2009年07月03日

プロによる歯のお手入れ

 私は健康に気をつけている、
 54歳のおじさんです。
 歯磨きは、
 一日3回以上しています。
 口臭にも気をつけています。
 美容整形の‘先生’が…
 臭かったら…
 ‘失格’だと思っています。
      ■         ■
 昨年も書きましたが、
 私は反対咬合だったので、
 子どもの頃に矯正治療を受けました。
 途中で止めてしまったため、
 咬み合せは治りましたが、
 歯ならびはガタガタのままです。
 成人矯正(せいじんきょうせい)といって
 大人になってからできる矯正治療があると、
 かなりトシになってから知りました。
      ■         ■
 時間がなかったのと、
 自分が勤務していた総合病院には、
 矯正歯科がなかったので、
 成人矯正はしませんでした。
 その代わり…
 自分の子どもには、
 小さいうちから矯正治療を受けさせました。
 親の責任だと思ったのと、
 私のような思いをさせたくなかったからです。
      ■         ■
 歯ならびが悪いと…
 ガタガタの部分に、
 歯石(しせき)や
 歯垢(しこう)がたまります。
 気をつけていても、
 取れない部分があります。
 これを3ヵ月毎に歯科医院で、
 キレイにしていただいています。
      ■         ■
 毎回、
 高性能のデジタルカメラで写真を撮って…
 汚れがつきやすい部分を、
 丁寧に教えてくださいます。
 今、通院しているのは、
 札幌駅北口で、
 ラベンダーが咲いているすぐお隣のビルです。
 ここの歯科衛生士さんは、
 とてもお上手です。 
 痛みはほぼゼロです。
 保険適応で約3千円でした。
 PMTCプロによる歯磨き)を
 おすすめします。

投稿者 sapporobiyou : 23:05 | コメント (0)

2009年07月01日

札幌駅のラベンダー

 JR札幌駅には、
 大丸がある南口と
 反対側の北口があります。
 札幌駅北口には…
 意外なところにラベンダーが咲いています。
 このラベンダーを眺めるのが…
 私の楽しみの一つです。
 昨年もご紹介しましたが、
 今日はもう少し詳しく説明します。
      ■         ■
 北口には、
 バスターミナルがあります。
 団体観光バスは北口から出発します。
 (定期観光バスは東口のエスタです)
 この観光バスの他に、
 札幌市内の路線バスの乗り場が、
 北口にあります。
 ちょうどそのバスが出る、
 出口付近にラベンダーが咲いています。
      ■         ■
 札幌駅から、
 北8条西2丁目にある、
 合同庁舎(北海道開発局や法務局があります)
 へ向かって歩いて行く途中に、
 自家用車の乗降場があります。
 この乗降場の端に…
 ラベンダーがひっそりと咲いています。
 こんなところに咲いてくれて…
 ありがとう!
 と言いたくなるような場所です。
      ■         ■
 今年は無粋な…
 工事中の看板が立てられています。
 ラベンダーを
 札幌市が管理しているのか?
 道路工事の
 看板を立てた部署は違うのか?
 わかりませんが、
 ラベンダーはけなげに咲いています。
 工事中の看板は、
 ラベンダーの中よりも、
 先の電柱の下が見やすいと思います。
      ■         ■
 2009年6月28日と同じラベンダーですが、
 わずか3日で、
 蕾から開花しているのがわかります。
 今日のラベンダーのように、
 開花してしまうと…
 ドライフラワーにはできません。
 開花してしばらくすると、
 ファーム富田では刈り取って、
 ラベンダーオイルを作っています。
 オイルを作る作業場では、
 とてもよい香りがします。
      ■         ■

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札幌駅北口のラベンダー
2009年7月1日

2009/07/090701-1.jpg
こんなところに咲いています

投稿者 sapporobiyou : 19:34 | コメント (0)

2009年06月30日

旅立ち日和

 昨日tetsuko様からいただいたコメントです。
 今日の空、きれいですね。
 看取りの現場で言う、
 『旅立ち日和』って、
 ご存知でしたか。
 今日のような、
 初夏の晴れた日、
 その日が近くなった患者さんが、
 『こんな日に逝ってみたいもんだね、
 この土地の、
 一番きれいな空に昇るのは
 気分のいいものだろうね』と、
 笑顔で話してくださることがあるんですよ。
      ■         ■
 人生の終わりに、
 病気と向き合い、
 受け入れた患者さんの言葉です。
 残された者の気持ちをやわらげてくれるはず、
 そんな思いでこのお話をしました。
 しばらくたって、
 先生、半泣きからいつもの表情に変わって、
 「お義父さんもそうだったのかもしれない。
 今日の空のように、
 きれいな心の人だった。
 空を見るたび、
 お義父さんを思い出せるわ。」
      ■         ■
 検診で伺った園の
 園長先生が
 長年同居していたお義父様を、
 亡くされた時にかけられた
 お言葉でした。
 私の家内の父は、
 4月の桜が満開の時に急逝しました。
 毎年の命日には、
 桜がとてもキレイに咲きます。
      ■         ■
 私は医師でありながら、
 看取りは、
 数えるほどしか経験していません。
 重い病で、
 長く患う方と、
 ご一緒にいると…
 自分がのめり込みそうな性格なので、
 看取りとは離れた
 形成外科を選んだつもりでした。
      ■         ■
 形成外科とか、
 整形外科を選ぶ先生には、
 患者さんの死と、
 対面するのが苦手なので、
 その科目を選ぶ人もいます。
 いつかは対面しなければならない死は、
 医療者側にとっても辛いものです。
 私たち医師は、
 『ご臨終です』
 と申し上げると病室から去って、
 死亡診断書を書きます。
      ■         ■
 亡くなった患者さんの、
 死後の処置をして、
 ご遺族となられた家族へ、
 慰めの言葉をかけるのは、
 看護師さんです。
 tetsuko様のお知り合いの
 ベテランの看護師さんは、
 さぞ優しい方なのだろうなぁ…
 と考えてしまいました。
      ■         ■
 先日、高校の同期が亡くなったと知らせが来ました。
 高校一年の時に一緒だった男性です。
 何の病気だったか?わかりませんが、
 同年代の人が亡くなると、
 考えさせられます。
 辛いこともたくさんありますが、
 こうして元気をいただくと、
 頑張って元気なフリができます。
 2009年6月も今日で最後です。
 7月は元気が出ますように…
 tetsuko様ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 21:22 | コメント (0)

2009年06月29日

医者としての幸せとは?

 私が札幌医大の学生だった頃は、
 大きな病院の院長とか、
 ○○部長とかになるのが、
 医者として‘偉い’人なのかなぁ~?
 と漠然(ばくぜん)と思っていました。
 自分が院長になりたいとか、
 ○○部長になりたいとか、
 思っていたのではありません。
 自分の身の回りに、
 そういう人がいなかったので、
 漠然と思っていただけでした。
      ■         ■
 当時は、
 札幌医大を卒業しても、
 大きな病院の院長には、
 なれないと言われていました。
 北海道内の大きな病院の院長は、
 大部分が北大の卒業生で、
 一部に東北大の先生がいらっしゃいました。
 札幌医大は戦後に開学した公立大学です。
 私が学生だった頃には、
 まだ札幌医大の卒業生で
 札幌医大の教授になった先生は、
 数えるほどしかいませんでした。
      ■         ■
 大学病院で偉いのは、
 学長、
 医学部長、
 病院長、
 各教授でした。
 教授でも講義がつまらない人とか、
 助教授とか、
 講師の方が、
 講義も面白くて、
 学生に人気がある先生は…
 たくさんいらっしゃいました。
      ■         ■
 私が卒業して30年近くになりました。
 札幌医大の教授の多くが、
 札幌医大の卒業生です。
 これがよいことか?
 悪いことなのか?
 は後世の判断になると思います。
 北海道の大きな病院の院長は、
 まだ北大出身の先生が多いですが、
 札幌医大出身の院長も増えています。
 昔は、
 大病院の院長に就任するのが
 医者としての‘出世’だと
 思われていた時代がありました。
      ■         ■
 最近は、
 病院長に就任しても、
 マスコミで報道されるのは、
 謝罪の記者会見です。
 公立病院の多くは赤字なので、
 病院長は議会対応で大変そうです。
 職員組合との交渉もあります。
 大病院や中病院の院長も、
 とてもお疲れの様子です。
      ■         ■
 私が大病院に勤務していた時代に、
 手術場の更衣室で、
 当時の院長と一緒になったことがありました。
 私:先生、おはようございます。
 院長:おはようございます。
 私:先生、楽しそうですね。
 院長:手術場に来ると楽しいですよ。
 いつもは、困った顔ばかりしていた院長が、
 手術室では、とても楽しそうな笑顔でした。
      ■         ■
 院長室で決済の書類に判を押したり、
 議会で議員から追求されるよりも、
 ‘医者’として、
 手術ができるのが…
 ‘楽しい’のだなぁと思いました。
 大病院の院長が
 黒塗りの院長車(多くはクラウンでした)
 で送迎されたのは、
 昔のことです。
 今は専用車がある院長はほぼゼロです。
      ■         ■
 私は、
 医者として偉くなりたいとは思いません。
 出世したいとも思いません。
 少しでも、
 他人の役に立って、
 他人に喜ばれて、
 私のことを覚えてくれている人が、
 一人でも増えてくれれば、
 それが医者としのて幸せだと思っています。
 今日も
 元気なフリをして頑張っています。

投稿者 sapporobiyou : 21:37 | コメント (0)

2009年06月28日

元気なフリ

 元気がない時にも、
 元気なフリをしているのは、
 私も一緒です。
 こんなちっぽけな、
 極小企業の医療法人でも、
 苦労が絶えません。
 たとえ小さくても…
 院長とかと名の付く仕事には、
 常にストレスが伴います。
      ■         ■
 元気がない時に、
 元気なフリをしているのは
 辛いものです。
 私はすぐに顔に出るので、
 元気がないのは、
 職員にも
 患者さんにも
 バレバレです。
 日記でもばればれですね。
      ■         ■
 私が元気を回復するのは、
 手術をして、
 キレイになられた患者さんから、
 ありがとうございました
 言っていただいた時、
 お礼のメールをいただいた時、
 日記に励ましのコメントをいただいた時などです。
 生きている限り辛いことがありますが、
 他の人に励まされて、
 元気を回復しています。
      ■         ■
 私は趣味らしい趣味がありません。
 花を見るのが好きです。
 自分の家の花は、
 マンションに引越してしまったので、
 残念なことに、
 もう育てられません。
 通勤途中に見つけた花で、
 心を癒してもらっています。
 小さな花でも…
 よい香りがして、
 成長を眺めていると癒されます。
      ■         ■
 札幌は雨の多い6月でしたが、
 ここ数日でようやく夏らしくなりました。
 ラベンダーの花も、
 少しずつ開いてきました。
 私の好きな富良野のラベンダーは、
 札幌よりも少し遅れて咲きます。
 富良野のラベンダーは、
 早咲きから遅咲きまであります。
 7月下旬まで咲いていますが、
 咲いた順に刈り取られて、
 ラベンダーオイルの原料などになります。
 7月中旬頃がよい季節だと思います。

090628-1.jpg
札幌駅北口のラベンダー
2009年6月28日

投稿者 sapporobiyou : 20:41 | コメント (0)

2009年06月27日

手術回数と難易度

 マイケル・ジャクソンさんが、
 何回か鼻の手術を受けていたのは、
 事実のようです。
 これは一般論ですが…
 手術回数を重ねると、
 重ねただけ難易度が高くなります。
 つまり…
 患者さんは…
 『ちょっと、ここをなおしてほしい!』
 と思われても…
 実際には難しいことが多いのです。
      ■         ■
 二重も…
 鼻も…
 わきがも…
 陥没乳首も…
 あとから修正手術をするのが、
 最初の手術よりも難しいのです。
 これは、
 最初の手術で、
 瘢痕(はんこん)という、
 キズができてしまうためです。
      ■         ■
 前にどんな手術を受けたか…
 『忘れました』という方もたくさんいらっしゃいます。
 前に受けた手術のことを、
 申告されない方もいらっしゃいます。
 埋没法の糸でしたら、
 わからなくなっていることもあります。
 (20~30年も前に受けた手術ならなおさらです)
 そうすると、
 思わぬところに…
 微妙なラインがはいってしまうことがあります。
      ■         ■
 形成外科では、
 事故で復元できないほどに変形した、
 目や鼻をなおすことがあります。
 そういう時には、
 元の顔の写真や、
 本物の人骨を手がかりに、
 復元手術を行ないます。
 美容外科の手術は、
 形成外科よりも微妙で、
 『ちょっとここを
 というご希望が、
 なかなか難しいことがあります。
      ■         ■
 大学病院で行なうような、
 顔の骨の手術でも、
 手術後にトラブルが生じることがあります。
 骨がずれてしまったり、
 神経が麻痺してしびれが残ったり、
 予測できないような後遺症が残ることがあります。
 MRSA(えむあーるえすえい)による、
 術後感染もそうです。
 こういうトラブルに、
 いかに対処できるかは、
 先生の腕によるところもあれば、
 患者さんの体力によることもあります。
      ■         ■
 私はマイケルさんの死は、
 鼻の手術とは関係がないと推測します。
 彼の場合は、
 スターであることによる、
 さまざまなストレスから、
 いろいろな身体的な症状が出たのでは…?
 と考えます。
 偉大なスターは、
 元気がない時でも、
 ステージ上では…
 ‘元気なふり’を…
 していなければなりません。
 日本のスターがそう言っていたのを思い出しました。
 偉大なマイケルの死を残念に思います。

投稿者 sapporobiyou : 20:50 | コメント (0)

2009年06月26日

マイケル・ジャクソンさん

 今朝からTVでマイケル・ジャクソンさんの
 死亡が報道されています。
 心から哀悼の意を表します。
 マイケルさんの顔については、
 さまざまな憶測や評判があります。
 ネットで検索をしても、
 たくさんのサイトが出てきます。
      ■         ■
 彼の顔貌の変化が、
 単なる
 年齢に伴う変化ではないことがわかります。
 耳の軟骨を鼻に移植したとか、
 皮膚の病気だったという説も
 ネット上に書かれています。
 彼の顔貌は、
 誰が見ても不自然です。
 元の顔のほうがずっと素敵です。
      ■         ■
 私は彼を手術した先生のことも知りませんし、
 手術をしたかどうかもわかりません。
 手術が成功したとか、
 失敗だったとかいう前に、
 私はマイケルさんは、
 心の病気だったと推測します。
 いろいろな事件が報道されています。
 裁判で無罪だったこともありました。
      ■         ■
 美容外科も形成外科も、
 人の顔を変えることができます。
 形成外科は、
 事故やケガで変形した鼻を治します。
 美容外科は、
 病気ではない人の鼻をキレイにします。
 私が札幌美容形成外科を開業する時に考えた、
 イメージは自然
 自然な仕上がりを大切にします
 というコピーがあります。
      ■         ■
 私は形成外科医ですから、
 ものが見やすくなるとか、
 生活が快適になるとかの手術が好きです。
 いくら患者さんのご希望でも、
 私が不自然だと思う手術はおすすめしません。
 マイケルさんのことはわかりませんが、
 患者さんのご希望通りに手術を繰り返していると、
 自然な仕上がり
 維持できなることがあります。
      ■         ■
 美容外科医の中には、
 患者さんのご要望に答えて、
 日本人→西洋人
 の顔を作ってしまう先生もいらっしゃいます。
 私は、
 イメージは自然にこだわります。
 できないものは『できません』と
 申し上げます。
 形成外科医から美容外科医に、
 なりきれていないのかもしれません。
 マイケル・ジャクソンさんのご冥福をお祈りいたします。

投稿者 sapporobiyou : 22:49 | コメント (0)

2009年06月25日

熱傷用ベッドの管理

 高価な熱傷用ベッドは、
 維持管理にもお金がかかります。
 白い砂のような、
 シリコンコートした‘ビーズ’と呼ばれる、
 ‘砂’を交換する必要がありました。
 この‘砂’が高価でした。
 25年前で、
 交換には100万円以上かかりました。
 米国製の高級車は、
 維持費がかかるのと同じです。
      ■         ■
 患者さんがベッドに寝て、
 やけどした部位から、
 滲出液(しんしゅつえき)が出ると…
 その分だけビーズが汚れます。
 固まったビーズが、
 ベッドの底に溜まりました。
 また、
 白いナイロンの布が、
 ビーズの拡散を防いでいました。
 丈夫な布でしたが、
 これに穴を開けると、
 砂がこぼれてきました。
      ■         ■
 間違って、
 鋭利な刃物で布に穴をあけると、
 交換するのに何万円もかかりました。
 穴を塞がないと、
 ビーズがこぼれてきて、
 床に落ちると、
 すごく滑りました。
 とにかく扱いが面倒な器械でした。
 患者さんにも、
 ベッドの上に物を載せないでくださいと、
 お願いしていました。
      ■         ■
 私が医師になった、
 30年前に、
 このベッドがあったのは、 
 北大形成外科、
 美唄労災病院形成外科、
 釧路労災病院形成外科
 の3施設だけだったと思います。
 労災病院は、
 医師や看護師のお給料は低かったのですが、
 その分、設備は立派でした。
      ■         ■
 私は釧路労災病院形成外科にも勤務しました。
 釧路は霧の街です。
 私が赴任したのは、
 7月でしたが、
 まだストーブをつけていました。
 夏に発生する海霧のために、
 日照時間が少ないのが特徴でした。
 釧路労災病院のベッドは、
 北大より新しかったと思います。
 釧路労災病院のベッドだけ、
 この‘砂’の交換が余計に必要でした。
      ■         ■
 私は院長の新田一雄先生に呼ばれました。
 何でうちの病院のベッドだけが、
 毎年100万円以上もかけて、
 ビーズ交換をしなければならないのか?
 不良品ではないのか?
 ちゃんと調べなさいと指示されました。
 確かに、院長のおっしゃる通りでした。
 釧路労災病院は、
 日本一の黒字労災病院でしたが、
 それは新田先生の経営の賜物でした。
      ■         ■
 私はメーカーに指示をして、
 ‘砂’を米国へ送って分析してもらいました。
 その結果は、
 釧路の霧のため、
 ‘砂’が水分を吸ってしまい、
 それで劣化が早く進むということでした。
 霧が原因だったのか?
 ほんとうかどうか?
 今でもわかりません。
 私の自動車も釧路へ行って、
 マフラーが腐蝕しました。
      ■         ■
 それ以来、
 熱傷用ベッドは使っていない時も、
 定期的に電源を入れて、
 ビーズを動かしていました。
 市立札幌病院へ行ってからも、
 この定期的な空運転をしました。
 その成果のためか?
 それ以来、ビーズの劣化は少なくなりました。
 私は、今でも釧路労災病院の新田院長を、
 素晴らしい院長だったと尊敬しています。

投稿者 sapporobiyou : 20:24 | コメント (0)

2009年06月24日

熱傷用ベッド

 今日はやけどの患者さん用の
 特殊なベッドの解説です。
 熱傷用空気流動ベッド
 (ねっしょうようくうきりゅうどうべっど)
 と厚生労働省の書類に書いてあります。
 私たち形成外科医は、
 エアーベッド
 Air Floating Bed
 (えあー・ふろーてぃんぐ・べっど)
 とも呼んでいました。
      ■         ■
 もともと米国で開発されたベッドです。
 全身に大やけどをすると、
 体を動かしただけでも痛みます。
 痛みを感じないほど…
 (神経まで焼けてしまうと痛みを感じません)
 やけどをしてしまうこともあります。
 こうなっても…
 体を動かすことができません。
 じっとしていると…
 からだ中が
 褥瘡(じょくそう:床ずれ)になってしまいます。
      ■         ■
 私が医師になった、
 30年前には、
 このベッドが北大形成外科にありました。
 当時で、
 一台が約1,000万円もしました。
 米国製の高級車より高価でした。
 深さ50㎝くらいの、
 箱型のお風呂を想像してください。
 その平べったいお風呂が、
 機械の上に載っているとお考えください。
 ふつうのベッドより、
 高い位置に寝るようになっています。
      ■         ■
 お風呂の中には、
 マットレスの代わりに、
 白い砂のようなものが入っています。
 その砂が、
 空気で流動する仕掛けになっています。
 砂の上には、
 薄い白いナイロンの布が張ってあり、
 空気で流動する砂が、
 その布の下でボコボコ動きます。
      ■         ■
 はじめてこのベッドに寝てみた時は、
 ちょうど海の上に寝ているような気分でした。
 機械の音が、
 ウーンと聞こえます。
 身体が
 フワフワと浮いているような感じでした。
 実際にこのベッドに患者さんが寝ると、
 フワフワしているので、
 乗り物酔いになる方がいらっしゃいました。
      ■         ■
 やけどの患者さんだけではなく、
 褥瘡(じょくそう)の手術後の患者さん、
 大きな手術をした後で、
 動けない(動かせない)患者さんの
 手術後にも使いました。
 価格が高いだけではなく、
 重さも約1トン近くありました。
 ですから、
 現在の市立札幌病院を設計する時には、
 そのベッドを置くスペースだけ、
 床を補強したほどでした。
      ■         ■
 私が市立札幌病院へ赴任した20年前には、
 北海道でこのエアーベッドがあるのは、
 限られた施設だけでした。
 ベッドは温度管理が難しく、
 寝たきりで
 起き上がることもできないので、
 痰の排出などを気をつけないと、
 術後の合併症を起こすこともありました。
 せっかくの高価なベッドが
 活用されていませんでした。
      ■         ■
 私が赴任してから、
 この1トンもある重いベッドを
 4階の皮膚科病棟から、
 1階の救急病棟まで、
 何度も往復させました。
 私と看護師さんが運びましたが、
 一度はお見舞いに来ていらした、
 警察署長さんに
 お手伝いしていただいたこともありました。
 懐かしい想い出の一つです。

投稿者 sapporobiyou : 20:32 | コメント (0)

2009年06月23日

熱傷浴室(ねっしょうよくしつ)

 さくらんぼさんから
 熱傷浴室(ねっしょうよくしつ)について、
 ご質問がありました。
 やけどに効く温泉について、
 お聞きになったことがあると思います。
 ある種の温泉は、
 やけどに効きます。
 生理的食塩水(0.9%)と同じ濃度の食塩水は、
 キズにしみません。
 生理的食塩水は、
 目に入っても、
 鼻に入っても痛くありません。
      ■         ■
 やけどをすると、
 皮膚がただれて、痛みがあります。
 キズからは滲出液(しんしゅつえき)という
 黄色の液体が出てきます。
 皮膚というバリアーがなくなるので、
 ばい菌が悪さをして化膿することもあります。
 生理的食塩水で、
 キズをキレイに洗い流すと、
 ばい菌の数が減ります。
 痛みもなく、キズをキレイにできます。
 これがやけど温浴療法(おんよくりょうほう)
 の原理です。
      ■         ■
 やけどの患者さんにとって、
 ガーゼ交換や、
 キズの処置は、
 痛くてつらいものです。
 特にキズにガーゼが固着(こちゃく:くっつくこと)てしまうと…
 はがす時に血が出たりして、
 それはつらいものです。
 生理的食塩水で濡らしてから、
 ガーゼを剥がすと痛みも無く、
 ばい菌を洗い流して、
 キズをキレイにすることができます。
      ■         ■
 やけどだけではなく、
 他のキズの処置でも、
 生理的食塩水で洗うことは、
 キズにとってよいことです。
 小さなキズややけどでしたら、
 ベッドサイドや
 洗面器を使ってもできます。
 問題なのは…
 全身の大やけどです。
 ベッドの上で処置をすると、
 水浸しになります。
      ■         ■
 そこで考えられたのが、
 熱傷浴室でした。
 やけどの患者さん用のお風呂です。
 ステンレスでできていて、
 横になったまま入れます。
 お湯1㍑に対して、食塩を9㌘入れます。
 そうすると、
 生理的食塩水と同じ0.9%の濃度になります。
 このお風呂でやけどのキズを洗い、
 軟膏処置をするのが、
 形成外科研修医の仕事でした。
      ■         ■
 私が形成外科医の卵になった、
 約30年前は、
 私の仕事はやけど患者さんの風呂入れでした。
 白いゴム長を履いて、
 茶色のゴムの長い前掛けをつけて、
 看護婦さんといっしょに、
 一日、数人の処置をしたこともありました。
 熱傷浴室は、
 寝たまま入れるお風呂なので、
 寝たきりで動けない方の、
 入浴にも使っていました。
      ■         ■
 ところが…
 30年の間に時代は変わりました。
 院内感染の原因として、
 この熱傷浴室が問題になりました。
 キズを洗い流すのは、
 今でもよい方法なのですが、
 MRSA(えむあーるえすえい)や
 多剤耐性緑膿菌などが、
 熱傷浴室で感染して問題となりました。
      ■         ■
 日本では、
 まだ熱傷浴室を使っている施設が多いと思いますが、
 一部の救命救急センターでは、
 感染の問題から廃止してしまったところもあります。
 ご自宅で、
 お湯1㍑に対して、食塩を9㌘入れて、
 それをペットボトルなどに入れて、
 キズを洗い流すのは、
 痛くなくてよい方法です。
 キズの処置として、
 覚えておかれるとよいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:30 | コメント (0)

2009年06月22日

ヤマダ電機と旧市立札幌病院

 2009年6月19日(金)にオープンした、
 ヤマダ電機
 テックランド札幌本店
 札幌市中央区北1条西8丁目1-2
 TEL: 011-205-8001
 へ行ってきました。
 この札幌市中央区北1条西8丁目には、
 平成6年(1994年)まで、
 市立札幌病院がありました。
      ■         ■
 私は平成元年(1989年)から、
 平成6年(1994年)まで、
 この市立札幌病院で
 医師としての青春時代を送りました。
 ヤマダ電機のお隣には、
 当時の病棟の一部がまだ残っています。
 地下が救急部の
 救急ホール、
 CT室、
 救急部の医局、
 救急の当直室、
 など救急関係の部門でした。
      ■         ■
 1階が救急部の病棟、
 2階が中央手術室、
 3階からが病棟。
 私が働いていた病棟は、
 4階にありました。
 通称1-4(いちのよん)
 1病棟(いちびょうとう)
 4階(よんかい)
 なので
 いちのよん
 でした。
      ■         ■
 今でも、この病棟の横を通ると、
 当時のことを懐かしく思い出します。
 私が働いてた、
 1-4(いちのよん
 は放射線科と皮膚科の病棟でした。
 病棟婦長は、
 野切光子さんでした。
 とても優秀な婦長さんでした。
 朝は他のスタッフよりも早くいらして、
 各病室を回って、
 約50人近い患者さんのことを、
 すべて把握していらっしゃいました。
      ■         ■
 私が赴任してから、
 形成外科の患者さんも、
 積極的に受け入れてくださいました。
 使われていなかった、
 熱傷用の浴室を使ったり、
 熱傷用のベッドを、
 引っ張り出してきて、
 整備して使いました。
 今考えても…
 病棟のスタッフもよくやってくれたと思います。
      ■         ■
 ヤマダ電機は、
 北1条の西8丁目と9丁目の間に
 またがってあります。
 ちょっとわかりにくい表現ですが、
 この8丁目と9丁目の間から、
 大通り公園が見えます。
 駐車場から見た、
 大通り公園が、
 ちょうど旧市立札幌病院の
 正面玄関から見た風景といっしょでした。
      ■         ■
 同じ場所から見ているので、
 同じ光景がみえるのは当たり前なのです。
 ただ、
 20年の間に、
 病院→STVのスピカというホール
 →ヤマダ電機と変わりました。
 ヤマダ電機には、
 トイレットペーパーやティッシュ
 飲料水やお菓子まで売っていました。
      ■         ■
 時代の流れとはいえ、
 電気屋さんで、
 お菓子まで売っているのには、
 ほんとうに驚きです。
 これから札幌の街がどう発展していくのか?
 札幌駅前通りがどう変わるのか?
 もう少し私も長生きして、
 時代の移り変わりを見ようと思います。
 昨日の日記にたくさんのコメントを
 ありがとうございました♪

投稿者 sapporobiyou : 22:18 | コメント (0)

2009年06月21日

父の日

 今日は『父の日』です。
 私の父親は83歳になりますが、
 まだ元気です。
 毎年年末になると…
 『○○が死んだ』とか
 『残っているのはあと○人だ』
 とかよく言っています。
 私の父親は大正15年(1926年)生まれです。
      ■         ■
 父親の世代は、
 級友の多くが第二次世界大戦へ、
 徴兵されたそうです。
 父親は、
 札幌工業高校の木材工芸科という、
 家具などをつくる学科へ進学しました。
 薬学専門学校へ行くと、
 徴兵免除になったので、
 仙台の東北薬学専門学校へ進学しました。
      ■         ■
 戦争中の仙台で空襲に遭(あ)い、
 山へ避難して難を逃れたと、
 私が子どもの頃に聞きました。
 途中の防空壕(ぼうくうごう)で、
 学生さんここに入りなさいと、
 親切に言ってくれた人がいたそうです。
 父はその防空壕へは入らず、
 山へ逃げたそうです。
      ■         ■
 空襲が終わって、
 山から下りる時に、
 その防空壕は焼夷弾(しょういだん)に撃たれ
 防空壕の人たちは亡くなっていた。
 あの時、
 逃げていなかったら死んでいたと、
 聞かされた覚えがあります。
 子どもの頃に聞いた話しを
 何故かよく覚えています。
      ■         ■
 父親は煙草を吸い、
 酒もよく飲んでいました。
 さすがに高齢なので、
 酒も煙草も止めました。
 『お前は、(患者さんが来るから…)
 酒も飲めないで可愛そうになぁ~』
 と言われたこともありました。
 酒を飲まないのは、
 身体に合わないからで、
 別に可哀想とは思いませんでした。
      ■         ■
 父親と私は…
 好みも性格も違うと思っていました。
 ところが…
 DNAとは恐ろしいもので…
 年齢を重ねる毎に、
 父親のDNAを受け継いでいることに気付きます。
 体質はよく似ています。
 お腹が弱いところも似ています。
 短気なのも似ています。
 嫌になりますが、
 DNAには逆らえません。
      ■         ■
 短気だった父親も、
 年齢とともに温厚になりました。
 よく喧嘩もしていましたが、
 最近は喧嘩をしなくなりました。
 今日の父の日には、
 両親と家内の母親も誘って、
 琴似の鮓佐(すしさ)さんへ、
 回らないお鮨を食べに行きました。
 また来年も行きたいと願っています。

fa.jpg
私と83歳の父です

投稿者 sapporobiyou : 20:58 | コメント (0)

2009年06月20日

第6回北海道臨床創傷治癒研究会

 昨夜、札幌パークホテルで、
 第6回北海道臨床創傷治癒研究会がありました。
 昨日の特別講演は、
 市立札幌病院形成外科医長の、
 堀内勝己先生でした。
 チームアプローチによる
 糖尿病性足病変の治療
 ―米国の現状ならびに当院での取り組み―
 という興味深い内容でした。
      ■         ■
 堀内勝己先生は、
 1991年に福島県立医科大学をご卒業。
 北大形成外科へ入局され、
 北海道大学大学院をご卒業になった、
 素敵な形成外科医です。
 奥様は内科医で、
 福島県立医大の同級生です。
 私はJA帯広厚生病院で
 一年間ご一緒に働きました。
 とても優秀な先生です。
      ■         ■
 堀内勝己先生は、
 一昨年秋から、
 一年間、米国へ留学されました。
 ワシントンにある創傷治癒センターで、
 糖尿病などによる、
 足の治療を勉強されてきました。
 糖尿病は怖い病気です。
 足が腐って…
 壊死(えし)になってしまいます。
 足の趾(ゆび)だけではなく、
 膝から下を切断しなければならないこともあります。
      ■         ■
 堀内先生が講演で述べられていましたが、
 糖尿病の患者さんが増えています。
 ちょっと古いですが、
 平成20年12月26日、読売新聞の記事です。
 2,210万人に糖尿病の疑い
 10年で6割増…厚労省調査
 厚生労働省は2008年12月25日、
 2007年の「国民健康・栄養調査結果」を発表し、
 糖尿病の疑いがある人は
 全国で推定2,210万人に上るとした。
      ■         ■
 2006年調査(1,870万人)と比べ
 300万人以上増えた。
 同省は
 「運動不足や食生活の乱れが
 改善されていないことが原因」
 と分析している。
 調査は2007年11月、
 全国約6,000世帯の
 約1万8000人を対象に実施。
 糖尿病については成人約4,000人の
 血液検査結果をもとに推計した。
      ■         ■
 それによると、
 糖尿病が強く疑われるのは890万人で、
 可能性が否定できない1,320万人を合わせると
 2,210万人に上った。
 1997年調査(1,370万人)と比べると6割も増加。
 年代別の人口に占める割合は
 70歳以上が約38%、
 60代約35%、
 50代約27%、
 40代約15%、
 30代約6%、
 20代が1%だった。
 (以上、読売新聞から引用)
      ■         ■
  糖尿病になると、
 目が見えなくなり(糖尿病性網膜症)
 腎不全から人工透析を受けなればならなくなり
 (糖尿病性腎症)
 足の血管が詰まって、
 キズができると壊死になります。
 (糖尿病性足病変)
 神経も侵されるので
 男性は高率にインポテンツになります。
      ■         ■
 私も形成外科医時代に
 足趾切断(足のゆびを切断する)の
 手術は何例もしました。
 堀内先生は膝下の切断まで、
 形成外科でなさるそうです。
 切断した後の、
 義肢装具の調整も、
 義肢装具士の方と一緒になさっています。
      ■         ■
 糖尿病は内科の病気ですが、
 眼科や形成外科など、
 さまざまな科の医師や看護師、
 理学療法士、作業療法士、
 義肢装具士が
 力を合わせて治療しなければ、
 良い結果は得られません。
 堀内勝己先生のご尽力で、
 お一人でも多くの方が快適な生活をおくれるように
 祈念しています。
 堀内勝己先生ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 20:51 | コメント (0)

2009年06月19日

臓器移植法

 臓器移植法が衆議院を通過しました。
 河野洋平衆議院議長は、
 ご子息の河野太郎衆院議員から
 肝臓移植を受けられました。
 万感の思いで、
 採決を行なわれたことと思います。
 私のように、
 組織すべてを提供しますという人もいれば、
 臓器は提供しませんという人もいます。
 個人の考え方の問題です。
      ■         ■
 2009年4月8日に書いた、
 死後の願いという日記には、
 たくさんのコメントをいただきました。
 何度も繰り返しているように、
 私自身も、
 医師免許を取得してから数年間は、
 臓器提供には否定的でした。
 現在の医学教育では、
 医師、看護師ともに、
 脳死になった患者さんを長期間にわたって、
 ケアーしたり観察する実習はありません。
      ■         ■
 私の死生観が変わったのは、
 市立札幌病院救急部で、
 連日のように…
 脳死となった患者さんを診てからでした。
 私の遠縁にあたる人は、
 ご主人が…
 急性心筋梗塞で救命救急センターへ搬送され、
 亡くなるまでの、
 約1年以上を、
 毎日、病院へ通いました。
 とうとう意識が戻ることなく
 帰らぬ人となりました。
      ■         ■
 その人は、
 ご主人が亡くなった後で、
 尊厳死協会へ入り、
 自分には、
 『人工呼吸器はつけないでください。』
 『延命治療もしないでください。』
 と署名され…
 ご自分が亡くなる時は、
 安らかに眠りについたそうです。
      ■         ■
 臓器移植は医学の進歩によって可能となりました。
 また、
 脳死になった人も、
 医学の進歩によって生きることができるようになりました。
 私が医学生だった…
 30年前には、
 人工呼吸器が今ほど普及していませんでした。
 ですから、
 在宅で人工呼吸器をつけることなど、
 考えも及びませんでした。
      ■         ■
 医学が進歩したことにより、
 今までは救えなかった命が救えるようになりました。
 ロシアから来たヤケドの、
 コンスタンチンちゃんを手術したのは、
 旭川赤十字病院形成外科の
 阿部清秀先生です。
 阿部先生が東京から、
 亡くなった方の皮膚の提供を受けて、
 コンスタンチンちゃんは救命されました。
      ■         ■
 皮膚は心臓停止後にも採取できます。
 ドナーカードに皮膚はありませんが、
 その他に
 その他(すべて)と書いてあれば、
 皮膚も提供できます。

do.jpg
私の保険証の裏です

投稿者 sapporobiyou : 22:55 | コメント (0)

臓器移植法

 臓器移植法が衆議院を通過しました。
 河野洋平衆議院議長は、
 ご子息の河野太郎衆院議員から
 肝臓移植を受けられました。
 万感の思いで、
 採決を行なわれたことと思います。
 私のように、
 組織すべてを提供しますという人もいれば、
 臓器は提供しませんという人もいます。
 個人の考え方の問題です。
      ■         ■
 2009年4月8日に書いた、
 死後の願いという日記には、
 たくさんのコメントをいただきました。
 何度も繰り返しているように、
 私自身も、
 医師免許を取得してから数年間は、
 臓器提供には否定的でした。
 現在の医学教育では、
 医師、看護師ともに、
 脳死になった患者さんを長期間にわたって、
 ケアーしたり観察する実習はありません。
      ■         ■
 私の死生観が変わったのは、
 市立札幌病院救急部で、
 連日のように…
 脳死となった患者さんを診てからでした。
 私の遠縁にあたる人は、
 ご主人が…
 急性心筋梗塞で救命救急センターへ搬送され、
 亡くなるまでの、
 約1年以上を、
 毎日、病院へ通いました。
 とうとう意識が戻ることなく
 帰らぬ人となりました。
      ■         ■
 その人は、
 ご主人が亡くなった後で、
 尊厳死協会へ入り、
 自分には、
 『人工呼吸器はつけないでください。』
 『延命治療もしないでください。』
 と署名され…
 ご自分が亡くなる時は、
 安らかに眠りについたそうです。
      ■         ■
 臓器移植は医学の進歩によって可能となりました。
 また、
 脳死になった人も、
 医学の進歩によって生きることができるようになりました。
 私が医学生だった…
 30年前には、
 人工呼吸器が今ほど普及していませんでした。
 ですから、
 在宅で人工呼吸器をつけることなど、
 考えも及びませんでした。
      ■         ■
 医学が進歩したことにより、
 今までは救えなかった命が救えるようになりました。
 ロシアから来たヤケドの、
 コンスタンチンちゃんを手術したのは、
 旭川赤十字病院形成外科の
 阿部清秀先生です。
 阿部先生が東京から、
 亡くなった方の皮膚の提供を受けて、
 コンスタンチンちゃんは救命されました。
      ■         ■
 皮膚は心臓停止後にも採取できます。
 ドナーカードに皮膚はありませんが、
 その他に
 その他(すべて)と書いてあれば、
 皮膚も提供できます。

do.jpg
私の保険証の裏です

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臓器移植法

 臓器移植法が衆議院を通過しました。
 河野洋平衆議院議長は、
 ご子息の河野太郎衆院議員から
 肝臓移植を受けられました。
 万感の思いで、
 採決を行なわれたことと思います。
 私のように、
 組織すべてを提供しますという人もいれば、
 臓器は提供しませんという人もいます。
 個人の考え方の問題です。
      ■         ■
 2009年4月8日に書いた、
 死後の願いという日記には、
 たくさんのコメントをいただきました。
 何度も繰り返しているように、
 私自身も、
 医師免許を取得してから数年間は、
 臓器提供には否定的でした。
 現在の医学教育では、
 医師、看護師ともに、
 脳死になった患者さんを長期間にわたって、
 ケアーしたり観察する実習はありません。
      ■         ■
 私の死生観が変わったのは、
 市立札幌病院救急部で、
 連日のように…
 脳死となった患者さんを診てからでした。
 私の遠縁にあたる人は、
 ご主人が…
 急性心筋梗塞で救命救急センターへ搬送され、
 亡くなるまでの、
 約1年以上を、
 毎日、病院へ通いました。
 とうとう意識が戻ることなく
 帰らぬ人となりました。
      ■         ■
 その人は、
 ご主人が亡くなった後で、
 尊厳死協会へ入り、
 自分には、
 『人工呼吸器はつけないでください。』
 『延命治療もしないでください。』
 と署名され…
 ご自分が亡くなる時は、
 安らかに眠りについたそうです。
      ■         ■
 臓器移植は医学の進歩によって可能となりました。
 また、
 脳死になった人も、
 医学の進歩によって生きることができるようになりました。
 私が医学生だった…
 30年前には、
 人工呼吸器が今ほど普及していませんでした。
 ですから、
 在宅で人工呼吸器をつけることなど、
 考えも及びませんでした。
      ■         ■
 医学が進歩したことにより、
 今までは救えなかった命が救えるようになりました。
 ロシアから来たヤケドの、
 コンスタンチンちゃんを手術したのは、
 旭川赤十字病院形成外科の
 阿部清秀先生です。
 阿部先生が東京から、
 亡くなった方の皮膚の提供を受けて、
 コンスタンチンちゃんは救命されました。
      ■         ■
 皮膚は心臓停止後にも採取できます。
 ドナーカードに皮膚はありませんが、
 その他に
 その他(すべて)と書いてあれば、
 皮膚も提供できます。

do.jpg
私の保険証の裏です

投稿者 sapporobiyou : 22:55 | コメント (0)

2009年06月18日

眼科と形成外科の違い

 米国や韓国には、
 眼形成外科、
 Oculoplastic surgery (オキュロプラスティク サージェリー)
 または
 Oculoplastics (オキュロプラスティク)
 という科があります。
 学会もあります。
 残念ですが日本にはまだありません。
 私を韓国へ招待してくださった先生は、
 この眼形成外科の先生たちでした。
      ■         ■
 私が学生時代に眼科を習ったのは、
 中川喬(なかがわたかし)先生でした。
 札幌医大眼科の教授を退職され、
 現在は、
 医大前中川眼科を開業なさっていらっしゃいます。
 中川先生は、
 眼科の中でも、
 斜視や流涙症などがご専門です。
 お若い頃に、
 ニューヨークに留学され、
 カンバースという有名な形成外科医の下で、
 指導を受けたと伺ったことがありました。
      ■         ■
 私が形成外科医になるきっかけとなった、
 医学部6年生の時の、
 形成外科の特別講義は、
 中川教授が担当されました。
 中川先生は、
 日本でも形成外科に造詣(ぞうけい)が深い、
 眼科医のお一人だと思います。
 私のような若輩者とは大違いです。
 私は斜視や流涙症などは、
 必ず中川先生をご紹介しています。
 中川先生から眼瞼下垂症をご紹介いただくこともあります。
      ■         ■
 一度、私が眼瞼下垂症を手術した方を、
 斜視の疑いで、
 中川先生にご紹介したことがありました。
 斜視は手術をするまでもなく、
 経過観察だけでよいことになりました。
 その時に、
 中川先生から、
 私の眼瞼下垂症手術を褒めていただき、
 とても嬉しかった思いがあります。
      ■         ■
 眼形成外科は、
 眼科医がしても、形成外科医がしても、
 まったく問題はありません。
 一部の眼科医の間では、
 形成外科医が眼瞼下垂症手術をするのを、
 非難されていらっしゃるのを
 目にすることがあります。
 確かに形成外科医は、
 より形態(見た目)を重視するのは確かです。
      ■         ■
 眼瞼下垂症手術を、
 眼科で受けるか、
 形成外科で受けるかは、
 手術を受ける方に選ぶ権利があります。
 HPなどを参考にして、
 自分がなりたい目を選んでください。

kapre.jpg
手術前です


kapo1.jpg
手術直後です


kapo3.jpg
手術3週間後です


2-pre.jpg
まぶたが下がってものが見えません
手術前です


2-po1m.jpg
手術一ヵ月後です


2-po3y.jpg
手術3年後です

投稿者 sapporobiyou : 20:47 | コメント (0)

2009年06月17日

麻酔器の点検

 今日は麻酔器の点検日です。
 自動車は車検や定期点検が法律で決められています。
 医療器械の法定点検については、
 自動車のような法律は無いと思います。
 薬事法などの規定があるようですが、
 病院や診療所が自主的に
 点検整備しているのが現状だと思います。
 大規模な病院では、
 臨床工学士という方がいるところもありますが、
 クリニックでは、まだ一般的ではありません。
      ■         ■
 これから開業を考えていらっしゃる先生や、
 開業されて日が浅い先生は、
 おそらく医療器械の定期点検まで、
 頭が回らないと思います(失礼ですが…)。
 医学部の講義や
 臨床研修でも、
 医療器械の定期点検については、
 教えていないし、
 医師国家試験にも出ません。
      ■         ■
 私のような小さなクリニックでも、
 医療用レーザー装置、
 麻酔器、
 滅菌機など、
 さまざまな医療機器があります。
 滅菌機は、
 診療に必須のものなので、
 予備機も置いてあります。
      ■         ■
 一番メンテナンス費用がかかるのが、
 医療用レーザー機器です。
 次が麻酔器でしょうか?
 手術用顕微鏡は高価ですが、
 めったに故障はしませんし、
 電球が切れることもマレです。
 安全のことを考えると、
 麻酔器の点検整備は欠かせません。
      ■         ■
 開業する前には、
 金融機関に資金計画や、
 事業計画を提出して審査を受けます。
 銀行が融資をしてくれなければ、
 クリニックを開業することはできません。
 (スポンサーがいる場合とか)
 (自己資金が豊富な先生は別ですが…)
 この資金計画が狂うこともあります。
 メンテナンス費用は資金計画の
 意外な盲点になることもあります。
      ■         ■
 医療費抑制政策や
 100年に一度の不況で、
 医療機関の経営も大変です。
 ただ、安全にかける費用は、
 事故防止の観点からも惜しんではいられません。
 お医者さんもなかなか大変なのです。
 今日の麻酔器の点検は、
 3時間以上もかかりました。
 結果をドイツまで送るそうです。
 担当の及川様お疲れ様でした。

投稿者 sapporobiyou : 18:08 | コメント (0)

2009年06月16日

ピアノの発表会

 『先生、今度、市民文化会館で』
 『娘のピアノ発表会があるんです。』
 『よかったら、いらしてください。』
 とピアノ発表会のチケットをいただきました。
 もう20年以上も前のことです。
 そのお嬢さんは、
 生まれつき手が不自由でした。
      ■         ■
 手の先天異常は…
 山形大学整形外科の荻野利彦教授がご専門です。
 形成外科でも…
 生まれつき、
 指が多い多指症(たししょう)とか
 指と指がくっついている合指症(ごうししょう)の
 手術をしています。
 そのお嬢さんは、
 北大形成外科で手術をした方でした。
      ■         ■
 私が釧路労災病院形成外科へ勤務していた時、
 外来で経過を診ていました。
 指の異常があっても、
 ピアノは弾けます。
 障害の程度は人によってさまざまですが、
 練習を重ねると、
 ピアノも弾けるし、
 パソコンのキーボードも打てます。
      ■         ■
 土曜日の夜だったので、
 釧路労災病院から、
 歩いて釧路市民文化会館へ行きました。
 幼稚園か小学生だった、
 そのお嬢さんは、
 とても上手にピアノを弾いて、
 終わった後で、
 ちょっと恥ずかしそうにしていました。
 会場から大きな拍手がありました。
 もちろん手に障害があることはわかりませんでした。
      ■         ■
 お母さんは、
 手が不自由だったので、
 少しでもリハビリになれば…
 と思ってピアノを習わせたと、
 お話しくださいました。
 そのお嬢さんも、
 今は成人して、
 立派になられていることと思います。
      ■         ■
 小さい時に病気をしたので、
 看護師さんになったお嬢さんもいらっしゃいます。
 自分に障害があることで、
 他人の痛みが、
 健常者よりよくわかることもあります。
 父親の目が見えなかったので、
 眼科医になった先生もいます。
 ふつうの人よりも…
 よく理解できることもあると思います。
 病気に負けず頑張ってください♪

投稿者 sapporobiyou : 19:53 | コメント (0)

2009年06月15日

辻井伸行さんのピアノ

 今朝のとくダネ!で
 辻井伸行さんのピアノをお聴きしました。
 朝からとても感動しました。
 小学校6年生の時に、
 ご自身が作曲されたという、
 ロックフェラーの天使の羽
 という曲がよかったです。
 お父様は産婦人科のお医者さんです。
      ■         ■
 医院のHPに書かれていました。
 当院は、
 家庭的な暖かな雰囲気を大切にし、
 納得して頂けるような治療を心がけています。
 どんな事でも結構ですから
 お気軽な気持ちで来院してください。
      ■         ■
 別のインタビュー記事
 先生が回答なさっていらっしゃいました。
 思い出に残っている患者さんとのエピソードをお聞かせください
 産婦人科=おめでたい科というイメージがありますが、決しておめでたいことばかりではなく、流産や死産など、悲しい結末を迎えなくてはならないことも少なくありません。そのようなときに、できる限り力になり、サポートしたいと思っています。
      ■         ■
 思い出に残っていると言えば、ダウン症のお子さんを持ったお母さんのことが忘れられません。お子さんがダウン症だと知ったときはとてもショックを受けていましたが、数年経ってお子さんを連れて来てくださり、元気に子育てをなさっている様子が伝わってきて嬉しくなったものです。私自身もハンディキャップを持つ息子の父ですが、ハンディキャップがあるからと絶望する必要もなければ、悲しむこともないのだと息子に教えてもらいました。私の経験を活かして、医療面からも精神面でもお母さんをサポートしたいと思っています。
      ■         ■
 ご長男の辻井伸行さんはピアニストとしてご活躍されていますね
 息子は目が見えないというハンディキャップがありますが、周囲の方々の協力もあり、ピアニストとして活躍する場を与えていただいています。コンサートの舞台に立つ息子の姿を見るのが一番の楽しみです。家族全員で行ければ良いのですが、父と私の二人が医院を空けるわけにはいきませんので、父と交代でコンサートに行っています。

tsu.jpg 田園都市.comより引用

     ■         ■

 辻井先生がお話しになっていらっしゃる通りです。  ハンディキャップがあるからと絶望する必要もなければ、  悲しむこともないのです。  逆に私たちが、  励ましていただくこともたくさんあります。  辻井伸行さんのピアノは、  天賦の才能に…  本人の努力、  素晴らしい指導者、  そしてご両親やご家族の愛情によって、  育(はぐく)まれたのだと思います。       ■         ■  ピアノの音色も素晴らしかったですが、  辻井さんの明るい表情。  素晴らしい指の動き。  ピアノを弾き終えた後の、  満足そうな笑顔。  これらすべてが、  日本中の人を引きつける魅力なのだと思います。  これからも、  ますますご活躍されることを、  心から願っています。

投稿者 sapporobiyou : 22:39 | コメント (0)

2009年06月14日

さくらんぼありがとうございました♪

 山形から
 さくらんぼをたくさん送っていただきました。
 ありがとうございました。
 昨日いただいたさくらんぼさんのコメントです。
 山形は 梅雨いりしましたが、
 加温佐藤錦サクランボは終わり、
 来週から紅秀峰(べにしゅうほう)他が収穫期に入り
  あと10日間で終わります。
      ♡         ♡
 露地物(露地でもハウスは張ります)は
 今佐藤錦の 葉摘みが忙しく
 (さくらんぼに葉がくっついているとそこだけ青いままになるので、
 最小限くっついてる葉を手かハサミでとります)
 樹の下に太陽の陽が入るように
 銀色の反射シートを敷き詰めます。
 暑くてなかなか大変な作業です。
 が 作業中 実割れしたさくらんぼなど
 おなか いっぱい食べられるのが特権かな。
 食べ過ぎるとお腹の調子がゆるくなるので注意です。
      ♡         ♡
 山形は さくらんぼ狩りで
 これから 空港付近や 高速道路など
 さくらんぼ渋滞が来月初め過ぎまで続きます。
 ぜひ みちのく山形へ お越しください!
 私の家では観光果樹園はしてないですが、
 空港から降りると(千歳から約一時間で着きます)、
 回りは サクランボ狩りの旗がいっぱい たなびいてますよ。
      ♡         ♡
 宝石のようなさくらんぼをいただき、
 幸せな気分になれました。
 ありがとうございました。
 宝石のようなさくらんぼを作るには、
 ハウスをかけたり、
 葉っぱをとったり、
 反射シートを敷いたり、
 それはそれは大変なことを、
 さくらんぼさんと知り合うまで
 まったくわかりませんでした。
      ■         ■
 私の父が、
 孫のため、自宅の裏に、
 さくらんぼの木を2本植えました。
 『じいちゃん家さくらんぼ』は、
 大部分が鳥の餌になり、
 残った実も小さく、
 それを採るのも大変でした。
 ちょっと触っただけでもキズがついてしまう、
 柔らかなさくらんぼ
 一つひとつ手作業で収穫するのは、
 ほんとうに大変なことと思います。
      ■         ■
 さくらんぼさんには…
 毎日コメントをいただいて…
 私が日記を続ける原動力になっています。
 さくらんぼさんからいただく、
 山形のフルーツは最高です。
 私も時間ができたら、
 必ずみちのくのフルーツ王国、
 山形に行ってみたいと思っています。
 ありがとうございました♪

09sa1.jpg
宝石のようなサクランボ

09sa2.jpg
美味しくいただきました

sak2.jpg
2008年6月18日の
サクランボ

投稿者 sapporobiyou : 17:19 | コメント (0)

2009年06月13日

麻酔科研修の想い出⑥

 高橋長雄教授を偲(しの)んで書いた、
 麻酔科研修の想い出シリーズの最後です。
 偉大な教育者とは、
 自分がした失敗を、
 いかに繰り返さないか…?
 ということを正確に教える人のように思います。
 想い出⑤で書いたように、
 私の記憶が正しければ、
 盲腸の手術で患者さんが亡くなったのが、
 高橋先生を麻酔学へと導いたと思います。
      ■         ■
 第35回日本熱傷学会④で書いた、
 日本大学医学部法医学教授、
 押田茂實先生の、
 『医療事故知っておきたい実情と問題点』
 にあったように、
 医療というのは、
 病気を持った人に、
 大きな手術をしたり、
 危険性のある薬を使うことがあります。
 その結果的として…
 予想外の結果が生じる場合があります。
 リスクがある患者さんに麻酔をかけると…
 最悪の結果となることがあります。
      ■         ■
 札幌医大麻酔科には、
 何人もの優秀な先生がいらっしゃいました。
 私はそこで研修を受けさせていただきました。
 私自身が研修期間中に、
 危うく事故を起こしそうになりました。
 麻酔科の研修を受けるというのは、
 自分自身で麻酔をかけなければ覚えられません。
 中には…
 予想できない事態が起こることもありました。
 事故を防ぐには、
 不測の事態が起きた時に、
 いかに対処できるかが問題となります。
      ■         ■
 大学病院の手術部では、
 同時進行で、
 毎日7~8例の手術がありました。
 麻酔科控え室には、
 各手術室の様子がモニターTVで写ります。
 患者さんの状態も、
 心電図などのモニターでわかるようになっています。
 その控え室には、
 インチャージと呼ばれる、
 麻酔科指導医の超ベテランが控えています。
 何かトラブルがあると…
 この先生がお助けマンとして急行してくれます。
      ■         ■
 私を助けてくれたのは、
 多汗症の交感神経節手術をしていらっしゃる、
 本間英司先生でした。
 本間先生は当時、留学から帰国されて、
 医局長をなさっていらっしゃいました。
 とても頼りになる兄貴分の先生でした。
 本間先生は覚えていらっしゃらないと思いますが、
 私は助けていただいたことを一生忘れません。
 札幌医大麻酔科では、
 私のようなトラブルが起きると、
 かならずケースカンファレンスという、
 症例検討会で発表していました。
      ■         ■
 毎週行なわれるケースカンファレンスでは、
 どうしてトラブルが起きたのか?
 トラブルを未然に防ぐにはどうしたら良いのか?
 などを詳細に調べて発表しました。
 私が起こしたトラブルは、
 他の先生が起こす危険性があるからです。
 熱心に討論が繰り返され、
 容赦ない質問が上の先生からも
 下の先生からもありました。
      ■         ■
 こうした
 失敗から学ぶ
 失敗を共有する
 ということが、
 医学の発展には必須だと思います。
 札幌医大では、
 今、三代目の麻酔科教授の選考中です。
 もうすぐ、新教授が選ばれて…
 高橋先生が築かれた札幌医大麻酔学教室は、
 これからもますます発展することと思います。
 先生のご冥福をこころからお祈りいたします。
 先生、ほんとうにありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 22:38 | コメント (0)

2009年06月12日

麻酔科研修の想い出⑤

 札幌医大麻酔科の高橋長雄教授は、
 麻酔学の他に、
 医学概論(いがくがいろん)という科目を
 担当されていました。
 医学概論は…
 医学部へ入学した学生に、
 お医者さんになるには…
 とか
 医師としての心構え…
 を教える科目です。
      ■         ■
 高校生や予備校生に…
 毛の生えたような…
 まだ解剖実習も始まらず…
 医学生とは言えないような時期に授業がありました。
 偉い先生が何人か交代で、
 数回の講義がありました。
 講義をしていただいた先生には、
 大変申し訳ございませんが…
 どんな内容だったか?
 覚えていません。
 ただ一つだけ覚えていることがあります。
 高橋先生が麻酔科医を志(こころざ)した理由です。
      ■         ■
 高橋先生は、
 北大医学部をご卒業後に、
 外科医を目指されました。
 当時の北大で外科学を学ぶ傍(かたわ)ら、
 薬理学教室で研究をされました。
 外科医として…
 北海道内のある町へ
 出張された時のことだそうです。
 その町の若い方が…
 盲腸(急性虫垂炎)になりました。
      ■         ■
 町の病院で…
 盲腸の手術をしました。
 ところが…
 不幸にもその患者さんが、
 亡くなってしまったそうです。
 時代は昭和20年代のはじめ、
 戦後の混乱期です。
 十分な設備が無かったのかもしれません。
 手術に問題があったのか?
 麻酔の問題だったのか?
 その辺のこともわかりません。
      ■         ■
 町では、
 『病院で盲腸の手術で死んだ』
 と評判になったそうです。
 当時でも、
 盲腸で死ぬのは…
 珍しいことだったのです。
 小さな町です。
 札幌から来た若いお医者さんは…
 すぐにわかります。
      ■         ■
 高橋先生は、
 患者さんが亡くなってから、
 町の食堂へ食事に行っても…
 買い物へ行っても…
 町の人の視線が…
 ずっと気になった。
 とお話しくださいました。
 町の人が何か話していると、
 すべて…
 ‘盲腸’とか
 ‘盲腸で死んだ’
 に聞こえたそうです。
      ■         ■
 6年間の医学部の講義で、
 自分が体験した医療事故の話しを聞いたのは、
 高橋先生の盲腸のことだけでした。
 おそらく今でも…
 自分の医療事故を講義で話す先生は、
 どこにもいないと思います。
 まだ19歳か20歳程度だった私は、
 『ふ~ん、そんなことがあるのか?』
 程度にしか思っていませんでした。
 今、自分が50歳も半ばとなり、
 そんな高橋先生をすごい!と思います。
      ■         ■
 一人の患者さんの死をきっかけとして、
 高橋先生は麻酔学をこころざし、
 若くして渡米され、
 ニューヨークで麻酔学を研鑽されました。
 私が生まれた頃の話しです。
 帰国後に、
 先生は麻酔学教室を開設され、
 多くの優秀な麻酔科医を育てられました。
 私は高橋先生から麻酔学を学んだことを、
 とても貴重な財産だと思っています。
 高橋先生と、
 高橋先生の下で研修することを許していただいた、
 恩師の大浦武彦先生に心から感謝しています。

投稿者 sapporobiyou : 20:18 | コメント (0)

2009年06月11日

麻酔科研修の想い出④

 麻酔科は外科系の科から、
 麻酔の依頼があると、
 麻酔をかける科です。
 当たり前のようですが、
 これが大変なことなのです。
 患者さんを選んで…
 麻酔をかけるのではなく、
 依頼があれば引き受けるのが原則です。
      ■         ■
 中には、
 生死にかかわるような手術もあります。
 麻酔をかけただけでも、
 生命の危険を伴うこともあります。
 私も札幌医大形成外科に勤務していた時に、
 心臓の機能が低下していて、
 麻酔科と相談して、
 手術を一度は諦めた患者さんが
 いらっしゃいました。
      ■         ■
 私が北大形成外科で研修をしていた頃、
 北大病院手術部では、
 毎週金曜日のお昼に、
 手術場(しゅじゅつば)会議というのがありました。
 各科から出された、
 翌週の手術予定を調整する会議でした。
 手術室看護師の数や、
 麻酔科医の数には限りがあります。
 全ての科の手術や麻酔を引き受ける、
 人的な余裕がありませんでした。
      ■         ■
 今はどうかわかりませんが、
 看護師さんの数が足りないので…
 直接介助は無しでお願いします。
 【2名の看護師がつくところを1名にしてください】
 【看護師の代わりは研修医です】
 とか
 この手術は次週にまわしてください。
 という調整の会議でした。
 この会議に出るのが、
 形成外科ではチーフレジデントでした。
 私も半年間出席しました。
      ■         ■
 この会議で手術が(予定に)入らなくなると…
 患者さんに説明をして…
 『申し訳ございません。』
 『手術室の都合で来週の手術は延期になりました。』
 と謝るののも、
 チーフレジデントの仕事でした。
 幸い、私の時には断られて…
 中止になった例は無かったと思います。
 ただ、毎週気の重い会議でした。
 患者さんへの説明も、
 金曜日の手術部の会議の後で
 最終的な手術日程を説明していました。
      ■         ■
 麻酔科研修をした札幌医大では、
 手術部の人員の関係で、
 手術ができないとか…
 麻酔科医が足りないので、
 手術ができないとかいうことは…
 まったくありませんでした。
 手術が必要な患者さんを
 手術が必要な時に引き受けるのが、
 麻酔科と手術部の仕事でした。
 優秀な看護師や麻酔科医が、
 たくさんいたのでできたのだと思います。
      ■         ■
 現在の保険医療制度では…
 病棟の看護師を増やすと…
 病院に入る収入が
 増えるようになっています。
 ところが…
 手術室の看護師を増やしても、
 麻酔科医を増やしても、
 病院は経費がかかるばかりで、
 直接の収入増にはなりません。
 私たちが安心して医療を受けるためにも、
 国は麻酔科医や手術部の看護師にも、
 目を向けてほしいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:18 | コメント (0)

2009年06月10日

麻酔科研修の想い出③

 私が麻酔科研修を受けた時に、
 私に直接、麻酔技術を指導してくださったのは、
 高橋長雄教授ではありませんでした。
 私に喉頭鏡(こうとうきょう)という器具を使って、
 口から麻酔の管(くだ)
 【挿管(そうかん)チューブと言います】
 を入れる手技を教えて下さったのは…
 当時の講師や助手・研究生の先生でした。
      ■         ■
 そのうちのお一人が、
 風のガーデンで、
 麻酔科の指導をなさった、
 旭川医科大学の岩崎寛教授でした。
 岩崎先生は大学院生で、
 博士号を取得するために、
 日夜研究をなさっていらっしゃいました。
 その他にも、
 当時、助手や研究生だった先生が、
 日本全国で、
 麻酔科教授としてご活躍中です。
      ■         ■
 麻酔科の朝は早く、
 夜は遅くまで研究室で勉強をしていました。
 ほぼ全員…
 夕食は出前でした。
 札幌医大近くのラーメン屋さんだったり、
 食堂だったりしました。
 夜の勉強は強制ではありませんでしたが、
 教室全体が勉強をする雰囲気でした。
 勉強の途中で、
 医局でコーヒーを飲んだり、
 雑談もしました。
      ■         ■
 そこら中に、
 教科書を執筆するような‘先生’が、
 何人もいました。
 医局には本や論文などの資料も、
 豊富にありました。
 わからないことがあれば、
 何でも気軽に質問できる雰囲気がありました。
 この豊富な人材こそが、
 高橋長雄教授が築かれた…
 貴重な財産であり、
 札幌医大麻酔科が、
 多くの教授を輩出した、
 原動力だと思います。
      ■         ■
 私は麻酔科研修で、
 点滴の刺し方から、
 中心静脈カテーテルの入れ方。
 心肺蘇生の基礎。
 とにかく…
 医師として、
 いざという時に必要な手技や知識を
 すべて教えていただきました。
 麻酔科研修を終えた後は、
 医師としての自信が数倍にもなった気がしました。
      ■         ■
 札幌医大麻酔科で教えていただいたのは、
 技術だけではありませんでした。
 事故を起こしてはいけないという、
 極めて基本的なことを何度も言われました。
 医師賠償責任保険にも加入しました。
 依頼があった麻酔は、
 断らないというのも、
 札幌医大麻酔科の特徴でした。
      ■         ■
 われわれは、
 北海道が作った公立大学の職員で、
 札幌医大は道民のための大学病院。
 手術を必要としている患者さんのために、
 最善を尽くすのが当然…と
 当時の並木助教授(現名誉教授)に、
 教えていただきました。
 麻酔の手技とともに…
 私の心の中に生涯、残っている、
 札幌医大麻酔科のスピリットです。

投稿者 sapporobiyou : 20:07 | コメント (0)

2009年06月09日

麻酔科研修の想い出②

 私が札幌医大の学生だった頃と、
 麻酔科研修をさせていただいたのは、
 昭和50年代でした。
 高橋長雄先生が作られた、
 札幌医大の麻酔科は、
 日本の草分け。
 新進気鋭の麻酔学教室でした。
      ■         ■
 当時は、すでに中央手術室という、
 手術部門が独立していました。
 手術室の中で、
 麻酔科医と、
 麻酔科の看護婦さんは、
 薄い水色の術衣を着ていました。
 外科系の先生と
 看護婦さんは緑色の術衣でした。
      ■         ■
 たかが術衣の色と思いますが…
 これは実にすごいことだと…
 医者になって何十年も経ってから気づきました。
 そもそも…
 麻酔科の看護婦さんが、
 手術部門で独立していたのは、
 札幌医大の他は、
 あまり無かったのでは…?
 と思います。
      ■         ■
 私が平成10年(1998年)に、
 札幌医大に赴任した時には、
 残念ながら…
 水色の術衣は無くなっていました。
 麻酔科医も緑色の術衣でした。
 麻酔科の看護婦さんは、
 その存在が無くなっていました。
 何でも…
 新病院を建築した際に、
 手術部門の看護婦さんに統一されたそうです。
      ■         ■
 確かに…
 現在の看護師不足や、
 手術部門での…
 夜勤を含めた勤務を考えると…
 仕方のないことかと思います。
 ただ、
 麻酔科の看護婦さんは、
 素晴らしかった!
 新米の研修医以上に、
 何でも麻酔のことをご存知でした。
      ■         ■
 風のガーデンに出てきた、
 主人公が麻酔科医でした。
 麻酔科准教授・白鳥貞美(中井貴一)先生は、
 素敵でしたね。
 麻酔科は、
 痛みをとるエキスパートです。
 麻酔は、
 手術を安楽に受ける魔法のような手技ですが、
 医療事故が多いのも麻酔です。
 医療安全のことが最近取り上げられてますが、
 私が医療安全の基礎を教えていただいたのが、
 この麻酔科研修でした。
      ■         ■
 手術室内で、
 水色の服を着た、
 麻酔科医と
 麻酔科専従の看護婦さんが、
 札幌医大中央手術部の、
 医療安全を担(にな)っていたと思います。
 麻酔科の看護師さんを専従にするのは、
 確かに大変なことだと思います。
 ただ、大学病院クラスになると…
 もう一度、麻酔科の看護師さんを見直しても?
 よい時期なのでは?と思います。
 麻酔科研修を受けた、
 古きよき時代のことを想い出します。

投稿者 sapporobiyou : 20:50 | コメント (0)

2009年06月08日

麻酔科研修の想い出①

 私は医師になって3年目の、
 昭和57年5月から、
 札幌医大麻酔学教室で、
 研究生として麻酔学を研修をさせていただきました。
 当時は、
 北大⇔札幌医大の間で、
 研修医が行き来して、
 研修をするというのはマレでした。
 私のわがままを…
 大浦武彦教授が聞いてくださり、
 札幌医大麻酔科の
 高橋長雄教授にお願いしてくださり、
 特例として認められました。
      ■         ■
 当時、北大形成外科医局長であられた、
 現、市立札幌病院院長の吉田哲憲先生には、
 研修先の変更で大変ご迷惑をおかけしました。
 今でも大変申し訳ないことをしたと…
 反省しております。
 しかし、私の人生にとって、
 札幌医大麻酔科での研修は、
 何ものにも代えがたい…
 貴重な財産となっています。
      ■         ■
 よき指導者の下で勉強することが、
 いかに大切かがよくわかりました。
 私は卒後3年目でしたが、
 新卒の先生と一緒に研修を受けました。
 まず最初に、
 同門の偉い先生が、
 交代で講義をしてくださいました。
 講義の合間には、
 こんなことで苦労したというような…
 教科書には書いていない、
 苦労話や体験談を聞かせていただきました。
      ■         ■
 麻酔科研修医の朝は、
 病院内で最も早いと言われていました。
 私は当時、
 北区新琴似の公団住宅に住んでいました。
 (まだ新婚でした…)
 麻生発6:00頃の
 地下鉄の始発で通いました。
 つまり…
 5:00過ぎには起きて、
 顔を洗って、
 朝食を食べて、
 車で麻生まで送ってもらい、
 始発の地下鉄に乗りました。
      ■         ■
 学生時代を含めて、
 始発の地下鉄で通ったのは、
 この麻酔科研修の時代だけでした。
 朝の地下鉄には、
 早朝から働く、
 清掃関係の方など、
 毎日、ほぼ決まった顔がありました。
 この早朝からの‘研修’が
 私の医師としての生涯で、
 とても役に立ちました。
      ■         ■
 大学病院に着くのは、
 午前7:00前でした。
 そこで、
 早出の麻酔科の看護婦さんから、
 器械や薬剤の準備を教わりました。
 当日の予定に合わせて、
 点滴や薬剤を準備します。
 麻酔器のパイピングや、
 モニターの準備などを、
 看護婦さんに教えていただきながら、
 (看護婦さんの仕事の邪魔になりながら…)
 一つひとつ覚えました。
      ■         ■
 医師免許を取得する前も、
 取得した後も、
 医師が
 点滴の準備を自分ですることはマレです。
 何本もの点滴を、
 間違えずに素早く準備するのは大変です。
 下手な自分がすると、
 点滴の管に空気が入ります。
 空気の抜き方も教えていただきました。
 注射のバイアルも、
 何本も失敗して壊しました。
      ■         ■
 点滴も注射も、
 バイアルから出してしまうと、
 無色透明な液体です。
 これを間違わないように…
 一つひとつしっかりラベルを貼ることを、
 教えていただきました。
 私が医療事故を起こさないで、
 30年近く医療を続けられるのは、
 この麻酔科研修で、
 一つひとつのことを確実にするという、
 実に単純なことをしっかり教わったからでした。
 親切に教えてくださった、
 麻酔科の看護婦さんには、
 今でも感謝しています。

投稿者 sapporobiyou : 22:16 | コメント (0)

2009年06月07日

高橋長雄(たけお)先生の死を悼(いた)む

 札幌医科大学名誉教授(麻酔学)、
 高橋長雄(たかはしたけお)先生が
 6月3日(水)午前7:55、
 87歳でお亡くなりになりました。
 こころからご冥福をお祈りいたします。
 高橋先生は、
 大正11年3月4日小樽市に生まれ、
 北大医学部を
 昭和20年(1945年)にご卒業なさいました。
      ■         ■
 1957年から1987年まで、
 30年間にわたり、
 札幌医大麻酔科の教授をなさいました。
 私は学生の時に高橋先生に麻酔学を習い、
 医師免許を取得後、3年目に、
 札幌医大麻酔学教室の研究生として、
 麻酔学をご指導していただきました。
 高橋先生は、
 地方の公立大学である、
 札幌医大が誇る素晴らしい先生です。
      ■         ■
 若くして米国へ留学され、
 当時は日本に普及していなかった、
 全身麻酔を米国から導入されました。
 札幌医大麻酔科からは、
 日本全国に多数の麻酔科医を出されました。
 高橋先生が育てられた麻酔科医の数は、
 世界でもトップクラスで、
 日本全国で多数の先生が、
 ご活躍なさっていらっしゃいます。
      ■         ■
 今日は高橋先生の告別式に参列して参りました。
 遺影を拝見して、
 先生の優しい声を想い出しました。
 私たちが医学部の6年生だった時です。
 臨床実習で麻酔科を回りました。
 高橋先生は、
 学生全員に、
 『君たちは、来年から医師として活躍します。』
 『全身麻酔とはどういうものか…』
 『体験しておくとよいです。』
 と…
 教授自らマスクを持って、
 一人ひとりの学生に
 笑気と酸素で麻酔をかけてくださいました。
      ■         ■
 自分が医師や指導医となって思ったことは、
 たとえ数分の麻酔でも、
 教授自らが学生に全身麻酔をかけてくださるのは、
 とてもすごいことです。
 北大や他大学を卒業した先生に聞いても…
 高橋先生のように、
 麻酔科の教授が自ら、
 マスクを持って一人ひとり麻酔をかけてくれるのは、
 あまり聞いたことがありませんでした。
 私は笑気麻酔でとても気持ちがよくなり、
 見えていた天井の蛍光灯が…
 次第に見えなくなったのを覚えています。
      ■         ■
 高橋先生のご自宅は、
 札幌西高校の近くにあり、
 私が高校生の頃に、
 確か?
 西高のPTA会長をなさっていらっしゃいました。
 札幌医大を退職後も、
 西野学園で校長をなさっていらしたそうです。
 人を育てるのがお好きで、
 とても上手な先生でした。
 頣神院博仁大雄禅居士
 勲三等旭日中綬章
 高橋長雄先生ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 20:45 | コメント (0)

2009年06月06日

第35回日本熱傷学会④

 昨日まで、日本熱傷学会に参加し、
 今朝7:00発のANAで帰ってきました。
 学会に参加すると、
 専門分野以外の講演も聴けます。
 昨日は、
 日本大学医学部法医学教授、
 押田茂實先生の、
 『救急医療とリスクマネジメント』という、
 教育講演がありました。
      ■         ■
 とても有意義な講演で、
 一時間があっという間に過ぎました。
 押田教授は有名な法医学者で、
 「足利事件」のDNA鑑定で、
 釈放された菅家利和さんのTV放送があったので、
 朝のテレビ朝日に生出演した後で、
 講演にいらしてくださいました。
 押田先生のご専門は、
 医療事故です。
 私たちが起こしてはいけない医療事故。
 押田先生の講演はとても勉強になりました。
      ■         ■
 講演の内容です。
 医療行為を合法的に行うには、
①免許を有する資格者が治療を目的に行うこと。
②患者がその医療行為を承諾していること。
③医療行為が現在の医療水準に達していること。
 の3条件が必要です。
 ところが、
 救急で搬送される患者さんには、
 意識がなく医療行為を承諾できない人がいます。
 救急の場合には、
 病歴が明らかではなく、
 専門外の特殊な診断困難な場合もあります。
      ■         ■
 医療というのは、
 病気を持った人に、
 場合によると大きな手術をしたり、
 危険性のある薬をつかうこともある
 専門的な行為です。
 つまり、
 もともと病気を持っている人に手を加えるので、
 結果的には
 病気のために具合が悪くなる患者さんもいますし、
 予想外の結果が生じる場合もあります。
      ■         ■
 詳しい内容は
 医療事故知っておきたい実情と問題点
 祥伝社、2005年発行_本体760円
 ISBN4-396-11006-5
 に書かれています。
 押田茂實先生は、
 医療事故を防ぐために、
 学生の教育はもちろん、
 全国の大学病院などを回っていらっしゃいます。
 病院職員と一緒に劇までして、
 いかに医療事故を防ぐかを、
 精力的に講演していらっしゃいます。
      ■         ■
 医学に関係する人には、
 是非一度聴いていただきたい講演です。
 祥伝社新書の本もとても参考になります。
 全国の病院で押田先生の講演を…
 お聞きになると…
 医療事故が減ると思いました。
 素晴らしい学会を開催してくださった、
 日本大学医学部形成外科の
 佐々木健司先生、
 東京女子医大形成外科の皆さん、
 ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 20:58 | コメント (0)

2009年06月05日

第35回日本熱傷学会③

 昨日は‘低温やけど’についてご報告しました。
 今日はやけどの治療法です。
 2007年の日本熱傷学会からお知らせしている、
 フィブラストスプレーというお薬です。
 科研製薬㈱という会社が発売しています。
 一般名をトラフェルミンといいます。
 まだ、正式に保険で認可はされていませんが、
 このお薬がやけど治療の主役になりそうです。
      ■         ■
 このお薬のすごいところ…
 バイオ技術で作った…
 世界初の…
 線維芽細胞増殖因子
 (せんいがさいぼう_ぞうしょくいんし)。
 bFGF(べーしっく_えふ_じー_えふ)
 (basic fibroblast growth factor)
 を主成分とする薬です。
 主成分は小さな瓶に入っている、
 白い粉状の物質です。
      ■         ■
 この白い粉を
 溶解液で溶かして、
 付属品のスプレーをつけます。
 目薬の瓶より少し大きめになります。
 コロンをスプレーするような感じで…
 このお薬をやけどした部位へ噴霧します。
 噴霧したままだと痛いので、
 軟膏ガーゼや
 創傷被覆剤(そうしょうひふくざい)という
 通常のやけど治療に使う材料で覆います。
      ■         ■
 そうすると…
 軟膏ガーゼだけで治すより、
 早くキレイに治ります。
 私はこの製品を…
 大学に勤務していた10年前に、
 ネズミの実験に使わせていただきました。
 私の実験でも…
 このお薬はとても効果がありました。
      ■         ■
 日本熱傷学会の学会誌には、
 複数の先生が…
 このフィブラストスプレーが
 効果的であると発表しています。
 日本発の…
 画期的な…
 新しいやけど治療法です。
      ■         ■
 低温やけどは、
 キズが深くなってしまうために、
 治りにくいのが特徴です。
 治りにくいやけどでも、
 このお薬を使って
 上手な先生に治していただくと
 早くキレイに治ります。
 できるだけ早く…
 専門医にみせることが大切です。

投稿者 sapporobiyou : 16:11 | コメント (0)

2009年06月04日

第35回日本熱傷学会②

 今日から日本熱傷学会がはじまりました。
 『やけど』は一番身近な外傷(けが)です。
 私自身も小さなやけどをしたことがあります。
 今日の発表で参考になったこと…
 湯たんぽによるやけどです。
 経済不況になり、
 部屋が寒いので、
 寝る前に湯たんぽを使う方が増えたそうです。
      ■         ■
 北海道から九州の先生まで、
 最近、湯たんぽによるやけどが増えたと…
 発表されていました。
 湯たんぽは、
 古くからある便利な道具ですが、
 使用方法を誤ると…
 やけどをします。
 最近…
 女性と
 小さな子どもさんの、
 湯たんぽによる、
 低温やけどが増えています。
      ■         ■
 『低温やけど』をネットで検索すると、
 いろいろなサイトが出てきます。
 やけどは高温の液体とか物体に、
 人の皮膚が触れて起こります。
 天ぷら油がはねた…
 髪を整えるアイロンが触れた…
 ハワイで日焼けして赤くなった…なんてのもヤケドです。
 天ぷら油も、
 アイロンのコテも、
 ヤケドをした瞬間に痛みがあります。
 熱い!⇒痛い!でわかります。
      ■         ■
 ところが…
 低温ヤケドが厄介(やっかい)なのは…
 この熱い!⇒痛い!が無いのです。
 寒い夜に…
 一人で冷たい布団に入って、
 足が冷たいのは辛いものです。
 あたたかい湯たんぽは、
 とても気持ちがよいものです。
 ついつい湯たんぽ
 ぴったりと足をくっつけてしまいます。
 疲れていると…
 そのまま爆睡してしまうこともあります。
      ■         ■
 そうすると…
 温かくて気持ちがよかった湯たんぽ
 凶器に変わります。
 人間の皮膚も蛋白質でできています。
 蛋白質は熱に弱く、
 皮膚も卵のように焼くと白く固まります。
 ゆで卵を作る時に、
 沸騰したお湯に短時間入れると、
 半熟卵になりますが、
 少し低温で時間を長くすると、
 黄身まで固い完熟卵になります。
      ■         ■
 気持ちがよいと思っていた
 湯たんぽの温度でも、
 長時間当たっていると、
 皮膚が損傷されてしまいます。
 これを‘低温やけど’と言います。
 湯たんぽの他に、
 ホカロン、
 暖房便座、
 床暖房、
 ホットカーペットなど、
 あらゆる温かいもの
 低温やけどをする可能性があります。
      ■         ■
 注意していただきたいのは、
 ‘低温やけど’をしても、
 すぐには気づかないこともあります。
 痛みがないこともあります。
 夜勤明けの看護師さん、
 睡眠薬で爆睡してしまう方、
 お酒に酔って意識が薄い方、
 下肢の知覚障害がある方。
 低温やけどになりやすい方は、
 意外と多くいらっしゃいます。
 子どもさんにも注意が必要です。
 安全な湯たんぽ
 添い寝をしてくれる…
 温かい親の脚です。

投稿者 sapporobiyou : 17:56 | コメント (0)

2009年06月03日

第35回日本熱傷学会①

 日本熱傷学会へ出席するため、
 東京へ来ています。
 熱傷学会はやけどの学会です。
 形成外科の先生、
 救急の先生、
 看護師さん、
 が参加する学会です。
 まみ子師長さんも、
 明日からの学会に参加なさるそうです。
      ■         ■
 今日は学会の評議員会がありました。
 99人の評議員がいます。
 私は市立札幌病院に在籍中に、
 評議員にしていただきました。
 学会の予算や方針などを決める会です。
 大学教授などの偉い先生の中で、
 私のような開業医はちょっと場違いです。
 でも、懐かしい先生に会えるのが楽しみです。
      ■         ■
 今日は学術講習会などもありました。
 一般市民向けに…
 市民公開講座もありました。
 この公開講座で、
 特別講演をなさった、
 キャセイ産業㈱代表取締役
 大島修治様のお話しが
 懇親会でありました。
 とても感動的なお話しでした。
      ■         ■
 大島様は、
 1996年7月会社に押し入った暴漢に、
 ガソリンを頭からかけられて
 火をつけられました。
 全身の60%のⅢ度熱傷。
 医師からは、
 命の保証はできないと告げられたそうです。
 5度の危篤状態と
 十数回の移植手術を乗り越えて、
 不屈の精神で再起されました。
      ■         ■
 命は助かったものの…
 首はやけどの傷のために動かず…
 【瘢痕拘縮(はんこんこうしゅく)といいます】
 右手は指が焼けてなくなってしまい、
 ものをつかむことすらできなかったそうです。
 九州から…
 東京女子医大形成外科の
 野﨑幹弘教授を紹介していただきました。
      ■         ■
 今回の学会長である佐々木健司先生、
 女子医大東医療センターの仲沢弘明先生、
 女子医大の教授に就任された櫻井裕之先生、
 素晴らしい
 東京女子医大形成外科スタッフの手術で、
 見事に顔貌と手の再建が成功しました。
 ご自身の辛い体験を…
 著書/「人生逃げたらあかん
 NHKラジオ深夜便「こころの時代」で、
 お話しされ、多くの人を勇気づけていらっしゃいます。
      ■         ■
 私もお話しさせていただきましたが、
 HPを拝見して、さらに勇気づけられました。
 大島様がお話しになる大切なことは、
 (1) ありがとうの心
 (2) すみませんの心
 (3) 感謝の心
 (4) 素直な心
 (5) 正直な心
 (6) 他人を思いやる心
 (7) 何でも良い一つ得意なものを持とう。
 (8) 親や先輩を尊敬しよう。
 (9) あいさつ、返事、後始末
      ■         ■
 他人に感謝して、思いやる心を持とう!!
 そして自分の成長の為には
 厳しさやストレスも必要だと認識しよう。
 自分を好きに成り、
 他人を好きになろう。
 自分も喜び、他人も喜ばせよう。
 自分も楽しみ、他人も楽しめるように成ろう。
 楽して生きるのではなく、楽しく生きよう!
 辛い事も、苦労も、嫌な事も、
 自分の成長の為に
 神様が与えて下さった勉強だと思って感謝しよう。
 その感謝する心が幸せをつかむ入口の門です。
      ■         ■
 人生は自分の好きな事や得意な事を一生懸命やって、 
 その事が
 直接他人の喜ぶ事に結びつく生き方が
 もっとも幸せで輝かしい人生だと思う。
 苦労や困難は自分の成長の為にあります。
 厳しさやストレスも必要です。
 ストレスも善玉 と悪玉があります。
 悪玉は残ります。
 善玉は吹き飛びます。
 悪玉ストレスを善玉にして楽しく生きよう。
 その為には何か一つでも
 得意な事、好きな事を見つけよう。
 (以上、HPから引用)
      ■         ■
 生死の境をさまよって、
 何度も辛い手術を受け、
 奇跡的に快復され…
 ご自分の事業も軌道に乗せ、
 他人のために、
 勇気を与える講演活動をされている、
 大島修治社長に、
 ほんとうに心を打たれました。
 女子医大形成外科の先生が、
 足の指を移植して再建された、
 大島社長の右手と握手できました。
 とてもあたたかな手でした。

投稿者 sapporobiyou : 21:43 | コメント (0)

2009年06月02日

札幌東豊病院

 週刊文春2529
 2009年6月4日号、
 病院情報ファイル2009の記事です。
 大規模産科診療
 お産主体の大型産婦人科病院。
 規模の利点を活かして、患者本位の診療を実現。
 札幌東豊病院
 〒065-0017
 札幌市東区北17条東15-3-1
 電話011-704-3911
 取材・構成
 恵原真知子
      ■         ■
 産科診療は二十四時間、年中無休の対応が求められる。その過酷な仕事ぶりが世間に知られるようになってはきたが、産科の縮小や閉鎖が相次ぎ、人気の産科には予約が殺到と、とても選べる状況ではない。医師の労働環境改善が一朝一タにゆくものではないだけに、お産難民となる可能性もなかなか解消されない。
      ■         ■
 「どこの産科でも勤務の過酷さは変わらないと思いますが、私どもは昭和59年に開院して以来、殆どの患者さんをお断りすることなく受け入れることができています。スタッフの数が多く、自分たちを支えあっているゆえのことでしょう。
 里帰り出産は女性の社会進出に伴って減りつつありますが、希望していても受け入れ先がなくて諦める方も多い。経験者の親御さんがそばにいることが育児不安の軽減に役立つ里帰り出産はもちろん、本州からのお産難民も大歓迎です」
 心強い一声は札幌東豊病院の前田信彦院長(産科)。
      ■         ■
 昭和終盤といえば既に少子化が顕在化し、産科や小児科を目指す医師が減り始めていたころだ。創設者は、産科診療を続けたいなら個別に開業するより仲間と一緒に病院を運営したほうが、医療側にも患者側にもメリットが大きいと考え、札幌医大出身の医師6人が集まってこの病院を始めたという。
 現在は、常勤の産婦人科医14人、小児科医4人、麻酔科医1人、助産師33人、看護師30人と増え、建物も増築を重ねてきた。この体制で年間平均1,300件前後の分娩に対応。2つの分院を含め札幌市内で生まれる赤ちゃんの6、7人に一人はこの病院で産声をあげているのだ。開院以来の分娩総数は3万3千件になるという。大学病院並みの件数だが、周産期母子医療センターの指定はない。いまのところは、通常の分娩を中心に、不妊症や婦人科疾患を幅広く扱う専門病院ということだ。
      ■         ■
 長期滞在用宿泊施設も
 産科診療における小児科医の存在は、子どもに病気がない母子にとっても大きな安心感となるだろう。しかし、配備しても診療報酬には何も反映されない。
 「もちろん実際に子どもを診療すれば診療費として請求できます。いざというときの対処のために、プロを揃えて医療の質を保障しているということです」とは理事長でもある小児科の若松章夫医師。ところで、この理事長・院長職は持ち回り制で、医療側の働きやすさ、患者のかかりやすさが優先されるらしい。
      ■         ■
 「医師数はまだ足りず、リクルート大歓迎です。万一、増員で賃下げになったとしても、休みや研究の時間がとれます。また、人員や設備(NICUなど)を規定の数に増やし、周産期医療センターの指定を受ける選択肢もあります」(若松理事長)
 産婦人科の外来診療は、8~19時(昼休みを除く)、土・日・祝日も9~17時オープン。仕事をもつ妊婦が助けを借りずに通院するには、夕方と土日に開いていないとニーズに応えられない。当院で働く女性医師や看護師が、妊娠中や育児期間に通院しやすい条件を考慮し、整えられた体制というしだい。
      ■         ■
 病室は、64床中個室が47床。また、遠方の雪深い地域から訪れる患者のための長期滞在施設(自炊できる部屋が2つあり、一泊2千円)も用意。
 “相手の身になった診療“と口にするのは簡単だが、少人数では、志があっても難しい。世に先駆けたチーム運営は、規模の利点が医師の負担軽減ばかりか医療の効率や質の向上につながる好例といえるだろう。
      ■         ■
 昨年1年間の診療内容
 産科
 分娩総数  1,252人(多胎分娩17件)
 帝王切開347人(分娩総数の28.1%)
 吸引分娩120人(分娩総数の9.6%)
 病的新生児の入院数
 入院総数350人
 低出生体重児132人
 人工呼吸管理12人
 他院搬送17人(先天性心臓疾患、難治性低血糖、超低出生体重児、染色体異常など)
 婦人科
 子宮筋腫(集束超音波治療装置もあリ)や卵巣嚢腫、婦人科がんなどの手術を400件以上実施。なお、がんや不妊の治療に欠かせない細胞検査技師も常駐
 (以上、週刊文春より引用)
      ■         ■
 札幌東豊病院が掲載されて…
 とてもうれしく思います。
 札幌美容形成外科の職員のお産も
 札幌東豊病院でした。
 私が赤ちゃんを抱っこしていたのは、
 個室の病室です。
 とてもよい病院です。
 おすすめします。
      ■         ■
 私の弟の子どもも、
 札幌東豊病院で生まれました。
 理事長の若松章夫先生(小児科)は
 私の結婚式の友人代表。
 若松先生は、
 同級生ですが、
 北大理学部をご卒業後に…
 札幌医大に入学なさったので、
 私より年上で、
 私の人生の先輩であり、よき相談相手です。
      ■         ■
 産科・婦人科の先生はもちろん、
 小児科、
 麻酔科と、
 とても優秀な先生がそろっています。
 麻酔科の河東寛(かわひがしひろし)先生は、
 元市立札幌病院麻酔科部長。
 超ベテランの麻酔科医です。
 病院スタッフの皆さんも…
 とても親切で優しい方ばかりです。
 赤ちゃんを産むなら…
 札幌東豊病院です。
 お食事もとても美味しいそうです。
 (職員が言っていました…) 
       ■         ■

kou.jpg

産休中の職員と赤ちゃん

mago.jpg

赤ちゃん(光希くん)と私です

投稿者 sapporobiyou : 21:37 | コメント (0)

2009年06月01日

ウイズ・エイジング

 平成21年5月31日、朝日新聞朝刊の記事です。
 私の視点
 高齢化社会
 ウイズ・エイジングを糧(かて)に
 鳥羽 研二(とぱ けんじ)
 医師、杏林大教授(高齢医学)
      ■         ■
 確実に進む加齢をどう受け止め、上手に老いていくか。高齢化社会の難題を解くかぎのひとつとして、日本人の特質を生かして老化と素直に向き合う生き方「ウイズ・エイジング(With Aging)」を提唱したい。
 米国で急速に台頭したアンチ・エイジング(Anti Aging)の概念がわが国へも広がったのは、今世紀に入った頃たった。抗加齢、すなわち、老化現象を悪と決めつけ、何とか逆らおうとする主張であり、いつまでも若々しくと願う中高年の人びとの心理を巧みにとらえた。
 若々しくありたいのは自然の欲求だ。しかし、行き過ぎるとどうなるか。たとえば、顔のシワを消したいあまり、危険を冒してまでも胎盤注射の治療に踏み込んでしまう。ここは、円然した知性でシワを年齢に相応の魅力のひとつと受け止めたい。
      ■         ■
 アンチ・エイジングではその人が社会に役立つか否か、という基準が強調されすぎていると思えてならない。不老長寿があたかも実現できるかのようないかがわしい宣伝すらある。ライフスタイルだけでなく化粧品、薬品、栄養食品など多様な産業が有望な市場ととらえて殺到している。
 ウイズ・エイジングという概念に私が至ったのは、老年医学の現場で長く過ごす中で「老いることにも、光を当てるべき良い部分があるのではないか」と考えたからだ。
      ■         ■
 加齢による変化は否定的に理解されがちである。しかし、本当にそうだろうか。
 確かに記憶力は低下するが、判断力や推察能力、寛容さは向上することが少なくない。20代の大学生と比べて70歳の語彙(ごい)は2倍以上、また自然科学の学問のピークは40~50歳だが人文科学は70歳でもピークを保っているとの研究結果もある。「年の功」だ。
      ■         ■
 どんな老化現象にもそっと寄り添い、生活上の不自由さはなるべく生じないよう知恵を絞る。たとえ認知症や寝たきりになっても、排泄や食事がなるべく自然に近い状態でできるよう配慮することで、その人らしさを保つ工夫をする。死の際に、額のシワに言葉にならない高齢者の人生を実感できる。単に精神論ではなく、価値あるものとして学問的に証明していきたい。
      ■         ■
 わが国は長寿国で、介護保険や国民皆保険など誇るべき制度も多い。謙譲の美徳や協調の精神は今なお日本人の誇るべき長所でもある。この特質に、加齢を包括的に理解するウイズ・エイジングはうまく融合するのではないか。
 老化現象をむやみに嫌ったり落胆したりせず、そうかといって目を背けもしない。その人なりの老化を個性の一部と見なすウイズ・エイジングを、アンチ・エイジングと対極の概念として成然した高齢社会の糧に育てたいと思う。
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 ウイズ・エイジングという言葉を…
 はじめて聞きました。
 確かに…
 われわれ美容外科医・形成外科医は…
 アンチ・エイジングを強調しすぎている…?
 かもしれません。
 年齢とともに刻まれた、
 額(ひたい)の深いシワ…
 それはそれで…
 意味深いものがあります。
      ■         ■
 私は…
 商売柄…
 額のシワを見ると…
 すぐに眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)を
 思い浮かべます。
 上の方が見にくいとか…
 重症の肩こりがあるとか…
 アゴを上げてものを見ているとか…
 マッサージや整体に…
 通っていらっしゃるのかなぁ~
 などと思ってしまいます。
      ■         ■
 ウイズ・エイジングも…
 確かに大切なことだと思います。
 札幌美容形成外科では、
 胎盤注射の治療はしておりません。
 ただ、プラセンタを注射しても…
 顔のシワは消せません。
 ボトックスはシワを目立たなくできますが、
 私は危険だとは思っていません。
 その人その人の考え方の問題だと思います。
      ■         ■
 上手に年齢を重ねることは…
 とても大切なことです。
 私も今年55歳になります。
 昔だったら定年の年です。
 額の深いシワが、
 年齢のためだけでしたら…
 何の問題もありません。
      ■         ■
 ただ、ものが見にくかったら…
 眼瞼下垂症手術を受けるとよいと思います。
 70歳以上で1割負担の方でしたら…
 定額給付金の2万円でおつりがきます。
 生命保険の手術給付金もいただけると…
 黒字になります。
 上手なウイズ・エイジングだと思います。

2-pre.jpg
まぶたが下がってものが見えません
手術前です


2-po1m.jpg
皮膚も切除したので
腫れが残っています
手術一ヵ月後です


2-po3y.jpg
手術3年後です

投稿者 sapporobiyou : 20:32 | コメント (0)

2009年05月31日

放送が終わりました

 昨日(2009年5月30日)、
 FMノースウェーブの放送が無事に終わりました。
 ご声援いただき、
 ありがとうございました♪
 電波に私の声が載るのは、
 これで2回目でした。
 前はSTVラジオに出演させていただきました。
 でも生放送ははじめてだったので、
 ちょっと緊張しました。
      ■         ■
 FMノースウェーブは、
 先日ご紹介した…
 アマの花が咲いている…
 札幌駅北口のビルにありました。
 放送予定時間の15分前に着きました。
 番組は…
  ヒロ福地さんと
 ケイコさんの
 STATION DRIVE SATURDAYでした。
 その中の、
 DHC Precious Club
 ケイコの教えてアゲール!
 という情報番組でした。
      ■         ■
  ヒロ福地さんも…
 ケイコさんも…
 とても素敵な方でした。
 8時間の生番組という、
 信じられない…
 長時間労働にもかかわらず、
 とてもお元気で…
 一字一句間違えずに…
 番組を進めるのは、
 ほんとうにすごいと思いました。
 毎週レギュラーの番組は休めないので…
 風邪も引けませんね。
      ■         ■
 お二人とも、
 わきが手術が健康保険で受けられる
 ということに驚いていらっしゃいました。
 医学部や看護学科の学生に…
 講義をして…
 試験をしても間違うのですから、
 無理もないことです。
 小学校でも
 中学校でも
 わきがも教えないし…
 保健室の先生だった知らないかも?です。
      ■         ■
 私がお伝えしたかったのは…
 加齢臭も…
 オヤジ臭も…
 毎日お風呂に入って、
 清潔にしていれば…
 気にすることはありませんょ!
 ということです。
 高価な石鹸の宣伝も目に付きますが…
 ふつうの石鹸で十分です。
 要は、気をつけることです。
 気にしすぎもよくありません。
 放送内容はPCの方は、
 こちらからお聴きいただけます。
 携帯では申し訳ございませんが
 ファイルサイズの関係で無理なようです。
 申し訳ございません。

投稿者 sapporobiyou : 20:19 | コメント (0)

2009年05月30日

マスコミからの取材2009

 2007年12月6日にも同名の日記を書いています。
 院長日記を書き始めてから、
 マスコミからの取材を受けるようになりました。
 今まで、一番嬉しかったのは…
 週刊文春の病院情報ファイルでした。
 恵原真知子さんが日本全国を取材なさって…
 毎週記事になさっていらっしゃいます。
 私の好きなページで、
 何回か引用させていただています。
      ■         ■
 恵原(えはら)さんは…
 医師以上に医学に詳しい方で、
 とても博識な方です。
 私たち医師は、
 自分の専門分野は勉強しますが、
 ちょっと専門を外れると…
 途端に医学生のころの…
 30年前の知識しかなくなることもあります。
 週刊文春の病院情報ファイルは、
 医師が読んでもためになります。
 自殺予防ケアの記事は、
 自殺企図の患者さんの家族へ送って差し上げました。
      ■         ■
 医師は学会発表はよくしますが…
 マスコミ向けの報道発表はしません。
 個人情報のこともありますが、
 一般的に医師は…
 知識を啓蒙(けいもう)するということが苦手です。
 報道発表というと…
 医療事故で謝罪している院長が思い浮かびます。
 疲れきった表情で…
 頭を下げている光景です。
 ですから…
 医師はマスコミが苦手なのかも知れません。
      ■         ■
 私は帯広厚生病院に在職中に、
 加湿器による手のヤケドを学会で発表しました。
 残念なことに…
 学会で発表しても…
 一般の人には伝わらず…
 その後も、悲惨な事故が続きました。
 札幌医大在職中に…
 加湿器の危険性を啓蒙(けいもう)するために…
 学会発表の前に、
 新聞社各社へメールを送りました。
 読売新聞が一番早く取材にいらしてくださいました。
      ■         ■
 読売新聞→朝日新聞→北海道新聞。
 と取材を受けました。
 その後、テレビ朝日にも取り上げていただき、
 国民生活センター
 詳しく調査していただきました。
 これで日本の加湿器が大きく変わりました。
 医師を何十年もしていると…
 こんなことを広めてあげると…
 いいのになぁ~
 ということがあります。
      ■         ■
 一人の医師としてできることには…
 限りがありますが、
 少しでも…
 正しい、
 正確な、
 医学知識を、
 この日記を通じて広めたいと思います。
 今晩の…
 FMノースウェーブの放送については、
 明日、ご報告いたします。

投稿者 sapporobiyou : 21:53 | コメント (0)

2009年05月29日

FMノースウェーブ出演

 明日、2009年5月30日(土)、
 18:00頃から…
 札幌のFMノースウェーブに出演します。
 82.5MHzです。
 お時間がある方は、
 是非お聴きになってください。
 生番組です。
      ■         ■
 申し訳ございませんが…
 FM視聴区域は北海道だけで、
 山形までは電波が届きません。
 さくらんぼさんごめんなさい。
 番組のテーマは…
 加齢臭などの臭いです。
 加齢臭にお悩みの方へ、
 解説いたします。
 視聴できないさくらんぼさんのために、
 放送内容をご紹介いたします。
      ■         ■
①加齢臭とは?
 脂肪が代謝されてできる、
 ノネナールという成分が原因とされています。
 食生活の欧米化で…
 肉や乳製品などの
 動物性脂肪を多く摂るようになりました。
 脂肪を多く摂ると…
 代謝されてできる原因物質が増えるので、
 加齢臭が気になるようになります。
      ■         ■
②加齢臭と体臭はちがう?
 体臭には、
 口臭、
 足の臭い、
 汗の臭い、
 タバコの臭いなど、
 さまざまな原因の臭いがあります。
 中高年になって強くなる臭いを…
 特に加齢臭と呼んでいるだけで、
 中高年にも、
 口、足、汗、タバコ、頭などの臭いがあります。
 いろいろな臭いがミックスされて、
 中高年特有の‘オヤジ臭’になることもあります。
      ■         ■
③加齢臭、体臭の原因とは?
 加齢臭は脂肪が原因となるノネナールという物質。
 体臭は、先ほども述べたように、
 さまざまな臭いの発生源があり、
 それぞれに原因があります。
 ある程度共通していることは、
 皮膚や体の細菌が悪さをして、
 臭いの原因となる物質を作ることです。
      ■         ■
④加齢臭や体臭の軽減法や治す方法は?
 私たち人間は、
 食べ物を食べて、
 消化・吸収をして、
 余ったものを排泄して生きています。
 哺乳動物はすべて同じです。
 どんなに可愛いペットのイヌでも、
 シャンプーをしないで…
 手入れを怠ると臭くなります。
      ■         ■
 老いも若きも…
 女性も男性も…
 基本的には臭いがする生き物です。
 イヌなどは、
 発情期になると、
 異性の臭いを求めてクンクンしています。
 私たちは、
 汗の臭いや足の臭いを‘くさい’と認識します。
 一番大切なのは、
 自分たちは臭いを出すと自覚することです。
      ■         ■
 自分の家や部屋には臭いがあります。
 でも、
 そこに住んでいると…
 臭いに気付かなくなります。
 ワキガの臭いがきつい方は、
 大部分が自分の臭いに気付いていないのです。
 過度に気にする必要はありませんが、
 毎日お風呂に入って、
 清潔にしていることが一番の解決法です。
      ■         ■
 わきが体質の方のように、
 臭いの原因がはっきりしている方は、
 医学の力で原因を取り除くことがきます。
 制汗剤で抑えられないような、
 異常な汗には、
 汗を抑える注射があります。
 毎日の生活の中で、
 さまざまな‘におい’があります。
 どうしても気になる方は、
 医療機関で相談なさってください。
 番組では他にも話すつもりです…
 ご期待下さい♪

投稿者 sapporobiyou : 21:27 | コメント (0)

2009年05月28日

札幌駅からの道順

 札幌美容形成外科へは、
 札幌市内以外の方もいらしてくださいます。
 遠いところから…
 遠路はるばるいらしていただき、
 ほんとうに、ありがとうございます。
 札幌駅前通りは、
 現在、地下歩道の建設工事中で、
 完成まであと2年かかります。
      ■         ■
 私が記憶している…
 この40年で、
 札幌駅前は大きく変わりました。
 高校2年生の、
 1971年に、
 地下鉄南北線が開通しました。
 昔は札幌駅前に、
 市電が走っていました。
 駅前には、
 国鉄バスのバスターミナルがありました。
      ■         ■
 JRで札幌へいらした時は、
 札幌駅の西改札口を出ていただきます。
 (札幌駅には西と東の2つの改札口があります)
 西改札口を出たら、
 左方向に進みます。
 そうすると…
 大丸デパートの入口が見えてきます。
 大丸には入らずに、
 そのまま出口へ進みます。
 そこが札幌駅南口です。
      ■         ■
 そのまま真っ直ぐ進んでいただき、
 交差点を渡ります。
 左側から札幌駅から出てきた…
 タクシーが来ますのご注意ください。
 タクシーが切れたら、
 信号が青になって渡れます。
 壁にTVがついたビルがあります。
 北海道銀行が入っています。
      ■         ■
 そのまま…
 駅前通りを進みます。
 左側に西武デパートが見えてきます。
 残念なことに、
 2009年で閉店が決まりました。
 このデパートは、
 もともと札幌の老舗(しにせ)、
 五番館(ごばんかん)として…
 栄えたデパートでした。
 販売不振とはいえ…
 とても残念に思います。
      ■         ■
 五番館の交差点を渡ると、
 ミズホ銀行があります。
 元は富士銀行だったところです。
 ミズホ銀行には、
 宝くじ売り場があります。
 この宝くじ売り場の前を通り過ぎて、
 少し先に…
 雪印パーラーがあります。
 この雪印パーラーのビル
 (スノー会舘ビル)
 の3階に…
 札幌美容形成外科があります。
      ■         ■
 駅前通りの写真を探していたら、
 札幌市写真ライブラリー
 1990年の写真を見つけました。
 当時は、
 まだたくぎんがありました。
 北海道拓殖銀行、
 とても懐かしい名前です。
 札幌美容形成外科へいらっしゃる時は、
 この道順を頼りにいらしてください。
 札幌市中央区北3条西3丁目
 電話:011-231-6666
 です。

mina090526-2.jpg
札幌駅南口から出たところ
駅前通りの左側を歩きます


mina090526-3.jpg
2つ目の交差点
ミズホ銀行と宝くじ売り場があります


090508-2.jpg
雪印パーラー
ここの3階です


mina1990.jpg
1990年の札幌駅前
札幌市写真ライブラリーから引用

投稿者 sapporobiyou : 18:19 | コメント (0)

2009年05月27日

アマの花開花

 JR札幌駅は、
 通称‘さつえき’と呼ばれています。
 2003年に現在の建物が完成し、
 駅周辺が大きく変わりました。
 デパートの大丸。
 ステラプレイス、
 JRタワーホテル、
 近くには、
 紀伊国屋書店、
 ヨドバシカメラがあります。
      ■         ■
 札幌駅には、
 大丸側の
 南口(みなみぐち)
 と
 反対側の
 北口(きたぐち)
 があります。
 札幌美容形成外科へいらしていただくには、
 大丸側の
 南口です。
      ■         ■
 ヨドバシカメラや北大は、
 北口です。
 北口には、
 札幌市消費者センターなどが入っている、
 エルプラザという建物や、
 その隣には、
 マンションが建っています。
 法務局や厚生労働省などが入っている、
 合同庁舎も
 北口にあります。
      ■         ■
 この北口がある、
 北8条通りで…
 昨年もご紹介した、
 アマの花が咲きました。
 青い…
 小さな…
 可憐(かれん)な…
 花です。
 北口には、
 南口のような、
 賑やかさはありませんが、
 ベンチも緑もあります。
      ■         ■
 エルプラザの公共施設は、
 無料で利用できるところもあります。
 札幌へいらしたら、
 ちょっと北口にも寄ってください。
 可愛いお花が咲いています。

mina090526.jpg
札幌駅南口
大丸の前の
ライラックの花

ki090526.jpg
札幌駅北口からの景色
正面に見えるビル(エルプラザ)の下に
アマの花が咲いています

ama09.jpg
アマとホップのフラワーロード
エルプラザ前

ama09-2.jpg
アマの花です

投稿者 sapporobiyou : 20:55 | コメント (0)

2009年05月26日

水虫の誤解

 まみ子師長さん♪ありがとうございました。
 私は、ず~っと…
 ボーリングの貸靴で水虫がうつったと思っていました。
 考えてみると…
 私に‘水虫=貸靴説’を教えてくれたのは…
 皮膚科の先生や看護婦さんではありませんでした。
 友人の一人が…
 貸靴なんか使うと…
 水虫がうつっちゃうよぉ~
 と言ったのを信じていました。
      ■         ■
 中学生までは、
 私に水虫はいませんでした。
 高校生の時になってから、
 (予防的に)こまめに薬をつけているので、
 その後は水虫になっていません。
 皮膚科で…
 薬をもらうために…
 検査してもらったこともありましたが…
 菌はいませんでした。
 (薬はいただけました…)
      ■         ■
 考えてみると…
 高校生になると…
 行動範囲が広がり…
 中学生とは違ったこともします。
 体育で柔道がありました。
 道場は畳敷きでした。
 柔道の授業では、
 素足でした。
 プール授業もありました。
 寒い寒い~
 プール授業でした。
      ■         ■
 プールにマットはありませんでしたが…
 体育館の横に、
 囲っただけの更衣室がありました。
 そこでも素足でした。
 いたるところに…
 水虫がうつる危険がありました。
 今回のインフルエンザ騒ぎでも…
 高校生が問題になりました。
 私は…
 部活動はしていませんでしたが、
 高校生になると…
 確かに行動範囲が広がりました。
      ■         ■
 足に水疱ができても…
 水虫という病気を知らなければ…
 水虫はわかりません。
 高齢のお年寄りに、
 爪がゴワゴワに肥厚(ひこう)
 =厚くなること
 した方がいらっしゃいます。
 水虫の可能性がありますが、
 検査しなければわかりませんし、
 放置されていらっしゃる方も多いと思います。
 水虫は皮膚科で診ていただき、
 まみ子師長さんに
 薬のつけ方を教わりましょう!

投稿者 sapporobiyou : 21:02 | コメント (0)

2009年05月25日

4人に1人は水虫患者

 平成21年5月25日、朝日新聞朝刊、
 生活欄の『あなたの安心』に掲載された記事です。
 4人に1人は水虫患者
 知っているようで、よく知らないのが水虫。
 白癬菌(はくせんきん)というカビが皮膚の一番外側の角質層(かくしつそう)にすみついて起こる。足の裏は角質層が厚いうえ、靴や靴下で高温多湿の状態となるため、白癬菌が寄生しやすいのだ。
 足の皮膚にできると「足白癬(あしはくせん)」。
①指の間が赤くはれたり、皮がむけたりする「趾間(しかん)型」
②足の裏やふちに水ぶくれができる「小水疱(しょうすいほう)型」
③足の裏やふちが硬くなる「角化(かくか)型」がある。
 爪が白く濁り、もろくなったり変形したりする「爪白癬(つめはくせん)」は足白癬をきっかけになることが多い。
 さて、水虫患者はどのくらいいるのか。
 日本臨床皮膚科医会は2007年4~5月、所属会員のいる皮膚科を訪れ、水虫以外の症状を訴えた男女3万4,730人の足を調べた。
 8,589人(24.7%)に水虫が見つかった。同会はこの結果をふまえ「日本人の4入に1人は足に水虫があると推測される」と発表した。その男女比は約6対4だ。
 家族に水虫の人がいる場合は、
▽よく掃除機をかける
▽バスマットを乾燥させる
▽スリッパを共有しない
  ―などで感染予防になる。
 スポーツジムや銭湯などでは湿ったマットが危ない。靴下を履く前に、乾いたタオルで足の裏をふこう。
 不幸にして水虫になってしまった時、趾間型と小水疱型で塗り薬を使う。かゆい時だけでなく、最低でも角質層が生まれ変わる1ヵ月は毎日塗ること。入浴後に塗るのが効果的という。角化型と爪白癬は医師が処方する飲み薬で治療する。毎日足を洗い、よく乾かすことは、予防にも治療にも大切だ。
 まもなく梅雨。市販の水虫薬を使う人が増える。ただ、水虫に詳しい「哲学堂くすのき皮膚科」 (東京都中野区)の楠俊雄院長は「水虫を疑って来る人の3人に1人人は違う病気。市服薬を2週間使って改善しなければ、皮膚科を受診し顕微鏡で白癬菌の有無を確認してほしい」。
 詳しい情報は水虫ちゃんねる(http://www.japan-foot-week.gr.jp/)で。

pi.jpg
(朝日新聞から引用)


      ■         ■


 私が高校一年生の時でした。
 同級生だった勝田くんが、
 本間…今度の日曜日にボーリングへ行こう!
 と誘ってくれました。
 …オレ、靴とかもってないし…
 と躊躇(ちゅうちょ)していると…
 …ボクだって持ってないよ…
 貸靴があるよ…
 と教えてくれました。
      ■         ■
 生まれてはじめてのボーリングは、
 散々なスコアーでした。
 どうしてプロはあんなに上手に…
 玉をころがして…
 ストライクなんかできるのかなぁ~?
 と思っていました。
 そのはじめてのボーリングで借りた靴が原因で、
 私は水虫になりました。
      ■         ■
 趾間型(しかんがた)だったので…
 最初は…
 足の4趾(くすりゆび)
 と5趾(こゆび)
 の間が、
 何かふやけたようになって…
 どうしたんだろう…?
 と思っていました。
 なかなか治らないので、
 父親に言ったところ…
 水虫の薬をくれました。
      ■         ■
 当時は自宅に風呂がなく、
 銭湯に通っていました。
 ボーリングの靴で…
 水虫になったと気付いたのは、
 ずっと後になってからです。
 銭湯でも移る可能性はありますが…
 私は貸靴が原因だと思っています。
      ■         ■
 皮膚科の講義で、
 水虫は症状が快くなっても…
 最低4週間は…
 薬を塗り続けなさいと教わりました。
 臨床実習では、
 顕微鏡で白癬菌も見せていただきました。
 最初は靴下の繊維なのか…
 水虫の菌糸なのか…
 区別がつきませんでした。
 白い繊維状の水虫菌を見ました。
      ■         ■
 いいことかどうかわかりませんが…
 私は、
 スポーツクラブや…
 温泉から帰ったら…
 必ず…
 水虫の薬を…
 予防的に塗っています。
 もう、二度と水虫にはなりたくないので。
 皮膚科の先生、
 まみこ師長さん、
 間違った使い方だったら訂正してください。

投稿者 sapporobiyou : 20:44 | コメント (0)

2009年05月24日

盧 武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の死を悼む

 韓国の盧 武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領が
 お亡くなりになりました。
 心からご冥福をお祈りいたします。
 私たち形成外科医にとって…
 忘れられないのが、
 2005年2月に受けられた、
 眼瞼下垂(がんけんかすい)の手術です。
      ■         ■
 二重瞼にした…
 と評判になりましたが、
 眼瞼下垂症の手術です。
 大統領の手術で、
 眼を手術するということが…
 一般の方に広く知られるようになりました。
 昨年の国際美容外科学会で、
 高須克弥先生から感謝状が出ました。
      ■         ■
 私は大統領ご自身のことについては、
 よく存じません。
 報道によると、
 貧農の子として生まれ…
 商業高校を卒業。
 苦労して司法試験に合格。
 弁護士として活躍中に、
 国会議員に抜擢され…
 選挙で落選も経験し…
 苦労を重ねられた…
 人生だったと想像しています。
      ■         ■
 手術前の写真も…
 手術後の写真も…
 とても優しそうな表情の方でした。
 家内もとてもがっかりしていました。
 女性に人気があった政治家です。
 眼瞼下垂症手術で、
 より優しそうな目になりました。
 政治家も…
 眼瞼下垂症手術でイメージが変わります。
      ■         ■
 イメージが良くなるだけではなく…
 視界が広がり…
 世の中がよく見えるようになります。
 『明るくなった!』とよく患者さんが言われます。
 残念なことに…
 日本の政治家には、
 眼瞼下垂症の方がたくさんいらっしゃいます。
 お一人でも…
 勇気を出して…
 手術を受けていただきたいと思います。
      ■         ■
 そうすると…
 イメージが良くなるだけではなく…
 世の中がよく見えるようになります。
 先日の代表選挙で破れた…
 民主党の方も、
 私は眼瞼下垂症だと思います。
 おそらく肩こりもある筈です。
 手術で女性票が増えます。
      ■         ■
 遺書にあった、
 運命という言葉を重く感じます。
 清廉潔白(せいれんけっぱく)だったと…
 私は信じたいと思います。
 眼瞼下垂症手術を広めてくださって、
 ありがとうございました。
 ノ・ムヒョン前大統領のご冥福を
 心からお祈り申し上げます。

投稿者 sapporobiyou : 16:43 | コメント (0)

2009年05月23日

山形からのお便り♪

 毎日コメントをいただいていたさくらんぼさん
 5月17日で卒業?されてしまったので、
 たくさんの方が残念に思っていらっしゃいます。
 5月19日にはイヌ好き様から、
 心あたたまるコメントをいただきました。
 ありがとうございました♪
 この場を借りてお礼申し上げます。
      ■         ■
 さくらんぼさんはお元気です。
 私も昨年まで知らなかったことですが、
 美味しい果物を作るには…
 信じられないほどの…
 手間ひまがかかります。
 今、山形では…
 猫の手も借りたいほどお忙しいそうです。
      ■         ■
 さくらんぼさんご一家が作られる
 果物は世界一です。
 その世界一の果物を作るのは、
 すべて人の手です。
 りんごは木を植えて、
 肥料を与えれば…
 実がなるものだと思っていました。
      ■         ■
 ところが…
 一個の大きなりんごを作るには…
 摘果といって周りの小さな実をとって…
 中心の一個だけを残すのだそうです。
 これ…
 すべて人の手でしなければ…
 機械ではできません。
 しかも…
 りんごの実は高いところにあります。
      ■         ■
 りんごの他に…
 さくらんぼ
 ラ・フランスも…
 ブドウもあります。
 どれも高いところの作業です。
 私たちの想像を超えた…
 大変な作業です。
      ■         ■
 さくらんぼさんからのメッセージです。
 山形は
 加温ハウスサクランボは色付きはじめ
 露地物は
 来月半ば過ぎ佐藤錦が
 小さな恋人サクランボとして収穫されます。
 りんごの摘果
 ラ・フランスの摘果
 ブドウのジベレリン処理
 草刈りなど
 猫の手も借りたいほどの忙しさで
 しばらく commentお休み戴いています。
 ご心配おかけしてすみません。
 山形にもぜひいらしてください。
 イヌ好き様へ
 さくらんぼより
      ■         ■

5-5fuji.jpg
 ふじりんごの花
 (2009年5月5日)


5-22fuji1.jpg
 摘み採る前のふじの幼果
 中心果だけ残し
 手で回りの実を摘み採り
 後日 仕上げ摘果します
 (2009年5月22日)


5-22fuji2.jpg
 摘果後の幼果
 (2009年5月22日)


■         ■


昨年送っていただいた写真です。


ap1.jpg
 千秋(センシュウ)というリンゴの花
 (2008年5月4日)


ap2.jpg
 紅玉というリンゴの花
 (2008年5月6日)


ap3.jpg
 摘花後のリンゴ
 (2008年5月17日)


ya-5.jpg
 果樹園の風景
 (2008年5月17日)

投稿者 sapporobiyou : 21:42 | コメント (0)

2009年05月22日

帽子とマスク

 手術室に入ることを、
 入室(にゅうしつ)と言います。
 手術室に入った時間を…
 入室時間(にゅうしつじかん):
 午前8時45分などと…
 記録します。
 ICU(あい・しー・ゆー)(集中治療室)も、
 入室と言います。
      ■         ■
 手術室やICUに入る時は、
 帽子とマスクを着用します。
 私が医学生だった…
 30年前から同じです。
 変わったのは…
 帽子とマスクの素材です。
 30年前は…
 帽子もマスクも綿100%で、
 手術着と同じような材質でした。
      ■         ■
 帽子やマスクを着用する理由は、
 おそらく、
 私たちの髪が落ちたり、
 咳(せき)などによって、
 口の中の…
 ばい菌
 手術室に入れるのを防ぐためだと思います。
 私たちの髪には…
 花粉の時期になると…
 目に見えない花粉がついています。
      ■         ■
 どんなに毎日歯磨きをしても…
 私たちの口の中には、
 たくさんの細菌がいます。
 老人医療で
 口腔(こうくう)ケアーの重要性が言われるのも、
 口の中をキレイに保つためです。
 ですから…
 帽子もマスクも…
 自分の汚いものを…
 他に移さないのが主目的だと思います。
      ■         ■
 私が知っている美容外科の先生に、
 時間が短い手術でしたら…
 帽子もマスクもなさらない方がいらっしゃいます。
 美容外科医としては、
 長い経験を持った方です。
 その先生の手術で…
 感染してトラブルになった例はありません。
 意外と…
 帽子やマスクなしで手術をしても、
 問題が無いのかも知れません。
      ■         ■
 今の法律では、
 自動二輪車のヘルメットのように…
 手術中は…
 常に帽子とマスクを着用しなさい!
 という規定はありません。
 昔の綿のマスクは、
 顔への密着が今より少なく…
 すかすかしていて呼吸が楽でした。
 外科手術の後で、
 術後感染が問題になったのは、
 抗生物質の乱用が一因と言われています。
 マスクより…
 薬の使い方が感染の原因のような気もします。

投稿者 sapporobiyou : 20:57 | コメント (0)

2009年05月21日

インフルエンザとマスク

 昨日コメントをいただいた、
 インフルエンザとマスクのことが、
 今日の朝日新聞朝刊に掲載されていました。
 「マスクで予防」過信禁物
 「ウイルス髪や服にも」
 新型の豚インフルエンザの感染が広がる関西以外の地域でも、マスクを着けた人が目立ち始めた。薬局・薬店では品薄になるところも。日本では個人ができる感染予防策として定讐しているが、海外では様子が違うようだ。専門家から「期待しすぎないで」との声も出る。
 インフルエンザは、感染した人がくしゃみなどをした際に飛ぶしぶき(飛沫ひまつ)を周囲の人が吸い込むことで感染していく、とされる。
 外岡立人・元北海道小樽市保健所長はマスクについて、 「着ければ安全、と期待しすぎないほうがいい」。ウイルスを含んだ他人の飛沫が口から入るのを防ぐことができても、髪や衣服などに飛び散っている可能性もある。衣服などに付着したウイルスに触った手を口に運べば、そこから感染することもある。
 北里大学の和田耕治助教(公衆衛生学)らの実験によると、季節性インフルのウイルスは、不織布製マスクの表面上で8時間、感染力を持った状態が続いていたという。
 国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長も、症状があったり、感染した人と濃厚に接触したりした人が、周囲に感染を広げないために着ける場合に意味があると指摘する。
 欧米、日本でも共通してあげられているのは「せきエチケット」。せきやくしゃみをする際はティッシュで鼻と□を覆い、使用したティッシュはすぐにごみ箱へ。そしてすぐに手を洗ってウイルスを洗い流す。英国政府は「自分を守るとともに周囲に広がりを防ぐため」と説明する。
 日本政府が今年2月につくったガイドラインでは、市区町村は住民らにマスク善用を勧めることになっている。
 ただ、政府の対策本部専門家諮問委員会が、神戸市の高校生らの新型インフル感染が確認された16日に出した「基本的対処方針」では、人込みでのマスクの着用を勧める一方、「屋外では相当な人込みでない限り、着用する意味はない」と詳しく説明した。
 英国政府が一般市民向けにつくったパンフレットでは、マスクについて「感染を防ぐという科学的根拠はない」と明記。世界保健機関(WHO)はマスク着用を医療関係者に勧めるが、市民には「□と鼻を触るのを控える」「人ごみを避ける」といった対策のほうがマスクよりも重要かも知れないと呼ぴかける。
 着用する人
 海外まばら
 アジアで最初の感染考が確認された香港。玄関口の香港国際空港では20日、入管や空港職員の大半がマスクで顔の半分を覆い、乗客にはマスクを無料で配っていた。
 だが、到着する乗客の大半はマスクをしていない。台湾から来たツアーガイドの男性は「2003年のSARS(新型肺炎)の時のように深刻ならともかく、まだマスクが必要とは思えない」と話した。
 香港や中国本土では街中でもマスク姿はほとんど見かけない。韓国も同様だが、例外は日本からの観光客。マスク姿でソウルの繁華街や高級ホテル周辺を歩き、珍しがる地元テレピ局からインタビューを受けたりしている。
 欧米の多くの国ではもともとマスクをする習慣がなく、薬局でもあまり売っていない。マスクをしているのは主にアジア系の人たちだ。
 一方、最初に感染が広がったメキシコでは政府がマスクの着用を奨励。買い求める人が薬局に殺到し、品薄になって価格が急騰する事駅が起きた。
 (香港=奥寺淳、ソウル=箱田哲也)
 各地で完売・品薄
 「石油ショック騒ぎのよう」
 マスクを探し、コンピニエンスストアなど6軒をまわった恵京都墨田区の出版社勤務の女性(32)は、とうとう手に入れられなかった。「全滅でした。薬局も売り切れ。首都圏で患者が出たと聞いて、すごく不安です』と話す。
 都内の薬局や薬店の店頭などからマスクが姿を消したのは、大阪府で感染者が確認された翌日の18日ごろからだ。箱入りの徳用マスクをまとめ買いする人たちの姿も目立っているという。
 在庫が尽き、「売り切れ」の張り紙を出した東京・銀座の薬局店主は「石油ショックのころ、トイレットペーパーがなくなった騒ぎを思い出す」と言った。
 日本衛生材料工業連合会によると、国内で年間に消費されるマスクは約20億枚。花粉症対策で3月まで大量生産され、4、5月は生産量を4分の1以下に落すのが普通だ。3月末時点で約1億枚の在庫があったが、今はほぽ底をついているという。
 急激な需要増に、医療品メーカー大手の興和(名古屋市)は、5月上旬だけで例年の5月分の約40倍を出荷。休日返上で生産しているが、それでも「追いつかない」という。
 品不足を反映し、インターネットのヤフーオークションでは16日、1980円で始まった医療用マスク50枚1箱の入札が、1万7千円にまで跳ね上がったケースもある。
 しかし、大手ドラッグストアチェーンの多くは、各店に週数回、数十個の入荷がある。大手コンビニエンスストアも在庫を確保できているという。一部の人や企業が買い占めをしなければ、必要な枚数は行き渡るようだ。
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 長い記事を引用いたしました。
 どうやら…
 マスクでインフルエンザを予防しようというのは…
 無理なようです。
 自分が罹った時に…
 他人に移すのを防ぐには、
 効果があるようですが、
 予防にはやはり手洗いとうがいでしょうか?
      ■         ■
 私が院内感染対策委員をしていた時に、
 ためになることを教わりました。
 『鼻くそをほじらない!』
 あ~ら、
 私はそんな下品なことはいたしませんゎょ…
 とおっしゃるかたには関係ありません。
 私たち医療従事者の手には、
 さまざまなばい菌が付きます。
      ■         ■
 不用意に指で鼻腔を触ると…
 そこにばい菌をつけてしまいます。
 当時問題になっていたのが…
 MRSA(えむあーるえすえい)の
 鼻腔内保菌者でした。
 ある程度の頻度で鼻腔内に
 MRSAを持っている医療従事者がいました。
 一度ついてしまうとなかなかとれません。
      ■         ■
 インフルエンザ対策は、
 マスクよりも手洗い。
 鼻に指を入れる前には、
 十分に手を洗って、
 清潔にしてから、
 『鼻くそをほじり』ましょう。
 マスクをするよりも…
 外から帰ったらまず手を洗うことです。
 鼻炎で鼻が痒くても、
 やたらに触らないことです。

投稿者 sapporobiyou : 17:23 | コメント (0)

2009年05月20日

新型インフルエンザ2009

 少し古くなりましたが、
 平成21年5月14日、朝日新聞朝刊の記事です。
 オピニオン_私の視点
 新型インフル_検疫より国内態勢整えよ
 木村もりよ
 医師、厚生労働省検疫官
 成田空港の飛行機内の検疫で、大阪市の高校生らが新型インフルエンザに感染していることが見つかり、政府は「水際作戦」をさらに徹底するという。今回のことは、ウイルスの国内侵入を未然に防いだ成功例に見えるかもしれないが、実は無意味で、この労力は国内対策の充実に向けるべきだと考えている。
 まず、新型インフルエンザの潜伏期間は最長1週間とされ、短期間の旅行や出張で帰国する人は検疫で把握することが難しい。いまの機内検疫はインフルエンザが広がっているメキシコ、米国、カナダからの直接の帰国者が対象で、これらの国から別の国を経由して帰国すれば対象にはならない。ウイルスはすでに国内に入っていると見るべきだ。
 世界保健機関(WHO)も5月7日に改めて見解を示し、①検疫に疾患の広がりを減らす機能はない②国際交通に大きな影響を及ぼす方策をとる国はWHOに公衆衛生的な理由と、効果があるという証拠を提出しなければならない――としている。
 この無意味な検疫のために、多くの医療関係者が動員され、防護服と息苦しいマスクをつけて朝から晩まで働いている。検疫のために、体温がわかるビデオカメラのようなサーモグラフィーを1台200万円超で151台も購入している。
 秋以降に本格化するとみられる国内での感染の広がり(第2波)と、今後、強毒化する可能性を考えれば、機内検疫で使っている労力や資金は、「発熱外来」をはじめとした国内態勢の整備に向けるべきだ。
 日本の医療機関の多くは個室の診察室がなく、通常の外来とは別に新型インフルエンザの疑いがある患者を診る場所が必要だ。そのため、公立病院などに、ウイルスの拡散を防ぐため、外よりも気圧が低い「陰圧室」を持つプレハブを建てる。
 体調が悪い人は、まず、自宅静養をする。そのうえで、どうしても薬がほしい、重症化しそうだという患者は、発熱外来に来てもらう。
 問題は、コレラやチフスの流行を受けて半世紀以上も前に作られた検疫法が今も生きていることにある。この法律は、患者が発生した船を浦賀沖に留め置いた悠長な時代のものだ。検疫法は厚生労働省が所管しているが、国内で患者が発生した後は都道府県が実質上の実施主体である感染症法での対応になる。ただ、都道府県は財政難でもあり、対策のための資金がすぐに出てこない。
 今のままでは、第2波が来たときは同じ検疫の繰り返しになる。新型インフルエンザが検疫法に入っている以上身動きが取れない。新型インフルエンザ、新型肺炎SARSや天然痘など、社会機能をマヒさせるかもしれない感染症については、改めて法律を作り、厚労省が直轄で国内対策にも取り組める体制が必要だ。
      ◇         ◇
 米ジョンズ・ホプキンス大公衆衛生大学院疫学部修士課程修了。近著に「厚生労働省崩壊 「天然痘テロ」に日本が襲われる日」。
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 この木村先生の記事が出たのが、
 先週の木曜日です。
 先生が原稿を執筆されたのは…
 それより数日前だと予測されます。
 今、新型インフルエンザは、
 関西を中心に広まっており、
 札幌で感染が確認されるのは、
 時間の問題だと(私は)思います。
 木村先生の予想通りに感染が拡大しています。
      ■         ■
 木村先生は
 お医者さん向けのm3.com(エムスリードットコム)で
 咳エチケットを徹底して、
 発熱や咳がひどい時には
 学校や会社を休む、
 具合が悪かったら自宅で静養する、
 それでもどうしても具合が悪かったら、
 「ここの病院に行ってください」、
 こうしたことを
 国は繰り返し国民に訴えればいいだけです。
 今やるべき対策は非常にシンプルです。
 と述べられています。
      ■         ■
 お医者さんの間では…
 厚生労働省の対応は、
 きわめて不評です。
 国は予算の使い方を間違っています。
 今の世の中…
 お金がなくて医療機関にかかれない人が、
 たくさんいることを認識すべきです。
 マスクに効果があるのなら…
 タダでたくさん配るべきです。
      ■         ■
 私は昔から…
 ファッションなどには疎く(うとく)
 流行遅れもいいとこなのですが…
 インフルエンザや風邪には、
 真っ先にかかっていました。
 インフルエンザワクチンは、
 毎年必ず2回打っています。
 今回はワクチンが入手できないので、
 手洗いをいつも以上にして、
 体力を消耗しないように…
 健康管理に気をつけます。

投稿者 sapporobiyou : 15:58 | コメント (0)

2009年05月19日

単純性血管腫(たんじゅんせいけっかんしゅ)

 単純性血管腫(たんじゅんせいけっかんしゅ)は、
 いわゆる赤アザのことです。
 日本形成外科HPの記載は、
 単純性血管腫はポートワイン血管腫とも呼ばれ、
 真皮の毛細血管の局所異常で、
 通常皮膚の膨隆を伴わず明瞭な境界線があり、
 均一の紅斑を呈します。
      ■         ■
 色は明るいピンク色から濃い紫色まであります。
 その血管腫の主病変が真皮のどこに位置するかで、
 浅在性、
 深在性、
 びまん型に分類されます。
 発症は生下時よりみられ自然消退しませんが、
 皮膚の厚さが加齢に伴って厚くなるため褪色する場合もあります。
 しかし反対に色が濃くなったり、
 腫瘤を形成する場合もあります。
      ■         ■
 発生の頻度は、
 男性より女性に多く、
 好発部位は顔面と頸部ですが、
 四肢にも比較的多く見られます。
 治療としては現在では
 色素レーザー治療が第一選択となっています。
 (以上、日本形成外科HPより引用)
      ■         ■
 ちょっと難しい表現ですが、
 生まれつき顔や首などにある、
 赤い色をしたアザが、
 単純性血管腫だとお考えください。
 写真を掲載してほしいというご要望がありましたが、
 残念なことに…
 掲載許可をいただいた写真がありません。
 ネットで検索すると出てきます。
 昨日の苺状血管腫も同じ理由で写真はありません。
 申し訳ございません。
      ■         ■
 苺状血管腫はふつう生まれつきありません。
 最初に出た時は、
 私たちにもわからないこともあります。
 ちょっとした…
 ぽつんとした…
 赤い斑点のこともあります。
 単純性血管腫は、
 はっきりとわかるものが大部分です。
      ■         ■
 この単純性血管腫にも…
 キャンデラ社の
 Vbeam(ブイビーム)というレーザーが、
 とてもよく効きます。
 残念なことに…
 日本で保険適応になるには、
 厚生労働省の承認が必要です。
 この承認がまだ下りていないのです。
 発売されてから…
 5年近くになるのに、
 まだ正式に認可されていません。
      ■         ■
 保険医療機関では、
 未承認の医療機器を使って、
 保険診療はできません。
 せっかくよい機器があって、
 それでたくさんの赤ちゃんが救われるのに…
 ‘承認がないので保険外です’は
 とても残念なことです。
 一日も早く承認が下りることを願っています。
 あざのレーザー治療は
 札幌スキンケアクリニック
 いぐち皮フ科形成外科クリニック
 林形成外科クリニック
 をおすすめいたします。

投稿者 sapporobiyou : 21:55 | コメント (0)

2009年05月18日

苺状血管腫(いちごじょうけっかんしゅ)

 昨日は日帰りで東京へ行ってきました。
 年に一度のキャンデラユーザーズミーティングです。
 昨年さくらんぼさんから、
 舌を噛みそうな題名とコメントをいただきました。
 確かにその通りですね。
 キャンデラは米国に本社がある、
 レーザー機器の会社です。
 日本法人は1989年に設立されました。
 数あるレーザー機器の会社の中でも、
 地道に研究開発を重ねている、
 真面目な会社だと思います。
      ■         ■
 私たち形成外科医は、
 アザの治療を専門としていました。
 形成外科はメスを使って切除したり、
 組織を移植したりして、
 アザを治療してきました。
 ところがメスを使う治療には、
 限界があります。
 ちょうど私が医師になった…
 1980年頃からレーザー機器の研究開発が進みました。
      ■         ■
 現在、日本でレーザー治療の権威
 と言われる先生は…
 この頃から…
 地道に治療を続けられた先生です。
 昨日の研究会で、
 あらためてレーザー機器の進歩が、
 素晴らしいものであることを再認識しました。
 また、
 まだまだ発展する可能性があることも…
 よく理解できました。
      ■         ■
 苺状血管腫(いちごじょうけっかんしゅ)
 という‘病気’があります。
 私たちが医師国家試験を受けた頃は、
 自然に治るので治療の必要がないが○でした。
 すぐに治療が必要であるは×と習いました。
 日本形成外科HPを読んでも…
 残念なことに…
 自然に治癒することが…
 と書かれています。
      ■         ■
 私はもし、自分の身内に…
 この苺状血管腫が見つかったなら…
 すぐにレーザー治療を受けさせます。
 苺状血管腫は…
 赤ちゃんの病気です。
 レーザー機器の進歩で、
 画期的に治るようになりました。
 小児科の先生や、
 保健師さん、
 看護師さん、
 には自然治癒というのを…
 固く信じていらっしゃる方も多いようです。
      ■         ■
 確かに赤みは消えますが…
 シワシワのスポンジ状のような…
 痕が残ることがあります。
 また、
 血管腫が大きくなって、
 変形が残ることもあります。
 赤ちゃんの時に起こる、
 血管の異常増殖が原因なので、
 できはじめのほんの小さなうちに…
 レーザー治療をすると…
 驚くほどきれいに治ります。
      ■         ■
 治療開始が早ければ早いほど…
 治療回数が少なくて済みます。
 この苺状血管腫に…
 一番よく効くのが…
 キャンデラ社の
 Vbeam(ブイビーム)というレーザーです。
 赤ちゃんの肌に、
 ぽつんと赤い斑点があったら、
 ちょっと苺状血管腫のことを…
 思いだして下さい。

投稿者 sapporobiyou : 21:35 | コメント (0)

2009年05月17日

函館の想い出⑦

 函館にはお鮨以外にも…
 美味しいお店がたくさんありました。
 先生、美味しいカレーがある
 と教えていただいたのが…
 小いけのカレーでした。
 函館山のふもと近くの
 宝来町(ほうらいちょう)というところにありました。
      ■         ■
 最初に赴任した、
 昭和57年(1982年)には、
 創業者である故小池義次郎様がお元気でした。
 お店奥の厨房で、
 寡黙に料理を作られていたのが印象的でした。
 評判通りに美味しいカレーでした。
 私は北大生協のカレーや
 ハウスのカレーでも、
 十分に美味しいと思いますが、
 ここのカレーは格別でした。
      ■         ■
 「洋食の小いけ」として有名でした。
 カレー以外のカツレツも
 美味しかった記憶があります。
 お店はどちらかというと地味で、
 場所も電車通りから少し入った…
 目立たない場所にありました。
 今は、
 二代目のご子息が継承されているようです。
      ■         ■
 ネットで検索すると…
 印度カレー小いけがありました。
 もう一つ…
 元祖インドカレー小いけというお店もあるようです。
 こちらの元祖小いけは、
 創業者の使用人が受け継ぎ、
 「小いけ本店」は
 創業者のご子息がその後、
 近くに起業したらしい
 とネットに記載がありました。
 味は元祖小いけの方が…
 元の小いけの味らしい…?です。
 伝統の味を継承するのは、
 なかなか難しいものがあります。
      ■         ■
 その他にも…
 函館にはたくさんの美味しいお店があります。
 今は、もっと…
 おいしいお店が増えていることと思います。
 私が住んでいた頃は、
 函館ドックも…
 北洋漁業も…
 まだまだ盛んな時代でした。
 私の大好きな街、
 函館が…
 もっともっと…
 元気になってほしいと願っています。

投稿者 sapporobiyou : 17:34 | コメント (0)

2009年05月16日

函館の想い出⑥

 函館の想い出で忘れられないのは、
 何と言っても…
 美味しいお鮨です。
 今は函館にも回転寿司がありますが、
 私が住んでいた20年前には、
 まだ、あまりありませんでした。
 函館には、
 たくさんの有名なおすし屋さんがあります。
 ただ、小さな子ども連れで…
 気軽に行けるところは…
 なかなか見つけるのは大変でした。
      ■         ■
 私は湯の川にあった、
 鮨長(すしちょう)さんという…
 小さなおすし屋さんへ行っていました。
 最初に函館へ行った…
 昭和58年(1983年)に、
 マツダ自動車のショールームへ行って、
 そこのセールスさんに紹介していただきました。
 マツダの車は買いませんでしたが…
 紹介していただいたおすし屋さんには、
 長い間お世話になりました。
      ■         ■
 湯の川にホテル新松という旅館があり、
 そこの斜向かいの床屋さんの隣が、
 鮨長さんでした。
 中村さんというご主人が、
 奥さんとお二人で
 おすし屋さんをなさっていらっしゃいました。
 お嬢さんがお二人いらしゃいました。
 ちょうど子どもが生まれて、
 子育てに苦労していた私たちには、
 よき人生の先輩でもありました。
      ■         ■
 ご主人が握ってくださる
 お鮨も最高でしたが、
 奥様が作ってくださったお吸い物が…
 これまた最高でした。
 お給料が出た後とか…
 実家から親が来た時とか…
 お客さんがいらした時とか…
 回数は多くはありませんでしたが、
 よく利用させていただきました。
      ■         ■
 私も家内もお鮨が大好きで、
 家内はお鮨が食べたいから…
 北海道へお嫁に来た!
 というほどです。
 結婚する前も…
 フレンチや
 イタリアンの
 レストランなんて…
 行ったことはありませんでした。
 札幌ではお鮨かラーメン。
 大阪では、
 うどんかお好み焼きでした。
      ■         ■
 函館の鮨長さんに…
 もう一度行きたいと思っていたのですが、
 残念なことに…
 おすし屋さんがあった場所は、
 道路の拡張工事でなくなっており…
 検索してもわかりませんでした。
 美味しいお鮨の想い出といっしょに…
 ご夫婦で仲良く…
 鮨店を切り盛りされていた、
 中村さんの笑顔が忘れられません。

投稿者 sapporobiyou : 21:24 | コメント (0)

2009年05月15日

函館の想い出⑤

 泥棒に入られた後も、
 函館の人たちは親切でした。
 警察では、
 防犯について教えていただきました。
 当時…
 私のように泥棒に入られる家が…
 連続してありました。
 札幌へ帰ってきてから…
 少年の窃盗団が捕まったと報道されました。
 指紋が一致しなかったのか?
 私には泥棒が捕まったという知らせは、
 ありませんでした。
      ■         ■
 警察の話しでは…
 少年犯罪の検挙はなかなか難しく…
 現行犯でなければ、
 逮捕するのは困難だと話されていました。
 靴の足跡や、
 手口から、
 少年らの犯行と推測されたようです。
 平松様からいただいたコメントのように、
 少年犯罪には難しいものがあります。
      ■         ■
 警察で教えていただいた教訓です。
 ①泥棒が入りやすい家がある。
 ②泥棒に‘留守’を教えている家がある。
 ③泥棒が入りにくい家にする方法がある。
 でした。
 たけさんからいただいたコメントのように…
 奥さんは病院で仕事している間怖かった…
 らずべりーさんからいただいたコメントのように…
 道路沿いなのもあったのでしょうか…
 泥棒さんの嗅覚なんでしょうか…
 平松さんからいただいたコメントのように…
 道路沿いの角地…
 警察から気をつけるように言われた…
      ■         ■
 私が住んでいた家は、
 これらがすべて該当(がいとう)していました。
 中央病院の先生の家
 と書かれていたのではありません。
 他と違っていたところでは…
 札幌ナンバーのマークⅡがとまっていた。
 でも、私の家の2階は、
 南茅部からいらした社長さんの、
 立派な白いクラウンでした。
 函館ナンバーの白いクラウンでした。
 問題は一階でした…
      ■         ■
 家内は用心深い人で、
 ちょっと外出するにも…
 必ず鍵をかけていました。
 夜は電気を消して…
 外出時にも、
 電気を消していました。
 つまり車が無くて…
 電気が消えていれば…
 留守を泥棒に知らせているようなものでした。
      ■         ■
 一番の問題点は、
 泥棒が入りやすい侵入口があったことでした。
 隣家との間は…
 狭い通路で…
 人がいても道路や家から見えない位置でした。
 そこに、トイレの窓がありました。
 そういう侵入口があり、
 入りやすい家を、
 泥棒は‘仕事’がない昼間に…
 普通の格好をして、
 下見をしているのだそうです。
      ■         ■
 泥棒は…
 留守になった私の家を狙って…
 深夜にやってきました。
 家の前は五稜郭公園のお堀です。
 誰にも見られません。
 お隣の家からも、
 トイレの窓から侵入するところは見えません。
 誰もいない家に入って、
 堂々と?現金だけを狙ったのでした。
 見つかっても…
 五稜郭公園に逃げる方法がありました。
      ■         ■
 家内は、
 泥棒に入られた家で…
 私が当直の夜などに、
 もし、また泥棒が来たら…?
 と思うと安心して眠れないと言いました。
 私は湯の川にあった、
 セキュリティハウスという、
 防犯の専門店へ行きました。
 店主の村山様が、
 親切に防犯について教えてくださいました。
      ■         ■
 外出する際に…
 電気を全部消さず、
 何かテレビかラジオの音がするだけでも違うと…
 教えていただきました。
 泥棒が…
 入りにくい家は、
 居るのか…?
 居ないのか…?
 わかりにくい家だそうです。
      ■         ■
 借家だったので、
 防犯装置はつけられませんでしたが、
 大家さんが、
 トイレの窓に柵をつけてくださいました。
 いろいろな防犯装置があることを、
 その時に勉強しました。
 函館で泥棒に入られたおかげで…
 防犯に対する認識ができました。
 札幌美容形成外科には…
 SECOMの監視カメラもついています。
 セキュリティにお金をかける大切さを、
 函館で知りました。

secom.jpg
SECOMに守っていただいています

投稿者 sapporobiyou : 20:32 | コメント (0)

2009年05月14日

函館の想い出④

 楽しいことばかりだった函館にも、
 忘れられない嫌な想い出があります。
 泥棒に入られたことです。
 1988年8月、
 私は一週間の夏休みを、
 濱本淳二先生からいただきました。
 家内の両親が住んでいた、
 大阪府吹田市(すいた)に行きました。
      ■         ■
 当時は関西国際空港はなく
 (1994年9月4日開港です)、
 大阪国際空港(伊丹空港)が関西の空港でした。
 家内の両親は、
 伊丹空港まで出迎えてくれ、
 『よう来たなぁ!』と
 大歓迎してくれました。
 義父は国鉄を定年退職し、
 大鉄工業というJR西日本の軌道工事をする、
 大阪支店大阪営業所長をしていました。
 会社近くのマンションに住んでいました。
      ■         ■
 大阪は暑いなぁ~~
 と言いながら、
 エアコンをつけて寝ていました。
 (北海道ではエアコンをつけて寝るのは
 一般的ではありません)
 深夜0時過ぎでした…
 函館から電話がありました。
 『こんばんは、函館の…』
 お隣のゆりちゃんのお母さんからでした。
      ■         ■
 『夜遅くにごめんなさい』
 『中央病院の看護婦さんに聞いてお電話しました』
 今のように携帯電話はありません。
 私たちが持っていたのはポケットベル。
 それも北海道内だけがエリアでした。
 ゆりちゃんのお母さんは、
 看護婦さんでした。
 大阪の家内の実家に行くことは、
 話していたようですが、
 連絡先までは知らせていませんでした。
 とっさに‘病院の詰所だったらわかる…かも?’
 と聞いてくださったのでした。
      ■         ■
 『今、本間さんの家に泥棒が入っているみたいです。』
 『110番して、主人が見に行っています。』
 『石を踏む音がして…』
 『お留守な筈なのに、電気が点いたんです。』
 どろぼう?
 眠気は一気に吹っ飛び、
 私たちは大パニックになりました。
 さぁ大変。
 貴重品は?
 何がどこにある??
 通帳と印鑑は???
      ■         ■
 110番で警察が来てくださり、
 犯人は玄関から逃走した後でした。
 警察に連絡をすると、
 被害届けを出さなければいけないとのことでした。
 深夜の大阪で、
 眠れぬ一夜を明かしました。
 当時はネットもないので、
 PCで飛行機の予約状況もわかりません。
 唯一できたのが、
 プッシュホンによるダイアル予約でしたが、
 それも夜間は運用停止でした。
      ■         ■
 眠れぬ夜を明かして…
 私だけ函館へ戻ることになりました。
 朝一番で全日空予約センターに電話しました。
 残念なことに、
 飛行機は満席。
 大阪→東京も
 東京→函館も満席です。
 すぐに伊丹空港へ向かって、
 空席待ちの券をいただきました。
 運良く…
 最後の一人で東京行きに乗れ、
 羽田でまた空席待ちでした。
      ■         ■
 羽田でも運良く空席ができ、
 函館行きに乗れました。
 お昼過ぎには函館に到着し、
 五稜郭のアパートに行ってみると…
 わが家には、無残に足跡が残っていました。
 犯人は複数犯でした。
 指紋を採取していただき、
 私の指紋も取られました。
 盗まれたのは現金でした。
      ■         ■
 被害届けは…
 一万円札が何枚、
 五千円札が何枚、
 千円札が何枚、
 500円が何枚、
 百円が何枚、
 50円が何枚、
 10円が何枚、
 と全部記入しなくてはいけません。
 こんなこと?
 私にはわかりませんでした。
      ■         ■
 家内に電話しながら、
 被害届けを書きました。
 現金の被害も大変でしたが、
 貴重な私の夏休みの一日と
 大阪⇔函館の航空券代が痛かったです。
 結局、泥棒は捕まりませんでした。
 警察の話では、
 複数の少年による犯行とのことでした。
 被害届けを出した後で、
 私は大阪へ向いました。
 よい人ばかりの函館にも…
 残念なことに泥棒がいました。
 この泥棒の‘おかげ’で、
 本間家の防犯意識が変わりました。

hako3.jpg
私の家はこの道沿いでした

投稿者 sapporobiyou : 16:25 | コメント (0)

2009年05月13日

函館の想い出③

 小児科の大先輩の先生から…
 なるべく子どもさんと遊んであげてください
 と助言をいただいたことがありました。
 長女が原因不明の高熱と、
 肝機能異常で、
 天使病院に入院した後で、
 小児科部長だった、
 南部春生(なんぶはるお)先生に
 お礼に伺った時でした。
      ■         ■
 長女の病名は伝染性単核球症でした。
 かかりつけの小児科で点滴をしても治らず…
 血液検査で異常が見つかったので…
 大きな病院に入院して治療…
 と言われて…
 家内はパニックになって電話をしてきました。
 ちょうど長女が一歳頃で、
 私が形成外科メモリアル病院に
 勤務していた時でした。
      ■         ■
 これには面食らいました。
 肝機能の数値も3桁になっていて、
 どうしたの…?
 とにかく天使病院だったら安心だから…
 程度しか私にも言えませんでした。
 一歳頃は、
 母体からの免疫が薄れてきて…
 いろいろな病気で熱を出します。
 伝染性単核球症は、
 わかってしまえば怖くない病気です。
      ■         ■
 当時の天使病院は、
 子どもでも親の付き添いは無しでした。
 結局、一週間の入院で無事に治りましたが…
 診断がつくまでは心配でした。
 考えなくてもよいような、
 最悪の病名まで頭に浮かびました。
 なるべく子どもさんと遊んであげてください
 という南部先生のお言葉は、
 当時はよくわかりませんでした。
      ■         ■
 54歳という年齢になるとよくわかります。
 仔犬と同じで、
 子どもは小さいうちが一番可愛いのです。
 大きくなったら…
 どんなに遊ぼうと言っても…
 勝手に自分たちでどこかへ行ってしまい…
 親とは遊ばなくなります。
 そのうち、家にはいなくなります。
 自分たちもかつてそうだったことに…
 自分が親になって気付きました。
      ■         ■
 私の父親は、
 私が子どもの頃に、
 よく手稲の裏山へ連れて行ってくれました。
 そこからは…
 石狩湾や遠くに増毛(ましけ)の山が、
 とてもキレイに見えました。
 だから…?
 私は今でも山や高いところが好きです。
      ■         ■
 函館にいた時は、
 近くの公園や…
 海など…
 できるだけ子どもと出かけました。
 長男はまだ3歳だったので、
 覚えていないようです。
 私にとっては、
 いいお父さんだった…
 なつかしい時代です。

880814.jpg
1988年8月14日
函館港の船です

投稿者 sapporobiyou : 15:15 | コメント (0)

2009年05月12日

函館の想い出②

 私が北大病院の研修医だった頃も…
 30年後の今も…
 大学病院の研修医には…
 住宅手当がありません。
 研修医用の‘職員住宅’がある、
 大学附属病院も、
 防衛医大や自治医大など、
 特殊な大学だけだと思います。
      ■         ■
 大学病院からいただく、
 ‘お給料’だけでは生活できないため、
 (私の頃で、年収200万円以下です)
 当直などのアルバイトで…
 生活費を稼いでいました。
 研修医になりたての頃に乗っていたのは、
 ドアが開かないサニーでした。
 結婚した時には、
 父親から結婚祝いに、
 父親が乗っていたカローラをもらいました。
 それでも十分に幸せでした。
      ■         ■
 大学病院から、
 地方病院へ‘出張’へ行くと…
 格段に待遇が違いました。
 住宅は病院が準備してくれました。
 病院の総務課の方が、
 準備してくださるのが一般的でした。
 お給料は病院によって違いましたが…
 当時の函館中央病院は…
 形成外科の関連病院の中では最高でした。
 ず~っと、函館にいたいと思いました。
      ■         ■
 私は釧路労災病院から、
 函館中央病院へ転勤したので、
 釧路で函館から送っていただいた…
 何軒かの物件から、
 五稜郭町のアパートを選びました。
 子どもの幼稚園に近いとか…
 近くに子どもが遊ぶ公園があるか…?
 子どもを中心に選びました。
 五稜郭の家は、
 とにかく最高の立地でした。
 前が五稜郭公園です。
      ■         ■
 近所にも同じくらいの子どもさんがいました。
 家のすぐ裏の‘ゆりちゃん’
 近くの社宅に住んでいた‘まきちゃん’
 家内は幼稚園を通じて、
 たくさんのお母さんと友だちになれました。
 私も…
 家で…
 子どもたちと夕食を一緒に食べることができた、
 数少ない時期でした。
      ■         ■
 函館は食べ物が美味しく、
 住んでいる方もとてもよい人が多く、
 温泉は近くにたくさんあり、
 冬の雪は少なく、
 空港は近くにあり、
 北海道で最も早く開けた街なので、
 歴史があり、
 教育レベルは高く、
 ほんとうに永住したいと思ったものです。
 今でも…
 老後は函館?と考えます。

hako2.jpg
函館の五稜郭公園
後方左端の家に住んでいました
 

投稿者 sapporobiyou : 21:44 | コメント (0)

2009年05月11日

函館の想い出①

 函館中央病院には…
 たくさんの想い出があります。
 昭和63年4月から平成元年3月までの
 一年間は、
 濱本淳二先生
 鳴海栄治先生
 と3人で勤務しました。
 他の病院が2人体制だったのに、
 3人で比較的余裕がありました。
 私が2番目で、
 濱本先生は北大形成外科の元助教授。
 大ベテランの先生の下で、
 充実した毎日でした。
      ■         ■
 前任地の釧路労災病院では、
 2人体制で…
 労災病院という立場上…
 救急患者が多く、
 とても忙しい病院でした。
 私が函館へ赴任した時は33歳でした。
 子どもは…
 長女が4歳6ヵ月。
 長男が2歳6ヵ月でした。
      ■         ■
 長女は幼稚園を3回変わったため…?
 とにかく…
 駄々っ子で…
 家内をいつも困らせていました。
 よくスーパーへ行くと…
 スーパーの床を転げまわって…
 駄々をこねている子どもがいます。
 長女は、まさにこれでした。
 私は怖い『おやじ』だったので…
 私と一緒の時は…
 床を転げまわることはしませんでしたが…
 家内と一緒の時は…
 駄々っ子を発揮していたようです。
      ■         ■
 函館中央病院へは…
 五稜郭から歩いて通勤していました。
 近くにあった、
 函館五稜郭病院の横を通って、
 丸井今井デパートの横を通って、
 毎日、通勤していました。
 先日、函館を訪れた時は…
 観光バスや乗用車で道が溢れていました。
 家内と思わず…
 すごいところに住んでいたんだねぇ~
 と話していました。
      ■         ■
 札幌へ転勤してからは忙しくなりましたが、
 函館の一年間は、
 子どもと五稜郭公園に行ったり…
 家内の実家に夏休み行ったり…
 濱本先生のお許しを得て、
 カナダの国際学会へ行かせていただいたり…
 人生の中でも…
 一番、ゆっくりできた時期だったように思います。
      ■         ■
 家でも…
 子どもと一緒にお風呂に入ったり、
 なるべく子どもと遊んでいました。
 長女の幼稚園のクリスマス会にも行けました。
 函館には温泉がたくさんあり、
 よく温泉家族風呂へ行きました。
 この頃は…
 将来、自分が開業して…
 美容外科医になるとは…
 夢にも思っていませんでした。
 平凡な勤務医がいいと思っていた、
 幸せな時代でした。

880920.jpg
1988年9月20日
長女の5歳の誕生日です

投稿者 sapporobiyou : 21:11 | コメント (0)

2009年05月10日

函館に行ってきました♪

 GWの休みを利用して、
 函館に行ってきました。
 函館は想い出の街です。
 高校時代の友人が、
 大学を卒業後に知内(しりうち)町に勤務しました。
 その友人を訪ねて知内に行きました。
 函館の五稜郭で釜飯を食べた時に…
 近くに大きな病院がありました。
 こんなところに大きな病院があるねぇ~
 とその友人と話したのが、
 後に自分が勤務して…
 長女が生まれた函館中央病院でした。
      ■         ■
 函館中央病院には2回勤務しました。
 ①1982年(昭和57年)12月~1984年(昭和59年)3月まで、
 1年4ヵ月間。
 ②1988年(昭和63年)4月~1989年(平成元年)3月まで、
 一年間。
 最初の勤務は、
 麻酔科研修を終わった、
 28歳から30歳まで。
 二回目の勤務は、
 形成外科認定医を取得した、
 33歳から34歳まででした。
      ■         ■
 当時の函館中央病院は、
 道南では唯一の形成外科がある病院でした。
 患者さんは
 北は長万部(おしゃまんべ)や瀬棚(せたな)。
 南は青函連絡船やフェリーを使って…
 青森県からもいらしてくださいました。
 私は形成外科医としての…
 青春時代を、
 函館中央病院で過ごしました。
      ■         ■
 当時、函館中央病院で治療した子どもさんは…
 今は立派に成人されています。
 看護師さんになられて…
 地域医療に貢献していらっしゃる方も
 何人かいらっしゃいます。
 今でも…
 たまにお便りをいただくこともあります。
 とても嬉しいことです。
      ■         ■
 函館では病院が用意してくれた住宅に住みました。
 最初の時が、
 富岡町のキャッスル富岡という3DKのマンション。
 二回目は、
 五稜郭町の、
 3階建のアパートの一階でした。
 五稜郭のアパートは、
 お堀のすぐ前にありました。
 家の窓から五稜郭のお堀と…
 桜がよく見えました。
      ■         ■
 長女は、
 私が釧路→函館→札幌と転勤したので、
 幼稚園を3回変わりました。
 長女が通ったのが、
 函館のちとせ幼稚園でした。
 キリスト教系の幼稚園で、
 とてもよい幼稚園でした。
 この幼稚園にも行ってみました。
 昔のままの幼稚園がありました。
 よく『幼稚園に行かない…』と
 長女が泣いていたと家内が言っていました。
      ■         ■
 私は函館の街が大好きでした。
 土地を買って…
 家を建てて…
 ずっと永住したいと…
 本気で思っていたことがありました。
 家内は20年ぶりで訪れた函館でした。
 子どもが小さかった頃を想い出して…
 喧嘩もせずに帰ってきました。
 定年後は…
 こうして想い出の地を回りたいと思いました。

hako1.jpg
函館の五稜郭公園
住んでいた家の前のお堀です

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2009年05月09日

札幌駅前通りのチューリップ

 さくらんぼさんから、
 お母様のご指導で…
 業務日誌をつけていると伺いました。
 私は先輩である実母に
 作業日記を書くように 教わりました。
 6年前まで母が 書いていましたが、
 5年前から 3年日記を買い
 私が書いています。
 天気や どんな作業をしたか、
 他に山形の桜満開とか ・・
 去年の今日は何をしていたかよくわかります。
      ■         ■
 私の院長日記を読んでみると…
 去年のチューリップはいつ開花したかなぁ~?
 というような…
 くだらないこともわかります。
 昨年は
 4月23日に白いチューリップが写っていました。
 桜の開花も早かったようです。
 一年前には…
 まさか100年に一度の経済危機が訪れるとは…
 トヨタが赤字に転落するとは…
 夢にも思っていなかったことと思います。
      ■         ■
 経済危機になっても…
 ありがたいことに…
 チューリップは開花してくれるし…
 桜もキレイでした。
 元気で働けるということに、
 感謝しながら…
 毎日、がんばって働いています。
 札幌駅前通りの地下工事も、
 来年には完成の予定です。
      ■         ■
 下の写真は…
 昨日の朝に撮影したものです。
 昨年のチューリップは白でしたが…
 今年は同じ場所の花が
 赤と黄色になっていました。
 歩道も…
 工事中で…
 まだ歩きにくい状態です。
 来年のチューリップの頃には、
 経済危機も回復していて、
 平和で安心できる生活になって…
 ほしいと願っています。

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2009年5月8日

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雪印パーラー

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2008年4月23日

投稿者 sapporobiyou : 20:46 | コメント (0)

2009年05月08日

先輩からの教え

 どんなに偏差値の高い医学部に入っても、
 名医になれるという保証はありません。
 外科医は…
 自分の目で先輩の手術を見て、
 技(わざ)を盗めと教えられました。
 名医の手術をいくら見ても…
 見るだけでは上手になれません。
 自転車に乗る…
 車の運転を覚える…
 すべて同じです。
      ■         ■
 昨日のTVで、
 年間300例以上の心臓手術をする、
 名医と、
 それを覚える若い先生が、
 放送されていました。
 大学医学部で
 機械を使ったシュミレーションも、
 放送されていました。
 医学部長が得意そうに…
 説明をしていました。
      ■         ■
 フライトシュミレータだけで、
 ベテランパイロットができるなら…
 航空会社も苦労はしません。
 自動車運転のシュミレーターだけで、
 F1のドライバーにはなれません。
 車の運転も…
 飛行機の操縦も…
 外科手術も…
 すべて先輩からの教えが役に立ちます。
      ■         ■
 困難にぶつかった時に、
 先輩はどう対処したか?
 困った時に…
 どうやって切り抜けたか?
 自分一人で手術をしていて、
 ほんとうに困った時に…
 助けに来てくれる先輩がいるか…?
 ここが運命の分かれ道です。
 手術は独学では上手になれません。
      ■         ■
 大学病院の偉い先生が、
 世の中で一番手術が上手か?
 というと…
 必ずしもYESではありません。
 大学の先生にとって一番大切なのは…
 1、研究、
 2、教育、
 3番目くらいが臨床(手術など)、
 というところでしょうか?
 大学院に重点が置かれるようになって、
 研究をしない教員は肩身が狭くなっています。
      ■         ■
 私は、
 よい先輩に恵まれました。
 ほんとうに感謝しています。
 大浦武彦先生が築かれた、
 北大形成外科という医局で、
 たくさんのことを教えていただきました。
 私が卒業した当時は、
 北海道に北大形成外科と
 その関連病院しか
 形成外科がありませんでした。
      ■         ■
 卒後6年目で、
 形成外科専門医を取得すると、
 すぐに地方病院の医長になりました。
 そこで…
 北大から出張にいらしていただいた先生に、
 手術を教えていただきました。
 下の先生と苦労してした手術も…
 たくさんありました。
      ■         ■
 最初から手術ができたのではありません。
 先輩からたくさん教えていただいて、
 手を加えていただき、
 時には、
 手を代わっていただき、
 【手術を交代することを手を代わるといいます】
 少しずつ上達しました。
 先輩を頼りにしなくても、
 一人でできるようになったのは…
 40歳を過ぎてからでしょうか?
      ■         ■
 患者さんから、
 ご指摘を受けて、
 改善することもあります。
 常に改善【カイゼン】を考え、
 注意深く、
 耳を傾けることが大切です。
 ほんとうに役に立つ、
 大切なことは、
 教科書にも書いていないし…
 学会でも発表されません。
 先輩から口伝えに教えていただいたことです。

投稿者 sapporobiyou : 21:59 | コメント (0)

2009年05月07日

過渡期の医療過誤防止システム

 平成21年5月4日、
 北海道新聞の記事です。
 過渡期の医療過誤防止システム
 ネットで“医師暴発”は論外
 東大名誉教授_村上陽一郎(むらかみよういちろう)
 医療の安全をめぐる問題は、筆者が「安全学」という領域を探し当てるきっかけをつくったもので、長年の関心事である。一つには、医師やその周辺の関係者に、品質管理や、システムの立場から安全に取り組む発想が、過去に極めて乏しかったからだ。
 1980年代初め、ある医学者の集まりで、医療の品質管理という言葉を使ったとたんに、激しい反発が起こったことはいまだに忘れられない。あるいは、システムの立場からの安全対策として、フール・プルーフ(ミスがあっても事故に至らないような設計)の必要性を説いたときに、ある医師はいみじくも、「われわれはフールではないから、その概念は医療にはなじまない」と言い放った。1986年のことだった。
 航空界が先例
 現在事態は急速に改善されつつある。まともな医療機関は、ほとんどすべて安全管理室を備え、「インシデント・アクシデント・リポート」 (ひやり・はっと体験申告)の制度も立ち上げてきた。日本医療機能評価機構も、安全にかかわる情報収集とその共有化に努力を重ねるようになった。もとより、制度ができても、医療界が本気で取り組む機運をつくり出し、そのための人材の養成や確保に努力を重ねなければ、画餅(がぺい)にすぎないが。
 航空業界では、過誤や事故、不都合などが起こったとき、民事はともかく、当事者の責任を刑事的に追及することよりも、第三者機関の調査によって起こったことの詳細を正確に把握し、将来同じような状況を防止できるようシステム上の対策を立てることに活用すべきだ、という考え方が国際司法の間で定着しつつある。
 それを教訓に、医療界でも、第三者調査機関の可能性が検討されるようになった。それにも医師側からの反発が大きくて、なかなか実現されない状況にあるにしても、問題意識は明らかに改善されつつある。また、裁判でなく話し合いでの和解を目指すADR(訴訟外紛争処理)という論点も、浮上してきている。
 そうした方向をすべての当事者が確認し、実効あるものにするに当たって、過渡期的に、過誤が刑事として問題化されることも、やむを得ない側面もある。航空機業界の歴史でも、そうであった。
 「暗黙の支持」
 そういう状況にあって、医療界にいくつかの刑事事件が生まれた。それらが刑事に当たるかどうか、当然議論のあるものもある。裁判上は無罪になった事例もあるから、なおさらだろう。しかし、ここで問題にしたいのは、そうした事件にかかねる人々(被害者、報道者、支持者、検察など)に対して、ネット上で、医師(とおぼしき人々)が、想像を絶する罵言雑言(ばりぞうごん)を浴びせかけている、という事実だ。
 鳥集徹氏の「ネットで暴走する医師たち」(WAVE出版)は、そのありさまを克明に伝えてくれる。被害者の訴えに同情的な発言をした医師へ「U(実名)は日本の全ての医師の敵」 「Uとその家族を皆殺しにする勇者募集中!」などの言辞が浴びせかけられる。被害者やその家族が問題人物であるという虚報を垂れ流す。「フールでない」はずの、人一倍理性ある知識人であるはずの医師たちから発せられる言葉とは、およそ信じられないほどだ。
 もちろんこうした言辞を弄(ろう)する医師は、数から言えばごくわずかだろう。苦々しく思う医師も多いと信じたい。しかし医師の間に暗黙の支持が広がっていることも、鳥集氏は見逃していない。医師たちにすれば、黙って批判にさらされるばかりの自分たちの鬱屈(うっくつ)が暴発しているのだ、と言いたいのだろう。しかし、どう弁護しても、このような言動が正当化される余地はない。
 同時に、しかしネットという媒体がなかったら、いくら鬱屈した医師たちでも、こんなひどい言動はしないだろう。そう考えると、ネットという媒体の持つ問題点も浮かび上がってくる。
 ネットのある種のサイトは、便所の落書きと同じだと割り切るほかはないのか。自己管理の強化が切に望まれる。
 (以上、北海道新聞より引用)
      ■         ■
 医療従事者以外の方は、
 病院で医療事故?と思われるかも知れません。
 逆に医療従事者の方は…、
 事故がないのが不思議?と、
 感じることも多いと思います。
 私は北海道内の何箇所かの…
 500床以上の大病院に勤務しました。
 医療事故がなかった病院はゼロでした。
      ■         ■
 私の日記は…
 医学生や医療関係の方にも
 読んでいただいています。
 新聞を読む習慣がない、
 若い医療関係者や、
 医学生、
 看護学生さんなどに、
 この村上先生の文章を読んでいただきたくて…
 長い文章を引用させていただきました。
      ■         ■
 2008年8月9日の美容外科価格破壊の弊害
 2008年12月30日の医者は横暴?
 の日記にも医療事故について書いてあります。
 偏差値が高くて、
 優秀な成績で有名国立大学医学部へ入学し、
 一発で医師国家試験に合格した‘先生’でも、
 一瞬にして医療事故を起こします。
 卒業した大学とか…
 成績とか…
 は関係なく医療事故が起こります。
      ■         ■
 私たちはフールです。
 ミスを犯す生きものです。
 学会でも…
 『私はこんな失敗をしました…』
 なんて発表はしません。
 医局制度があった頃は…
 あの先生でも…
 こんなことがあった…と
 先輩から口伝えに教えられたものです。
      ■         ■
 経験を積んだ医師が上手なのは…
 自分や
 他人の
 失敗からたくさん学んだだけです。
 私も同じです。
 偉そうなことは言えませんが、
 ネットで暴走したりしないで、
 真摯(しんし)に聴く耳を持つことが、
 一番大切だと思います。

投稿者 sapporobiyou : 20:40 | コメント (0)

2009年05月06日

わきが手術と年齢⑦

 ご質問に対する回答②です。
 先生に質問です。
 ブログにあるように
 年齢とともに
 アポクリン腺がなくなることはないようですが、
 それに比例して汗の量も増えるのでしょうか?
 唾液線は高齢になるにつれ弱り、
 唾液量が年齢とともに減りますよね。
      ■         ■
 加齢と発汗量について、
 本を調べてみました。
 年齢とともに、
 基礎代謝(きそたいしゃ)
 【車のアイドリングで消費するガソリンのようなもの…】
 は低下します。
 ですから、発汗量も減少するのが一般的です。
 ただ、女性は閉経に伴ってホルモンバランスが乱れ、
 発汗しやすくなる人もいらっしゃいます。
      ■         ■
 発汗は全身的な感染症でも多くなります。
 ‘熱’が出ると、
 ‘汗’をかきます。
 残念ですが…
 わきが治療の本にも、
 年齢とアポクリン腺の関係は書いていませんでした。
 一般的には、
 年齢ととともにアポクリン腺の数は減らなくても、
 機能は低下すると考えられます。
      ■         ■
 私は70代以上の方に、
 わきが手術をしたことがありません。
 解剖学教室でも、
 ご遺体でアポクリン腺の数を
 調べたことはありません。
 性腺や唾液腺は、
 ご高齢のご遺体でも‘存在’します。
 高齢になっても、
 臭いが気になるのは、
 入浴回数とか…
 脇が病気のために動かないので
 蒸れやすい…
 というような理由ではないでしょうか?
      ■         ■
 私はよく説明に使うのですが…
 どんなに可愛いペットでも…
 シャンプーをしなかったり、
 うんこや
 おしっこの
 始末をしないと臭います。
 ペットショップのお姉さんは、
 スプレー片手にいつもがんばっています。
      ■         ■
 わきが手術は奥が深く、
 難しい手術です。
 その割りに…
 形成外科医で…
 わきがを専門に研究している先生も
 いないように思います。
 元東京女子医大第2病院で、
 現在、新宿でクロスクリニックを開業していらっしゃる、
 石川浩一先生が、
 腋臭症の治療という本に次のように書かれています。 
      ■         ■
・腋臭症治療の評価は,治療効果,術後の整容的問題,術後合併症の危険性など総合的に考える必要がある。治療効果は真皮内の汗腺組織をより完全に切除することにより得られるが,皮膚を薄くすればそれだけ術後合併症の危険性や瘢痕拘縮の可能性が増える。
・血腫形成,皮膚壊死など合併症の防止は,術中の止血と術後の固定が重要であるが,患者にとっては,逆に固定期間の短縮,軽減が社会的にも重要である。
・切開の短縮と術後瘢痕の軽減は,患者,とくに若い女性にとって重要であるが,それにより,手術が煩雑になったり手術時間の延長を来すこともある。
・理想としては,傷をつけず,日常生活の制限なしに完全に臭いをとることであるが,これらの点はそれぞれが表裏の関係にあり,すべてを満足する方法はない。そこで患者の性別,年齢,症状,希望に合わせて,インフオームドコンセントを含めバランスの良い手術法を選択すべきと考えている。
・腋臭症には多くの手術法の報告があるが,それぞれに欠点があり,どの方法を行なうかは術者,施設により一定していない。
 (以上、腋臭症の治療、克誠堂出版、1998年、ISBN4-7719-0200-3の内視鏡下手術より引用)
      ■         ■
 つまり、たくさんの手術法があるということは、
 どの手術法にも欠点があるということです。
 また、
・臭いも汗も限りなくゼロに近づけたい!
・お休みは取れない!
・キズ痕も残したくない!
 という患者さんの要望を
 100%満たす手術はないということです。
 何歳で手術を受けるにしても…
 ご自分でよく調べて!
 この先生だったら!
 という方にお任せして下さい。

投稿者 sapporobiyou : 20:37 | コメント (0)

2009年05月05日

わきが手術と年齢⑥

 ご質問に対する回答です。
 手術後、ワキを固定して・・・
 固定が解除された後、
 肩を上げる動作などの指導も
 先生が行っているのでしょうか?
 それとも看護師さんが
 指導されているのですか?
      ■         ■
 固定解除後の、
 肩を上げる…
 つまりワキを動かす運動は、
 私がしております。
 一番痛いと言われます!
 筋肉が発達した、
 筋骨隆々とした男性が…
 『いって~~ぇ!』
 と足をバタバタして痛がります。
      ■         ■
 わきがの原因となる部位の皮膚は、
 薄く削られています。
 注意深く腕を上げないと…
 うすく削った皮膚の下に、
 漿液腫(しょうえきしゅ)という
 水がたまることがあります。
 (実際には黄色の液体です)
 これができると硬くなりやすいのです。
      ■         ■
 軟膏を塗ったりするのは、
 看護師が行いますが、
 ワキの運動については私(医師)がしています。
 硬くなった皮膚を…
 柔らかくするのが大変です。
 皮膚は大丈夫でも、
 皮膚の下に‘スジ’ができることがあります。
 これを瘢痕(はんこん)と言います。
      ■         ■
 チェーン店の美容外科で手術を受けると、
 お金を払うのは最初だけです。
 20万円~30万円というところが一般的です。
 (100万円は異常です)
 チェーン店としては、
 お客さんの来院回数が増えると、
 経費がかかります。
 できるだけ少ない通院で済むと、
 クリニックとしては助かるわけです。
      ■         ■
 ですから…
 『通院は不要です』とか
 『抜糸の後は通院の必要はありません』
 と説明するのです。
 ところが、
 しっかり手術をすればするほど…
 皮膚の下にキズができます。
 臭いをとるための手術です。
 おっぱいの横まで広範囲に手術をすると…
 それだけ回復に時間がかかります。
      ■         ■
 50歳を過ぎた男性は…
 肩の動きが悪いので硬くなりやすいのです。
 それと…
 10代の高校生でも…
 硬くなることがあります。
 わきが手術の目安は、
 脇毛が親と同じ程度になった時期です。
 中学生や高校生は多感な時期です。
 人生でもっとも傷つきやすい時期です。
      ■         ■
 少しでも早く手術をしたいというお気持ちは、
 本人だけではなく、
 親にとっても同じです。
 ところが…
 15歳程度で手術をすると、
 キズが赤く硬くなることがあります。
 肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)と言います。
 人生でもっともキズを目立たせたくない時期が、
 一番キズが目立ちやすい時期なのです。
      ■         ■
 形成外科医になりたての頃に、
 先輩から教わりました。
 キズが目立ちにくいのは、
 生まれたばかりの赤ちゃん。
 小学校入学までの子ども。
 一年間に身長が何センチも伸びる、
 成長期の子どもはキズが目立ちやすい
 形成外科医の言い伝えです。
 高校卒業から大学生までが、
 社会的に時間もあり、
 わきが手術の適齢期だと
 私は考えます。

投稿者 sapporobiyou : 21:01 | コメント (0)

2009年05月04日

わきが手術と年齢⑤

 松居一代さんが、
 ‘わきが’かな?
 と思って…
 30分で治るというクリニックを受診しました。
 『あなたは範囲が広いから100万円です』と…
 その‘先生’に診断され…
 ご主人が…
 『わきがではありません!』
 と手術を受けずに帰って来たという話を
 何年か前にTVで放送していたと、
 家内が言っていました。
      ■         ■
 今朝も…
 北海道新聞朝刊の一面下の、
 書籍広告に…
 このクリニックの広告が出ていました。
 新聞の一面に広告が出ていると…
 その新聞社が認めているような…
 誤解をしてしまいます。
 実際に私のような小さなクリニックが
 北海道新聞に広告を出すには、
 北海道新聞社広告局の審査を受けます。
      ■         ■
 以前は、
 『わきが手術は健康保険で受けられます』
 ですらダメでした。
 わきが手術腋臭症手術
 にしなさいという指導を受けました。
 札幌美容形成外科の看板に出ている、
 腋臭症手術の字が読めないと、
 友人から指摘されたこともあります。
 私は新聞でこの30分で治るという広告を見る度に、
 腹が立ちます。
      ■         ■
 高い広告料を払って宣伝できるということは…
 それだけたくさんの人が、
 騙(だま)されて
 北海道から受診しているということです。
 わきがに悩んでいる方が
 それだけ…
 たくさんいらっしゃるということです。
 わきが手術は奥の深い手術です。
 患者さんの精神的な悩みで…
 ‘臭う’こともあります。
      ■         ■
 札幌市内の総合病院で、
 入院して…
 全身麻酔で…
 手術をしても…
 残念なことに、
 アポクリン腺の取り残しがある方が…
 何人かいらしゃいました。
 形成外科専門医ですら、
 取り残していました。
 私も過去に同じ失敗をしました
      ■         ■
 わきが手術で再発はありませんか?
 とよく聞かれます。
 私も過去に同じことをしていたので、
 大きなことは言えませんが…
 再発といわれる症状の大部分は…
 取り残しです。
 わきが手術でしっかり汗腺を取れば、
 必ず色素沈着や赤味が残ります。
 この色素沈着や赤味を取るのが…
 一番時間がかかります。
      ■         ■
 年齢を問わず、
 自分が…
 ‘臭い’
 と思われるのは…
 耐えられないことです。
 ネットで検索すると、
 いろいろな症例が載ったサイトがあります。
 どんなに悩んでも…
 30分で治るクリニックは行かないでください。

投稿者 sapporobiyou : 20:32 | コメント (0)

2009年05月03日

わきが手術と年齢④

 中高年のアイドル、
 ‘綾小路 きみまろ’さんの漫談が好きです。
 中高年世代には、
 人生の悲哀があります。
 TVでしか見たことがありませんが、
 いつかライブでお聞きしたいと思っています。
 医学的にも、
 40歳を過ぎると身体に変化が出てきます。
 一番最初に気付くのはでしょうか?
 幸い、私は眼鏡なしで新聞が読めますが…
 40代には眼鏡を何個も作りました。
      ■         ■
 わきがに関係がある、
 アポクリン腺は、
 高齢になっても存在します。
 年齢とともに衰えてくれるとよいのでしょうが…
 40代や50代でも元気です。
 私や家内も
 40歳を過ぎた頃から…
 臭いが気になるようになりました。
 これは主に汗の臭いです。
 汗が多くなると加齢臭の原因物質が増えます。
      ■         ■
 皮膚は年齢とともに弾力性がなくなります。
 セーターを長い間着ていると…
 伸びてしまうのと同じです。
 皮膚の中にある弾性線維という…
 セーターの糸のような組織が伸びてしまいます。
 そうすると、
 若い方と比較して、
 皮膚の張りが低下します。
 顔のシワや『たるみ』が気になるのも…
 これが原因です。
      ■         ■
 40代と50代では違いますが、
 若い方と比べると…
 ワキの皮膚も伸びています。
 わきが手術では…
 ワキの皮膚を薄く削ります。
 そうすると…
 削った後の皮膚が硬くなります。
 手術後に、
 色素沈着や赤味、
 皮膚の拘縮(こうしゅく)という硬さが、
 若い人に比べて高率に出ます。
      ■         ■
 四十肩、五十肩という‘病気’があります。
 肩の動きが若い人に比べると落ちます。
 私は48歳から水泳をはじめましたが…
 最初は肩が上がらずに苦労しました。
 わきが手術の後はワキを固定します。
 手術後に辛いのが、
 固定後に肩を上げる動作です。
 特に50歳過ぎの男性が大変です。
 若い方でも…
 女性より男性が苦労しています。
      ■         ■
 ぼったくりの美容外科では、
 わきがは30分で治ると宣伝しています。
 手術後の通院も不要です!
 と無責任なことを言っています。
 わきが手術をして、
 一番大変なのは、
 手術後の後療法(こうりょうほう)なのです。
 50代になってわきが手術をすると、
 特に男性は苦労します。
 わきが手術は10代後半から、
 20代前半の若いうちに受けてください。

投稿者 sapporobiyou : 18:45 | コメント (0)

2009年05月02日

わきが手術と年齢③

 40歳を過ぎてから…
 わきが手術を…
 ご希望になる方がいらっしゃいます。
 15歳前後から気になるので…
 もう25年は…
 なんとか対処してきたわけです。
 『今さら…』と思う反面…
 共通した悩みがあります。
      ■         ■
 40歳を過ぎるということは…
 親は少なくとも…
 60歳以上になっています。
 私は、現在54歳です。
 親は、83歳と81歳です。
 幸い、今のところ…
 2人とも元気です。
 ところが、
 私たちの世代になると…
 親の介護という問題に直面することがあります。
      ■         ■
 介護を受ける側になって気付くことがあります。
 今までは…
 臭いが気になれば…
 一日2回シャワーに入ることもできるし…
 シャツを2回取り替えることもできます。
 ところが…
 体の自由が利かなくなると…
 好きな時間にシャワーに入ったり、
 着替えすら…
 一人でできなくなることもあります。
      ■         ■
 自分の親がそのようになって…
 お風呂に入れてあげたり…
 着替えを手伝う時に…
 臭いが気になることがあります。
 もし…
 自分も身体の自由が利かなくなって…
 好きな時にシャワーができなくなったら…
 どうしよう???
 死んでもいいけど…
 臭いのはイヤだゎ!
 と思うことがあります。
      ■         ■
 自分の親が…
 介護を受ける側になった方だけではなく、
 介護の仕事をするようになって…
 はじめて介護の厳しさを知り、
 自分が同じ立場になった時に、
 ワキの臭いで介護をしてくださる方に…
 イヤな思いをさせたくない!
 という方もいらっしゃいます。
 介護福祉士になる勉強をなさって、
 実習に行かれて感じる方もいらっしゃいます。
      ■         ■
 わきが手術のピークは、
 10代後半から、
 20代前半までです。
 数は多くはありませんが、
 40代~50代で、
 わきが手術を希望する方の多くが、
 こうした老後の不安のために受診されます。
 40代でも、
 50代でも手術はできますが、
 若い方とは違った問題が出てきます。
 続きは明日の日記に書きます。

投稿者 sapporobiyou : 21:41 | コメント (0)

2009年05月01日

わきが手術と年齢②

 加齢臭という言葉があります。
 ウィキペディア(Wikipedia)によると…
 加齢臭(かれいしゅう)は、
 中高年特有の体臭の俗称。
 2000年12月11日に、
 資生堂の研究所により、
 中高年特有の体臭の原因が
 不飽和アルデヒドの2-ノネナール(C9H16O)
 であることが発見された。
 この体臭は、
 資生堂により「加齢臭」と言う名称が付けられました。
      ■         ■
 まさに中高年である私も家内も…
 40歳を過ぎた頃から…
 お互いに臭いが気になるようになりました。
 私も家内も、
 耳垢は乾いています。
 わきが体質ではありません。
 私は家内のすすめで、
 アリナミンEXという
 ビタミン剤を飲むようになった時期でした。
 今もアリナミンの後発品である、
 ビタミン剤を飲んでいます。
      ■         ■
 このビタミン剤を飲むと…
 独特の臭いがします。
 黄色の錠剤なので、
 おしっこも黄色くなります。
 40歳代になると…
 仕事も忙しくて疲れもたまりやすくなります。
 それでビタミン剤を飲み始めました。
 (よく週刊誌に宣伝が出ています)
 ちょうどその頃から、
 いままでとは違う臭いが気になりました。
      ■         ■
 一日に2回も下着を取り替えるので…
 洗濯物が増える!
 と家内から苦情を言われます。
 美容外科の先生が汗臭かったら…
 洒落(しゃれ)にも…
 商売にも…
 ならないので…
 気をつけています。
 患者さんへの説明でしたら…
 汗の臭いと説明します。
      ■         ■
 耳垢が乾いている人でも気になるのに…
 もともとワキガ体質だった人は、
 もっと臭いが気になることがあります。
 40歳前後で…
 わきがのご相談にいらっしゃる方は、
 大部分が汗が原因の臭いです。
 わきがの臭いではないことをご説明して…
 自分も下着をマメに取り替えたり…
 (奥さんに文句を言われても…)
 気をつけていれば大丈夫ですょ…
 とご説明しています。
      ■         ■
 40歳前後は、
 仕事が忙しく…
 『わきが手術』をするにもお休みが取れません。
 今の世の中…
 生活するだけでも大変なのに…
 『わきが』ごときで仕事を休めるか?
 という方もたくさんいらっしゃいます。
 お金はあるけれど…
 休みがないという方もいらっしゃいます。
 そういう方にはボトックスがおすすめです。
      ■         ■
 雑誌の取材のために…
 家内に一度ボトックスを注射しました。
 (原価が高いので一度だけです)
 その年は、夏でもとても快適だったそうです。
 リフレアという制汗剤が、
 本間家の脱衣所から姿を消しました。
 加齢臭は、
 われわれ中高年にとって…
 不名誉な臭いですが…
 こまめに対策をすることで防げます。
 どうしても気になったらいらしてください。

投稿者 sapporobiyou : 22:08 | コメント (0)

2009年04月30日

わきが手術と年齢①

 ワキガは思春期になって、
 腋毛が生えてくると気になります。
 子どもの頃は、
 アポクリン腺が発達していないからです。
 女の子の方が、
 早くから気になるようです。
 私たちの世代でも、
 小学校高学年から中学校では、
 女子の方が体格がよかったものです。
      ■         ■
 よく、小学生でも手術ができますか?
 というご質問を受けます。
 私の考えでは、
 小学生や中学校低学年では無理です。
 手術をしてアポクリン腺を切除しても…
 その後に発達したアポクリン腺で、
 また臭いがするようになる可能性があります。
      ■         ■
 女の子はお母さん、
 男の子はお父さん、
 と同じ程度に腋毛が濃くならないと、
 手術をするべきではないと思います。
 一番大切なのは…
 本人が手術を希望しているかどうかです。
 親が必要以上に神経質になっていることもあります。
      ■         ■
 自分が苦労したから…
 子どもにだけは同じ思いをさせたくない…
 親の私の責任だから…
 私から遺伝したから…
 お気持ちはよく理解できます。
 親の責任を感じるのも理解できます。
 親にできることは、
 本人のために一番良い治療を受けさせることです。
      ■         ■
 わきが手術は手術の後が大変です。
 ワキの皮膚を薄く削る手術です。
 腕を動かせませんし、
 ある程度経ってからは…
 マッサージなどをしないと、
 手術した部位が硬いままになってしまいます。
 手術後のマッサージが…
 一番痛かったとよく言われます。
      ■         ■
 中学生は、
 高校受験に向けて勉強をしなくてはならない時期です。
 私は中学生でわきがのご相談にいらした方には、
 高校受験が終わるまで待つようにお話しします。
 高校一年生でも、
 男の子ですと、
 まだまだ脇毛が薄い子もいます。
 そういう子どもさんには、
 大学受験が終わってからの手術をすすめます。
      ■         ■
 心ないクリニックによっては、
 小学生に手術をして、
 高額の治療費を請求するところもあるようです。
 私は…
 本人が気にしていて…
 他覚的(たかくてき)に
 【医師や看護師が臭いをチェックしてみて】
 臭いが強ければ中学生でも手術をすることもあります。
 ワキガ手術こそ
 保険診療で受けていただきたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 20:12 | コメント (0)

2009年04月29日

理想の♥彼♥

 ある女の子の理想の♥彼♥のお話しです。
・優しくて!
・私のことをいつも想っていてくれて!
・お休みの日には…どこかへ一緒に行って…!
・たまには…一緒に美味しいものを食べに行って…!
・お金持ちでなくてもいいから…いつも仲良しで…!
 確かに♥理想の彼♥です。
 実際にこんな人がいたら…
 ほんとうに…いたらいいですね。
      ■         ■
 ‘優しい男性’はいますね。
 でも、毎日まいにち一緒に暮らすようになると…
 お互いに‘わがまま’な部分が出てきますね。
 何でもご自分の言うことを100%きいてくれる…
 どんなことでもしてくれる男性を
 ‘優しい’と勘違いなさる方もいらっしゃいます。
 ‘優しい’のは、
 裏を返すと‘頼りない’に通じることがあります。
      ■         ■
 ‘いつも想っていてくれて…’
 確かに、お互いに知り合って間もない頃は…
 寝ても醒めても…
 想っていますね。
 でも、知り合って一年も経つとどうでしょうか…?
 他にも考えなければならないことは…
 たくさん出てきますね。
      ■         ■
 昨日のTVで、
 俳優の阿部力さんが、
 中国女優の史可(シ・カ)さんと結婚をしたことを
 発表されました。
 毎日、ネットで相手の顔を見ながら…
 パソコンでデートしていると話されていました。
 結婚前で、
 遠距離で、
 たまにしか会えない時期は、
 私も人生で一番幸せな時期でした。
      ■         ■
 ‘お休みの日には…どこかへ一緒に行って…’
 確かに理想ですね
 でも…
 お休みにの日にも…
 回診に行かなくてはならない。
 急患の呼び出しがある。
 臨時手術がある。
 ような生活になると、
 なかなかどこかへお出かけもできません。
      ■         ■
 女性もある程度の社会的な立場になると…
 休日出勤もあるでしょうし、
 休みの日に…
 ご自宅で会社の仕事もありますね。
 また、毎日まいにち…
 朝早くから
 夜遅くまで働いていると…
 休みの日くらい…
 ずっ~と寝ていたいと思いませんか?
      ■         ■
 ‘一緒に美味しいものを食べに行く’のは楽しいですね。
 私は安くて美味しい北大生協の食堂が好きですが…
 高級なレストランは高いですね。
 高級なレストランに行くのに、
 普段着で行くこともできないので、
 ちょっと敷居が高くて、
 疲れることもあります。
 お金がないと行けないところもあります。
      ■         ■
 ‘いつも仲良しで…’は大切なことです。
 でも、
 ‘仲良し’の反対の‘喧嘩’は
 だいたい…
 お金がなくなってくるとはじまります。
 本間家の夫婦喧嘩もそうでした。
 ‘お金持ち’である必要はないと思いますが、
 今の世の中、
 ふつうの生活をする生活費を稼ぐのも大変です。
      ■         ■
 20歳台~30歳台は、
 生涯の伴侶(はんりょ)を決める大切な時期です。
 私は、
 一番大切なのは、
 お互いに信頼の絆(きずな)を持続できることだと思います。
 口ばかりうまくて…
 簡単に人を騙(だま)す
 信じてはいけない人がいます。
 一番大切なのは、
 自分が信じられる人を見つけることです。
 見つけられるを持つことです。
 ノークレーム・ノーリターンの彼は、
 くれぐれも慎重に選んでください。

1981.jpg
30年前の人生で最良の時です

投稿者 sapporobiyou : 21:00 | コメント (1)

2009年04月28日

母娘で挑戦_♥看護師・保健師合格♥

 平成21年4月28日、北海道新聞『いずみ』への投稿です。
 母娘で挑戦
 この春、娘と私はそれぞれ保健師、看護師の国家試験を受験しました。合格発表の日、なかなか回線のつながらないネツトの中に二人の受験番号を確認した時、抱き合って喜びました。一番ほっとしたのは陰の応援者、夫かもしれません。
      ■         ■
 2年前のことです。娘は東京での病院勤めを辞め、保健師を目指して大学の看護学科への編入試験を受験。「お母さんも勉強してみたら。今しかないよ」と背中を押してくれました。
 私は40年近く准看護師の仕事をしてきましたが、自分の年齢も顧みず、通信制看護学科を受験しました。仕事を続けながら2年間で資格を取得しようと放送大学、通信看護学、面接授業、病院見学実習、リポート提出、認定試験など62単位の取得に努めました。
      ■         ■
 この2年間は、私の人生でかけがえのないものになりました。苦労も良き思い出となり、実習で学習センターに宿泊した時は、一緒に学ぶ若い方たちとは目標が同じということもあり、年の差を感じることもなく仲良くさせていただきました。
 娘も大学生活を楽しみながら訪問看護のアルバイトを両立させ、自宅から学校へ毎日往復100㌔、車を運転して頑張りました。
      ■         ■
 プラス思考の娘は念願の離島での保健師として不安と希望をいだいて第一歩を踏み出しています。携帯からの明るい声が私たちを安心させてくれます。頑張ってね。
 北井純子(59歳・看護師)=空知管内妹背牛町
      ■         ■
 北井様、親子に心からおめでとうございます
 祝福のメッセージをお送りいたします。
 大学生のお嬢様はともかく…
 お母様がすごい!
 59歳で看護師の国家試験合格は、
 快挙です。
 私が、もし今年の看護師国家試験を受けたとしても、
 到底合格点はもらえないと思います。
 (医師国家試験ではありません)
      ■         ■
 私は看護学校の非常勤講師を数年勤めました。
 看護師さんに教育するために…
 看護師国家試験問題をよく検討しました。
 自分が専門とする分野はともかく…
 内科、循環器科、呼吸器科、
 公衆衛生学、
 産婦人科(母性)、
 その他たくさんの科目。
 私が医師国家試験を受験してから、
 30年間の医学の進歩は著しいものです。
      ■         ■
 20歳代に比べて、
 50歳代になると、
 記憶力は衰えています。
 20代の若い人ですら苦労する、
 看護師国家試験に、
 59歳のお母さんが合格は、
 ほんとうに素晴らしいことです。
 サポート役のご主人にも、
 心からおめでとうございますと申し上げます。
      ■         ■
 40年もの間、准看護師として働かれたお母様は、
 卒業したての…
 大卒で、
 看護師・保健師の免許取得者より、
 よほど仕事ができる看護師さんです。
 准看護師でも…
 看護師でも…
 仕事の内容に大差はありません。
 私がお世話になった准看護師さんも、
 たくさんいらっしゃいます。
      ■         ■
 59歳のお母さんが、
 お仕事を続けながら、
 放送大学を受講し、
 レポートを提出し、
 もちろん試験も受けて合格は素晴らしいことです。
 どんなに大変だったことかと思います。
 ほんとうにご苦労様でした。
      ■         ■
 私が尊敬する
 まみ子師長さんも、
 同じように看護師免許証を取得されました。
 合格のお知らせをいただいた時…
 とても嬉しかったのを覚えています。
 まみ子師長さんの勤務先の理事長先生も
 どんなに嬉しかったことと思います。
 北井様にはこれからも地域医療のために、
 いつまでもご活躍なさっていただきたいと思います。

投稿者 sapporobiyou : 21:49 | コメント (0)

2009年04月27日

わきが手術と安静

 わきが手術については、
 HPに記載してあります。
 院長日記でも何度も取り上げています。
 PCの方は右側にあるカレンダーの下、
 携帯の方はメニュー画面に
 【検索】があります。
 ここに[ワキガ]または[わきが]と入力し、
 【検索】ボタンを押していただくと、
 過去の日記が出てきます。
      ■         ■
 [ワキガ]とカタカナで入力した方が、
 [わきが]とひらがなで入力するより、
 多くの日記が出てきます。
 わきが手術で満足度を高めるには、
 できるだけ広範囲に…
 皮膚を薄く削る必要があります。
 そうすると…
 ワキに大きなケガをしたのと同じになります。
 皮膚を剥がしていますから、
 くっつけるためには安静が必要です。
      ■         ■
 リンゴの木に‘接ぎ木(つぎき)’をした時に、
 テープでしっかり固定するのと同じです。
 女性週刊誌の広告を見ても…
 美容外科のHPを見ても…
 わきが手術で…
 一週間も仕事を休まなくてはならない
 とは書いてありません。
 通院不要
 次の日からお仕事ができます
 なんて平気で書いてあります。
      ■         ■
 これらはすべて誇大広告です。
 片方ずつの手術ならまだしも…
 両脇の手術を同時にすると…
 手術後は腕を動かせません。
 日常生活では…
 髪を洗うのも一苦労です。
 わきが手術を多くすればするほど、
 手術の難しさを痛感します。
      ■         ■
 私が手術をしても、
 ケロイド体質だったり、
 キズが治りにくい体質だったりすると…
 治療に長い時間がかかります。
 人によっては…
 色素沈着といって、
 手術した部分に色が長く残る方もいらっしゃいます。
 京都の冨士森先生が、
 生涯に悔いを残すわきが手術のキズ
 という学会発表を2007年になさいました。
      ■         ■
 他院で行われたワキガ手術で、
 生涯に悔いを残すキズの方がいらっしゃいました。
 形成外科医として、
 できるだけの手術をして
 治して差し上げたいと思います。
 でも、残念ながら…
 私がどんなにがんばっても、
 もとのキレイな皮膚には戻せません。
 わきが手術の後は、
 くれぐれも安静を守ってください。

投稿者 sapporobiyou : 22:24 | コメント (0)

2009年04月26日

日本形成外科学会2009-⑤

 今日の札幌は4月下旬なのに、
 なんと雪が降って寒い一日でした。
 日本形成外科学会報告の最終回です。
 今年の日本形成外科学会で、
 私が一番興味深かったのは、
 パネルディスカッションⅣ
 外形美へのこだわりと私の基準
 でした。
      ■         ■
 このパネルには、
 昨日、ご報告した
 京都の冨士森先生の他に、
 自治医科大学形成外科の菅原康志先生、
 ヴェリテクリニックの福田慶三先生、
 長崎大学形成外科の平野明喜先生、
 神戸大学形成外科の橋川和信先生
 がご発表になりました。
      ■         ■
 平野先生と橋川先生は、
 再建外科についてのご発表でした。
 菅原先生と福田先生が、
 美容外科に関係するご発表でした。
 菅原先生は自治医科大学の教授。
 福田先生はヴェリテクリニックの院長。
 どちらの先生も、
 美容外科医として超一流の先生です。
      ■         ■
 菅原先生はご自分でも、
 私は巷ではナチュラル派と呼ばれている
 講演中にお話しされていました。
 とても自然でキレイな輪郭を作られる…
 素晴らしい先生です。
 福田先生は、
 外人顔で有名な先生。
 日本人の顔を西洋人にしてしまうほどの、
 高度の技術をお持ちの先生です。
      ■         ■
 私自身は、
 札幌美容形成外科のHPに書いてあるように…
 イメージは自然
 自然な仕上がりを大切にします
 の
 超ナチュラル派だと、
 自分で勝手に思っています。
 時には、二重の幅が狭い!
 お叱りを受けることもあります。
      ■         ■
 福田先生が学会で見せてくださった症例は…
 どれも素晴らしい仕上がりでした。
 私は、福田先生のように、
 外人顔にする手術は、
 到底できません。
 外形美へのこだわりと私の基準が、
 福田先生とは違うからです。
 形成外科医・美容外科医としての基準が、
 一人ひとり違うのです。
      ■         ■
 福田先生は、
 患者さんのご希望があって、
 その希望を(技術的に)
 叶(かな)えてあげられるのでしたら…
 手術をお引き受けするとお話しされました。
 私は韓国の学会でも
 福田先生とご一緒でした。
 福田先生の技術は韓国でも認められています。
 ストレスの多い手術もあることと思います。
      ■         ■
 今回の日本形成外科学会では、
 こうしてさまざまな基準を持った先生が、
 討論を重ねて、
 とても興味深い内容でした。
 学会では、
 自由に意見を交換できて、
 それが学問としての
 形成外科学の発展につながることが理想です。
 学会長の東邦大学形成外科学講座、
 教授:丸山優先生、
 事務局長の大西清先生、
 有意義な学会をありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 17:42 | コメント (0)

2009年04月25日

日本形成外科学会2009-④

 昨夜、横浜から帰ってきました。
 札幌は少し寒いですが、
 やはり住み慣れた街
 住み慣れた自分の家はいいものです。
 電気かみそりもあるし…
 電動歯ブラシもあるし…
 出張にPCは持って行きますが、
 他のものはホテルのもので済ませます。
      ■         ■
 今回の学会で一番印象に残った発表が、
 京都の冨士森先生のご発表でした。
 パネルディスカッションⅣ
 外形美へのこだわりと私の基準
 冨士森先生のご発表は、
 顔の表情は眼が変える
 冨士森形成外科医院
 冨士森良輔
      ■         ■
 冨士森先生は京都大学のご出身で、
 元京都大学形成外科講師。
 私の恩師である大浦武彦先生と同年代です。
 現役で形成外科医を続けていらっしゃる、
 日本形成外科学会の中でも、
 最古参で、
 形成外科の草分け的存在の、
 重鎮の先生です。
      ■         ■
 今回の冨士森先生のご発表は、
 形成外科の中でも、
 もっとも難しいといわれる、
 義眼床再建(ぎがんしょうさいけん)
 についてでした。
 義眼床再建とは、
 病気で子どもの頃に眼球摘出を受けた方に
 義眼を入れるスペースを作る手術です。
      ■         ■
 眼球摘出となる原因の多くが、
 眼のがんであることが多いため、
 患者さんの多くは放射線治療を受けています。
 義眼を入れるスペースが小さくなるために…
 次第に義眼が入らなくなります。
 小学生くらいの小さな子どもさんから、
 思春期を迎えた頃の方が困っています。
      ■         ■
 ふつうの義眼は、
 ちょっと義眼とは気付かないこともあるくらい、
 よくできています。
 ただ、義眼床再建を必要とする方は、
 上まぶたも下まぶたも障害を受けるために、
 眼の形が変わってしまいます。
 義眼床再建をしても、
 結局…
 患者さんは、
 ずっとガーゼで目を隠し続けることがあります。
      ■         ■
 冨士森先生は、
 ご自分が昔、一生懸命手術をしたけれども…
 術式の誤りで、
 良い結果を出せなかったと…
 懺悔(ざんげ)とも受け取れるお言葉で
 私たちに教えてくださいました。
 私は、冨士森先生のお言葉とご発表に、
 深い感銘を受けました。
      ■         ■
 冨士森先生の半世紀以上にもわたる…
 手術方法の改良によって、
 最近の症例はとても素晴らしい結果でした。
 義眼床再建は、
 私たち形成外科医にとって、
 それほど多く診る機会はありません。
 義眼床再建でしたら、
 京都の冨士森形成外科医院
 をおすすめいたします。
 冨士森先生ありがとうございました
      ■         ■
 冨士森形成外科医院
 京都駅から約200m
 京都市下京区西洞院塩小路上ル
 日生三哲ビル2F
 電話 075-341-2160

投稿者 sapporobiyou : 21:37 | コメント (0)

2009年04月24日

日本形成外科学会2009-③

 学会報告③は美容外科についてです。
 日本形成外科学会の中で、
 美容外科が占める部分は、
 多くはありません。
 全体で500件近い
 口演(こうえん)
 (壇上で話して発表する分)があります。
      ■         ■
 私たちが発表する、
 一般演題の他に、
 特別講演、招待講演、教育講演、
 招待教育セミナー、
 教育セミナー、
 シンポジウム、
 パネルディスカッション、
 モーニングセミナー、
 ランチョンセミナー、
 イブニングセミナー、
 などたくさんあります。
 さくらんぼさんの目に留まった、
 荻野利彦先生は、
 2007年の特別講演でした。
      ■         ■
 この他に、展示演題というのがあります。
 ポスターセッションとも呼ばれます。
 壇上で発表する代わりに、
 自分の発表内容を紙にプリントしてきて、
 それを決められた場所に貼ります。
 その前で時間を決めて討論を行います。
 発表内容をじっくり見ていただけます。
 原稿をしっかり作る必要があります。
 その原稿を元に、
 論文執筆をすることもあります。
 今回の学会では展示は181題ありました。
      ■         ■
 合計700題近い演題の中で、
 美容外科の一般演題は27題でした。
 関連する発表を含めても
 全体の5%程度ですから
 まだまだ多いとは言えません。
 今年の傾向は、
 大学病院からの
 美容外科に関する演題が増えたことです。
      ■         ■
 2009年4月23日(木)のランチョンセミナーで、
 大阪大学_美容医療学寄附講座
 矢野健二教授の
 美容医療の現状と今後
 というご発表がありました。
 国民生活センターへ寄せられた、
 美容医療に関する届け出を調査されました。
 美容医療に関しての、
 さまざまなトラブルが紹介されました。
      ■         ■
 矢野教授は、
①チェーン店:19店
 (全国に5箇所以上のクリニックを展開している美容外科)
②美容外科学会役員をしている
 美容外科開業医:25軒。
③美容外科を標榜している大学病院、
 24大学の価格調査をされました。
 意外と高いのが大学病院でした。
 私のように、
 腋臭症手術を保険診療でしているのは、
 大学病院が65%、
 開業医では10%
 チェーン店では0%でした。
      ■         ■
 私は、全国24もの大学病院に、
 美容外科があるのを知りませんでした。
 いつの間にか増えたものです。
 形成外科すらない国立大学もあるのに…
 独立行政法人になったので、
 自由診療がしやすくなったのでしょうか?
 それでは…
 大学病院の美容外科は、
 安心してかかれるのでしょうか?
      ■         ■
 残念ながら…
 大学病院の美容外科だから、
 安くて安心ではなさそうです。
 ある有名大学の先生が、
 フェイスリフトの発表をなさいました。
 私たち美容外科医が見たら…
 どう見てもクレームになりそうな症例を、
 たるみが取れていると
 ご発表なさっていらっしゃいました。
      ■         ■
 会場にいらした、
 高須克弥先生が、
 その術式で
 マリオネットラインが改善する理由を
 教えてください。
 とご質問なさっていらっしゃいました。
 よほど心が広い人でないと
 高いお金と時間をかけて
 この程度の結果では…
 とも言われていました。
 私もまったくその通りだと思いました。
 美容外科を選ぶのは、
 まだまだ難しいようです。

投稿者 sapporobiyou : 22:49 | コメント (0)

2009年04月23日

日本形成外科学会2009-②

 昨日の日記に書いた、
 多摩美術大学教授、
 岩倉信弥先生の特別講演、
 直伝(じきでん)・本田流ものづくり
 が私が尊敬する、
 塩谷信幸先生のブログでも取り上げられていたので
 驚きました。
 塩谷先生は私の2つ前の席
 (前から5列目あたり?)
 (S席に相当:学会では全席自由です)
 にいらっしゃいました。
 (先生はお気づきではないと思います)
 感動を与えてくださった岩倉先生に感謝いたします。
      ■         ■
 私は、勤務医の時には、
 日本形成外科学会で毎年発表していました。
 学会発表をしないと…
 学会の認定施設を維持できず…
 後輩が専門医を取得できないのです。
 大学に所属していたので、
 研究成果を発表する‘義務’もありました。
 美容外科医になってからは、
 2つの日本美容外科学会のこともあり、
 国際学会以外では発表していません。
      ■         ■
 らずべりーさんごめんなさい。
 今日の学会報告は私が勉強したことの報告です。
 まず、昨日の眼瞼(まぶた)の発表です。
 昨年の『ためしてガッテン
 の影響で眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)の手術が
 全国的に増えました。
 今回の学会でも、
 たくさんの眼瞼下垂症の発表がありました。
      ■         ■
 形成外科学会のよいところは、
 必ず手術前後の写真を出します。
 どんなに有名な大学の先生が発表をしても、
 結果が良くなければすぐにわかります。
 それぞれの先生は、
 自分のベストの写真を出します。
 正直に申し上げて…
 結果には優劣があります。
 一人の先生が何度も発表している施設は、
 その先生が上手になったと
 わかることもあります。
      ■         ■
 眼瞼下垂症が圧倒的多いのは、
 やはり『ためしてガッテン』に出た、
 信州大学形成外科の松尾清教授です。
 信州大学では、
 眼瞼下垂症に関する、
 さまざまな研究もなされています。
 その松尾先生でも
 苦労なさっていらっしゃる例があることを知りました。
 なかなか難しいものです。
      ■         ■
 今回の学会で目立ったのが、
 眉の下を切って皮膚を切除し、
 眼瞼下垂症を治す手術法です。
 私の記憶が正しければ、
 京都の冨士森先生が、
 以前から推奨なさっていらっしゃいました。
 眉の細い、『京美人』には、
 優れた方法だと思っていました。
      ■         ■
 今回の学会では、
 高齢者に、積極的に、
 この眉下切開を行っている施設が増えました。
 『京美人』だけではなく、
 眉が太い男性にもこの手術をしていました。
 眉の中に切開線をもってきても、
 眉で隠れて目立たないことがわかりました。
 二重になりたくないけれど…
 眼瞼下垂症を治したい人には
 よい手術法だと思いました。
      ■         ■
 もう一つは…
 眼瞼下垂症に対する診断基準の発表でした。
 黒目の出かたや、
 眉の上がり、
 おでこの『しわ』、
 などで眼瞼下垂症を診断するのが一般的です。
 コンピューターで解析して、
 黒目の何%が出ていると、
 軽度~中等度~重度と
 分類するか?
 という発表がありました。
      ■         ■
 今は、軽度~重度の診断も
 先生によって違います。
 日本形成外科学会として、
 眼瞼下垂症の診断基準や、
 手術法についての細かな分類を
 確立するのがよいと思いました。
 眼瞼下垂症は奥が深い疾患です。
 患者さんに喜んでいただけるように、
 形成外科医として
 がんばりたいと思いました。

投稿者 sapporobiyou : 20:06 | コメント (0)

2009年04月22日

日本形成外科学会2009-①

 今日から横浜で
 第52回日本形成外科学会です。
 横浜は暖かで、
 北海道とは一ヵ月の差があるように感じます。
 今日は朝から夕方まで、
 学会に参加していました。
 午前9:00から眼瞼(まぶた)の発表がありました。
 信州大学形成外科の先生のご発表が
 たくさんありました。
      ■         ■
 午後は、美容外科の発表を聴きました。
 学会の内容については、
 明日の日記でご報告いたします。
 今日は特別講演でお聴きした、
 多摩美術大学教授、
 岩倉信弥先生の講演について書きます。
 岩倉先生は元本田技研工業㈱
 常務取締役(商品担当)。
 本田技研でデザインを担当されたデザイナーです。
      ■         ■
 講演のタイトルは
 直伝(じきでん)・本田流ものづくり
 岩倉先生は1964年に本田技研工業㈱に入社されました。
 講演の中で、
 創業者の本田宗一郎さんに、
 ホンダの中で一番多く叱られたとお話しくださいました。
 乗用車の天井には、
 両サイドに一本ずつレールのようなものがついています。
 これをモヒカンモールと呼びます。
      ■         ■
 ある日、Honda1300を作っている、
 鈴鹿工場で、
 本田宗一郎さんが、
 かんかんに怒っているので、
 すぐに来るように呼ばれました。
 本田技研が、
 乗用車の生産をはじめた頃です。
 それまで二輪車では、
 スーパーカブなどヒット商品を出していましたが、
 乗用車の生産には慣れていませんでした。
      ■         ■
 当時の乗用車の天井は、
 金属をつなぎ合わせて、
 ハンダ付けをしていました。
 ハンダ付けの部分がガタガタになるので、
 職人さんがその部分を削っていました。
 鉛(なまり)が入ったハンダを削ると、
 職人が鉛中毒になって死んでしまう。
 すぐにやりなさい!
 と真っ赤な顔で、
 社長に怒られました。
      ■         ■
 すぐにということは、
 翌朝には結論を持って
 社長に報告しなければなりません。
 苦心して考えたのが、
 金属の接合部につけるモールでした。
 今の乗用車にはすべてついている、
 天井のモールは、
 本田宗一郎さんに怒られてできた、
 岩倉先生のアイデアでした。
      ■         ■
 本田技研工業㈱は、
 岩倉先生が在籍した35年の間に、
 会社が潰れるかもしれないという危機が
 3度ありました。
 それを支えたのが
 ホンダの原点である、
 買って喜び、
 売って喜び、
 つくって喜ぶ
 という
 3つの喜びです。
      ■         ■
 心をこめて商品をつくる
 (ものづくりを)心底愛し
 信じて身をゆだねる
 難しいほど楽しい
 毎日(いいアイデアやデザインを)考えて、
 そのことを想(おも)っていると…
 ふっといいアイデアが生まれてくる。
 そのことを
 想(そう)なくして創(そう)なし
 講演でお話しくださいました。
      ■         ■
 形成外科や美容外科も、
 デザインをして美を創る仕事です。
 車づくりに通じる部分があります。
 岩倉先生のお話しをお聴きして、
 この大不況の時代に、
 ヒット商品を生み出す、
 ホンダの力の原点がわかりました。
 自分の手術で、
 喜んでいただく
 のが自分の喜びとなることを
 再認識いたしました。

投稿者 sapporobiyou : 23:59 | コメント (0)

2009年04月21日

仕事と家庭の両立

 よく家内と喧嘩になります。
 『メールの返事書いているから静かにして!』
 『考えているから黙っていて!』
 家内も負けじと反論します。
 『あなたは四六時中仕事をしている。』
 『家庭の団欒(だんらん)というのがない。』
 『じゃぁ、あんた代わりに書いてょ!』
      ■         ■
 私は働き者の頑固おやじです。
 メールのご返事も…
 ためてしまうと書けなくなるので、
 時間がある時に…
 すぐに、ご返事をするようにしています。
 返事に困るメールもいただきます。
 できる限り、
 ‘親切に’ご返事を書くようにしています。
      ■         ■
 海の向こうからでも…
 私を頼ってメールをいただいたのですから…
 できる限りのご返事を差し上げようと思っています。
 世の中には、
 思いもかけずに、
 悲惨な結果に困っていらっしゃる方も…
 少なからずいらっしゃいます。
 私の拙い(つたない)文章を読んで、
 ご相談をいただいたら、
 できる限りお力になりたいと思っています。
      ■         ■
 私は形成外科も美容外科も好きです。
 まだ目も見えるし…
 手も動くので…
 細かい手術もしています。
 一番楽しいのは、
 手術でキレイになっていただいた時です。
 嬉しそうな笑顔を見ると…
 よかったなぁと思います。
      ■         ■
 先日の日記でご紹介した、
 サントリーの広告の文章が気に入っています。
 職場とは
 ともに働き、
 生きる家である。
 仕事は長く厳しいが、
 いつか誇りと品格を得る時が必ずくる。
      ■         ■
 仕事は楽しいことばかりではありません。
 人生も同じだと思います。
 人生で最良の時は…
 長くは続きません。
 若くてキレイだった奥さんも歳をとりました。
 私も今年は55歳になります。
 残された人生を…
 他人に迷惑をかけずに生き、
 少しでも人のお役に立ちたいと思っています。
      ■         ■
 昔は、こんなに仕事も忙しくなく、
 一時間でも一緒にいたいと思ったものです。
 年齢とともに…
 仕事も変わりました。
 こんな私でも頼ってくださる方がいらっしゃると、
 老体に鞭打ってがんばっています。
 日本形成外科学会で横浜へ来ました。
 ホテルで無線LANの設定に手間取り、
 更新が遅くなりました。
 申し訳ございませんでした。

yu1.jpg
24歳の時です。
この頃は喧嘩はしませんでした。

投稿者 sapporobiyou : 23:32 | コメント (0)

2009年04月20日

赤ちゃんが大きくなりました

 産休中の職員が、
 赤ちゃんを連れてクリニックに来てくれました。
 赤ちゃんは生まれた時の体重が…
 2倍になっていました。
 『孫は文句なしに可愛い』
 とはよく言ったものです。
      ■         ■
 妊娠中も働くのは大変なことだと…
 あらためてわかりました。
 私には有給休暇もなく、
 代診も頼めないと偉そうに書きましたが…
 おかあさんも…
 24時間、あかちゃんから目が離せません。
 おっぱいも待ってくれません。
 子どもを育てるのは大変なことです。
      ■         ■
 日本の少子化率は世界でもトップクラスで…
 このままだと国が滅びることになります。
 経済政策も大切ですが、
 子どもを産んで育てるという、
 種の保存にとって大切なことを、
 もう少し真剣に考える時期だと思います。
 私のようなじいちゃん
 ばあちゃんが頑張って働いて…
 子どもを育てやすい社会をつくることが
 大切だと思いました。
 さくらんぼさん
 安産のお守りありがとうございました♪

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投稿者 sapporobiyou : 22:22 | コメント (0)

2009年04月19日

医師の言葉

 医師の言葉について、
 平松様からのコメントをいただきました。
 日常生活に困ってるかい?
 と聞かれたので
 「それほどでもありませんが、曲げ伸ばしが辛い…」
 まで言いかけたときに、
 だから。困ってるかいって聞いてるの
 と言葉をかぶせられ、違う病院を受診してみようと考えました。
      ■         ■
 「痛い」事に困っているから1年も通い続けているのです。
 日常生活に支障があるからではなく、
 痛い事に困っているのです。
 原因のわからない痛みの辛さを切々と訴えました。
 「こちらでわからなかったら諦めようと思って受診させていただきました」
 と言うと、
 本来なら1週間待ちのMRI検査をしてくださり、
 午後からは手術で先生が診察できないにも関わらず、
 時間を割いて結果を教えてくださいました。
      ■         ■
 中学2年生の子どもが
 『先生、ぼくの病気は治るんですか?』
 と医師に尋ねたところ、
 『あぁ、一生治りません。』
 と答えられた先生もいらっしゃいます。
 その先生は、
 札幌市内でも大きな病院の先生で、
 『一生治らない病気』の権威です。
 先生、本人は忘れていらっしゃると思いますし、
 別に悪気があって言ったとも思えません。
      ■         ■
 医師の立場から医師を弁護させていただくと、
 現在の保険医療制度では、
 時間をかけて外来で説明すればするほど、
 病院の赤字が増えます。
 次に待っていらっしゃる患者さんからは苦情が出ます。
 多忙な医師の代わりに、
 困っている患者さんに捕捉説明をしてくれる、
 看護師さんはいません。
      ■         ■
 一人で一日に何十人も外来を診るのは、
 正直なところ辛いものです。
 朝、8:30から診療をはじめて、
 お昼ごはんが15:00なんてこともあります。
 外来で待っていらっしゃる方がたくさんになると、
 必然的にスピードアップを迫られます。
 予約制をとっていて、
 予約時間を2時間以上過ぎても、
 順番が回ってこないこともあります。
      ■         ■
 医師免許がなくてもできるような、
 次回受診日の予約とか、
 手術日の調整など…
 すべて一人の医師がしなくてはなりません。
 電子カルテが導入されると…
 患者さんの方ではなく、
 パソコンの画面に向かって、
 慣れないキーボードと奮闘する先生もいます。
      ■         ■
 こんな混雑した外来で、
 お一人おひとりに丁寧に説明するのは、
 とても大変なことなのです。
 でも、
 一番の問題点は医師側の認識です。
 「お坊ちゃま成功者」
 「お嬢ちゃま成功者」
 として医学部へ入学された学生さんがいます。
      ■         ■
 センター試験で高得点を取った学生さんの、
 国語の能力は…
 マークシートでは良くても…
 実際の医療現場では役に立ちません。
 『おはようございます』
 も言えない医師がいます。
 医学部に入学後に、
 医学英語という科目はありましたが、
 正しい、
 美しい、
 医療用日本語会話なんて科目はありません。
      ■         ■
 私自身を含めて、
 医学部教育に携わる医師で、
 美しい日本語を指導できる教官がいません。
 私は札幌美容形成外科を開業してから、
 美しい敬語を身につける本
 ㈶NHK放送研修センター、日本語センター
 河路 勝 著
 中経出版
 ISBN 4-8061-2163-0
 を購入して日本語勉強しました
      ■         ■
 この本は、
 トヨタ自動車がレクサス販売店を立ち上げた時に、
 従業員の方が参考にしていらした本です。
 テレビでトヨペット店から
 レクサス店へ移動した女性スタッフが
 この本を片手に特訓を受けていました。
 それを東京のレクサス販売店に伺って、
 本を購入しました。
      ■         ■
 医師だけではなく、
 今年、社会人となられた新人さんにもおすすめです。
 名医になるのは難しいですが、
 患者さんにしっかり丁寧に説明できる医師を育てるには、
 日本語の教育が必要です。
 そのためには、
 受験にはない日本語の使い方が必要です。
 もちろん、一番大切なのはその医師の人間性です。

投稿者 sapporobiyou : 19:19 | コメント (0)

2009年04月18日

お母様からのコメント

 4月1日の日記で引用させていただいた、
 北海道新聞の『いずみ』の、
 平松奈緒美様からコメントをいただきました。
 コメント:
 こんばんは。
 札幌医大について色んなサイトを見ていましたら、偶然こちらに辿り着きました。
 ヒットしたタイトルの最後に「四浪」と書かれていたのを見つけ、もしかしたらこの先生も四浪だったのかしら…と思い、早速開いてみましたら、自分が投稿した記事が目に入り驚きました…。四浪は先生ではなく、自分の息子でした…失礼致しました。
 自分の知らないところで、お医者様からこんな有難いお祝いのお言葉を頂いていたなんて感激致しました。メールでやり取りしていた息子にすぐに知らせました。本人もすぐに拝見させて頂き、同様に驚き、そして感激していました。本当にありがとうございます。
 息子は生後7ヶ月で小児喘息の宣告を受けました。小学校高学年までは何度も何度も入退院を繰り返しました。最後の入院は一昨年の10月…医学部を目指して勉強している最中でした。
 発作がおきて時間外に病院に駆け込み、先生の顔を見た時の「やっと楽になれる」と言う安心感が忘れられないと話しておりました。
 まだ漠然としているのでしょうが、小児科医を目指したいと言うのも、そんな経験からなのだと思います。
 息子はこの4年間で、勉強以外のとても大切な事をたくさん学びました。私達親は普通の公務員とスーパーのパートです。してやれる事は限られていましたが、その中で最大限の努力をしてくれたと思っています。私達は医師になって欲しかったのではなく、努力の結果は報われる…人生に無駄はないんだと言う結果と感動を味わってほしいと思い続けていました。それが、息子の願っていた結果に繋がった…と言う事だと思っています。
 長々と失礼いたしました。私も今違う感動を味わっています。本当にありがとうございました。
      ■         ■
 お母様からのコメントは、
 2009年4月18日午前2時32分に着信していました。
 夜遅くまでスーパーで働き、
 深夜にネットで私の日記をご覧いただいたのでしょうか?
 コメントをいただきありがとうございました。
 あらためておめでとうございます
 ご子息は新入生オリエンテーションが終わり、
 講義がはじまった頃でしょうか?
      ■         ■
 今頃の時期は、
 各クラブからの勧誘が盛んで、
 新歓(しんかん)と呼ばれる、
 新入生歓迎のコンパが行われている…?
 のだろうと推測します。
 平松様のご子息だけではなく、
 今年、入学した多くの学生さんが
 新生活をはじめられています。
      ■         ■
 平松様が書かれていたように、
 努力の結果は報われる…
 人生に無駄はないんだと言う結果と感動を
 味わってほしいと思い続けていました。
 私も、まったくその通りだと思います。
 私が尊敬する、
 予備校時代にお世話になった、
 矢野雋輔先生は、
 受験生は厳しいけれど…
 夢がある人生で最もロマンチックな時期だと、
 18歳の私に教えてくださいました。
      ■         ■
 医師になっても…
 仕事はきついし…
 自分の技量に限界を感じることもあるし…
 最善の努力をしたつもりでも、
 最悪の結果となり、
 裁判所で被告席に座らされる医師もいます。
      ■         ■
 私の人生も平坦ではありません。
 かつては同僚に裏切られ
 実の娘にも信頼の絆を切られました。
 ビルの改築問題などで…
 夜も眠れないことがあります。
 でも、こうして嬉しいお便りをいただくと、
 元気を出して働こうという気持ちになれます。
 平松様ありがとうございました。
 ご多幸を祈念しております。

投稿者 sapporobiyou : 21:16 | コメント (1)

2009年04月17日

森のゆ

 『先生、ここの温泉とても疲れが取れるのでどうぞ…』
 と温泉の回数券をいただきました。
 おかげ様で、もう3回も行かせていただきました。
 十勝のモール温泉を思わせる茶色のお湯で、
 とてもリラックスできました。
 お肌もつるつるになります。
 昨夜も行かせていただきました。
 ほんとうにありがとうございます。
      ■         ■
 森のゆ
 〒061-1102
 北広島市西の里511-1
 電話 011-375-2850
 国道274号線沿いにあります。
 札幌から長沼方向へ向かい、
 ゆるい下り坂を下りると、
 JR千歳線の高架下をくぐります。
 次の交差点(厚別東通との交差点)を過ぎてから
 右手の小高い丘の上にあります。
      ■         ■
 JR千歳線で札幌から新千歳空港に向かうと、
 快速エアポートは通過しますが、
 『上野幌駅』付近から、
 左手の丘の上に見えるのが、
 山根園パークゴルフコースです。
 このクラブハウスにあるのが、
 天然温泉『森のゆ』です。
 とてもよいところです。
      ■         ■
 JRから見ると、
 新札幌を過ぎると左手の丘の上に
 札幌日大高校が見えてきます。
 札幌日大高校近くを通る広い通りが
 国道274号線です。
 この道路の右手の丘の上に『森のゆ』が見えます。
 実は、この場所は私がよく通った場所でした。
 ちょうど札幌市厚別区と北広島市の境界近くです。
 昔は山根園というジンギスカンのお店だった気がします。
      ■         ■
 私が中学校3年間を過ごした大夕張と
 札幌を結ぶ定期バスの通路でした。
 中3の時は札幌まで模擬試験を受けに来ました。
 その頃から、
 北海道住宅供給公社が
 北広島の西の里に宅地を開発しました。
 夕日がきれいに見える住宅地です。
 ちょうど札幌市内へ夕日が沈むように見えます。
      ■         ■
 帯広厚生病院へ赴任した3年間は、
 帯広へ帰る道の途中でした。
 ここを過ぎると『札幌…さようなら…』
 逆に帯広から帰ってくると、
 この付近から札幌の街の明かりが見えてきます。
 ようやく『札幌まで帰ってきたなぁ~』と思う場所でした。
 『森のゆ』の露天風呂に入っていると、
 JRの音が遠くに聞こえてきます。
      ■         ■
 快速エアポートの音。
 JR貨物の貨物列車の音。
 列車の音がするたびに見ていると、
 目を閉じていてもわかるようになりました。
 温泉はとてもリラックスできます。
 『森のゆ』の券をくださった、
 ○○様に心から感謝いたします。
 元気をいただいて今日も働きました。
 ありがとうございました。

投稿者 sapporobiyou : 22:13 | コメント (1)

2009年04月16日

ご主人のお言葉

 さくらんぼさんからいただいたコメントに、
 ご主人の
 あちらの落ち度でも
 こちらが謝るのが
 次につながるんだ
 と主人がいってました。
 が心に残りました。
      ■         ■
 さくらんぼさんのコメントです。
 年配の常連さんで
 ラ・フランスしか買わない方でしたが
 10箱くらい送る方でした。
 電話がきて
 ラ・フランスおいしかった。同じの送ってくれる?」
 と言われ送りました。
 そしたら、すぐ電話がきて
 「何送りましたか?またラ・フランスがきたんだけど」
 私は「ラ・フランスですよね?」
 お客様は「 りんごっていったでしょ!」
 え〜 りんご
      ■         ■
 さくらんぼさん
 ラ・フランスりんごも最高です。
 今まで食べたことがない最高の味でした。
 最高の果物作りには、
 雪がある時期から剪定をなさり、
 芽が出たら
 芽かきをして一株にするという、
 とても手間がかかる作業があることを知りました。
 お得意様に好意で、
 サービス品として入れて差し上げた
 りんご最高だったので、
 そのりんごをご希望だったのですね。
      ■         ■
 札幌美容形成外科にいらしたご婦人も、
 採血後に黒くなったところを心配して、
 朝早くにいらっしゃいました。
 黒くなった部位は、数日でおさまり、
 心配していた手術後の腫れも軽度でした。
 手術後、一ヵ月で
 キズがわからないくらいキレイになったので、
 もう一度治せると思われたのでしょう。
      ■         ■
 担当した受付職員は、
 『私のおばあちゃんも、一人で淋しくてかまって欲しいので…』
 『よく、いろいろなことを言っています。』
 『気になるような左右差ではなく、』
 『目もしっかり見えていました。』
 と言っていました。
 私にはやさしさが欠けていたのかも…?
 とちょっと反省しました。
      ■         ■
 私もさくらんぼさんのご主人のように、
 治して差し上げればよかったのかなぁ…?
 と考えました。
 しかし、健康保険で手術をしていると…
 何度も手術を繰り返すことはできません。
 査定というペナルティもあります。
 たとえ無料で治したとしても、
 逆に気になってしまうこともあります。
 ここが医療の難しいところです。
 さくらんぼさんのご主人にお会いしたくなりました。

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2009年4月14日のラ・フランス

投稿者 sapporobiyou : 18:04 | コメント (0)

2009年04月15日

アカディ

 私は子どもの頃からお腹が弱く、
 中学校時代は、
 よく保健室のお世話になっていました。
 保健室の堀先生はやさしく、
 お腹が弱い私に…
 正露丸をくださいました。
 高校生から予備校生時代には、
 ヤクルトを買って飲んでいました。
      ■         ■
 いつ頃からだったか覚えていませんが…
 お腹の弱い私は、
 アカディという雪印乳業が作った『牛乳』しか
 飲みませんでした。
 ふつうの『牛乳』を飲む時は、
 温めたり、紅茶に混ぜて飲んでいました。
 本間家の冷蔵庫には、
 いつもアカディが入っていました。
      ■         ■
 アカディはふつうの『牛乳』とは違い、
 ちょっと甘みがありました。
 乳糖が分解されているので、
 甘いのだと思っていました。
 愛犬のチェリーを飼ってから、
 犬に『牛乳』を与えてはいけないと
 本で読みました。
 未熟児だったチェリーの仔犬には、
 犬用ミルクを買って与えました。
      ■         ■
 アカディを犬に与えてもよかったのか?
 悪かったのか?
 今でもよくわかりませんが、
 愛犬のチェリーはアカディが大好きでした。
 私が『チェリー、アカディ飲もうか…?』
 と声をかけただけで、
 わんわんと冷蔵庫の方へ行きました。
 アカディは私とチェリーの『牛乳』でした。
      ■         ■
 チェリーが亡くなってからは、
 アカディの減る量が少なくなりました。
 それでも常に冷蔵庫に入っていました。
 アカディは売っているスーパーが限られていました。
 ヨーカドーにはありません。
 ダイエー
 マックスバリュー(旧札幌フードセンター)
 生協
 にしかありませんでした。
      ■         ■
 先週から、
 家内が『お父さん、アカディが見当たらない…』
 と言っていました。
 『今度、生協に行ってみるね』
 代わりに
 「おなかにやさしく」という、
 赤いパッケージの牛乳が冷蔵庫にありました。
 その「おなかにやさしく」を飲んだら、
 夜に私のお腹が…
 ごろごろゴロゴロと大騒ぎしていました。
      ■         ■
 昨夜、ネットで検索して…
 ようやくアカディ
 「おなかにやさしく」になったことを知りました。
 スーパーでも、
 アカディがなくなるというお知らせは見ませんでした。
 お世話になったアカディありがとう。
 無くなるのだったら…
 チェリーとの想い出の味を
 ゆっくりと味わっておけばよかったです。

aka.jpg

投稿者 sapporobiyou : 19:34 | コメント (0)

2009年04月14日

美容外科医の悲哀

 美容外科の先生は、
 高給で…
 当直がなくて…
 キレイな女の人を相手にして…
 さぞ優雅な生活だろうと…
 思っていらっしゃる方は?
 いらっしゃいませんか?
      ■         ■
 当直がないのは事実ですが、
 朝から深夜まで働いています。
 私からのメール返信が深夜で、
 驚かれた方も少なくないと思います。
 一年365日、
 一日も休まずに働いています。
 有給休暇もありません。
 代診を頼んだこともありません。
      ■         ■
 高給優遇だったのは…
 過去の話しです。
 今、高給優遇で迎えられるのは…
 レーシック専門の眼科医です。
 でも、そのうち価格破壊が進みます。
 高給優遇は長くは続きません。
 機械さえあれば、
 眼科専門医でなくてもできる手術は、
 あっという間に安くなります。
      ■         ■
 キレイな女の人相手の手術は疲れます。
 もともとお直しの必要がないくらい美人です。
 ちょっとの失敗も許されません。
 若い男性相手の包茎手術の方が…
 『世界中どこへ行っても…』
 『恥ずかしくないように手術するので、』
 『がんばってくださいょ!』
 とか…言って手術しているので気が楽です。
      ■         ■
 私はキレイな花を見るのも、
 作るのも好きです。
 高校生の時から趣味の園芸を見ていました。
 (最近は時間がないので見ていません)
 毎日診療をしていると、
 患者さんから…
 励ましていただくことが多いのですが、
 たまに凹むことがあります。
      ■         ■
 昨日いらした高齢の女性です。
 採血の痕が少し黒くなっただけで、
 心配してクリニックにいらしていました。
 皮膚も血管も弱く、
 ふつうに採血しても黒くなります。
 手術をすると、もっと黒くなって、
 パンダのようになることもありますょ。
 ご心配でしたら手術はなさらないでください。
 と何度も申し上げました。
      ■         ■
 手術日もご心配なようでしたので、
 娘さんに手術室に入っていただき、
 手術中も娘さんに手を握っていていただきました。
 細心の注意を払って止血し手術をしました。
 腫れは軽度でした。
 とても見やすくなったと喜んでいらっしゃいました。
 昨日、一ヵ月後にいらして…
 片方だけ半分しか切っていないので
 下がってきたので治して下さい。
 と言われました。
      ■         ■
 左右とも切った長さはまったく同じ。
 若干の左右差はあるものの…
 黒目はしっかり出ていました。
 職員が見ても
 私が見ても
 再手術で治すような左右差ではありませんでした。
 術前と術後の写真を準備して、
 再手術をすると、
 もっと左右差が目立つことを、
 丁重にご説明いたしました。
      ■         ■
 ご満足いただけないのは、
 私の技術不足のためです。
 申し訳ございませんが、
 技術の限界を感じました。
 こんなことがあるととても疲れます。
 昔、北大形成外科の先輩が
 おばあさんの手術をして、
 手術部位から糸が出てきました。
 何度か続けて糸が出たので、
 『どうせ安い糸つかってんだべさ!』
 と言われて凹んでいました
 当時、使っていたのは最高級の糸でした。
 こんなこともたまにあります。

投稿者 sapporobiyou : 21:16 | コメント (0)

2009年04月13日

北大植物園

 昨日の休診日に、
 北大植物園見に行ってきました。
 北大植物園は、
 名前の通り北海道大学の附属研究施設で、
 札幌農学校時代に、
 クラーク博士が農学教育に植物園の必要性を建議され
 設置された施設です。
 明治19年(1886年)開園以来約120年。
 園内は広さ13万3千㎡、
 120年前の自然地形に
 約4000種の植物を栽培・分類し
 生態学的展示を行なっています。
 (北大植物園HPより引用)
      ■         ■
 住所:札幌市中央区北3条西8丁目
 電話:011-221-0066
 4月29日「昭和の日」から開園 (5月4日のみどりの日は無料開放
 開園日:4月29日~11月3日
 休園日:毎週月曜日(月曜日が祝祭日の時は翌日)
 開園時間:
 4月29日~9月30日_AM9:00~PM4:00(退園時間PM4:30)
 10月1日~11月3日_AM9:00~PM3:30(退園時間PM4:00)
 入園料:
 大人(高校生以上)400円
 小人(小・中学生)280円
      ■         ■
 現在は冬季閉園中で温室のみ開館しています。
 私が見に行ったのは、
 植物園南側にある塀の内側に咲いている花です。
 ここは、私が平成元年~平成6年まで勤務した、
 旧市立札幌病院の北側です。
 現在はSTV札幌テレビ放送の隣に
 ヤマダ電機が新店舗を建設中です。
 その向いでひっそりと紫の花が咲いていました。
 植物園HPを見ても名前がわかりません。
 おそらくそこの住宅に住んでいらした
 職員の方が植えられたのでしょう。
      ■         ■
 意外と知られていない、
 札幌という大都市の中にあるオアシスのような、
 北大植物園です。
 現役の北大生と北大職員は、
 入園料が無料です。
 私も北大形成外科に勤務していた頃に、
 一~二度、無料で入園させていただきました。
 札幌美容形成外科からも歩いて10分以内で行けます。
 お時間がある時に、是非一度訪れてください。

090412.jpg
北大植物園に咲いていた花
2009年4月12日

投稿者 sapporobiyou : 22:30 | コメント (0)

2009年04月12日

北大形成外科アカデミー

 昨日、平成21年4月11日(土)午後4時から
 ルネッサンスサッポロホテルで
 第16回北大形成外科アカデミーが開催されました。
 北大形成外科の勉強会です。
 内容は、
 ①留学報告 市立札幌病院形成外科、堀内勝己 先生
 ②教育講演 北大形成外科、山本有平 教授
 ③特別講演 埼玉医科大学国際医療センター皮膚腫瘍科 堤田 新 先生
 の3題でした。
      ■         ■
 このうち、堤田 新(つつみだあらた)先生の
 特別講演をご紹介いたします。
 堤田(つつみだ)先生は、
 形成外科の中でも、
 特に皮膚悪性腫瘍の権威です。
 元、北大医学部野球部監督。
 形成外科へ入局したのも、
 野球部の先輩である、
 杉原平樹(すぎはらつねき)先生(元、北海道大学病院長)
 吉田哲憲(よしだてつのり)先生(市立札幌病院_院長)
 のお二人がいらしたからです。
      ■         ■
 講演の抄録です。
 形成外科での皮膚がん治療皮膚がん治療での形成外科
 一般的に形成外科は専門性が高いと言われますが、その診療、研究分野は多彩で、形成外科の中でもさらなる専門領域へ細分化しつつあります。
 私は北大形成外科入局し、自分の専門とする分野を腫瘍(主に皮膚がん治療)として以来、これまでいろいろな方に出会い、ご指導いただき、お世話になりやってきました。ここまでこの道でやってこれたのも北大形成外科という母屋があったからこそです。
 この度、長年お世話になった北大形成外科から埼玉医大国際医療センター 包括的がんセンター皮膚腫瘍科に移籍いたしました。
 本講演では、皮膚腫瘍(外科)医として皮膚がん治療に対する現在の私の考え、思いをお話ししたいと思います。
      ■         ■
 形成外科医の仕事で、
 一番多いのが皮膚良性腫瘍の手術です。
 一般病院の形成外科で、
 手術件数が断トツに多いのに、
 形成外科で皮膚のできものを手術してくれるのを
 知らない方が多いと思います。
 皮膚科で手術をしても
 外科で手術をしても
 形成外科で手術をしても料金は同じです。
 形成外科の方がキレイに治してくれます。
      ■         ■
 皮膚悪性腫瘍(ひふあくせいしゅよう)とは、
 皮膚癌(ひふがん)のことです。
 皮膚癌の治療は、
 手術だけではなく、
 抗がん剤、
 放射線治療(ほうしゃせんちりょう)、
 免疫療法(めんえきりょうほう)、
 緩和医療(かんわいりょう)など
 多岐にわたります。
      ■         ■
 皮膚癌の治療は、
 皮膚科や一部の形成外科が行っています。
 形成外科医の中には、
 皮膚癌の治療をしない人もいます。
 残念なことですが、
 皮膚癌の診断から手術まで、
 さらに化学療法や免疫治療まで、
 すべてに関してのエキスパートはなかなかいません。
      ■         ■
 今、もし私が皮膚がんになったら、
 真っ先に相談するのは、
 市立札幌病院の吉田哲憲先生です。
 2009年1月2日の、
 セカンド・オピニオンという日記に書いてあります。
 堤田先生はこれからの日本で、
 皮膚悪性腫瘍の権威になります。
 堤田先生は、
 とても穏やかで優しく腕のよい先生です。
 がんにはなりたくありませんが、
 もし皮膚がんでお困りでしたら、
 堤田先生を推薦いたします。

投稿者 sapporobiyou : 21:13 | コメント (0)

2009年04月11日

お肌に悩む看護師さん

 うす毛のことを
 一番考えているのは…
 うす毛に悩んでいる
 お医者さんで~す
 たぶん…
 だとしたら…
 お肌のことを
 一番考えているのは…
 お肌に悩んでいる
 看護師さんです
 たぶん…
      ■         ■
 夜勤がある看護師さんは、
 生活が不規則になります。
 食事時間も…
 バラバラになります。
 せっかく夜勤手当をいただいたのに…
 お肌が台無しになって、
 夜勤手当以上に…
 お肌の治療費がかかった!
 というとても悲しいこともあります。
      ■         ■
 私は皮膚科専門医ではなく、
 ニキビ治療を積極的に行っていません。
 ニキビに悩む看護師さんのお肌
 手術用顕微鏡を使って治療しました。
 ニキビの芯を取ったり、
 白くなった‘かたまり’を取りました。
 ニキビと毛
 ニキビ
 ニキビの芯
 という日記に書いてあります。
      ■         ■
 毛が原因でできている、
 お肌のトラブルは、
 毛をレーザーフェイシャルで焼く
 快くなります。
 化粧のりがよくなると好評です。
 お肌に悩んだ看護師さんは、
 とても親切で丁寧です。
 自分が困っていたことは、
 誰よりも、よくわかります。
      ■         ■
 札幌美容形成外科にも、
 優しくて親切な看護師がおります。
 自分自身がお肌で悩んでいたので、
 私以上に…
 お肌の悩みに詳しく、
 親切で丁寧です。
 私の宝物です。

投稿者 sapporobiyou : 21:40 | コメント (0)

2009年04月10日

うす毛に悩むお医者さん

 TVで
 うす毛のことを
 一番考えているのは…
 うす毛に悩んでいる
 お医者さんで~す
 たぶん…
 というCMを見ました。
      ■         ■
 私はうす毛に悩んでいた、
 皮膚科の偉い先生を、
 何人も知っています。
 大学病院では、
 一般病院で使われる前に、
 臨床試験という治療が行われます。
 通称、治験(ちけん)といいます。
 海外の学会へ行った時に、
 うす毛に効く新薬
 現地で入手することも可能です。
      ■         ■
 まず、ご自分の頭でテストできます。
 真っ先に…
 ご自分で臨床試験をしているという、
 うわさを耳にしたことがあります。
 残念なことに…
 私が知っている皮膚科の偉い先生は、
 あまり効果がなかったようです。
 毛はどんどん薄くなりました。
      ■         ■
 私が知っている、
 うす毛に悩むお医者さんで、
 髪がふさふさになっているのは、
 横浜の今川賢一郎先生です。
 今川先生は、
 ご自身で植毛手術を受けていらっしゃいます。
 今川先生のHPの記載です。
 頭髪がさみしくなるというのは、その人しか分からない深刻な悩みです。
 それだけに日々の抜け毛に一喜一憂、涙ぐましいばかりの努力をしているのではないでしょうか?
 こうした心配や悩みに対して育毛剤、民間治療、カツラなどの手段もあるにはあったのですが、ここ最近は生毛植毛がその劇的な効果のために脚光をあびてきました。
 生毛植毛のルーツはもともと日本なのですが美容医療先進国のアメリカが1960年以降臨床に応用し、1990年代に入ってから革命ともいえる技術革新がおこり現在に至っております。
 私共は我が国でも最新のヘア治療法の確立が急務であり、それが時代の要求でもあると痛感しその普及に努力してきました。
 ただ、ここ数年、生毛植毛がやっと認知されるようになってきた反面、この分野に新規参入した医師達の技術的未熟さやビジネス至上主義によるトラブルも増加しているのも事実です。
      ■         ■
 残念なことですが
 人工毛や自毛植毛を、
 大々的に宣伝している大手クリニックもあります。
 医師や歯科医師ですら、
 その大手クリニックに騙されています。
 有名な俳優さんを使ったCMで、
 たくさんの人からお金を取っています。
      ■         ■
 私が推薦する、
 うす毛に悩むお医者さん
 ほんとうに実力があるのは、
 ヨコ美クリニックの今川先生です。
 今川先生のところでは、
 植毛手術だけではなく、
 内服薬や外用剤による治療もなさっていらっしゃいます。
 うす毛に悩む方は男性も女性も、
 今川先生にご相談ください。
 私が推薦いたします。

投稿者 sapporobiyou : 22:03 | コメント (0)

2009年04月09日

サントリーのエール広告

 平成21年4月1日の朝日新聞朝刊に、
 サントリーの広告が掲載されました。
 残念なことに、
 北海道版には掲載されませんでした。
 その伊集院静さんが書いた文章が好評で、
 4月7日の朝日新聞夕刊に掲載されました。
 私もよい文章だと思いました。
 引用して掲載します。
      ■         ■
 その仕事は
 ともに生きるためにあるか
 新社会人おめでとう。
 君は今春、どんな仕事に就いただろうか。どんな仕事、職場であれ、
 そこが君の出発点だ。
 今、世界は経験したことのない不況にある。金を儲けるだけが、自分だけが富を得ようとする仕事が愚かなことだと知っていたはずなのに、暴走した。なぜ止められなかったのか。それは仕事の真の価値を見失っていたからだ。人を騙す。弱い立場の人を見捨てる。自分だけよければいい。それらは人間の生き方ではないと同時に仕事をなす上でもあってはならないことだ。仕事は人が生きる証しだ、と私は考える。働くことは生きることであり、働く中には喜び、哀しみ、生きている実感がたしかにある。
 だから出発の今、真の仕事、生き方とは何かを問おう。
 その仕事は卑しくないか。
 その仕事は利己のみにならないか。
 その仕事はより多くの人をゆたかにできるか。
 その仕事はともに生きるためにあるか。
 今何より大切なのはともに生きるスピリットではなかろうか。一人でできることには限界がある。誰かとともになら困難なものに立ちむかい克服できるはずだ。会社とは、職場とはともに働き、生きる家である。仕事は長く厳しいが、いつか誇りと品格を得る時が必ずくる。笑ってうなずく時のために、新社会人の今夜はともに祝おう。
その日のために、皆で、ハイボールで乾杯。

 その日のために、皆で乾杯。
 伊集院 静
 (以上、朝日新聞の広告より引用)
      ■         ■
 私もその通りだと思います。
 職場とは
 ともに働き、
 生きる家である。
 仕事は長く厳しいが、
 いつか誇りと品格を得る時が必ずくる。
 私はお酒はほんの少ししか飲みません。
 このサントリーの広告は気に入りました。
      ■         ■
 私のような個人経営のクリニックは、
 院長も職員も家族のようなものです。
 自分の子どもと過ごすより、
 長い時間を職員と共有し仕事をします。
 美容外科や形成外科は、
 見た目を治す仕事です。
 私はこの仕事が好きです。
 患者さんの喜ぶ顔を見るのが、
 生きがいです。
 つらいこともありますが、
 がんばって仕事をしています。
 生きるためです。

投稿者 sapporobiyou : 17:11 | コメント (0)

2009年04月08日

死後の願い

 私は、医師でありながら…
 平成元年(1989年)に
 市立札幌病院に勤務するまでは、
 脳死とはどんな状態か?
 知りませんでした。
 毎日救急部へ行って、
 重症の外傷や熱傷の患者さんを、
 救急の先生と一緒に治療していました。
 私はそこではじめて脳死の患者さんを診察しました。
      ■         ■
 それまでは、漠然としか脳死を知りませんでした。
 救命救急の現場で、
 脳死とはどのような状態であるかを知りました。
 実際に、そこでチーム協力者として働いてみて…
 脳死になった患者さんがどのような状態で、
 どのような経過を取るかわかりました。
 ご家族の苦しみや、
 経済的な負担もわかりました。
      ■         ■
 私は30歳台でした。
 自分が脳死になったら臓器提供をしようと思いました。
 ある日、腎バンクの登録希望者を募集していたので、
 私はすぐに腎バンクに登録しました。
 その後、臓器移植法が整備され、
 臓器提供意思表示カードを医師会でもらいました。
 腎臓提供カードから、
 1998年に臓器提供意思表示カードに切り替えました。
 私の臓器や組織は、
 ボロボロで使い物にならないかも知れませんが?
 自分の死後に臓器が役に立つなら喜んで提供します。
      ■         ■
 自分が死んでからも…
 誰かの役に立って、
 誰かの体の一部として‘生きて’いたいと思っています。
 前にも書きましたが…
 できれば…
 私の体の一部でも(キレイな)女性の中で‘生きて’いたい…
 というのがひそかな願いです。
 家内は…
 『そんなこと言ったって無理ょ』
 と冷ややかに見ています。
 さくらんぼさんにも叱られるかなぁ…?

投稿者 sapporobiyou : 17:58 | コメント (1)

2009年04月07日

はじめての葬儀

 急性心筋梗塞で急逝した岳父の葬儀は、
 はじめての経験でした。
 家内と母は、呆然(ぼうぜん)とし、
 何も考えられない状態でした。
 義弟は、
 『どうしたんや…?』
 『じいちゃん』と号泣しましたが、
 気を取り直しました。
 義弟と私が親戚と相談しました。
      ■         ■
 頼りになったのは、
 島根県からいらした、本家のご長男でした。
 私より少し年上で、当時40歳台でした。
 義父の長兄はすでに他界していました。
 本家のご長男は葬儀や死後の手続きなど、
 何でも熟知していました。
 すごいと思いました。
 恥ずかしながら…
 私は54歳なのに、
 本間家の家紋も知りません。
 学校では教えてくれない、
 世間の常識が欠落していることを知りました。
      ■         ■
 家内は神戸で育ちましたが、
 子どもの頃は国鉄の官舎に住んでいました。
 義父が国鉄を退職後に、
 奈良県香芝市(かしばし)の新興住宅地に住みました。
 香芝市は奈良時代からの古い町並みと、
 しっかり整備された新興住宅地の、
 2つの異なったタイプの町並みがありました。
 浄土宗の林法寺は、
 実家からすぐ近くで、
 古い町並みと新しい街の境界にありました。
      ■         ■
 新興住宅地の場合、
 檀家でもない限り、
 お寺とのお付き合いはありません。
 私たちも実家へ帰る度に、
 お寺があることは知っていました。
 でも、まさかそこのお寺にお世話になるとは、
 夢にも思っていませんでした。
 山田様という和尚様が、
 おじいちゃんにお経を上げに来てくださいました。
 さすが奈良のお坊さんは徳の深い方でした。
      ■         ■
 地元の葬儀社の方がいらっしゃいました。
 葬儀をどこで行うか?
 参列者の数は?
 はじめての私たちには、
 想像もつかないことばかりでした。
 祭壇の大きさ?
 予算?
 何から何までわかりません。
 ここでも本家のご長男が活躍されました。
      ■         ■
 『うちは○○人やったけど…』
 『おじさんは、現職やから…』
 と参列者の数は、経験者でも想像がつきません。
 おじいちゃんの会社の方が、
 アドバイスをくださいました。
 退職後9年とはいえ、
 大鉄工業というJR西日本の軌道工事をする、
 大阪支店大阪営業所長をしていました。
 亡くなって葬儀にいらしていただいた方から、
 私はあらためて義父の偉大さを知りました。
      ■         ■
 葬儀社が推薦してくれたのは、
 地元の町内会館でした。
 実家から比較的近くでした。
 当時は今のようにセレモニーホールというような、
 葬儀専門のホールは近くにありませんでした。
 私は義弟とその会館を下見に行きました。
 夜遅くで閉まっていましたが、
 外観だけで狭いのがわかりました。
 ここでは(参列者が)入らないと直感しました。
 その足で林法寺へ行きました。
 立派な門がある大きなお寺でした。
      ■         ■
 亡くなった夜は、
 島根県からいらした親戚から、
 おじいちゃんの生い立ちや、
 今までの生活などをお聞きしました。
 私はそれをメモして、
 おじいちゃんの歴史と簡易家系図をつくりました。
 そのメモを清書して、
 翌日、義弟や親戚とお寺に持参しました。
 お寺で葬儀を営めないか?と
 ご住職の山田様にお願いしました。
 山田様はお話しを聞いて下さり、
 お寺の本堂での葬儀を承諾してくださいました。
      ■         ■
 お寺の境内には桜が咲き、
 立派な本堂に祭壇ができました。
 おじいちゃんの歴史から、
 慈徳大願居士という戒名をいただきました。
 小学校を出て国鉄に就職。
 働きながら定時制高校を卒業し、
 大阪工業大学2部へ進学、
 卒業はできなかったらしいですが、
 国鉄の保線区長にまでなったおじいちゃんに、
 ぴったりのいい戒名だと思っています。
      ■         ■
 私は家内には、よく文句を言っていますが、
 義父のことを立派な人だと尊敬しています。
 4月5日に義父の17回忌がありました。
 私は行けませんでしたが、
 家内と義母に
 一日の京都旅行をプレゼントしました。
 私の義父に対する供養です。

投稿者 sapporobiyou : 23:07 | コメント (0)

2009年04月06日

命日(めいにち)

 今日、4月6日は、
 岳父(がくふ:家内の父)、
 故_片寄茂八(かたよせもはち)の命日です。
 平成5年(1993年)に、
 兵庫県三田市(さんだし)のゴルフ場で、
 急性心筋梗塞で亡くなりました。
 64歳でした。
 65歳になる23日で前でした。
      ■         ■
 その日は火曜日でした。
 市立札幌病院皮膚科の外来で、
 13:30から診療を開始して、
 間もなくでした。
 看護婦さんが、
 『先生、奥さんから電話です』
 と電話を取り次いでくれました。
 『こんな時間に何だろう?』
 『子どもがケガでもしたのかなぁ…?』
 と思って電話に出ました。
      ■         ■
 電話を取ると…
 家内の声が震えていました。
 『おじいちゃんが…』
 『おじいちゃんが…、死んだって…』
 それを聞いて、
 私は自分の父親が亡くなったと、
 一瞬、思いました。
 市立札幌病院へ勤務してから、
 私は、毎日、救急部で、
 ‘ある日突然亡くなる人’を見ていました。
      ■         ■
 市立札幌病院の正面玄関は、
 午後7時に閉まっていました。
 その後は、救急部の横が通用口でした。
 私が帰宅するのは、
 午後7時以降が多く、
 救急部の公衆電話から、
 身内の急逝(きゅうせい)を伝える方を、
 何度も目にしていました。
 まさか、自分の身内が急逝するとは…
 しかも、家内の父が亡くなるとは…
 夢にも思っていませんでした。
      ■         ■
 家内に、
 『すぐに帰るから航空券を手配して』
 とそれだけを指示しました。
 私は4月に赴任したばかりの、
 竹野巨一(たけのなおかず)先生に外来をお願いし、
 直属の上司である皮膚科主任医長の
 嶋崎匡(しまざきただし)先生に報告をしました。
 亡くなったことが信じられず、
 搬送された、
 三田市民病院へ電話をしました。
      ■         ■
 義父の最期を診てくださった、
 担当の先生とお話しができました。
 『救急車で搬送されていらした時は、心肺停止でした』
 『蘇生(そせい)を試みましたが、戻りませんでした』
 亡くなったのが、
 家内の父であることを確認しました。
 亡くなる2日前まで、
 私の子どもたち2人(小4と小2)が、
 家内の実家に遊びに行っていました。
      ■         ■
 『おじいちゃんに遊園地に連れて行ってもらった』
 『おじいちゃん、ちょっと辛そうだった』
 『酸欠でなぁ』と休んでいた。
 など子どもと話していたところでした。
 今から考えると、
 下肢の動脈が細くなって、
 足が冷たいというので、
 登山用の靴下を送っていました。
 他にも前兆らしき症状がありました。
      ■         ■
 幸い飛行機に空席があり、
 午後のJALが取れました。
 新千歳空港に着くと、
 JASが少し早く出るというので、
 JASに変更しました。
 いつもはANAですが、
 この時は少しでも早い便に乗りました。
 当時は機内に公衆電話があったので、
 機内から実家へ電話をしました。
      ■         ■
 伊丹空港に到着しました。
 いつも、
 『よく来た』と出迎えてくれた義父はいません。
 空港からタクシーで、
 高速道路を飛ばしました。
 家内は一言も話しません。
 実家に着いたのは、
 午後7時頃でした。
 顔に白い布をかけられた義父が、
 布団の上に横たわっていました。
      ■         ■
 どうしてこんなことになったのか…?
 途方に暮れていました。
 そのうち、
 親戚の人たちが
 島根県から駆けつけて来ました。
 私たちは北海道からでしたが、
 東京へ出張中の義弟よりも、
 島根県からの親戚よりも
 早く着きました。
 私にとっては、唯一の救いでした。
      ■         ■
 家内は、
 『私が北海道へお嫁に来たので、お父さんが早く死んだ』
 と悔やんでいました。
 家内が回復するまで、
 何年もかかりました。
 人が亡くなる場面には慣れていた私も、
 亡くなった後のことは、はじめての経験でした。
 人が亡くなるとこんなに大変だとは知りませんでした。
      ■         ■
 親戚の人たちから、
 菩提寺(ぼだいじ)のことや、
 葬儀のことなどを教えていただき準備しました。
 おじいちゃんは、
 慈徳大願居士という名になりました。
 浄土宗の林法寺(りんぽうじ)というお寺で
 葬儀を営みました。
 桜が満開できれいでした。
 何年経っても忘れられない日です。

投稿者 sapporobiyou : 21:36 | コメント (0)

2009年04月05日

縫い方の練習

 私が医学生だった30年前も、
 現在の医学教育でも、
 採血
 縫合法(ほうごうほう)も、
 教室で勉強するだけで、
 人間
 実験台にしての
 練習はできません。
      ■         ■
 採血でしたら…
 学生同士で練習ができますが…
 さすがに…
 学生同士を
 切って
 縫う
 のはできません。
 人間にメス入れて
 切るのは…
 医師免許証を持った人にしか許されていません。
      ■         ■
 私が札幌医大形成外科の講師をしていた
 10年前に、
 形成外科を選択した6年生の学生さんに、
 縫合法という『縫い方』を教えました。
 人の皮膚を縫うことはできないので、
 皮膚に見立てた
 医療用材料(スポンジ)を、
 ナイロン糸という実際に使う糸で縫合します。
      ■         ■
 ナイロン糸は高く、
 一本、最低数百円はします。
 学生実習でも、
 手術に使う糸しか売っていません。
 一人で何本も使います。
 慣れない学生はすぐに糸を切ってしまったり、
 針を曲げてしまったりします。
 少ない予算で、
 この糸を買うのも大変でした。
      ■         ■
 糸も高価ですが…
 持針器(じしんき)という、
 針と糸をつかむ器械や、
 先の細い摂子(せっし:ピンセットのこと)も、
 高価です。
 これらの器械を揃えるのにも、
 お金がかかりました。
 予算がなかったのです。
      ■         ■
 不思議に思われるかもしれません。
 医師免許証がないと…
 切ったり縫ったりできないのに…
 実際の医学教育では、
 この切って縫う練習は、
 必須科目ではありませんでした。
 自動車の運転免許証を与えるのに、
 学科だけで、
 コースも路上もなしで、
 ペーパーテストだけで免許をもらえるようなものです。
      ■         ■
 美容師さん理容師さんの試験には、
 実技があるようですが、
 医師国家試験にも、
 看護師国家試験にも、
 実技試験はありません。
 医師免許証をいただいても、
 新米医師は何もできません。
      ■         ■
 実際に医師免許証を取得してから、
 はじめて手術を担当させていただきます。
 医学部では実際にメスを持って、
 切ることは教えてもらっていないのです。
 医師免許取得前は、
 仮免許なんてのはありません。
 大学の実習で人間を
 切ったり縫ったりはできないのです。

投稿者 sapporobiyou : 21:01 | コメント (0)

2009年04月04日

採血の練習

 私が医師免許証を取得したのが、
 昭和55年(1980年)です。
 今では信じられないことですが、
 免許取立ての頃は、
 採血も満足にできませんでした。
 医師免許を取得するまでに、
 私が採血をしたのは…
 医学部の生化学実習で一度だけでした。
      ■         ■
 私が採血をしたのは、
 同期の三浦純一先生でした。
 なんとか採血できましたが、
 採血の痕が残りました。
 私から採血したのも、
 三浦純一先生でした。
 学生同士で採血をしました。
 三浦純一先生も
 私の太くて見やすい血管からでも、
 採血するのが大変でした。
      ■         ■
 三浦純一先生は
 旭川赤十字病院で、
 長い間、小児科部長をした後で、
 みうら小児科クリニックを開業されています。
 今ではどんなに小さな子どもさんからでも、
 採血ができると思います。
 小児科の先生は採血のエキスパートです。
 その生化学実習は、
 採血の練習が目的ではなく、
 血液中の脂質?か何かを測定するために、
 血液を取る必要があったために、
 学生同士で採血をしただけでした。
      ■         ■
 看護師さんも、
 看護師免許を取得するまでは、
 患者さんからの採血はできません。
 免許取得後に、
 はじめて他人に針を刺せます。
 最初は誰でも下手です。
 何回も失敗して、
 針を刺した回数が増えれば増えるほど、
 上達するものです。
      ■         ■
 中学校を卒業後に、
 高校の衛生看護科に進学すると、
 18歳で准看護師の免許証を取得できます。
 大卒で保健師・看護師の免許証を持った人より、
 高卒後に准看護師を取得。
 実務経験を積みながら、
 看護師となった方の方が、
 採血も注射も上手です。
      ■         ■
 私が北大形成外科の研修医となった頃は、
 静脈注射は医師の仕事でした。
 実際には、
 看護師さんの方が、
 はるかに上手でしたが、
 研修医の仕事として、
 私たちが注射針を刺していました。
 忍耐強い患者さんが、
 『先生、今日は3回まで』
 3回まで失敗しても許してあげるね
 注射をさせてくださいました。
      ■         ■
 私に包帯の巻き方を教えてくださったのは、
 北大形成外科外来の看護師、
 畑端雅子(はたばたまさこ)さんでした。
 何かわからないことがあると、
 はたばたさ~ん
 はたばたさ~ん
 と頼って、
 教えていただいていました。
      ■         ■
 処方箋の書き方や、
 軟膏の塗り方を教えていただいたのも、
 ガーゼのたたみ方を教えてくださったのも、
 外来の畑端さんでした。
 こうして、私は少しずつ成長しました。
 今日があるのは、
 みなさまのおかげです。
 30年経っても…
 私を教育してくださった方に感謝しています。

投稿者 sapporobiyou : 21:33 | コメント (0)

2009年04月02日

医学部合格への道②

 私が卒業したのは、
 国公立大学医学部の中では、
 ランクが下の、
 札幌医科大学です。
 それも約30年前です。
 偉そうなことは言えませんが、
 これから医師を目指す方へのアドバイスです。
      ■         ■
 東大理Ⅲや慶応(医)など、
 超難関の医学部ではありません。
 志(こころざし)を持って、
 サラリーマンの子弟でも行ける、
 ふつうの国公立大学医学部への、
 合格への道です。
 最難関の東大理Ⅲでも、
 医師国家試験合格率は100%ではありません。
 入学後に留年する人もいます。
 国家試験に合格していただける、
 医師免許証は国立でも私立でも同じです。
      ■         ■
 札幌市内で進学校といわれる、
 札幌南や札幌北でも、
 現役合格が難しいのが、
 国公立大学の医学部です。
 先日ご紹介した、
 深澤信博先生の文章
 にありましたが、
 医師となった喜びを感じられるのは、
 幸せは他人に尽くせること,
 そしてその人の喜びと感謝の気持ちに
 共感できることです。
      ■         ■
 医師になって30年が経ちます。
 私は深澤先生のように立派な医師ではありません。
 苦労して勉強して
 医師になってよかった
 と思うのは、
 先生、ありがとうございました
 と言っていただけた時です。
 時には予想外の結果で、
 苦言をいただくこともあります。
 そういう時にも、できる限りのことをいたします。
      ■         ■
 勉強は孤独です。
 自宅に引きこもっていると
 自分を見失う恐れがあります。
 朝、早くから夜遅くまで、
 全員が勉強をしている環境にいると、
 自然と勉強するようになります。
 成績を向上させるコツとポイントは、
 よい先生や参考書を見つけることです。
      ■         ■
 私は回転寿司に行くと、
 隣の人が注文した美味しそうなネタを、
 注意深く見ています。
 そうすると、
 美味しいネタがわかります。
 受験勉強も同じです。
 予備校の自習室などを利用すると、
 成績がよい人がどんな勉強をしているかわかります。
 友だちになって、
 話しをするのもよい方法です。
      ■         ■
 高校生向けの予備校の授業は、
 先生がよければ成績UPにつながります。
 進学校と呼ばれる学校でも、
 科目によって先生を選ぶことはできません。
 予備校の授業は、
 先生を選択して受けることができます。
 私は化学の授業で自分の医進クラスではなく、
 他クラスの授業を聴きに行きました。
 その橋本先生は北大理学部の大学院生でしたが、
 とても明快な授業でした。
      ■         ■
 お金持ちになりたいなら、
 医学部を受験することはおすすめしません。
 投資家や上場企業の社長さん、
 IT関連の社長さんをおすすめします。
 他人の役に立ちたい
 自分も困ったので
 医学を勉強したい
 という人に医学部へ進学して欲しいと思います。
 人生は何が幸いするかわからない、
 努力+αがあるかもしれない
 という深澤先生のお言葉に同感です。
 医学部を目指して頑張ってください。

投稿者 sapporobiyou : 21:54 | コメント (1)

2009年04月01日

四浪(よんろう)

 平成21年4月1日、北海道新聞『いずみ』への投稿です。
 四浪
 この春、四浪の末、
 息子が大学生になる。
 息子はひたすら勉強し、
 親は祈り続けた。
      ■         ■
 去年の合格発表の日。
 「最後の1年で結果を出せなかった。もういいだろう」
 と主人に言われ、
 「母さんごめんね」
 と声を上げて泣いた息子。
 その姿を見て、
 なんとかしてやらなきゃ、と思い、
 主人に
 「もう1年やらせて」と頼み込んだ。
      ■         ■
 そうやって与えたこの1年が、
 息子にとって、
 かえってつらいものになっていないだろうか、
 あの時
 あきらめさせるべきだったんではないか、
 と何度も後悔しかけた。
      ■         ■
 合格ラインに届かなかったセンター試験。
 それでも志望を変えずに
 逆転を狙って出願した2次試験を経て、
 息子は執念で合格を勝ち取った。
 いろんな人に
 いろんなことを言われた4年間だった。
      ■         ■
 高校卒業後、
 社会人になった娘は、
 精神的に大きな支えとなってくれた。
 この結果ですべてが報われた。
 「親として間違いじゃなかった」
 と思わせてくれた息子に、
 私は心から感謝した。
      ■         ■
 合格発表後の息子の声は、
 明るくて大きい。
 生き生きとした息子の声を、
 久しぶりに聞いた気がする。
 一番つらかったのは本人だっただろう。
      ■         ■
 この4年間を思えば、
 今後の6年間、
 医学生として
 息子は頑張り続けられるはずだ。
 浮かれることなく、
 責任重大な職業を
 選ぼうとしていることを忘れないで。
 本当に見たかった桜が、
 ようやくわが家に咲きそうだ。
 平松奈緒美(45歳・パート)
 =十勝管内音更町
 (以上、北海道新聞より引用)
      ■         ■
 平松様に心からおめでとうございます
 祝福のメッセージをお送りします。
 私は4年間、
 札幌医科大学形成外科の講師として働きました。
 その間、400人の医学生に、
 形成外科の講義をしました。
 四浪(よんろう)なんてふつうです。
 社会人経験者も、
 妻帯者もいました。
      ■         ■
 補欠合格で入学しようと、
 四浪で合格しようと、
 医師としての資質には、
 まったく関係ありません
 むしろ、
 ご子息は素晴らしいお医者さんになれます。
 私の同級生を見ても、
 四浪以上で入学して、
 素晴らしい院長になっている先生が何人もいます。
      ■         ■
 卒後30年もして同期会をすると、
 現役合格で一番若い先生が、
 一番老けて見えたりすることもあります。
 4年間は決して無駄ではなかったのです。
 むしろ現役合格で入学後に、
 大学に失望してやる気を無くする人もいます。
 多浪して入学した学生さんは、
 大学に対する情熱が違います。
 しっかり勉強して落第率も低いです。
 (100人入学すると6年間で10人以上落第します)
      ■         ■
 札幌医科大学の入学式は
 4月3日(金)ですね。
 医学部は入学後も勉強が厳しいです。
 実習もあり、レポートもあります。
 6年後には難関の医師国家試験もあります。
 医学部と保健医療学部だけの
 札幌医科大学は、
 総合大学に比べて欠点もあります。
 ただ、よいところもたくさんあります。
 医師国家試験合格率は北大(医)より上です。
      ■         ■
 平松さんのお母さん、
 ご苦労様でした。
 よかったですね
 私の後輩となった平松君へ、
 入学おめでとう
 大いに青春を楽しんでください。
 よい先輩や素敵な彼女を見つけてください。
 心から4年間の努力に敬意を表します。
 6年間勉強して、
 素晴らしいお医者さんになってください。

投稿者 sapporobiyou : 18:14 | コメント (1)

2009年03月31日

埋没法が取れた②

 埋没法が何度も取れるのは…
 原因があります。
 技術的に未熟な先生が
 手術をした不幸な例もありました。
 最近多いのは…
 眼瞼下垂症の方に、
 埋没法の手術をした例です。
 下垂の程度にもよりますが、
 埋没法で眼瞼下垂症が一時的に治ることがあります。
 でも取れてしまうのです。
      ■         ■
 患者さん本人が、
 眼瞼下垂症に気付いていないことも、
 多数あります。
 小学校から学級写真を撮ります。
 小学校・中学校の写真を見ると…
 いつもあごを上げています
 高校生くらいになると、
 目を大きく見せようとして、
 懸命に眉を上げて…
 目を大きくして写真を撮っています。
 眉が上がっているのを隠すために…
 前髪を下げて眉を隠しています。
      ■         ■
 こんな方は、
 教室の一番前で…
 見上げるようにして黒板を見るのが苦手です。
 子どもなのに肩が凝っていて、
 おでこにしわができています。
 本人も両親も
 気付いていないことが大部分です。
 アイプチをするようになっても、
 なかなか決まりません!
      ■         ■
 勇気を出して美容外科へ行き
 念願の二重を手に入れたのに…
 わずか数ヵ月でラインが薄くなってきました。
 保証つきだったので、
 もう一度、お直しの手術を受けました。
 それなのに…
 また数ヵ月でラインが薄くなってきました。
 他の美容外科へ行き、
 高い埋没法を受けました。
 それなのに…
 二重のラインは消えてしまいました。
      ■         ■
 私のところへいらした時には、
 片目に8本ずつ、
 合計16本の糸が入っていた方も…
 いらっしゃいました。
 手術前の写真は、
 証拠隠滅のために、
 ありませんでした。
 どこの美容外科で何回手術をしたかも?
 正確に覚えていらっしゃいませんでした。
      ■         ■
 眼瞼下垂症の手術をしました。
 埋没法の糸を取るだけで大変です。
 何本入っていたか?
 わからないという方は、
 糸を探すだけでも大変なのです。
 (糸を外す料金は保険の規定でいただきません)
 ためしてガッテンのおかげで、
 有名になった眼瞼下垂症ですが、
 まだまだ…
 一般の方には知られていない病気が、
 眼瞼下垂症です。

投稿者 sapporobiyou : 21:00 | コメント (1)

2009年03月30日

褥瘡(じょくそう)学会北海道地方会

 平成21年3月28日(土)に、
 日本褥瘡(じょくそう)学会北海道地方会が、
 札幌コンベンションセンターでありました。
 300人以上の看護師、医師、介護職員、研究者など
 多数の参加で会場は満席でした。
 日本褥瘡学会は、
 私の恩師である、
 大浦武彦先生が平成10年に設立されました。
      ■         ■
 褥瘡(じょくそう)とは床ずれのこと。
 ベッド上で寝ている時にできるきずです。
 高齢化社会を迎え、
 褥瘡で悩む多くの人を診察して、
 大浦武彦先生が専門的な予防と治療の必要性を考え、
 この学会を設立されました。
 最初の学会は東京の品川でありました。
      ■         ■
 第一回の学会なのに…
 会場は人であふれていました。
 その数の多さに私は驚きました。
 この10年間に褥瘡治療は大きく進歩しました。
 医学部や看護学部、看護学校でも、
 褥瘡の講義は少なく、
 医療従事者であっても、
 正しい知識を持っていませんでした。
      ■         ■
 大浦武彦先生は、
 日本全国、世界中を飛び回って、
 褥瘡の講演をなさり、
 その間に在宅診療もなさり、
 スーパーマンのように…
 褥瘡治療の教育と啓蒙をなさいました。
 その結果、
 一度に数百人の看護師さんなどが集まるほど、
 褥瘡学会を大きくなさいました。
 実にすごいことです。
      ■         ■
 3月28日の学会では、
 教育セミナーも開催されました。
 この10年間で進歩したものに、
 褥瘡予防マットレスがあります。
 ランチョンセミナーでは、
 ㈱モルテン
 梶原隆司様の講演がありました。
 私も実際にマットレスに寝てみました。
 もし万一寝たきりになったら、
 このマットレスだったら褥瘡ができないと思いました。
 介護・福祉系の方には
 是非参加していただきたい学会です。

投稿者 sapporobiyou : 20:52 | コメント (1)

2009年03月29日

安心LASIK

 今朝の朝日新聞に、
 視力回復手術
 被害防ぐには
 説明と検査_万全な眼科へ
 という記事が掲載されていました。
 東京都中央区保健所によると、
 銀座眼科でレーシック手術を受け、
 感染性角膜炎などになった方が、
 2009年3月27日現在、同眼科からの報告で75人。
 少なくとも4人は角膜移植の検討が必要。
 2人は今も入院している、
 と書かれていました。
      ■         ■
 2009年3月6日、東京地裁に提訴。
 医療問題弁護団によると、
 溝口院長との関連を
 確認できた被害報告は101件(3月26日現在)。
 調査中の報告もあり、
 「今後も増加することが予測される」という。
 健康被害を受けられた方に
 お見舞い申し上げます。
 一日も早い回復をお祈りいたします。
      ■         ■
 昨日、ニューヨークからお電話をいただいたように、
 日本でも米国でも、
 どんな先生を選んだらよいのか?
 実に難しい問題だと思います。
 ネットで【レーシック】と検索しても…
 たくさんのサイトが出てきます。
 大部分が特定のクリニックへ誘導する、
 広告目的のサイトです。
 同じことが【わきが】を検索しても言えます。
      ■         ■
 私はニューヨークからの相談者のために、
 英語で【わきが】を検索してみました。
 厳密には、英語に【わきが】に相当する単語がなく、
 わきの手術をしっかりしているクリニックを、
 英語で検索してみました。
 残念なことに、
 米国でも広告のサイトはたくさんありましたが、
 しっかりと手術を説明しているクリニックは、
 見つけられませんでした。
 相談者には別の方法をお教えしました。
      ■         ■
 レーシック手術は、
 確かに魅力的な手術です。
 朝日新聞には、
 慶応大学眼科の坪田一男教授のコメントが載っていました。
・日本眼科学会認定の専門医であること。
・術前の説明、術後のチェック体制がしっかりしていること。
・初めて受診した日に手術するのは望ましくない。
・手術までに2回程度は受診してもらう必要がある。
 この坪田先生の基準は一つの目安になります。
      ■         ■
 最後に、
 安心LASIKネットワークについて書かれていました。
 ここに掲載されている眼科でしたら、
 安心してレーシック手術を受けられる
 一つの目安になると思います。
 ただ、
 大学病院だから…
 大きな眼科の病院だから…
 絶対に安全というわけではありません。
 大学病院でも
 たくさんの医療事故や医療訴訟があります。
      ■         ■
 最後に先生を選ぶのは、
 あなた自身のです。
 いろいろな情報を集めて、
 実際にそのクリニックや病院へ行って、
 ほんとうに自分の大切な目を
 その先生にお願いしていいかどうか?
 ご自分で確かめるのです。
 彼氏彼女を選ぶのと
 同じです。
 最後は自分の責任で選ぶのです。

投稿者 sapporobiyou : 19:10 | コメント (0)

2009年03月28日

ニューヨークからの相談電話

 今朝、午前5:20に電話が鳴りました。
 『お父さん電話。英語!』
 家内が寝ぼけ眼で電話を取りました。
 私は寝ていたのですが…
 “Hello! Good morning.”
 『もしもし、おはようござます。』
 と電話に出ました。
      ■         ■
 ちょっと暗い声の女性が英語で話してきます。
 こんにちは、ニューヨークからお電話しています。
 私はわきのことで悩んでいます。
 そちらのウエッブサイト(ホームページ)を見て
 お電話を差し上げました。
 半分眠っていた私は、
 ニューヨークからわきの相談で、
 電話が来たことがわかりました。
      ■         ■
 ニューヨークからの電話もよく聞こえます。
 相談者の方は、
 28歳の女性。
 職業は看護師さんです。
 ニューヨークでワキガ手術について調べ、
 何と!
 札幌美容形成外科の英文HPを見つけられて、
 相談のお電話をくださいました。
      ■         ■
 いろいろ調べてみると、
 わきの手術は日本の方が進んでいることがわかり、
 ホームページに書いてあった番号に、
 国際電話をかけてくださったそうです。
 過去に何度かメールでのご相談はありましたが、
 国際電話は今回を含めて3回です。
 勤務時間中に職員が電話を取ると、
 『先生、電話です。英語です!』
 と困った顔で、
 私のところへ子機を持って来ました。
      ■         ■
 ニューヨークの相談者の方は、
 看護師という職業で、
 わきの汗と臭いでほんとうに困っている様子でした。
 いつも臭いがするんじゃないかと心配です。
 シャワーは毎日、
 食事にも気をつけています。
 ベジタリアンにもなりましたが、
 残念なことに何も変わりません。
 周囲の人が私の臭いに気付いているか?と心配です。
      ■         ■
 わきの事で悩むのは、
 日本もニューヨークも同じですね。
 私は眠いのも忘れて、
 わきの手術は簡単ではないし、
 看護師さんだったら、
 一ヵ月近い休みが必要なこともあります。
 手術後の安静を保たなければ、
 血腫という術後合併症を起こすこともあります。
 などを…
 英語で説明しました。
      ■         ■
 さすがに日本に来て手術は無理なので、
 ニューヨークでアジア系の形成外科医を探すか、
 わきの手術をたくさんしている先生を見つけるように
 アドバイスをしました。
 家内は、
 日本はまだ5:20です。
 とどうして言わなかったの?
 と早朝の電話にちょっと怒っていました。
 私は怒るよりも…
 Thank you for listening to me and taking the time out to speak with me today. I really appreaciate it.
 お話しを聴いていただきありがとうございました。
 というメールが来て、
 時差のことも忘れて嬉しく思っていました。

投稿者 sapporobiyou : 16:49 | コメント (1)

2009年03月27日

医学部合格への道

 医師や弁護士だけが良い職業だとは思いません。
 納棺師も葬祭業も立派な職業です。
 果樹園や酪農業も立派な職業です。
 どんな職業でも、その道の苦労があります。
 苦労しなくては、よい製品はできません。
      ■         ■
 楽で儲かりそうだから…とお考えの人には、
 医師も弁護士もつとまらないと思います。
 私が尊敬する、
 弁護士の高橋智(さとる)先生も、
 毎日、早朝から深夜まで、
 お仕事をなさっていらっしゃいます。
 司法試験に合格するまで、
 北大法学部の給湯室
 朝から夜まで勉強されました。
      ■         ■
 国公立大学の医学部は難関です。
 合格するには、
 他人が遊んでいる間も…
 勉強するという努力が必要です。
 私はたくさんの先生に助けていただき、
 医学部に合格することができました。
 何十年たっても
 感謝の気持ちを忘れたことはありません。
      ■         ■
 私は小学校→中学校と、
 一番になったことはありませんが、
 美唄、夕張という炭鉱街の学校で、
 成績はそこそこよい方に入っていました。
 ところが…
 札幌西高校へ入学して、
 一気に順位は低下しました。
 世の中には
 頭が良い人がいるものだなぁ…
 とつくづく思いました。
      ■         ■
 夕張から札幌へ来て、
 勉強をサボったのではありません。
 毎日、高校で習ったことを復習して、
 次の日の予習をするだけで、
 夜遅くまでかかりました。
 部活をする余裕もありませんでした。
 高校へ入学した頃は、
 自分一人で勉強をしていました。
      ■         ■
 私の成績が少しずつ上昇しだしたのは、
 高校2年生の頃でした。
 仲の良い友人(男子)から、
 勉強法を教えてもらいました。
 国語が苦手だったので、
 国語が優秀な友人に聞きました。
 本間、本を読め。
 本間、新聞を読め。
 本と新聞を読む習慣は、
 この友人に教えてもらいました。
      ■         ■
 私が何とか…
 医学部の合格圏内に近づけたのは、
 予備校の講習で、
 生物の矢野雋輔先生の講義を
 お聞きしてからでした。
 自分が講義をする立場になってからは、
 少しでも矢野先生のように…
 学生さんに夢と希望を語るような、
 印象に残る講義を心がけています。
      ■         ■
 私が知っている人で、
 医師を目指していた人がいました。
 彼はとても性格のよい青年でした。
 ただ、何年受験しても合格できませんでした。
 しまいには、日本の医学部は難しいので、
 外国へ行って医師免許を取ると言っていました。
 彼が医師になったかどうかはわかりません。
      ■         ■
 一部の頭のデキが違う人は、
 塾にも予備校にも行かずに、
 難関の大学に現役合格ができます。
 でも…
 私のように凡人の頭では、
 勉強の仕方
 入試の傾向と対策
 面接の極意
 などを予備校の優秀な先生に教えてもらうのが、
 医学部合格への道です。

投稿者 sapporobiyou : 22:06 | コメント (0)

2009年03月26日

深澤信博先生の文章

 メディカルトリビューンという
 お医者さん向けの情報誌があります。
 2009年3月19日号に、
 掲載された文章をご紹介いたします。
 国立高崎病院小児科の深澤信博先生です。
 リレーエッセイ547
 続・時間の風景
 50歳台後半
 ―小児科医の決意
 国立病院機構高崎病院救急外来部長(小児科)深澤信博
 私は,自治医科大学の1期生です。自治医科大学の1期生には,WHO西太平洋事務局事務局長の尾身茂氏を始め,自治医科大学,札幌医科大学,信州大学の医学部教授,日本家族計画所の所長,日本ヘルスプロモーターセンターのI氏など全国版の著名かつ才能豊かな先生方が存在します。しかし私のような1期生もいるのです。
      ■         ■
 そもそも自治医科大学は,日本の僻地医療の解消と地域医療の充実を目的に1972(昭和47)年に開設されました。授業料の全額と生活費の一部が貸与され,大学在学年数の1.5倍の期間,出身県の指定する医療機関に勤めれば返済の義務はなくなるという契約を交わす大学です。
      ■         ■
 昭和46年に高等学校を卒業し現役では医学部に入学できず浪人の身になりました。どこで自治医科大学の開校を知ったのか記憶にないのですが,受験大学が1校増えたことはうれしく(1浪していましたので国公立しか受ける余裕はありませんでした),試験に臨みました。
      ■         ■
 試験の結果は不合格でした。そのため,すでに合格していた工学部建築学科に入学する手続きをしましたが,補欠合格の知らせが入り,自治医科大学に入学することができました。現在の受験制度では補欠合格は存在しないとのことですが,正規の合格者に辞退が出たために入学資格が回ってきた訳です。
      ■         ■
 補欠入学者を誰に決めるかは内中書の内容,試験の点数,面接の状況などを総合して大学の理念にどれだけ合っているかを数授会や事務幹部の会議などで多くの時間をかけて検討したものと思います。ですから,補欠合格した自分は正規入学者よりもかえって大学から選ばれ望まれて採用されたのだと(勝手に)思い込んでいます。
      ■         ■
 この大学への恩(報恩)と感謝のため,“名医にはなれないが良医にはなろう,公的病院の勤務医として働こう”と心に決めました。卒業当時,すでに内科系は臓器別に専門が分かれ,また患者さんの全体を診るよう指導されていたため,小児科を選び,群馬大学小児科学教室に入局しました。
      ■         ■
 1年目は大学勤務,2年目から6年目までは関連病院の小児科勤務。7年目,8年目は僻地勤務で国保診療所勤務。診療所は職住一致で,妻はこの頃の生活が(出産もあり)一番思い出深いようです。その後,自治医科大学に戻り,昭和61年から平成1年の約3年間,消化器内科,循環器内科,呼吸器内科の3科をそれぞれ1年間ずつシニアレジデントの身分で研修させてもらいました。3年間の内科研修後は,また群馬に戻り小児科医として働くつもりでしたが,人事の時期ではなかったため,なかなか職場が決まりませんでした。
      ■         ■
 知人から,新しく小児科を開設したいと希望している病院があることを知らされ,妻と2人で面接に行きました。公的医療機関ではありませんでしたが,仮契約をしました。その帰る途中で,現在勤務している高崎病院(当時・国立高崎病院)のそばを通り,“こんな病院に勤められればいいね”と妻と話し合ったのを覚えています。その翌年の正月,実家に帰っていた私の元へ群馬大学小児科の医局長から“高崎病院勤務者が開業のため2月いっぱいでやめる。その後に勤めないか”との連絡がありました。公的医療機関の勤務を希望していましたのですぐに決めさせて頂き,その後現在まで20年にわたって勤めることとなりました。
      ■         ■
 私は医者となって今年で31年目になりますが,研究歴も専門性もない一般小児科医です。作家の見川鯛山氏が著書『医者ともあろう者が』でご自身のことを“日本でもめずらしい博士号のない医者”と述べていますが私もその一人です。しかし診療に関しては迅速さと患児やその家族に対しての誠実さを心がけ,地域医師会とも良好な関係を保つよう心がけています。
      ■         ■
 最近は小児の時間外医療についての様々な意見がありますが,家族の心配さを思えば“コンビニ化”もいたし方ないと考えています。体力が続く限りは診療依頼を拒まないつもりです。
      ■         ■
 オバマ大統領は就任演説の中で,“我々が直面している新しい試練に立ち向かうためには新しい道具が必要かもしれないが,成功するかどうかは労働と誠実さ,勇気,フェアプレー,忍耐,好奇心,忠誠心や愛国心などにかかっている。古くから言われていることだ。だが真実だ”と述べています。医療に関しても同様で,“迅速さや誠実さ”が大事なものと思います。
      ■         ■
 1年浪人したことが自治医科大学の開校と一致した,補欠合格が良医と地域医療を心がけるきっかけとなった,公的病院勤務の希望が突然かなったなど,私はまだ50歳代の後半ですが“人生は何が幸いするかわからない,努力+αがあるかもしれない"と思っています。
      ■         ■
 “現在の結果はその過去に原因がある。未来の結果は現在が原因する”と言う言葉があります。過去は変えられないが,未来は現在の生き方で変えられるというものです。幸せは他人に尽くせること,そしてその人の喜びと感謝の気持ちに共感できることと思います。これからの人生に向け,迅速性はだんだん落ちてきましたが,誠実さは失わないで診療に励むつもりです。
 (以上、メディカルトリビューンより引用)
      ■         ■
 私は補欠合格で医学部へ入学し、
 素晴らしい医師になられた先生を、
 何人も知っています。
 合否の分かれ目が、
 ほんの一点差であることは、
 現在の大学入試制度では珍しくありません。
      ■         ■
 北海道でも多数の自治医大卒業生が、
 活躍なさっていらっしゃいます。
 町立厚岸病院でご活躍の
 佐々木暢彦先生も、
 自治医大の卒業生です。
 これから医学部を目指す学生さん、
 医学生のみなさんに読んでいただきたいと思い、
 長文の記事を引用しました。

投稿者 sapporobiyou : 16:21 | コメント (0)

2009年03月25日

増えてほしい苦労人の医師

 平成21年3月25日、朝日新聞
 声の欄への投稿です。
 増えてほしい
 苦労人の医師
 精神保健福祉士
 薮 純子 (東京都新宿区 48)
 精神科の外来受付で、
 「医師に会いたい」という女性が
 「入院患者さんを診ているのでだめ」と
 強い口調で断られていた。
 別の医師が対応してくれるといいのにと思った。
       ■         ■
 私の知っている精神科医には名医が多いが、
 別の病院で目撃した例に、
 こんなことがあった。
 患者が病気で働けず、
 親の死後どうしたらいいのか困惑していると、
 担当医師が「親は必ず死ぬよー」。
 患者はショックを受けたに違いない。
       ■         ■
 医師は確かに正しいことを言っている。
 しかし、
 病人にそんな言い方をしてはいけない。
 ショックで自殺でもしたらどう責任を取るのだろう。
 患者は
 「まだまだ大丈夫ですよ」
 言われて、
 やっと自立に向けて頑張る気になるものである。
       ■         ■
 医師は医学部受験を勝ち抜いてきた
 「お坊ちゃま成功者」が多い。
 それでも、
 感受性の強い優しい人や
 挫折を乗り越えてきた苦労人なら、
 患者と共感できる医師になれる。
 そんな精神科医が多く生まれることを望む。
 (以上、朝日新聞より引用)
       ■         ■
 現役合格をした優秀な学生さんを
 否定するのではありません。
 ただ、
 「お坊ちゃま成功者」
 という言葉がぴったりの学生さんが、
 現実に存在します。
 小さい時から、進学塾に通い。
 名門校でもトップクラスの成績でないと、
 有名国立大学医学部に、
 現役合格はできません。
      ■         ■
 私の身近に、
 中学2年生の時に、
 病気になって病院へ行き、
 『先生、ぼくの病気は治るんですか?』
 と医師に尋ねたところ、
 『あぁ、一生治りません。』
 と言われショックを受け、
 それから医学部を目指した医学生がいます。
      ■         ■
 彼は苦労して、
 浪人して…
 医学部へ進学しました。
 『一生治りません』と言われた病気とも、
 上手に付き合って、
 今のところ元気に学生生活を送っています。
 彼が苦労人だとは思いませんが、
 少なくとも他の人よりは、
 他人の苦しみが理解できると思います。
      ■         ■
 他にも、
 小さい頃からアレルギー性鼻炎に悩まされて、
 耳鼻科医師になった先生。
 小さい頃からアトーピー性皮膚炎に悩まされて、
 皮膚科医師になった先生。
 自分の父親が盲人なので、
 眼科医師になった先生。
 たくさんの
 ‘病人’の苦しみを知っている、
 先生がいます。
 みなさんとてもよい先生です。

投稿者 sapporobiyou : 16:36 | コメント (0)

2009年03月24日

浪人は無駄ではない

 毎年、今の時期になると、
 新聞に各予備校の宣伝が掲載されます。
 有名大学へ合格した生徒さんが、
 顔写真入りで載っています。
 おめでとう
 心から祝福のエールを送ります。
      ■         ■
 残念なことに…
 志望校に合格できず、
 浪人が決まった人も、
 たくさんいらっしゃると思います。
 予備校の学費を負担する親は大変ですが、
 私は自分の経験から、
 浪人は無駄ではない
 と声を大にして言います。
      ■         ■
 私は4年間、
 札幌医大形成外科の講師として働きました。
 思い出したくもないような、
 嫌な出来事もありましたが、
 たくさんの学生さんと話しができ、
 私の考えを伝えることができたのは、
 人生で有意義な期間でした。
      ■         ■
 その時に感じたことですが、
 現役で優秀な成績で合格した学生さんより、
 何年も苦労して入学した学生さんが、
 いいお医者さんになります。
 教科書や参考書、
 試験問題など…
 一度見ただけで、
 写真に撮ったように覚えてしまう、
 超優秀な学生さんがいます。
      ■         ■
 そういう人は試験には強いし、
 要領よく定期試験をクリアーし
 6年間で卒業します。
 今の医師国家試験は、
 すべてペーパーテストで決まります。
 面接や実技試験はありません。
      ■         ■
 医師国家試験に合格して、
 研修医として働きはじめた先生
 朝、顔も洗わないで、
 髭(ひげ)も剃らないで、
 歯も磨かないで、
 病院に来て私に叱られた人がいました。
 電話が鳴っても、
 『………もしもし………』
 しか言えない人がいました。
      ■         ■
 医学部では礼儀作法は教えません。
 電話応対の仕方も教えません。
 今はOSCE(オスキー)という、
 模擬患者さんとの医療面接があります。
 昔より少しはマシになった?
 かも知れませんが、
 社会常識がない人も医師になれます。
      ■         ■
 浪人して苦労して、
 挫折感を味わうことは、
 人生にとってとてもよい肥料だと思います。
 医療者以外に進む人にも大切なことです。
 私が尊敬する、
 弁護士の高橋智先生も、
 北大法学部の給湯室で苦労なさった時代のことを
 何度も書かれています
      ■         ■
 浪人が決まった皆さん、
 元気を出してがんばってください
 おじさんは応援しています
 現役合格した
 優秀な学生さん
 受験勉強で選択科目になかった…
 社会常識も勉強しましょう。
 本や新聞を読むことをおすすめします。
 社会人となってから役立ちます。

投稿者 sapporobiyou : 22:46 | コメント (0)

2009年03月23日

本間家のルーツ

 さくらんぼさんから、
 3月21日に山形の風景を送っていただきました。
 おくりびとに映っていた、
 山形の雄大な風景は、
 どこの山なのだろう…?
 と考えていました。
 山形へ行ったことはありませんが、
 さくらんぼさんの果樹園から見える、
 遠くの山並みを反対側から見た風景だろうか…?
 などと考えていました。
      ■         ■
 3月21日の山形は風が強く、
 強風の中でハウス栽培用の、
 パイプを組み立てていらっしゃると伺いました。
 美味しい果物を作るのは、
 ほんとうに大変なことだと思います。
 毎日、ご苦労様です。
 おくりびとを見てから、
 山形へ行ってみたくなりました。
 とてもきれいなところですね。
      ■         ■
 北海道はもともと蝦夷(えぞ)の地でした。
 明治時代に私たちの先祖が、
 日本全国から入植しました。
 本間家のルーツについてはよく知りません。
 私が高校生の頃に、
 本間家の、
 遠い親戚という方がいらしたことがあります。
 私の父で2代目。
 私は3代目です。
      ■         ■
 私の家は屯田兵ではなく、
 祖父は郵便局や国鉄に勤務していたと聞いています。
 ルーツをたどると、
 新潟県の佐渡島だそうです。
 山形県酒田市には、
 本間美術館があります。
 私は行ったことがありません。
 こちらの本間様とも、
 何らかのつながりがあるようです。
 明治時代に私の先祖が、
 北海道に来なければいけなくなったのは?
 何か理由があるのだと思います。
      ■         ■
 市立札幌病院に勤務していた時に、
 同じ本間姓の先生がいらっしゃいました。
 その本間先生は、本間様
 末裔(まつえい)だと話されていました。
 どこかで、ご先祖様がいっしょなのかも?です。
 私が知っている山形は、
 東京行きの飛行機の窓から見える、
 蔵王連峰だけです。
 航路にもよるようですが、
 お天気がよいと見えることがあります。
 昔は、
 皆様の右手に蔵王がご覧いただけます
 と機内アナウンスが流れたこともありました。
 時間ができたら山形へ行ってみたいです。

321.jpg
2009年3月21日
山形の風景


ya3.jpg
2008年5月17日
山形の風景


投稿者 sapporobiyou : 22:08 | コメント (0)

2009年03月22日

性同一性障害

 おくりびとの冒頭の場面は、
 美しい女性の葬儀からはじまります。
 実際の撮影は女優さんだったと思いますが、
 後の場面で、
 美しい女性に、
 男性器ついている
 ことがわかります。
 死化粧を男性用にするか?
 女性用にするか?
 とご両親に問う場面がありました。
      ■         ■
 美しい女性として、
 死化粧を施していただき、
 お父さんが感謝の言葉を述べていました。
 男に生まれた息子
 女の格好になって、
 亡くなってしまった。
 息子がこんなになってしまってからは、
 毎日、喧嘩ばかりだった…
 と話されていました。
      ■         ■
 性同一性障害
 (GID:Gender Identity Disorder)
 という診断名は、
 私が医学生だった30年前にはありませんでした。
 日本精神神経学会は、
 生物学的には完全に正常であり,
 しかも自分の肉体がどちらの性に属しているかを
 はっきりと認識していながら、
 その半面で、
 人格的には自分が別の性に属していると確信している状態
 と定義しています。
      ■         ■
 1997年に
 日本精神神経学会から
 「診断と治療のガイドライン」が発表されました。
 性別適合手術(Sex Reassignment Surgery:SRS)が
 埼玉医大倫理委員会から承認を得て、
 厚生省公衆衛生審議会精神保健福祉部会、
 中央児童福祉審議会母子保健部会の了承を受けて、
 1998年10月16日に、
 埼玉医大総合医療センターで、
 形成外科の原科孝雄教授により
 実施されました。
      ■         ■
 原科孝雄先生は、
 マイクロサージャリーの権威です。
 事故で陰茎を失った男性に、
 遊離皮弁という技術で
 陰茎再建手術をなさいました。
 札幌で行われた国際学会の時に、
 原科先生のご発表がありました。
 同時通訳の女性が、
 スライドを見て思わず『わぁ~』と
 声を上げたのを覚えています。
      ■         ■
 形成外科の進歩にもかかわらず、
 男性器をつくるのはとても難しい手術です。
 特に機能する
 伸びたり縮んだりする
 のは…不可能に近いとお考えください。
 私が知っている範囲の知識では、
 立っておしっこができて、
 おしっこが漏れないようにするのも、
 なかなか大変な手術です。
      ■         ■
 男性器どころか?
 肉の塊がついただけで、
 おしっこは漏れてしまい、
 立っておしっこができない男性器も
 たくさんあると思います。
 男性女性への手術も大変です。
 つくった腟の中に毛が生えてしまったり、
 小さくなってしまったり…
 とにかく性器をつくる手術はとても大変なのです。
      ■         ■
 うちの奥さんを含めて、
 大部分の一般市民の方は、
 外国へ行けば…
 簡単に
 取ったりつけたりしてくれる
 と思われている?ようですが、
 神様がおつくりになった外性器は、
 簡単にはつくれません
      ■         ■
 埼玉医大で行われていた
 性別適合手術(Sex Reassignment Surgery:SRS)は、
 原科教授の定年退職によって中断されています。
 現在、日本でGIDの治療を積極的に行っているのは、
 ナグモクリニックです。
 山口悟先生をGIDセンター長とし、
 豊胸術や乳房切除術などの胸の手術によって、
 性同一性障害の患者さんを治療しています。
 タイまで行って手術を受ける方もいらっしゃいますが、
 結果は必ずしも満足できるとは限らないようです。

投稿者 sapporobiyou : 17:52 | コメント (0)

2009年03月21日

子どもの死

 映画おくりびとでは、
 何回も子どもの葬儀の場面がありました。
 赤ちゃんの誕生はうれしいものですが、
 大きくなってからは…
 さまざまな問題が生じることがあります。
 本間家も例外ではありません。
 おくりびとのように、
 お前の育て方が悪かったからだ。
 育てたのは、私一人じゃない。
 と家内と何度も大喧嘩になりました。
 それはそれは悲惨なものでした。
 私の人生も変わりました。
      ■         ■
 私たち医師は、
 子どもさんの死という、
 親にとっては
 もっとも辛い場面にも遭遇します。
 形成外科では死ぬことは稀(まれ)ですが、
 顔や身体に大けがをして、
 搬送されてくる子どもさんが
 いらっしゃいます。
      ■         ■
 若いお嬢さんが、
 元の顔がわからないくらい…
 顔が変形してしまった例も…
 何度も