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2008年05月30日

とある番組の撮影・・・

またまたご無沙汰しておりました。

色々、積もる話もございますが・・・
最近の大きなトピックスといえば、昨日とある番組のコメントの
撮影がありました。

そのために、一生懸命に髪の毛をブローしたにもかかわらず・・・
雨のせいで・・・・ボーンとふくらみ!(つд⊂)エーン

何よりも!最近の私。近年まれにみる、体重になっています。
(ρ_;)
これの原因は明白★(' - ' *)ゞカキカキ
最近のマイブームの、夜のDVD鑑賞とおやつ。
それと、先日サイパンに行ってきてから、胃が大きくなったようでよく食べる。。。( ̄д ̄)

「なにもこんな時に、撮影がかさならなくても・・・」と勝手にヾ(・_・;) オイオイ 思い・・・ながら
番組では、私の丸々とした顔をご覧下さいm(_ _;)m

これではいけない!と思いまして、とうとう買いました。
おうちでできる、運動の友☆「トレッドミル」☆♪ヽ(*゚∇゚*)ノ~*:・'゚
所謂、ランニングマシーンです。
夜にジョギングするのも恐いので・・・とうとう買ってしまいました!
 ヽ(^∀^*)ノわーい♪
とある人に、「女の子が、夜に散歩してたら恐いものね~。」と言ったら、
「いや違う。あなたが夜中、外にいる事の方が恐い。」と言われました。ぇ━(*´・д・)━!!
それって、どういう事~~~~~~llllll(-ω-;)llllllガーン…

それはそうとて、今日、届くので、楽しみにしています( ゚∀゚)・∵. !!
ブートキャンプの時の様に、一週間坊主にならないように頑張ります v(。・ω・。)v

どうもうちのスタッフが、来年のホノルルマラソンか石垣島マラソンを目指しているようで、
私も走ります・・・。
石垣島は、ダイビングがいいなあ~~~と思いつつ・つつ・

投稿者 s.tobishima : 17:31 | コメント (0)

2008年05月22日

メソセラピーとカーボメットの組み合わせの症例写真

またまた、ブログをさぼってました。(つд⊂)エーン ごめんなさい(つд⊂)エーン

とうとうできました!
メソセラピーとカーボメットを組み合わせた、症例です。

最近デニムといえば、「ローライズ」。
でも、その上に”浮き輪のようにのっかってしまう脂肪”はありませんか?
ここはなかなか脂肪がおちないところです。

そこで!これから夏に向けて~~~~~いかがでしょうか?
こんな感じです。★(゜▽゜*)

IMG_6669.JPG

IMG_7720.JPG

はい、斜めです。(≧▽≦)/

IMG_6672.JPG

IMG_7726.JPG

以前にご紹介したとおり、この治療法は6回が1クールです。
始めの4回は、1回/1週間。
残りの2回は、1回/2週間です。
カーボメットを気になるところに施行し、その日にメソセラピーの注射をします。

いままで当院で、お受けになった方々の感想です。

「以前にやったメソセラピーよりも、痛くなかったし腫れも少なかった。」
「脂肪吸引もしたことがあるけれども、やっぱりメソセラピーの方が痛くない!」
「回数を重ねるごとに、自分でもつかめる脂肪が少なくなっていくのがわかる!」

などなど・・・。

実は、私もやりました(*´艸`)
今度はどこをしようかな~~~~?と今、画策中です。

詳しくはこちらをご覧下さい ヽ(^∀^*)ノあーい♪
http://www.biyou-m.com/blog/004/archives/2007/12/post_98.html

投稿者 s.tobishima : 15:41 | コメント (0)

2008年05月06日

太宰治と父の叔父Ⅱ

太宰と叔父の関わり、叔父の太宰への感情を書くにあたり、
まずは叔父の生い立ちからお話します。

叔父の生まれは、青森県五所川原市。
その頃は町だっだそうです。電気も水道も汽車もバスもなし。
家は貧しく、中学に行ける環境でもなかったところ、恩師の働きと皆さんの好意で
弘前中学・弘前高等学校へ進学させて頂きました。

叔父の父は字は書けましたが、母は文字を知らなかったそうです。
そんな時代だったのでしょうか?(ノωヾ*)ウゥ…

叔父はその後、東京帝国大学法学部に進学・・・・(・_・) エ? すごい

その大学一年のときに、友人の津島 圭治に呼ばれて、金木の津島家に遊びにいったそうです。
その時、ヒョコヒョコと絣(かすり)の着物を着て出て来た少年が、修治(太宰)でした。
「弘前高校に行きたいので、英語と数学を少し見てくれ。」
と言われ家庭教師もどきをして、1~2泊したのが太宰との最初の関わりだったそうです。

その頃の太宰の写真が叔父の本に載っていますが、皆さんが思い浮かべている「太宰」とは、
少し違う印象です。

叔父は、私にとっては「とてもお金持ちの叔父さん」(^-^ ) に見えていました。
戦後の「新聞疎開」で39歳で、地方新聞の主筆となり、41歳で社長になった人でした。
でも、新聞記者の地位が低いということで、色々な人と「けんか」ばかりしていたみたいです。
まあ、血の気が多いのと弁が立つのは、有名でした。
でも色々な苦労をして、あの地位を築いたのですね・・・

ああさて、話は戻りますが大学卒業後、叔父は東京日日新聞の新聞記者になりました。
当時叔父は、警視庁記者クラブに所属していたので、太宰が捕まると”もらい下げ”に
行くことが多くなりましした。。。。┐( ̄ー ̄)┌ありゃりゃ・・・
いわゆる左翼運動で検挙されるのですね。へ(×‐×;)へ
そうすると、太宰は留置所の中でひもというひもをみんなとられてしまい、わさわさ、と
青い顔をしていたらしいです。

そんなことが始まりで、津島 文治(長兄)に「面倒を見てくれ」と叔父と太宰の関係が始まりました。

さて、またまた続きはこの次へ~~~~♪~(・ε・)ふっふっふ~


そうそう、色々な患者様に「先生のブログ、読ませていただいてます。」とお聞きする機会が、
益々増えました。
最近ブログを更新していなかったので、反省しています。
ごめんなさ~い。
これからもよろしくお願いします。(◕ฺ‿◕ฺ✿ฺ)☆☆

投稿者 s.tobishima : 03:23 | コメント (2)