« 2009年09月 | メイン | 2009年11月 »

2009年10月31日

医療とパソコン

 半年前から…
 札幌美容形成外科でも、
 電子カルテを導入しました。
 導入のきっかけとなったのは…
 カルテの保管場所です。
 法律でカルテには、
 5年間の保存が義務づけられています。
 カルテなどの診療記録は、
 医師としての貴重な財産です。
      ■         ■
 開院して5年が経過して、
 カルテの保管場所が少なくなってきました。
 嬉しいことですが、
 カルテは個人情報のかたまりです。
 24時間SECOMの監視カメラで、
 セキュリティーをチェックしています。
 個人情報保護保険にも入っています。
 それでも…
 カルテの管理と保管は大変です。
 信用にかかわる大問題です。
      ■         ■
 電子カルテの導入に当たっては…
 何社かの電子カルテを比較し、
 東京のショールームまで行って、
 現物を確認して慎重に選びました。
 最終的に選んだのは、
 札幌のアイレックスという会社の製品でした。
 私が選んだのは、
 製品自体の使い勝手もそうですが、
 サポート体制でした。
      ■         ■
 どんな大病院で導入している電子カルテでも、
 完璧な製品はありません。
 紙カルテの方が優れている点は、
 たくさんあります。
 電子カルテにして、
 よかった点も
 不便になった点もあります。
 幸いなことに、
 私が選んだ会社は、
 困ったことがあっても、
 すぐにサポートしてくださいます。
      ■         ■
 私が若い頃の大学病院では、
 処方箋や検査伝票の記載は、
 すべて(新人)医師がしていました。
 こうして先輩の仕事を見て覚えました。
 地方病院へ行くと、
 医師は指示簿に記入するだけで、
 検査伝票へは看護婦さんがしてくれました。
 名前を記入することや、
 項目をチェックするのも、
 看護婦さんがしてくれました。
      ■         ■
 昔は…
 指示簿や検査伝票を通じて、
 医師⇔看護師の、
 コミュニケーションがありました。
 汚い字で書いても、
 何とか判読してくれました。
 看護記録も手書きだと、
 誰の字か?
 すぐにわかりました。
 キレイな字で丁寧に書かれていると…
 その人の性格までわかるようでした。
 疲れているのに…
 一生懸命書いたのもわかりました。
      ■         ■
 私は医療分野にPCが導入されるのは、
 時代の流れとして当然で、
 避けては通れないものだと思います。
 電子カルテへの入力が、
 PC画面ではなく、
 携帯端末のようなものから、
 簡単に入力ができて、
 同時に医師⇔看護師が、
 チャットのようにできる電子カルテがあれば、
 ずいぶん使いやすくなると思います。

投稿者 sapporobiyou : 17:23 | コメント (1)

2009年10月30日

看護師さんの仕事と記録

 医療というのはチームプレーです。
 医師だけではできません。
 看護師さんは、
 よりよい医療を提供するために、
 なくてはならない大切なパートナーです。
 私は細かくて厳しい医師なので、
 形成外科部長をしていた頃には、
 看護婦さんから嫌われていたかも…?です。
      ■         ■
 最近の看護師さんは疲れています。
 函館の看護師さんが書かれていたように…
 大きな病院ほど、
 記録が多く、
 病室へ行って…
 患者さんのお話しを聞き…
 患者さんのお世話をする時間よりも…
 PCに入力したり、
 書き物をする時間が長いように…
 思うことがありました。
      ■         ■
 病院にPCが導入されて、
 オーダリングシステムや
 (処方や検査の指示を直接PCへ入力)
 電子カルテになってから…
 医師も患者の方を向かないで、
 パソコンの画面ばかり見ていると言われます。
 指示を間違えたり、
 入力ミスがあると大変なので、
 ついつい画面に目が行きます。
 2009年1月2日の日記、
 セカンドオピニオンにも書いてありますが、
 手術を決めるのも、
 PCに入力しなければできません。
      ■         ■
 私が医師になった30年前は、
 検査の指示も、
 お薬の処方も、
 すべて手書きでした。
 医療事務のプロは、
 先生がカルテに書いた
 ミミズが這ったような
 瞬時に判断しなければなりませんでした。
 大学病院で新人医師の仕事は、
 上の先生について、
 先生が言われたことをカルテに記載する、
 ベシュライバーbeschreiberという係りでした。
      ■         ■
 30年前から、
 大学病院の病棟勤務の看護婦さんは、
 記録が大変そうでした。
 医師のカルテより、
 よほど詳しく書かれていました。
 新人ナースが、
 夜10時頃まで、
 サービス残業で看護記録を書いていました。
 残念なことに…
 医師のカルテと看護記録が別だったために、
 私たちが看護記録を見ることは、
 めったにありませんでした。
      ■         ■
 看護師さんの仕事は3交代で、
 複数の人が担当します。
 記録を正確に残さないと、
 一貫した看護ができないことはわかります。
 医師の立場から見ると…
 この記録が重荷になって、
 本来、患者さんの傍に行って…
 お話しを聞いたり、
 お世話をしたりする時間が、
 少なくなっているように思ったことがありました。
      ■         ■
 アナログ時代の地方病院では、
 検査データーは看護婦さんが
 カルテに、
 紙を貼ってくれていました。
 私よりも検査結果をよく覚えている…
 優秀な看護婦さんもいらっしゃいました。
 先生、はい、今日の検査結果です。
 まだデーターが悪いですね。
 こんな会話が成立したのも、
 紙の時代の良さなのかも…?です。
      ■         ■
 今、大病院では、
 PC画面でリアルタイムに検査結果がわかります。
 プリントして患者さんに差し上げることもできます。
 看護師さんが入力した看護記録も、
 医師が外来や医局で見れると思います。
 私は、
 偉そうなことを言える立場ではありません。
 医療というのは、
 患者さんの傍へ行くことが大切で、
 記録がもっと簡単に入力できるようになると、
 患者さんの満足度も高くなると思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:12 | コメント (0)

2009年10月29日

看護の極意

 昨日らずべりーさんからいただいたコメントです。
私が注意している事、心がけている事、対処の方法の例です。その中でいくつか書かせて頂きます。
五感を使い、非言語的なサインに気づく
病室を退出する時、特に転倒しそうな方はスリッパや靴を次回降りやすいよう向き変えて揃えておく、障害物がないかも見ておく(夜急いでトイレに行く時に転倒される時がある)
 スリッパで足元が危ない場合は、滑らないシューズに変更出来ないかご本人やご家族に相談をしてみる。
頻尿の場合で転倒の危険がある場合は、トイレの近くの病室やトイレ付きの部屋を検討してみる。トイレまで間に合わないや歩行はいまいち厳しい時は、ポータブルトイレや尿器をどうかとお聞きしてみる。
 点滴が500ml×3本(24時間継続の指示ではない場合)の指示の場合、いつもより3時間早く(朝6時、7時~)スタートする事で消灯前に終わらせる事ができ、夜トイレに行く回数が減り、眠れるようになる事もあるので患者さんと相談してみる。
眠れないと訴えがあった時、原因をアセスメントしてその方にあった解決策を一緒に考えて対応を心がけています。第一選択は薬ではなくちょっとした配慮で入眠できる事があります。
 眠れない理由の一例として:{①腰が痛くて眠れない、②寒くて眠れない、③隣の人のいびきがうるさくて眠れない、④昼間寝ていたから眠れない ⑤ずっと眠れない
①の対応としては、整形的な疾患による腰の痛みかベッドのマットが硬くて眠れないのかお聞きします。医師の指示書に湿布や鎮痛剤の指示が記載してあり、ご本人がご希望の場合はそのように対応します。マットが硬くて辛い場合は中敷き布団を敷いたり工夫をしたりします。褥瘡が出来る恐れがあったりする方はエアーマットを入れるよう検討したりします。
②の場合は、熱がないか体温値を確認、室温を少し上げてみる、加湿。足を触って冷たいようであれば湯たんぽ(袋2重に)を足元に入れてお休みになると眠れるかもしれません。いかがですか?とお聞きしてみる。
③空いている部屋があれば一時的に移動して頂き、入眠出来る環境を整える。次の日、その病室に予約が入っている場合もあるのでその事も確認して伝えておく。上に報告しベッドコントロールを検討して頂く。
いびきをかく隣の患者さんですが、起こして注意するべきか悩むところですが、無意識なので罪はないので、その日の夜は無呼吸がないか観察して見守りとし注意しなかった事があります。結果、無呼吸が何秒かあり、朝、いびきがあったうるさかったとは言わず、無呼吸があった事の方が問題であると感じ、無呼吸があったんですとご本人と医師にお伝えし、後日、検査しましょうとなり、睡眠時無呼吸症候群でしたが、軽症だったように記憶してます。
教えてくれてありがとうと言ってくれましたが、大事なくて良かったと思った事でした。
④の方は昼間なるべく起きておくと夜眠れるようになります。中庭に花が咲いていますが気分転換になりますしどうですか?とお聞きしてみたりします。
⑤ずっと眠れない方は、原因が様々であったりします。精神的なものか、眠剤に対する耐性もあって効きが悪いのかアセスメントをして、まずは薬を追加しないで済むようにしてみても追加しない辛い場合は医師の指示書又は指示がこれ以上ない時は、医師に確認して眠剤をお渡しする事があります。
この対応が正しいのか間違ってるのか、迷う事もあります。個別性によって違うにかなっと思います。
 いびきをかいてる人を起こして注意する方もいます。無呼吸の秒数が長い場合は、声かけするかもしれませんが、いびきがうるさいと患者様から言われて、夜中にその方を起こすのは躊躇(ちゅうちょ)してしまいます。トイレに起きられた際で無呼吸の事はお知らせしてもいびきの注意は出来ないです。
      ■         ■
 私はこのコメントを読んだ時に、
 自分が患者だったら…
 こんな看護師さんがいる病院に入院したい…
 と思いました。
 私は大きな病院で、
 30年近く看護師さんと仕事をしてきました。
 正直なところ、
 看護師さん(看護婦さん)と衝突したことも…
 何度もありました。
      ■         ■
 お恥ずかしい話しですが、
 病棟で指示を出す時に、
 看護師さんがここまで考えて、
 患者さんのケアーをしてくださっているとは…
 考えたことがありませんでした。
 申し訳ございませんでした。
 朝の申し送りで…
 先生、○○さんが眠れないそうです。
 眠剤(みんざい)出していただけますか…?
      ■         ■
 はい、不眠時、○○シオン0.125mg
 最初は1/2錠でいいかな…?
 指示簿に書いておくね
 いびきがうるさくて眠れないと聞いたこともありましたが、
 いつも病室は満床でした。
 部屋移動はできませんでした。
 病室を決めるのは病棟婦長(師長)で、
 医師はよほどのことがなければ、
 婦長に一任していました。
      ■         ■
 きっとらずべりーさんの病院では、
 先生も看護師さんも、
 とても穏やかに…
 仕事をなさっているように思いました。
 私の勤務医時代は…
 今よりずっと忙しく、
 あまり細かいところまで
 気配りができませんでした。
 らずべりーさんが書いていただいた
 看護の極意は、
 医学部の学生さんに、
 是非知っていただきたいと思いました。

投稿者 sapporobiyou : 21:50 | コメント (0)

2009年10月28日

プロからのコメント

 昨日の院長日記、
 頑張っている人からのエール
 らずべりーさんからコメントをいただきました。
 プロレスの番組があると言われた時、『何時頃あるんですか?何チャンネルであるんですか?』という会話があればなって思いました。
 首から下が動かない方は、テレビのチャンネルを押せないのだからその時間にチャンネルを変えに行くのは自分だと思わないといけなかったと思いますね。ナースコールも恐らく手で押すタイプの物ではなく何らか工夫されて顔の一部を使って押されていたのかなっと推測しました。
 忙しい看護師さんを見てなるべく迷惑をかけたくないとの思いの方もいらっしゃるかもしれません。
 『気を研ぎ澄ます、気を配る』というのは、簡単なようで難しい事なのかもしれません。 特に身体が不自由な方、病状や意識がいまいちで巡視を増やして患者様のサインを見て、聞いたりしながら、組みとらないといけない。
 首から下が動かない方の場合、褥瘡に注意が必要です。新たに作らないようにしないといけないです。
 体の向きの変更や除圧、浴衣などシワ大丈夫かなとか水分摂取や位置、排泄の有無、ナースコールの位置など他に不自由は無いか確認して退出したいところですね。
 新聞に掲載された看護師さんは最後に気づいてらっしゃっています。忙しいと心のゆとりが無くなる事は誰にでもあります。
 忙しいのはあっても、ほんの少しのスペースと気配りと心がけで違うように感じました。
      ■         ■
 私は看護学の専門家ではありません。
 頚部損傷患者さんの看護学で、
 テレビのチャンネルについて、
 看護学校や看護学部の講義で教えるかどうか…?
 正直なところわかりません。
 医学部では、
 このようなとても大切なことは、
 残念ながら教えません。
      ■         ■
 医師国家試験にも出ませんし、
 看護師国家試験の問題にもないと思います。
 実際の現場で、
 先輩に教えられたり、
 患者さんに言われたりして、
 気付くのだと思います。
 私たち医療にたずさわる者は、
 常に患者さんの目線で
 ものを見る必要があります。
      ■         ■
 私が釧路労災病院形成外科で
 医長をしていた時のことです。
 新田一雄先生という大院長先生の
 足の手術を担当させていただきました。
 院長先生でも
 手術後には、
 ベッド上で…
 安静にしていただかなくてはなりませんでした。
      ■         ■
 朝、回診に伺うと…
 『いやぁ~』
 『ベッド上で安静というのが…』
 『こんなに大変だとは思わなかったよ』
 『部屋の電気を消そうと思っても…』
 『ドアのところにしかスイッチがない』
 『こんなことで看護婦さんも呼べないし…』
 『自分が入院するまで気付かなかった』
 と私に話してくださいました。
      ■         ■
 新田先生は私が尊敬する、
 大先生です。
 もう故人となられてしまいましたが、
 元北大第一外科助教授で、
 釧路労災病院を築かれた方です。
 そんな大先生でも、
 部屋の電気のスイッチに気付かなかったことを
 院長として恥ずかしいと話されていました。
      ■         ■
 医学生や看護学生さんには、
 教科書に書いていない…
 ちょっとした大切なことを、
 先輩や患者さんから、
 真摯(しんし)に学ぶ姿勢を、
 しっかりと身につけて欲しいと思います。
 残念なことですが、
 医師も看護師も
 国家試験をパスしただけでは、
 何もできないのです。
 毎日が勉強です。
 私も同じです。
 らずべりーさん、
 ありがとうございました♪

投稿者 sapporobiyou : 20:45 | コメント (0)

2009年10月27日

頑張っている人からのエール

 平成21年10月26日(月)朝日新聞朝刊、
 ひとときへの投稿です。
 頑張っている人からのエール
 出産して約3年。子どもの世話の繰り返しに耐えられず、約2ヵ月前に、看護師の仕事に復帰した。
 久しぶりの仕事は、かなり疲れた。さらに、帰宅後には、家事や育児もある。ついつい「やはり無理か」と弱気にもなった。
 そんな時、職腸で、ある病室へ入ると、「いつも頑張っているね」と患者さんに声をかけられた。思うように仕事がはかどらず、慌ただしく動き回る姿がそう見えたのだろうか。
 私は「いえ、まだまだです」と答えた。
 その患者さんは、毎日、テレビを見て過ごしている。「今夜は、何か面白い番組がありますか」と尋ねてみた。すると「プロレスがあるんだよ」とうれしそうに話してくれた。「楽しみですね」と応じて部屋を出た。
 翌日、同じ病室へ行ったので、明るく「プロレスどうでしたか?」と聞いた。患者さんは「見なかったよ。だって、自分でチャンネル変えられないもの。ずっとニュース見ちやった」とごく普通に言った。
 言葉に詰まった。彼は首から下が動かない。不覚にも涙が出そうになった。これまで、どんなに我慢を強いられてきたことか。
 毎日、頑張っているのは彼の方だった。
 私も、もっともっとお役に立てるように、頑張っていきたいと思った。
 (東京都東大和市 内山清美 看護師 39歳)
      ■         ■
 私もよく患者さんから元気をいただきます。
 形成外科医をしていた頃は、
 首から下が動かない方を
 担当させていただいたこともありました。
 何もできない新米医師でも、
 毎日、私の回診を待っていてくださいました。
      ■         ■
 ある日、突然の事故で
 首から下が動かなくなることがあります。
 若い方でも年配の方でも、
 今まで自然にできていたことが…
 突然できなくなることがあります。
 本人も家族もパニックになります。
 動かない部位に、
 褥瘡(じょくそう)という
 キズができることもあります。
      ■         ■
 私たち形成外科医は、
 この褥瘡の治療を担当しました。
 何度も褥瘡の再発を繰り返すこともあります。
 排尿や排便も、
 思うようにできなくなります。
 看護師さんや、
 リハビリの先生と協力して、
 治療に当たりました。
      ■         ■
 中には自暴自棄になって、
 俺なんて生きていても仕方がない…
 なんて言っていらした方も
 いらっしゃいました。
 自分だったら…
 どうだろうか?
 おそらく自分でも、
 自暴自棄になるかも…?
 と思いました。
      ■         ■
 少しずつ、
 自分でできることを見つけて、
 毎日リハビリに励む患者さんは、
 私たちに元気をくださいます。
 小さなことでも、
 少しでも何かできるように…
 がんばっている人
 は美しく見えました。
 そんな時代を想い出しました。

投稿者 sapporobiyou : 18:16 | コメント (0)

2009年10月26日

脂肪吸引の失敗

 他院で脂肪吸引に失敗しました。
 脂肪注入はいつから受けられますか?
 というご質問をいくつかいただきました。
 日本全国の
 いろいろなところから…
 切羽詰ったメールが届きます。
 お悩みは切実で、
 助けてくださいという
 悲鳴が聞こえてきます。
      ■         ■
 脂肪吸引にはさまざまなトラブルがあります。
 2007年5月15の日記に書いた、
 脂肪吸引のトラブルという日記をご覧ください。
 この女性は、
 脂肪吸引による感染症でした。
 危うく命を落とすところでした。
 美容外科医の間では、
 脂肪吸引よって亡くなった患者さんが、
 日本でも何人もいるのは、
 周知の事実です。
      ■         ■
 簡単に細くなれる…
 と思って手術を受けると、
 とんでもない結果になることがあります。
 脂肪吸引で失敗したから、
 凹んだところへ脂肪注入をすれば…
 元に戻せると考えるのは誤りです。
 脂肪吸引を受けた部位には、
 皮膚の下や…
 脂肪層に…
 瘢痕(はんこん)という…
 線維性の組織ができています。
      ■         ■
 この瘢痕(はんこん)が、
 ガッチリとしたクモの巣のように、
 皮膚の下にできています。
 そのために…
 凹んだところへ脂肪注入をしても、
 元のようには膨らみません。
 自動車をぶつけた時に、
 凹んだところを、
 裏側からたたき出しても、
 キレイに膨らまないのと同じです。
      ■         ■
 凹んだところを治す治療法としては、
 まず、瘢痕(はんこん)を柔らかくすることです。
 瘢痕(はんこん)は、
 時間とともに少しずつ柔らかくなりますが、
 早く柔らかくする薬があります。
 硬いところを、
 指で優しくマッサージするのも、
 柔らかくするよい方法の一つです。
 私でしたら、
 最低でも6ヶ月は柔らかくする治療をします。
      ■         ■
 瘢痕(はんこん)が柔らかくなったところで、
 どのような治療をするか…?
 とても難しいところです。
 一般的なことですが…
 脂肪注入をしても…
 元通りには膨らみません。
 頭を悩ませるところです。
 2009年9月の日本美容外科学会でも、
 知り合いの先生が、
 お腹全面に凹凸ができた患者さんの治療法を、
 いろいろな先生に聞いていらっしゃいました。
      ■         ■
 他院の修正を数多く手がけた先生でも、
 う~ん…困った!
 という状況でした。
 大量に脂肪吸引を受けて、
 失敗した患者さんの治療は、
 形成外科専門医でも、
 神の手の美容外科医でも、
 大変難しいものです。
 私がおすすめする、
 脂肪吸引が上手な先生は、
 こちらの先生です。
 脂肪吸引は信頼できる、
 上手な先生に受けてください。

投稿者 sapporobiyou : 21:32 | コメント (0)

2009年10月25日

院長日記三周年

 2006年10月22日にはじめた院長日記が、
 三周年を過ぎました。
 この3年間でいろいろなことがありました。
 クリニックを医療法人にしました。
 個人経営と医療法人で、
 診療内容そのものは変わりません。
 医療法人になると…
 もし私に万一のことがあっても、
 診療の継続がやりやすくなります。
      ■         ■
 ビルの改築計画がありました。
 正直なところ…
 とても困っていました。
 クリニックの移転は大事業です。
 移転補償費をいただいても、
 莫大な税金がかかることもわかりました。
 ところが…
 昨年秋からの不景気で、
 改築計画がストップしました。
 何が幸いするかわかりません。
 弁護士の髙橋智先生には、
 大変お世話になりました。
      ■         ■
 最初の院長日記には、
 私の形成外科に対する想いが書いてあります。
 2007年12月18日までは、
 PC版携帯版が別々でした。
 新しいフォームになってから、
 入力がしやすくなり、
 アクセス数も増えました。
 HPを作ってくださった、
 オフィスクロスロードの須崎克之様
 感謝しています。
      ■         ■
 現在、この院長日記は、
 美容の杜
 アメブロにもUPしています。
 アメブロは、
 まだまだヒット数が少ないのですが、
 新しい読者の方が増えています。
 正直なところ…
 毎日の更新は辛いものがあります。
 すらすら書けないこともあります。
 少しでも私の形成外科に対する考えや、
 医療についての考えを残せれば…
 と思いながら毎日書いています。
 今日もつたない日記を読んでいただき
 ありがとうございました。

091025.jpg
2009年10月25日
院長日記はクリニックで
毎朝書いています

投稿者 sapporobiyou : 15:56 | コメント (0)

2009年10月24日

大きな病院での手術

 私が開業する前に勤務したのは、
 500床以上もある、
 大きな病院でした。
 大学病院や
 厚生労働省が認可した、
 臨床研修指定病院です。
      ■         ■
 これらの大きな病院でも、
 昨日の副耳(ふくじ)の手術はします。
 ただ、私自身が、
 副耳の手術をすることは、
 まずありませんでした。
 臨床研修指定病院ということは…
 若いお医者さんを
 育てる病院です。
      ■         ■
 副耳の手術を担当するのは、
 形成外科を始めて、
 1~2年目の先生でした。
 大きな病院で、
 すべての手術を、
 主任部長である、
 私がすることは不可能でした。
 私も若い時には、
 上の先生についていただいて手術をしました。
      ■         ■
 大事な子どもを手術してもらうのに、
 まだ専門医も持っていないような…
 新米の先生にさせるなんて…
 と思われる方もいらっしゃると思います。
 どうぞご安心ください。
 新人に手術をさせる時には、
 最初から最後まで、
 上の医師がついて指導をして
 チェックをしています。
      ■         ■
 多少…手術時間がかかることはありますが、
 仕上がりに問題があることはありません。
 指導医クラスがついていますので、
 逆に安心です。
 病棟でお世話をしてくれるのは、
 新人の若い先生です。
 自分で手術を担当する患者さんは、
 しっかり診てくれる筈です。
      ■         ■
 どんなに医学が発展しても、
 新人医師に手術を教える教育は、
 自動車学校で運転を教えるようなものです。
 手取り足取り教えなければ…
 手術は上達しません。
 私も先輩に教わって手術を覚えました。
 私が副耳の手術をしたのは、
 もう10年以上前です。
 指導医がしっかりしている病院は、
 若い先生に手術をしていただいても安心です

投稿者 sapporobiyou : 21:55 | コメント (0)

2009年10月23日

副耳(ふくじ)

 赤ちゃんの耳の前に、
 小さな突起がついていることがあります。
 これを副耳(ふくじ)といいます。
 日本形成外科学会
 日本小児外科学会
 のHPにも記載があります。
 左右両側にある人、
 片側だけの人、
 ホッペにもある人、
 大きさもさまざまです。
      ■         ■
 原因ははっきりしません。
 お母さんのお腹の中で、
 赤ちゃんの耳ができる時に、
 何らかの異常でできた突起です。
 お母さんに責任はありません
 日本小児外科学会HPによれば、
 出生1000人中15人程度にみられ、
 形成外科医にとっては、
 珍しい疾患ではありません。
      ■         ■
 珍しい病気ではないといわれても…
 待望の赤ちゃんに、
 余計なものがついているとショックです。
 地下鉄やJRなど、
 公共交通機関で、
 他人の耳を見てください。
 気にしなければ見つけられませんが、
 よ~く見ると…
 一日に一人は必ず見つけられます。
      ■         ■
 小さくて気づかないこともありますが、
 私でしたら見つけられます。
 それほど頻度が多いものです。
 珍しくないと言われても…
 親としては気になります。
 できることなら早く取ってあげたいです。
 でも…手術は心配ですね。
      ■         ■
 昔は、
 お産婆さんが、
 赤ちゃんの副耳を、
 糸でしばって取ったという話しを
 聞いたことがあります。
 実際に小さい時に…
 しばって取ったのに、
 根っこが残ったという方を
 手術したこともあります。
      ■         ■
 日本形成外科学会HPにも、
 日本小児外科学会HPにも、
 このしばって取る
 結紮法(けっさつほう)
 が書かれています。
 私は形成外科医としては、
 この結紮法はおすすめできません。
 副耳には軟骨が入っていることが多く、
 軟骨はしばっても取れないからです。
      ■         ■
 形成外科医としては、
 きちんと麻酔をして、
 切り取る方法をおすすめします。
 問題は手術時期です。
 日本形成外科学会HPには、
 手術時期は
 全身麻酔を行う場合は
 麻酔の安全性が高まる1歳前後以降が良いでしょう。
 また耳珠などの軽度の変形などがある場合には
 同時に修正することもできます。
      ■         ■
 確かに私もこのように説明していた時期がありました。
 ところが、
 赤ちゃんは1歳を過ぎると活動的になります。
 可愛いですが、
 ちょっと目を離すと危ないことになります。
 お母さんからの免疫もなくなるので、
 病気をしたり、熱を出すようになります。
 育児休業も原則的には1歳までです。
 じいちゃん先生の私としては、
 自分の孫だったら、
 一歳前に手術をします。
      ■         ■
 赤ちゃんが…
 おっぱい飲んでねんねして…
 くれている時期に、
 副耳の手術をします。
 唇裂の手術は生後3ヶ月、
 体重6㎏で手術をします。
 この時期に手術をして、
 麻酔で問題となった患者さんはいませんでした。
 これより早い時期に、
 手術をすることはありませんが、
 小さいうちに手術をすると…
 キズはキレイに治ります。
      ■         ■
 副耳のような小さなものに、
 全身麻酔で手術なんてとんでもない!
 と言われる先生もいらっしゃると思います。
 手術をするしない、
 手術を局所麻酔でするか?
 全身麻酔でするか?
 リスクの問題もあります。
      ■         ■
 幼稚園に入園して、
 他の子に指摘されると…
 子どもは覚えています。
 私は何もわからないうちに
 治してあげたいと思います。
 申し訳ございませんが、
 札幌美容形成外科では、
 小児の全身麻酔は行っておりません。
 副耳の手術は札幌市内の病院をご紹介しています。

投稿者 sapporobiyou : 21:02 | コメント (0)

2009年10月22日

北大のイチョウ並木2009

 北海道は寒くなってきました。
 休診日に北大構内の紅葉を見てきました。
 毎年、行っているのが、
 イチョウ並木です。
 昨年
 一昨年の写真を出してみました。
 今年は、少し早いので…
 まだ緑があります。
 今月の下旬からが見ごろです。
      ■         ■
 私が北大病院で形成外科の修行をしていた頃…
 このイチョウ並木の下を…
 毎日歩いていました。
 当時は車通勤ができたので、
 駐車場に車を置いて、
 イチョウ並木の下を歩いて病院へ行きました。
 (カローラに乗っていました)
 当時は、
 イチョウがキレイとか言っている余裕は…
 正直なところありませんでした。
      ■         ■
 朝早くから…
 今日は○○先生の手術の助手!
 指示の出し忘れはなかったかな…?
 とか
 今日のカンファレンスの準備は大丈夫かなぁ…?
 とか
 教授回診なので、
 しっかり準備をしておこう!
 なんてことを考えながら…
 足早に歩いていました。
      ■         ■
 夜に帰るころは真っ暗なので、
 銀杏(ぎんなん)の実を踏まないように気をつけました。
 不幸にして…
 銀杏を踏んでしまうと、
 車の中が臭くなりました。
 イチョウの葉が落ちて、
 黄色いじゅうたんになったころに、
 毎年、初雪が降りました。
 30年後に…
 イチョウの並木を毎年見に来るとは…
 全く考えていませんでした。
      ■         ■
 昨日の北海道新聞の記事によると、
 ここには、
 もともとサクラとカエデが
 植えられていたそうです。
 1939年にイチョウに植え替えられました。
 なぜイチョウになったのか?
 北大には現存史料がなく、
 わからないそうです。
      ■         ■
 故・岩沢健蔵さん(元北大事務官)の
 「北大歴史散歩」(北大図書刊行会)によると、
 北大嘱託の測量士が、
 「害虫に弱いサクラより、イチョウにすべきだ」と提言したので
 この樹齢70年、
 70本のイチョウ並木ができたのだそうです。
 北13条通りにあります。
 札幌にいらしたら、
 是非訪れてください。

091021.jpg
2009年10月21日
北大イチョウ並木
昨年より早いので緑があります

hk081030.jpg
2008年10月30日

hokudai
2007年11月07日

投稿者 sapporobiyou : 19:53 | コメント (0)

2009年10月21日

棺桶に足を入れる

 棺桶に足を入れるという言葉があります。
 棺桶に足を突っ込むと言うこともあります。
 地方によって言い方はさまざまです。
 はっきりとした語源はわかりません。
 あまり良い意味では使いませんね。
 私が昔、治療させていただいた、
 糖尿病性足病変の患者さんです。
      ■         ■
 先生、俺の片足、
 もう棺桶に入って…
 火葬場で火葬して…
 お墓に入っている…
 だから…
 残っているこっちの足は…
 何とか切らないでほしい…
 正直なところ…
 切断した下肢を火葬するとは…
 それまで、知りませんでした。
      ■         ■
 学校で習ったのに…
 居眠りしていて
 聞き逃したのか…?
 でも、
 医師国家試験にも出ませんでした。
 形成外科で扱うのは、
 せいぜい指や足趾(あしゆび)の切断です。
 切断した部位に、
 皮膚悪性腫瘍などがあるために、
 そのままホルマリン固定をして、
 病理検査室へお願いします。
      ■         ■
 病理検査室では、
 細胞を検査するために、
 切り取られた部位を、
 細かく切り分けて、
 それを標本にして、
 染色(せんしょく)という色をつけて…
 顕微鏡で検査をします。
 残った組織もある程度は保存しておき、
 一定期間が過ぎると…
 医療用廃棄物として処理されます。
      ■         ■
 足趾(あしゆび)程度の大きさでしたら、
 糖尿病による血管病変の程度などを調べるために、
 病理検査をします。
 この病理検査だけで、
 火葬まではしません。
 ところが…
 膝のレベルで切断となると、
 ご家族にお願いして、
 切断された下肢を、
 火葬していただくことになります。
      ■         ■
 幸いなことに…
 私が担当させていただいた、
 お墓に片足が入っている患者さんは、
 もう片方の足を残すことができました。
 糖尿病内科の先生と相談して、
 血糖のコントロールをしっかりしました。
 堀内先生のご講演をお聞きした時には、
 片足が切断されていると、
 残った足にも病変が見られて、
 両下肢の切断となるリスクが増えると
 伺ったように記憶しています。
      ■         ■
 糖尿病は怖い病気です。
 目が見えなくなったり…
 人工透析になったり…
 神経障害から勃起不全にもなります。
 食事と運動に気をつけて、
 発症したら…
 しっかりと治療を継続することが大切です。
 足病変の治療を研究している、
 日本フットケア学会という学会もあります。

投稿者 sapporobiyou : 19:05 | コメント (0)

2009年10月20日

治せないキズ

 昨日は偉そうなことを書きましたが、
 キズを治すプロでも、
 治せないキズがあります。
 私たちが一番苦労するのが、
 血流がない部位のキズです。
 2009年6月20日に書いた、
 市立札幌病院形成外科の
 堀内勝己先生がご専門とする、
 糖尿病性足病変がその代表です。
      ■         ■
 糖尿病で足の血管が詰まって、
 その結果、できたキズは苦労します。
 足趾(あしゆび)の先にできた、
 ちょっとしたキズが治りません。
 しかも痛みがあります。
 形成外科医になって2年目の秋に、
 釧路労災病院に勤務しました。
 上の先生が…
 何度、手術をしても、
 足のキズが治りません。
      ■         ■
 今は神の手と呼ばれる、
 名医が手術をしました。
 何度手術をしても…
 小さな足のキズが治らないのです。
 血流をよくする薬を注射したり、
 キズがよく治る薬を塗りましたが、
 いくらがんばっても治りませんでした。
 血管が詰まっていて、
 血流がない状態だと、
 どんなに丁寧に縫っても治りません。
      ■         ■
 こういう場合は、
 血流がある部位で、
 下肢を切断することになります。
 小さなキズのために…
 膝のところから切断と言われても…
 簡単に受け入れられる筈がありません。
 なんとか治してください
 と懇願されることもあります。
      ■         ■
 中には、
 すでに反対側の足は切断されており、
 残っているのは、
 一本だけという場合もあります。
 どうにかして、
 残った足のキズを治したいと思っても、
 血管が詰まっているのが原因だと、
 治せないこともあります。
      ■         ■
 市立札幌病院形成外科の
 堀内先生は、
 この糖尿病性足病変の権威です。
 以前のご講演では…
 下腿の切断まで、
 形成外科でしてしまうと伺いました。
 他にも治療に難渋するキズはあります。
 簡単に治せそうな…
 小さなキズでも難しいことがあります。

投稿者 sapporobiyou : 19:25 | コメント (0)

2009年10月19日

形成外科医はキズを治すプロです

 偉そうなタイトルですが、
 形成外科医としての誇りです。
 治らないキズ…。
 キレイにしたいキズ。
 キズのことなら形成外科へ!
 自信を持って言える、
 キズを治すプロ
 が形成外科医です。
      ■         ■
 じゃあ…先生、
 私のこのキズも…
 まったくわからないように消せるの…?
 というご質問が来そうです。
 ちょっと待ってください…!
 キズを治すプロでも、
 キズ痕は消せません。
 限りなく目立たないように治すのが、
 形成外科医です。
      ■         ■
 キズが目立つか?目立たないか?は、
 同じ人でも、
 体の部位によって異なります。
 できたキズの状態にもよります。
 一般的なことですが、
 浅いキズは治りも早いし、
 キズ痕も目立ちにくくなります。
 皮膚が薄くて、
 血流がよく、
 皮膚に緊張がかからない部位は、
 キズが目立ちにくいと言われます。
      ■         ■
 キズを治すプロなんて言うと…
 縫い方が上手な、
 神の手を、
 想像なさる方も多いと思います。
 私の手は、
 残念ながら…
 ‘神の手’ではありません。
 よく練習した、訓練を積んだ‘手’ですが、
 生まれ持った特別な才能はありません。
 先輩に叱られて…
 患者さんといっしょに悩んで…
 苦労して覚えた‘手’です。
      ■         ■
 確かに上手な先生は、
 切り方も、
 血の止め方も、
 縫い方も、
 違います。
 この切って縫うまでが、
 キズを治すプロの条件だと、
 誤解されることがあります。
 もちろん下手くそだと、
 お話しになりません。
      ■         ■
 どんなに上手な先生が、
 神の手で縫ったキズでも、
 目立つことがあります。
 治らないこともあります。
 それは、
 キズを治すのに必要な、
 血流が障害された時、
 縫った後で、
 キズに緊張が加わった時などです。
      ■         ■
 抜糸したら…
 キズは治っていると思うのは誤りです。
 引っぱってもちぎれないくらい、
 キズがしっかりとくっつくのは、
 手術してから3~6ヶ月もかかります。
 その間は、
 キズが硬くなったり、
 つっぱったりすることもあります。
 そうしたキズも治すのがプロです。
      ■         ■
 縫うのが上手なだけが、
 プロではありません。
 しっかりと後療法(こうりょうほう)もするのがプロです。
 キズが治るメカニズムを理解して、
 キズが治りやすい環境を整えて、
 患者さんにそれを説明して、
 一緒にキズを治す協力をするのが、
 形成外科医です。
 残念なことですが…
 プロでも治せないキズもあります。

投稿者 sapporobiyou : 20:04 | コメント (0)

2009年10月18日

新聞配達の日

 平成21年10月18日(日)、朝日新聞の天声人語です。
  ご近所を歩くと、回収待ちの古新聞を戸口で見かける。弊紙であればもちろん、他紙でもお宅に一礼する癖がついた。無料の情報があふれる時代、新聞代を払ってくださる読者は社を超えて大切にしたい。
▼感謝の念はおのずと新聞を配る人にも向かう。日本の新聞の95%は戸別配達されている。「新聞配達の日」のきょうは、日本新聞協会が募ったエッセーから紹介したい。
▼北海道苫小牧市の亀尾優希さん(9)は、母の新聞配りを手伝う。貧血気味のお母さんは団地の3階まで、娘は4階と5階。「家に帰ったら、お父さんのおべんとうにいれるたまごやきを作ります。こうして、わたしの一日ははじまります」。小さな働き者を真ん中に、固く結ばれた家族が浮かんでくる。
「インターネットでは得られない情報が、伝える人と届ける人の誠意の集大成として新聞になる」。そう書いてくれたのは、東京都文京区の岩間優(ゆう)さん(14)だ。足の悪いお年寄りが新聞を心待ちにしていると知り、単なる「記事の集まり」を超えたぬくもりを感じたという。
▼人の手で運ぶ新聞が温かいのは自然なことかもしれない。今年の新聞配達の代表標語も〈宅配で届くぬくもり活字の重み〉である。凍える朝でも嵐の夕でもいい。情報の重い束を運ぶ42万人に思いをはせたい。
▼新聞社はネットでも発信しているが、そこで再会するわが文は心なしか「誠意」を割り引かれている。特にコラムの場合、体裁の違いはそれほど大きい。どうか小欄は、ぬくもりを添えてお届けする「縦書き」でお読み下さい。
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 毎朝、新聞を配達してくださる方に、
 感謝いたします。
 私は、毎朝、新聞を楽しみにしています。
 パソコンの電源を入れる前に、
 新聞を手に取ります。
 まず、一面のトップ記事に目を向けます。
 購読しているのは、
 朝日新聞と北海道新聞の2紙です。
      ■         ■
 新聞を読むようになったのは、
 中学生の頃だったように記憶してます。
 毎日、読むようになったのは、
 高校生の時でした。
 現代国語の成績が、
 ぱっとしませんでした。
 国語が得意な友人に勉強法を聞きました。
 その時に、
 本間、新聞を読め
 と教えてくれました。
      ■         ■
 私に新聞を読めと教えてくれた友人は、
 今は新聞社ではなく、
 北海道放送に勤めています。
 私が北海学園大学のニトリ講座でお聞きした、
 大企業の社長さんは、
 学生さんに
 新聞を読むことをすすめていました
 私もまったく同感です。
 医学生も新聞を読むべきです。
 (社会常識に欠けると言われないように…)
      ■         ■
 今日の天声人語に出てきた、
 北海道苫小牧市の
 亀尾優希さんは、
 9歳の女の子です。
 体が弱いお母さんを手伝って…
 寒い冬も毎日新聞配達をしてくれています。
 私は、こういうが大好きです。
 まだ、小学校3年生くらいなのに…
 ほんとうに偉いと思います。
      ■         ■
 早朝からお母さんを手伝って、
 新聞配達をした経験は、
 将来、必ず役に立ちます。
 今の若い人は新聞を読みません。
 世界中の新聞社が…
 10年後、20年後を心配しています。
 天声人語に書かれていたように、
 ネットと活字は違います。
 新聞は考えながら読めます
 新聞配達をしてくださる人に感謝し、
 若い方にも新聞を読んでいただきたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 19:57 | コメント (0)

2009年10月17日

学生さんへの想い

 私は医学部6年間。
 真面目に講義に出ました
 臨床科目の2年間は、
 ほぼ指定席だった、
 前から2列目あたりで、
 胸部外科医になった、
 田中くんと席を並べていました。
      ■         ■
 正直に白状しますと…
 これだけ真面目に聴いていたのに…
 55歳になると…
 覚えているのはわずかです。
 講義の内容よりも、
 先生が雑談で言われた、
 ちょっとしたひと言
 よく記憶しています。
      ■         ■
 私が今でも講義に行くのは、
 学生さんに形成外科って何?
 を伝えたいからです。
 残念なことですが、
 日本全国の医学部で、
 まだ形成外科講座がないところが、
 たくさんあります。
 逆に言うと…
 しっかり形成外科を教えている、
 医学部の方が少ないのが現実です。
      ■         ■
 私は学生さんへ…
 形成外科は国家試験には出ないかもしれない…
 でも私の講義を聴いて
 いつか必ず役に立つことがある
 困った時に、
 形成外科へ相談してみよう!
 と思うことが必ずある。
 だから、一つでもいいから、
 形成外科を覚えていて欲しい
 と話しています。
      ■         ■
 そもそも…
 医学部でも、
 看護学校でも、
 どうしたらキズがキレイに治るか?
 なんてことは、
 意外と教えないのです。
 私のスライドの一番最初には、
 形成外科医はキズを治すプロです
 と書いてあります。
      ■         ■
 私の講義でも…
 居眠りする人はいます。
 でも、44人中…
 一人でも私の考えを理解してくれて、
 形成外科のことを覚えてくれれば…
 私は満足です。
 この院長日記も…
 形成外科という
 非常にマイナーな科
 何とか認知していただきたいという、
 私の願いで続けています。

投稿者 sapporobiyou : 18:34 | コメント (0)

2009年10月16日

今の学生気質

 医学部や看護学部、
 看護専門学校と、
 他学部の生活は違います。
 私は2005年4月から、
 3年間…
 北海学園大学経営学部大学院経営学研究科の
 ニトリ講座を受講させていただきました。
      ■         ■
 北海学園大学は、
 札幌市内の大学で…
 唯一、地下鉄駅直結の大学です。
 ニトリの似鳥昭雄社長のような、
 実力者を輩出した大学だからこそ…
 市営地下鉄が直結駅を作ったのだと思います。
 北海学園は伝統のある私学で、
 卒業生や教授陣にも、
 たくさんの優秀な方がいらっしゃいます。
      ■         ■
 ニトリ講座はニトリの似鳥昭雄社長様が、
 母校の北海学園大学に寄附をされ、
 その寄附金で運営されている公開講座です。
 開講日が金曜日になってしまっため、
 昨年から受講できないのが残念です。
 このニトリ講座では、
 大企業の経営者の方や、
 著名な先生が講演してくださいました。
      ■         ■
 北海学園の学生さんはとても熱心で、
 居眠りをせずに聴講していました。
 でも中には…
 私語で注意される学生もいました。
 北海学園大学に限らず、
 北海道大学でも、
 東京大学でも同じだと思います。
 どこの大学でも、
 授業中に携帯をいじったり、
 ペットボトルを机の上に置く学生がいます。
      ■         ■
 まみ子師長さんのご指摘のように、
 私が看護学校の講義を始めて6年になります。
 ここ2〜3年でしょか…
 学生達に覇気がなくなったように感じます。
 「何か質問はありませんか?」
 と聞いても「・・・・」。
 「言っている事はわかりますか?」と聞いても
 「・・・・」
 まったく反応がありません。
 ウンでもなければスンでもなく・・・。
 本当にがっかりします。
      ■         ■
 大学生も同じです。
 よく言えばおとなしいです。
 受験勉強で教えてもらうことに慣れた学生は、
 自分から質問したり、
 行動したりしない傾向にあるようです。
 社会に出て必要な、
 おはようございます♪と挨拶をする。
 はい!と大きな声で返事をする。
 というような基本的なことは…
 受験では教えてくれません。
      ■         ■
 大学というところは勉強をするところです。
 勉強以外にクラブ活動をしたり…
 バイトをしたりします。
 クラブの先輩や…
 バイト先の先輩から…
 挨拶
 言葉遣いを教わります。
 ♡恋愛♡もあります。
 いろいろなことがあるのが学生時代です。
      ■         ■
 学生時代は、
 人生で一番自由な時間が多い…
 二度とない…
 楽しい時期です。
 大学生の間に、
 バイトばかりして、
 授業には出なかった人が…
 意外と将来大活躍していることがあります。
 学生さんは…
 親が必死で働いて
 仕送りしていることを忘れないで…
 しっかり社会常識も勉強して欲しいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:58 | コメント (0)

2009年10月15日

講義中の居眠り②

 何時間もかけて、
 講義の準備をして、
 忙しい勤務の合間に講義に行く。
 まみ子師長さんの姿が…
 目に浮かぶようにわかります。
 4人の居眠りしていた学生さん、
 大いに反省してください。
 あなたが合格したので、
 不合格になって、
 今も受験勉強をしている人もいるのですよ!
      ■         ■
 私も帯広厚生病院に在籍中に、
 帯広高等看護学院の講師をしていました。
 3年間、
 講義に行っていました。
 39人中…
 居眠りしているのが4人だと、
 講師からは丸見えですよ。
 私の時は、
 一番前で、
 ノートを取らなかった人がいました。
      ■         ■
 眠くならないように講義をするのは、
 確かに難しいものです。
 内容がつまらない…
 興味がない…
 となると…
 睡魔が襲ってきます。
 私も学生時代に居眠りをしました。
 最近でも…
 学会で居眠りすることがあります。
      ■         ■
 学会の講演中に…
 私が居眠りをしていると…
 近くにいらした…
 教授が居眠りしていることもあります。
 誰でも居眠りをします。
 人間とは…
 眠たくなる動物のようです。
 私の講義でも…
 褥瘡(じょくそう)の講義などは、
 学生さんが居眠りをします。
 毎年、同じです。
      ■         ■
 私がお手本にしているのは、
 高校3年の秋に通った、
 予備校の夜間ゼミです。
 矢野雋輔先生の講義は、
 桑園予備校という予備校で、
 午後5:00~午後7:00までの2時間でした。
 2時間の間、
 集中力を持続させるのは、
 いくら名教授でも難しいものです。
      ■         ■
 矢野先生は、
 ご自宅の居間の奥に、
 ミツバチを飼っていらっしゃいました。
 玄関から透明なビニールパイプで、
 ミツバチの巣までつないで、
 そこでミツバチの行動を研究したお話しなど、
 学生が眠たくなりそうになると…
 楽しいお話しをしてくださいました。
 先生のご研究のお話しは、
 高校生には新鮮で、
 北大に憧れました。
      ■         ■
 私の講義で、
 学生さんが絶対に居眠りしないのは、
 美容外科の話しです。
 まみ子師長さんには、
 大変申し訳ございませんが、
 私も皮膚科学は苦手でした。
 原発疹とか続発疹とか、
 尋常性○○とか、○○苔癬とか、
 とにかく字が読めませんでした。
      ■         ■
 皮膚科学ほど、
 実際の臨床で役立つ科目はありません。
 かぶれで痒くなる人もいるし、
 虫刺されなんかは、
 誰でも必ず経験するものです。
 眠くなるポイントで、
 学生が興味を持っているような…
 ニキビの話しとか、
 化粧品アレルギーの話しとか、
 眠気覚ましを一発入れると、
 寝ている人が目覚めます。
 もう、なさっていらっしゃることと思いますが…
 私の手法です。

投稿者 sapporobiyou : 19:56 | コメント (0)

2009年10月14日

講義中の居眠り

 まみ子師長さんから、
 次のコメントをいただきました。
 先生の教育のお話とはちょっとズレてしまいますが・・・・。今日、看護学校へ皮膚科看護の講義に行って来ました。39名の学生の中で4名が90分間の講義中寝てました。名簿と席順を照らし合せて見ると寝ていた4名は働いていない学生でした。
 医師会の看護高等専修学校なので看護助手として働きながら学校へ来ている子も13名います。
 働いていない子は親が授業料を払ってくれているので、危機感がまったくないと思います。だから平気で講義中寝る事ができるのです。少ないお給料の中から自分で授業料を払っている子、バイトをしながら授業料を払っている子は寝たりしません。
 「私の講義がつまらなくて寝てしまったのならば、それは私にも責任がある。
 でも、今寝ていた人はこのあとの講義では寝ないでほしい。それは人としての礼儀である。」と言って帰って来ました。
      ■         ■
 お怒りはごもっともです。
 緊張感のない学生は居眠りをします。
 看護学校は、
 座席が決まっていて…
 講師にも座席表と名簿が配られます。
 欠席してもわかりますし…
 代変(だいへん)もできません。
 代変:代理で返事をすることの略です。
      ■         ■
 大学は席順は自由です。
 講義時間に平気で遅れて来る学生もいます。
 出席も2/3出れば…
 定期試験の受験資格は与えられます。
 俺はあと何回でヤバイ…。
 あと何回までOK…。
 とか…しっかりカウントしています。
 出席は、カードと呼ばれる薄い紙です。
 それに…
 学生番号と名前を記入します。
      ■         ■
 この紙は、
 講座によって日付を入れるところもあれば、
 大学から配布されたまま、
 日付も印もないカードを配る講座もあります。
 担当教員や、
 講座の秘書さんに任されています。
 秘書さん(ラボさんと呼ばれていました)は、
 若いお嬢さんが多かった記憶があります。
 部活で欠席する時に、
 秘書さんにお願いして…
 友人の分も、もらう学生もいます。
      ■         ■
 親は苦労して仕送りして、
 高い授業料を払って、
 子どもは勉強していると思っていても…
 授業に出ないで、
 代変してもらったり、
 出席カードをごまかしている学生もいます。
 私が学生だった時代にも、
 今の学生さんにもいます。
 さすがに実習ではごまかせませんが、
 広い講義室で100人も学生がいると、
 わからないこともあります。
      ■         ■
 現職の教授の中にも、
 学生時代に講義を聴かなかった人もいます。
 学生の手の内は…
 すべてわかっています。
 私は講義はサボりませんでしたし、
 毎回、前から2列目くらいで、
 真面目に聴いていました
 医学部に比べると、
 まみ子師長さん
 39人中、
 寝ていたのが4人は素晴らしいです。
      ■         ■
 居眠りしていた学生を擁護するつもりはありませんが、
 看護学校の学生さんは真面目です。
 東大や慶應の先生と話したことがありました。
 東大や慶應は、
 出席カードすらなかったので、
 ガラガラの講義もあったと聞きました。
 試験前に、
 他人のノートを借りて勉強すれば、
 試験をパスしてしまうような、
 優秀な学生ばかりだから…
 と先生が嘆いていた記憶があります。
 親は苦労して授業料を払っているので、
 学生さんにはしっかり勉強してほしいです。

投稿者 sapporobiyou : 21:15 | コメント (0)

2009年10月13日

教育費の大変さ

 赤ちゃんは可愛いですが…
 子育ては大変です。
 大きくなると教育費が大変です。
 私は公立大学で、
 授業料は一ヶ月分が3,000円でした。
 それでも予備校1年間+大学6年間は、
 お金がかかったと思います。
 私の弟は、
 芝浦工業大学という、
 東京の私大に行きました。
      ■         ■
 弟は大学の寮に入り、
 贅沢な暮らしはしていませんでした。
 それでも、
 学費と生活費を仕送りした親は、
 大変だったと思います。
 自分が親の年代になって気付きました。
 民主党が子ども手当を出すそうです。
 専門学校や大学生もお金がかかります。
 高校より上の学校へ行くのが贅沢でしたら…
 それは仕方のないことです。
      ■         ■
 これからの日本を支えるのは、
 専門性の高い教育を受けた…
 若い人です。
 人件費では、
 中国やベトナムにかないません。
 日本を支えるのは、
 外国にはない、
 高い知識と技術です。
 不況で学校へ進学できない…
 若い人が増えていると聞きます。
 勉強をしたいのに…
 進学できないのは残念なことです。
      ■         ■
 奨学金をいただいて…
 アルバイトをして…
 上の学校へ進学している人がいます。
 授業料免除の…
 特待生となった人もいます。
 苦学して勉強するのは、
 大変なことです。
 私は子ども手当もいいですが、
 もう少し、
 必死で仕送りしているのことも、
 国が考えてくれたら…と思います。
      ■         ■
 私は奨学金もいただかず、
 アルバイトのお金も、
 自分で使っていました。
 自分が親になって、
 子どもの教育費の大変さが
 身にしみてわかりました。
 私学は…
 お金がかかりました。
 私は家庭教師のアルバイトをしましたが、
 それ以上に、
 自分の子どもの家庭教師代がかかりました。
      ■         ■
 私は子どもの教育費を稼ぐために、
 函館の病院へ出張へ行きました。
 函館の看護師さんにも、
 大変お世話になりました。
 子どもの願いを叶えてあげるのが、
 親としての義務であり、
 楽しみであったのかもしれません。
 自分が親として苦労して、
 はじめて親の苦労がわかった気がします。
 苦労して勉強する人は偉いと思います。
 教育費のことも国は考えてほしいです。

投稿者 sapporobiyou : 21:58 | コメント (0)

2009年10月12日

目頭切開の手術法

 目頭切開の手術法には、
 何通りかの有名な方法があります。
 何通りもあるということは…
 どれにも長所も短所もあるということです。
 傷の形から、
 Z(ぜっと)法、
 W(だぶりゅ)法、
 などといわれます。
      ■         ■
 昨日の日記に書いたように、
 目頭というのは目立つ場所です。
 ちょっとした赤味や凹凸でも…
 気になるものです。
 目頭切開手術のコツは、
 切りすぎないことです。
 足りなければ、
 追加して切ることはできます。
 でも…切りすぎた目頭を、
 元に戻すのは容易ではありません。
      ■         ■
 私が行っている、
 目頭切開の手術法については、
 2007年4月17日の日記に書いてあります。
 2002年7月に、
 米国形成外科学会雑誌(PRS)に発表された、
 韓国テグ市の形成外科医、
 Cho先生の
 Medial Epicanthoplasty Combined with Plication of the Medial Canthal Tendon in Asian Eyelids
 という手術法です。
      ■         ■
 この手術法のポイントは、
 ただ目頭の皮膚を切るのではなく、
 内眼角靱帯(ないがんかくじんたい)という
 スジの処置をするところです。
 目頭を指で押さえると、
 少し硬いコロコロとした塊が触れます。
 このコロコロが、
 目頭を骨に固定している靱帯(じんたい)です。
 この靱帯を処理します。
      ■         ■
 ちょっと深いところにあるので、
 慣れない先生が手術をすると…
 涙小管(るいしょうかん)という、
 涙を通す管(くだ)を切ってしまうことがあります。
 そうすると、
 涙が溢れて、
 視界がぼやけてしまいます。
 涙は、
 この涙小管を通って…
 鼻へ流れます。
 ですから泣くと鼻水が出ます。
      ■         ■
 目頭をちょんと切って、
 目を大きくするのも、
 なかなか大変な手術です。
 決して大きな手術ではありませんが、
 先生によって結果が大きく変わります。
 美容外科を選ぶ時には…
 後悔しないように…
 慎重に選んでください。
 こちらのページには、
 あこさんの体験談が載っています。
 私は偶然に見つけました。
 私のことは書いていませんが…
 間違いなく私が手術した方です。

投稿者 sapporobiyou : 21:01 | コメント (0)

2009年10月11日

目頭切開のキズ

 最近、いただいたご相談です。
 同じような内容のメールを
 いくつかいただきました。
 他院での目頭切開の傷痕が赤く目立ちます。
 よくなる方法はありますか?
 北海道だけではなく、
 関東や関西からも…
 メールでご相談をいただきます。
      ■         ■
 私が顕微鏡を使って手術をしても…
 残念ながら…
 キズが赤く目立つ方がいらっしゃいます。
 目立ちやすい体質の方、
 目立ちやすい年齢があります。
 20歳台と10歳台では、
 10歳台の方が目立つことが多いようです。
 色白の方と色黒の方では、
 色黒の方が目立ちます。
      ■         ■
 キズは抜糸した時点では…
 まだくっついていません!
 キズが完全にくっついて…
 安定した状態になるには、
 手術から3ヶ月以上かかります。
 赤いキズを隠そうとして…
 コンシーラーを塗って、
 とれないのでゴシゴシこすって落とすと…
 キズはどんどん赤くなります。
      ■         ■
 一番大切なのは…
 キズに緊張をかけないことです
 キズにやさしくすることです
 赤くなったキズには、
 赤味を抑える薬をつけます。
 キズの状態によって、
 つける薬は違います。
 手術をしてくれた先生か、
 形成外科専門医の先生にご相談なさってください。
      ■         ■
 目頭切開は、
 目頭という見える場所を手術するので、
 どうしてもキズが気になります。
 気になって触りすぎると…
 キズが赤くなることがあります。
 手術後にお化粧をする時、
 お化粧を落とす時、
 きずにやさしくしてください。
      ■         ■
 こちらの日記は、
 2004年4月に私が手術を担当させていただいた、
 あこさんの日記です。
 左上のカレンダー
 2004年4月をクリックすると…
 手術前から
 手術直後、
 手術後数ヶ月の経過が
 とてもよくわかります。
 まだご覧になれますので、
 心配な方は是非参考になさってください。
 あこさんの日記はすでに終了されていますので、
 書き込みをなさっても返信はいただけません。
 ご了承ください。

2009/10/ako.jpg

上:手術前

中:手術直後

下:手術一ヶ月後

あこさんの日記より引用

投稿者 sapporobiyou : 22:11 | コメント (0)

2009年10月10日

子育ての大変さ

 赤ちゃんはかわいいですね。
 光希くん、大きくなって、
 どんな人になるのか楽しみです。
 小さい時は、
 ケガをしたり、
 熱を出したり、
 その度にオロオロします。
 私も専門外のことは、
 小児科の先生にお願いしていました。
      ■         ■
 一番大変だったのが、
 釧路労災病院に勤務していた頃でした。
 上の子が3歳。
 下が1歳でした。
 よく熱を出して、
 小児科の先生にお世話になりました。
 病院の宿舎に住んでいたので、
 目と鼻の先に病院がありました。
 それでも大変でした。
      ■         ■
 釧路労災病院は忙しい病院でした。
 私は形成外科の患者さんを診るだけで、
 精一杯でした。
 土曜日も診療があり、
 日曜日も交替で回診でした。
 自分の子どもは、
 小児科の先生にお任せでした。
 優しい女性の先生がお二人でした。
 医師の家庭でもこんなものでした。
      ■         ■
 女医さんの家庭も大変でした。
 子どもさんが熱を出しても…
 先生のお母さんは休めません。
 子どもを預けるところがなくて…
 代わってくれる先生もいなくて…
 子連れで…
 当直をなさった先生もいらっしゃいました。
 子育ては大変です。
      ■         ■
 私が唯一得意だったのは、
 子どものケガの処置でした。
 子どもにとっては、
 お父さんが先生だと…
 辛いこともあったようです。
 処置の前に説教がありました。
 どこでこんなケガをしたの…?
 そこは危険だから…
 学校で行ってはいけない場所じゃないの…?
 ウェ~ん、ごめんなさい。
      ■         ■
 見ているだけの赤ちゃんはかわいいですが、
 育てるのは大変です。
 ご機嫌が悪いこともありますし、
 病気にもなります。
 でも…
 赤ちゃんのかわいい時期は、
 あっという間に過ぎてしまいます。
 気がついてみると…
 自分がじいちゃんです。
 神様から授かった宝物です。
 子育て、がんばってください。

投稿者 sapporobiyou : 21:18 | コメント (0)

2009年10月09日

孫が大きくなりました

 育児休業中の職員が、
 赤ちゃんを連れてきてくれました。
 もう7ヶ月になりました。
 大きくなるのは早いものです。
 昨年の今頃は、
 お母さんのお腹の中でした。
 赤ちゃんは…
 幸せを運んでくれます。
 みんなの顔が笑顔になります。
      ■         ■
 わぁ~かわいいと…
 他の職員も笑顔になります。
 私を見て笑ってくれました
 最近、人見知りをするようになったそうです。
 じいちゃんとわかっているのか…?
 抱っこしても泣きませんでした。
 腕と下肢に湿疹がありましたので、
 クリニックにあった軟膏を処方しました。
 子育ては大変ですが、
 赤ちゃんはかわいいものです。
      ■         ■
 私の年代。
 早い人は…
 じいちゃん
 ばあちゃん
 になっています。
 自分自身のことを想い出してみると…
 結婚してからしばらくは、
 実家には寄り付きませんでした。
 奥さんと喧嘩もせずに…
 道内のいろいろなところへ行っていました。
      ■         ■
 子どもが生まれると…
 たまに実家へ子どもを預けに行きました。
 子どもは、
 じいちゃん
 ばあちゃんに、
 五番館デパートへ連れて行ってもらい、
 遊技場で遊ばせてもらって、
 サクランボがのった、
 パフェを食べさせてもらうのを、
 楽しみにしていました。
      ■         ■
 じいちゃんばあちゃんは、
 実家に寄り付かなくなった息子(私)が
 嫁と孫を連れてきてくれるので…
 それなりに楽しみにしていたようです。
 今から20年も前なので、
 私の親もずっと元気でした。
 親は…
 孫と遊ぶのを、
 楽しみにしていたようです。
      ■         ■
 私は自分の孫と遊ぶのは…
 残念ながら…
 無理なようなので…
 陰ながら…
 職員の子育てを応援したいと思っています。
 それにしても…
 ♡孫はめんこい♡ものです。

2009/10/ko2.jpg

なかなか

こっちを向いてくれない光希くん

2009/10/ko3.jpg

ご機嫌な光希くん

投稿者 sapporobiyou : 22:24 | コメント (0)

2009年10月08日

台風の怖さ

 台風18号が日本を襲っています。
 山形のさくらんぼさんが心配です。
 丹精込めたラ・フランスの収穫時期です。
 まだリンゴもあります。
 どうしていらっしゃるか心配しています。
 被害が少ないことを祈念しています。
 テレビでは収穫前に落ちてしまった
 リンゴが写っていました。
      ■         ■
 札幌美容形成外科を開業した、
 2004年に…
 台風18号が札幌を襲いました。
 私は出勤してきましたが、
 駅前通りの街路樹が、
 何本もやられました。
 北大構内のポプラ並木も…
 無残に倒れました。
 道庁の樹木も、
 北大植物園の木も、
 無残に倒れてしまいました。
      ■         ■
 以前にも書いたことがあります
 樹木が倒れるほどの強風の中、
 手術を受けにいらしていただきました。
 旭川の方でした。
 私も職員も、
 手術はキャンセルだろうと思っていました。
 JRのダイヤも乱れていました。
 私は当時、JRで通勤していました。
 私の列車は動きましたが、
 旭川からは無理だろうと思っていました。
      ■         ■
 意外にも…
 予定時間よりも早く、
 その患者さんが来院されました。
 おはようございます。
 大丈夫でしたか?
 はい、心配だったので…
 昨夜から参りました。
 ようやく休みを取って、
 準備万端整えたので、
 どうしても手術を受けたかったそうです。
 私も職員も感動しました。
      ■         ■
 北海道に台風が上陸することはマレです。
 結婚する時に、
 北海道に台風はまず来ない
 と言ってしまいました。
 実際、私の記憶でも…
 台風で学校が休みになったことは、
 数えるほどもありませんでした。
 北海道で学校が休校になるのは、
 冬の大雪か吹雪でした。
      ■         ■
 ところが皮肉なことに、
 私が結婚した翌月の…
 昭和56年8月上旬に、
 低気圧と台風の影響で、
 なんと石狩川が氾濫しました。
 札幌市内でもあちこちで冠水しました。
 私の実家の地下室にも浸水し、
 ボイラーがダメになりました。
      ■         ■
 農家の方にとって、
 秋は一番の繁忙期です。
 山形ではラ・フランスの収穫がはじまったばかりです。
 せっかく丹精込めて作った果物が、
 台風にやられては大変です。
 さくらんぼさんも、
 さぞお疲れのことと思います。
 今日のコメントはお休みなさってください。
 被害が少ないことを祈念しています。 

2009/10/04.jpg
倒れたポプラ並木
2004年9月
北大HPより引用

投稿者 sapporobiyou : 21:26 | コメント (0)

2009年10月07日

手術用顕微鏡の想い出

 私が市立札幌病院へ赴任したのが、
 平成元年4月(1989年)、
 今から20年前でした。
 当時の市立札幌病院は、
 現在、ヤマダ電機がある場所でした。
 私は形成外科医でありながら、
 皮膚科医師として採用されました。
 形成外科がなかったからです。
      ■         ■
 大きな病院や、
 大学病院に、
 形成外科を作るのは大変でした。
 新しい標榜科目を開設したり、
 医師の定員を増やすには、
 札幌市議会の承認が必要でした。
 形成外科を作るには、
 予算も必要です。
 赤字の病院には予算がありませんでした。
      ■         ■
 私が赴任しても、
 形成外科の手術に必要な手術器械がありません。
 他科の器械で間に合うものもありましたが、
 細かい手術をするのに必要な、
 専用の手術器械がありませんでした。
 私の仕事は、
 まず、必要最低限の器械のリストを作って、
 院長決裁をいただくことからはじまりました。
      ■         ■
 この手術器械…
 意外と高価です。
 例えば…
 組織や糸を切る鋏(はさみ)、
 鼻毛切りの鋏を…
 ちょっと大きくした程度でも、
 ドイツ製のよく切れる…
 スーパーカットという鋏は、
 一つ1万円以上しました。
 針を持つ持針器(じしんき)というのも、
 先が細い特殊なものは一つ数万円もしました。
      ■         ■
 中でも高価だったのが、
 手術用顕微鏡でした。
 ドイツ製の高性能の顕微鏡。
 お値段は…
 ドイツ製高級車の…
 最上位車種より高価でした。
 定価は一台2,000万円以上しました。
 とても買っていただけませんでした。
 耳鼻科や眼科、脳外科には、
 それぞれ専用の顕微鏡がありました。
      ■         ■
 今から考えると…
 他科の顕微鏡でも使えないことはありません。
 他科の顕微鏡を使うには、
 対物レンズを交換したり、
 付属品を交換する必要がありました。
 見る目的が違うため、
 微妙に違うのです。
 一番困るのは、
 他科が使っている時は使えないことでした。
 それにレンズ一個買うにも
 数十万円もしました。
      ■         ■
 困った私は、
 担当副院長に相談して、
 メーカーから借りて…
 手術用顕微鏡を使っていました。
 高級車を来年は買うから…
 試乗車を貸してください。
 とタダ乗りしていたようなものでした。
 ある患者さんの手術を予定して、
 顕微鏡を借りる手配をしていました。
      ■         ■
 手術の直前になって…
 代理店から…
 『申し訳ございません』
 『顕微鏡の手配ができませんでした』
 と連絡がありました。
 手術予定はすでに立ててあり、
 患者さんは手術を待っていました。
 外傷による組織欠損だったため、
 手術が遅れるとそのまま回復も遅れます。
      ■         ■
 私は患者さんと家族にお詫びしました。
 正直に…
 申し訳ありません
 手術用顕微鏡の手配ができず…
 手術が延期になります…
 若い男性患者さんで、
 職業は整備士さんでした。
 市立病院で…
 設備がないから手術できないなんて…
 いったいどういうことですか?
      ■         ■
 お怒りはごもっともです。
 ただひたすらお詫びするだけでした。
 担当副院長にも来てもらって…
 私といっしょに謝ってもらいました。
 なにぶんにも…
 予算がなく…
 お怒りはごもっともで…
 何とも歯切れの悪いお詫びでした。
      ■         ■
 私は、次の手術日を確約し、
 代理店が、
 学会でその顕微鏡を使うことを、
 失念していたたこと。
 安易に手配ができたと連絡してきたこと。
 他の代理店に変えて、
 次の手術日には、
 必ず手術用顕微鏡が手配できることをご説明して、
 患者さんからお許しをいただきました。
      ■         ■
 こんな苦い想い出がある…
 手術用顕微鏡です。
 その翌年には、
 別の内科系副院長が、
 本間くん、困っているって聞いたよ
 と言って、
 ポンと顕微鏡の予算を付けてくださいました。
 その時にどんなに嬉しかったかは、
 20年経っても忘れられません。

投稿者 sapporobiyou : 21:51 | コメント (0)

2009年10月06日

マイクロサージャリー

 私たち形成外科医は、
 細かい作業をします。
 切断された指をつなぐには、
 髪の毛よりも細い糸で、
 血管や神経を縫います。
 この手術を…
 マイクロサージャリーと呼びます。
 山形大学整形外科の荻野利彦先生のように、
 手の外科を専門とする整形外科の先生も、
 マイクロサージャリーがお得意です。
      ■         ■
 マイクロサージャリーには、
 手術用顕微鏡(しゅじゅつようけんびきょう)が必要です。
 学校の理科室にあるような顕微鏡ではなく、
 私の背丈よりも高いような、
 大きな設備です。
 この顕微鏡…
 お高いのです。
 世界的に高性能の顕微鏡は、
 ドイツ製と言われています。
 カールツァイスや
 ライカという会社が有名です。
      ■         ■
 顕微鏡を使って手術をするのは、
 形成外科や整形外科の他に
 眼科
 脳神経外科
 耳鼻咽喉科
 があります。
 最初に使ったのは耳鼻科の先生だそうです。
 最近では、
 歯科や
 産婦人科でも
 手術用顕微鏡を使って
 手術をするところがあります。
      ■         ■
 形成外科医が
 マイクロサージャリーを使うのは、
 組織移植という分野です。
 事故やガンなどで、
 組織が大きく欠損した時に
 身体の他部位から、
 組織を移植します。
 血流がないと組織は死んでしまいます。
 そのために、
 血管を吻合(ふんごう)します。
 この血管が細いのです。
      ■         ■
 現在、日本の形成外科で、
 各大学の教授に就任されている先生は、
 このマイクロサージャリーがお得意で、
 たくさん英文論文を書いた方が多いです。
 ちょうど私が形成外科医として活躍した、
 今から20~25年前頃から、
 この手術が盛んになってきました。
 優秀な形成外科医になるためには、
 マイクロが必須科目になりました。
      ■         ■
 私は日本マイクロサージャリー学会の講習会に参加したり、
 北大に通ってマイクロの練習をしました
 手術用顕微鏡で拡大すると…
 信じられないほど良く見えます。
 今では、すいすい手術ができますが…
 最初は、
 拡大されているために…
 どこを見ているのかわからず…
 自分の指先を確認するのも大変でした。
 高価なマイクロ用の糸を、
 からませては…
 何本もダメにしてしまいました。
      ■         ■
 30歳台で習得した…
 マイクロの技術は、
 55歳のおっさんになっても役立っています。
 手術用顕微鏡があれば…
 若い人以上によく見えます。
 長年の経験が役に立ち、
 若い人に見えない、
 埋没法の糸も見つけられます。
 美容外科で、
 マイクロが役立つとは考えていませんでしたが、
 おじさん先生の強力な武器となり、
 腫れが少ない手術に役立っています。

投稿者 sapporobiyou : 21:51 | コメント (0)

2009年10月05日

中川昭一さんの死を悼む

 中川昭一さんがお亡くなりになりました。
 中川さんは1953年7月19日生。
 私より一歳年上です。
 心からご冥福をお祈りいたします。
 中川さんの選挙区は、
 北海道の十勝でした。
 私はJA帯広厚生病院に3年間勤務しました。
 3年間住んだ十勝は住みやすいところでした。
      ■         ■
 直接お会いしたことはありませんが、
 北海道民の一人として、
 頼もしく思っていました。
 はじめて十勝に行った時に、
 街が豊かな印象を受けました。
 十勝の農家が、
 とても立派なのに驚きました。
 私が勤務していた、
 JA帯広厚生病院は、
 頭にJAがつく、
 北海道厚生農業協同組合連合会
 (JA北海道厚生連)が経営する病院です。
      ■         ■
 JA帯広厚生病院は
 JA北海道厚生連の中でも、
 屈指の黒字病院でした。
 設備は‘超’一流でした。
 JAの豊富な資金力で、
 立派な病院ができていました。
 中川さんをはじめとする、
 有能な政治家の存在で、
 十勝地方の農業が豊かになりました。
 国の政策一つで、
 農業が左右されることを知りました。
      ■         ■
 十勝には、
 農業に関連した、
 農機具の会社もたくさんありました。
 農産物を加工する工場もありました。
 北海道の銘菓として有名な、
 六花亭も十勝に工場があります。
 北海道の中で、
 十勝地方だけは、
 どこか違う雰囲気があります。
      ■         ■
 開拓の時代に、
 十勝に入植した方々は苦労を重ねられたそうです。
 作物の作付けをする時には、
 国際相場を眺めながら…
 作付け計画を立てると聞いたこともありました。
 北海道の地方都市なのに…
 インターネットの普及も早かったと思います。
 私がインターネットをはじめたのも、
 帯広が最初でした。
 十勝の人々には、
 世界の穀物相場を
 見ているようなところがありました。
      ■         ■
 テレビで中川さんのご自宅を見ました。
 花を育てて、
 癒されている様子が写っていました。
 マスコミは、
 中川さんの悪いところばかりを報道しました。
 私はお酒を飲みませんが、
 周囲に‘酒癖の悪い人’はいました。
 酒を飲まない私が、
 ご自宅までお送りしたこともありました。
 ‘酒癖が悪い人’は、
 お酒を飲まない時は、
 真面目で、じっと耐えています。
      ■         ■
 ふだん抑えている分が…
 お酒で抑制がとれてしまうことがあります。
 北朝鮮拉致問題の、
 横田さんのお母さんが、
 とてもがっかりなさっていたのが印象的でした。
 北海道の中川事務所がTVに写っていました。
 鳩山さんの、
 お母さんが造ってくれた
 立派な事務所とは対照的で、
 質素な事務所に見えました。
      ■         ■
 亡くなってしまってから、
 何を言っても無駄ですが、
 あれだけ自分の失態をTVで報道されると、
 どんなに頑強な精神の持主でも落ち込みます。
 失態を演じたのは、
 もちろん自分の責任です。
 責任ある立場の人でしたら、
 自分の言動には気をつけるべきです。
 でも、もう少し…
 体調の異変に早く気付けば…
 こんなに早く亡くならなくてもよかったのに…
 と残念に思います。
 心からご冥福をお祈りいたします。

投稿者 sapporobiyou : 21:40 | コメント (0)

2009年10月04日

郷ひろみさん

 先日まみ子師長さんから、
 コメントをいただきました。
 郷ひろみは来年55歳になるそうです。
 おじさんに見えないのは
 やっぱりスターだからなのでしょう。
 私と一歳しか違わないのに、
 郷さんはすごいです。
 昨年11月の高須先生の学会で、
 郷さんを近くで見たことがあります。
 確かにお若かかったです。
      ■         ■
 スターが若いのは、
 それなりに努力なさっているからです。
 日々の食事や運動など、
 常に気を遣っていらっしゃると想像します。
 でなければ…
 私たちの年代では、
 すぐにメタボのおじさんになります。
 ステージを見て思ったこと…
 お客様に何を話そうか…?
 と常に考えているなぁ~と思いました。
 それでなければ…
 あのトークはできませんょ。
      ■         ■
 うちの奥さんも、
 郷ひろみさんの大ファンです。
 私は知らなかったのですが、
 結婚する前からファンだったそうです。
 先日、北海道厚生年金会館に、
 うちの奥さんも一人で行きました。
 まみ子師長さんは、
 すごく近い席だったそうですが、
 うちの奥さんは、
 必死で電話して、
 チケットを確保したのに、
 かなり後ろの席でした。
      ■         ■
 どういう訳か…
 わが家には、
 郷ひろみさんの、
 耳かきがあります。
 奥さんがコンサートで買ってきました。
 私もたまに使わせていただいています。
 なかなか使い心地のよい耳かきです。
 白い綿のようなものの位置に、
 郷さんの似顔絵がついています。
      ■         ■
 郷さんがコンサートで、
 次のように言われたそうです。
 僕はいつも皆さんに拍手をもらっているけど
 インフルエンザが心配なこの時期に
 僕のコンサートに来て下さった皆さんに
 今日は僕が拍手をしたいと思います。(拍手)
 皆さんは僕以外に誰に拍手をしたいですか?
 家族
 いっしょに来てくれた娘
 (長野県からわざわざ札幌のコンサートに来たそうです)等の声の後に・・・
 ‘皆さんの旦那さんもでしょう’
 ‘コンサートに行っておいでって出してくれたんでしょう!’
 と言って拍手しました。
      ■         ■
 さすが郷さん
 こう言っていただけると、
 来年も…
 郷さんのコンサートへ行っておいで!
 と言いたくなります。
 こう言っていただいて、
 私のご機嫌もよくなりました。
 お客さんのご主人にまで…
 お気遣いいただき、
 郷さんもさぞ大変なことと思います。
 私たちと同年代だからこそ…
 私たちおじさんの心理
 よくご存知なのだと思います。

投稿者 sapporobiyou : 17:17 | コメント (0)

2009年10月03日

東京が落選しました

 オリンピック候補地選考の中継を、
 昨夜、遅くまで見ていました。
 シカゴが最初に落選したのには…
 正直なところ驚きました。
 残念ながら…
 東京は落選してしまいました。
 リオデジャネイロは大喜びですね。
 ブラジル人は陽気で明るいです。
      ■         ■
 ブラジルは美容外科が盛んで、
 IT関連のビジネスも盛んです。
 以前の国際学会で、
 PCの不具合がありました。
 ブラジルの先生が、
 ブラジルから技術者を呼んで来て、
 (PCを)直しましょうか?
 と言っていたのを思い出します。
 リオデジャネイロで、
 立派なオリンピックを開催していただきたいです。
      ■         ■
 1964年に東京オリンピックが開催された時、
 私は小学校4年生でした。
 美唄(びばい)市の
 日東美唄(にっとうびばい)小学校、
 担任は村木先生という男の先生でした。
 小学校には、
 テレビが一台しかなかったように記憶しています。
 視聴覚教室という部屋で、
 何度かTV中継を見せてもらいました。
      ■         ■
 東洋の魔女といわれた…
 女子バレーボールの
 日紡貝塚女子バレーボールチーム。
 大松博文さんという名監督がいました。
 マラソンではエチオピアのアベベ。
 女子体操の
 チャスラフスカ(チェコスロバキア)は
 子ども心にも美しいという記憶があります。
      ■         ■
 昭和39年の日本は高度成長期でした。
 東海道新幹線が開通し、
 東京オリンピックを契機にして、
 日本は大きく変わりました。
 私が東京オリンピックで感動したのは、
 TVではなく、
 オリンピックの記録映画でした。
 当時のTVは白黒で、
 画質も今の携帯より悪いものでした。
      ■         ■
 私が住んでいた炭鉱街には、
 会館(かいかん)と呼ばれる、
 映画館がありました。
 小学校では、
 年に何回か、
 その会館を利用して、
 巡回映画という映画を見せてくれました。
 この映画で見た、
 東京オリンピックの印象が鮮烈でした。
      ■         ■
 北海道の札幌と美唄しか知らない小学生は、
 見たこともない…
 東京という街が…
 どんなところだろう…?
 と夢を膨らませたものでした。
 時代は変わり、
 中継で、
 海外の映像もリアルタイムで見れるようになりました。
 ブラジルも景気が悪いようです。
 オリンピックを契機に、
 ブラジルが発展してくれることを祈っています。

投稿者 sapporobiyou : 21:28 | コメント (0)

2009年10月02日

トヨタ車の事故

 平成21年10月1日、朝日新聞朝刊の記事です。
 レクサス時速190キロ「アクセルが…」
 時速200キロ近い猛スピードで疾走する高級車から届いた悲痛な叫びが、運転席のフロアマットに潜む危険性を白日の下にさらけ出した。トヨタ自動車は、マットがずれてアクセルが戻らなくなる恐れから、同社にとって過去最大のリコール(回収、無償修理)を米国で実施する見通しとなった。同様の問題は日本でも、どんな車でも起こる可能性はある。
      ■         ■
 通信指令係「こちら緊急電話番号。どうしましたか」
 通報者「アクセルが動かない。トラブルが発生した。ブレーキも利かない」
 通信指令係「分かりました。車を止めることができないんですね」
 通報者「交差点が迫っている。交差点が迫っている。つかまって。祈って……」
 通信のやりとりを詳報した米ABCニュースなどによると、緊急通報があったのは8月28日。米カリフォルニア州サンディエゴ郊外を走行中のトヨタの高級車「レクサスES350」からだった。
      ■         ■
 運転者は州警察の高速隊員で、妻と13歳の娘、親族の男性の3人が同乗していた。事故直前には、操縦不能の状態で、時速は120マイル(約190キロ)に達していたとみられる。そのまま交差点に突入し、他車と衝突して大破し炎上。この4人が亡くなったという。通報がなければ、原因は何一つ分からずじまいになった可能性がある。
      ■         ■
 「緊急事態だ。対象の車に乗る人は、直ちにマットを取り外すよう強く要請する」
 トヨタが「カムリ」や「プリウス」など最大380万台をリコールする見通しを発表した9月29日、米運輸長官は異例のコメントをした。
 欧米メディアによると、同様の不具合の報告は100件以上あり、計5人が死亡したという。
 まだ、事故原因がフロアマットと特定されたわけではないが、トヨタはマットを固定する留め金を外したり、二重にマットを敷いたりすると事故につながりかねないと購入者に注意を促し始めた。
      ■         ■
 捜査当局は早い段階からマットに注目していたからだ。トヨタは2007年にも、事故車と同じ「レクサスES350」と「カムリ」の一部で、マットの不具合のため計約5万5千台をリコールしている。
 ただ、トヨタは「事故車には違うレクサス車用の純正マットが装着されていた」として、現段階では因果関係を否定している。社内には「普通のリコールとは少し違う。当局から指摘があったので対応策を考えたい」(幹部)との声もあり、米当局とは温度差を見せる。
      ■         ■
 最近の自動車では、アクセルが戻らない非常時の対処法が、わかりにくくなっているとの指摘もある。高級車を中心に普及してきたボタンでエンジンを始動・停止させる車では、走っている最中にエンジンを止めるには、ボタンを3秒以上押し続ける特殊な操作が必要だ。キーを回せばよかった従来の車に比べると、事前に知らなければ実行しにくい。この点が問題だという。
 国内ではフロアマットの危険性の指摘はあまり聞かれないが、アクセルペダルやフロアマットの構造は、日米で大差はない。(中川仁樹)
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 レクサスといえば…
 トヨタの最高級車です。
 知人の米国人の先生が、
 米国では、メルセデス(ベンツ)と同等か、
 それ以上の人気があると話されたことがありました。
 亡くなられた
 州警察の高速隊員ご一家の
 ご冥福をお祈りいたします。
      ■         ■
 私たち北国に住む者は、
 スノーマットと呼ばれるマットを使います。
 冬期間はどうしても靴に雪が付きます。
 雪がついたままで車に乗ると、
 車内の暖房で雪がとけます。
 そうすると、
 車内がびちゃびちゃになります。
 ズボンの裾が汚れます。
      ■         ■
 融けた雪が夜間に凍ります。
 朝、マットはガチガチになっています。
 スノーマットは、
 黒いゴムでできています。
 お皿のように、
 ふちが盛り上がっているために、
 融けた雪が流れないようになっています。
 ゴムは凍っても硬くならないので、
 マットを取り出して、
 ぽんぽん…とすると、
 簡単に氷が落ちます。
      ■         ■
 はじめてこのスノーマットを使った時に、
 マットがアクセルを押しているのに気付きました。
 アイドリング時に、
 微妙に回転数が上がります。
 ふつうの運転者は気付きます。
 ですから…
 私はマットが原因で…
 190㎞ものスピードが出るとは考えられません。
      ■         ■
 昔の寒冷地仕様の自動車は、
 カローラクラスでも、
 マットがアクセルを押さないように、
 上からアクセルペダルを吊り下げる形になっていました。
 朝日新聞の記事の図(下記参照)
 と同じ形です。
 今の車は、寒冷地仕様でも、
 朝日新聞の記事の図とは逆に
 床にアクセルペダルがついています。
      ■         ■
 190㎞ものスピードは、
 よほどペダルを強く踏み込まないと出ません。
 レクサスなら出るのかも知れませんが…
 ふつうの乗用車では出ません。
 私は、
 事故の原因はマットではないと推測します。
 もっと他に原因があるように思います。
 安全に関することです…
 しっかりと調べていただきたいものです。
 トヨタ車以外も同じ構造になっています。

2009/10/toy.jpg
朝日新聞より引用

投稿者 sapporobiyou : 21:10 | コメント (0)

2009年10月01日

私の若い頃

 私は1954年生まれです。
 昭和29年。
 日本がまだ高度成長する前です。
 米国は名犬ラッシーや
 英語の教科書で知る…
 夢の国でした。
 中学校一年生の英語教科書に出てきた、
 ブラウンさん一家は、
 グリーンフィールドという街に住んでいました。
      ■         ■
 私が住んでいた、
 炭鉱街の美唄(びばい)や夕張(ゆうばり)は、
 ちょうど石炭産業が崩壊し、
 次々と閉山(へいざん)していました。
 美唄の三菱炭鉱がなくなり、
 父親は大夕張の炭鉱病院へ転勤しました。
 私が小学校の頃の社会科の教科書には、
 北海道の産業として、
 石炭が大きく載っていました。
      ■         ■
 長崎県で最近脚光を浴びている、
 軍艦島こと端島(はしま)という炭鉱の島も、
 同じ三菱砿業㈱が経営していました。
 三菱砿業㈱の社員には、
 九州の端島から、
 北海道の美唄へ転勤となった人もいました。
 その九州から転勤して来た人の子どもが…
 美唄の小学校で…
 九州のアクセントで困っていました。
 はじめて見た雪は…
 どんな印象だったのだろう?と思います。
      ■         ■
 北海道空知地方にたくさんあった炭鉱は、
 一部を除いてなくなりました。
 夕張は炭鉱閉山後に作った観光施設が破綻し、
 膨大な借金返済で苦労しています。
 美唄は農業を中心とした町になっているようです。
 時代の移り変わりとともに…
 産業が変遷(へんせん)し、
 街も人も変わります。
 変わらないのは、
 山とか川のある風景や、
 その土地の言葉や習慣です。
      ■         ■
 私は炭鉱街で育ったので、
 ……だべぇ~
 とか
 ……だべさ
 とかの言葉に愛着を感じます。
 自分が子どもだった頃に、
 まさか美容外科医になるとは…
 夢にも思っていませんでした。
 札幌駅前で開業するとも…
 想像すらしていませんでした。
      ■         ■
 かつて私たちの憧れ(あこがれ)だった、
 アメリカのゼネラル・モーターズ(GM)が
 2009年6月1日に、連邦破産法11章を裁判所に申請しました。
 キャデラックに乗りたいと思ったことはありませんが、
 大統領専用車を作っていた会社が、
 破産法申請にはショックでした。
 日本経済(特に北海道経済)は、
 まだまだ厳しい状況が続きます。
      ■         ■
 私が住んでいた炭鉱は閉山しましたが、
 そこで生活していたかつての仲間は、
 私を含めて元気で頑張っています。
 産業がなくなっても、
 他人にできない…
 自分にしかできない仕事があって、
 少しでも社会の役に立っていれば…
 まだまだ北海道も日本も大丈夫だと、
 私は信じて働いています。

cha.jpg
中学1年生の4月(向かって右)
向かって左は、荒木田和生くんです


shu.jpg
中学校2年生の頃(シューパロ湖)
私は自転車が好きな少年でした


1976.jpg
1976年の大学時代(33年前)、
友人と余市ニッカウヰスキー工場

投稿者 sapporobiyou : 15:25 | コメント (0)