停止して待たなければならない。
それほど、自分の職務に自信と責任を感じていた人でした。
もう少し、いろいろなことを相談してみたかった…
じいちゃん、何でそんなに早く死んじゃったの?
というのが、義理の息子としての本音です。
投稿者 sapporobiyou : 2008年04月29日 23:56
コメント
前にも書きましたが 私の母の弟は青函連絡線の航海士で国鉄職員でした。結婚前は外国に行く船に乗っていました。トンネルができてから 神奈川で国鉄関連会社に勤務し退職して初めて奥さんをハワイまでの豪華客船旅行に連れていき **県**市に家を買っていたので やっとのんびりできるとおもった矢先、扁平性上皮腫?で他界しました。父も母も8人兄弟ですが 私は 一番好きな伯父さんでした。まだ62歳でした。本当に船のりが好きな伯父さんでした。
私と主人も大反対され結婚しました。どちらも跡とりだったからです。結局私の家に養子として入ってくれました。 1日 義父の49日の法要です。義父の誕生日が100日の法要になります。 ガンとして 許さなかった私の父の頑固さと気が強くわがままな私が 嫁務めなどできないだろうと思って 主人が私の所に来てくれました。お義父さん、すみません、息子さんは お義父さんのところにいた方が幸せだったかもしれません。 息子たちには好きな道に進んで欲しいと思っています。 本間先生はほんとに良い人なので 三途の川を渡る時は橋がかかっていて楽に渡れ 天国に行ける方だと思います。
投稿者 さくらんぼ : 2008年04月30日 01:16