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2008年09月30日

忘れられない味

 北大病院近くの、
 札幌市北区北13条西4丁目の角に
 味の広龍(あじのこうりゅう)というお店があります。
 開店してから、もう45年くらいになるそうです。
 私が北大病院の研修医になったのが、
 1980年(昭和55年)でした。
 当時は土曜日も外来診療がありました。
 札幌市内の総合病院で形成外科があったのは、
 北大だけでした。
      ■         ■
 当時の北大形成外科は、
 患者さんであふれていました。
 手術を申し込んでも、
 手術日は未定。
 まともに待っていると、
 手術を受けられるのは、
 2~3年先でした。
 (2~3ヵ月ではなく、‘年’です)
      ■         ■
 医師免許証をいただいても、
 手術ができるわけではなく…
 研修医の私は、朝9:00から、
 上の先生がいらっしゃる前に、
 予診(よしん)という問診をして、
 ポラロイド写真を撮って、
 外来診療の準備をします。
 上の先生がいらした後は、
 処置をしたり、
 手術や入院の説明をしたり…
 何もできないけれど、一生懸命に働いていました。
      ■         ■
 当時は25歳でした。
 とにかく外来は混んでいました。
 順調に終わって、
 土曜日でも13:30とか14:00までかかりました。
 外来が終わってからも、
 新患台帳という厚い台帳に記入したり、
 手紙の返事を代筆で書いたり…
 とにかく、忙しく働いていました。
      ■         ■
 今でこそ、
 15:00頃まで昼食を食べなくても平気ですが、
 当時は若かったのか、
 とにかく‘腹ペコ’になりました。
 最後の方になると…
 ‘腹へったなぁ~’しか考えられなくなります。
 そんな時、
 当時、講師だった
 ‘杉さん’こと、杉原平樹(すぎはらつねき)先生が、
 『腹へっただろう、出前とってやるよ』
 と私たち研修医に、
 広龍から出前をとってくださいました。
      ■         ■
 私が頼んだのが、中華飯でした。
 出前が早く来たので、
 私が食べる頃には冷めていましたが、
 丁寧にラップがかかっていました。
 ラップを取って食べた
 その中華飯の美味しかったこと。
 今でも杉原先生にご馳走になった
 その味が忘れられません。
      ■         ■
 昨夜、15年ぶりくらいで
 その中華飯を食べました。
 おじさんは少し歳をとっていらっしゃいましたが、
 味は昔のままでした。
 北大病院でかつて働いていた偉い先生も
 たまにいらっしゃるそうです。
 忘れられない味は誰にでもあるようです。
 私は今でも…
 冷たくなった中華飯が好きです。

投稿者 sapporobiyou : 21:47 | コメント (0)

2008年09月29日

高須克弥先生

 昨日の日記(信じてはいけない人)に
 たくさんのコメントをいただきありがとうございました。
 一番最初に…
 思いもかけない先生からコメントをいただきました。
 高須クリニックの高須克弥先生です。
 東大形成外科教授のお名前を知らない人でも、
 高須先生をご存知ない方はいないと思います。
 今週号の週刊文春には、
 麻生首相の口を治した漫画まで掲載されています。
      ■         ■
 高須先生まで…
 この日記を読んでいただいているとは…
 夢にも思いませんでした。
 高須先生、
 心あたたまるコメントをありがとうございました。
 高須先生は、
 私が大学をクビになって、
 美容外科医になってから、
 学会であたたかく私を迎えてくださいました。
      ■         ■
 残念なことですが、
 日本形成外科学会の中には、
 高須先生に批判的な方もいらっしゃいます。
 でも、実際に学会でお会いして、
 お話しをしてみると…
 高須先生は、
 ほんとうの意味での、
 『真の美容外科医』だと思います。
      ■         ■
 世界中探しても、
 高須先生ほど、
 ご自分の身体にメスを入れている美容外科医はいません。
 私自身も、
 高須先生と同じようにできるか?
 と問われると自信がありません。
 それほど、
 高須先生はすごい先生です。
      ■         ■
 また、高須先生は愛妻家です。
 私など、家内にいつも言われています。
 『院長日記の中でだけ愛妻家ぶっている!』
 確かに、仕事も忙しいし、
 日記のネタを考えている時に話しかけられると…
 『うるさい。静かにしてて!』
 と声が大きくなります。
 高須先生の奥様はお医者さんです。
 もの静かに見えますが、
 すごい内助の功だとお聞きしたことがあります。
      ■         ■
 高須ファミリーはお医者さんと歯医者さんです。
 一族でクリニックを経営するのは、
 他人同士よりも大変だと思います。
 高須クリニックがうまく運営されているのは、
 家庭円満の証拠です。
 11月15日から、
 東京のホテルニューオータニで
 高須先生が主催される、
 第5回国際美容外科学会があります。
 学会で先生にお会いできるのを楽しみにしています。
 高須先生ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 23:57 | コメント (0)

2008年09月28日

信じてはいけない人

次の文章は2008年度版、北大形成外科年報(教室発行の小冊子)に投稿して、内容不適切でボツになった原稿です。いつか、このHPで公開することにしていました。
関堂充教授就任祝賀会の翌日にあえて掲載します。教授と講師では立場が大きく違いますが、同じことが繰り返されないように、私が犯した人生で最大の失敗をここに記載します。

信じてはいけない人
医療法人札幌美容形成外科 理事長 本間賢一

この同門会・教室年報は、北大形成外科の同門だけではなく、日本全国の形成外科学教室へ配布されます。
私の原稿は、私のことを、快く思っていない人に読まれることも覚悟の上で、書いています。
自分の、人生で最大の失敗について、私からのメッセージです。どうか同じ過ちを繰り返さないでください。

医療は、医師と患者間の信頼関係があって、はじめて成り立ちます。
医師と医師、医師とパラメディカルの間にも信頼関係が必須です。
外科は、チーム医療です。チームの仲間を信頼しなければ、手術はできません。
術者は、助手が採取してくれる皮弁の血管に異常がないことを信じています。
病棟では、しっかりと術後管理をしてくれていることを信じています。
医療人として生きていく上で、同僚を信頼することは、すべてのはじまりです。

私は、1974年(昭和49年)に札幌医大に入学し、1980年(昭和55年)に卒業しました。
1980年に北大形成外科へ入局。1998年(平成10年)に帯広厚生病院を退職するまで、18年間、北大と北大の関連病院にお世話になりました。
1998年9月から、札幌医大形成外科に勤務しました。卒業以来18年ぶりでした。

札幌医大形成外科は、1982年(昭和57年)から1997年(平成9年)まで、15年間にわたり、阿部清秀先生が基礎をつくられました。
私が札幌医大に呼ばれたのは、阿部先生が旭川赤十字病院へ転出され、唇顎口蓋裂の手術ができる医師がいなくなったためでした。北大形成外科と比べて、当時の札幌医大形成外科のスタッフはマイクロを使った再建もできませんでした。
私を札幌医大に呼んだのは、当時の皮膚科教授で形成外科教授を兼務していた人でした。
『英文論文をあと2編書いたら、助教授にする』というのが、私を誘った時の言葉でした。

私が、1998年(平成10年)9月に赴任した時は、形成外科は附属病院の診療科で、講師1、助手1(皮膚科から借り)の定員でした。そこへ私が赴任して、講師2、助手1となりました。
卒業後18年も経っていましたが、母校だけあって、手術症例はすぐに集まりました。耳鼻科の再建手術が多く、英文論文になった手術症例もありました。
私は、もともと教育職に就く気はありませんでした。札幌医大では、北大形成外科の先生の助けをお借りして、教育や研究に情熱を傾けました。私なりに努力していました。

札幌医大へ赴任して、2年も経つと、私は教授と合わないことに気づきました。
教授は学内で権力を得て、医学部長に就任しました。任期は2年でした。
2期目の医学部長選挙の時に、私は対立候補に投票しました。
残念なことに、私が支持した対立候補の先生は落ちました。
2002年(平成14年)1月のことでした。

私は、札幌医大を去って、開業する道を模索しはじめていました。
そんな中、2002年(平成14年)3月7日(木)21:00に、私は医学部長室に呼ばれました。
医学部長は得意そうな笑顔で、医局員が書いたという手紙を読み上げました。
医学部長の傍には、私が札幌医大に赴任以来、‘信頼’していた助手がいました。

半年も前から、周到に準備された計画であったことを後から知りました。
私を札幌医大に呼んだのも、私を札幌医大から追い出したのも、同じ人でした。
私は、最初からその教授を信用していませんでした。
いつかは、そのような日が来ることを予測していました。

ただ、同じ形成外科の助手がグルとは…
同じ形成外科の講師がグルとは…
半年も前から周到に準備されていたとは…
愚かな私は、全く気づいていませんでした。

自分を追い出したい人がいると、自分に味方してくれる人もいるものです。
失意のどん底から救ってくれたのは、自分を慕ってくれた‘仲間’でした。
私は、約4ヵ月の間、診療・教育から一切外されました。
一日も早く出て行ってくれという態度が見えていました。
48歳にして、職を失いました。

そんな時に、私の力になってくれたのが、北大形成外科の先輩やかつての同僚でした。
『本間先生が、そんなこと、するはずがない』
『札幌医大も、よほど追い出すネタがなかったんだね』
『本間ちゃん、元気出せよ』
どんなに私を元気づけてくれたことでしょうか。

人生には、いろいろなことがあります。
自分を引っ張ってくれる人がいて、出世できることもあります。
自分を陥れる人のために、職を失うこともあります。

失意のどん底に落ちた時に、助けてくれた恩は一生忘れられません。
今、私は、札幌医大を追い出されて、本当によかったと思っています。
何の未練もありません。
泥足で、蹴られて、追い出されたようなものですが、背中を押してくれた人に感謝しています。

私は、北大形成外科という、とても良い環境で育ちすぎました。
純培養で育ったので、仲間を疑うことを知りませんでした。
外科医は、仲間に嘘をついたり、裏切ったりしないと思っていました。
世の中には、信じてはいけない人がいます。
自分の最愛の妻でさえ、平気で嘘をついて騙すような人は、簡単に他人を騙します。
そのことに気づいたのは、自分が騙された後でした。

世の中には、良い人もいれば、悪い人もいます。
論文に嘘を書く人も、データーを捏造する人もいます。
権力のトップに立った人は、権力を行使すれば何でもできると思っています。
ただ、嘘をついたり、人を陥れる人は、自分も仕返しをされると気づくべきです。
科研費の不正。所得税の不正申告。
権力の座から、引き摺り下ろされる材料はいくらでもあります。

残念なことに、私の同期で、私を助けてくれた人が…
私と同じような目に遭ってしまいました。
陥れられた、悔しい思いは、当事者でなければわかりません。
私は声を大にして言います。
『元気出せよ』
『先生がそんなことするはずないよ!』
『今にきっといいことがあるよ!』
『俺たち、北大形成外科の同期じゃないか!』

投稿者 sapporobiyou : 10:12 | コメント (4)

2008年09月27日

関堂充先生教授就任祝賀会

 北大形成外科ご出身の
 関堂充(せきどうみつる)先生が
 筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系形成外科教授
 (通称:筑波大学形成外科教授)に
 平成20年7月16日付けでご就任されました。
 今日は、その祝賀会が、
 ルネッサンス札幌ホテルで開催されました。
      ■         ■
 関堂充先生は、
 私が平成7年1月1日付けで、
 JA帯広厚生病院形成外科に赴任した際に、
 吉田哲也先生(現:苫小牧日翔病院形成外科医長)とともに
 私をあたたかく迎えてくれた先生でした。
 帯広厚生病院では、
 3ヵ月しかご一緒に仕事をできませんでしたが、
 とても優秀で温厚な先生です。
      ■         ■
 今も昔も…
 医学部の卒業生にとって、
 最高の出世は‘教授就任’と言っても
 過言ではないと思います。
 同級生が100人いたとすると、
 教授になれるのはせいぜい数人です。
 教授になるには、
 大学卒業後も一生懸命勉強をして、
 英文論文をたくさん書かないとなれません。
      ■         ■
 形成外科の場合は、
 最近は実技試験もあるようです。
 応募した大学の選考委員の教授が、
 勤務先の病院まで、
 手術を見に来るそうです。
 そうして、
 本当に手術が上手な先生かどうかを判断します。
      ■         ■
 大学によって選考方法は違いますが、
 最終選考まで残る人はだいたい3人程度です。
 その中から、
 教授会の投票によって決められます。
 大学を卒業した時から、
 『俺は将来は教授になる!』
 と決めて、
 ず~っと…勉強を続ける人もいます。
 そんなに勉強をしてもなれるものではありません。
      ■         ■
 関堂先生のすごいところは、
 ず~っと大学で勉強をしていたのではなく、
 ガンセンターや地方の病院などで、
 臨床経験を積んで、
 大学に戻ってから、
 医学博士の学位を取得されたことです。
 とても面倒見のよい先生で、
 下の研修医からも慕われていました。
      ■         ■
 筑波大学へ行かれても、
 優しい明るい笑顔で、
 新しい形成外科を築かれることと思います。
 ただ、最近は国立大学の教授だからといって…
 安心していられる時代ではありません。
 人のいい教授ほど、
 理不尽な不遇に遭遇することがあります。
 下の人が起こした、
 思わぬ医療事故に巻き込まれることもあります。
 どうか身体に気をつけて
 筑波の地で頑張っていただきたいと願っています。

投稿者 sapporobiyou : 22:53 | コメント (0)

2008年09月26日

病院の休止問題

 銚子市立総合病院の休止問題が
 朝日新聞に掲載されていました。
 他人事(ひとごと)ではありません。
 私たち、札幌市民が利用する、
 市立札幌病院も赤字です。
 救命救急センターや
 新生児医療で
 札幌市民をサポートしてくれている、
 市立札幌病院も大変そうです。
      ■         ■
 一番悪いのは、
 国の医療費抑制政策です。
 確かに、
 一部の医療機関が儲けていた時代もありました。
 今は、まともにやっている、
 ‘病院’は儲かりません。
 それどころか、厄介なお荷物です。
 今頃になって、
 急に医師の養成数を1.5倍に増やしたところで、
 その学生さんが一人前になるには、
 あと15年はかかります。
      ■         ■
 国の制度改革の前に、
 ‘病院’では、
 さまざまな経費節減策が取られてきました。
 一番最初になくなったのは、
 病院長専用車だったと記憶しています。
 経費削減は、もう20年近くになります。
 総合病院へ行って受付をして、
 保険証を出して、
 紹介状を出して、
 カルテを作成してもらって、
 順番を待っています。
 ○○病院医事課という名札をつけた女性。
 実は、大部分が派遣社員さんです。
      ■         ■
 派遣社員でも、
 医療事務のベテランなので、
 窓口で苦情が出たり、
 カルテの入力ミスがあったりすることはありません。
 市立○○病院や○○市民病院の
 医事課長になるような方は、
 公務員です。
 転勤があるので、
 札幌市の場合ですと、
 区役所からの転勤もあります。
      ■         ■
 私が市立札幌病院に勤務していた、
 20年前は、
 医事課長就任前オリエンテーションなんて…
 ありませんでした。
 医事課長就任前に、
 医療事務実務講座、
 促成栽培コース受講

 なんてシステムもありませんでした。
 確かに、医事課長には…
 それ相応の経験を積んだ方がいらっしゃいます。
 苦情処理の対応なんかは、
 さすがは行政のベテラン!
 と思わせる方もいらっしゃいました。
 でも医療事務のことについては素人でした。
      ■         ■
 医事課の職員は、
 大部分が派遣の女性社員
 区役所の窓口に行って、
 そこのフロアーの半分が派遣社員なんてありません。
 医事課を派遣にしたのは、
 病院の経費削減のためです。
 私は、今でも派遣で働いてくれていた、
 担当者のお名前と顔をよく覚えています。
 とても、しっかりとした方でした。
 レセプト(診療報酬明細書)の返戻もゼロでした。
 公務員にしてあげたいと思っていました。
      ■         ■
 これだけ病院が経費を節減しても、
 なかなか黒字にできないのは、
 医療費のシステム上、
 どうしても赤字になる部門があるからです。
 赤字の病院はいらないから、
 札幌市交通局のバス部門のように、
 民間に委託しよう…
 なんて考えていると…
 白石区の中央バスのような問題になりますょ。
      ■         ■
 人間が安心して暮らせるというのは、
 私たちの生活に欠かせないことです。
 建物だけ立派な病院をつくる必要はありませんが、
 そこへ行けば、
 あぁ、○○病院へ来てよかった!
 これで助かった!
 という病院を持つことは、
 私たちの暮らしに必要不可欠なことだと思います。

投稿者 sapporobiyou : 23:57 | コメント (0)

2008年09月25日

床屋さん

 今日は休診日だったので、
 床屋さんに行ってきました。
 私がお世話になっているのは、
 札幌市西区琴似にある福原さんという
 理容室です。
 今は琴似から引っ越して、
 北区に住んでいますが、
 床屋さんは琴似まで行っています。
      ■         ■
 私のストレス解消の一つが床屋さんです。
 髪が伸びてくるとイライラします。
 さっぱりと散髪をしていただくと、
 身も心もすっきりとします。
 いつも、椅子にかけて、
 数分すると眠ってしまいます。
 髪を切りにくいだろうなぁ…
 申し訳ないなぁ…
 と思っているうちに爆睡です。
      ■         ■
 福原さんは、
 ご主人と息子さん、
 従業員のお兄ちゃん、
 奥さんの
 4人で、
 椅子3台の理容室です。
 息子さんは、大学を卒業後に
 一度、会社員になられて、
 それから、理容師になられた努力家です。
 今日は、息子さんに散髪をしていただきました。
      ■         ■
 明るく、家庭的な床屋さんです。
 息子さんには、
 3歳になる坊やがいます。
 少し離れたマンションから、
 通勤されています。
 私がわざわざ、JRや車で、
 琴似まで散髪に行くのは、
 ここのお店に行くとリラックスできるからです。
 いつも、私の髪を切ってくださる、
 福原さんご一家に感謝しています。
      ■         ■
 福原さんにお世話になる前は、
 約30年近くも、
 西区八軒の‘むつみ’さんという
 理容室にお世話になっていました。
 高校生の時から、
 47歳くらいまでだったでしょうか?
 残念なことに、
 ご主人が病気で他界されてしまいました。
 家族のようなお付き合いをさせていただいていました。
      ■         ■
 加藤さんという、
 とても真面目なおじさんでした。
 こちらの理容室も、
 ご主人と奥様の2人で
 経営なさっていらっしゃいました。
 おじさんが亡くなった時には、
 火葬場まで行って、
 骨も拾わせていただきました。
 ほんとうに、いいおじさんでした。
 結婚式の前の日にもお世話になりました。
      ■         ■
 髪は毎日伸びるので、
 私は一ヵ月に一度は必ず床屋さんに行きます。
 小さいときは、床屋嫌いだったようです。
 祖母の家の近くにあった、
 橋本さんという理容室で、
 よく泣いていた記憶があります。
 美容外科は、
 月に一度とか行くところではありません。
 私は、同じサービス業として、
 札幌美容形成外科にいらしていただいたお客様に、
 安心して
 リラックスして、
 いただけるような
 ‘店’にしたいと思っています。

投稿者 sapporobiyou : 21:27 | コメント (0)

2008年09月24日

美容外科勤務の魅力

 私のつたない日記に、
 コメントをいただきありがとうございます。
 また、励ましのお言葉をいただき、
 感謝しております。
 看護師不足で、
 優秀な看護師さんを確保するのは、
 なかなか難しいのが現実です。
      ■         ■
 札幌美容形成外科の求人情報は、
 アルバイト北海道、
 ハローワーク、
 看護協会の求人案内
 e-ナースセンター
 掲載しています。
 1年前ですと、
 掲載すると、
 必ず数件のお問い合わせをいただきました。
 ところが、最近は苦戦しています。
 同業の先生も繰り返し掲載しているのを見ると、
 どこも苦労しているなぁ~
 と変に納得しています。
      ■         ■
 アルバイト北海道では、
 大手美容外科との逆価格競争になっています。
 札幌美容形成外科が22~24万円。
 大手美容外科は…
 前回出ていたS心美容外科が29万円。
 今回出ているS川美容外科が34万円。
 完全にうちの負けです。
 ちなみに、
 M皮フ科クリニックは18~26万円。
 これが札幌市内の
 平均的な開業医の看護師給与だと思います。
      ■         ■
 大手美容外科が給与を上げているのは、
 ここも看護師の求人難だからだと思います。
 1年前は、
 高くても30万円未満が
 札幌の美容外科の‘相場’でした。
 確かにお給料が高いのは魅力です。
 私も、
 前任の雇われ院長時代が最高でした。
      ■         ■
 私が自分で開業したのは、
 自分で納得ができる医療をしたかったからです。
 形成外科医として働いていた時のように、
 健康保険でできる手術は保険でして、
 機能的にも整容的にも(見た目のこと)よくしたい。
 自由診療の美容外科よりキレイに治したい!
 こうやって、
 毎日、日記を書いているのも…
 自分のメッセージを伝えたいからです。
      ■         ■
 しなくてもよい手術はすすめない。
 ワキガの臭いがしない人には、
 ワキガの手術はすすめない。
 形成外科医として
 総合病院で働いていた時に
 実践していたことをそのまま続けています。
 ありがたいことに…
 私のような偏屈オヤジでも何とかやっています。
      ■         ■
 美容外科勤務の一番の魅力は、
 自分が手術(施術)をした、
 お客様(患者さん)から、
 元気をいただけることです。
 自分も歳をとったら、
 あんな素敵なご婦人になりたいなぁ~
 というような方にめぐり会えることです。
 決して、お金だけではありません。
      ■         ■
 札幌美容形成外科の診療開始は
 11:00です。
 早い職員は10:00前には出勤してくれます。
 繁忙期以外は、
 19:30前に帰ることもできます。
 一ヵ月の実働時間は
 150~160時間程度です。
 日勤者が7:00に出て、
 看護計画を立てて帰るのが
 20:00過ぎになる総合病院とは
 大きく違います。
 自分もキレイになりたい方は
 是非応募してください。
 お電話をお待ちしております。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (2)

2008年09月23日

秋分の日

 今日は秋分の日です。
 平成20年4月から、
 祝日を休診とさせていただきました。
 理由はいくつかありますが、
 一番大きな理由は職員確保の難しさです。
 クリニックを開業してみると…
 一番難しいのが、
 優秀な人材の確保です。
      ■         ■
 ありがたいことに、
 一番長い人は、
 もう4年近く勤務してくれています。
 私の宝物です。
 最初のうちは、
 お客様も少なかったので、
 少人数でも対応できました。
 今は、おかげさまで、
 毎日ある程度、
 一定数の方にいらしていただいています。
      ■         ■
 私たちのような、
 美容形成外科は、
 医業の中でも究極のサービス業です。
 いらしていただくのは、
 患者さんではなく、
 お客様です。
 サービスのレベルを落とさないように、
 いらしていただいたお客様に、
 満足していただけるようにするには、
 できるだけ決まったスタッフで、
 丁寧に対応するのが一番です。
      ■         ■
 週休2日で、週40時間労働を維持するには、
 木曜日以外の休日を作る必要があります。
 そのため、
 祝日は休診とさせていただきました。
 ハッピーマンデー制度と振り替え休日により、
 月曜日が祝日となるのが
 2008年では15回の祝日のうち
 8回にもなります。
 月曜日がお休みの方には、
 大変申し訳ございません。
      ■         ■
 1.元日
 2.成人の日
 3.建国記念の日
 4.春分の日
 5.昭和の日
 6.憲法記念日
 7.みどりの日
 8.こどもの日
 9.海の日
 10.敬老の日
 11.秋分の日
 12.体育の日
 13.文化の日
 14.勤労感謝の日
 15.天皇誕生日
      ■         ■
 土日月と3連休が続くと、
 一番忙しいのが、
 土曜日の手術です。
 その前の金曜日と
 日曜日も手術はありますが、
 さすがに月曜日の手術は少なくなります。
 これも祝日を休診日にした理由の一つです。
 ふだんは日曜日も出勤してくれるスタッフも
 祝日はゆっくり休んでもらっています。

投稿者 sapporobiyou : 19:36 | コメント (0)

2008年09月22日

病院の食事

 病院に入院すると、食事が出されます。
 この病院の食事…
 大部分の方は、
 病院が食材を選んで、
 病院の職員が…
 手づくりで作ってくれている…
 と思っていませんか?
      ■         ■
 病院が出してくれるのだから、
 安全性にも十分に配慮して、
 国産の食材を使って、
 変なものが混じっていないか?
 病院の検査室でしっかり検査して、
 一番、安全で確実な食事だと…
 思っていませんか?
      ■         ■
 家で誰かが病気になったとします。
 そうすると、
 早く快くなってね!
 という願いをこめて、
 本人が一番好きそうな…
 一番栄養がありそうな…
 そんなものを作って食べさせてあげる…
 これが、ごくふつうの家庭だと思います。
      ■         ■
 昔~むかし~の病院には、 
 食事がありませんでした。
 炊事場があって、
 そこで家族が作って
 食べさせていた時代もあったようです。
 健康保険で食事が出るようになって、
 基準給食という方式になりました。
 国が認めた基準の食事を出していれば、
 給食費を徴収してもよろしいですよ。
 というやり方です。
      ■         ■
 この給食費が、安いのです。
 食材が値上がりして、
 職員の人件費も値上がりしても、
 給食費は上がっていません。
 実は、もう20年近くも前から、
 病院の食事(給食といいます)は
 外注になっています。
 病院の中で調理はしていますが、
 給食を作ってくれる人も
 食材を選ぶ人も
 すべて外部の委託業者です。
      ■         ■
 外注することにより、
 病院は食事のコスト管理が容易になります。
 残念なことですが、
 安全性よりも、
 まず価格になります。
 病院の検査室には、
 食材を検査する設備も決まりもありません。
 もちろん、委託業者の人でも
 丁寧に一生懸命に作ってくれています。
      ■         ■
 私も中国製の牛乳や乳製品が
 化学物質メラミン汚染されていて問題になった、
 日清医療食品(東京)の給食を食べました。
 カップラーメンの日清食品とは関係のない会社です。
 病院の給食は医師による検食(けんしょく)
 が義務づけられています。
 当直の時に食べて
 外注された食事でも、
 私は美味しいと思いましたし、
 怪しげな食材はなかったと信じています。
      ■         ■
 ただ、国が医療費や給食費をケチると…
 病院に入院して出される食事は
 どんどん怪しくなります。
 私は、さくらんぼさんのような、
 日本の農家の方が作った
 安心して食べられる食材を食べたいと思います。
 ある程度、高くても…
 安心して食べられる食べ物を
 信頼できる店で買うしかないと思います。
 でも病院に入院すると、
 選べないのです…
 国が決めた基準給食の規定には…
 国産の食材を使いなさいという
 決まりはありません。

投稿者 sapporobiyou : 23:50 | コメント (0)

2008年09月21日

医療機関の経営

 米国で大手証券会社
 リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが
 経営破綻したニュースが大きく報道されています。
 日本の医療機関(特に病院)の経営も
 かなりヤバイと思います。
 今年になってから、
 病院の運営に必要な、
 重油、灯油などの燃料。
 給食の材料となる、
 食材が大きく値上がりしています。
      ■         ■
 看護師は国が決めた政策で、
 大病院が大量に採用して、
 大幅に不足しています。
 医師も過重労働の病院を辞めて、
 自分で開業する人が増えています。
 看護師も医師もいないと…
 病院は病床というお金を稼いでくれる
 病室を閉鎖しなければなりません。
 病床を閉鎖すると…
 当然、病院に入る収入は激減します。
      ■         ■
 病院の収入は、
 診療報酬という国が決めた医療費で決まります。
 病院経営に必要な、
 重油や灯油などの燃料代。
 給食をつくる食材費。
 職員(特に看護師さん)の人件費。
 これらがすべて上がっています。
 あぁ、それなのに…
 病院に入る収入は減り、
 これでどうやって黒字にしろ!
 というのでしょうか?
      ■         ■
 昔は、大病院の院長職に就くと、
 『先生、院長ご就任おめでとうございます!』
 と言ったものです。
 今は、
 『先生、おつとめご苦労様です!』
 『身体に気をつけてくださいね』
 だそうです。
 定年前に院長職をお辞めになる先生も…
 いらっしゃるとか?
      ■         ■
 私たちのような診療所(クリニック)も
 経営は大変です。
 保険診療は診療報酬が増えません。
 自由診療は過当競争で、
 ダンピング合戦です。
 この5年間で最も値下がりしたのが
 二重まぶた埋没法の手術代金です。
 一番安いところは、9,800円です。
 うかうか、ぼんやりしていられません。
      ■         ■
 クリニックの特徴がないと…
 生き残れません。
 うちでしかできない…
 という手術や治療がなければ倒産です。
 私が得意とするのは、
 繊細で丁寧な手術です。
 簡単に、マネのできない手術なので…
 まだ、もう少し生きのびれそうです。

投稿者 sapporobiyou : 22:48 | コメント (0)

2008年09月20日

親にないしょ

 ワキガの手術を健康保険ですると、
 親にバレませんか?
 最近は少なくなりましたが、
 よくあるご質問の一つです。
 昨日も書きましたように、
 医療費のお知らせが来るので、
 どこのクリニックに、
 何日間通院して、
 その時の医療費総額がいくら?
 かということがわかります。
      ■         ■
 受診者氏名 
 医療機関名
 診療年月
 区分
 入院または通院日数
 医療費の額
 整理番号
 が記載されます。
 さくらんぼさんから
 山形県では毎月お知らせが来ると
 お伺いしました。
      ■         ■
 本間賢一
 医療法人札幌美容形成外科
 20年5月
 通院
 1日
 12,320円
 20-05 00372021
 といった具合に記載されます。
 大学病院や市立病院などの
 総合病院にかかった場合は、
 診療科名までは記載されていません。
 北海道大学病院
 通院
 と記載されます。
      ■         ■
 確かに、親に内緒で手術をしたい…
 という気持ちも理解できます。
 二重の手術とか…
 包茎の手術とか…
 親にも言いたくない手術はあります。
 ただ、ワキガの手術はどうでしょうか?
 親に言っても、
 『父ちゃんだって、ワキガだけど、生活に支障ない。』
 『こうやって、何十年も立派に生きてきている。』
 『お前、気にしすぎだ!』

 なんて言われるからでしょうか?
      ■         ■
 ワキガで悩んでいらっしゃる方には、
 親に話して、
 親に協力してもらって、
 手術を受けるようにお話ししています。
 HPにも書いていますが、
 ワキガ手術の後には安静が必要です。
 誰かに手伝っていただいて、
 洗髪などをしていただかないと、
 一人暮らしで両側同時に手術をすると大変です。
      ■         ■
 親にないしょで手術をしたいという気持ちは
 わからないではありませんが、
 ワキガ手術だけは、
 親に協力していただいて、
 手術を受けるようにお話ししています。
 ワキガ手術以外でしたら、
 自分一人でもなんとかできます。
 でも学生時代は、
 みんなお金がありません。
 親にないしょよりも、
 親に協力してもらう方が、
 ‘らく’だと思います。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (1)

2008年09月19日

医療費のお知らせ

 ‘医療費のお知らせ’という書類が
 北海道社会保険事務局事務センターから
 料金後納郵便(定形外の普通郵便)で
 医療法人札幌美容形成外科宛に送られてきました。
 従業員全員分の
 青い用紙に親展と印刷された
 医療費のお知らせが入っていました。
      ■         ■
 印刷されたお手紙が入っていました。
 事業主様
 社会保険事業の運営につきましては、日頃からご協力をいただき厚く御礼申し上げます。
 さて、この度、健康保険並びに船員保険制度に一層の理解を深めていただくため、被保険者あてに医療費に関する通知を行うこととしました。つきましては、通知書を同封しますので、お手数ですが、ご本人にお渡しください。
 なお、通知書の内容には、個人の秘密に属する内容も含まれていますので開封しないで被保険者にお渡しいただくよう慎重な取り扱いをお願い申し上げます。
 また、被保険者に長期間お渡しいただくことができない場合には、その家族にお渡しくださるようご配慮ください。
 被保険者又はその家族にやむを得ない事情によりお渡しいただくことができないとき、あるいは退職しているときは、お手数でも当センターまで返戻いただくようお願いいたします。
  北海道社会保険事務局事務センター
 (北海道社会保険事務局保険課業務管理室)

      ■         ■
 医療費のお知らせは、
 ミシン目が入った封がしてあります。
 事業主に悪意がなければ、
 そのまま従業員に手渡されると思います。
 雇用関係が良好でない事業所だったら?
 もし、開封されてしまうと…
 過去一年分の通院記録がバレます。
      ■         ■
 診療内容まではわかりませんが、
 どこのクリニックに何年何月に
 何日間通院して、
 その医療費がいくらかかったかわかります。
 たとえば、
 ○○性病科という名前の
 クリニックがあったとします。
 たとえ、性病でなくても…
 通院したことを誰かに見られると、
 性病に罹った?と
 あらぬ疑いを持たれます。
      ■         ■
 本人の他に、家族の分も入ります。
 私の場合でしたら、
 息子がどこのクリニックにかかって
 その時の医療費がいくらかわかります。
 治療内容についてはわかりません。
 医療費の不正請求を防いだり、
 自分の医療費を知るための、
 システムですが、
 知られたくない人も多いと思います。
      ■         ■
 社会保険事務局は、
 事業主にまとめて送るのではなく、
 せめて個人宛に、
 封書で送って欲しいものです。
 それができないのでしたら、
 せめて、
 医療費のお知らせは不要です。
 送らないでください。
 という選択ができるようにすべきです。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2008年09月18日

大雪高原沼めぐり

 今日は大雪高原沼めぐりをしました。
 ここは、知る人ぞ知る紅葉の名所です。
 私がお世話になっている、
 床屋さんのご主人、
 福原さんからも、
 何年か前に伺っていて、
 一度は行ってみたいと思っていた場所でした。
      ■         ■
 昨夜、宿泊した大雪高原山荘で、
 7:00から朝食を摂り、
 山荘のすぐ横にある、
 ヒグマ情報センターで
 説明を受けてから入山です。
 この情報センターでの説明は
 ヒグマに遭遇した場合の対処法。
 ヒグマと目が合った時の対処法。
 とにかくクマの被害に遭わないように…
 お兄さんたちが、パトロールしてくれていました。
      ■         ■
 息子に借りた、
 クマ除けの鈴を鳴らして
 (息子は釣り好きなので持っています)
 山道を進みます。
 旭岳登山ほどではありませんが、
 ‘沼めぐり’という…
 優しい言葉の響きとは裏腹に、
 かなりキツイ山道が続きます。
      ■         ■
 私は、中学時代に
 大夕張の山中を歩くのが好きだったので、
 山道は苦になりません。
 この沼めぐりには、
 ツアー客も多く、
 団体で年配者が山道を歩いていました。
 また、紅葉を撮りに、
 カメラマンがかなりいらしていました。
 何度もいらしていらっしゃる、
 リピターのカメラマンが多い印象でした。
      ■         ■
 帰りの車の中で、
 昨夜、根室管内標津町茶志骨の当幌川で、
 男性がクマに襲われ死亡したことを知りました。
 死因は左顔面骨折などによる失血死。
 亡くなられた男性の
 ご冥福をお祈りいたします。
      ■         ■
 私たち形成外科医が診るのが、
 顔面骨骨折です。
 私は直接、診察したことはありませんが、
 函館中央病院形成外科の先生が
 学会で発表なさったのを覚えています。
 クマによる顔面外傷は、
 重症例が多く、
 失明した方もいらしたと記憶しています。
 私たちは、
 クマの餌食にならず帰って来れました。

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大雪高原の緑沼

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大雪高原の高原沼

投稿者 sapporobiyou : 22:56 | コメント (0)

2008年09月17日

大雪高原温泉

 まず最初に日記の更新が遅れたことを
 お詫び申し上げます。
 今日は大雪山の大雪高原温泉に来ました。
 ここは北海道上川郡上川町層雲峡高原温泉。
 有名な層雲峡(そううんきょう)温泉から、
 車で30分程度の山の中です。
 私は、はじめてきました。
      ■         ■
 日記の更新ができなかった理由。
 ここは、携帯電話もつながらない山の中。
 電話が通じるので…
 最悪、電話回線でもアクセスできる?
 と考えたのが失敗の原因でした。
 電話線は、旧式の線で、
 中継局もないため、
 モデムでも通じないそうです。
 電気はついていますが、
 重油を使った自家発電。
 重油の値上がりで大変だと、
 宿の支配人、中村様から伺いました。
      ■         ■
 宿は、宿泊した
 大雪高原山荘が一軒だけ。
 6月10日から10月10日までの
 4ヵ月間だけの営業です。
 山の中の秘湯という言葉がピッタリの宿です。
 ここは、紅葉の名所、
 大雪高原沼の入り口です。
 大雪山の中でも、
 最も紅葉が美しいと言われる場所です。
      ■         ■
 私がよく登っていたのが旭岳。
 旭岳は東川町(ひがしかわちょう)という、
 大雪山の西側から、
 ロープウェイがあります。
 こちらの高原温泉は大雪山の東側です。
 ここからも旭岳へ縦走できますが、
 本格的な登山になります。
 この高原温泉までの道も山道です。
 未舗装の一車線で、
 ところどころ路肩が崩れていました。
 来る途中で、大きなメス鹿に遇いました。
      ■         ■
 ここには私の両親と家内の母親。
 母の弟の叔父夫婦も横浜から来ました。
 総勢7人の敬老ツアーです。
 私の叔父(太田和男といいます)は、
 音楽教師でした。
 関東学院高校で、
 長い間、ハンドベルの指導をしていました。
 私が子どもの頃は、
 札幌に住んでいました。
 よく音楽会のチケットをくれて、
 叔父の歌を聞きに行きました。
      ■         ■
 太田和男とGoogleで検索すると、
 関東学院ハンドベルの
 クリスマスCDが出てきます。
 毎年、
 横浜でクリスマスコンサートをしています。
 叔父夫婦には子どもがいないので、
 私が小さい時から、
 『けんちゃん、ケンちゃん』と
 とても可愛がってもらいました。
 その叔父も74歳になりました。
 日常の忙しさから離れて、
 山中の秘湯で過ごすのもよいものです。

080917.jpg
大雪高原山荘

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2008年09月16日

あげまん

 ‘あげまん’というDVDを借りて見ました。
 伊丹十三 さんが1990年に作られた映画です。
 主演は宮本信子さん。
 ナヨコという名の芸者さんです。
 7月4日に捨て子として見つかったので、
 七(なな)四(よん)子
 でナヨコという設定でした。
      ■         ■
 準主演で、
 瑛子という資産家の令嬢を演じた、
 石井苗子 (いしいみつこ)さんが、
 先週と先々週の朝日新聞、
 be on Saturday
 に掲載されていたので、
 急に‘あげまん’を見たくなりました。
      ■         ■
 ウィキペディア(Wikipedia)によると、
 あげまんの語源は、
 芸人などの隠語で、
 運気が上向くこと(あげまん)
 もしくは下降すること(さげまん)。
 また、その状態を指す。
 「まん」は潮目・運気の意。

 と記載されています。
      ■         ■
 また、ネットの語源由来辞典によると
 あげまんの「まん」は漢字で「間」と書き、巡り合わせや運という意味で運を上げることから、あげまんになったとする説が多い。

 これは不運を幸運に転ずることや縁起直しを「間直し(まんなおし)」と言い、同じ「まん」で意味的にも近いことから、このような俗説が一般的な説となった。

 また、伊丹監督が映画「あげまん」の制作発表の際、作品として観てもらうために「間」の説を持ち出したことから、この説を信じる人が増えたとも考えられる。
 「間直し」が多く使われていた時代と、「あげまん」が使われ始めた時代に大きな開きがあること。映画が発表される以前から、俗語として「あげまん」や「さげまん」が広く使われていたこと。
 あげまんが女性のみをさし、男性に使われた例がないことなどを考慮すると、あげまんのまんは女性器の隠語を略したとするのが妥当である。

 とも書かれています。
      ■         ■
 いずれにしても、
 男性に運を運んでくれる女性はいらっしゃいます。
 この映画を見て思ったことは、
 主人公のナヨコという名の芸者さんは、
 自分が捨て子だったという境遇を、
 一度も嘆いたり悲観したりしていません。
 自分に与えられた運命を、
 必死に生きていらっしゃいました。
      ■         ■
 映画の最後の方で、
 ナヨコが銀行の支店長をクビになった
 恋人の鈴木主水(津川雅彦 )に言います。
 そうよ、
 やりたいこと、
 全部やってごらんなさいょ。
 ダメだっていいじゃないの、
 あなたくらい、私が養ってあげるわょ。
 あぁ、お賽銭あげてこよう…

 と言って、
 自分が捨てられていた、
 小さなお宮にお参りをします。
      ■         ■
 私はこのシーンが気に入ったので、
 英語の字幕スーパーも見ました。
 Good for you.
 Do what you've always wanted to do.
 If it doesn't work out, I will support you.
 Oh, I'll make a wish.

 男性や女性に限らず、
 人生の岐路に立って困ることがあります。
      ■         ■
 そういう、自分が窮地に陥った時に、
 大丈夫ょ。
 あなたなら、大丈夫ょ。
 必ず成功するゎ。
 イザとなれば、私がついているわょ。

 と言ってくれる女性が、
 運を上げてくれるのだと思います。
      ■         ■
 同じことが医者にも言えると思います。
 ガンの宣告を受けた人に、
 大丈夫ですよ。
 しっかりなさってください。
 必ず元気になれますよ。
 私も全力を尽くしますので、
 ご一緒にガンと闘いましょう。

 と言ってくれるような医者が、
 あげ医者
 なのかなぁ~???
 と思いました。
      ■         ■
 私も、
 大丈夫ですよ、
 必ずキレイになれますよ。
 頑張ってください。
 とあげ美容外科医
 なれたらいいなぁ~
 と思いました。

投稿者 sapporobiyou : 16:27 | コメント (0)

2008年09月15日

敬老の日

 今日は敬老の日です。
 私の父、本間寛(ほんまゆたか)82歳。
 私の母、本間瑞子(ほんまみずこ)80歳、
 家内の母、片寄登喜子(かたよせときこ)74歳。
 この3人が私の近くの高齢者です。
      ■         ■
 私の父が、昨年末に入院しましたが、
 元気になりました。
 私の母も家内の母も元気です。
 今日は特に何もしていません。
 敬老の日だからと…
 毎年、特別なことはしていません。
      ■         ■
 私は長男で、家内も長女ですが、
 二人とも親とは同居していません。
 おそらく、これからも同居はしないと思います。
 親が病気になった時は、
 家内が病院に連れて行ってくれたり、
 私も病院に行ったりする程度です。
 医者でも専門外の治療は、
 その病院の
 先生や看護師さんにお任せです。
      ■         ■
 私の父も長男でしたが、
 (父の)母親は父の妹がみてくれました。
 母親本人の希望でした。
 私たち夫婦も、
 高齢者になったら、
 おそらく専門の方のお世話になると思います。
 これから日本の人口は、
 高齢者が増えて、
 逆ピラミッドになるそうです。
      ■         ■
 私の父は、
 私の母の母(私の母方の祖母)を
 大事にしていました。
 『ばあちゃん、ばあちゃん』と言って、
 よく車でいろいろなところへ連れて行っていました。
 私の母方の祖母(太田キヨといいました)は
 夫が40歳くらいで亡くなってしまい、
 それから女手一つで、
 4男1女を育てました。
 その1女が私の母です。
      ■         ■
 私は、この祖母が大好きでした。
 親に叱られた時に、
 いつも助けてくれたのが祖母でした。
 家内が私の家にはじめて来た時にも、
 真っ先に祖母に紹介しました。
 祖母が亡くなってもう10年になります。
 今日の敬老の日には、
 何も特別なことはしませんでしたが、
 今週の水曜日と木曜日に
 両方の親を連れて旭岳へ行きます。
 老人が一緒なので…
 残念ながら、
 今回は登山はダメと家内に言われています。

1980.jpg
左端が祖母の太田キヨ
30年前です

投稿者 sapporobiyou : 21:53 | コメント (0)

2008年09月14日

痛みの原因

 一昨日書いた、家内の顎関節症は、
 歯医者さんを受診して私の診断通りでした。
 スプリントという樹脂製の薄い装置をつけて、
 痛みは軽減しているようです。
 アゴの病気なのに…
 本人が訴えたのは…
 『耳が痛い』
 もう少しで、耳鼻科へ行くところだったと
 少しは感謝してくれたようです。
      ■         ■
 日常診療で困るのが、
 痛みの原因です。
 すぐにわかるものから、
 今回のようにわかりにくいものまで、
 痛みの原因は実にさまざまです。
 経験を積んでも、
 わからないことも…
 間違うことも…
 あります。
      ■         ■
 赤く腫れているとか、
 打撲のアトがあるとか、
 骨折しているなどの、
 他覚的所見(たかくてきしょけん)
 要するに他人が見て、
 はっきりわかる症状がある時は簡単です。
 本人の自覚症状だけが、
 唯一の所見である時が難しいのです。
      ■         ■
 私は形成外科医ですので、
 首から上の痛みは、
 まだ少しは理解できます。
 お腹が痛いなどは不得意です。
 家内のアゴの病気は、
 顎関節(がくかんせつ)に痛みを生じました。
 その関節は耳のすぐ前にあるので、
 耳が痛いと思ったのです。
      ■         ■
 アゴの骨には、
 筋肉がついています。
 その筋肉が、
 側頭骨という、
 頭の骨につながっています。
 だから、
 左アゴの関節の病気で、
 左の頭が痛くなるのです。
 アゴの骨から、
 頭までつながっているの???
 と家内は驚いていました。
      ■         ■
 眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)という、
 瞼(まぶた)が下がる病気で、
 肩がこったり、
 偏頭痛がするのも、
 瞼を上げるために、
 前頭筋という筋肉を使うためです。
 全員ではありませんが、
 かなりの確率で、
 眼瞼下垂症手術で
 肩こりや頭痛が…
 治ったという方がいらっしゃいます。
      ■         ■
 痛みの原因や程度は、
 病気や
 人によって
 さまざまな形で出ます。
 はっきりとした、
 診断をつけられないこともあります。
 痛みのことを、
 一番研究しているのは、
 おそらく麻酔科だと思います。
 ペインクリニックという、
 痛みの外来もあります。
 どうしてもとれない慢性の痛みは、
 ペインクリニックもよいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 23:49 | コメント (0)

2008年09月13日

あいさつが教えてくれたこと

 平成20年9月13日、朝日新聞朝刊の投稿記事です。
 男のひといき
 あいさつが教えてくれたこと
 マンションの管理人の仕事を始めて、
 はや6ヵ月が過ぎた。
 この間、
 住民の方から、
 朝は
 「おはようございます」
 「行ってきます。
 お願いします」
 と会釈して声をかけてもらった。
      ■         ■
 おかけで、
 「今日も1日、
 元気で仕事をしよう!」
 とすがすがしい気持ちになれた。
 夕方、仕事を終えてからも、
 「お疲れさまでした」
 「いつもきれいにしてもらって
 ありがとうございます」
 と、
 住民たちが笑顔を見せてくれる。
 「明日もがんばろう」
 との思いを強くしながら帰路につく。
      ■         ■
 こんな環境だから、
 子どもたちもよく声をかけてくれる。
 朝は
 「行ってきます。バイバイ」
 と手を振って元気よく出かけていく。
 なかには帰ってくるなり、
 管理室で仕事をしている私に
 「おじちゃん、窓を開けて」
 と大きな声で催促し、
 「ただいま」
 とあいさつしてくれる子どももいる。
      ■         ■
 ある朝、出勤すると、
 マンションの前で車の事故が
 起きていた。
 玄関や道路には
 車のガラスの破片が散乱しており、
 清掃担当者と2人で
 汗だくになりながら、
 3時間かけて
 なんとかきれいにした。
      ■         ■
 その午後、
 3歳の男の子が
 「おじちゃん、
 ガラスを取ってくれて
 ありがとう」
 と会釈してくれた。
 この一言がうれしく、
 急に疲れが取れた。
 「人を人として尊重し、声をかける」。
 その大切さをいま、
 住民や子どもたちから学んでいる。
 (広島県呉市
 井手本 猛
 マンション管理人 63歳)
 m-hitoiki@asahi.com
 (以上、朝日新聞より引用)

      ■         ■
 毎週土曜日だけ、
 朝日新聞の『ひととき』が
 男性版の
 『男のひといき』
 になります。
 私が楽しみにしている投稿欄です。
      ■         ■
 『ありがとう』
 『ありがとうございます』
 『どうもありがとう』
 『ありがとうございました』
 は、
 いい言葉です。
 私もニトリ講座をお聴きして、
 似鳥昭雄社長が…
 『ありがとう』と
 社員によく言うと教えていただいてから、
 心がけるようになりました。
      ■         ■
 手術中にも、
 『ありがとうございます』
 と言うようになりました。
 手術がうまく進行するように思います。
 大学病院や総合病院の
 中央手術室では…
 残念ですが、
 あまり一般的ではないと思います。
 緊張する手術が多いので、
 最後くらいしか、
 『ありがとうございました』
 を言う余裕がないのかもしれません。
      ■         ■
 私が、似鳥社長の真似ができていないのは、
 家内に『ありがとう』を
 言っていないことでしょうか?
 先日、知人の先生が、
 新しいクリニックをオープンされました。
 そこのお祝いに家内と伺った時に、
 そちらの奥様も、
 ‘夫(医師)が私(奥さん)にありがとう’と言わないと…
 私の家内が
 ‘うちもそうょ’と
 私が一人、
 小さくなって聞いていました。
 こころの中では、
 感謝しれいるんだけどなぁ…
 なかなか言えないのが
 奥さんへの感謝の言葉です。

投稿者 sapporobiyou : 23:58 | コメント (0)

2008年09月12日

顎関節症(がくかんせつしょう)

 昨日、家内が耳が痛いので
 診て欲しいといいます。
 左耳に何かできていない?
 数日前から痛いの
 頭の方(耳の上の側頭部という部位)
 も痛くなる…
      ■         ■
 仕方がないなぁ~
 といいながら、耳を診察します。
 何ともないよ。
 外耳道炎とか起きていない?
 大丈夫だよ。
 でも痛いのよねぇ~
 と一瞬、私を疑っています。
 私は、耳を少し引っぱって…
 これで口を開けてみて。
 ここ痛くない?
 私が触ったのは、
 耳の前の顎関節(がくかんせつ)です。
      ■         ■
 アゴの関節は耳の前にあります。
 口を開けたり閉めたりすると
 耳の前が
 コロコロこりこりと動きます。
 下顎骨という下あごの骨が、
 耳の前にある顎関節で動きます。
 顎関節症はこのアゴの関節の病気です。
      ■         ■
 家内の顎関節症は、
 もうかれこれ30年近くになります。
 もともとは健康でした。
 結婚が決まってから、
 当時住んでいた、
 兵庫県西宮市で、
 歯の治療を受けました。
 結婚前に悪いところは治しておこうという、
 ごくふつうの考えで歯科医院を受診しました。
      ■         ■
 そこの歯医者さんを選んだのは、
 自宅から近く、
 通勤途中でも診察を受けられる…
 ただそれだけの理由でした。
 30年前は、
 ネットもなく、
 歯科医院の数も多くはありませんでした。
 もちろん、評判も知りません。
      ■         ■
 そこの、年輩の歯医者さんは、
 奥歯の虫歯は抜きましょう。
 と右下の奥から2番目の歯、
 専門的には7番(ななばん)と言います。
 を抜歯することを提案しました。
 家内は特に疑問も抱かず、
 抜歯することになりました。
 ここが、運命の分かれ道でした。
      ■         ■
 歯を抜いたところは、
 歯医者さんが補綴(ほてつ)処置をしました。
 その入れた歯の高さが
 少しだけ高かったようです。
 結婚後しばらくしてから、
 つまり治療後数年してから、
 治療したのとは反対側の
 左下の奥歯が痛くなりました。
      ■         ■
 知り合いの歯医者さんに、
 左奥歯を丁寧に診ていただきました。
 しっかり治療されているし、
 痛くなるような病巣(びょうそう)はありません。
 大学病院にもかかりましたが、
 左奥歯の痛みの原因はわかりませんでした。
 函館に転勤してからも、
 歯が痛くなりました。
      ■         ■
 私は、幼馴染(おさななじみ)の
 マーちゃんのことを思い出しました。
 マーちゃんこと、
 小山正美(おやままさみ)先生は、
 東北大学歯学部をご卒業されました。
 立派な歯科医になられて、
 函館市で開業されていました。
 小山先生を受診すると、
 先生は、
 奥さんの左奥歯の痛みは、
 昔受けた、右奥歯の抜歯が原因と
 はじめて診断をつけてくださいました。
      ■         ■
 大学病院の先生がわからなかった
 歯の痛みの原因を見つけてくれたのは、
 函館で開業されていた、
 小山正美先生(現在は厚沢部町で開業)
 でした。
 西宮市で抜歯を受けてから、
 実に10年近く経っていました。
 それから、
 家内の顎関節症の治療がはじまりました。
      ■         ■
 最近は落ち着いていたので、
 本人も忘れていたようです。
 私の‘診断’が正しいかどうかは、
 今日、歯医者さんでわかると思います。
 歯医者さんを選ぶのも大変です。
 耳が痛くても、
 アゴが原因のこともあります。
 みなさま、
 簡単に抜歯は受けないでください。
 虫歯をつくらないようにするのが
 一番の健康法です。

投稿者 sapporobiyou : 23:46 | コメント (0)

2008年09月11日

エスティマありがとう

 平成4年8月に購入し、
 16年間走ってくれた、
 エスティマが
 ついに廃車になりました。
 維持費もかかるし…
 燃費も悪いので…
 ガソリンの値上がりとともに、
 廃車を考えていました。
      ■         ■
 走行距離は11万㎞。
 まだまだ走れるし、
 車検も来年まであったのですが、
 ついにダウンしました。
 故障らしい故障もせずに、
 交換したのは、
 タイヤとバッテリー程度でした。
      ■         ■
 この車は、
 私が市立札幌病院に勤務していた時に、
 ローンで購入しました。
 私が38歳の時です。
 子供たちは、まだ小学生でした。
 二年に一度くらいの割で、
 家内の両親が来てくれたり…
 私たちが関西に遊びに行っていました。
      ■         ■
 エスティマを購入する前年に、
 お正月に
 一家4人で関西の家内の実家へ行きました。
 義父は、
 お正月に私たちが訪ねたことを、
 とても喜んでくれました。
 当時は、伊丹空港しかありませんでした。
 私たちが空港に着くと、
 義父が、
 ピカピカのエスティマを
 借りて準備してくれていました。
      ■         ■
 私たち一家4人と…
 家内の両親が乗っても、
 ゆったりとしていました。
 そのエスティマに乗って、
 お正月に、
 関西サイクルスポーツセンターとか
 震災に遭った神戸に行きました。
 札幌に帰ってきてからも、
 いつかはエスティマに乗りたいと
 思っていました。
      ■         ■
 家を建てて、
 住宅ローンの支払いが苦しく、
 びっくりドンキーへ行って、
 390円のレギュラーバーグディッシュ
 を一ヵ月に一度食べられればよい時代でした。
 エスティマを購入する余裕は
 とてもありませんでした。
 ある日、知人が中古のエスティマを
 購入したと聞き、
 以前、カローラを買った販売店へ行きました。
      ■         ■
 顔なじみのセールスさんがいました。
 本間さん、お久しぶり、どうしたの?
 エスティマの中古、ありませんか?
 中古はあまり出ていないし、
 人気があるので中古も高いですよ。
 新車はいかがですか?

 お金がないから、新車なんて買えませんよ。
 市立病院にお勤めだったら、
 福利厚生会からお金が借りられますよ。
 金利も安いし、大丈夫ですよ。

      ■         ■
 私は、腕のよいセールスさんの言葉と…
 エスティマが欲しいという誘惑に負けて、
 『おじいちゃんたちが来たら、
 みんなでどこかへ行けるから!』
 と渋る家内を説得して、
 ローンで購入したのがエスティマでした。
 燃費が悪かったので、
 購入したものの、
 あまり遠出はできず…
 おじいちゃんも、
 購入した翌年に心筋梗塞で亡くなってしまい、
 結局、一度も乗せてあげられませんでした。
      ■         ■
 でも、帯広へ転勤してからは大活躍。
 くねくねとした日勝峠の冬道も、
 横滑りもせずに楽勝でした。
 他の車が横転しても、
 エスティマはスイスイでした。
 その思い出深いエスティマが、
 とうとう廃車になり、
 今日、トレーラーで運ばれました。
 私は、現行のエスティマより、
 この優しい顔をした
 初代エスティマが好きでした。
 ありがとう!エスティマ!
 あなたは故障もせずに
 よく走ってくれました!

esu.jpg
16年乗ったエスティマ

esu2.jpg
廃車になりました

投稿者 sapporobiyou : 21:57 | コメント (1)

2008年09月10日

膀胱炎の予防法

 平成20年9月10日、北海道新聞朝刊の記事です。
 ちょっと聞けない
 泌尿器科の話⑰
 膀胱炎の予防策
 前から後ろにふいて
 古屋聖児
 膀胱炎の予防法があれば
 多くの女性にとり朗報ですが、
 残念ながら
 「これだ!」
 という絶対的な方法はありません。
      ■         ■
 一般的に疲労や体の冷え、
 排尿の我慢などに注意すると
 よいと言われています。
 米国のある泌尿器科医が勧める予防法は
①排尿をあまり我慢しないで、
 だいたい3時間ごとの排尿を心がける
②排便後は肛門周辺を丁寧に前から後ろにふき、
 同じトイレットペーパーを2度ふきしない。
      ■         ■
 膀胱炎の原因菌となる大腸菌などは
 肛門の周辺に常在しています。
 そこから腟に移動して繁殖、
 次に尿道を逆行して膀胱に侵入し、
 膀胱炎を起こすのです。
 ですから排便後はトイレットペーパーで
 前から後ろの方向にふき、
 肛門周辺の細菌を
 腟の方向に移動させないことが
 膀胱炎の予防になるというわけです。
      ■         ■
 ところで、
 18世紀までヨーロッパの女性は
 ノー・パンティーで、
 排尿後に紙でふく習慣はありませんでした。
 ところが19世紀になり、
 女性がパンティーをはくようになってから、
 排尿後ぬれたままでは
 パンティーが汚れるので、
 紙でふくようになったのです。
      ■         ■
 さて排尿後のトイレットペーパーのふき方には
 前から後ろの方向に
 ふくのがよいと言われています。
 「前から後ろへ」
 という方向は
 尿道口、腟口、肛門の
 位置関係を知っていれば
 理解できますね。
 (北見医師会長)
 (以上、北海道新聞より引用)

      ■         ■
 古屋先生の文章はわかりやすく、
 前立腺のお話しなどは、
 医師の私にも参考になりました。
 この「前から後ろへ…」
 の方向のことは、
 医学生の時にも習いました。
 そもそも、
 おしっこはふつうは無菌です。
 血液を漉過したものですから…
      ■         ■
 腟の中には、
 デーデルライン桿菌という乳酸菌がいます。
 これらの乳酸菌が乳酸をつくるので、
 膣内のpH(ペーハー)は酸性に保たれています。
 健康な女性は、
 この乳酸菌によって病原性細菌から
 腟を守っています。
 これを膣の自浄作用とか
 生体バリヤーと言います。
 簡単に言うと…
 ヤクルトを飲んで
 お腹を健康にしているのと同じことです。
      ■         ■
 一方、腸の中には、
 大腸菌などが住んでいます。
 大腸菌にも、
 病原性が強いものと、
 悪さをしないものがいます。
 うんこが汚いと言われるのは、
 おしっこが血液を漉過(ろか)したものなのに、
 うんこは食べ物のカスだからです。
 お尻を拭いた後は、
 手をよく洗わないと、
 どんなにペーパーを重ねて使っても…
 手にバイ菌がつきます。
      ■         ■
 女性は解剖学的に、
 肛門と尿道口が近いので、
 大腸菌が尿道から入りやすいのです。
 しかも男性より尿道が短いので、
 尿道から入った菌が
 膀胱に届きやすいのです。
 ですから…
 おしっこの後のペーパーは
 前から後ろへ拭くとよいのです。
 ご理解いただけましたでしょうか?

投稿者 sapporobiyou : 23:58 | コメント (0)

2008年09月09日

54歳になりました

 昨日、9月8日は、
 私の54歳の誕生日でした。
 バースデーカードや
 プレゼントをいただきました。
 本当にありがとうございました。
 さくらんぼさんからは、
 元気がない私に、
 生のブドウ糖をいただきました。
      ■         ■
 今まで食べたこともないような、
 最高のブドウでした。
 さくらんぼさんには、
 毎日コメントをいただき、
 本当に感謝しています。
 北里大学名誉教授の
 塩谷信幸先生が
 朝、ブログにコメントがないと…
 ガッカリすると書かれていました。
      ■         ■
 毎日、コメントをくださる
 さくらんぼさんに感謝しています。
 日記をはじめて、
 10月22日で2年になります。
 毎日書くのは…
 正直なところ、
 つらい日もあります。
 でも、この日記を通じて、
 さくらんぼさんとも知り合えました。
 偏屈なオヤジである、
 私という人間を理解していただくのに、
 HPの記載以上に、
 役に立っていると思います。
      ■         ■
 弁護士の高橋智先生の、
 サミーズダイアリーでも
 私の日記を取り上げていただきました。
 私たちの年代になると、
 自分がした仕事で、
 他人に喜んでいただけるというのが、
 一番の生きがいになります。
 何歳まで手術ができるか…?
 わかりませんが、
 毎日、仕事があることに感謝して…
 これからも精一杯、頑張ります。
 みなさま、ありがとうございます。

080908.jpg
2008年9月8日

投稿者 sapporobiyou : 20:18 | コメント (0)

2008年09月08日

医学教育と運転教習

 優しくて、腕がよい、
 お医者さんを
 育てるのは大変です。
 どんな職業でも
 同じだと思いますが、
 人にものを教えたり…
 教えられたり…
 というのは難しいことです。
      ■         ■
 一般の方は、
 医学部を卒業して、
 医師国家試験に合格すると、
 即、医師免許がもらえて、
 簡単な診察、
 簡単な処置、
 簡単な手術、
 などはできる……?
 と思われるかもしれません。
      ■         ■
 残念なことに、
 そもそも‘簡単な’
 診察・処置・手術なんてのが存在しません。
 採血や注射など、
 看護師免許でも、
 認められていることもできないのが、
 医師免許取得直後の新人医師です。
 医学部6年間の教育で、
 採血の実習はないか、
 あっても1~2回です。
 注射は免許がないとできないので、
 医師も看護師も、
 免許取得後に‘練習’します。
      ■         ■
 自動車でいうと、
 医師免許取得は、
 仮免許で、
 ようやく運転ができるようになったところ。
 教官席に座って、
 教習生と運命をともにして、
 いつも非常ブレーキを踏めるように…
 踏ん張っているのが、
 指導医です。
      ■         ■
 医学の難しいところは、
 仮免許運転中のプレートをつけた、
 自動車学校の教習車両ではなく、
 営業中の
 立派なリムジン?
 と思わせるような、
 有名な大病院で、
 路上教習を教えなくてはならないことです。
      ■         ■
 高いお金を払って、
 立派なリムジンに乗っている、
 つもりのお客様。
 実際の運転が、
 ベテランの運転手(指導医)ではなく、
 新人の見習い運転手(研修医)
 だと知ったら…
 即、他のタクシーに乗り換えるか、
 怒って、料金の返金を求めます。
 それができないのが、
 臨床研修指定病院です。
      ■         ■
 名門の大病院ほど、
 臨床研修を希望する研修医が集まります。
 その病院で、
 リスクがある…
 手術や検査を受けるとします。
 ‘あなたの検査は、新人の研修医が行います’
 ‘当院では、十分な初期研修を行っています’
 ‘万一、不測の事態が起こっても、ベテランの指導医が対処します’
 ‘研修医がこの検査を担当するのは、3回目です’
 ‘2回の検査では、問題はありませんでした’
 ‘ただ、指導医が15分で終わる検査に、1時間を要しました’
 ‘以上の説明を受け、検査に同意します’
 なんて同意書に署名・捺印ができますか?
      ■         ■
 実際には、上記のような同意書なしに、
 眠らされて…
 ぼぉ~っとしているうちに、
 検査や手術が終了します。
 練習台になる患者さんも大変ですが、
 詐欺のような…
 指導医を続けるのも疲れます。
 厚生労働大臣や
 厚生労働省のお役人に
 練習台になるボランティアをしていただくと、
 実態がよくわかると思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:43 | コメント (0)

2008年09月07日

医学部定員増

 平成20年9月7日、朝日新聞朝刊、
 声の欄への投稿記事です。
 医学部定員増
 余裕ない現場
 勤務医 安達智江 (千葉県柏市46)
 医師不足解消のため、
 厚生労働省の検討会が
 医学部定員の大幅増を提言したのに対し、
 国立大学医学部長会議が
 教員や経費増を求める
 批判的な内容の要望書を出したという
 (8月28日朝刊)。
      ■         ■
 当然である。
 医師を教育養成するのは
 研究・臨床の現場で働く現役医師だ。
 教員が増えなければ、
 大学での基礎系講義には、
 学生が詰め込まれ、
 教員の目が届かなくなる。
      ■         ■
 臨床系の実習は大学病院で受ける。
 だが、新医師臨床研修制度の導入で
 医局の新人医師が激減し、
 人手不足で市中の病院から
 医師を引き揚げているような
 大学病院の医師たちに、
 増加した医学生を
 教育する余裕などあるだろうか。
      ■         ■
 卒業後に教育を受ける研修病院の
 勤務医も減少している。
 新しい臨床研修制度自体、
 新人医師の教育に
 うまく機能しているかどうかの
 評価もされていないのに、
 定員増で
 この制度にさらに負荷をかけることになれば、
 現場の混乱が増幅するだけである。
      ■         ■
 いまの状態での定員の大幅増は
 現場の医師をさらに疲弊させ、
 十分な教育を受けていない
 若手医師を誕生させるだけだろう。
 現状では、
 定員増は微増にとどめるべきだ。
 医師の粗製乱造となれば、
 将来に禍根を残す。
 (以上、朝日新聞より引用)

      ■         ■
 私もこの投稿者の先生に、
 まったく同感です。
 医学教育の現場の‘先生’
 臨床研修指定病院の
 指導医の‘先生’は
 くたクタに疲れています。
 学生や新人医師の教育は、
 本当に疲れるものです。
 自分ひとりで処置や手術をすれば…
 30分で済むものを…
 新人医師に指導をしながらすると、
 倍以上の時間がかかります。
      ■         ■
 その上、新人医師に何かをさせて、
 失敗されると…
 指導医の責任が問われます。
 誰だって、
 新人医師の…
 練習台にはなりたくありません。
 でも、‘練習台’になっていただく…
 患者さんがいないと、
 新人医師は上達しないのです。
 臨床研修指定病院になって、
 指導医になったからといって、
 医師の待遇が良くなることはありません。
      ■         ■
 医療という危険を伴う仕事を、
 研修医に教えるのは疲れます。
 もし、研修医が手術で失敗しても、
 それを回復できて、
 何もなかったかのように
 手術を終える知識と技術がなければ、
 研修医に手術を教えることはできません。
 教官パイロットが、
 訓練生に飛行を教える時、
 もし機体が傾いても、
 それを元に戻す技量が必要なのと同じです。
      ■         ■
 飛行機はお客さんを乗せないで、
 空(から)で飛ばして訓練ができますが、
 手術とか検査は、
 お客さんがいないと‘訓練’ができません。
 厚生労働省が考える方針には、
 どう考えても賛成できません。
 質の悪い、
 速成栽培の、
 お医者さんを、 
 粗製乱造して、
 将来困るのは国民です。

投稿者 sapporobiyou : 22:24 | コメント (0)

2008年09月06日

不正行為の代償

 私たち医師は、
 医学部へ入学するために、
 中学校→高校→(予備校)
 と
 他人が遊んでいる間も、
 必死に勉強して合格できました。
 医学部へ入学してからも、
 解剖学・生化学・生理学と
 それはそれは…
 気が遠くなるような量の勉強をします。
 ほぼ丸暗記です。
      ■         ■
 医学部も上の学年になると…
 お医者さんらしい勉強が増えます。
 そこそこ楽しいうちに…
 あっという間に6年間が過ぎます。
 厳しい卒業試験があり、
 これまた難関の医師国家試験があります。
 ようやく卒業できた…!!!
 医師免許証をいただいた…!!!
 と喜んだのもつかの間…
 免許証を取得しただけでは、
 何もできません。
      ■         ■
 医師免許証を取得してから、
 臨床研修がはじまります。
 毎日苦労しながら、
 先輩から手取り足取り教えてもらって、
 看護師さんから、
 『何もできない!』
 『へたくそ!』
 と言われても、
 じっと耐えて、耐えて、
 少しずつ上達して、
 10年程度かかって、
 ようやく専門医となります。
      ■         ■
 専門医になる前には、
 専門医試験があります。
 学会発表や論文作成もしなくては、
 専門医になれません。
 これが、
 平均的な医師像です。
 10代、20代、30代と
 明らかに他人より勉強をしないと、
 医師にはなれません。
 私のように50代になっても、
 勉強を続けないと、
 最先端の医学は実践できません。
      ■         ■
 これだけ苦労して、
 せっかく開業して、
 ようやく自分のお城で…
 自分の好きな仕事ができるのに、
 不正をして医師免許証をダメにする…
 という感覚が私には理解できません。
 まして、60歳を超えたら、
 お金なんてどうでもいいから、
 元気で働けて、
 患者さんに喜んでいただけるだけで…
 十分すぎると…
 私は思います。
      ■         ■
 不正や脱税をすると…
 逮捕されて刑務所行きです。
 医師免許証も停止です。
 運転免許証だって、
 取り消されて再取得は大変です。
 医師免許証を取り消されて、
 もう一度取得するのは、
 まず、絶対に不可能です。
 ですから、私は不正はしません。

投稿者 sapporobiyou : 23:47 | コメント (1)

2008年09月05日

私の疑問?

 昨日、耳鼻科の先生が不正をしたのが…
 どうも理解できないと書きました。
 医者になると…
 お金持ちになれる…
 というのは、
 遠い昔の話しです。
 労働や責任の重さから考えると
 決して割りの良い職業ではありません。
 医師優遇税制も死語です。
      ■         ■
 偏見があったらごめんなさい。
 お金持ちになりたいなら、
 投資家になるとか、
 投資家相手の職業とか、
 IT企業の社長さんとか、
 が…よいと思います。
 私たちのように、
 自分の手足を酷使して稼ぐ職業はダメです。
 手は2本、
 足も2本、
 しかないので、
 どう頑張っても限界があります。
      ■         ■
 高齢者が増えて、
 医療費が高騰すると、
 国が破産するので、
 医療費は毎年削減されます。
 これからも、
 夢のような話しはないと思います。
 医療機関の経営環境は、
 ますます悪くなります。
 一種の構造不況業種です。
      ■         ■
 私たちが、
 医師としての喜びを感じられるのは、
 他人から感謝された時です。
 ‘先生、ありがとうございました’
 と言っていただけるので、
 なんとか頑張っていられます。
 『オレは医者だから偉いんだ』
 なんて考えていたら…
 あっという間に倒産です。
      ■         ■
 私は大学病院をクビになって、
 失業しそうになって、
 一家四人が…
 明日からどうしよう…?
 と本当に困ったことがありました。
 今から6年前、
 平成14年(2002年)のことでした。
 その時に、
 中央クリニックの社長さんに
 拾っていただきました。
 ご恩は一生忘れないくらい感謝しています。
      ■         ■
 雇われ院長に採用していただいたので、
 一生懸命、働きました。
 まだ景気もよく、
 競争相手もあまりいなかったので、
 業績は上がりました。
 その結果、
 私は信じられないくらいの
 お給料をいただきました。
 その結果…
 私は信じられないくらいの
 税金を払うことになりました。
      ■         ■
 所得税は確定申告で
 3月に払います。
 その後に予定納税という、
 高額の税金がやってきます。
 つまり、
 一度、高額納税者になると、
 翌年も…
 高額の税金を払うことになります。
 納税の自転車操業です。
 まるで、税金を払うために…
 働かされているような感覚です。
 ごくふつうの勤務医をしていたので、
 これがイヤになりました。
      ■         ■
 よく医療法人○○○○と
 クリニックや病院を
 医療法人にするのは、
 個人経営から、
 法人にして、
 法人からお給料をいただくシステムです。
 医療法人には、
 さまざまな規制があります。
 儲かったからといって、
 簡単に経営者のお給料は増やせません。
 医療法人は、
 『医療を提供して社会に貢献する』
 という前提で認可されるからです。
      ■         ■
 私が疑問に思うのは、
 60歳も過ぎて…
 そんなにお金が必要でもない…
 ‘耳鼻科の先生’が、
 どうして自分の医師免許が危うくなるような、
 診断書を偽造しなくてはならなかったのか?
 という単純な疑問です。
 ‘先生’と同年代の、
 北大医学部35期の先生は、
 大多数が悠々自適、
 とても親切でお優しい先生ばかりです。

投稿者 sapporobiyou : 22:52 | コメント (1)

2008年09月04日

聴覚障害不正問題

 昨日、出勤途中に札幌駅前を歩いていると
 駅前の北海道銀行の前に、
 たくさんの報道陣が集まっていました。
 夜、帰る時にもまだカメラを構えていました。
 報道関係の方も
 朝早くから夜遅くまでご苦労様です。
      ■         ■
 このビルで開業している、
 耳鼻科の先生が、
 耳が聞こえる人に…
 『聞こえない』
 という診断書を書いて、
 不正に身体障害者手帳を取得させた
 という疑いで、
 昨日、家宅捜索を受けました。
 テレビのニュースには、
 北海道警察の捜査員が、
 ダンボール箱に入れた書類を、
 夜遅くに運び出すところが映っていました。
      ■         ■
 札幌美容形成外科があるのが、
 札幌市中央区北3条西3丁目
 このビルがあるのが
 札幌市中央区北4条西3丁目
 です。
 こんなに近くなのに…
 私はこちらの先生とは面識もなく、
 不正の疑いがあるのが…
 ここの耳鼻科だとは、
 まったく知りませんでした。
      ■         ■
 耳鼻科医は73歳。
 北大医学部35期(昭和34年卒業)の先生です。
 私は、なぜ不正をしたのか…?
 不思議でたまりません。
 私が開業している札幌駅南口地区は、
 美容外科の激戦区です。
 札幌美容形成外科の他に、
 大手美容外科2軒。
 個人の形成外科が1軒あります。
      ■         ■
 物価が上がっているのに、
 美容外科の料金だけは下がっています。
 経営はなかなか大変です。
 それでも、
 私と従業員が食べてゆける収入はあります。
 札幌駅周辺にある、
 耳鼻科は
 問題となっている先生だけです。
 近くに競争相手はいません。
 どこの耳鼻科も混んでいます。
 どう考えても、
 不正なんかしなくても、
 十分に食べてゆけるはずです。
      ■         ■
 聴力検査というのは、
 ヘッドホンのような器械を両耳につけます。
 ピッピッピッピッ…
 という小さな音が聞こえてきます。
 音が聞こえてきたところで、
 手に持ったボタンを押して、
 聴力を測ります。
 2級の障害に相当する聴力ですと、
 両耳から騒音のような音がしても
 じっと耐えて…
 頭が割れそうになっても耐えて…
 じっとボタンを押すのを待ちます。
      ■         ■
 簡単な仕組みなので、
 誰かに一度、
 不正の仕方を教えてもらえば、
 やり方はすぐにわかります。
 聴力検査の時に、
 騒音をガマンさえすれば…
 2級になれるのです。
      ■         ■
 私が知っている耳鼻科の先生は、
 とても真面目で優しい人ばかりです。
 自分が小さい時から、
 アレルギー性鼻炎で悩んだので、
 耳鼻科医になって… 
 苦しんでいる人を治したいと、
 大学院で研究した先生もいました。
 今は開業されて繁盛しています。
 この事件の
 真相が解明される日を待っています。

mae.jpg
ビルの前の報道陣

mae2.jpg
ビルの前の看板

投稿者 sapporobiyou : 21:34 | コメント (0)

2008年09月03日

釧路労災病院不正

 平成20年9月3日、北海道新聞朝刊の記事です。
 釧路労災病院
 室長が1600万円着服
 【釧路】釧路労災病院(釧路市、小柳知彦院長)の
 遠藤芳彦・地域医療連携室長(52)が、
 十年間にわたって診断書の作成費など
 約1600万円を着服していたことが9月2日、分かった。
 同病院は同日付で懲戒解雇処分にするとともに、
 釧路署に告発する方針を発表した。
      ■         ■
 同病院の調査では、
 室長は2001年から今年七月にかけて、
 特定疾患の医療受給者証の交付に
 必要な診断書の発行に際し、
 本来は患者が会計課に支払う
 一通3,150円の作成費を直接受け取り、
 病院に納めなかった。
 また、1998年から釧路管内釧路町が同院に支払った
 高額療養費の一部も着服していた。
      ■         ■
 今年5月、患者が室長への支払い方法を
 会計課に相談して発覚した。
 室長は旅行などに使ったと認め、全額弁済した。
 同病院は小柳院長ら
 関係者19人も減給などの処分とした。
 長期間、発覚しなかったことについて同病院は
 「診断書の発行と入金を照合するシステムがなかった」
 と陳謝した。
 (以上、北海道新聞より引用)

      ■         ■
 昨夜テレビを見ていたら、
 小柳先生が悲痛な表情で映っていました。
 先生は、元北大泌尿器科教授。
 北海道大学病院長も歴任された、
 優しくて優秀な泌尿器科医です。
 北大の定年後に、
 釧路労災病院院長に就任されました。
      ■         ■
 私は、釧路労災病院に勤務した、
 20年前に遠藤さんにお世話になりました。
 正直なところ、
 『えっ???…』
 『まさか?あの遠藤さんが…?』
 というのが私の実感です。
 医療相談室で、
 患者さんの困りごとに、
 親切に相談にのっていただいていました。
 『まさか?』
 『どうして?』
 という思いは今でも消えません。
      ■         ■
 私が勤務した当時の釧路労災病院は、
 初代院長の
 新田一雄(にったかずお)先生が築かれた
 全国一の黒字労災病院でした。
 ニッタビジョンというか…
 ニッタマインドというか…
 優秀な外科医であった、
 新田先生の手づくり病院という感じでした。
      ■         ■
 新田先生は、
 北大第一外科助教授から
 釧路労災病院長になられました。
 新田先生が着任した当時の、
 病院建設地は、
 釧路湿原のはずれにあり、
 雨が降ると、
 膝まで泥に埋まるような
 土地だったと聞いていました。
 そこに、職員が力を合わせて、
 立派な病院をつくりました。
      ■         ■
 私が勤務したのは、
 2年間程度ですが、
 たくさんの患者さんの手術をしました。
 札幌から離れていたので、
 簡単に北大に応援を頼めません。
 手術中に…
 『本当に困った!』
 ことが何度かありました。
 何度か困って…
 それを乗り越えて、
 腕を磨きました。
      ■         ■
 新田一雄(にったかずお)先生は、
 私が尊敬する院長のお一人です。
 残念なことに…
 新田先生はお亡くなりになりました。
 遠藤さんは、
 新田先生の時代に、
 釧路労災病院へ採用された方です。
 もし…
 新田先生がご存命だったら…
 『おい、遠藤!』
 『なんてことしたんだ、バカ野郎!』

 と怒られたことと思います。
 でも新田先生だったら…
 校正して出直す道をくださったと思います。
      ■         ■
 病院長というのも無力なものです。
 職員を信頼して仕事を任せなければ、
 病院は運営できません。
 私たち医師は、
 基本的に仲間や職員を信用しています。
 最初から疑っている院長などいません。
 最後に責任をとって謝罪するのが院長です。
 信頼関係が成り立たないところでは、
 医療はできません。
 そこが他の企業と違うところです。
 信頼を裏切った遠藤さんの責任は重いですが、
 是非更生して、
 また患者さんの役に立って欲しいと願っています。
 とても仕事ができる方でした。
 残念に思っています。

投稿者 sapporobiyou : 23:53 | コメント (4)

2008年09月02日

電子カルテ

 医療法という法律で、
 カルテは5年間の保存義務があります。
 大学病院などでは、
 何十年分ものカルテを保管しています。
 その保管場所や管理が大変です。
 北大形成外科に勤務していた時は、
 古い外来棟にカルテがありました。
 手術記録などを調べるために、
 カルテ探しを何度もしました。
      ■         ■
 カルテの保管場所は
 掃除をしていませんでした。
 古いカルテを探しに行くと、
 必ず、鼻の中が真っ黒になりました。
 もちろん、手も真っ黒。
 白衣は汚れてもいいような、
 古い白衣を着て行きました。
 当時の北大には、
 診療情報管理士の方は
 いらっしゃらなかったと思います。
      ■         ■
 これからは電子カルテの時代だと思います。
 航空券の予約・発券もネットでできる時代。
 チケットはなくなり、
 携帯電話やカードで、
 ‘ピッ…’とするだけで、
 搭乗ができるようになりました。
 医療機関は、
 残念ながら…
 一番IT化が遅れている業種の一つです。
      ■         ■
 私たちが電子カルテの導入で、
 一番困るのが、
 過去のカルテを参照することです。
 昨年の朝日新聞の投稿には、
 韓国の先進的な病院を訪問する機会があった。
 そこでは1958年の開院以来、
 過去の入院診療録約100万件を
 すべてデジタル化して保存しており、
 診療録管理室には約50人のスタッフが配属されていた。

 とありました。
      ■         ■
 これは実にすごいことです。
 電子カルテの導入費用以上に、
 過去の100万件の入力費用がかかります。
 札幌市内の総合病院で、
 電子カルテが導入されました。
 担当の先生が、
 過去のカルテはどうやって見るのですか?
 と聞いたところ…
 『過去カルテの電子化は、
 予算に入っていません』
 とあっさり言われたそうです。
      ■         ■
 私が勤務医をしていた時代に、
 各病院にコンピューターシステムが入りました。
 毎日、快適に動いていたのではありません。
 システム障害が発生すると、
 院内放送で、
 『ただいま、システム障害が発生しています』
 『復旧の見通しは立っていません』
 『各部署では、手書き対応に変更してください』
 という
 悪夢の放送が流れました。
      ■         ■
 外来は私と看護師さんが一人だけ。
 患者さんには…
 『ごめんなさい』
 『今日、お薬を出すと、何時になるかわかりません』
 『申し訳ありませんが、次にしてください』
 『わかりました、先生も大変ですね』
 なんてことがありました。
      ■         ■
 札幌美容形成外科でも
 電子カルテの導入を検討しています。
 今の電子カルテはかなり進歩したようです。
 過去カルテ入力など、
 難問がありますが、
 なんとか早期に導入しようと考えています。
 システム障害になっても、
 お薬は出せるように準備します。

投稿者 sapporobiyou : 23:25 | コメント (0)

2008年09月01日

防災の日

 今日は防災の日です。
 私自身は災害の被害を
 受けたことはありません。
 ただ忘れられないのが、
 札幌医大の学生だった時に経験した
 有珠山の噴火でした。
      ■         ■
 札幌医大第二内科では、
 洞爺湖近くの壮瞥町(そうべつちょう)の
 集団検診を実施していました。
 壮瞥町(そうべつちょう)は、
 横綱北の湖の出身地です。
 小畑敏満(おばたとしみつ)さんが本名です。
 私たち学生は、
 第二内科が募集した
 集団検診の学生アルバイトとして
 検診のお手伝いをしていました。
      ■         ■
 壮瞥町役場近くの旅館に宿泊して、
 早朝から壮瞥町内の検診場所へ行き、
 採血や心電図の準備などをしていました。
 なかなか楽しいアルバイトで、
 そのバイトをきっかけにして
 第二内科に入局し、
 循環器内科医となった友人も
 たくさんいました。
 北の湖のご両親も
 検診にいらしたのを記憶しています。
      ■         ■
 噴火があった時、
 私は旅館の風呂に入っていました。
 同級生が、
 『本間、山が噴火したぞ!』
 『窓から見えるから見てみろ!』
 というので、
 風呂の窓を開けて見たのを覚えています。
 最初は青空に…
 きのこ雲ができて…
 ‘すっげぇ~!’
 てな、感じで眺めていました。
      ■         ■
 すごい!と感動したのは、
 最初のうちだけでした。
 きのこ雲はみるみるうちに…
 空全体に広がり…
 あっという間に青空がなくなり、
 夜のように真っ暗になりました。
 真っ暗になったのが先か?
 その後かは覚えていません。
 稲妻が走り、
 雷がゴロゴロごろごろと
 大きな音を出したかと思うと、
 あっという間に…
 泥の大雨が降ってきました。
      ■         ■
 『窓を閉めろ~!』
 誰かが叫んだように思います。
 旅館の屋根が抜けるか?
 と思うほどの泥の大雨でした。
 道路も通行止め。
 避難しようにも、外へ出られません。
 本当に怖い思いをしました。
 幸いなことに、
 ケガはありませんでした。
      ■         ■
 それからしばらくは、
 集団検診は中止となり、
 私たち学生も、
 道路にたまった火山灰の除去作業を
 お手伝いしました。
 一度しか経験したことがない、
 火山の噴火ですが、
 もう二度と体験したくはありません。
 自然の驚異は恐ろしいものです。 

usu.jpg
札幌医大の学生だった時
後方に見えるのが有珠山
噴火はこの後で起こりました

投稿者 sapporobiyou : 23:24 | コメント (0)