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2007年07月03日
F.M.C.混声合唱団のこと その1
前回のブログでも書きましたが、6月30日に久しぶりに故郷の福島に行ってきました。僕がかつて医大生の頃に所属していた、F.M.C.混声合唱団の定期演奏会のOVステージに出演するためです。
F.M.C混声合唱団は、昭和22年(1947年)に高野廣治先生らによって結成され、以後今日まで絶えることなく活動を続け、今年で創立60周年を迎えた伝統ある合唱団です。14年前に指揮者の高野廣治先生が亡くなり、今はその娘さんである高野洋子さんが後を継ぎ指揮者をしています。
F.M.C.の団員は、高野先生のもとに集まった社会人や大学生などの有志で構成されていますが、長い歴史のなかでピーク時は100人近い団員を抱え、何度も全国合唱コンクールの金賞を受賞しています。前回のブログで、福島は合唱王国で多くの合唱団があると書きましたが、それらの中でもF.M.C.はトップブランドです。OV(旧団員、オールドヴォイスの略)の数は1000人を超えますが、僕もその1人で、60年の歴史うち、1年半だけ所属していました。僕が医大の5年~6年生の頃です。
医大学生の頃、僕は大学の男声合唱団グリークラブと弓道部を掛け持ちしていて、おまけにクラブ活動がない日は家庭教師のアルバイトで常時2~3人ほど教えていたので(貧乏学生でしたので、アルバイト収入で生活費をまかなっていました)、なかなか時間のゆとりがなかったのですが、国家試験準備のために医大は5年生の夏でクラブ活動をほぼ引退してしまうので、時間的にゆとりが持てるようになり、長年憧れていたF.M.C.混声合唱団に入団することにしたのです。
僕は高校、大学とずっと男声合唱団一筋だったので、はじめは混声合唱団に戸惑いも覚えましたが、既に同じ医大の男声合唱団に所属していた先輩や後輩の数人がF.M.C.に入団していましたし、団員のアットホームな雰囲気のおかげですぐに仲間入りすることが出来ました。僕が通っていた福島県立医科大学は、当時医学部だけの単科大学で(現在は看護学部が出来ました)、普段の大学生活での接点は医大の学生か先輩のドクター、ナースくらいで、それ以外の接点は極めて少ない環境でしたから、F.M.C.に入って他業種の社会人や他大学の学生と触れ合うことは、大変刺激的でもありました。そういう意味でも団員との飲み会は本当に楽しかったし、思い出深いです。
僕が団員だったころは先代の高野先生が指揮棒を振っていらっしゃいましたが、在籍した1年半の間に全国大会に2度出場させていただき、銀賞と銅賞を受賞しました。また、何とヨーロッパでの演奏ツアーにも参加することができました。
先代の高野先生は、ジョバンニ・ダ・パレストリーナというイタリア人作曲家の作品を専門とし、数十年にわたりパレストリーナの合唱曲を指導していらっしゃいました。パレストリーナはルネッサンス期のローマ法王庁付の作曲家でもあり、カトリックの宗教曲を多く残し、教会音楽の父とも言われている人です。こうしたいきさつから高野先生はバチカンのローマ法王庁とゆかりがあり、特別にローマ法王に献歌をする機会を与えられたのです。
F.M.C.混声合唱団はそれ以前にもアメリカやヨーロッパで演奏ツアーを行った輝かしい経歴がありましたが、ローマ法王庁での献歌を含めて、F.M.Cがヨーロッパに演奏ツアーに出かけるタイミングが、僕にとっては最高のグッドタイミングだったので、1も2もなく参加の申し込みをしました。その時期というのは、丁度僕が医師国家試験を受験したあと、医師として勤務し始めるまでの約1ヶ月間のお休み期間に、ぴったり合っていたのです。ですから僕にとっては、大学の卒業旅行がF.M.Cのヨーロッパ演奏旅行だったのです。
今は亡き、ヨハネパウロ2世がローマ法王だった頃で、1万人も収容できるという大きな法王の謁見ホールの中でパレストリーナの曲を歌い、ローマ法王と握手をさせていただくこともできました。あの時の感動は今でもはっきり覚えています。
時がたつのはあっという間で、それからもう16年も経ってしまいました。
今日はここまで。またお話は次回に続きます。
投稿者 ginzamiyuki : 2007年07月03日 16:25