« 2010年10月 | メイン | 2010年12月 »

2010年11月30日

私も眼瞼下垂の手術を受けます②

 私の手術は明日(12月1日)です。
 手術を受けるために東京へ来ました。
 どこで手術を受けるかは、
 主治医の許可があれば公開します。
 私が信頼している先生で、
 私と同年代の男性の先生です。
      ■         ■
 私が手術を決意したきっかけは、
 昨日の院長日記に書いた学会
 蛍光灯の交換の他にもあります。
 2010年8月に、
 法事で弟に会いました。
 まぶたの形と遺伝①という  
 2010年9月17日の院長日記に書いてあります。
      ■         ■
 弟は私より3歳年下です。
 私以上に眼瞼下垂の症状が見られました。
 弟に手術したらよくなるょ…
 …と言いました。
 休みを取って札幌に来たら?
 『休み取れないょ』
 弟の目と同じになっている、
 自分の目に気付きました。
      ■         ■
 遺伝とは、
 恐ろしいものです。
 私は、とにかく肩というより、
 首が痛いです。
 首の付け根(後ろ)が痛いです。
 うなじの奥が痛いです。
 よく首を後ろにそらせて、
 首をこきこきしています。
      ■         ■
 私の背中を押して、
 手術を決意させてくださったのが、
 私がお世話になって、
 私が手術をさせていただいた、
 看護師長さんでした。
 おかげ様で…
 楽になりました。
 先生もなさったらいいのに…
      ■         ■
 励ましのメールやコメントをいただき、
 ありがとうございました。
 明日から、
 しばらくは本日休診とさせていただきます。
 メールのご返事も書けないと思います。
 ご迷惑をおかけいたしますが、
 何卒よろしくお願い申し上げます。

hoji
弟53歳、私56歳

2010年9月17日の院長日記から

投稿者 sapporobiyou : 20:30 | コメント (0)

2010年11月29日

私も眼瞼下垂の手術を受けます①

 明日(11月30日)から12月6日(月)まで、
 札幌美容形成外科は休診いたします。
 私が眼瞼下垂症の手術を受けるためです。
 HPの休診案内では、
 学会のためとなっていますが、
 私が手術を受けるためです。
      ■         ■
 手術を受けるきっかけとなったのは、
 学会でした。
 私は…
 講義も学会も…
 前の席に座ってしっかり聴いていました。
 ところが…
 学会に参加すると、
 必ず首が痛くなり、
 仕事にも差し支えるようになりました。
      ■         ■
 前の席に座って…
 一日、スクリーンを見上げていると…
 眼瞼下垂症のために、
 顎を上げて見ています。
 その結果、
 学会の後で首が痛くて、
 数日は苦しむことになりました。
      ■         ■
 もう一つのきっかけは、
 天井の蛍光管の交換でした。
 10月に、
 札幌美容形成外科の天井についている、
 蛍光管を交換しました。
 そんなに長い時間ではありませんでしたが、
 真上を向いて作業をしました。
 院長兼雑用係なので、
 天井の蛍光管も私が交換しています。
      ■         ■
 2年前には何ともなかったのに…
 今年は何日も首がいたくなり…
 おまけに背中から下腿まで痛くなりました。
 鏡でよく自分の目を見ると…
 瞳孔の縁に、
 上まぶたの皮膚が被さっていました。
 あと何年か働くために…
 自分のまぶたを切っていただくことにしました
      ■         ■
 大変申し訳ございませんが、
 12月1日から、
 しばらく院長日記をお休みする予定です。
 経過がよければ再開します。
 皆様には、
 ご迷惑をおかけいたしますが、
 何卒よろしくお願い申し上げます。
 がんばって手術を受けてきます!

投稿者 sapporobiyou : 22:37 | コメント (0)

2010年11月28日

まぶたの脂肪

 昨日の日記の続きです。
 アイプチと手術は違います
 アイプチめざいくは、
 糊(のり)で皮膚をくっつけます
 埋没法は、
 糸で中から引っぱります
 その結果…
 まぶたの皮膚が持ち上げられます。
      ■         ■
 ビューラーもしないのに…
 まつ毛が上向になります。
 ちょっとうれしいです。
 ところが…
 まぶたの脂肪が多いと…
 埋没法の手術後に、
 二重の線の上(眉の下)が…
 ぽこっと膨らむことがあります。
 これを…腫れていますか?
 …と聞かれることがあります。
      ■         ■
 チェーン店で言う…
 埋没法+マイクロ脱脂という方法があります。
 埋没法だけでは、
 脂肪で膨らむので、
 脂肪も取りましょうという、
 高額のオプションです。
 確かに上手な先生もいます。
      ■         ■
 このマイクロという言葉があやふやです。
 形成外科でマイクロというと、
 手術用顕微鏡のことを言います。
 札幌美容形成外科では、
 ドイツのZeiss(ツァイス)社製の顕微鏡を使っています。
 ドイツの名車、
 メルセデスベンツSクラスと同じくらい高価です。
      ■         ■
 手術用顕微鏡を使っている
 美容外科チェーン店は、
 まずありません。
 価格も高いですし、
 使いこなすのが難しいからです。
 チェーン店のマイクロ脱脂は、
 小さい切開だけを意味します。
 1㎜の切開だと十分に脂肪は取れません。
      ■         ■
 取ったとしても一部だけです。
 その結果…
 目頭側や目尻側は…
 膨らんだままという目を見ることがあります。
 脂肪の中には、
 細い血管があります。
 その血管を丁寧に止血しないと、
 目が真っ黒になります。
      ■         ■
 脂肪が多くてまぶたが腫れている方は、
 埋没法には向きません。
 お腹の脂肪が多い人は、
 まぶたにも脂肪がついています。
 おすもうさんの目を見てください。
 まぶたが腫れている方は、
 しっかりと切開をして、
 脂肪を丁寧に切除する必要があります。

投稿者 sapporobiyou : 10:14 | コメント (0)

2010年11月27日

アイプチと手術は違います

 2010年2月6日にも書いています。
 アイプチとは違いますというタイトルです。
 中学生の時から…
 ずっとアイプチを使っているお嬢さん。
 私が見ても上手な人はいます。
 間違ってはいけないこと。
 アイプチで作った目の通りに、
 手術できると思わないでください
      ■         ■
 二重埋没法は、
 日本が生んだ世界の技術です。
 いろいろ改良を加えた方法もあります。
 確かに…
 アイプチで作った目にできる人もいます。
 残念ですが…
 ①目の脂肪が多い人
 ②腫れぼったい目の人
 ③目の上の骨が出ている人
 ④眼瞼下垂症の人
 ⑤眉の上がり方に左右差のある人
 など埋没法に向かない人がいます。
      ■         ■
 2007年1月19日にも書いています。
 先生、アイプチはこのラインでつけていたので、
 はここに通してください
 アイプチのラインと一緒の位置で糸を留めると
 100%と言っていい位
 ‘ガチャピン’や‘イラン人’の目になります。
      ■         ■
 鼻の高さ、
 眉の位置、
 目の脂肪、
 泣いた後の腫れ、
 アイプチかぶれによる腫れ、
 ちょっとしたことで
 瞼の形は大きく変わります。
      ■         ■
 二重埋没法の手術にも…
 瞼板法
 瞼板上端法
 挙筋法など、
 さまざまな方法があります。
 こちらのマンガにもかいてあります。
 アイプチでつけたラインと、
 手術でできるラインは違うことを覚えていてください。

投稿者 sapporobiyou : 19:13 | コメント (0)

2010年11月26日

南雲吉則先生の若さ

 昨日の院長日記に、
 恵理さんからコメントをいただきました。
 南雲先生を初めてテレビで見たときは衝撃的でした。
 顔がツヤツヤ。
 とにかく若い。
 何か美容外科の施術のおかげで
 あの若さを維持しているのなら
 とても自然ですごい技術だとまで思いました。
      ■         ■
 私が知っている限り…
 南雲吉則先生は、
 何も美容外科の施術は受けていません。
 とにかく若い!
 私より1歳若いだけなのに…
 そばで見ても…
 30歳台にしか見えません。
      ■         ■
 南雲先生の若さの秘訣は、
 こちらのページに書かれていました。
 南雲先生と食事をしたことがあります。
 実際に…
 あまり食べられません。
・腹八分目に食べるようにする。
・糖分、塩分、脂分を控える。
・お菓子の類は食べない。
 これは事実で、
 私も真似をするようにしています。
      ■         ■
 私は真似できませんが、
 次は医学的には正しいことだと思います。
・紫外線を徹底的に避ける。
・夜10時から午前2時までの時間帯は熟睡する。
 紫外線は、
 お肌を老化させます。
 男性も女性も同じです。
 南雲先生の肌がつるつるなのは、
 徹底した紫外線防御対策の効果もあると思います。
      ■         ■
 卒後30周年の同期会を開いても、
 高校の同窓会の出席しても、
 同年代のはずなのに、
 見かけは…
 20歳近く開きがあるように感じます。
 前列中央が南雲先生です。


2007年10月6日の日記より

投稿者 sapporobiyou : 21:15 | コメント (3)

2010年11月25日

第3回国際乳房オンコプラスティックサージャリーシンポジウム

 長い名前の学会です。
 第3回
 国際
 乳房オンコプラスティックサージャリー
 シンポジウム
 私の友人である、
 ナグモクリニックの
 南雲吉則先生が副会長です。
      ■         ■
 今日と明日の2日間、
 東京のお台場、
 ホテル日航東京で開催されます。
 乳房オンコプラスティックサージャリーとは…
 乳がんを…
 形成外科的な再建技術を使って…
 きれいに治す…
 …という意味だと考えます。
 今日、半日だけ参加して来ました。
      ■         ■
 私自身は、
 皮膚癌の手術はたくさんしましたが、
 乳癌の手術はお手伝いをした程度です。
 札幌には、
 札幌医大第一外科出身の、
 浅石和昭先生がつくられた、
 おっぱいクリニックがあります。
 札幌ことに乳腺クリニック(浅石和昭先生)
 札幌乳腺外科クリニック(岡崎稔先生)
 新札幌乳腺クリニック(岡崎裕先生)、
 3つの乳線クリニックで、
 とてもきれいな手術をなさっています。
      ■         ■
 形成外科では、
 北海道大学形成外科の、
 山本有平(やまもとゆうへい)教授が、
 乳房再建を積極的になさっています。
 私は、
 乳癌治療はしません。
 陥没乳頭や
 乳頭縮小などの手術をしています。
      ■         ■
 今日の学会に参加して感じたこと。
 乳がん治療は、
 切って治すだけではない。
 英国のMichael Dixon先生が
 見せてくださった患者さん。
 私の経験では、
 余命3ヵ月?
 と思うほどの乳癌が、
 新しいneoadjuvant 内分泌療法で…
 みごとに治っていました。
      ■         ■
 私は乳癌治療の専門家ではなく、
 癌の治療については素人です。
 南雲先生の学会に参加して、
 乳癌治療の認識を新たにしました。
 一日しか参加できませんでしたが、
 私も南雲先生のように、
 錆びない生き方をしたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 20:42 | コメント (0)

2010年11月24日

珈琲工房ビーンズ[西野店]

 私が毎日いただいているコーヒー。
 珈琲工房ビーンズ西野店
 甲田(こうだ)さんから購入しています。
 もう20年になります。
 毎月、月末の土曜日曜を挟んだ4日間、
 割引セールがあります。
 今月は11月26日27日28日29日です。
      ■         ■
 お店の場所は、
 札幌西警察署の向かいです。
 駐車場もあります。
 こちらのお店は、
 コーヒー豆を、
 焙煎機(ばいせんき)でその場で焼いてくださいます。
 何台もある、
 ガスの焙煎機で、
 しゃかしゃかと軽快な音を出します。
      ■         ■
 豆を焼いている間は、
 ご主人が、
 コーヒーをハンドドリップで、
 サービスしてくださいます。
 このコーヒーが絶品です。
 悪いけど…
 喫茶店のコーヒー以上です。
 しかも試飲なので無料
 ちゃんと陶器のカップでいただけます。
      ■         ■
 珈琲工房ビーンズさんは、
 全国にお店があります。
 甲田さんも、
 元はオリンパスの営業マンでした。
 内視鏡という、
 胃カメラなどを病院へ販売なさってました。
 脱サラをなさって、
 珈琲工房を始められました。
      ■         ■
 珈琲工房ビーンズさんは、
 お店ごとに価格が違います。
 甲田さんのお店は、
 HPがありません。
 ネットで検索する他のビーンズさんより、
 かなりお安いと思います。
 札幌の方でしたら、
 是非、一度訪ねてみていただきたい、
 とてもよいお店です。
 私は美味しいコーヒーを入れてくださる、
 甲田さんに感謝しています
      ■         ■
 珈琲工房ビーンズ
 西野店
 札幌市西区西野3条5丁目1-37
 電話:011-666-0225
 水曜日定休

投稿者 sapporobiyou : 14:48 | コメント (0)

2010年11月23日

勤労感謝の日(2010)

 今日は勤労感謝の日です。
 私は…
 自慢じゃありませんが、
 働き者です。
 朝から夜まで働いて、
 お昼ごはんを食べるのも…
 5~10分です。
 深夜まで、
 メールの返事を書いたりしています。
      ■         ■
 私自身は、
 いっしょに働いてくれている職員や、
 弁当を作ってくれる奥さんに感謝しています。
 最近思うことは…
 元気で働けるのは…
 ありがたいことです。
 床屋さんへ行っても…
 散髪をしてくださる理容師さんに感謝しています。
 歯医者さんにも感謝しています。
 PMTCで歯をきれいにしてくださる、
 歯科衛生士さんに感謝しています。
      ■         ■
 自分の身近なところで、
 たくさんの方にお世話になっています。
 たまにしか行けませんが…
 美味しいお鮨をにぎってくださる、
 鮓佐の佐々木さんに感謝しています。
 疲れた身体をマッサージしてくださる、
 マッサージ師さんに感謝しています。
 特に身体を楽にしていただけると、
 ありがたいと思います。
      ■         ■
 さくらんぼさんや、
 さくらんぼさんご主人も、
 私以上に働き者です。
 早朝から深夜まで、
 寒い冬も…暑い夏も…
 大切な果樹を一生懸命に手入れなさって、
 美味しい果物を作ってくださいます。
 今年は猛暑の影響で、
 果物にも影響が出たそうです。
      ■         ■
 さくらんぼさんから
 お知らせが届きました。
 山形特産のラ・フランス。
 例年なら 冷蔵庫から出して2週間で食べ頃になりますが、
 東北から北の地区では今年は3週間でした。
 食べ頃になるまでの期間が、
 例年より、遅くなっています。
 美味しい果物を作ってくださる、
 山形の果樹園の方に感謝しています。


さくらんぼさんのリンゴです

投稿者 sapporobiyou : 20:29 | コメント (0)

2010年11月22日

いい夫婦の日(2010)

 11月22日はいい夫婦の日です。
 昨年も、
 一昨年も書いています。
 本間家はいい夫婦ではございません。
 いい夫婦の日サイトによると、
 「パートナー・オブ・ザ・イヤー2010」は、
 野村克也・野村沙知代ご夫妻、
 佐々木健介・北斗晶ご夫妻です。
      ■         ■
 アンケートが書いてありました。
 :夫婦円満の秘訣を教えてください
 A:(克也さん・沙知代さん)
 お互いに見て見ぬふり
 さすが名監督。
 まったく同感です。
 A:(北斗さん) 言いたい事はその場で言う
 (健介さん)妻のみね
 まだ、お若いので、
 仲良しそうですね。
      ■         ■
 私はよく周囲の若い人に言っています。
 私だってね…
 30年前は…
 最高だと思って結婚しました。
 でも、このありさまです。
 自分で選んだ…
 自己責任だからね。
      ■         ■
 いい夫婦でいることは、
 なかなか大変なことです。
 片目どころか…
 両目をつぶって…
 お互いに見て見ぬふりは…
 いい考えだと思います。
 いまさら言ったって…
 変わるわけないでしょ…
      ■         ■
 自分で選んだんだから…
 のーくれーむ
 のーりたーん
 ですよ。
 健康で、
 病気もしていないなら、
 いいじゃないですか。
 新しい相手を見つけるのも大変だから、
 なんとかがまんして生きましょう

投稿者 sapporobiyou : 18:52 | コメント (0)

2010年11月21日

『そら』は雑種です

 娘の愛犬『そら』は、
 ポメラニアンと
 ミニチュアダックスの雑種です。
 どちらがお父さんで、
 お母さんかは、わかりません。
 うちの奥さんは…
 娘に…
 『あんた、雑種の犬を…』
 『お金出して買うなんて…』
 『ばかじゃないの…』
 …なんて言ってました。
      ■         ■
 私は、
 最初に見た時から気に入りました。
 生物学的にはF1(エフワン)と言います。
 雑種第一代とか一代雑種とも言われます。
 昔、生物で習ったあれです。
 両親の良いところだけ似ることがあります。
 古くから家畜や農作物の、
 品種改良に利用されてきました。
      ■         ■
 そらは、
 ミニチュアダックスの顔に似ています。
 大きな目が特徴です。
 脚は、
 ポメラニアンに似ています。
 ミニチュアダックスより少し長いです。
 胴は、
 ミニチュアダックスより短いです。
      ■         ■
 体重は2㎏ちょっとです。
 うちに来ると太ると娘に怒られます。
 癒し犬(いやしけん)ですが、
 卑しい犬(いやしいけん)でもあります。
 油断すると何でも食べてしまいます。
 私は怖い飼い主なので、
 私がいると悪いことはしませんが、
 目を離すとティッシュでも食べます。
      ■         ■
 犬がいると…
 家に帰るのが楽しみです。
 たまに借りてくるだけなので、
 自分の犬を飼いたいと言いますが、
 奥さんから、
 そらがいるからと断られます。
 お金出して雑種を買うなんて…
 …と言っていた人が、
 一番気に入っているように見えます。
 雑種はいいとこ取り犬です。


いいとこ取り犬のそらです

投稿者 sapporobiyou : 09:57 | コメント (0)

2010年11月20日

ばりばりの日本人

 女性誌の表紙モデルのように…
 幅広の平行二重になりたい。
 お気持ちは理解できます。
 でも…
 アイプチと付けまつ毛で、
 上手にメイクができても…
 手術で同じようにできるとは限りません。
 メイクと手術は違います。
      ■         ■
 蒙古(もうこ)ひだという、
 目頭の被さった皮膚があるのに…
 無理矢理幅広でとめると…
 蒙古ひだがつっぱります。
 もともと皮膚がつっぱっているのに、
 幅広二重のために…
 かえって蒙古ひだが目立ちます。
      ■         ■
 じゃあ…
 蒙古ひだを切ればいいじゃん!
 …と目頭切開を受けて…
 無残な傷が残っただけの人もいます。
 いくらお金をかけて…
 God Hand(ごっとはんど=神の手)の先生にお願いしても…
 一度つけたキズは元に戻せません。
 私は神の手ではないので、
 到底できません。
      ■         ■
 札幌美容形成外科の‘売り’は…
 イメージは自然
 自然な仕上がりを大切にしますです。
 私は…
 その人の顔に合った、
 自然な手術しかしません。
 過去にも何度か書いたことがあります。
      ■         ■
 2007年1月19日
 二重埋没法
 2007年1月28日
 二重手術
 2008年8月8日
 二重手術のプロセス
 幅広の平行二重にできる方は、
 鼻が高くて目が大きな方です。
 ばりばりの日本人には合いません。

投稿者 sapporobiyou : 21:41 | コメント (0)

2010年11月19日

結婚してから2年間

 以前にも書いたことがあります
 結婚した時に、
 北大の先輩から言われました。
 本間君
 2年間くらいは…
 子どもをつくらないで…
 奥さんと二人の生活を楽しんだらいいょ。
 私は26歳で結婚し、
 長女が生まれたのが29歳でした。
      ■         ■
 研修医の頃は、
 よく転勤がありました。
 北大→
 形成外科メモリアル病院→
 美唄労災病院→
 北大→
 釧路労災病院→
 北大→
 札幌医大麻酔科→
 北大→
 函館中央病院
      ■         ■
 履歴書に書くのが大変です。
 転勤の度に、
 釧路では…
 阿寒や知床、根室。
 函館では、
 青森の酸ヶ湯温泉など、
 奥さんと二人で、
 喧嘩もせずに…
 いろいろなところへ行きました。
      ■         ■
 どの先輩から言われたか…?
 定かではありませんが…
 吉田哲憲先生だったような気がします。
 私は、
 先輩のアドバイスに従って…
 北海道内のいろいろなところへ行けました。
 赤ちゃんは可愛いですが、
 ♡二人だけの時間♡
 を楽しむのもよいと思います。
 若い人へのアドバイスです。

投稿者 sapporobiyou : 18:23 | コメント (0)

2010年11月18日

孫が1歳9ヵ月になりました

 札幌美容形成外科の職員の子どもさん、
 私の初孫
 光希(こうき)くんが、
 1歳9ヵ月になりました。
 お母さんは…
 産休→育休を取り、
 今年の春から職場復帰してくれました。
      ■         ■
 お母さんのお腹の中で、
 毎日、私の声を聞いていてくれた、
 初孫が生まれたのが、
 2009年2月でした。
 2009年1月までは、
 お母さんのお腹の中で…
 ほぼ毎日、私と過ごしていました。
      ■         ■
 自分の子どもの時には、
 大学や病院が忙しくて、
 正直イクメンにはなれませんでした。
 イクジイを目指していますが、
 私にができる…
 …かどうか、わかりません。
 長男光希くんにつづき、
 長女次男の、
 誕生をともに祝い、
 元気で働きたいと思います。
      ■         ■


光希くんと私

私の今年最高の笑顔

投稿者 sapporobiyou : 19:46 | コメント (0)

2010年11月17日

論文投稿の意義

 昨日の院長日記に…
 まみ子師長さんから、
 コメントをいただきました。
 自分の勉強になる事が一番ですね・・・先生。
 自分が得た知識はお金では買えない貴重な宝です。
 その通りです。
 どんなに高価な買い物をしても、
 時間とともに価値が下がります。
      ■         ■
 自分の頭の中に得られた知識は、
 価値が下がることはありません。
 日常診療にも役立ちます。
 勉強をする習慣は、
 学会へ参加する意欲にもつながります。
 学会を通じて…
 たくさんの友人ができます。
      ■         ■
 お金では買えない交友関係ができます。
 学会発表はその時だけですが…
 論文にしてあると…
 後世まで残ります。
 まみ子師長さんの論文は、
 他の先生の論文にも引用されています。
 価値があるデーターです。
      ■         ■
 まみ子師長さんの論文は、
 当診療所における7年間の熱傷患者の統計的検討
 熱傷 25(1), 22-27, 1999
 …とネットで検索すると出てきます。
 一つの皮膚科診療所で、
 7年間もの長期間、
 熱傷患者さんのデーターを集めたのは、
 他になかなかありません。
      ■         ■
 これだけのデーターを集めるのは大変です。
 診療が終わった後や、
 休日に古いカルテを引っぱり出して調べます。
 統計学の勉強も必要です。
 受験の時以来…
 何十年ぶりに統計学なんて言葉と再会します。
 お金にはなりませんが、
 後世に残るデーターを調べられました。
 これから研修医になる医学生、
 研修中の先生にも、
 一度は学会発表→論文投稿をおすすめします。

投稿者 sapporobiyou : 14:58 | コメント (0)

2010年11月16日

はじめての論文投稿

 私がはじめて書いた論文です。
 本間賢一,小野一郎,吉田哲憲,真部正志,浅見謙二,石川隆夫,
 糖尿病を基礎疾患にもった老人熱傷の1例,
 熱傷,10,237-243,1985
 ↑こんなふうに書きます。
 最初に著者の名前を並べます。
 一番最初が筆頭執筆者(ひっとうしっぴつしゃ)です。
 次に治療にかかわった人を、
 順番に並べて書きます。
      ■         ■
 小野一郎先生は当時の函館中央病院形成外科医長。
 吉田哲憲先生は、
 北海道大学形成外科講師として…
 函館中央病院へ応援に来ていただいていました。
 真部正志先生は、
 小野一郎先生の前任の医長。
 浅見謙二先生は私の前任。
 石川隆夫先生は小野先生の後任医長。
      ■         ■
 当時、函館中央病院形成外科で、
 糖尿病のおばあちゃんの治療にかかわった先生たちです。
 次の…
 糖尿病を基礎疾患にもった老人熱傷の1例
 が論文の題名です。
 熱傷は、
 日本熱傷学会の機関誌です。
 大学図書館などで読めます。
      ■         ■
 熱傷,10,237-243,1985
 熱傷の横の数字は、
 10巻、237ページから243ページまで、
 1985年に発行されたことを示します。
 1984年に学会発表したことを…
 一年間かかって論文にしました。
 論文としての価値は低いですし、
 他に引用されることもありません。
      ■         ■
 でも…
 糖尿病が苦手だった私が、
 糖尿病の本を何冊も買って…
 隅からすみまで読んで勉強しました。
 わからないところは、
 糖尿病の大家である、
 中川昌一先生のところまで伺って質問しました。
 この論文を書いたことで、
 私の糖尿病苦手意識は消えました。
      ■         ■
 論文を書いても…
 一円ももうからないし…
 寝る時間は少なくなります。
 本を買うお金もかかるし、
 遊ぶ時間もなくなります。
 医学論文の投稿は原則無料ですが、
 別刷(べつずり)という、
 自分の論文だけを印刷してもらうのに、
 お金がかかることもあります。
 論文執筆の一番のメリットは、
 自分の勉強になることです。

投稿者 sapporobiyou : 20:11 | コメント (0)

2010年11月15日

はじめての学会発表

 私の全国学会デビューは、
 卒後4年目。
 第10回日本熱傷学会。
 1984年(昭和59年)5月23日(水)・24日(木)。
 東京でした。
 学会長は、
 防衛医科大学校皮膚科教授。
 藤田恵一先生でした。
      ■         ■
 その日本熱傷学会で、
 昨日の院長日記に書いた、
 糖尿病を持った老人熱傷の一例を、
 発表しました。
 当時はPCはありません。
 発表はすべてスライド
 原稿は手書きでした。
 何度も書き直しました。
      ■         ■
 はじめての学会発表。
 学会一週間前の月曜日夕方のカンファレンス。
 大浦先生以下、
 北大形成外科の先輩から、
 厳しくチェックしていただきました。
 スライドを作り直して…
 発表原稿も訂正して…
 小野一郎先生に何度も直していただきました。
 それでも、
 発表前は超緊張していました。
      ■         ■
 新人が学会で発表する時には、
 必ず上の先生がついています。
 医者のことばで、
 オーベンがつくと言います。
 発表そのものも大切ですが、
 発表後の質疑応答が難関です。
 この時に、
 ちゃんと答えられるかどうか…が心配です。
      ■         ■
 演者(えんじゃ:発表した人)が答えられないと…
 心配そうに聞いていたオーベンが、
 さっと席を立って…
 マイクへ向います。
 共同演者の○○ですが…
 ただいまのご質問にお答えいたします
 とお助けマンになってくれます。
 とても心強いものです。
      ■         ■
 私の発表は、
 北大でチェックしていただいたおかげで…
 無事に終えることができました。
 今までに何十回と学会発表をしましたが、
 最初の全国学会のことはよく覚えています。
 私は…
 共同演者の小野一郎先生に
 お助けマンになっていただくこともなく、
 無事に発表を終えました。
 小野一郎先生は会場で聞いていてくださいました。
 心強かったのを覚えています。

投稿者 sapporobiyou : 20:44 | コメント (0)

2010年11月14日

世界糖尿病デー

 今日、11月14日(日)は、
 世界糖尿病デーです。
 世界の成人の約5~6%が糖尿病。
 日本でも
 40歳以上の
 3人に1 人が
 糖尿病または糖尿病予備群です。
 学生時代の私は…
 糖尿病は苦手でした。
      ■         ■
 内科の教科書は…
 細かい字ばかりで…
 一生、勉強を続ける気持ち
 …にはなれませんでした。
 手に職をつけて…
 技術で生きる医師
 …としての道を目指しました。
      ■         ■
 その…糖尿病が苦手だった私が、
 卒後3年目に…
 函館中央病院形成外科で、
 糖尿病のおばあちゃんの担当になりました。
 糖尿病のおばあちゃんが、
 全身に大やけどをして、
 函館中央病院形成外科へ入院しました。
      ■         ■
 当時の私の上司は、
 小野一郎先生でした。
 小野先生からは、
 形成外科の基本を…
 たくさん教えていただきました。
 パソコンをすすめてくださったのも、
 小野一郎先生でした。
      ■         ■
 小野一郎先生の奥様が、
 小野百合先生です。
 奥様は糖尿病専門医。
 私と同年代で卒業は一期上です。
 糖尿病のおばあちゃんは、
 小野百合先生が…
 札幌から電話で指導してくださり、
 みごとに回復されました。
      ■         ■
 私のはじめての学会発表が…
 糖尿病を基礎疾患に持った老人熱傷の一例
 今でこそ…
 英語で学会発表もできますが、
 卒後4年目で、
 はじめての全国学会デビューでした。
 ほぼ徹夜で、
 発表原稿を準備して、
 千歳発の飛行機に搭乗しました。
      ■         ■
 その学会発表を、
 論文として投稿することになりました。
 糖尿病を徹底的に勉強しました。
 当時、北大第二内科教授で、
 糖尿病の権威、
 中川昌一先生のところにも伺いました。
 はっきり言って…
 学位論文より苦労しました。
 このおかげで、
 今でも糖尿病患者さんの手術ができます。
 小野先生ご夫妻に感謝しています。

投稿者 sapporobiyou : 16:08 | コメント (0)

2010年11月13日

インフルエンザ特効薬(イナビル)

 とも耳鼻科クリニックの、
 新谷朋子(しんたにともこ)先生から、
 教えていただきました。
 インフルエンザ特効薬が、
 2010年9月10日に発売されました。
 イナビルという日本の薬です。
 痛い注射ではありません。
 口から吸う薬です。
      ■         ■
 間違いなく…
 ヒット商品になります。
 劇的に効きます!
 高熱や関節痛で…
 インフルエンザかなぁ~?
 と思ったら…
 一刻も早くイナビルです。
 as soon as possibleです。
      ■         ■
 イナビルは、
 インフルエンザウイルスの増殖を抑える薬です。
 1個のウイルスが1日で…
 約100万個に増えると言われています。
 処方されたら…
 できるだけ早く吸入します。
 2本処方されます。
 1本を2吸入で吸います。
      ■         ■
 容器に粉が入っています。
 その粉を、
 す~す~と…
 ①→②と指示の通りに…
 2回吸うとなくなります。
 それを2本吸うだけです。
 苦くもありません。
 楽です
 これで終わりです。
      ■         ■
 製造メーカーである、
 第一三共株式会社HPから引用しました。
 イナビルは、
 当社が創製した純国産の長時間作用型ノイラミニダーゼ阻害剤で、
 本剤による治療は1回で完結します。
 オセルタミビル(タミフルのことです:本間注)の
 5日間投与と同等の効果を示します。
 本剤が、今後のインフルエンザ治療における新たな選択肢となり、
 患者さん、更には社会に広く貢献できるものと確信しております。
      ■         ■
 インフルエンザかなぁ…?
 …と思ったら、
 すぐにとも耳鼻科クリニックへ行きましょう。
 鼻の中からちょっと検査するだけで、
 すぐにインフルエンザがわかる検査があります。
 インフルエンザだったら…
 すぐにイナビルです。
 これからのインフルエンザ治療の定番です。
 タミフルより効きます。
 YouTubeには使い方の動画があります。

投稿者 sapporobiyou : 20:16 | コメント (0)

2010年11月12日

とも耳鼻科クリニック

 私が、札幌医大でお世話になった、
 新谷朋子(しんたにともこ)先生が…
 2010年9月1日にとも耳鼻科クリニックを、
 開業されました。
 新谷先生は、
 札幌医大昭和62年卒
 元札幌医大耳鼻咽喉科講師。
 とても優秀な耳鼻科医です。
      ■         ■
 クリニックは、
 札幌医大病院のすぐ前です。
 元北海道銀行があったビルの2階。
 新しくて、きれいなクリニックです。
 「みみ」
 「はな」
 「のど」
 一般的な耳鼻科診療はもちろん、
 最新精密聴力検査装置を用いた聴力評価もできます。
      ■         ■
 とも子先生は、
 厚生労働省補聴器適合判定医
 厚生労働省言語機能等判定医
 騒音性難聴担当医です。
 耳が聞こえなくなって困っている方には、
 是非、一度受診していただきたいです。
      ■         ■
 とも耳鼻科クリニックの、
 一番の特徴は、
 睡眠時無呼吸症候群の治療です。
 とも子先生は耳鼻科医としては、
 数少ない
 睡眠学会認定医です。
 睡眠時無呼吸の原因には、
 鼻やのどの通りが悪いことがあります。
 痛くない最新の内視鏡で、
 丁寧に鼻からのどまでを診てくださいます。
      ■         ■
 これからの季節は、
 インフルエンザが猛威をふるいます。
 風邪やインフルエンザで、
 熱や鼻づまりの症状が出ます。
 一番、上手に治してくれるのが、
 耳鼻科医です。
 インフルエンザの予防接種もしていらっしゃいます。
 美人で優しい、
 とも子先生をおすすめします。
 お気軽にご相談ください。
      ■         ■
 とも耳鼻科クリニック
 〒060-0061
 札幌市中央区南1条西16丁目1-246 ANNEXレーベンビル2F
 TEL 011-616-2000 FAX 011-616-2180
 ●地下鉄東西線「西18丁目」より徒歩3分
 ●札幌市電「西15丁目」より徒歩3分
 ●JRバス「医大病院前」より徒歩1分

投稿者 sapporobiyou : 21:15 | コメント (0)

2010年11月11日

勇気ある海上保安官

 神戸の海上保安官が、
 私がやりました
 …と船長に報告しました。
 さすが海の男です。
 勇気ある海上保安官に、
 心からエールを送ります。
 どんなことがあっても…
 自分の正当性を主張してください。
      ■         ■
 霞ヶ関で平和ぼけしている、
 内閣総理大臣には、
 北の海の厳しさも…
 南の海の厳しさもわかりません。
 私も釧路労災病院で、
 旧ソ連に撃たれた、
 漁師さんを治療するまでは、
 平和ぼけしていました。
      ■         ■
 日本は海に囲まれている、
 単一民族の平和な国です。
 でも…
 海の向こうには、
 北朝鮮もいるし、
 ロシアも、
 中国もいます。
 油断大敵です。
      ■         ■
 私は、
 中国の船長を釈放したのに、
 海上保安官を逮捕→起訴→裁判、
 なんて絶対に許せません
 海上保安庁をクビにするのも許せません
 クビになればいいのは、
 内閣総理大臣と官房長官です。
 次の選挙では全滅です。
      ■         ■
 私は前の選挙で、
 鈴木宗男さんに投票しました。
 松山千春さんも大好きです。
 仕事をしないで、
 威張っている役人は大嫌いです。
 鈴木さんは、
 最高裁で敗訴して収監されます。
 恩赦で出してあげて、
 ロシアとよく話し合って欲しいと思っています。
 勇気ある内部告発を支持しています。

投稿者 sapporobiyou : 18:12 | コメント (0)

2010年11月10日

同期で一番のお金持ち

 卒後30年の同期会
 本間、美容整形もうかる…?
 …と聞かれました。
 いえいえ、もうかった時代も…
 確かにあったようですが…
 私は、そんなにもうかってません
 美容外科医になって、
 よかったと思っていますが、
 そんなにもうかる商売ではありません。
      ■         ■
 私たち、札幌医科大学27期で…
 一番の資産家は誰か…?
 同期会では話題にもなりません。
 納税額が公表されていた頃には、
 北海道でもトップクラスの同期がいました。
 私の推測では、
 その先生が…
 同期で一番のお金持ちでしょう。
      ■         ■
 経済誌などで、
 ○○を買い取ったなどと…
 お名前を見ることがあります。
 私の想像がつかないくらいの資産を、
 お持ちだと想像します。
 若くして、自分の病院を持ち、
 順調に業績を伸ばされました。
      ■         ■
 学生時代には、
 私たちと同じでした。
 病院の食堂で、
 280円くらいの定食を食べていました。
 特に目立ってはいませんでした。
 どちらかというと…
 地味で真面目な学生でした。
 その彼が…
 世界最高級の外車を…
 何台も持っているそうです。
      ■         ■
 私はその同期とも仲良しだったので、
 会って話しをしたかったのですが、
 残念なことに同期会にはいらっしゃいませんでした。
 医師は収入が安定した職業ですが、
 昨今は、もうからなくなっています。
 今朝の新聞にも道立病院の赤字が出ていました。
 お金儲けをしたければ、
 医学以外の、
 投資とか、
 企業経営をおすすめします。
      ■         ■
 私の同期で一番のお金持ちは、
 大学同期の医師ではありません。
 2008年1月4日の院長日記に書いた…
 札幌西高校23期生の阿部修平さんです。
 スパークス・グループ株式会社 代表取締役社長 。
 資産運用の会社です。
 創業1989年7月1日
 資本金 124億0400万円(2010年3月末現在)
 私たち医師には、
 どうがんばっても無理な資産です。

投稿者 sapporobiyou : 20:46 | コメント (0)

2010年11月09日

昨今の研修医気質

 卒後30年の同期会。
 私の同期には、
 教授もいれば、
 院長も部長もいます。
 何もできなかった卒業直後から、
 後輩を指導する立場になっています。
      ■         ■
 教授も、
 院長も異口同音に…
 医師不足を嘆いていました。
 大学にも人がいないようです。
 大きな病院の部長職でも、
 まだ当直をしているそうです。
 一晩当直をすると、
 2日はダウンしてしまう…。
 とてもよくわかります。
      ■         ■
 研修医は、
 すぐに辞めてしまう
 つらいことはしない
 給与を高くしないと集まらない
 現代の若者気質は、
 お医者さんも同じなのでしょうか…?
 高いこころざしの人は…
 少ないのでしょうか?
      ■         ■
 私たちが卒業した30年前。
 確かに給与で選んだ人も…?
 一部にはいたかも…?
 でも、大部分の同期は、
 自分が将来何をしたいか?
 自分がどんな仕事に向いているか?
 …で、決めたように思います。
      ■         ■
 札幌医大→北大へ行った私は、
 同期の中でも、
 もっとも給与が低かったと思います。
 それでも…
 結婚もできました。
 人生で最も幸せだったのは、
 2DKの公団住宅で新婚だった頃です。
      ■         ■
 これから卒業して医師免許を取得する先生には、
 自分の性格や適性を考えて、
 専門とする科を選ぶことをおすすめします。
 人と話すのが苦手な方は、
 基礎医学で研究者という道もあります。
 好きでもないのに…
 何となく選んだのでは…
 長続きしません。
 配偶者選びと同じです。

投稿者 sapporobiyou : 21:16 | コメント (0)

2010年11月08日

卒後30年

 平成22年11月6日(土)に、
 札幌医大27期、
 卒後30周年の同期会がありました。
 私は25歳で卒業し、
 現在56歳です。
 もう還暦を過ぎた同級生もいました。
 一人も亡くなることがなく、
 全員元気で30周年を迎えました。
      ■         ■
 土曜日の同期会には、
 卒業生の半数近くが集まりました。
 札幌医大を卒業して、
 東京女子医大へ行った先生。
 東京慈恵医大へ行った先生。
 30年ぶりに会った人もいました。
 懐かしい・楽しい時間でした。
      ■         ■
 私たちは…
 ふだん先生と呼ばれる職業です。
 病院で会っても…
 卒業後は○○先生と呼びます。
 同期会は別です。
 教授になった同期も…
 院長になった同期も…
 昔のまま呼び捨てでOKです。
      ■         ■
 『本間、お前のブログ読んでる』
 『これブログに書かないで!』
 つたない院長日記を読んでいただき、
 ありがとうございます。
 『毎日、よく続けるよなぁ~』
 『本間、昔からまめだったからなぁ~』
 同級生とはいいものです。
      ■         ■
 私のように、
 50歳近くになってから開業した友人。
 卒後、10年程度で開業した友人。
 いろいろな人生があり、
 さまざまな苦労があります。
 同業者ならではの、
 貴重な情報交換も…
 たくさんありました。
      ■         ■
 一番、若い先生でも55歳、
 最高齢は60歳を超えています。
 でも…
 外見では…
 年齢は判断できませんでした。
 若い先生でも老けて見える人もいるし、
 60歳を超えていても、
 元気はつらつとした人もいました。
 共通の話題は、
 元気でいたい。
 病気はしたくない
 卒後30年のお医者さんの実感です。

投稿者 sapporobiyou : 21:09 | コメント (0)

2010年11月07日

第17回日本熱傷学会北海道地方会

 昨日(2010年11月6日土曜日)、
 札幌市教育文化会館で、
 第17回日本熱傷学会北海道地方会が開催されました。
 今年の2月27日が第16回でした。
 最近は毎年2月に開催されていました。
 札幌の2月には…
 大雪による飛行機や列車の運休という、
 思わぬアクシデントがあります。
      ■         ■
 今回から毎年秋に変更されました。
 昨日は晴れのよい天気でした。
 帯広からまみ子師長さんも、
 参加してくださいました。
 昨日の学会で一番印象に残ったのは、
 札幌医科大学、救急・集中治療部、
 前川邦彦先生のご発表でした。
      ■         ■
 札幌医科大学高度救命救急センターでは、
 多剤耐性緑膿菌のため…
 2年間も熱傷患者さんの治療ができませんでした。
 そのため…
 前回の熱傷学会では、
 札幌市内で大やけどをした子どもさんを
 東京まで搬送して救命した事例が報告されました。
      ■         ■
 その後…
 朝日新聞社がこの問題を取り上げてくれました
 その結果、
 2010年3月29日から、
 札幌医科大学高度救命救急センターが、
 熱傷患者さんの受入を再開しました。
 北海道の熱傷治療の専門家は、
 この受入再開でほっとしています。
      ■         ■
 前川邦彦先生のご発表は、
 多剤耐性緑膿菌の発生を、
 統計学的に解析した立派な発表です。
 国際学会で発表できる内容でした。
 札幌医科大学高度救命救急センターは、
 おそらく…
 日本で一番、感染症対策が進んだ、
 クリーンな高度救命救急センターになりました。
      ■         ■
 前川先生のご研究により、
 多剤耐性緑膿菌を発生させない、
 抗生物質の使い方。
 抗菌性外用剤の使い方がわかりました。
 おそらく、
 この札幌医大方式が、
 熱傷治療の世界標準になると思いました。
      ■         ■
 多剤耐性緑膿菌という、
 目に見えないばい菌と闘い、
 見事に感染対策を確立された、
 札幌医科大学高度救命救急センターは、
 素晴らしい施設です。
 何年もの間、苦闘され、
 日夜努力され復旧なさった、
 浅井康文教授とスタッフの皆さんに感謝いたします。
 これからも救急医療を充実させてください。
 ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 19:05 | コメント (0)

2010年11月06日

内部告発者の心理

 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件。
 私は勇気ある内部告発者が、
 意図的に流出させたと考えます。
 マスコミは強調していませんが、
 あのビデオを撮影した海上保安官は、
 自分の生命を懸けて撮影しています。
 武器で攻撃されるという危険もあります。
      ■         ■
 自分たちが、
 日本の領海を守るために、
 命がけで船長を逮捕したのに、
 間抜けな日本政府は、
 船長を釈放し、
 おまけに中国から報復を受けました。
 国会議員に一部だけ見せても、
 真相はわかりません。
 理解していない馬鹿もいました。
      ■         ■
 私は内部告発をして、
 札幌医大の名義貸事件を摘発しました。
 札幌医大に形成外科を作ろう
 私の明確な意思で、
 計画的に摘発しました。
 もちろん私の個人的な恨みもあります。
 内部告発には勇気も要ります。
 報復も覚悟の上でした。
      ■         ■
 もし私が内部告発をしなければ、
 札幌医大に、
 形成外科教授が誕生しなかった可能性があります。
 いつまでも、
 皮膚科教授が兼任だったと思います。
 医学部長は権力を得て、
 学長になっていた可能性があります。
 私は絶対に阻止したかったのです。
      ■         ■
 自分の人生の中では、
 一番、歴史に残る仕事だったと思います。
 それが良かったのか…?
 悪かったのか…?
 は後世が判断してくれます。
 そんなこと止めなさい
 と忠告してくれた人もいましたが、
 私は内部告発をしたことを悔いていないし、
 子孫にも胸を張って伝えられます。
 勇気ある内部告発者にエールをおくります。

投稿者 sapporobiyou : 09:37 | コメント (0)

2010年11月05日

英語会話の先生

 念願がかなって…
 一浪で札幌医大へ入学できました。
 19歳になっていました。
 大学に入ると…
 英語会話とドイツ語会話がありました。
 英語会話の先生はクラーク先生。
 ドイツ語会話の先生はケンプ先生でした。
 ケンプ先生は北大の先生で、
 非常勤講師としていらしてくださいました。
      ■         ■
 クラーク先生は、
 米国人の先生でした。
 札幌医科大学講師でした。
 北海道大学の…
 クラーク博士の親戚ではありません。
 20代の米国人女性で、
 金髪の美人でした。
      ■         ■
 札幌医大には英語の外国人教員一人が、
 講師として採用されていました。
 学生の英会話教育の他…
 入学試験問題の作成。
 医学部教員の英文論文のチェックも、
 なさっていらしたようです。
 さくらんぼさんのコメントのように、
 クラーク先生のおかげで…
 英会話の時間が楽しみでした。
      ■         ■
 私の他にも、
 クラーク先生の授業を楽しみにしている、
 男子学生はいました。
 明るい米国人女性で、
 女子学生にも人気がありました。
 大学祭などでは、
 学生といっしょに楽しんでくれました。
 空手?か少林寺拳法?をなさる、
 日本が好きな米国人でした。
      ■         ■
 私はお金を出して、
 英会話学校に通ったことはありません。
 NHKの英語会話→ビジネス英語会話だけです。
 今でも、
 NHKラジオの「実践ビジネス英語」を聴いています。
 杉田敏(すぎたさとし)先生のファンです。
 昔はオープンリールのテープレコーダーでしたが、
 カセット(ウォークマン)→
 携帯型MDプレーヤー→
 ICレコーダーと進歩しました。
 継続は力なり
 好きこそものの上手なリ
 です。 

投稿者 sapporobiyou : 22:31 | コメント (0)

2010年11月04日

英語が好きになったきっかけ

 高校一年生の英語は悲惨でした。
 札幌西高校の英語の先生は、
 (福原先生)とか
 閻魔[えんま](鈴木先生)と恐れられながら、
 生徒をびしびしと鍛えてくださいました。
 君たちの将来、
 英語は必ず必要になる!
 私は英語を厳しく教えてくださった、
 札幌西高校の先生に感謝しています。
      ■         ■
 英語会話という院長日記を
 2006年11月24日に書いています。
 高校二年生の頃だったと思います。
 西高の先輩で有名な方が、
 学校に講演にいらしてくださいました。
 「皆さん英語で苦労していますか?」
 「実は私も高校生の時は英語が苦手だったのです」
 「今ではビジネスでも全く苦労していません」
 「私はNHKラジオの英語会話で話せるようになりました」
 とお話してくださいました。
 これが最初のきっかけでした。
      ■         ■
 私は当時のNHKラジオ英語会話を聞きました。
 東後勝明(とうごうかつあき)先生の流暢な英語は、
 同じ日本人とは思えませんでした。
 高校の教科書と違い…
 NHKのテキストには、
 米国の空港で、
 入国審査を受ける場面がありました。
 実際に空港にいるような雰囲気で、
 バックの音が米国の空港でした。
      ■         ■
 同級生がニューヨークへ留学したり…
 札幌の姉妹都市である、
 ポートランド市から交換留学生が来ていました。
 いつかは…
 自分も外国へ行きたいと…
 をみていた賢一少年は、
 すっかり東後勝明先生のファンになりました。
 毎日、テープレコーダーに、
 ラジオから線をつないで録音しました。
 テープもカセットではなく、
 オープンリールという茶色いヤツです。
      ■         ■
 最初はさっぱり聞き取れませんでしたが、
 数ヵ月もすると、
 少しずつ聞けるようになりました。
 聞き取れなかったところは、
 テープを巻き戻して何度も聞きました。
 いつかは外国へ行きたい
 という少年のが、
 私を英語好きにしてくれました。
      ■         ■
 学校の英語の成績はすぐにはUPしませんでした。
 それでも、
 高校2年生になると、
 少しずつ成績もUPしてきました。
 貧乏な家に住んでいた、
 少年時代の私は、
 いつか外国へ行ってみたいというを持っていました。
 そのに少し近づけたのが、
 東後勝明(とうごうかつあき)先生の英語会話でした。

投稿者 sapporobiyou : 17:45 | コメント (0)

2010年11月03日

英語赤点

 高校時代の思い出です。
 赤点落第点
 札幌西高校の規定は
 平均点の4割以下と記憶しています。
 私は、
 北海道夕張市の山奥、
 大夕張(おおゆうばり)の、
 鹿島(かしま)中学校を卒業して、
 札幌西高校へ入学しました。
      ■         ■
 大夕張では、
 そこそこ成績は良かったのですが、
 札幌へ出てきて、
 成績が急降下しました。
 大夕張でも、
 一番になったことはありませんでした。
 当時の成績優秀者は、
 生徒会長になった、
 菊池久子さんという女生徒でした。
 聡明な方でした。
      ■         ■
 札幌西高校で一番苦労したのが、
 英語でした。
 入学式の翌日に英語のテストがありました。
 全英連(ぜんえいれん)
 全国英語教育研究団体連合会
 という団体のテストでした。
 高校入試を終えて、
 そこそこ英語にも自信があったのが、
 難しくて壊滅(かいめつ)状態でした。
      ■         ■
 すっかり自信をなくして、
 英語は不得意科目になりました。
 5月にあった…
 高校一年生はじめての中間試験。
 英語の文法、
 札幌西高では、
 composition(コンポジション)
 を略してコンポと呼んでいました。
 このコンポがダメでした。
      ■         ■
 毎日、必死に勉強したのに、
 100点満点の24点でした。
 21点以下が赤点だったので、
 かろうじてセーフでしたが、
 生まれてはじめて24点なんて点を取りました。
 札幌の有名中学校を卒業した同級生には、
 楽勝だった人もいました。
 学校を辞めたくなりました。
      ■         ■
 勉強の仕方もわかりませんでした。
 高校一年生の本間賢一少年は、
 英語の辞書が、
 手垢で黒くなるまで、
 何度も繰り返して開きました。
 他の教科も含めて、
 勉強で苦労していました。
 とても医学部へ入れるレベルではなく、
 将来の展望も持てませんでした。
      ■         ■
 医師免許を取得して30年になります。
 今は不得意だった英語で話せます。
 高校一年生で、
 英語が赤点だったのに、
 なんだか不思議な気がします。
 世の中、努力すればできるものです。
 私の実感です。 

投稿者 sapporobiyou : 19:33 | コメント (0)

2010年11月02日

定年後「イクジイ」の出番だ

 平成22年11月1日、朝日新聞朝刊、声の欄への投稿です。
 定年後「イクジイ」の出番だ
 無職 木本和男(埼玉県上尾市 64)
 わが家の近くに所帯を持った娘は妻と同じ看護師で、孫にあたる3歳の一人娘を職場の保育室に預けて大学病院で働いている。その孫がいよいよ来春から幼稚園。子守役に、定年退職後、料理の腕を上げた私の出番が待っている。
 先日、通園予定の幼稚園の説明会に娘と孫と聞きに行った。周りは若いママばかり。じいちゃんは一人もいなかった。朝8時半に迎えのバスが来て午後2時に帰宅のバスが着くと説明された。妻か娘が戻る午後7時過ぎまで、孫と2人きりになる生活が、来春から始まるというわけだ。
 思い返せば33年前。妻が職場復帰する折、1歳になる娘の子守のために私の母が同居することになった。母は初め戸惑いを見せていたが情は移り、娘が成長するまで宝物のように慈しみ育ててくれた。
 母は口にしなかったが、今思うと気苦労もあったろうとしのばれる。母のように孫を優しく守る自信は今のところないが、母が残してくれたわが家の孫のお守りの「伝統」はしっかり受け継ぎたい。
      ■         ■
 私が知っている優秀な看護師さん。
 仕事ができる人ほど、
 しっかりと子供を見てくれる、
 おばあちゃんがいました。
 実家の母に育ててもらった
 という言葉をよく聞きました。
      ■         ■
 ばりばり仕事をしていた、
 優秀な女医さん。
 私が働けるのは…
 実家の母のおかげ…
 …とよく話していました。
 子供さんといっしょに当直をした先生も、
 一人だけ覚えています。
      ■         ■
 じいちゃんが子育てをしたのは…
 私の記憶にはありません。
 私にははいません。
 定年後に「イクジイになりたいです。
 料理も勉強して…
  「さいごのおべんとう
 を投稿してくださった、
 千葉県松戸市の松岡清三さんのように…
 79歳まで弁当を作りたいです。
      ■         ■
 これからの少子高齢化社会。
 イクジイになって、
 働く女性の味方になる人が…
 増えると良いと思います。
 子供のためにも…
 老人のためにも…
 大切なことだと…
 私は考えています。
 イクジイは私のです。

投稿者 sapporobiyou : 18:48 | コメント (0)

2010年11月01日

上田勝彦さん

 昨夜(2010年10月31日)、
 TVのソロモン流を見ました。
 水産庁加工流通課課長補佐
 上田勝彦さん。
 久しぶりにすごい人を見ました。
 官僚とはほど遠い外見でした。
 どう見ても魚屋のおっさん
 感動しました。
 以下は番組HPからの引用です。
      ■         ■
 1964年島根県生まれ。 長崎大学水産学部を卒業後、漁師を経験。
 「大学を出ているなら現場の声を伝えてくれ」と周囲の漁師仲間の声に後押しされ、27歳の時に農林水産省・水産庁に入省。
 白長靴と首のタオルがトレードマーク、豊富な魚の知識や料理の腕前が注目を集め、型破りな国家公務員として、テレビ・雑誌に紹介される。
 近年、全国各地の漁村では、漁業者の高齢化や後継者不足、魚価の低迷など問題点は多い。 上田さんはこうした問題に立ち向かうべく、賢人自らが無償で全国を奔走し漁師の意見を聞いていく。 さらに、魚の味と鮮度を良くする「活け締め」の技術を自ら研究、その方法を全国の漁師に伝えている。
 時に漁師、時に魚屋、時に包丁を持ち料理を振る舞う、パワフルな官僚・上田勝彦の毎日に密着。
      ■         ■
 北海道の稚内にまで、
 ボランティアで講演に行き、
 講演の最後に、
 ご自分の携帯電話の番号を知らせて、
 いつでも疑問があったら電話してください。
 若い漁師のお兄さんが、
 真剣な眼差(まなざ)しで講演を聴いていました。
      ■         ■
 鮭の身は、
 身の側から焼き始める
 皮の方から焼くと臭みが出る。
 魚をいじった後…
 手についた匂いを取るには、
 石鹸で手を洗った後で、
 水道蛇口のステンレス部分を、
 両手でこする。
 こうするとイオンの働きで匂いが取れる。
      ■         ■
 知らないことばかりでした。
 長崎大学水産学部を卒業後に
 漁師として働いていたが、
 不漁のために漁師を諦めることになる。
 その時に、
 同僚から「大学を出ているなら現場の声を(国へ)伝えてくれ」
 …と言われて、
 国家公務員試験を受け合格
 すごい人です。
      ■         ■
 番組の終わりの方で、
 ご家庭が紹介されていました。
 笑顔が素敵な奥様でした。
 3人のお子様も、
 とても素直でいい子でした。
 上田さんの、
 マグロ料理が最高に美味しそうでした。
 素晴らしい官僚でした。
      ■         ■
 私は、
 中央政府にこんな人がいてくれて…
 日本国もまだまだ捨てたものではないと思いました。
 上田勝彦さんが、
 農林水産大臣になって、
 日本の農林漁業を良くして欲しい…
 番組を見ながら思いました。
 残念なことに再放送はないようです。
 ネットで『上田勝彦』と検索するとたくさん出てきます。

投稿者 sapporobiyou : 20:48 | コメント (0)