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2009年04月30日

わきが手術と年齢①

 ワキガは思春期になって、
 腋毛が生えてくると気になります。
 子どもの頃は、
 アポクリン腺が発達していないからです。
 女の子の方が、
 早くから気になるようです。
 私たちの世代でも、
 小学校高学年から中学校では、
 女子の方が体格がよかったものです。
      ■         ■
 よく、小学生でも手術ができますか?
 というご質問を受けます。
 私の考えでは、
 小学生や中学校低学年では無理です。
 手術をしてアポクリン腺を切除しても…
 その後に発達したアポクリン腺で、
 また臭いがするようになる可能性があります。
      ■         ■
 女の子はお母さん、
 男の子はお父さん、
 と同じ程度に腋毛が濃くならないと、
 手術をするべきではないと思います。
 一番大切なのは…
 本人が手術を希望しているかどうかです。
 親が必要以上に神経質になっていることもあります。
      ■         ■
 自分が苦労したから…
 子どもにだけは同じ思いをさせたくない…
 親の私の責任だから…
 私から遺伝したから…
 お気持ちはよく理解できます。
 親の責任を感じるのも理解できます。
 親にできることは、
 本人のために一番良い治療を受けさせることです。
      ■         ■
 わきが手術は手術の後が大変です。
 ワキの皮膚を薄く削る手術です。
 腕を動かせませんし、
 ある程度経ってからは…
 マッサージなどをしないと、
 手術した部位が硬いままになってしまいます。
 手術後のマッサージが…
 一番痛かったとよく言われます。
      ■         ■
 中学生は、
 高校受験に向けて勉強をしなくてはならない時期です。
 私は中学生でわきがのご相談にいらした方には、
 高校受験が終わるまで待つようにお話しします。
 高校一年生でも、
 男の子ですと、
 まだまだ脇毛が薄い子もいます。
 そういう子どもさんには、
 大学受験が終わってからの手術をすすめます。
      ■         ■
 心ないクリニックによっては、
 小学生に手術をして、
 高額の治療費を請求するところもあるようです。
 私は…
 本人が気にしていて…
 他覚的(たかくてき)に
 【医師や看護師が臭いをチェックしてみて】
 臭いが強ければ中学生でも手術をすることもあります。
 ワキガ手術こそ
 保険診療で受けていただきたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 20:12 | コメント (0)

2009年04月29日

理想の♥彼♥

 ある女の子の理想の♥彼♥のお話しです。
・優しくて!
・私のことをいつも想っていてくれて!
・お休みの日には…どこかへ一緒に行って…!
・たまには…一緒に美味しいものを食べに行って…!
・お金持ちでなくてもいいから…いつも仲良しで…!
 確かに♥理想の彼♥です。
 実際にこんな人がいたら…
 ほんとうに…いたらいいですね。
      ■         ■
 ‘優しい男性’はいますね。
 でも、毎日まいにち一緒に暮らすようになると…
 お互いに‘わがまま’な部分が出てきますね。
 何でもご自分の言うことを100%きいてくれる…
 どんなことでもしてくれる男性を
 ‘優しい’と勘違いなさる方もいらっしゃいます。
 ‘優しい’のは、
 裏を返すと‘頼りない’に通じることがあります。
      ■         ■
 ‘いつも想っていてくれて…’
 確かに、お互いに知り合って間もない頃は…
 寝ても醒めても…
 想っていますね。
 でも、知り合って一年も経つとどうでしょうか…?
 他にも考えなければならないことは…
 たくさん出てきますね。
      ■         ■
 昨日のTVで、
 俳優の阿部力さんが、
 中国女優の史可(シ・カ)さんと結婚をしたことを
 発表されました。
 毎日、ネットで相手の顔を見ながら…
 パソコンでデートしていると話されていました。
 結婚前で、
 遠距離で、
 たまにしか会えない時期は、
 私も人生で一番幸せな時期でした。
      ■         ■
 ‘お休みの日には…どこかへ一緒に行って…’
 確かに理想ですね
 でも…
 お休みにの日にも…
 回診に行かなくてはならない。
 急患の呼び出しがある。
 臨時手術がある。
 ような生活になると、
 なかなかどこかへお出かけもできません。
      ■         ■
 女性もある程度の社会的な立場になると…
 休日出勤もあるでしょうし、
 休みの日に…
 ご自宅で会社の仕事もありますね。
 また、毎日まいにち…
 朝早くから
 夜遅くまで働いていると…
 休みの日くらい…
 ずっ~と寝ていたいと思いませんか?
      ■         ■
 ‘一緒に美味しいものを食べに行く’のは楽しいですね。
 私は安くて美味しい北大生協の食堂が好きですが…
 高級なレストランは高いですね。
 高級なレストランに行くのに、
 普段着で行くこともできないので、
 ちょっと敷居が高くて、
 疲れることもあります。
 お金がないと行けないところもあります。
      ■         ■
 ‘いつも仲良しで…’は大切なことです。
 でも、
 ‘仲良し’の反対の‘喧嘩’は
 だいたい…
 お金がなくなってくるとはじまります。
 本間家の夫婦喧嘩もそうでした。
 ‘お金持ち’である必要はないと思いますが、
 今の世の中、
 ふつうの生活をする生活費を稼ぐのも大変です。
      ■         ■
 20歳台~30歳台は、
 生涯の伴侶(はんりょ)を決める大切な時期です。
 私は、
 一番大切なのは、
 お互いに信頼の絆(きずな)を持続できることだと思います。
 口ばかりうまくて…
 簡単に人を騙(だま)す
 信じてはいけない人がいます。
 一番大切なのは、
 自分が信じられる人を見つけることです。
 見つけられるを持つことです。
 ノークレーム・ノーリターンの彼は、
 くれぐれも慎重に選んでください。

1981.jpg
30年前の人生で最良の時です

投稿者 sapporobiyou : 21:00 | コメント (1)

2009年04月28日

母娘で挑戦_♥看護師・保健師合格♥

 平成21年4月28日、北海道新聞『いずみ』への投稿です。
 母娘で挑戦
 この春、娘と私はそれぞれ保健師、看護師の国家試験を受験しました。合格発表の日、なかなか回線のつながらないネツトの中に二人の受験番号を確認した時、抱き合って喜びました。一番ほっとしたのは陰の応援者、夫かもしれません。
      ■         ■
 2年前のことです。娘は東京での病院勤めを辞め、保健師を目指して大学の看護学科への編入試験を受験。「お母さんも勉強してみたら。今しかないよ」と背中を押してくれました。
 私は40年近く准看護師の仕事をしてきましたが、自分の年齢も顧みず、通信制看護学科を受験しました。仕事を続けながら2年間で資格を取得しようと放送大学、通信看護学、面接授業、病院見学実習、リポート提出、認定試験など62単位の取得に努めました。
      ■         ■
 この2年間は、私の人生でかけがえのないものになりました。苦労も良き思い出となり、実習で学習センターに宿泊した時は、一緒に学ぶ若い方たちとは目標が同じということもあり、年の差を感じることもなく仲良くさせていただきました。
 娘も大学生活を楽しみながら訪問看護のアルバイトを両立させ、自宅から学校へ毎日往復100㌔、車を運転して頑張りました。
      ■         ■
 プラス思考の娘は念願の離島での保健師として不安と希望をいだいて第一歩を踏み出しています。携帯からの明るい声が私たちを安心させてくれます。頑張ってね。
 北井純子(59歳・看護師)=空知管内妹背牛町
      ■         ■
 北井様、親子に心からおめでとうございます
 祝福のメッセージをお送りいたします。
 大学生のお嬢様はともかく…
 お母様がすごい!
 59歳で看護師の国家試験合格は、
 快挙です。
 私が、もし今年の看護師国家試験を受けたとしても、
 到底合格点はもらえないと思います。
 (医師国家試験ではありません)
      ■         ■
 私は看護学校の非常勤講師を数年勤めました。
 看護師さんに教育するために…
 看護師国家試験問題をよく検討しました。
 自分が専門とする分野はともかく…
 内科、循環器科、呼吸器科、
 公衆衛生学、
 産婦人科(母性)、
 その他たくさんの科目。
 私が医師国家試験を受験してから、
 30年間の医学の進歩は著しいものです。
      ■         ■
 20歳代に比べて、
 50歳代になると、
 記憶力は衰えています。
 20代の若い人ですら苦労する、
 看護師国家試験に、
 59歳のお母さんが合格は、
 ほんとうに素晴らしいことです。
 サポート役のご主人にも、
 心からおめでとうございますと申し上げます。
      ■         ■
 40年もの間、准看護師として働かれたお母様は、
 卒業したての…
 大卒で、
 看護師・保健師の免許取得者より、
 よほど仕事ができる看護師さんです。
 准看護師でも…
 看護師でも…
 仕事の内容に大差はありません。
 私がお世話になった准看護師さんも、
 たくさんいらっしゃいます。
      ■         ■
 59歳のお母さんが、
 お仕事を続けながら、
 放送大学を受講し、
 レポートを提出し、
 もちろん試験も受けて合格は素晴らしいことです。
 どんなに大変だったことかと思います。
 ほんとうにご苦労様でした。
      ■         ■
 私が尊敬する
 まみ子師長さんも、
 同じように看護師免許証を取得されました。
 合格のお知らせをいただいた時…
 とても嬉しかったのを覚えています。
 まみ子師長さんの勤務先の理事長先生も
 どんなに嬉しかったことと思います。
 北井様にはこれからも地域医療のために、
 いつまでもご活躍なさっていただきたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:49 | コメント (0)

2009年04月27日

わきが手術と安静

 わきが手術については、
 HPに記載してあります。
 院長日記でも何度も取り上げています。
 PCの方は右側にあるカレンダーの下、
 携帯の方はメニュー画面に
 【検索】があります。
 ここに[ワキガ]または[わきが]と入力し、
 【検索】ボタンを押していただくと、
 過去の日記が出てきます。
      ■         ■
 [ワキガ]とカタカナで入力した方が、
 [わきが]とひらがなで入力するより、
 多くの日記が出てきます。
 わきが手術で満足度を高めるには、
 できるだけ広範囲に…
 皮膚を薄く削る必要があります。
 そうすると…
 ワキに大きなケガをしたのと同じになります。
 皮膚を剥がしていますから、
 くっつけるためには安静が必要です。
      ■         ■
 リンゴの木に‘接ぎ木(つぎき)’をした時に、
 テープでしっかり固定するのと同じです。
 女性週刊誌の広告を見ても…
 美容外科のHPを見ても…
 わきが手術で…
 一週間も仕事を休まなくてはならない
 とは書いてありません。
 通院不要
 次の日からお仕事ができます
 なんて平気で書いてあります。
      ■         ■
 これらはすべて誇大広告です。
 片方ずつの手術ならまだしも…
 両脇の手術を同時にすると…
 手術後は腕を動かせません。
 日常生活では…
 髪を洗うのも一苦労です。
 わきが手術を多くすればするほど、
 手術の難しさを痛感します。
      ■         ■
 私が手術をしても、
 ケロイド体質だったり、
 キズが治りにくい体質だったりすると…
 治療に長い時間がかかります。
 人によっては…
 色素沈着といって、
 手術した部分に色が長く残る方もいらっしゃいます。
 京都の冨士森先生が、
 生涯に悔いを残すわきが手術のキズ
 という学会発表を2007年になさいました。
      ■         ■
 他院で行われたワキガ手術で、
 生涯に悔いを残すキズの方がいらっしゃいました。
 形成外科医として、
 できるだけの手術をして
 治して差し上げたいと思います。
 でも、残念ながら…
 私がどんなにがんばっても、
 もとのキレイな皮膚には戻せません。
 わきが手術の後は、
 くれぐれも安静を守ってください。

投稿者 sapporobiyou : 22:24 | コメント (0)

2009年04月26日

日本形成外科学会2009-⑤

 今日の札幌は4月下旬なのに、
 なんと雪が降って寒い一日でした。
 日本形成外科学会報告の最終回です。
 今年の日本形成外科学会で、
 私が一番興味深かったのは、
 パネルディスカッションⅣ
 外形美へのこだわりと私の基準
 でした。
      ■         ■
 このパネルには、
 昨日、ご報告した
 京都の冨士森先生の他に、
 自治医科大学形成外科の菅原康志先生、
 ヴェリテクリニックの福田慶三先生、
 長崎大学形成外科の平野明喜先生、
 神戸大学形成外科の橋川和信先生
 がご発表になりました。
      ■         ■
 平野先生と橋川先生は、
 再建外科についてのご発表でした。
 菅原先生と福田先生が、
 美容外科に関係するご発表でした。
 菅原先生は自治医科大学の教授。
 福田先生はヴェリテクリニックの院長。
 どちらの先生も、
 美容外科医として超一流の先生です。
      ■         ■
 菅原先生はご自分でも、
 私は巷ではナチュラル派と呼ばれている
 講演中にお話しされていました。
 とても自然でキレイな輪郭を作られる…
 素晴らしい先生です。
 福田先生は、
 外人顔で有名な先生。
 日本人の顔を西洋人にしてしまうほどの、
 高度の技術をお持ちの先生です。
      ■         ■
 私自身は、
 札幌美容形成外科のHPに書いてあるように…
 イメージは自然
 自然な仕上がりを大切にします
 の
 超ナチュラル派だと、
 自分で勝手に思っています。
 時には、二重の幅が狭い!
 お叱りを受けることもあります。
      ■         ■
 福田先生が学会で見せてくださった症例は…
 どれも素晴らしい仕上がりでした。
 私は、福田先生のように、
 外人顔にする手術は、
 到底できません。
 外形美へのこだわりと私の基準が、
 福田先生とは違うからです。
 形成外科医・美容外科医としての基準が、
 一人ひとり違うのです。
      ■         ■
 福田先生は、
 患者さんのご希望があって、
 その希望を(技術的に)
 叶(かな)えてあげられるのでしたら…
 手術をお引き受けするとお話しされました。
 私は韓国の学会でも
 福田先生とご一緒でした。
 福田先生の技術は韓国でも認められています。
 ストレスの多い手術もあることと思います。
      ■         ■
 今回の日本形成外科学会では、
 こうしてさまざまな基準を持った先生が、
 討論を重ねて、
 とても興味深い内容でした。
 学会では、
 自由に意見を交換できて、
 それが学問としての
 形成外科学の発展につながることが理想です。
 学会長の東邦大学形成外科学講座、
 教授:丸山優先生、
 事務局長の大西清先生、
 有意義な学会をありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 17:42 | コメント (0)

2009年04月25日

日本形成外科学会2009-④

 昨夜、横浜から帰ってきました。
 札幌は少し寒いですが、
 やはり住み慣れた街
 住み慣れた自分の家はいいものです。
 電気かみそりもあるし…
 電動歯ブラシもあるし…
 出張にPCは持って行きますが、
 他のものはホテルのもので済ませます。
      ■         ■
 今回の学会で一番印象に残った発表が、
 京都の冨士森先生のご発表でした。
 パネルディスカッションⅣ
 外形美へのこだわりと私の基準
 冨士森先生のご発表は、
 顔の表情は眼が変える
 冨士森形成外科医院
 冨士森良輔
      ■         ■
 冨士森先生は京都大学のご出身で、
 元京都大学形成外科講師。
 私の恩師である大浦武彦先生と同年代です。
 現役で形成外科医を続けていらっしゃる、
 日本形成外科学会の中でも、
 最古参で、
 形成外科の草分け的存在の、
 重鎮の先生です。
      ■         ■
 今回の冨士森先生のご発表は、
 形成外科の中でも、
 もっとも難しいといわれる、
 義眼床再建(ぎがんしょうさいけん)
 についてでした。
 義眼床再建とは、
 病気で子どもの頃に眼球摘出を受けた方に
 義眼を入れるスペースを作る手術です。
      ■         ■
 眼球摘出となる原因の多くが、
 眼のがんであることが多いため、
 患者さんの多くは放射線治療を受けています。
 義眼を入れるスペースが小さくなるために…
 次第に義眼が入らなくなります。
 小学生くらいの小さな子どもさんから、
 思春期を迎えた頃の方が困っています。
      ■         ■
 ふつうの義眼は、
 ちょっと義眼とは気付かないこともあるくらい、
 よくできています。
 ただ、義眼床再建を必要とする方は、
 上まぶたも下まぶたも障害を受けるために、
 眼の形が変わってしまいます。
 義眼床再建をしても、
 結局…
 患者さんは、
 ずっとガーゼで目を隠し続けることがあります。
      ■         ■
 冨士森先生は、
 ご自分が昔、一生懸命手術をしたけれども…
 術式の誤りで、
 良い結果を出せなかったと…
 懺悔(ざんげ)とも受け取れるお言葉で
 私たちに教えてくださいました。
 私は、冨士森先生のお言葉とご発表に、
 深い感銘を受けました。
      ■         ■
 冨士森先生の半世紀以上にもわたる…
 手術方法の改良によって、
 最近の症例はとても素晴らしい結果でした。
 義眼床再建は、
 私たち形成外科医にとって、
 それほど多く診る機会はありません。
 義眼床再建でしたら、
 京都の冨士森形成外科医院
 をおすすめいたします。
 冨士森先生ありがとうございました
      ■         ■
 冨士森形成外科医院
 京都駅から約200m
 京都市下京区西洞院塩小路上ル
 日生三哲ビル2F
 電話 075-341-2160

投稿者 sapporobiyou : 21:37 | コメント (0)

2009年04月24日

日本形成外科学会2009-③

 学会報告③は美容外科についてです。
 日本形成外科学会の中で、
 美容外科が占める部分は、
 多くはありません。
 全体で500件近い
 口演(こうえん)
 (壇上で話して発表する分)があります。
      ■         ■
 私たちが発表する、
 一般演題の他に、
 特別講演、招待講演、教育講演、
 招待教育セミナー、
 教育セミナー、
 シンポジウム、
 パネルディスカッション、
 モーニングセミナー、
 ランチョンセミナー、
 イブニングセミナー、
 などたくさんあります。
 さくらんぼさんの目に留まった、
 荻野利彦先生は、
 2007年の特別講演でした。
      ■         ■
 この他に、展示演題というのがあります。
 ポスターセッションとも呼ばれます。
 壇上で発表する代わりに、
 自分の発表内容を紙にプリントしてきて、
 それを決められた場所に貼ります。
 その前で時間を決めて討論を行います。
 発表内容をじっくり見ていただけます。
 原稿をしっかり作る必要があります。
 その原稿を元に、
 論文執筆をすることもあります。
 今回の学会では展示は181題ありました。
      ■         ■
 合計700題近い演題の中で、
 美容外科の一般演題は27題でした。
 関連する発表を含めても
 全体の5%程度ですから
 まだまだ多いとは言えません。
 今年の傾向は、
 大学病院からの
 美容外科に関する演題が増えたことです。
      ■         ■
 2009年4月23日(木)のランチョンセミナーで、
 大阪大学_美容医療学寄附講座
 矢野健二教授の
 美容医療の現状と今後
 というご発表がありました。
 国民生活センターへ寄せられた、
 美容医療に関する届け出を調査されました。
 美容医療に関しての、
 さまざまなトラブルが紹介されました。
      ■         ■
 矢野教授は、
①チェーン店:19店
 (全国に5箇所以上のクリニックを展開している美容外科)
②美容外科学会役員をしている
 美容外科開業医:25軒。
③美容外科を標榜している大学病院、
 24大学の価格調査をされました。
 意外と高いのが大学病院でした。
 私のように、
 腋臭症手術を保険診療でしているのは、
 大学病院が65%、
 開業医では10%
 チェーン店では0%でした。
      ■         ■
 私は、全国24もの大学病院に、
 美容外科があるのを知りませんでした。
 いつの間にか増えたものです。
 形成外科すらない国立大学もあるのに…
 独立行政法人になったので、
 自由診療がしやすくなったのでしょうか?
 それでは…
 大学病院の美容外科は、
 安心してかかれるのでしょうか?
      ■         ■
 残念ながら…
 大学病院の美容外科だから、
 安くて安心ではなさそうです。
 ある有名大学の先生が、
 フェイスリフトの発表をなさいました。
 私たち美容外科医が見たら…
 どう見てもクレームになりそうな症例を、
 たるみが取れていると
 ご発表なさっていらっしゃいました。
      ■         ■
 会場にいらした、
 高須克弥先生が、
 その術式で
 マリオネットラインが改善する理由を
 教えてください。
 とご質問なさっていらっしゃいました。
 よほど心が広い人でないと
 高いお金と時間をかけて
 この程度の結果では…
 とも言われていました。
 私もまったくその通りだと思いました。
 美容外科を選ぶのは、
 まだまだ難しいようです。

投稿者 sapporobiyou : 22:49 | コメント (0)

2009年04月23日

日本形成外科学会2009-②

 昨日の日記に書いた、
 多摩美術大学教授、
 岩倉信弥先生の特別講演、
 直伝(じきでん)・本田流ものづくり
 が私が尊敬する、
 塩谷信幸先生のブログでも取り上げられていたので
 驚きました。
 塩谷先生は私の2つ前の席
 (前から5列目あたり?)
 (S席に相当:学会では全席自由です)
 にいらっしゃいました。
 (先生はお気づきではないと思います)
 感動を与えてくださった岩倉先生に感謝いたします。
      ■         ■
 私は、勤務医の時には、
 日本形成外科学会で毎年発表していました。
 学会発表をしないと…
 学会の認定施設を維持できず…
 後輩が専門医を取得できないのです。
 大学に所属していたので、
 研究成果を発表する‘義務’もありました。
 美容外科医になってからは、
 2つの日本美容外科学会のこともあり、
 国際学会以外では発表していません。
      ■         ■
 らずべりーさんごめんなさい。
 今日の学会報告は私が勉強したことの報告です。
 まず、昨日の眼瞼(まぶた)の発表です。
 昨年の『ためしてガッテン
 の影響で眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)の手術が
 全国的に増えました。
 今回の学会でも、
 たくさんの眼瞼下垂症の発表がありました。
      ■         ■
 形成外科学会のよいところは、
 必ず手術前後の写真を出します。
 どんなに有名な大学の先生が発表をしても、
 結果が良くなければすぐにわかります。
 それぞれの先生は、
 自分のベストの写真を出します。
 正直に申し上げて…
 結果には優劣があります。
 一人の先生が何度も発表している施設は、
 その先生が上手になったと
 わかることもあります。
      ■         ■
 眼瞼下垂症が圧倒的多いのは、
 やはり『ためしてガッテン』に出た、
 信州大学形成外科の松尾清教授です。
 信州大学では、
 眼瞼下垂症に関する、
 さまざまな研究もなされています。
 その松尾先生でも
 苦労なさっていらっしゃる例があることを知りました。
 なかなか難しいものです。
      ■         ■
 今回の学会で目立ったのが、
 眉の下を切って皮膚を切除し、
 眼瞼下垂症を治す手術法です。
 私の記憶が正しければ、
 京都の冨士森先生が、
 以前から推奨なさっていらっしゃいました。
 眉の細い、『京美人』には、
 優れた方法だと思っていました。
      ■         ■
 今回の学会では、
 高齢者に、積極的に、
 この眉下切開を行っている施設が増えました。
 『京美人』だけではなく、
 眉が太い男性にもこの手術をしていました。
 眉の中に切開線をもってきても、
 眉で隠れて目立たないことがわかりました。
 二重になりたくないけれど…
 眼瞼下垂症を治したい人には
 よい手術法だと思いました。
      ■         ■
 もう一つは…
 眼瞼下垂症に対する診断基準の発表でした。
 黒目の出かたや、
 眉の上がり、
 おでこの『しわ』、
 などで眼瞼下垂症を診断するのが一般的です。
 コンピューターで解析して、
 黒目の何%が出ていると、
 軽度~中等度~重度と
 分類するか?
 という発表がありました。
      ■         ■
 今は、軽度~重度の診断も
 先生によって違います。
 日本形成外科学会として、
 眼瞼下垂症の診断基準や、
 手術法についての細かな分類を
 確立するのがよいと思いました。
 眼瞼下垂症は奥が深い疾患です。
 患者さんに喜んでいただけるように、
 形成外科医として
 がんばりたいと思いました。

投稿者 sapporobiyou : 20:06 | コメント (0)

2009年04月22日

日本形成外科学会2009-①

 今日から横浜で
 第52回日本形成外科学会です。
 横浜は暖かで、
 北海道とは一ヵ月の差があるように感じます。
 今日は朝から夕方まで、
 学会に参加していました。
 午前9:00から眼瞼(まぶた)の発表がありました。
 信州大学形成外科の先生のご発表が
 たくさんありました。
      ■         ■
 午後は、美容外科の発表を聴きました。
 学会の内容については、
 明日の日記でご報告いたします。
 今日は特別講演でお聴きした、
 多摩美術大学教授、
 岩倉信弥先生の講演について書きます。
 岩倉先生は元本田技研工業㈱
 常務取締役(商品担当)。
 本田技研でデザインを担当されたデザイナーです。
      ■         ■
 講演のタイトルは
 直伝(じきでん)・本田流ものづくり
 岩倉先生は1964年に本田技研工業㈱に入社されました。
 講演の中で、
 創業者の本田宗一郎さんに、
 ホンダの中で一番多く叱られたとお話しくださいました。
 乗用車の天井には、
 両サイドに一本ずつレールのようなものがついています。
 これをモヒカンモールと呼びます。
      ■         ■
 ある日、Honda1300を作っている、
 鈴鹿工場で、
 本田宗一郎さんが、
 かんかんに怒っているので、
 すぐに来るように呼ばれました。
 本田技研が、
 乗用車の生産をはじめた頃です。
 それまで二輪車では、
 スーパーカブなどヒット商品を出していましたが、
 乗用車の生産には慣れていませんでした。
      ■         ■
 当時の乗用車の天井は、
 金属をつなぎ合わせて、
 ハンダ付けをしていました。
 ハンダ付けの部分がガタガタになるので、
 職人さんがその部分を削っていました。
 鉛(なまり)が入ったハンダを削ると、
 職人が鉛中毒になって死んでしまう。
 すぐにやりなさい!
 と真っ赤な顔で、
 社長に怒られました。
      ■         ■
 すぐにということは、
 翌朝には結論を持って
 社長に報告しなければなりません。
 苦心して考えたのが、
 金属の接合部につけるモールでした。
 今の乗用車にはすべてついている、
 天井のモールは、
 本田宗一郎さんに怒られてできた、
 岩倉先生のアイデアでした。
      ■         ■
 本田技研工業㈱は、
 岩倉先生が在籍した35年の間に、
 会社が潰れるかもしれないという危機が
 3度ありました。
 それを支えたのが
 ホンダの原点である、
 買って喜び、
 売って喜び、
 つくって喜ぶ
 という
 3つの喜びです。
      ■         ■
 心をこめて商品をつくる
 (ものづくりを)心底愛し
 信じて身をゆだねる
 難しいほど楽しい
 毎日(いいアイデアやデザインを)考えて、
 そのことを想(おも)っていると…
 ふっといいアイデアが生まれてくる。
 そのことを
 想(そう)なくして創(そう)なし
 講演でお話しくださいました。
      ■         ■
 形成外科や美容外科も、
 デザインをして美を創る仕事です。
 車づくりに通じる部分があります。
 岩倉先生のお話しをお聴きして、
 この大不況の時代に、
 ヒット商品を生み出す、
 ホンダの力の原点がわかりました。
 自分の手術で、
 喜んでいただく
 のが自分の喜びとなることを
 再認識いたしました。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2009年04月21日

仕事と家庭の両立

 よく家内と喧嘩になります。
 『メールの返事書いているから静かにして!』
 『考えているから黙っていて!』
 家内も負けじと反論します。
 『あなたは四六時中仕事をしている。』
 『家庭の団欒(だんらん)というのがない。』
 『じゃぁ、あんた代わりに書いてょ!』
      ■         ■
 私は働き者の頑固おやじです。
 メールのご返事も…
 ためてしまうと書けなくなるので、
 時間がある時に…
 すぐに、ご返事をするようにしています。
 返事に困るメールもいただきます。
 できる限り、
 ‘親切に’ご返事を書くようにしています。
      ■         ■
 海の向こうからでも…
 私を頼ってメールをいただいたのですから…
 できる限りのご返事を差し上げようと思っています。
 世の中には、
 思いもかけずに、
 悲惨な結果に困っていらっしゃる方も…
 少なからずいらっしゃいます。
 私の拙い(つたない)文章を読んで、
 ご相談をいただいたら、
 できる限りお力になりたいと思っています。
      ■         ■
 私は形成外科も美容外科も好きです。
 まだ目も見えるし…
 手も動くので…
 細かい手術もしています。
 一番楽しいのは、
 手術でキレイになっていただいた時です。
 嬉しそうな笑顔を見ると…
 よかったなぁと思います。
      ■         ■
 先日の日記でご紹介した、
 サントリーの広告の文章が気に入っています。
 職場とは
 ともに働き、
 生きる家である。
 仕事は長く厳しいが、
 いつか誇りと品格を得る時が必ずくる。
      ■         ■
 仕事は楽しいことばかりではありません。
 人生も同じだと思います。
 人生で最良の時は…
 長くは続きません。
 若くてキレイだった奥さんも歳をとりました。
 私も今年は55歳になります。
 残された人生を…
 他人に迷惑をかけずに生き、
 少しでも人のお役に立ちたいと思っています。
      ■         ■
 昔は、こんなに仕事も忙しくなく、
 一時間でも一緒にいたいと思ったものです。
 年齢とともに…
 仕事も変わりました。
 こんな私でも頼ってくださる方がいらっしゃると、
 老体に鞭打ってがんばっています。
 日本形成外科学会で横浜へ来ました。
 ホテルで無線LANの設定に手間取り、
 更新が遅くなりました。
 申し訳ございませんでした。

yu1.jpg
24歳の時です。
この頃は喧嘩はしませんでした。

投稿者 sapporobiyou : 23:32 | コメント (0)

2009年04月20日

赤ちゃんが大きくなりました

 産休中の職員が、
 赤ちゃんを連れてクリニックに来てくれました。
 赤ちゃんは生まれた時の体重が…
 2倍になっていました。
 『孫は文句なしに可愛い』
 とはよく言ったものです。
      ■         ■
 妊娠中も働くのは大変なことだと…
 あらためてわかりました。
 私には有給休暇もなく、
 代診も頼めないと偉そうに書きましたが…
 おかあさんも…
 24時間、あかちゃんから目が離せません。
 おっぱいも待ってくれません。
 子どもを育てるのは大変なことです。
      ■         ■
 日本の少子化率は世界でもトップクラスで…
 このままだと国が滅びることになります。
 経済政策も大切ですが、
 子どもを産んで育てるという、
 種の保存にとって大切なことを、
 もう少し真剣に考える時期だと思います。
 私のようなじいちゃん
 ばあちゃんが頑張って働いて…
 子どもを育てやすい社会をつくることが
 大切だと思いました。
 さくらんぼさん
 安産のお守りありがとうございました♪

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投稿者 sapporobiyou : 22:22 | コメント (0)

2009年04月19日

医師の言葉

 医師の言葉について、
 平松様からのコメントをいただきました。
 日常生活に困ってるかい?
 と聞かれたので
 「それほどでもありませんが、曲げ伸ばしが辛い…」
 まで言いかけたときに、
 だから。困ってるかいって聞いてるの
 と言葉をかぶせられ、違う病院を受診してみようと考えました。
      ■         ■
 「痛い」事に困っているから1年も通い続けているのです。
 日常生活に支障があるからではなく、
 痛い事に困っているのです。
 原因のわからない痛みの辛さを切々と訴えました。
 「こちらでわからなかったら諦めようと思って受診させていただきました」
 と言うと、
 本来なら1週間待ちのMRI検査をしてくださり、
 午後からは手術で先生が診察できないにも関わらず、
 時間を割いて結果を教えてくださいました。
      ■         ■
 中学2年生の子どもが
 『先生、ぼくの病気は治るんですか?』
 と医師に尋ねたところ、
 『あぁ、一生治りません。』
 と答えられた先生もいらっしゃいます。
 その先生は、
 札幌市内でも大きな病院の先生で、
 『一生治らない病気』の権威です。
 先生、本人は忘れていらっしゃると思いますし、
 別に悪気があって言ったとも思えません。
      ■         ■
 医師の立場から医師を弁護させていただくと、
 現在の保険医療制度では、
 時間をかけて外来で説明すればするほど、
 病院の赤字が増えます。
 次に待っていらっしゃる患者さんからは苦情が出ます。
 多忙な医師の代わりに、
 困っている患者さんに捕捉説明をしてくれる、
 看護師さんはいません。
      ■         ■
 一人で一日に何十人も外来を診るのは、
 正直なところ辛いものです。
 朝、8:30から診療をはじめて、
 お昼ごはんが15:00なんてこともあります。
 外来で待っていらっしゃる方がたくさんになると、
 必然的にスピードアップを迫られます。
 予約制をとっていて、
 予約時間を2時間以上過ぎても、
 順番が回ってこないこともあります。
      ■         ■
 医師免許がなくてもできるような、
 次回受診日の予約とか、
 手術日の調整など…
 すべて一人の医師がしなくてはなりません。
 電子カルテが導入されると…
 患者さんの方ではなく、
 パソコンの画面に向かって、
 慣れないキーボードと奮闘する先生もいます。
      ■         ■
 こんな混雑した外来で、
 お一人おひとりに丁寧に説明するのは、
 とても大変なことなのです。
 でも、
 一番の問題点は医師側の認識です。
 「お坊ちゃま成功者」
 「お嬢ちゃま成功者」
 として医学部へ入学された学生さんがいます。
      ■         ■
 センター試験で高得点を取った学生さんの、
 国語の能力は…
 マークシートでは良くても…
 実際の医療現場では役に立ちません。
 『おはようございます』
 も言えない医師がいます。
 医学部に入学後に、
 医学英語という科目はありましたが、
 正しい、
 美しい、
 医療用日本語会話なんて科目はありません。
      ■         ■
 私自身を含めて、
 医学部教育に携わる医師で、
 美しい日本語を指導できる教官がいません。
 私は札幌美容形成外科を開業してから、
 美しい敬語を身につける本
 ㈶NHK放送研修センター、日本語センター
 河路 勝 著
 中経出版
 ISBN 4-8061-2163-0
 を購入して日本語勉強しました
      ■         ■
 この本は、
 トヨタ自動車がレクサス販売店を立ち上げた時に、
 従業員の方が参考にしていらした本です。
 テレビでトヨペット店から
 レクサス店へ移動した女性スタッフが
 この本を片手に特訓を受けていました。
 それを東京のレクサス販売店に伺って、
 本を購入しました。
      ■         ■
 医師だけではなく、
 今年、社会人となられた新人さんにもおすすめです。
 名医になるのは難しいですが、
 患者さんにしっかり丁寧に説明できる医師を育てるには、
 日本語の教育が必要です。
 そのためには、
 受験にはない日本語の使い方が必要です。
 もちろん、一番大切なのはその医師の人間性です。

投稿者 sapporobiyou : 19:19 | コメント (0)

2009年04月18日

お母様からのコメント

 4月1日の日記で引用させていただいた、
 北海道新聞の『いずみ』の、
 平松奈緒美様からコメントをいただきました。
 コメント:
 こんばんは。
 札幌医大について色んなサイトを見ていましたら、偶然こちらに辿り着きました。
 ヒットしたタイトルの最後に「四浪」と書かれていたのを見つけ、もしかしたらこの先生も四浪だったのかしら…と思い、早速開いてみましたら、自分が投稿した記事が目に入り驚きました…。四浪は先生ではなく、自分の息子でした…失礼致しました。
 自分の知らないところで、お医者様からこんな有難いお祝いのお言葉を頂いていたなんて感激致しました。メールでやり取りしていた息子にすぐに知らせました。本人もすぐに拝見させて頂き、同様に驚き、そして感激していました。本当にありがとうございます。
 息子は生後7ヶ月で小児喘息の宣告を受けました。小学校高学年までは何度も何度も入退院を繰り返しました。最後の入院は一昨年の10月…医学部を目指して勉強している最中でした。
 発作がおきて時間外に病院に駆け込み、先生の顔を見た時の「やっと楽になれる」と言う安心感が忘れられないと話しておりました。
 まだ漠然としているのでしょうが、小児科医を目指したいと言うのも、そんな経験からなのだと思います。
 息子はこの4年間で、勉強以外のとても大切な事をたくさん学びました。私達親は普通の公務員とスーパーのパートです。してやれる事は限られていましたが、その中で最大限の努力をしてくれたと思っています。私達は医師になって欲しかったのではなく、努力の結果は報われる…人生に無駄はないんだと言う結果と感動を味わってほしいと思い続けていました。それが、息子の願っていた結果に繋がった…と言う事だと思っています。
 長々と失礼いたしました。私も今違う感動を味わっています。本当にありがとうございました。
      ■         ■
 お母様からのコメントは、
 2009年4月18日午前2時32分に着信していました。
 夜遅くまでスーパーで働き、
 深夜にネットで私の日記をご覧いただいたのでしょうか?
 コメントをいただきありがとうございました。
 あらためておめでとうございます
 ご子息は新入生オリエンテーションが終わり、
 講義がはじまった頃でしょうか?
      ■         ■
 今頃の時期は、
 各クラブからの勧誘が盛んで、
 新歓(しんかん)と呼ばれる、
 新入生歓迎のコンパが行われている…?
 のだろうと推測します。
 平松様のご子息だけではなく、
 今年、入学した多くの学生さんが
 新生活をはじめられています。
      ■         ■
 平松様が書かれていたように、
 努力の結果は報われる…
 人生に無駄はないんだと言う結果と感動を
 味わってほしいと思い続けていました。
 私も、まったくその通りだと思います。
 私が尊敬する、
 予備校時代にお世話になった、
 矢野雋輔先生は、
 受験生は厳しいけれど…
 夢がある人生で最もロマンチックな時期だと、
 18歳の私に教えてくださいました。
      ■         ■
 医師になっても…
 仕事はきついし…
 自分の技量に限界を感じることもあるし…
 最善の努力をしたつもりでも、
 最悪の結果となり、
 裁判所で被告席に座らされる医師もいます。
      ■         ■
 私の人生も平坦ではありません。
 かつては同僚に裏切られ
 実の娘にも信頼の絆を切られました。
 ビルの改築問題などで…
 夜も眠れないことがあります。
 でも、こうして嬉しいお便りをいただくと、
 元気を出して働こうという気持ちになれます。
 平松様ありがとうございました。
 ご多幸を祈念しております。

投稿者 sapporobiyou : 21:16 | コメント (1)

2009年04月17日

森のゆ

 『先生、ここの温泉とても疲れが取れるのでどうぞ…』
 と温泉の回数券をいただきました。
 おかげ様で、もう3回も行かせていただきました。
 十勝のモール温泉を思わせる茶色のお湯で、
 とてもリラックスできました。
 お肌もつるつるになります。
 昨夜も行かせていただきました。
 ほんとうにありがとうございます。
      ■         ■
 森のゆ
 〒061-1102
 北広島市西の里511-1
 電話 011-375-2850
 国道274号線沿いにあります。
 札幌から長沼方向へ向かい、
 ゆるい下り坂を下りると、
 JR千歳線の高架下をくぐります。
 次の交差点(厚別東通との交差点)を過ぎてから
 右手の小高い丘の上にあります。
      ■         ■
 JR千歳線で札幌から新千歳空港に向かうと、
 快速エアポートは通過しますが、
 『上野幌駅』付近から、
 左手の丘の上に見えるのが、
 山根園パークゴルフコースです。
 このクラブハウスにあるのが、
 天然温泉『森のゆ』です。
 とてもよいところです。
      ■         ■
 JRから見ると、
 新札幌を過ぎると左手の丘の上に
 札幌日大高校が見えてきます。
 札幌日大高校近くを通る広い通りが
 国道274号線です。
 この道路の右手の丘の上に『森のゆ』が見えます。
 実は、この場所は私がよく通った場所でした。
 ちょうど札幌市厚別区と北広島市の境界近くです。
 昔は山根園というジンギスカンのお店だった気がします。
      ■         ■
 私が中学校3年間を過ごした大夕張と
 札幌を結ぶ定期バスの通路でした。
 中3の時は札幌まで模擬試験を受けに来ました。
 その頃から、
 北海道住宅供給公社が
 北広島の西の里に宅地を開発しました。
 夕日がきれいに見える住宅地です。
 ちょうど札幌市内へ夕日が沈むように見えます。
      ■         ■
 帯広厚生病院へ赴任した3年間は、
 帯広へ帰る道の途中でした。
 ここを過ぎると『札幌…さようなら…』
 逆に帯広から帰ってくると、
 この付近から札幌の街の明かりが見えてきます。
 ようやく『札幌まで帰ってきたなぁ~』と思う場所でした。
 『森のゆ』の露天風呂に入っていると、
 JRの音が遠くに聞こえてきます。
      ■         ■
 快速エアポートの音。
 JR貨物の貨物列車の音。
 列車の音がするたびに見ていると、
 目を閉じていてもわかるようになりました。
 温泉はとてもリラックスできます。
 『森のゆ』の券をくださった、
 ○○様に心から感謝いたします。
 元気をいただいて今日も働きました。
 ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 22:13 | コメント (1)

2009年04月16日

ご主人のお言葉

 さくらんぼさんからいただいたコメントに、
 ご主人の
 あちらの落ち度でも
 こちらが謝るのが
 次につながるんだ
 と主人がいってました。
 が心に残りました。
      ■         ■
 さくらんぼさんのコメントです。
 年配の常連さんで
 ラ・フランスしか買わない方でしたが
 10箱くらい送る方でした。
 電話がきて
 ラ・フランスおいしかった。同じの送ってくれる?」
 と言われ送りました。
 そしたら、すぐ電話がきて
 「何送りましたか?またラ・フランスがきたんだけど」
 私は「ラ・フランスですよね?」
 お客様は「 りんごっていったでしょ!」
 え〜 りんご
      ■         ■
 さくらんぼさん
 ラ・フランスりんごも最高です。
 今まで食べたことがない最高の味でした。
 最高の果物作りには、
 雪がある時期から剪定をなさり、
 芽が出たら
 芽かきをして一株にするという、
 とても手間がかかる作業があることを知りました。
 お得意様に好意で、
 サービス品として入れて差し上げた
 りんご最高だったので、
 そのりんごをご希望だったのですね。
      ■         ■
 札幌美容形成外科にいらしたご婦人も、
 採血後に黒くなったところを心配して、
 朝早くにいらっしゃいました。
 黒くなった部位は、数日でおさまり、
 心配していた手術後の腫れも軽度でした。
 手術後、一ヵ月で
 キズがわからないくらいキレイになったので、
 もう一度治せると思われたのでしょう。
      ■         ■
 担当した受付職員は、
 『私のおばあちゃんも、一人で淋しくてかまって欲しいので…』
 『よく、いろいろなことを言っています。』
 『気になるような左右差ではなく、』
 『目もしっかり見えていました。』
 と言っていました。
 私にはやさしさが欠けていたのかも…?
 とちょっと反省しました。
      ■         ■
 私もさくらんぼさんのご主人のように、
 治して差し上げればよかったのかなぁ…?
 と考えました。
 しかし、健康保険で手術をしていると…
 何度も手術を繰り返すことはできません。
 査定というペナルティもあります。
 たとえ無料で治したとしても、
 逆に気になってしまうこともあります。
 ここが医療の難しいところです。
 さくらんぼさんのご主人にお会いしたくなりました。

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2009年4月14日のラ・フランス

投稿者 sapporobiyou : 18:04 | コメント (0)

2009年04月15日

アカディ

 私は子どもの頃からお腹が弱く、
 中学校時代は、
 よく保健室のお世話になっていました。
 保健室の堀先生はやさしく、
 お腹が弱い私に…
 正露丸をくださいました。
 高校生から予備校生時代には、
 ヤクルトを買って飲んでいました。
      ■         ■
 いつ頃からだったか覚えていませんが…
 お腹の弱い私は、
 アカディという雪印乳業が作った『牛乳』しか
 飲みませんでした。
 ふつうの『牛乳』を飲む時は、
 温めたり、紅茶に混ぜて飲んでいました。
 本間家の冷蔵庫には、
 いつもアカディが入っていました。
      ■         ■
 アカディはふつうの『牛乳』とは違い、
 ちょっと甘みがありました。
 乳糖が分解されているので、
 甘いのだと思っていました。
 愛犬のチェリーを飼ってから、
 犬に『牛乳』を与えてはいけないと
 本で読みました。
 未熟児だったチェリーの仔犬には、
 犬用ミルクを買って与えました。
      ■         ■
 アカディを犬に与えてもよかったのか?
 悪かったのか?
 今でもよくわかりませんが、
 愛犬のチェリーはアカディが大好きでした。
 私が『チェリー、アカディ飲もうか…?』
 と声をかけただけで、
 わんわんと冷蔵庫の方へ行きました。
 アカディは私とチェリーの『牛乳』でした。
      ■         ■
 チェリーが亡くなってからは、
 アカディの減る量が少なくなりました。
 それでも常に冷蔵庫に入っていました。
 アカディは売っているスーパーが限られていました。
 ヨーカドーにはありません。
 ダイエー
 マックスバリュー(旧札幌フードセンター)
 生協
 にしかありませんでした。
      ■         ■
 先週から、
 家内が『お父さん、アカディが見当たらない…』
 と言っていました。
 『今度、生協に行ってみるね』
 代わりに
 「おなかにやさしく」という、
 赤いパッケージの牛乳が冷蔵庫にありました。
 その「おなかにやさしく」を飲んだら、
 夜に私のお腹が…
 ごろごろゴロゴロと大騒ぎしていました。
      ■         ■
 昨夜、ネットで検索して…
 ようやくアカディ
 「おなかにやさしく」になったことを知りました。
 スーパーでも、
 アカディがなくなるというお知らせは見ませんでした。
 お世話になったアカディありがとう。
 無くなるのだったら…
 チェリーとの想い出の味を
 ゆっくりと味わっておけばよかったです。

aka.jpg

投稿者 sapporobiyou : 19:34 | コメント (0)

2009年04月14日

美容外科医の悲哀

 美容外科の先生は、
 高給で…
 当直がなくて…
 キレイな女の人を相手にして…
 さぞ優雅な生活だろうと…
 思っていらっしゃる方は?
 いらっしゃいませんか?
      ■         ■
 当直がないのは事実ですが、
 朝から深夜まで働いています。
 私からのメール返信が深夜で、
 驚かれた方も少なくないと思います。
 一年365日、
 一日も休まずに働いています。
 有給休暇もありません。
 代診を頼んだこともありません。
      ■         ■
 高給優遇だったのは…
 過去の話しです。
 今、高給優遇で迎えられるのは…
 レーシック専門の眼科医です。
 でも、そのうち価格破壊が進みます。
 高給優遇は長くは続きません。
 機械さえあれば、
 眼科専門医でなくてもできる手術は、
 あっという間に安くなります。
      ■         ■
 キレイな女の人相手の手術は疲れます。
 もともとお直しの必要がないくらい美人です。
 ちょっとの失敗も許されません。
 若い男性相手の包茎手術の方が…
 『世界中どこへ行っても…』
 『恥ずかしくないように手術するので、』
 『がんばってくださいょ!』
 とか…言って手術しているので気が楽です。
      ■         ■
 私はキレイな花を見るのも、
 作るのも好きです。
 高校生の時から趣味の園芸を見ていました。
 (最近は時間がないので見ていません)
 毎日診療をしていると、
 患者さんから…
 励ましていただくことが多いのですが、
 たまに凹むことがあります。
      ■         ■
 昨日いらした高齢の女性です。
 採血の痕が少し黒くなっただけで、
 心配してクリニックにいらしていました。
 皮膚も血管も弱く、
 ふつうに採血しても黒くなります。
 手術をすると、もっと黒くなって、
 パンダのようになることもありますょ。
 ご心配でしたら手術はなさらないでください。
 と何度も申し上げました。
      ■         ■
 手術日もご心配なようでしたので、
 娘さんに手術室に入っていただき、
 手術中も娘さんに手を握っていていただきました。
 細心の注意を払って止血し手術をしました。
 腫れは軽度でした。
 とても見やすくなったと喜んでいらっしゃいました。
 昨日、一ヵ月後にいらして…
 片方だけ半分しか切っていないので
 下がってきたので治して下さい。
 と言われました。
      ■         ■
 左右とも切った長さはまったく同じ。
 若干の左右差はあるものの…
 黒目はしっかり出ていました。
 職員が見ても
 私が見ても
 再手術で治すような左右差ではありませんでした。
 術前と術後の写真を準備して、
 再手術をすると、
 もっと左右差が目立つことを、
 丁重にご説明いたしました。
      ■         ■
 ご満足いただけないのは、
 私の技術不足のためです。
 申し訳ございませんが、
 技術の限界を感じました。
 こんなことがあるととても疲れます。
 昔、北大形成外科の先輩が
 おばあさんの手術をして、
 手術部位から糸が出てきました。
 何度か続けて糸が出たので、
 『どうせ安い糸つかってんだべさ!』
 と言われて凹んでいました
 当時、使っていたのは最高級の糸でした。
 こんなこともたまにあります。

投稿者 sapporobiyou : 21:16 | コメント (0)

2009年04月13日

北大植物園

 昨日の休診日に、
 北大植物園見に行ってきました。
 北大植物園は、
 名前の通り北海道大学の附属研究施設で、
 札幌農学校時代に、
 クラーク博士が農学教育に植物園の必要性を建議され
 設置された施設です。
 明治19年(1886年)開園以来約120年。
 園内は広さ13万3千㎡、
 120年前の自然地形に
 約4000種の植物を栽培・分類し
 生態学的展示を行なっています。
 (北大植物園HPより引用)
      ■         ■
 住所:札幌市中央区北3条西8丁目
 電話:011-221-0066
 4月29日「昭和の日」から開園 (5月4日のみどりの日は無料開放
 開園日:4月29日~11月3日
 休園日:毎週月曜日(月曜日が祝祭日の時は翌日)
 開園時間:
 4月29日~9月30日_AM9:00~PM4:00(退園時間PM4:30)
 10月1日~11月3日_AM9:00~PM3:30(退園時間PM4:00)
 入園料:
 大人(高校生以上)400円
 小人(小・中学生)280円
      ■         ■
 現在は冬季閉園中で温室のみ開館しています。
 私が見に行ったのは、
 植物園南側にある塀の内側に咲いている花です。
 ここは、私が平成元年~平成6年まで勤務した、
 旧市立札幌病院の北側です。
 現在はSTV札幌テレビ放送の隣に
 ヤマダ電機が新店舗を建設中です。
 その向いでひっそりと紫の花が咲いていました。
 植物園HPを見ても名前がわかりません。
 おそらくそこの住宅に住んでいらした
 職員の方が植えられたのでしょう。
      ■         ■
 意外と知られていない、
 札幌という大都市の中にあるオアシスのような、
 北大植物園です。
 現役の北大生と北大職員は、
 入園料が無料です。
 私も北大形成外科に勤務していた頃に、
 一~二度、無料で入園させていただきました。
 札幌美容形成外科からも歩いて10分以内で行けます。
 お時間がある時に、是非一度訪れてください。

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北大植物園に咲いていた花
2009年4月12日

投稿者 sapporobiyou : 22:30 | コメント (0)

2009年04月12日

北大形成外科アカデミー

 昨日、平成21年4月11日(土)午後4時から
 ルネッサンスサッポロホテルで
 第16回北大形成外科アカデミーが開催されました。
 北大形成外科の勉強会です。
 内容は、
 ①留学報告 市立札幌病院形成外科、堀内勝己 先生
 ②教育講演 北大形成外科、山本有平 教授
 ③特別講演 埼玉医科大学国際医療センター皮膚腫瘍科 堤田 新 先生
 の3題でした。
      ■         ■
 このうち、堤田 新(つつみだあらた)先生の
 特別講演をご紹介いたします。
 堤田(つつみだ)先生は、
 形成外科の中でも、
 特に皮膚悪性腫瘍の権威です。
 元、北大医学部野球部監督。
 形成外科へ入局したのも、
 野球部の先輩である、
 杉原平樹(すぎはらつねき)先生(元、北海道大学病院長)
 吉田哲憲(よしだてつのり)先生(市立札幌病院_院長)
 のお二人がいらしたからです。
      ■         ■
 講演の抄録です。
 形成外科での皮膚がん治療皮膚がん治療での形成外科
 一般的に形成外科は専門性が高いと言われますが、その診療、研究分野は多彩で、形成外科の中でもさらなる専門領域へ細分化しつつあります。
 私は北大形成外科入局し、自分の専門とする分野を腫瘍(主に皮膚がん治療)として以来、これまでいろいろな方に出会い、ご指導いただき、お世話になりやってきました。ここまでこの道でやってこれたのも北大形成外科という母屋があったからこそです。
 この度、長年お世話になった北大形成外科から埼玉医大国際医療センター 包括的がんセンター皮膚腫瘍科に移籍いたしました。
 本講演では、皮膚腫瘍(外科)医として皮膚がん治療に対する現在の私の考え、思いをお話ししたいと思います。
      ■         ■
 形成外科医の仕事で、
 一番多いのが皮膚良性腫瘍の手術です。
 一般病院の形成外科で、
 手術件数が断トツに多いのに、
 形成外科で皮膚のできものを手術してくれるのを
 知らない方が多いと思います。
 皮膚科で手術をしても
 外科で手術をしても
 形成外科で手術をしても料金は同じです。
 形成外科の方がキレイに治してくれます。
      ■         ■
 皮膚悪性腫瘍(ひふあくせいしゅよう)とは、
 皮膚癌(ひふがん)のことです。
 皮膚癌の治療は、
 手術だけではなく、
 抗がん剤、
 放射線治療(ほうしゃせんちりょう)、
 免疫療法(めんえきりょうほう)、
 緩和医療(かんわいりょう)など
 多岐にわたります。
      ■         ■
 皮膚癌の治療は、
 皮膚科や一部の形成外科が行っています。
 形成外科医の中には、
 皮膚癌の治療をしない人もいます。
 残念なことですが、
 皮膚癌の診断から手術まで、
 さらに化学療法や免疫治療まで、
 すべてに関してのエキスパートはなかなかいません。
      ■         ■
 今、もし私が皮膚がんになったら、
 真っ先に相談するのは、
 市立札幌病院の吉田哲憲先生です。
 2009年1月2日の、
 セカンド・オピニオンという日記に書いてあります。
 堤田先生はこれからの日本で、
 皮膚悪性腫瘍の権威になります。
 堤田先生は、
 とても穏やかで優しく腕のよい先生です。
 がんにはなりたくありませんが、
 もし皮膚がんでお困りでしたら、
 堤田先生を推薦いたします。

投稿者 sapporobiyou : 21:13 | コメント (0)

2009年04月11日

お肌に悩む看護師さん

 うす毛のことを
 一番考えているのは…
 うす毛に悩んでいる
 お医者さんで~す
 たぶん…
 だとしたら…
 お肌のことを
 一番考えているのは…
 お肌に悩んでいる
 看護師さんです
 たぶん…
      ■         ■
 夜勤がある看護師さんは、
 生活が不規則になります。
 食事時間も…
 バラバラになります。
 せっかく夜勤手当をいただいたのに…
 お肌が台無しになって、
 夜勤手当以上に…
 お肌の治療費がかかった!
 というとても悲しいこともあります。
      ■         ■
 私は皮膚科専門医ではなく、
 ニキビ治療を積極的に行っていません。
 ニキビに悩む看護師さんのお肌
 手術用顕微鏡を使って治療しました。
 ニキビの芯を取ったり、
 白くなった‘かたまり’を取りました。
 ニキビと毛
 ニキビ
 ニキビの芯
 という日記に書いてあります。
      ■         ■
 毛が原因でできている、
 お肌のトラブルは、
 毛をレーザーフェイシャルで焼く
 快くなります。
 化粧のりがよくなると好評です。
 お肌に悩んだ看護師さんは、
 とても親切で丁寧です。
 自分が困っていたことは、
 誰よりも、よくわかります。
      ■         ■
 札幌美容形成外科にも、
 優しくて親切な看護師がおります。
 自分自身がお肌で悩んでいたので、
 私以上に…
 お肌の悩みに詳しく、
 親切で丁寧です。
 私の宝物です。

投稿者 sapporobiyou : 21:40 | コメント (0)

2009年04月10日

うす毛に悩むお医者さん

 TVで
 うす毛のことを
 一番考えているのは…
 うす毛に悩んでいる
 お医者さんで~す
 たぶん…
 というCMを見ました。
      ■         ■
 私はうす毛に悩んでいた、
 皮膚科の偉い先生を、
 何人も知っています。
 大学病院では、
 一般病院で使われる前に、
 臨床試験という治療が行われます。
 通称、治験(ちけん)といいます。
 海外の学会へ行った時に、
 うす毛に効く新薬
 現地で入手することも可能です。
      ■         ■
 まず、ご自分の頭でテストできます。
 真っ先に…
 ご自分で臨床試験をしているという、
 うわさを耳にしたことがあります。
 残念なことに…
 私が知っている皮膚科の偉い先生は、
 あまり効果がなかったようです。
 毛はどんどん薄くなりました。
      ■         ■
 私が知っている、
 うす毛に悩むお医者さんで、
 髪がふさふさになっているのは、
 横浜の今川賢一郎先生です。
 今川先生は、
 ご自身で植毛手術を受けていらっしゃいます。
 今川先生のHPの記載です。
 頭髪がさみしくなるというのは、その人しか分からない深刻な悩みです。
 それだけに日々の抜け毛に一喜一憂、涙ぐましいばかりの努力をしているのではないでしょうか?
 こうした心配や悩みに対して育毛剤、民間治療、カツラなどの手段もあるにはあったのですが、ここ最近は生毛植毛がその劇的な効果のために脚光をあびてきました。
 生毛植毛のルーツはもともと日本なのですが美容医療先進国のアメリカが1960年以降臨床に応用し、1990年代に入ってから革命ともいえる技術革新がおこり現在に至っております。
 私共は我が国でも最新のヘア治療法の確立が急務であり、それが時代の要求でもあると痛感しその普及に努力してきました。
 ただ、ここ数年、生毛植毛がやっと認知されるようになってきた反面、この分野に新規参入した医師達の技術的未熟さやビジネス至上主義によるトラブルも増加しているのも事実です。
      ■         ■
 残念なことですが
 人工毛や自毛植毛を、
 大々的に宣伝している大手クリニックもあります。
 医師や歯科医師ですら、
 その大手クリニックに騙されています。
 有名な俳優さんを使ったCMで、
 たくさんの人からお金を取っています。
      ■         ■
 私が推薦する、
 うす毛に悩むお医者さん
 ほんとうに実力があるのは、
 ヨコ美クリニックの今川先生です。
 今川先生のところでは、
 植毛手術だけではなく、
 内服薬や外用剤による治療もなさっていらっしゃいます。
 うす毛に悩む方は男性も女性も、
 今川先生にご相談ください。
 私が推薦いたします。

投稿者 sapporobiyou : 22:03 | コメント (0)

2009年04月09日

サントリーのエール広告

 平成21年4月1日の朝日新聞朝刊に、
 サントリーの広告が掲載されました。
 残念なことに、
 北海道版には掲載されませんでした。
 その伊集院静さんが書いた文章が好評で、
 4月7日の朝日新聞夕刊に掲載されました。
 私もよい文章だと思いました。
 引用して掲載します。
      ■         ■
 その仕事は
 ともに生きるためにあるか
 新社会人おめでとう。
 君は今春、どんな仕事に就いただろうか。どんな仕事、職場であれ、
 そこが君の出発点だ。
 今、世界は経験したことのない不況にある。金を儲けるだけが、自分だけが富を得ようとする仕事が愚かなことだと知っていたはずなのに、暴走した。なぜ止められなかったのか。それは仕事の真の価値を見失っていたからだ。人を騙す。弱い立場の人を見捨てる。自分だけよければいい。それらは人間の生き方ではないと同時に仕事をなす上でもあってはならないことだ。仕事は人が生きる証しだ、と私は考える。働くことは生きることであり、働く中には喜び、哀しみ、生きている実感がたしかにある。
 だから出発の今、真の仕事、生き方とは何かを問おう。
 その仕事は卑しくないか。
 その仕事は利己のみにならないか。
 その仕事はより多くの人をゆたかにできるか。
 その仕事はともに生きるためにあるか。
 今何より大切なのはともに生きるスピリットではなかろうか。一人でできることには限界がある。誰かとともになら困難なものに立ちむかい克服できるはずだ。会社とは、職場とはともに働き、生きる家である。仕事は長く厳しいが、いつか誇りと品格を得る時が必ずくる。笑ってうなずく時のために、新社会人の今夜はともに祝おう。
その日のために、皆で、ハイボールで乾杯。

 その日のために、皆で乾杯。
 伊集院 静
 (以上、朝日新聞の広告より引用)
      ■         ■
 私もその通りだと思います。
 職場とは
 ともに働き、
 生きる家である。
 仕事は長く厳しいが、
 いつか誇りと品格を得る時が必ずくる。
 私はお酒はほんの少ししか飲みません。
 このサントリーの広告は気に入りました。
      ■         ■
 私のような個人経営のクリニックは、
 院長も職員も家族のようなものです。
 自分の子どもと過ごすより、
 長い時間を職員と共有し仕事をします。
 美容外科や形成外科は、
 見た目を治す仕事です。
 私はこの仕事が好きです。
 患者さんの喜ぶ顔を見るのが、
 生きがいです。
 つらいこともありますが、
 がんばって仕事をしています。
 生きるためです。

投稿者 sapporobiyou : 17:11 | コメント (0)

2009年04月08日

死後の願い

 私は、医師でありながら…
 平成元年(1989年)に
 市立札幌病院に勤務するまでは、
 脳死とはどんな状態か?
 知りませんでした。
 毎日救急部へ行って、
 重症の外傷や熱傷の患者さんを、
 救急の先生と一緒に治療していました。
 私はそこではじめて脳死の患者さんを診察しました。
      ■         ■
 それまでは、漠然としか脳死を知りませんでした。
 救命救急の現場で、
 脳死とはどのような状態であるかを知りました。
 実際に、そこでチーム協力者として働いてみて…
 脳死になった患者さんがどのような状態で、
 どのような経過を取るかわかりました。
 ご家族の苦しみや、
 経済的な負担もわかりました。
      ■         ■
 私は30歳台でした。
 自分が脳死になったら臓器提供をしようと思いました。
 ある日、腎バンクの登録希望者を募集していたので、
 私はすぐに腎バンクに登録しました。
 その後、臓器移植法が整備され、
 臓器提供意思表示カードを医師会でもらいました。
 腎臓提供カードから、
 1998年に臓器提供意思表示カードに切り替えました。
 私の臓器や組織は、
 ボロボロで使い物にならないかも知れませんが?
 自分の死後に臓器が役に立つなら喜んで提供します。
      ■         ■
 自分が死んでからも…
 誰かの役に立って、
 誰かの体の一部として‘生きて’いたいと思っています。
 前にも書きましたが…
 できれば…
 私の体の一部でも(キレイな)女性の中で‘生きて’いたい…
 というのがひそかな願いです。
 家内は…
 『そんなこと言ったって無理ょ』
 と冷ややかに見ています。
 さくらんぼさんにも叱られるかなぁ…?

投稿者 sapporobiyou : 17:58 | コメント (1)

2009年04月07日

はじめての葬儀

 急性心筋梗塞で急逝した岳父の葬儀は、
 はじめての経験でした。
 家内と母は、呆然(ぼうぜん)とし、
 何も考えられない状態でした。
 義弟は、
 『どうしたんや…?』
 『じいちゃん』と号泣しましたが、
 気を取り直しました。
 義弟と私が親戚と相談しました。
      ■         ■
 頼りになったのは、
 島根県からいらした、本家のご長男でした。
 私より少し年上で、当時40歳台でした。
 義父の長兄はすでに他界していました。
 本家のご長男は葬儀や死後の手続きなど、
 何でも熟知していました。
 すごいと思いました。
 恥ずかしながら…
 私は54歳なのに、
 本間家の家紋も知りません。
 学校では教えてくれない、
 世間の常識が欠落していることを知りました。
      ■         ■
 家内は神戸で育ちましたが、
 子どもの頃は国鉄の官舎に住んでいました。
 義父が国鉄を退職後に、
 奈良県香芝市(かしばし)の新興住宅地に住みました。
 香芝市は奈良時代からの古い町並みと、
 しっかり整備された新興住宅地の、
 2つの異なったタイプの町並みがありました。
 浄土宗の林法寺は、
 実家からすぐ近くで、
 古い町並みと新しい街の境界にありました。
      ■         ■
 新興住宅地の場合、
 檀家でもない限り、
 お寺とのお付き合いはありません。
 私たちも実家へ帰る度に、
 お寺があることは知っていました。
 でも、まさかそこのお寺にお世話になるとは、
 夢にも思っていませんでした。
 山田様という和尚様が、
 おじいちゃんにお経を上げに来てくださいました。
 さすが奈良のお坊さんは徳の深い方でした。
      ■         ■
 地元の葬儀社の方がいらっしゃいました。
 葬儀をどこで行うか?
 参列者の数は?
 はじめての私たちには、
 想像もつかないことばかりでした。
 祭壇の大きさ?
 予算?
 何から何までわかりません。
 ここでも本家のご長男が活躍されました。
      ■         ■
 『うちは○○人やったけど…』
 『おじさんは、現職やから…』
 と参列者の数は、経験者でも想像がつきません。
 おじいちゃんの会社の方が、
 アドバイスをくださいました。
 退職後9年とはいえ、
 大鉄工業というJR西日本の軌道工事をする、
 大阪支店大阪営業所長をしていました。
 亡くなって葬儀にいらしていただいた方から、
 私はあらためて義父の偉大さを知りました。
      ■         ■
 葬儀社が推薦してくれたのは、
 地元の町内会館でした。
 実家から比較的近くでした。
 当時は今のようにセレモニーホールというような、
 葬儀専門のホールは近くにありませんでした。
 私は義弟とその会館を下見に行きました。
 夜遅くで閉まっていましたが、
 外観だけで狭いのがわかりました。
 ここでは(参列者が)入らないと直感しました。
 その足で林法寺へ行きました。
 立派な門がある大きなお寺でした。
      ■         ■
 亡くなった夜は、
 島根県からいらした親戚から、
 おじいちゃんの生い立ちや、
 今までの生活などをお聞きしました。
 私はそれをメモして、
 おじいちゃんの歴史と簡易家系図をつくりました。
 そのメモを清書して、
 翌日、義弟や親戚とお寺に持参しました。
 お寺で葬儀を営めないか?と
 ご住職の山田様にお願いしました。
 山田様はお話しを聞いて下さり、
 お寺の本堂での葬儀を承諾してくださいました。
      ■         ■
 お寺の境内には桜が咲き、
 立派な本堂に祭壇ができました。
 おじいちゃんの歴史から、
 慈徳大願居士という戒名をいただきました。
 小学校を出て国鉄に就職。
 働きながら定時制高校を卒業し、
 大阪工業大学2部へ進学、
 卒業はできなかったらしいですが、
 国鉄の保線区長にまでなったおじいちゃんに、
 ぴったりのいい戒名だと思っています。
      ■         ■
 私は家内には、よく文句を言っていますが、
 義父のことを立派な人だと尊敬しています。
 4月5日に義父の17回忌がありました。
 私は行けませんでしたが、
 家内と義母に
 一日の京都旅行をプレゼントしました。
 私の義父に対する供養です。

投稿者 sapporobiyou : 23:07 | コメント (0)

2009年04月06日

命日(めいにち)

 今日、4月6日は、
 岳父(がくふ:家内の父)、
 故_片寄茂八(かたよせもはち)の命日です。
 平成5年(1993年)に、
 兵庫県三田市(さんだし)のゴルフ場で、
 急性心筋梗塞で亡くなりました。
 64歳でした。
 65歳になる23日で前でした。
      ■         ■
 その日は火曜日でした。
 市立札幌病院皮膚科の外来で、
 13:30から診療を開始して、
 間もなくでした。
 看護婦さんが、
 『先生、奥さんから電話です』
 と電話を取り次いでくれました。
 『こんな時間に何だろう?』
 『子どもがケガでもしたのかなぁ…?』
 と思って電話に出ました。
      ■         ■
 電話を取ると…
 家内の声が震えていました。
 『おじいちゃんが…』
 『おじいちゃんが…、死んだって…』
 それを聞いて、
 私は自分の父親が亡くなったと、
 一瞬、思いました。
 市立札幌病院へ勤務してから、
 私は、毎日、救急部で、
 ‘ある日突然亡くなる人’を見ていました。
      ■         ■
 市立札幌病院の正面玄関は、
 午後7時に閉まっていました。
 その後は、救急部の横が通用口でした。
 私が帰宅するのは、
 午後7時以降が多く、
 救急部の公衆電話から、
 身内の急逝(きゅうせい)を伝える方を、
 何度も目にしていました。
 まさか、自分の身内が急逝するとは…
 しかも、家内の父が亡くなるとは…
 夢にも思っていませんでした。
      ■         ■
 家内に、
 『すぐに帰るから航空券を手配して』
 とそれだけを指示しました。
 私は4月に赴任したばかりの、
 竹野巨一(たけのなおかず)先生に外来をお願いし、
 直属の上司である皮膚科主任医長の
 嶋崎匡(しまざきただし)先生に報告をしました。
 亡くなったことが信じられず、
 搬送された、
 三田市民病院へ電話をしました。
      ■         ■
 義父の最期を診てくださった、
 担当の先生とお話しができました。
 『救急車で搬送されていらした時は、心肺停止でした』
 『蘇生(そせい)を試みましたが、戻りませんでした』
 亡くなったのが、
 家内の父であることを確認しました。
 亡くなる2日前まで、
 私の子どもたち2人(小4と小2)が、
 家内の実家に遊びに行っていました。
      ■         ■
 『おじいちゃんに遊園地に連れて行ってもらった』
 『おじいちゃん、ちょっと辛そうだった』
 『酸欠でなぁ』と休んでいた。
 など子どもと話していたところでした。
 今から考えると、
 下肢の動脈が細くなって、
 足が冷たいというので、
 登山用の靴下を送っていました。
 他にも前兆らしき症状がありました。
      ■         ■
 幸い飛行機に空席があり、
 午後のJALが取れました。
 新千歳空港に着くと、
 JASが少し早く出るというので、
 JASに変更しました。
 いつもはANAですが、
 この時は少しでも早い便に乗りました。
 当時は機内に公衆電話があったので、
 機内から実家へ電話をしました。
      ■         ■
 伊丹空港に到着しました。
 いつも、
 『よく来た』と出迎えてくれた義父はいません。
 空港からタクシーで、
 高速道路を飛ばしました。
 家内は一言も話しません。
 実家に着いたのは、
 午後7時頃でした。
 顔に白い布をかけられた義父が、
 布団の上に横たわっていました。
      ■         ■
 どうしてこんなことになったのか…?
 途方に暮れていました。
 そのうち、
 親戚の人たちが
 島根県から駆けつけて来ました。
 私たちは北海道からでしたが、
 東京へ出張中の義弟よりも、
 島根県からの親戚よりも
 早く着きました。
 私にとっては、唯一の救いでした。
      ■         ■
 家内は、
 『私が北海道へお嫁に来たので、お父さんが早く死んだ』
 と悔やんでいました。
 家内が回復するまで、
 何年もかかりました。
 人が亡くなる場面には慣れていた私も、
 亡くなった後のことは、はじめての経験でした。
 人が亡くなるとこんなに大変だとは知りませんでした。
      ■         ■
 親戚の人たちから、
 菩提寺(ぼだいじ)のことや、
 葬儀のことなどを教えていただき準備しました。
 おじいちゃんは、
 慈徳大願居士という名になりました。
 浄土宗の林法寺(りんぽうじ)というお寺で
 葬儀を営みました。
 桜が満開できれいでした。
 何年経っても忘れられない日です。

投稿者 sapporobiyou : 21:36 | コメント (0)

2009年04月05日

縫い方の練習

 私が医学生だった30年前も、
 現在の医学教育でも、
 採血
 縫合法(ほうごうほう)も、
 教室で勉強するだけで、
 人間
 実験台にしての
 練習はできません。
      ■         ■
 採血でしたら…
 学生同士で練習ができますが…
 さすがに…
 学生同士を
 切って
 縫う
 のはできません。
 人間にメス入れて
 切るのは…
 医師免許証を持った人にしか許されていません。
      ■         ■
 私が札幌医大形成外科の講師をしていた
 10年前に、
 形成外科を選択した6年生の学生さんに、
 縫合法という『縫い方』を教えました。
 人の皮膚を縫うことはできないので、
 皮膚に見立てた
 医療用材料(スポンジ)を、
 ナイロン糸という実際に使う糸で縫合します。
      ■         ■
 ナイロン糸は高く、
 一本、最低数百円はします。
 学生実習でも、
 手術に使う糸しか売っていません。
 一人で何本も使います。
 慣れない学生はすぐに糸を切ってしまったり、
 針を曲げてしまったりします。
 少ない予算で、
 この糸を買うのも大変でした。
      ■         ■
 糸も高価ですが…
 持針器(じしんき)という、
 針と糸をつかむ器械や、
 先の細い摂子(せっし:ピンセットのこと)も、
 高価です。
 これらの器械を揃えるのにも、
 お金がかかりました。
 予算がなかったのです。
      ■         ■
 不思議に思われるかもしれません。
 医師免許証がないと…
 切ったり縫ったりできないのに…
 実際の医学教育では、
 この切って縫う練習は、
 必須科目ではありませんでした。
 自動車の運転免許証を与えるのに、
 学科だけで、
 コースも路上もなしで、
 ペーパーテストだけで免許をもらえるようなものです。
      ■         ■
 美容師さん理容師さんの試験には、
 実技があるようですが、
 医師国家試験にも、
 看護師国家試験にも、
 実技試験はありません。
 医師免許証をいただいても、
 新米医師は何もできません。
      ■         ■
 実際に医師免許証を取得してから、
 はじめて手術を担当させていただきます。
 医学部では実際にメスを持って、
 切ることは教えてもらっていないのです。
 医師免許取得前は、
 仮免許なんてのはありません。
 大学の実習で人間を
 切ったり縫ったりはできないのです。

投稿者 sapporobiyou : 21:01 | コメント (0)

2009年04月04日

採血の練習

 私が医師免許証を取得したのが、
 昭和55年(1980年)です。
 今では信じられないことですが、
 免許取立ての頃は、
 採血も満足にできませんでした。
 医師免許を取得するまでに、
 私が採血をしたのは…
 医学部の生化学実習で一度だけでした。
      ■         ■
 私が採血をしたのは、
 同期の三浦純一先生でした。
 なんとか採血できましたが、
 採血の痕が残りました。
 私から採血したのも、
 三浦純一先生でした。
 学生同士で採血をしました。
 三浦純一先生も
 私の太くて見やすい血管からでも、
 採血するのが大変でした。
      ■         ■
 三浦純一先生は
 旭川赤十字病院で、
 長い間、小児科部長をした後で、
 みうら小児科クリニックを開業されています。
 今ではどんなに小さな子どもさんからでも、
 採血ができると思います。
 小児科の先生は採血のエキスパートです。
 その生化学実習は、
 採血の練習が目的ではなく、
 血液中の脂質?か何かを測定するために、
 血液を取る必要があったために、
 学生同士で採血をしただけでした。
      ■         ■
 看護師さんも、
 看護師免許を取得するまでは、
 患者さんからの採血はできません。
 免許取得後に、
 はじめて他人に針を刺せます。
 最初は誰でも下手です。
 何回も失敗して、
 針を刺した回数が増えれば増えるほど、
 上達するものです。
      ■         ■
 中学校を卒業後に、
 高校の衛生看護科に進学すると、
 18歳で准看護師の免許証を取得できます。
 大卒で保健師・看護師の免許証を持った人より、
 高卒後に准看護師を取得。
 実務経験を積みながら、
 看護師となった方の方が、
 採血も注射も上手です。
      ■         ■
 私が北大形成外科の研修医となった頃は、
 静脈注射は医師の仕事でした。
 実際には、
 看護師さんの方が、
 はるかに上手でしたが、
 研修医の仕事として、
 私たちが注射針を刺していました。
 忍耐強い患者さんが、
 『先生、今日は3回まで』
 3回まで失敗しても許してあげるね
 注射をさせてくださいました。
      ■         ■
 私に包帯の巻き方を教えてくださったのは、
 北大形成外科外来の看護師、
 畑端雅子(はたばたまさこ)さんでした。
 何かわからないことがあると、
 はたばたさ~ん
 はたばたさ~ん
 と頼って、
 教えていただいていました。
      ■         ■
 処方箋の書き方や、
 軟膏の塗り方を教えていただいたのも、
 ガーゼのたたみ方を教えてくださったのも、
 外来の畑端さんでした。
 こうして、私は少しずつ成長しました。
 今日があるのは、
 みなさまのおかげです。
 30年経っても…
 私を教育してくださった方に感謝しています。

投稿者 sapporobiyou : 21:33 | コメント (0)

2009年04月03日

第二志望

 私は高校生の時から
 北大に憧れ(あこがれ)を持っていました。
 予備校で習った生物の矢野雋輔先生や、
 高校一年で数学担当だった原田先生が、
 北大のおおらかさ
 素晴らしさを何度も語ってくださったからです。
 一浪しても、
 北大(医)の合格レベルは高く、
 理科で物理が必須だったこともあり、
 私は最初から北大(医)を諦めていました。
      ■         ■
 札幌医大を卒業して、
 北大形成外科の研修医になることにしました。
 2008年1月16日の経歴詐称
 という日記に書いてあります。
 札幌医大6年生の時に、
 北大形成外科の大浦武彦教授の、
 特別講義をお聴きして、
 北大へ行くことに決めました。
 北大の研修医になるのに、
 試験はありませんでした。
      ■         ■
 大浦武彦教授は、
 北大の卒業生も、
 札幌医大の卒業生も、
 まったく差別することなく教育してくださいました。
 私にとって、
 医師免許証を取得してから、
 晴れて第一志望
 北大(医)の研修医となれました。
      ■         ■
 私の人生にとって、
 大浦武彦先生の弟子にしていただいたことが、
 貴重な財産となりました。
 ご恩は一生忘れません
 今、こうして札幌美容形成外科で診療ができるのも、
 大浦先生はじめ、
 北大形成外科の諸先輩に教えていただいたからです。
 免許取り立てのころは…
 ほんとうに何もできませんでした。
      ■         ■
 大学医学部で学ぶのは6年間です。
 主として基礎医学や臨床医学の
 知識を身につけて、
 医師国家試験を受けます。
 医師としての技術や能力は卒業してからです。
 どんなに偏差値の高い大学を卒業しても、
 卒業後に受けた教育が悪いと…
 医療事故常習者になってしまいます。
      ■         ■
 私はとてもラッキーでした。
 大浦武彦先生
 吉田哲憲先生という、
 素晴らしい先輩に、
 医師としての基本を教えていただきました。
 今春の入学試験で、
 第一志望の大学を諦めて、
 第二志望の大学に入学した方へのメッセージです。
      ■         ■
 医師免許証はどこで取得しても同じです。
 卒業後に第一志望の大学や病院で、
 研修を受けることによって、
 人生は変わります。
 重要なのは、
 よい指導者につくことです
 私の友人や先輩・後輩医師には、
 有名国立大学卒以外で
 素晴らしい先生が何人もいます。
 入学した大学で人生が決まるのではありません。

投稿者 sapporobiyou : 22:07 | コメント (0)

2009年04月02日

医学部合格への道②

 私が卒業したのは、
 国公立大学医学部の中では、
 ランクが下の、
 札幌医科大学です。
 それも約30年前です。
 偉そうなことは言えませんが、
 これから医師を目指す方へのアドバイスです。
      ■         ■
 東大理Ⅲや慶応(医)など、
 超難関の医学部ではありません。
 志(こころざし)を持って、
 サラリーマンの子弟でも行ける、
 ふつうの国公立大学医学部への、
 合格への道です。
 最難関の東大理Ⅲでも、
 医師国家試験合格率は100%ではありません。
 入学後に留年する人もいます。
 国家試験に合格していただける、
 医師免許証は国立でも私立でも同じです。
      ■         ■
 札幌市内で進学校といわれる、
 札幌南や札幌北でも、
 現役合格が難しいのが、
 国公立大学の医学部です。
 先日ご紹介した、
 深澤信博先生の文章
 にありましたが、
 医師となった喜びを感じられるのは、
 幸せは他人に尽くせること,
 そしてその人の喜びと感謝の気持ちに
 共感できることです。
      ■         ■
 医師になって30年が経ちます。
 私は深澤先生のように立派な医師ではありません。
 苦労して勉強して
 医師になってよかった
 と思うのは、
 先生、ありがとうございました
 と言っていただけた時です。
 時には予想外の結果で、
 苦言をいただくこともあります。
 そういう時にも、できる限りのことをいたします。
      ■         ■
 勉強は孤独です。
 自宅に引きこもっていると
 自分を見失う恐れがあります。
 朝、早くから夜遅くまで、
 全員が勉強をしている環境にいると、
 自然と勉強するようになります。
 成績を向上させるコツとポイントは、
 よい先生や参考書を見つけることです。
      ■         ■
 私は回転寿司に行くと、
 隣の人が注文した美味しそうなネタを、
 注意深く見ています。
 そうすると、
 美味しいネタがわかります。
 受験勉強も同じです。
 予備校の自習室などを利用すると、
 成績がよい人がどんな勉強をしているかわかります。
 友だちになって、
 話しをするのもよい方法です。
      ■         ■
 高校生向けの予備校の授業は、
 先生がよければ成績UPにつながります。
 進学校と呼ばれる学校でも、
 科目によって先生を選ぶことはできません。
 予備校の授業は、
 先生を選択して受けることができます。
 私は化学の授業で自分の医進クラスではなく、
 他クラスの授業を聴きに行きました。
 その橋本先生は北大理学部の大学院生でしたが、
 とても明快な授業でした。
      ■         ■
 お金持ちになりたいなら、
 医学部を受験することはおすすめしません。
 投資家や上場企業の社長さん、
 IT関連の社長さんをおすすめします。
 他人の役に立ちたい
 自分も困ったので
 医学を勉強したい
 という人に医学部へ進学して欲しいと思います。
 人生は何が幸いするかわからない、
 努力+αがあるかもしれない
 という深澤先生のお言葉に同感です。
 医学部を目指して頑張ってください。

投稿者 sapporobiyou : 21:54 | コメント (1)

2009年04月01日

四浪(よんろう)

 平成21年4月1日、北海道新聞『いずみ』への投稿です。
 四浪
 この春、四浪の末、
 息子が大学生になる。
 息子はひたすら勉強し、
 親は祈り続けた。
      ■         ■
 去年の合格発表の日。
 「最後の1年で結果を出せなかった。もういいだろう」
 と主人に言われ、
 「母さんごめんね」
 と声を上げて泣いた息子。
 その姿を見て、
 なんとかしてやらなきゃ、と思い、
 主人に
 「もう1年やらせて」と頼み込んだ。
      ■         ■
 そうやって与えたこの1年が、
 息子にとって、
 かえってつらいものになっていないだろうか、
 あの時
 あきらめさせるべきだったんではないか、
 と何度も後悔しかけた。
      ■         ■
 合格ラインに届かなかったセンター試験。
 それでも志望を変えずに
 逆転を狙って出願した2次試験を経て、
 息子は執念で合格を勝ち取った。
 いろんな人に
 いろんなことを言われた4年間だった。
      ■         ■
 高校卒業後、
 社会人になった娘は、
 精神的に大きな支えとなってくれた。
 この結果ですべてが報われた。
 「親として間違いじゃなかった」
 と思わせてくれた息子に、
 私は心から感謝した。
      ■         ■
 合格発表後の息子の声は、
 明るくて大きい。
 生き生きとした息子の声を、
 久しぶりに聞いた気がする。
 一番つらかったのは本人だっただろう。
      ■         ■
 この4年間を思えば、
 今後の6年間、
 医学生として
 息子は頑張り続けられるはずだ。
 浮かれることなく、
 責任重大な職業を
 選ぼうとしていることを忘れないで。
 本当に見たかった桜が、
 ようやくわが家に咲きそうだ。
 平松奈緒美(45歳・パート)
 =十勝管内音更町
 (以上、北海道新聞より引用)
      ■         ■
 平松様に心からおめでとうございます
 祝福のメッセージをお送りします。
 私は4年間、
 札幌医科大学形成外科の講師として働きました。
 その間、400人の医学生に、
 形成外科の講義をしました。
 四浪(よんろう)なんてふつうです。
 社会人経験者も、
 妻帯者もいました。
      ■         ■
 補欠合格で入学しようと、
 四浪で合格しようと、
 医師としての資質には、
 まったく関係ありません
 むしろ、
 ご子息は素晴らしいお医者さんになれます。
 私の同級生を見ても、
 四浪以上で入学して、
 素晴らしい院長になっている先生が何人もいます。
      ■         ■
 卒後30年もして同期会をすると、
 現役合格で一番若い先生が、
 一番老けて見えたりすることもあります。
 4年間は決して無駄ではなかったのです。
 むしろ現役合格で入学後に、
 大学に失望してやる気を無くする人もいます。
 多浪して入学した学生さんは、
 大学に対する情熱が違います。
 しっかり勉強して落第率も低いです。
 (100人入学すると6年間で10人以上落第します)
      ■         ■
 札幌医科大学の入学式は
 4月3日(金)ですね。
 医学部は入学後も勉強が厳しいです。
 実習もあり、レポートもあります。
 6年後には難関の医師国家試験もあります。
 医学部と保健医療学部だけの
 札幌医科大学は、
 総合大学に比べて欠点もあります。
 ただ、よいところもたくさんあります。
 医師国家試験合格率は北大(医)より上です。
      ■         ■
 平松さんのお母さん、
 ご苦労様でした。
 よかったですね
 私の後輩となった平松君へ、
 入学おめでとう
 大いに青春を楽しんでください。
 よい先輩や素敵な彼女を見つけてください。
 心から4年間の努力に敬意を表します。
 6年間勉強して、
 素晴らしいお医者さんになってください。

投稿者 sapporobiyou : 18:14 | コメント (1)