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2009年09月30日

9月の終わり

 今日で平成21年9月が終わります。
 毎朝、前を通って来る。
 札幌西武百貨店が今日で閉店します。
 五番館(西武の前)というデパートには、
 たくさんの想い出があります。
 一人の札幌市民として、
 閉店はとても残念に思います。
      ■         ■
 私が子どもの頃には、
 札幌駅前に国鉄バスの乗り場がありました。
 駅前から、
 手稲鉱山行きのバスに乗りました。
 私が住んでいたのは、
 手稲金山(ていねかなやま)の、
 栄町(さかえまち)でした。
 国道5号線から、
 すこし上がったところが栄町でした。
      ■         ■
 手稲鉱山通り(国道)→
 栄町(さかえまち)→
 滝見町(たきみちょう)→
 手稲鉱山(ていねこうざん)。
 とバス停がありました。
 今の北海道立子ども総合医療・療育センター
 の横をバスが通っていました。
 昔、医療センターの場所には、
 道職員住宅がありました。
      ■         ■
 札幌に来て、
 デパートの遊技場へ行くのが楽しみでした。
 私が好きだったのは、
 自動車の運転ができる遊具でした。
 一回10円を入れて…
 本物の自動車のハンドルのような…
 ハンドルを握り…
 ベルトコンベアーのような…
 動く道の上を、
 小型のジーブを走らせます。
      ■         ■
 この運転が意外と難しくて、
 ちょっと油断すると…
 すぐに脱輪でした。
 失敗して…
 もう一度10円を入れてくれたのが、
 私の祖母でした。
 親と行った時は、
 何度もやらせてもらえなかった記憶があります。
 お年玉をもらった時とか、
 何回か楽しんだ記憶があります。
      ■         ■
 私が子どもだった、
 昭和30年代後半は、
 デパートへ行くのが最高の贅沢でした。
 五番館の包装紙には、
 カトレアの花がついていました。
 五番館の向かい側には、
 ニシムラがありました。
 50年後に…
 札幌駅前通りで開業しているとは、
 夢にも考えませんでした。
      ■         ■
 西武百貨店が閉店する時代なのに…
 偏屈なおっさんの私が…
 診療を続けて行けるのは、
 ありがたいことです。
 皆様のご支援のおかげです。
 皆様に励ましていただき
 診療を続けています。
 ご声援に感謝しています。
 毎日、コメントをありがとうございます。
 これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

2009/09/sei.jpg
今朝の札幌西武

投稿者 sapporobiyou : 17:45 | コメント (0)

2009年09月29日

人生で一番ロマンチックな時期

 毎年秋になると、
 予備校時代に矢野雋輔先生が言われた、
 受験生は人生で一番ロマンチックな時期
 という言葉を想い出します。
 私が札幌医大に合格できたのは、
 矢野先生のおかげです。
 形成外科医になれたのは、
 恩師の大浦武彦先生のおかげです。
 ご恩は一生忘れません。
      ■         ■
 必死で勉強していて、
 彼女もいない不遇な青春時代でした。
 こんなに辛いのに、
 どうしてロマンチックなのだろう…?
 と不思議に思っていました。
 どんなに勉強しても、
 成績はそれほどUPしないし。
 来年、合格できるという保証もない。
 自分の周囲を見回すと…
 偏差値75で落ちた人がいる。
      ■         ■
 勉強をして、
 自分の実力を知れば知るほど…
 不安になっていたものでした。
 自分の実力がわからない時は、
 偏差値60ちょっとでも合格した人もいるから、
 自分もひょっとしたら…?
 合格できるかも…?
 なんて考えたこともありました。
      ■         ■
 55歳という年齢になり、
 自分が生きてきた年月より、
 残された年月が少なくなりました。
 矢野先生も…
 もうこの世にいらっしゃいません。
 この年齢になって想うことは、
 やはり…
 矢野先生のお言葉は正解で、
 自分が努力して目標に向かっている時が、
 人生で一番ロマンチックな時期だということです。
      ■         ■
 昨日の日記にあった、
 クジャクの羽を広げている時は…
 若い人の特権です。
 男性も女性も、
 人生で一番美しい時期です。
 羽を広げたクジャクは、
 餌(えさ)を取ることはできません。
 美しい代わりに何もできません。
 生きていくためには…
 餌を取らなければなりません。
 羽を広げて子育てはできません。
      ■         ■
 受験生の頃は、
 自分で餌を取る心配をしなくても、
 親が餌を取ってくれました。
 たとえ貧しい餌でも、
 お腹が減って…
 餓死することはありませんでした。
 受験生の時期は、
 自分の夢に向かって努力している、
 人生で最も充実した時期だったと思います。
 55歳になって気付きました。

投稿者 sapporobiyou : 22:14 | コメント (0)

2009年09月28日

奥様粗末に扱ってませんか

 平成21年9月27日、朝日新聞朝刊、
 ひとときへの投稿です。
 奥様粗末に扱ってませんか
 世の中高年のご主人様方に申し上げます。あなた方は、奥様をあまりに粗末に扱ってはおられませんか。
 まだお互いが独身のころ、意中の彼女のハートを射止めんとなさっていた折は、羽を広げたクジャクよろしく、愛や理想を語っていらっしゃいましたよね。
 ところが結婚を境にどうでしょうか、その変わりようは。あなた方が家族を養うため、外で懸命に働いていらっしゃるのはよく理解しております。納期に追われ、上司に叱責(しっせき)され、取引先のクレームに平身低頭。本当に大きなストレスを抱えつつも、毎日、ご出勤になっている。誠に頭が下がります。
 しかしながら、だからといって奥様に対し、無関心で無遠慮な振る舞いをなさるのはいかがかと存じます。いまだに封建時代のような思想を捨てきれない男性の何と多いこと。
 一生、あなた様に連れ添う覚悟で結婚し、支えて下さっている女性に感謝なさっていますか。下着を別に洗われる、とお嘆きのご主人様。当然の報いでございます。いま一度、ご自省なさいませ。
 奥様を大切になさっているご主人のご家族は円満で、お子様たちもたいそうお幸せです。あなた様のご家族が、かくありますよう、心からお祈り申しております。
 (兵庫県姫路市_高馬(こうま)元美_英会話講師46歳)
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 昨日は出張帰りで忙しく、
 朝刊をゆっくりと読む時間がありませんでした。
 ひとときは、
 毎日、楽しみに読むのですが、
 昨日は読みませんでした。
 夜、私がPCでメールのご返事を書いていると…
 家内が、優しく、
 時間があったら
 今日のひとときを読んで。
 と先に寝てしまいました。
      ■         ■
 なるほど…
 確かに粗末に扱ってますねぇ…
 反論させていただくと、
 お互いに独身の頃は…
 こちらが羽を広げたクジャクでしたら…
 そちらは可憐(かれん)な小花のように…
 おとなしく、つつましくなさっていましたね。
 昔は…
 お若く、美しく、おとなしそうに見えましたねぇ。
      ■         ■
 お医者様のお仕事は大変ですね…
 なんて…
 宮内庁御用達のようなお言葉で、
 言ってくださったのは…
 はるか昔ですねぇ。
 どんなご家庭でも…
 結婚して何十年も経てば…
 同じようなもの…?
 ではありませんか?
      ■         ■
 この不景気な時代に、
 極小企業クリニックの経営は大変ですょ。
 患者さんからの細かいご要望にお応えして、
 たまには厳しいクレームをいただいて落ち込み…
 日々手術をして、
 従業員の雇用を守るのは大変なことです。
 この院長日記
 一日も休まずに苦労して続けています
 たまに院長婦人の日記
 を書いてほしいと思います。
      ■         ■
 今日は奥様から、
 日記のネタをいただいたので、
 粗末に扱っていないか?
 よく反省してみます…。
 私は…
 決していい夫ではありません。
 自覚していますょ。
      ■         ■
 私は…
 自分の仕事には責任を持って、
 決していい加減な手術や治療はしません。
 仕事でクタクタになります。
 その分…
 家では、
 いい加減な夫なので、
 奥様から、
 言われるのだと思います。
 家でも無理していい夫ぶっていると、
 疲れて死んでしまうと思います。
 これが私の本音です。

投稿者 sapporobiyou : 21:54 | コメント (0)

2009年09月27日

第32回日本美容外科学会(横浜)③

 昨夜、札幌へ帰ってきました。
 新千歳空港に到着すると…
 外気温は12℃でした。
 寒かったです。
 やはり北国だと思いました。
 寒くても…
 私は住み慣れた札幌が好きです。
      ■         ■
 昨日は学会の最終日でした。
 最後まで熱心な討論がありました。
 昨日の発表で参考になったのは、
 千葉大学 形成・美容外科、
 金沢雄一郎先生のご発表でした。
 最近の大学病院は、
 形成外科ではなく、
 形成・美容外科
 美容外科が付くようになりました。
      ■         ■
 演題名は、
 眼瞼下垂症手術における上眼瞼内側の挙上困難の成因の検討と対策
 というちょっと難しいものです。
 簡単に言うと…
 眼瞼下垂症手術をした時に、
 内側(目頭側)だけ…
 挙上が不完全になる例があります。
 目頭側だけ、
 二重の線が不自然になることがあります。
      ■         ■
 金沢先生は、
 この原因を分析されました。
 眼瞼挙筋の解剖を詳しく調べて、
 対策を考えられました。
 眼瞼挙筋の解剖を調べるといっても…
 私たちのような開業医にはできません。
 大学でしたら、
 解剖学教室があります。
      ■         ■
 私は札幌医大の教員だった時に、
 文部科学省から、
 解剖学の教員免許をいただきました。
 どんなに優秀な医学生でも、
 学生時代に…
 眼瞼挙筋の解剖を詳しく調べた人は、
 まず…絶対にいません。
 眼瞼挙筋は、
 保存遺体で見ると、
 筋肉には見えません。
      ■         ■
 医学生の解剖実習では、
 せいぜい瞼板(けんばん)という、
 白い組織を確認して終わりです。
 眼瞼挙筋を見つけたとしても、
 白い膜にしか見えませんし…
 それが筋肉だとはわかりません。
 金沢先生は、
 この眼瞼挙筋の解剖を示してくださり、
 わかりやすく解説してくださいました。
      ■         ■
 若い先生なのに…
 手術は丁寧で、
 優秀だと思いました。
 仕上がりもキレイでした。
 この研究は
 英文論文にしても良いと思いました。
 大学の先生には、
 解剖学など、
 医学の基礎に基づいた研究をしていただき、
 美容医学の発展させて欲しいと思いました。
 金沢先生ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 21:52 | コメント (0)

2009年09月26日

第32回日本美容外科学会(横浜)②

 学会出席の楽しみの一つは
 顔なじみの先生との再会です。
 昨夜は、
 高須克弥先生に声をかけていただき、
 写真まで撮っていただきました。
 高須先生ありがとうございました。
 高須先生のような偉い先生が、
 毎日何度もブログを更新されていて…
 どうやっていらっしゃるのだろう…?
 と不思議に思っていました。
      ■         ■
 私の日記はPCから更新しています。
 高須先生のブログは、
 携帯からでした。
 写真はホテルのウェーターさんに、
 撮っていただきました。
 携帯を使いこなし、
 一日に何度も更新される高須先生。
 すごいと思いました。
 高須先生は、
 ご子息の幹弥先生も学会に参加し、
 最初から最後まで
 熱心に聴いていらっしゃいました。
      ■         ■
 何人もの先生から、
 ブログを見ています!
 と声をかけていただきました。
 運転免許証の写真を見て、
 先生の5年間の苦労がわかりました。
 と言ってくださった先生が、
 八事石坂クリニック
 大口春雄先生です。
 さすが、美容外科の先生です。
 さくらんぼさんにも指摘されていました…ね。
      ■         ■
 大口先生は、
 名古屋大学形成外科のご出身です。
 とても手術が上手な先生です。
 私も大口先生のブログ
 読ませていただいています。
 ヴェリテクリニックの院長をなさった後で、
 ご開業されました。
 繊細な手術をなさり、
 とても優しい先生です。
      ■         ■
 私の写真は…
 さくらんぼさんからも、
 家内からも、
 職員からも、
 指摘を受けました。
 自分自身でも…
 手術の必要性を感じています。
 もう55歳ですから、
 お直しが必要です。
 なんとか時間を作って、
 手術を受けたいと思っています。
      ■         ■
 学会に参加すると…
 顔なじみの先生も年をとっています。
 頭髪が薄くなっていらっしゃる先生も、
 何人もいらっしゃいました。
 私の頭髪はまだ大丈夫ですが、
 もし…
 頭髪の手術を受けるなら、
 横浜のヨコ美クリニック
 今川賢一郎先生にお願いします。
      ■         ■
 真の意味での名医とは、
 同業者から信頼され、
 同業者(美容外科医)が
 手術を受けているクリニックだと思います。
 頭髪のことなら、
 今川賢一郎先生です。
 今日もAGA(Androgenetic Alopecia)
 「男性型脱毛症」の発表がありました。
 美容外科医から信頼されている
 自毛植毛のクリニックは、
 ヨコ美クリニックです。

2009/09/tak.jpg
高須先生のブログから
引用させていただきました

投稿者 sapporobiyou : 21:08 | コメント (0)

2009年09月25日

第32回日本美容外科学会(横浜)①

 今日から横浜で日本美容外科学会です。
 この日本美容外科学会は、
 形成外科出身の先生が多い学会です。
 もう一つの日本美容外科学会は、
 十仁病院の梅澤先生が会頭で、
 高須克弥先生が実質的なリーダーです。
 いつか2つの学会が一緒になると、
 日本の美容外科が発展すると思います。
      ■         ■
 今日の学会で、
 新手術手技コンテストという発表がありました。
 自分の手術を発表し、
 審査員に審査していただくものです。
 私の個人的な見解です…
 今日のコンテスト10演題の中で
 一番印象に残ったのは、
 美容外科・ヤスミクリニック
 木村知史先生が発表された、
 SRS(性別適合手術)の和田式について
 でした。
      ■         ■
 性同一性障害の、
 性別適合手術、MTF(男→女)とは、
 おくりびとに出てきた、
 男の子として生まれたのに、
 心は女の子であり、
 外見もキレイな女の人
 局所を女の人にする手術です。
 今日、木村先生が見せてくださった、
 女の人の局所は、
 私が今まで見た中で、
 一番女性らしい形態でした。
      ■         ■
 しかも、
 驚いたことに…
 この術式で作った腟は、
 濡れるというのです。
 卑猥な話しではなく…
 医学的に不可能だと思っていました。
 濡れる腟を作ったのは、
 おそらく…
 世界中で和田先生だけだったと思います。
 今まで、
 どの医学論文でも見たことがありませんでした。
      ■         ■
 残念なことに、
 和田先生は平成19年5月に急逝され、
 もうこの世にはいらっしゃいません。
 医療事故など、
 ネガティブな面だけが報道されていました。
 私も、
 札幌の性同一性障害の方から、
 和田先生のことを伺ったことがありました。
 患者さんからは、
 抜群の信頼を得ていました。
      ■         ■
 今日、木村先生が発表してくださった、
 和田式の性別適合手術は、
 実に画期的で素晴らしい術式でした。
 私自身は実施する予定はありませんが、
 困っていらっしゃる方には、
 是非、おすすめしたい手術です。
 和田先生は亡くなられましたが、
 ご自身で書かれたブログは、
 まだ残っているそうです。
 こちらがサイトです。
 和田先生のご冥福をお祈りいたします。
 木村先生、
 紹介していただきありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 21:30 | コメント (0)

2009年09月24日

瞼(まぶた)の裏側

 日本美容外科学会に出席するために、
 横浜へ来ています。
 札幌と比べると…
 横浜は暑いです。
 今日の最高気温は27℃です。
 (札幌は20℃でした)
 こんなのは暑いうちに入らないのでしょうが、
 札幌育ちの私には、
 関東での生活は無理なようです。
      ■         ■
 昨日の日記に、
 埋没法は2回まで
 と書きました。
 埋没法の手術をする時には、
 瞼板法(けんばんほう)でも、
 挙筋法(きょきんほう)でも、
 必ず瞼をひっくり返して、
 裏側を見ます。
      ■         ■
 慣れないと…
 瞼をひっくり返して、
 裏側を見ること自体が…
 難しいものです。
 ふつうの形成外科医は、
 瞼をひっくり返して、
 裏を見ることをしません。
 私も最初は…
 上手にできませんでした。
      ■         ■
 健康な人の瞼の裏側は、
 キレイなピンク色です。
 瞼板(けんばん)という白い組織の上に、
 結膜(けつまく)があり、
 そこに毛細血管があります。
 教科書によると、
 この毛細血管から、
 目の角膜へ酸素や栄養を供給する、
 と書かれています。
      ■         ■
 角膜(かくまく)というのは、
 光を通すために、
 透明です。
 血管はありません。
 ソフトコンタクトで、
 すっぽりと角膜を覆(おお)ってしまうと…
 角膜に酸素が供給されず、
 酸欠になるといわれています。
 ですから長時間付けっ放しにできないのです。
      ■         ■
 瞼板法(けんばんほう)で、
 何回も埋没法手術を受けると…
 この毛細血管がズタズタになります。
 瞼の裏側がキズだらけになり…
 角膜へ…
 酸素や栄養の供給ができなくなります。
 手術をする先生は、
 キズだらけの瞼の裏側を見ます。
 自分の身内だったら、
 糸が4本も6本も入った瞼に、
 更に糸を追加することはしないと思います。
      ■         ■
 埋没法の保証とは、
 この糸をむやみに追加して、
 結果的に瞼をキズだらけにするだけです。
 私は、
 他院で埋没法を受けた…
 眼瞼下垂症の方を手術する時に…
 できるだけ埋没糸を除去しています。
 追加料金もいただきません。
 (保険の規定です)
      ■         ■
 手術用顕微鏡で見て、
 高倍率にして、
 ようやく見える程度の糸もあります。
 そんな糸でも、
 毛細血管を傷つけています。
 表面から見えない、
 瞼の裏側には、
 大切な役割があります。
 どうか自分の目を大切にしてください。

投稿者 sapporobiyou : 19:20 | コメント (0)

2009年09月23日

埋没法は2回まで!

 埋没法が取れた!
 保証付だから、
 無料でお直ししてもらいましょう…!
 何度、お直ししても、
 取れちゃう埋没法
 札幌美容形成外科にいらした時には、
 何回、無料でお直ししたのかも?
 忘れてしまったそうです。
      ■         ■
 埋没法が取れるのには…
 原因があります。
 アレルギーで目をこする癖(くせ)がある方。
 もともと眼瞼下垂症で、
 埋没法に向いていない目だった方などです。
 小学校の時からの、
 学級写真を見てください。
 顎を上げていませんか?
      ■         ■
 写真屋さんで写真を撮る時に、
 必ず、顎を引いてください
 と言われる方。
 眉が上がっているので、
 前髪でいつも額を隠す方。
 眉が上がっているので、
 眉の上を剃って…
 下に眉を書く方。
 眼瞼下垂症の可能性があります
      ■         ■
 そもそも…
 眼瞼下垂症なんて病気があるなんて…
 医師国家試験にもめったに出ません。
 看護師国家試験にも出ません。
 医学部でも詳しく教えません。
 看護学部でも、
 看護学校でも教えません。
 義務教育でも教えません。
 医師でも、
 知らない人はたくさんいます。
      ■         ■
 眼瞼下垂症が有名になったのは、
 ここ数年の間です。
 NHKのためしてガッテンで、
 信州大学形成外科の、
 松尾清先生が有名にしてくださいました。
 他院で埋没法で二重にならなかった方、
 埋没法が取れた方、
 には眼瞼下垂症が原因であったことが、
 私の経験上、たくさんあります。
      ■         ■
 先日いらしていただいた方は、
 何と!
 片目に糸が11本も入っていました。
 瞼の裏側には、
 無残な糸の痕が、
 無数に残っていました。
 リストカットの痕のような、
 小さなキズが
 たくさん瞼の裏側についていました。
 角膜という…
 大切な部分に傷がつくこともあります。
      ■         ■
 埋没法は、
 受けてもせいぜい2回までにしてください。
 瞼板法2点留めだと、
 これでも片目に
 2×2=4本の糸が入っています。
 何度も埋没法を受けるのは…
 はっきり申し上げて危険です。
 目というのは大切な器官です。
 傷ついた角膜を
 元に戻すことはできません。
 無料保証は2回が限度です。

投稿者 sapporobiyou : 21:21 | コメント (0)

2009年09月22日

みんなおじさん

 昨夜、
 札幌西高3年7組の男だけのクラス会、
 支三会がありました。
 会場は札幌駅近くの…
 「魚屋一丁」(札幌駅店:011-232-0022)
 (札幌市北区北6条西1丁目(JR高架下))でした。
 会費:5,110円
 飲み放題でした。
      ■         ■
 全員55歳のおじさんばかり。
 担任の藤枝正道先生(日本史)は、
 72歳でお元気でした。
 今でも札幌福祉専門学校の校長先生です。
 私たちが高校3年生の頃…
 藤枝先生は35歳だったことに、
 気づきました。
      ■         ■
 先生は…
 よく放課後の掃除の時間に、
 教室に来られて、
 みんなといっしょに…
 話しをしながら掃除を手伝ってくださいました。
 女生徒に…
 圧倒的に人気があった先生でした。
 愛妻家で知られていました。
      ■         ■
 奥様は、
 先生が東北大学の学生だった頃に、
 お知り合いになったと記憶しています。
 奥様のことを、
 ~ちゃん付けで呼んでいました。
 私が高校生だった頃、
 いつか藤枝先生のように、
 素敵な奥さんをもらいたいと思っていました。
      ■         ■
 昨夜集まった同級生。
 一番遠くは、
 大阪から来ました。
 他に、神奈川、東京など、
 声と話し方は変わりませんが、
 全員おじさんになっていました。
 単身赴任の支店長
 家に帰ると娘さんから煙たがられる人
 いろいろな55歳がいました。
      ■         ■
 私を含めて、
 眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)の同級生が、
 たくさんいました。
 パソコンを見ていると、
 首が疲れて…
 目がしょぼしょぼしてくる…
 肩も腰も痛くなる。
 としだなぁ~
 私が携帯で、
 眼瞼下垂症の症例写真を見せると…
 え~っ!これ病気なの?
      ■         ■
 この歳になって、
 目が変わるとへんでしょ!
 本間!俺が若い時に教えてくれれば…
 俺の青春時代も変わっていたのに…
 その時になって、
 はじめて、
 あぁ…
 気にしていたんだ…
 とわかりました。
      ■         ■
 私が医師になった30年前でも、
 眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)なんて、
 特殊な病気だと思っていました。
 歳をとれば…
 誰でも瞼(まぶた)が下がってきて、
 当然だと思っていました。
 医学が進歩して、
 手術で治せるようになりました。
 今からでも遅くはないょ…
 と次のクラス会で教えてあげようと思います。
 次の幹事に私が指名されました。

投稿者 sapporobiyou : 20:47 | コメント (1)

2009年09月21日

西高の想い出(遅刻)

 札幌市中央区宮の森と
 西区山の手の境界にある通りを、
 通称、文化通りと言います。
 由来は…?
 文化人がたくさん住んでいたから…?
 理由はわかりません。
 私が昭和45年(1970年)に、
 北海道札幌西高等学校へ入学した時には、
 文化通りと呼ばれていました。
      ■         ■
 当時は、
 札幌に‘区’はありませんでした。
 札幌に‘区’ができたのは、
 1972年の札幌オリンピックの後です。
 文化通りは、
 何の変哲もない、
 ふつうの住宅街の通りです。
      ■         ■
 大夕張の山奥から、
 札幌へ出て来た、
 弱冠、15歳の私は、
 毎日、この文化通りを通って、
 札幌西高校へ通学しました。
 西区八軒にあった古い家から、
 バスで高校へ通っていました。
 今でしたら…
 自転車で通学したと思います。
      ■         ■
 毎日、満員の市営バスに乗り、
 慣れない札幌の生活でクタクタになって、
 必死に通学していました。
 私の家の近くに、
 函館本線の開かず踏切がありました。
 この踏切で待たされ…
 バスが遅れた時は、
 文化通りを、
 重い鞄(かばん)を持って、
 ダッシュしたものでした。
      ■         ■
 私がダッシュしていた時には、
 必ず、他にもダッシュしている生徒がいました。
 中には、悠々と歩いている人もいました。
 息切れがして、
 途中で休むと…
 無残な遅刻でした。
 たまに、あと一歩のところで…
 用務員のおじさんに、
 玄関のドアをガチャンと閉められました。
      ■         ■
 ドアが閉まった後は、
 ボイラー室横の入口から入り、
 外靴を持って…
 とぼとぼと、
 生徒玄関まで、
 床の冷たさを感じながら…
 惨(みじめ)めに歩いたものでした。
 毎回、私以外にも、
 遅刻組の生徒がいました。
 3年間で、
 数回遅刻しました。
      ■         ■
 毎日、同じ時刻のバスに乗っても、
 運悪く…遅刻することがありました。
 高校に慣れてくると、
 自転車通学をするようになりました。
 自転車通学になってからは、
 開かずの踏切を避けて通り、
 遅刻もなくなりました。
 遅刻も今となっては楽しい想い出の一つです。
      ■         ■
 私が一度も遅刻や欠席をしなかったのは、
 予備校時代でした。
 出席は無かったと思いますが、
 とにかく必死で勉強していました。
 今晩は西高の仲間が男ばかり集まり、
 クラス会をします。
 昔の仲間は楽しいものです。
 幹事は、
 学校であまり勉強しないのに
 東大に合格した有沢くんです。
 あいつの頭はどうなっているのか?
 と…よく思っていたものです。

投稿者 sapporobiyou : 23:32 | コメント (0)

2009年09月20日

今から26年前…

 今から26年前。
 昭和58年(1983年)9月20日。
 函館市本町33-2、
 社会福祉法人函館厚生院函館中央病院で、
 長女が生まれました。
 その日は今日のように天気が良く、
 私が出勤する時に、
 家内を車に乗せて、
 病院へ向かいました。
      ■         ■
 当時、
 私29歳、家内27歳。
 函館中央病院形成外科に勤務していました。
 4年目の形成外科医でした。
 住んでいたのは、
 函館市富岡町の、
 キャッスル富岡という…
 賃貸マンションでした。
 病院が借り上げてくれた、
 住宅でした。
      ■         ■
 私は富岡町から、
 車で通勤していました。
 その日は、家内の定期健診の日でした。
 家内は、
 午前中に産婦人科で健診を済ませて…
 中央病院の近くにある、
 丸井今井デパートへ寄って…
 自宅へ帰りました。
 デパートにいる時に…
 ちょっとお腹が痛くなったそうです。
 そのままバスで自宅へ帰りました。
      ■         ■
 私が形成外科の医局で、
 お昼休みを取っていた時でした。
 家内から電話がありました。
 『ちょっとお腹が痛くて変なので…』
 『病院へ行った方が良いか…?』
 という内容でした。
 先輩の石川先生が、
 奥さんを迎えに行ったら…?
 と言ってくださいました。
 医局には製薬会社のMRさんがいらしていて…
 僕の車で行きましょう
 と言ってくださいました。
      ■         ■
 MRさんに乗せていただき、
 私は家内を迎えに行きました。
 お腹が痛かったのは、
 陣痛(じんつう)でした。
 車の中でも、
 そんなに苦しそうでもなく、
 家内を産婦人科へ連れて行きました。
 生まれそうになったら呼んでください。
 そうお願いして、
 私は形成外科外来で診察をしていました。
      ■         ■
 外来をはじめて間もなく、
 分娩室から電話がありました。
 先生、もうすぐ生まれます。
 分娩室へいらしてください。
 助産婦さんからの連絡でした。
 え~っ?
 もう生まれるんですかぁ~?
 私が分娩室へ着くと、
 家内は苦しそうな顔をして、
 分娩台の上にいました。
      ■         ■
 初産は、
 時間がかかるんじゃなかったかなぁ~?
 と考える余裕もなく、
 産婦人科の松浦敏章先生に取り上げていただき、
 無事に長女は生まれました。
 助産婦さんから、
 安産でよかったですね
 と褒めていただきました。
 当時はビデオはなく、
 カメラとテープレコーダーで、
 分娩の様子を記録しました。
       ■         ■
 私の両親も、
 家内の両親も、
 初孫の誕生を喜んでくれました。
 私の両親は、
 札幌から車で飛んで来ました。
 家内の両親には、
 まず、母親に来てもらい…
 約1ヶ月の間、
 函館に滞在してもらって、
 お世話になりました。
 義父は一ヶ月後に、
 母親を迎えに来て会ってくれました。
      ■         ■
 今のように携帯もなく。
 もちろんメールで画像を送ることもできません。
 まだ青函連絡船があった時代でした。
 26年前に生まれた娘は、
 親の元を離れて…
 自由に生活しているようです。
 信頼の絆(きずな)を切られて…
 もうすぐ3年になります。
 親の私は、 
 悪いことをしないで…
 他人の役に立つことをしていて欲しいと、
 願っています。

投稿者 sapporobiyou : 18:26 | コメント (0)

2009年09月19日

親も見ている院長日記

 今日からシルバーウイークです。
 秋のゴールデンウイークではなく、
 シルバーウイークという名前が好きです。
 ‘後期高齢者’という名前は嫌いです。
 毎年、敬老の日の前後に…
 長い休みがあるのはよいことだと思います。
 おかげさまで、
 札幌美容形成外科は…
 手術予約で一杯です。
      ■         ■
 昨日の日記に、
 83歳と81歳の私の親が、
 パソコンでメールをしていることを書きました。
 私は知らなかったのですが、
 この院長日記をよく読んでいるらしいです。
 私は、
 実家へは帰らないし、
 行っても用事が済むと、
 すぐに帰ります。
 親孝行な息子ではありません。
      ■         ■
 同じ札幌市内に住んでいても、
 用事がなければ電話もしません。
 朝から夜まで働いているので、
 時間がないこともあります。
 便りがないのは…
 よい便りということにしています。
 55歳のオッサンになっても、
 息子のことは心配なので、
 親は院長日記で安否を知っているようです。
      ■         ■
 親はコメントをくださる方のことを知っていて、
 いつも感謝しています。
 毎日、コメントをくださって…
 ありがたいねぇ~
 いただいたコメントは、
 私の一番の励(はげ)みになっています。
 毎日、ありがとうございます。
 院長日記のネタに困ることもなく、
 いただいたコメントをネタに、
 新しい日記を考えています。
      ■         ■
 そういえば…
 私の息子も、
 部活のホームページ係りをしています。
 私も、
 息子が作ったHPをたまに見ます。
 息子のHPは、
 私のように毎日更新はありません。
 毎日更新していたら、
 おそらく私も見ていると思います。
      ■         ■
 もし、
 この院長日記が更新されないと、
 私が倒れたとか…
 病気になったとか…
 思われそうなので…
 なかなか…
 本日休診にもできません。
 拙い(つたない)内容で申し訳ございませんが、
 細々と続けたいと思っています。
 なかなか親孝行はできないので…
 せめて院長日記だけは続けます。

投稿者 sapporobiyou : 21:32 | コメント (0)

2009年09月18日

75歳の手習い

 私の両親、
 父親(83歳)
 母親(81歳)
 がパソコンでメールをしていると、
 昨日の日記に書きました。
 父親は私が中学生の頃、
 三菱砿業㈱三菱大夕張炭鉱に、
 薬剤師として勤務していました。
 会社が坑内の安全管理のために導入した、
 最新鋭のコンピューターで、
 薬剤の在庫管理を始めたのがきっかけで、
 コンピューターに取り組みました。
      ■         ■
 毎日、コンピューターと悪戦苦闘していました。
 今のノートPCより機能が悪いコンピューターが、
 専用の部屋に設置されて、
 エアコンまで完備されていた時代でした。
 大変だ、たいへんだ
 コンピューターはすごい
 これからはコンピューターの時代だ
 ということを、
 40年前に言っていました。
 炭鉱には、
 優れた人材が揃っていました。
 炭鉱会社の専門家から、
 コンピューターを教えていただいたのが父です。
      ■         ■
 濱本淳二先生にお世話になった、
 上原貢様も、
 父にコンピューターとコンピューターで知り合った、
 三菱砿業㈱職員のお一人です。
 NHKの大学講座で法律を勉強した父は、
 独学でコツコツ勉強したのでしょう。
 炭鉱病院で、
 当時としては画期的な、
 薬剤在庫管理システムはじめました。
 退職後も、
 父はノートパソコンを使っていました。
      ■         ■
 母親は、
 ごくふつうの主婦でした。
 家計が苦しかったので、
 森永製菓の工場のパート従業員→
 →不況でリストラ→
 日本団体生命保険の外交員→
 三菱信託銀行の財形貯蓄の外交員→
 北海道不動産鑑定士協会のパート事務員
 と働きました。
 家計が苦しかった原因は、
 私と弟の教育費でした。
      ■         ■
 母親は働いたおかげで、
 たくさんの人脈を築きました。
 最後に働いていた時代には、
 コピーを取るのが仕事でした。
 PCには触ってもいませんでした。
 もちろんワープロも使えませんでした。
 電話とFAXは活用していましたが、
 父親のノートパソコンには、
 見向きもしていませんでした。
      ■         ■
 今から6年前、
 75歳頃だったと記憶しています。
 何を考えたのか…?
 突然、パソコンを触りはじめました。
 もちろんキーボードも、
 スイッチの入れ方も知りませんでした。
 ぽちポチと、
 あ・い・う・え・お
 を入力していました。
      ■         ■
 どうせやるなら、
 ローマ字変換がいいよ、
 という私と父のアドバイスで、
 ローマ字かな変換にしました。
 本人に確認したところ、
 まず忘れていた…
 ローマ字を覚えることから…
 はじめたそうです。
 こうして少しずつ、
 パソコンを覚えて行ったようです。
      ■         ■
 今では、
 メールに写真を添付して送ったり、
 自分の弟たちと、
 メールでやり取りをしたり…
 父親以上にパソコンを活用しています。
 昨日も、
 自分の弟(79歳)からメールで送ってきた、
 写真を見せてくれました。
 私はたまにしか実家へは行かず、
 親にメールもしません。
 息子としては…
 75の手習いで覚えたパソコンで、
 元気でいて欲しいと願っています。

投稿者 sapporobiyou : 21:37 | コメント (0)

2009年09月16日

私の顔を治してください

 市立札幌病院に勤務していた、
 ある時期のことでした。
 救急部に一人の女性が搬送されてきました。
 現在、北海道大学救急医学講座教授の
 丸藤哲(がんどうさとし)先生が、
 手術中の私のところへ、
 わざわざいらしてくださいました。
 同じ病院内で、
 救急の先生が担当医のところへいらっしゃるのは、
 よほどのことです。
      ■         ■
 本間先生、
 申し訳ありませんが、
 この手術が終わったら、
 大至急、救急ホールにいらしていただけませんか?
 ふだんは冷静な丸藤先生が、
 その時は、少し違って見えました。
 幸い、短い手術だったので、
 私は手術室があった2階から、
 地下の救急ホールへ向かいました。
      ■         ■
 救急ホールには、
 一人の若い女性患者さんが横になっていました。
 私が着くと…
 その方は…
 私の顔を治してください
 と弱々しい声で言いました。
 交通事故で、
 搬送されてきた患者さんでした。
 私はモデルをしています
 キズを治すプロを自認していた私も、
 驚くほどのケガでした。
      ■         ■
 将来ある若い女性の顔のケガは、
 形成外科医にとって大変難しい手術です。
 少しでも後遺障害を少なく、
 元通りに治してあげたい…。
 という思いがあります。
 ところが…
 まったく元通りにすることは、
 限りなく不可能に近いこともあります。
 自分にはできないので…
 ブラックジャックを呼びたいと思うこともあります。
      ■         ■
 私の顔を治してください
 と頼まれた私は、
 丸藤先生に全身麻酔をかけていただき、
 その日の予定をすべてキャンセルして、
 6時間30分をかけて、
 その女性の顔を手術しました。
 今までの形成外科医人生の中で…
 一番重症だった顔のケガでした。
 幸い、
 手術後の安静も守っていただき、
 経過も順調でした。
      ■         ■
 私がJA帯広厚生病院へ転勤してからも、
 修正手術を受けに、
 帯広までいらしてくださいました。
 明るく…
 前向きな性格の女性でした。
 その後は、
 年賀状のやりとり程度が続いていました。
 私は元気で働いていることを知り、
 安心していました。
      ■         ■
 事故から約10年が経過していました。
 私が、
 信じてはいけない人に騙されて、
 人生で一番落ち込んでいた時期に、
 一枚の葉書をいただきました。
 先生、結婚しました。
 隣にいるのは…
 毎日お見舞いに来てくれていた彼です。
 一枚の葉書には、
 結婚式の写真がついていました。
      ■         ■
 その写真を見て…
 私は、
 落ち込んでいて…
 一度は辞めようと思った形成外科医を
 続けることにしました。
 今、私が形成外科医を続けているのは、
 この女性からの葉書のおかげです。
 写真は本人の承諾を得て掲載していますが、
 気の弱い人は
 最後の写真を見ないでください。

2009/09/ka2.jpg
結婚式の写真
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気の弱い人は
この先を
見ないでください!
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

2009/09/ka1.jpg
受傷時です

投稿者 sapporobiyou : 19:32 | コメント (0)

2009年09月15日

元には戻せません

 プチ整形という言葉があります。
 整形は簡単で…
 気に入らなければ…
 すぐに元に戻せる…
 という誤った認識があります。
 糸で留める埋没法でも、
 簡単には戻せません。
 埋没法で固定する手術より、
 糸を取る手術の方が難しいのです。
      ■         ■
 眼瞼下垂症などの切る手術は、
 元の通りに戻すことは不可能です。
 メスを入れて剥離(はくり)という操作をすると、
 そこには瘢痕(はんこん)というキズができます。
 眼瞼挙筋(がんけんきょきん)という筋肉を操作すると、
 目が大きくなります。
 手術後に気に入らないから…
 元に戻してくださいと言われても…
 元に戻すことはできません。
      ■         ■
 形成外科や美容外科の手術は、
 大部分が緊急性がありません。
 手術を受ける前に、
 少しでも迷いがあるのでしたら、
 私は手術をおすすめしていません。
 せっかくいらしていただいたのに、
 という気持ちもありますが、
 その方が、本人のためだと思うからです。
      ■         ■
 昨日の日記に書いた、
 危ない患者さんという言葉に、
 コメントをいただきました。
 不適切な表現で申し訳ございません。
 美容外科の業界ではよく使われています。
 コメントをいただいた方は、
 他の形成外科で手術を受けられ、
 症状が快くなられたとのことです。
 上手な先生に手術をしていただいて、
 よかったと思います。
      ■         ■
 ただ…
 1年3ヶ月経った今でも、
 やはり以前から私の顔を知っている人には
 「整形したのではないか・・」と
 疑念を持たれているのではないかと
 いつもハラハラ・ドキドキしながら会っています
 という文を読んだ時に、
 やはり私は手術をお引き受けしなくてよかった。
 私の判断は誤っていなかったと思いました。
      ■         ■
 眼瞼下垂症の診断は、
 診断する医師によって異なります。
 一部の眼科医の間では、
 形成外科医は手術をしすぎているという批判もあります。
 厚生労働省が定めた、
 明確な診断基準や、
 手術適応の基準はありません。
 一般的に眼科医より、
 形成外科医の方が診断基準が広いと思います。
      ■         ■
 他の大きな病院で…
 眼瞼下垂症ではないと診断されてた方を、
 私が眼瞼下垂症と診断することもあります。
 コメントをいただいた方のように、
 私が、眼瞼下垂症は軽度で、
 手術をしても
 頭痛や肩こりが100%治るとは言えない。
 と判断することもあります。
 頑固な肩こりや頭痛には、
 頭痛専門のクリニックをご紹介することもあります。
      ■         ■
 一番の問題は、
 自分の顔が変わることに抵抗がある…
 ということです。
 眼瞼下垂症の手術は保険適応でできますが、
 元に戻す手術には保険が効きません。
 また、100%元通りに戻すこともできません。
 元に戻した方が良いのではないかなどと、
 随分と悩んだものでした。
 と書かれていました。
      ■         ■
 悩んで、
 元に戻す手術の相談を受けても…
 私には、よい答えはありません。
 私たち美容形成外科医にとっても、
 元に戻してください
 と言われるのは、
 大変なことなのです。
 決して小さなことではありません。
 言葉足らずで不快な思いをおかけして、
 申し訳ございませんでした。
 手術適応は慎重に決めているのです。

投稿者 sapporobiyou : 20:52 | コメント (0)

2009年09月14日

元に戻してください―美容外科医の苦悩―

 美容外科医にも苦労はあります。
 楽で儲かりそうだから…
 とお考えの先生には、
 絶対におすすめできません。
 元に戻してください
 は2008年8月13日の日記に書いてあります。
 私は危ない患者さんには何度も説明しています。
 手術をお断りすることもあります。
 それでも…
 元に戻してください…
 という方が…
 年に一人か二人はいらっしゃいます。
      ■         ■
 ある程度経験を積んだ美容外科医でしたら、
 元に戻してください
 必ず経験したことがある筈です。
 そんな患者を手術するから悪いと言われる、
 美容外科医や形成外科医がいると思います。
 自分は経験を積んだ医師だから、
 そんな人は絶対に手術しない。
 と豪語する医師もいると思います。
 でも…
 それは経験を積んでいない証拠です。
      ■         ■
 美容外科の技術は、
 ある程度経験を積んで、
 修行に励むと…
 それなりに上達することができます。
 私自身、技術的な問題で悩むことはありません。
 自分ができる手術しかしません。
 例えば…
 骨を切る手術はしていません。
 技術的にはできても、
 通院でするにはリスクが高いからです。
      ■         ■
 ところが…
 読めないのが…
 人の心です。
 この人は眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)だから、
 瞼(まぶた)を切って…
 眼瞼挙筋(がんけんきょきん)という
 筋肉を調節すると…
 黒目が出るようになって…
 おでこのシワもできなくなって…
 肩こりも治るだろう…
 でも…
 顔は変わりますょ
      ■         ■
 何度もご説明して、
 手術をして、
 私が見ても…
 職員が見ても… 
 きれいになったのに…
 新しい顔に馴染めない人が、
 必ずいらっしゃいます。
 お買い物に行って、
 十分に考えて買ったのに…
 デパートへ返品に行く人がいます。
      ■         ■
 手術は…
 返品がきかない商品です。
 手術をしてくださいと頼んだのは本人で、
 自己責任だから、
 そんなの相手にしなければいいじゃん。
 という人もいらっしゃると思います。
 でも、
 2時間もかけて…
 丁寧に作った自分の‘作品’を… 
 否定されるようで…
 とてもがっかりします。
      ■         ■
 手術直後は、
 ちょっと派手に見えるものです。
 腫れが少ないといっても…
 切って縫うのです。
 麻酔もしますから、
 腫れも必ずあります。
 安静にしていれば、
 時間とともに必ず快くなるのです。
 この期間を待てない人が困るのです。
 救急医の苦悩に比べると…
 小さなことですが、なかなか大変です。

投稿者 sapporobiyou : 20:51 | コメント (0)

2009年09月13日

救急医の苦悩

 救急医は、
 肉体的にキツイだけではなく、
 精神的な苦悩もあります。
 私が知っている優秀な救急医が、
 救急を辞めてしまったことがありました。
 自分たちは、
 一生懸命治療しているというが…
 ベジ(植物状態の人)をつくって…
 患者さんや家族を苦しめているだけでは…?
 という苦悩です。
      ■         ■
 救急を担当したことがある医師であれば、
 一度は…
 先生、どうして私を助けたの?
 どうして…
 そのまま死なせてくれなかったの?
 と言われた経験がある筈です。
 不慮の事故や病気で…
 救命救急センターへ
 搬送される方だけではありません。
 自ら命を絶って…
 死に切れなくて…
 搬送される方もいらっしゃいます。
      ■         ■
 不慮の事故や病気で…
 心肺停止状態で搬送されてくる方にも、
 救命しても…
 重度の後遺障害が残る人がいます。
 本人はもとより、
 家族にも…
 莫大な医療費と…
 介護負担という…
 経済的にも大変な状況が…
 明らかに見えている人がいます。
      ■         ■
 私を含めて…
 もし万一倒れたら…
 その日から収入は途絶えます。
 私は、
 事業を営んでいますので、
 患者さんや従業員が困ることがないように、
 所得補償保険に入っています。
 この保険金が、
 税務調査で指摘され、
 数百万円の税金を、
 払ったこともとありました。
 それでも働いているより収入は減ります。
      ■         ■
 救命救急センターでかかる医療費は、
 私たちの想像をはるかに超えた額になります。
 重症熱傷(じゅうしょうのやけど)では、
 一ヵ月に1,000万円を超えることもあります。
 他にも高額となる治療はたくさんあります。
 救命救急センターには、
 長い間、入院していることはできません。
 一定期間が過ぎて落ち着いたら…
 今より治療が低下することがわかっていても…
 他の病院へ転院させなくてはなりません。
      ■         ■
 美容外科医にも、
 さまざまな苦労があります。
 苦悩もあります。
 でも…
 救急医の苦悩に比べると…
 次元が違うように思います。
 美容外科医にとっては…
 二重の幅が左右で違う…
 とかでも悩みになります。
      ■         ■
 北大形成外科の同門である、
 札幌中央形成外科の武藤英生先生が、
 ご自身のブログ
 医者は何のためにあるんだを書かれていました。
 武藤英生先生は、
 故武藤靖雄先生のご子息で、
 札幌中央形成外科の理事長です。
 とても真面目で優しい先生です。
 私は、武藤先生のブログを楽しみに読んでいます。
 今回のブログは、とても興味深い内容なので、
 医学を志す人に、
 是非読んでいただきたいと思いました。

投稿者 sapporobiyou : 19:38 | コメント (0)

2009年09月12日

食べても太らない薬

 平成21年9月12日(土)朝日新聞、天声人語です。
 一線記者の頃、その日の仕事が終わると打ち合わせと称して繰り出した。飲むうちに日付が変わり、帰ればいいのにラーメンで締めるという日課である。その前にギョーザとビールがついた。
 ▼いま健診で怒られるたび、あれで10年は命が縮んだと悔やむが、ほろ酔いラーメンは体を張るに値する味だった。スープの背脂がぎっとり絡んだ太麺(めん)が、仕事漬けの身に一時の安息をくれた。目方と一緒に。
 ▼米ノースウエスタン大のチームが、夜食べると太ることをマウスの実験で確かめたそうだ。明るい時だけ食べられるグループと、暗い時だけのグループに分け、高脂肪の餌をやり続けた。6週間後の体重増加は「昼食組」の平均20%に対し、「夜食組」は48%に達した。
 ▼実験中の摂取カロリーと運動量に差はなく、寝るべき時間帯に食べたのがより肥えた理由とみられる。深夜には食べるなというメタボ予防の戒め通り、生活リズムを無視した暴食は体内時計が許さないらしい。
 ▼捨てる神あれば拾う神あり。京都大の上杉志成(もとなり)教授らのチームが、細胞内で脂肪ができるのを抑える化合物を見つけた。過食するマウスに4週間与えたところ、与えなかった一群に比べ体重は12%、血糖値は70%低くなった。脂肪肝も防げたという。
 ▼研究を重ねれば、いくら食べても太らない薬ができるかもしれない。朝から焼き肉、深夜にカツ丼。ついでに、飲むほどに肝臓が元気になるお酒が発明されたら人生は楽しかろう。ただし、使っても減らない財布があったらの話。見果てぬ夢のあれこれである。(以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 こんな理想の薬ができたら、
 売れるでしょうか?
 よく夜勤をはじめた看護師さんが…
 体重のコントロールができなくなってしまい、
 急激に10㎏も太ったという悩みを聞きます。
 夜、食べるのはよくないとわかっていても、
 ついつい誘惑に負けてしまいます。
      ■         ■
 女の子が好きな、
 美味しい
 お菓子
 チョコ
 ケーキ
 アイス
 ジュース
 は美容の大敵です。
      ■         ■
 身体に良いのは、
 規則正しい3度の食事
 ご飯に納豆
 とわかっていても、
 なかなか続けられません。
 目の前に…
 美味しいケーキがあるのに、
 食べないのは…
 自分だけ食べないのは…
 勇気がいることです。
      ■         ■
 私自身の食生活は、
 褒められたものではありません。
 まず超早食いです。
 せっかく、作ったのに…
 もう少し味わって食べてょ!
 と何度言われたことでしょうか?
 昼食も約5分以内です。
 それも遅い時は、
 夕方です。
      ■         ■
 私が体重をなんとか維持しているのは、
 食べる量を調節しているからだと思います。
 たくさん食べた翌朝は…
 ご飯を減らしてもらいます。
 間食もしません。
 飲むのは…
 水とコーヒーだけです。
 カロリーを計算しているのではありませんが、
 食べ過ぎると…
 胃が受け付けなくなります。
      ■         ■
 結婚した直後に…
 一時期、幸せ太り♡したことはありますが、
 30年間…
 身長171㎝
 体重58~60㎏を維持しています。
 最近は60㎏を切ったほうが…
 何となく調子が良いようです。
 食べても太らない薬よりも、
 食べない努力をするのが、
 健康的な生活だと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:00 | コメント (0)

2009年09月11日

琴似(ことに)の鮓佐(すしさ)さん

 私の誕生日には、
 たくさんのお祝いをいただき、
 ありがとうございました。
 おかげ様で、
 元気な55歳になれました。
 高須先生からも、
 ambloへコメントをいただきました。
 何かやりなさい
 という先生のご指示にしたがって、
 何かやろうと思います。
      ■         ■
 今日は息子の誕生日です。
 釧路函館では小さかった息子も、
 24歳になりました。
 9月11日が誕生日。
 米国のナイン・イレブンです。
 あの事件が起きた2001年に、
 ぼくの誕生日は、忘れられない日になった。
 と言っていたのが、
 高校生でした。
 時が経つのは早いものです。
      ■         ■
 昨夜は、
 私の誕生祝いと、
 息子の誕生祝いを兼ねて、
 琴似(ことに)の鮓佐さんへ行きました。
 私の数少ない贅沢の一つです。
 鮓佐さんの、
 鮓(すし)は
 お鮨のではなく、
 へんにるの…
 です。
 佐々木さんのをつけて、
 鮓佐です。
      ■         ■
 ご主人の佐々木隆さんとは30年のお付き合いです。
 昭和28年生まれの56歳。
 私より一つ年上です。
 佐々木さんとはじめて出会ったのは、
 琴似にあった‘琴ずし’というおすし屋さんでした。
 麻酔科研修をしていた時に、
 先生、琴似に美味しいおすし屋さんがある
 と教えていただいたのが、
 琴ずしでした。
 琴ずしのご主人は山口さんという職人さんでした。
 今は‘すし処さっぽろ’という、
 高級なお店を経営なさっていらっしゃいます。
      ■         ■
 佐々木さんは、
 脱サラして琴ずしに就職されました。
 琴ずしのご主人だった山口さんも、
 脱サラ→転職→すし職人という、
 転職成功組のお一人です。
 佐々木さんが独立されてからは、
 私は鮓佐の、
 常連になりました。
 私は鮓佐のおすしを食べさせていただくと、
 また明日から元気で働こう
 という意欲が出ます。
      ■         ■
 新鮮で美味しいのに、価格は手ごろです。
 佐々木さんがお一人で握って
 お茶まで出してくださいます。
 中トロ
 ウニ
 イクラ
 カニ
 美味しい食材ばかりです。
 カウンターで食べても安心価格です。
 知る人ぞ知る、こだわりのおすし屋さんです。
      ■         ■
 鮓佐(すしさ)
 札幌市西区24軒4条5丁目9-1
 地下鉄琴似駅5番出口から徒歩2分
 地下鉄東西線の通りの上
 交差点の角のお店です
 電話:011-622-6797
 営業時間:12:00~22:00
 定休日:第2第4水曜日
 価格:一人前1,300円~
 ウニが入った特上は2,100円
 カウンター7席+小上り
 お電話で予約なさって行かれるのがベストです。

2009/09/sushisa1.jpg

2009/09/sushisa2.jpg

投稿者 sapporobiyou : 20:25 | コメント (0)

2009年09月10日

救急医療の大変さ

 私は救急の専門医ではありません。
 救急医療に、
 それほど詳しい訳でもありません。
 救急医と、
 一時期、いっしょに働いた経験だけです。
 私の偏見が混じっているかも知れませんが、
 救急医療がいかに大変かを記載します。
      ■         ■
 私たちのような開業医や、
 病院の外科医は、
 定期手術(ていきしゅじゅつ)といって、
 予(あらかじ)め手術の予定を立てて、
 その計画通りに手術をします。
 あなたの手術は、
 来週月曜日の朝9:00からです。
 というように予定を立てます。
      ■         ■
 その間に、
 十分な検査や、
 術前検討会などで、
 手術についての‘下調べ’もできます。
 自分一人で難しい手術でしたら、
 大学などに応援を頼むこともできます。
 手術を受ける患者さんにも、
 手術を執刀する外科医にも、
 十分に準備する時間があります。
      ■         ■
 外来で診察をしてから、
 患者さんとの信頼関係を築き、
 それから手術に臨みます。
 救急医療は、
 ある日突然に…
 瀕死(ひんし)の重傷となった方が…
 救急車で搬送されて来ます。
 瞬時に判断して、
 緊急手術となることもあります。
      ■         ■
 検査も十分にできないまま、
 救急ホールで手術をはじめることもあります。
 ある救命救急センターに、
 外傷患者さんが搬送されて来ました。
 救命するために…
 処置をして、
 血だらけになりました。
 そこらじゅうに血がついた後で、
 検査室から緊急電話がありました、
 HIV陽性です
      ■         ■
 幸い、医療従事者への、
 HIV感染はありませんでした。
 血液を介して感染する、
 HIV、
 肝炎など、
 現場の医療従事者には、
 常に感染の危険があります。
 待ったなしの救急医療には、
 こうしたリスクもあります。
      ■         ■
 現在の法律では、
 無保険者だからと…
 診療を拒否することはできません。
 明らかに治療費が払えず、
 公費(お役所からのお金)で、
 治療費を払っていただけない方でも、
 病院は診療をしなければなりません。
 公立病院だけではなく、
 民間病院でも同じです。
      ■         ■
 医療の特殊性もあります。
 お金がなくて…
 一週間も…
 何も食べていない人がいたとします。
 市役所に食事を求めて来ても、
 国会議事堂に来ても、
 ただで食事は出してもらえません。
 手続きをして、
 申請してからでないと、
 何もいただけません。
      ■         ■
 病院は…
 公立でも民間でも、
 救急車で搬送された人を、
 お金が無いという理由で断ることはできません。
 重症で、
 何度も手術をして、
 治療費が数百万円になっても…
 保険がない人にも
 お金がない人にも
 平等に医療を提供しなくてはなりません。
      ■         ■
 以外と知られていない事実ですが、
 大きな病院には、
 医業未集金という、
 患者さんから、
 いだだけなかった治療費
 かなりあるのが現実です。
 私が知っている限り、
 国はその補償をしてくれません。
 医学的にも、
 経済的にも、
 高度の救急医療の提供には、
 たくさんの問題点があります。

投稿者 sapporobiyou : 19:37 | コメント (0)

2009年09月09日

救急の日

 今日は救急の日です。
 私は形成外科医として、
 長い間、救急医療のお手伝いをしました。
 形成外科で関係するのは、
 顔のケガ。
 熱傷(やけど)などです。
 救命救急センターでないと助からない、
 重症の患者さんの治療も経験しました。
      ■         ■
 TVで見る…
 救急病棟の先生は、
 かっこ良くて…
 さっそうと働いていらっしゃいます。
 実際の救急医療の現場は、
 大変なものです。
 55歳のおじさん先生には、
 とても救急当直はできません。
      ■         ■
 救命救急センターへ搬送される方には、
 今朝まで元気だったのに、
 突然倒れて…
 意識を失って…
 呼んでも返事をしてくれなくなった…
 冷たくなって…
 もう帰らぬ人になってしまった。
 という例もたくさんあります。
 市立札幌病院に勤務していた20年前に、
 救急部でたくさんの患者さんをみました。
      ■         ■
 私は救急で仕事をしてから、
 人生観が変わりました。
 ドナーカードを持ったのも、
 救急部へ行ってからです。
 死んで灰になるよりは、
 死んでからも…
 他の人の役に立ちたいと思いました。
 苦しんで死ぬのは嫌ですが、
 脳死になったら…
 組織すべてを差し上げます。
      ■         ■
 救急車に‘患者として’
 乗ったことはありません。
 同乗者としては、
 何度か乗りました。
 私の母親が…
 一度お世話になったことがあります。
 救急隊員の方は、
 とても親切丁寧でした。
 言葉遣いも丁寧で、
 公務員の見本のような方でした。
      ■         ■
 救急の仕事は大変です。
 救急医も大変です。
 民主党政権になって、
 日本は変わるようです。
 国民が安心して暮らせる世の中にして欲しいです。
 救命救急というのは、
 私たちの生活に必要なものです。
 日本全国どこにいても、
 最高の救急医療が受けられるような、
 医療システムを作っていただきたです。

投稿者 sapporobiyou : 21:11 | コメント (0)

2009年09月08日

55歳になりました

 今日で55歳になりました。
 幸いなことに…
 開業医という、
 定年のない仕事に就いています。
 この10年でとしをとりました。
 外見的にも、
 機能的にも、
 お直しが必要な年齢となりました。
      ■         ■
 家内からも…
 職員からも…
 先生もそろそろ…
 と言われています。
 一番、感じているのは…
 自分自身です。
 手術用顕微鏡やルーペのおかげで、
 見ることに不自由はしていません。
 手術は下を見る作業なので、
 瞼が下がってきてもできます。
      ■         ■
 私の視力は高校生の頃…
 両眼とも2.0でした。
 大学生の時、
 組織学実習で顕微鏡を見た頃から…
 近視になりました。
 運転免許証は、
 今も裸眼のままでOKです。
 視力がいい人は…
 早く老眼になる…?
 と聞いたことがあります。
      ■         ■
 幸い私は、
 老眼鏡なしで…
 新聞も書類も読めます。
 私の父が…
 老眼鏡なしで…
 83歳の今でも…
 新聞を読めます。
 親からもらったよい目に感謝しています。
      ■         ■
 手も震えません。
 優秀な外科医の中にも、
 若い時から…
 手が震える先生がいらっしゃいます。
 幸いなことに、
 私は手が震えて困ったことは、
 一度もありません。
 手が震えたのは…
 一番最初に住宅ローンを借りて…
 書類に印鑑を捺印した時だけです。
      ■         ■
 一番の問題はやる気です。
 こればかりは…
 年齢とともに衰えます。
 この院長日記を通じて…
 たくさんの方から応援していただいています。
 毎日、元気を…
 いただいています。
 ほんとうにありがとうございます
 自分の子どもと同年代の…
 若い職員からも、
 元気をもらっています。
 偏屈ながんこ親父に…
 これからも、ご支援をお願いいたします。

投稿者 sapporobiyou : 22:25 | コメント (3)

2009年09月07日

この10年…

 明日は私の55歳の誕生日です。
 昔でしたら…
 定年退職の日です。
 今でも…
 公務員には、
 勧奨退職という制度があり、
 55歳で退職すると…
 退職金が15%割増しされるそうです。
 民間企業に勤務する友人にも、
 役職定年というのがあるそうです。
      ■         ■
 10年前は、
 1999年(平成11年)でした。
 私は…
 札幌医大形成外科講師として勤務していました。
 『英文論文を2編書いたら助教授』
 という…
 上司の言葉を信じて…
 英語と悪戦苦闘して…
 IBMのノートPCで…
 毎晩、論文を書いていました。
      ■         ■
 函館の病院へ当直のアルバイトに行っては、
 当直室でノートPCに向かっていました。
 函館の看護師さんにも、
 病棟の師長さんにも、
 薬局の先生にも、
 臨床検査室の技師さんにも、
 売店のおばちゃんにも、
 お掃除をしてくださる女性の方にも、
 給食を運んでくださる方にも、
 事務の方にも、
 同僚の先生にも、
 経営者の理事長ご夫妻にも、
 大変お世話になりました。
      ■         ■
 私は函館の病院が好きでした。
 療養型の老人病院でしたが、
 若いスタッフが、
 毎日、お年寄りのお世話をしていました。
 残念なことに…
 当直の夜も論文を書いて…
 英文論文は2編以上書きましたが…
 助教授にはしてもらえませんでした。
 4年間講師のままで、
 大学を追い出されました。
 私の前任者である、
 旭川赤十字病院の阿部清秀先生も、
 私以上にひどいやり方で、
 大学を追われました。
      ■         ■
 私は、大学を追われた時に、
 計画を立てました。
 札幌医大に形成外科をつくろう。
 私は大学を追い出されましたが、
 形成外科に興味を持ってくれた学生はいました。
 学問として、
 臨床科目として、
 独立した形成外科をつくろうと思いました。
 私のような思いは、
 もう他の人にはさせたくないと思いました。
      ■         ■
 形成外科を自分の支配下に置き、
 私を騙(だま)した教授を、
 医学部長の席から引きずり下ろそうと考えました。
 やり方は簡単でした。
 悪いことをたくさんしていたので、
 ちょっと内部告発をしただけです。
 その医学部長は野心家で、
 次は学長を狙うと噂されていました。
 学長にだけは…
 絶対にさせない!
 私の執念で阻止しようと考えました。
      ■         ■
 大学の教員なんて…
 弱いものです。
 一番弱いのは、
 マスコミです。
 新聞によく出ている…
 研究費の不正など…
 そこら中でしていました。
 私が内部告発した‘事件’は、
 朝日新聞とNHKにより、
 私が退職した翌年の1月に、
 大々的に報道されました。
      ■         ■
 予想外だったのは…
 全国の他大学への波及でした。
 どこも同じようなことをしていたようです。
 朝日新聞社とNHKのおかげで、
 新聞、TVは…
 連日、札幌医大の不正を報道してくれました。
 私を得意気に追い出した医学部長は、
 処分を受けました。
 札幌医大はようやく、
 形成外科の教授を公募して、
 現在の形成外科教授が就任しました。
      ■         ■
 私の手法は、
 少し手荒かったのですが、
 こうでもしないと、
 札幌医大には、
 形成外科はできませんでした。
 私の人生の中で、
 この10年間の…
 一番大きな出来事は、
 この内部告発でした。
      ■         ■
 私は今、小さなクリニックの院長です。
 治療方針も自分で決められるし、
 好きな手術を毎日しています。
 自分が窮地に陥(おちい)った時に、
 助けていただいた恩は忘れません。
 これからの10年は、
 少しでも自分の力で、
 困っている方の、
 力になるような仕事をしたいと思っています。
 健康に注意して、
 元気で働きたいと思っています。

投稿者 sapporobiyou : 22:03 | コメント (0)

2009年09月06日

失業の経験

 医者は失業しない。
 大学教授には、失職の心配がない。
 ふつうの人は、
 こう思います。
 ふつうの人であった私も、
 自分が失業するまでは、
 職を失うと思ったことは…
 一度もありませんでした。
 大学の医局に在籍していれば…
 待遇に文句を言わなければ…
 職を失うことはありませんでした。
      ■         ■
 病院はつぶれない
 銀行はつぶれない
 と思われていた時代もありました。
 今は…
 病院も銀行も…
 つぶれる時代になりました。
 真面目で…
 優秀な…
 大学教授でも、
 失職の危機にさらされることがあります。
      ■         ■
 私は自分が職を失った時に、
 もがき苦しみました。
 職を失って、
 『明日からどうしよう…』
 と思ったのも事実です。
 それ以上に、
 裏切られたという思いと…
 気付かなかった自分は…
 何て愚(おろ)かだったのか?
 と自分が嫌になりました。
 忠告してくださった先輩もいたのに…
 もっと注意すべきだった…
      ■         ■
 幸いなことに、
 私はたくさんの人に支援していただき、
 再起することができました。
 高須克弥先生からいただいたコメントです。
 そうだよ
 逆境の時ほど本当の友人が発見できるんだ。
 落ち目の時は友人を見極めるチャンス。
 よかったと思いなさいね。
 ほんとうに…
 ありがたいお言葉です。
      ■         ■
 私が職を失ってから、
 7年になりました。
 その間に、
 中央クリニック札幌院院長→
 札幌美容形成外科の開業→
 医療法人の設立と
 あっと言う間の7年でした。
 48歳→55歳になりました。
 苦しい時代でしたが、
 失業の経験は、
 自分にとってよかったと思います。
      ■         ■
 人生には、
 さまざまな失敗があります。
 信じてはいけない人に騙(だま)されたのは…
 自分に…
 見分ける眼力がなかったからです。
 医師とか弁護士は、
 困っている人を助ける職業です。
 自分に困った経験がなければ、
 親身になって、
 相手の立場にたって、
 助けてあげることはできません。
      ■         ■
 自分が職を失って、
 唯一、気になっているのが…
 私を頼ってくださっていた、
 患者さんのことです。
 術後の経過が良い方ばかりではありませんでした。
 何度も手術をやり直した方のことが、
 今でも気がかりです。
 申し訳ないことをしました。
 ごめんなさい…
 と謝りたいです。
      ■         ■
 今は、
 小さなクリニックの院長です。
 私を信頼してくださる、
 患者さんや従業員を、
 裏切らないように…
 毎日、精一杯がんばっています。
 雇用を守って、
 従業員を失業させないように、
 がんばっています。

投稿者 sapporobiyou : 18:33 | コメント (1)

2009年09月05日

失業と‘うつ病’と眼瞼下垂症

 世の中は不景気です。
 昨年秋からの、
 100年に一度の大不況。
 失業率は上がったままです。
 不景気によるリストラ。
 解雇。
 とても他人事とは思えません。
 私も48歳で職を失いました
      ■         ■
 幸いなことに、
 私はたくさんの方に助けていただき、
 何とか再起することができました。
 家内にも助けてもらいました。
 毎日、文句ばかり言っていますが…
 あの時のことは感謝しています。
 私も、
 職を失った時に、
 うつ病になりかけていたと…
 思います。
      ■         ■
 私がうつ病にならなくて済んだのは、
 私を拾ってくださった、
 中央クリニックの社長さんと、
 あたたかく迎えてくれた
 中央クリック新宿院のスタッフの皆さん、
 私を指導してくださった、
 日高士郎先生のおかげです。
 今でも感謝の心を忘れたことはありません。
      ■         ■
 札幌美容形成外科へも、
 不況でリストラに遭い、
 うつ病になった方がいらっしゃいます。
 うつ病の治療は、
 もちろん精神神経科の先生です。
 ある程度、
 うつ病が快くなり…
 外出もできるようになった方が…
 眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)
 受診されました。
      ■         ■
 ‘うつ状態’に不安がある方は…
 メンタルクリニックの先生にご相談してから、
 手術を行っています。
 明らかに回復なさっていらっしゃる方は、
 相談せずに手術をすることもあります。
 今までに何人か…
 うつ病の方の
 目の手術をしました。
      ■         ■
 黒目の半分が隠れていて、
 視界が狭く、
 ものが見ずらかったのが…
 ぱっちりとした目になりました。
 皆さん、 
 視界が明るくなり
 気分もすっきりした
 と喜んでくださいました。
      ■         ■
 特に女性は…
 目が大きくなって、
 憧れの二重にもなれて…
 これでがんばって働けます
 と元気になられます。
 解雇によって職を失い、
 病気になって…
 生活保護を受けていらっしゃる方も、
 医療保護で手術を受けられます。
 私は人を元気にする手術が好きです。

投稿者 sapporobiyou : 21:07 | コメント (0)

2009年09月04日

セレブなお客様

 さくらんぼさんから、
 札幌美容形成外科へ行くには…
 セレブでないと…
 行けない…?
 というコメントをいただきました。
 札幌美容形成外科のお客様には、
 確かにセレブな方がいらっしゃいます。
 私はよくわかりませんが、
 女性職員や家内は、
 持っていらっしゃるバッグや服で、
 わかるそうです。
      ■         ■
 でも、セレブな方は、
 少数です。
 札幌美容形成外科のお客様は…
 ふつうの方です。
 お仕事をされている方、
 家庭の主婦、
 お元気な高齢者の方など。
 年代は、
 10代~80代まで。
 90歳以上の方はまだいらっしゃいません。
      ■         ■
 東京の銀座で開業されていらっしゃる、
 セレブ専門の美容外科でしたら…
 たくさんのセレブなお客様がいらっしゃるかも?
 しれませんが…
 私が以前勤務していた、
 中央クリニックも、
 ごくふつうの方が、
 美容外科へいらしてました。
 地域性や、
 クリニックの特徴にもよりますが、
 ふつうの方が、
 ふつうに来院されるのが、
 今の美容外科です。
      ■         ■
 私のところは、
 保険診療がメインです。
 脱毛など、
 保険が効かない自由診療もありますが、
 手術の多くは保険診療です。
 これは…
 大病院の形成外科に長年勤務した私が、
 自分のMyクリニックを持つ時に、
 私なりに考えた…
 方針なので変えるつもりもありません。
      ■         ■
 さくらんぼさんのお母様の、
 眼瞼下垂症も手術で治せます。
 いつか、ご本人が希望されたら…
 是非、いらしてください。
 さくらんぼさんは、
 文章力もあり、
 携帯からあれだけの文字を打ち込めるのですから、
 かなりの文化人だと思います。
 私の友人である新聞記者も、
 さくらんぼさんのパワーに
 驚いていました。
 いつかお母様といらしてください。
 ご来院をお待ちしております

投稿者 sapporobiyou : 21:03 | コメント (1)

2009年09月03日

理想の職員とは?

 まみ子師長さんに、
 相変わらず、厳しい条件と、
 ご指摘をいただきました。
 確かに…
 タバコは吸えない
 茶髪は禁止
 爪は短く
 言葉遣いは丁寧に…
 院長は、
 厳しい頑固おやじ
 では、
 なかなか人は集まらないだろう…と
 ご心配くださったのだと思います。
      ■         ■
 札幌美容形成外科は、
 私を入れて総勢7人程度の、
 零細企業です。
 大病院ですら、
 求人難なのに…
 まみ子師長さんのご心配はごもっともです。
 ご心配いただきありがとうございます。
 私は理想主義者なのかもしれません。
 でも、
 今、働いてくれている職員は、
 立派に私の期待に応えてくれています。
      ■         ■
 先日、世界的に有名な、
 大手医療機器メーカーの、
 東京のカスタマーセンターへ私が電話をしました。
 対応してくれた方の電話応対に
 ちょっと問題がありました。
 折り返し、
 カスタマーセンターの責任者から
 お電話がありました。
 電話を取り次いだのが、
 札幌美容形成外科の受付職員でした。
      ■         ■
 その女性職員は、
 札幌美容形成外科へ入職後に、
 私の厳しい指導を受けました。
 お電話ありがとうございます。
 札幌美容形成外科でございます。
 何度も練習をして、
 立派に対応ができるようになりました。
 私がクレームを言った、
 大手医療機器メーカーの、
 カスタマーセンター長さんから、
 先生の受付さんは素晴らしいと、
 お褒めの言葉をいただきました。
      ■         ■
 私が、
 ○○メディカルのカスタマーセンターが
 あなたの電話対応が素晴らしいって
 褒めてくれたょ!
 と伝えると…
 とても嬉しそうにしていました。
 本人も、嬉しかったに違いありませんが、
 私も、とても嬉しく思いました。
 頑張ってよかったね
      ■         ■
 友人の息子さんが、
 東京の有名大学を卒業され、
 超大手の有名企業に就職されました。
 入社して…
 今までの人生で一番怒られた。
 自分が…
 こんなにできない人間だと思わなかった。
 というのが、
 そのご子息の感想でした。
      ■         ■
 私も…
 医師免許を取得して、
 北大形成外科へ就職して、
 病棟チーフの先生に毎日怒られました。
 仕事はできないし、
 チーフには毎日叱られるし、
 形成外科を辞めようと思ったこともありました。
 でも…
 同期4人が、
 同じように怒られていました。
 毎日、夕方には、
 明日はどうやったら怒られないか…?
 と相談したものでした。
      ■         ■
 札幌美容形成外科で求める職員は、
 忍耐強く
 努力してくれる人です。
 まみ子師長さんに、
 また、厳しい条件が増えた…
 と言われそうです…。
 私は、
 理想の人が現れるまで、
 忍耐強く
 お待ちしています。
 楽しいこともたくさんあります。
 皆様のご応募をお待ちしております。

投稿者 sapporobiyou : 20:00 | コメント (0)

2009年09月02日

受付カウンセラー募集2009-09

 受付カウンセラーを募集しています。
 美容外科で働いてみたいという、
 意欲がある方を募集しています。
 保険請求業務があるため、
 医療事務の資格があることが条件になります。
 実務経験は不要です
 電子カルテを導入したため、
 キーボードを見ないで、
 入力できる方が条件です。
 ワードとかエクセルの操作ができることが必要です。
      ■         ■
 美容外科に興味があって、
 自分でも施術を受けてみたい方を希望します。
 他院で埋没法などを受けた方でも大歓迎です。
 医療事務の資格があって、
 PCの操作もベテランだけれど…
 『埋没法って何?』
 という方はダメです。
 美容外科に対する、
 興味と知識がある方を望みます。
      ■         ■
 札幌美容形成外科への採用条件は、
 他の美容外科よりかなり厳しい面があります。
 まず、タバコを吸わない方です。
 美肌の大敵であるタバコを吸う方は、
 応募していただいても採用できません。
 また服装規定があります。
 ‘茶髪’は禁止です。
 札幌美容形成外科の規定は、
 日本航空の客室乗務員と同じ
 日本ヘアカラー協会レベルスケール6番です。
 (ほぼ真っ黒です)
      ■         ■
 茶髪を認めないのは、
 一流ホテルのフロントや
 航空機の客室乗務員に
 茶髪の方がいらっしゃらないのと同じです。
 爪も短く切っていただきます。
 清潔を第一とする医療機関では、
 爪は磨いてピンク色にするだけ。
 札幌美容形成外科へいらしていただいたお客様に、
 安全で快適なファーストクラスの
 医療サービスを提供したいと考えています。
      ■         ■
 一番大切なのは
 正直で
 嘘(うそ)をつかないことです。
 毎日たくさんのお電話をいただきます。
 私が手術をしている間に、
 電話に出て答えてくれるのが、
 美容外科の受付さんの仕事です。
 正確に知識を覚えて、
 困って電話をくださった方へ、
 正直に答えてくれる人を歓迎します。
      ■         ■
 自分自身の美意識が高い方を歓迎します。
 私たちの仕事は、
 美しくなるお手伝いをすることです。
 レーザー脱毛を受けてみたい方も歓迎です。
 全身のレーザー脱毛をしたい…
 でも…
 お金がない!
 という方は是非いらしてください。
 あなたの腕や脚がそのまま商品見本になります。
 『私も悩んでいたけれど、こんなにキレイになりました』
 これ以上、説得力がある説明はありません。
 悩んだことがない人に、
 他人の悩みはわからないものです。
      ■         ■
 未経験者でもOKです。
 ノルマは一切ありません。
 手術が不要な方に、
 無理に手術をすすめることはありません。
 必要なのは…
 意欲、笑顔、やる気です。
 札幌美容形成外科の求人情報は、
 ハローワークでご覧いただけます。
 皆様のご応募をお待ちしております。

投稿者 sapporobiyou : 20:19 | コメント (0)

2009年09月01日

ヒルドイドとキスマーク

 今から30年近く前のことです。
 当時、北大形成外科の研修医となった私は、
 薬の名前を覚えるのに苦労していました。
 医学部で教えてくれるのは…
 一般名という、
 化学構造式のような名前です。
 処方箋に書くのは…
 (当時は手書きでした)
 商品名とグラム数です。
      ■         ■
 形成外科はあまり薬を使いませんが、
 この商品名を覚えるのに苦労しました。
 私の父は薬剤師です。
 病院中の薬を知っていました。
 どうやって薬の名前を覚えたらいい…?
 と父に尋ねたことがありました。
 一つひとつ覚えるんだなぁ~
 特徴とか、使い方とか
 忘れないようなことと関連付けて…
      ■         ■
 新人研修医の私は、
 ヒルドイドをヒルロイドと間違って、
 何度か調剤薬局から指摘されました。
 このことを父に話しました。
 ヒルドイドはドイツの薬で
 キスマークが取れる!
 と教えてくれました。
 さすがは、ベテラン薬剤師と、
 今でも忘れずによく覚えています。
 大学では教えてくれませんでした。
      ■         ■
 キスマークは、
 皮下の出血斑(しゅっけつはん)です。
 ヒルドイドのヘパリン類似物質が、
 この出血斑に効きます。
 塗ってすぐに消えるのではありません。
 消えるのが早くなるだけです。
 実際にどの位効くか…?
 残念なことに医学的な裏づけも、
 論文も知りません。
 キスマークが取れる薬と覚えてからは、
 ヒルドイドを間違わなくなりました。
      ■         ■
 私たち形成外科医は、
 さまざまな外傷を診ます。
 顔にケガをして、
 内出血で腫れて…
 とてもかわいそうな状態の方を診ます。
 先生、早く腫れが引くお薬はありますか?
 このような時に、
 私はヘパリン類似物質が入った、
 外用薬を処方します。
      ■         ■
 顔のケガや腫れについても、
 科学的なデーターは知りません。
 ただ、30年の経験から言うと…
 ヒルドイドを塗った方が、
 早く腫れが取れます。
 彼(彼女)につけられた…
 ♡キスマーク♡
 私には縁がありませんが…
 早く消したければ、
 ヒルドイドをつけてはいかがでしょうか?
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 残念なことに…
 ヒルドイドには速効性はありません。
 朝、♡キスマーク♡に気がついて…
 どうしよう…???
 と思った時には、
 カバーマークが効果的です。
 子どもさんのアザを隠す製品です。
 他のどんな化粧品よりも効果があります。
 困った時に思い出してください。

投稿者 sapporobiyou : 21:01 | コメント (0)