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2007年07月28日
夏休み その2
今日は、前回ブログの続きです。夏休みの家族旅行で栃木県の那須方面に行きましたが、その足で栃木県のお隣り福島県のあぶくま洞に行ってきました。あぶくま洞は東洋では最大級の鍾乳洞で、僕の故郷の福島県では有名な観光名所です。僕も小学生の頃に、学校の遠足か何かで行きました。
ところで鍾乳洞って何だか知っていますか?ご存じない方もいらっしゃるかもしれないので、簡単にご説明します。
一言で言うと、鍾乳洞とは、石灰岩が雨水や地下水で浸食されて出来た洞窟のことです。石灰岩の主成分である炭酸カルシウムは酸性の液によって溶けます。二酸化炭素が溶解して酸性になった地表の水が地下に滲みこむ時に石灰岩だけ良く溶けるので、一般の岩石地盤とは異なり、石灰岩が多い地盤には洞窟ができやすいのです。
洞窟の天井から滴る水滴には、当然ですが溶け出した石灰分が多く含まれています。それが洞窟内の空気に触れると、ちょうど冬に軒先に出来るツララのように少しづつ石灰岩(鍾乳石)として再結晶化することもあります。また、水滴が洞窟の地面に滴下すると、少しづつ石灰岩(鍾乳石)として再結晶化し、竹の子が地面から生えるかのように下からも成長することもあります。また壁面から滴り落ちると、まるで滝が流れているかのような石灰岩(鍾乳石)ができてくることもあります。このような変化によって、鍾乳洞の洞窟内部は、様々な構造が混在しています。
少しづつ石灰岩(鍾乳石)として再結晶化すると書きましたが、その成長スピードは非常にゆっくりで、鍾乳洞内の説明板によれば、1cm成長するのに約100年かかるそうです。つまり1mのつらら状や竹の子状の鍾乳石ができるためには、1万年もかかることになります。実際、あぶくま洞には数m~数十mの鍾乳石がたくさん見られ、歳月の流れを実感させられました。
あぶくま洞は、昭和44年、石灰石の採石中に偶然発見されたそうです。近くには、入水鍾乳洞と言う鍾乳洞もあり、これも以前に一度行ったことがあります。あぶくま洞は鍾乳洞としてのスケールが大きく、見学コースも整備されているので、普通の服装でも楽に見学できますが、これとは対照的に入水鍾乳洞はまさに体験型、冒険型の洞窟です。雨合羽を着てゴム草履をはき、膝まで冷たい地下水につかりながら(歩いてると、だんだん足先の感覚が無くなってくるほど冷たかったです)、真っ暗闇の洞窟内を、懐中電灯片手に身をかがめ、くねらせながら、狭い鍾乳石の隙間を進みます。さらがら探検隊の様相です。僕が入水鍾乳洞に行ったのは研修医の頃で、遠くから遊びに来てくれた旧友を面白いところに連れて行こうと思い、一緒に行きました。ですが正直、これほど過酷な観光地だとは思っていなかったので、驚きました。一緒に連れて行った友達は、その後風邪をひいてしまったほどです。我が家は子供がまだ小さいので、今回はあぶくま洞の見学にしましたが、子供が大きくなったら、入水鍾乳洞にも是非連れて行きたいと思っています。
さて、あぶくま洞の内部の様子です。つらら石(つらら状の鍾乳石)や、石筍(せきじゅん:竹の子状の鍾乳石)が混在しているのがお分かりいただけると思います。つららと竹の子が成長してつながると、石柱(柱状の鍾乳石)ができあがります。

こちらはピサの斜塔のような石筍。

クリスマスツリーと名前がついた石筍。ちょっと不気味ですね。

滝のように流れ落ちる鍾乳石。

あわび貝のような形をした鍾乳石

あぶくま洞付近は、このように白っぽい岩石(石灰岩)が目立ちます。

真偽は分かりませんが、こちらの石屋さんがあぶくま洞を発見されたようです。

投稿者 ginzamiyuki : 00:43 | コメント (0)
2007年07月26日
夏休み その1
7月23~24日に夏休みを取って、家族で那須方面に旅行して来ました。
犬も泊まれるホテルを予約したので、愛犬マロンも一緒です。目の前に良く整備された立派なゴルフコースもあって、なかなか素敵なホテルでした。
さて今回はゴルフではなく、ホテル近くの那須どうぶつ王国というところに行きました。理由は日本最大級のドッグランがあるからです。
当日は平日で、あいにく曇り空に時々小雨がぱらつくお天気だったせいか、どうぶつ王国の来場者も少なく、ドッグランに至ってはマロン1匹の貸切状態でした。ドッグランは、とにかく広さに驚きでした。まるで牧場です。
広大なドッグランでボール投げに興じるマロン


ドッグランの近くには岩魚の釣堀があって、そこでは何と、岩魚のつかみ取りをやっていました。
小学生の頃、毎年夏の終わりに、学校のプールで鯉つかみ大会という行事がありました。プールに膝下ほどの水をためてそこに鯉や金魚を入れて、水着の子供たちがつかみ取りするのです。泳いでいる魚をつかみ取りするのはなかなか難しくて、水浸しになって夢中で魚を手掴みしたことを思い出しました。僕の故郷の郡山(福島県)だけの行事かもしれませんが(郡山市は鯉の養殖が盛んなので)。
本当は子供たちとつかみ取りをしたかったのですが、雨が降ってきて、着替えも持ち合わせていなかったので、傘を差して岩魚釣りにしました。

水中を泳ぐ岩魚の群れです。

どうぶつ王国にはレンタル犬というのがいて、普段犬を飼っていない人が、飼い主の疑似体験ができるようです。他にも色々な種類の動物がいて、給餌体験などもできます。動物好きにはおすすめです。
投稿者 ginzamiyuki : 11:35 | コメント (0)
2007年07月23日
クリスピー・クリーム・ドーナツ
先日、以前当院に勤務していたスタッフが、手土産を持参でクリニックに遊びに来てくれました。
仕事を辞めた後でもこうして縁があることは、本当に嬉しいものです。元スタッフもとても元気そうで、全然変わってないねぇ~なんていう会話になりました。
ところで、彼女が持ってきてくれた手土産ですが、新宿のサザンテラスにある、クリスピー・クリーム・ドーナツでした。
TVニュースで、日本に初出店した、ガラス越しにドーナツの製造過程を見ることができる話題のお店、というのを見た記憶がありましたが、食べたことはありませんでした。お店が新宿にあることすら知らなかったです。
彼女曰く、すごい人気で、これを買うのに2時間も行列に並んだのだとか。ドーナツに2時間並ぶとは、にわかにはピンときませんでしたが、食べてみて納得です。
口に入れた瞬間、ふわっと溶けるような食感。いままで食べたことがあるドーナツとは明らかに違います!う、うまい!これなら何個でも食べれる感じです。
でも2時間並ぶのって大変ですね。
早速ネットで調べてみると、お土産のドーナツは、オリジナル・グレーズドという商品で、クリスピー・クリームの定番中の定番なのだそうです。シンプルに生地の「ふわふわ・しっとり感」が味わえるドーナツで、このオリジナル・レシピは1930年代にまでさかのぼり、いまだに「企業秘密」なんだそうです。ミスタードーナツでも同じような外見のドーナツを売っていますが、食べた感じは全く違います。
あ~こうしてブログを書いているうちに、また食べたくなってきました。これだから痩せられないんだよ。
あのふわふわ、もちもちとした食感は、いったいどうなっているんだろう。さすが売れ筋の商品は凄いです。
投稿者 ginzamiyuki : 00:30 | コメント (0)
2007年07月22日
今話題のエコバッグ
先日銀座で飲みに行った日のこと、入ろうとしたお店の隣がアニヤハインドマーチ・銀座店でした。
しかも飲みに行った日の翌日が今話題のエコバッグを販売する日だったので、販売前夜のことですが、とにかく物凄い行列が出来ていました。
歩道に座り込む人、寝袋に入っている人、折りたたみ椅子に座る人、とにかく人、人、人の山、行列の終わりがどこなのか分からない感じです。まるで夏休みか連休で混雑したディズニーランド状態。
並ぶ人に、何があるのですかと尋ねると、エコバッグですよ、と当たり前のことを聞くなと言わんばかりの返事です。僕は流行には疎いので、その時はアニヤハインドマーチのバッグのことは知らなかったのですが、翌日のニュースで、今世界中で人気沸騰中のエコバッグを販売しているということを知りました。
エコバックは、レジでもらうビニール製の袋の代わりに買った商品を入れるためのものです。ニュースによると、1年間に世界中で消費されるレジ袋(プラスティック・バッグ)は、5000億枚とも1兆枚とも言われているそうです。普段何気なく使っているレジ袋ですが、統計として数字にするとすごい数です。レジ袋は石油から作られるわけですので、それを減らすと言うことは、地球環境を守るために非常に意義があることです。
しかしながらこのエコバッグの行列に並んでいる人の顔ぶれは、どちらかというと普段スーパーで買い物をしている客層のような感じでない人が大勢目に映りました。
別に使う人自体が列に並んで買わなければならないものではないのですが、案の定、早速ヤフーオークションでは、エコバッグが高値で売買されています。元値が2000円のところ、オークションの落札価格はその20倍程度、つまり4万円くらいのようです。またこのエコバッグは、販売する国によって色やデザインが少しづつ違うらしく、ヤフーオークションではアメリカやイギリスで販売されたデザインのバッグが、レア物として更に高値で売買されていました。そしてこれとは対照的に、アニヤハインドマーチではない、別ブランドのエコバッグは人気があまりないのか、数百円~千円程度でオークションされていました。
さてオークションでアニヤのエコバッグを売るほうも売るほうですが、その値段で買う人は、果たしてスーパーのレジ袋代わりにこの高価なバッグを持ち歩くのでしょうか?あるいは一晩行列に並んで見事バッグを手に入れた人も、果たして購入したバッグをどのような使い道で考えているのでしょうか?
先日のTVニュースでインタビューされた人がしていたコメントが象徴的でした。レポーターが、『人気のエコバッグをどのように使いますか?』と聞くと、購入した人は、『デザインがかわいいので買いました。汚したくないし、持ち歩いたらひったくられそうなので、家に保管しておきます。』だそうです。
これだけブームになったことで、エコバッグと言う存在がクローズアップされたことは非常に意義深いと思います。しかし使ってなんぼのエコバッグです。レジ袋の代わりに使うことによって初めてエコになります。
僕はスーパーではあまり買い物をしませんが、コンビニでは良く買い物をしますし、ちょっとした買い物でも店員は必ずレジ袋に商品を入れようとします。レジ袋は便利ですし、他に手持ちのバッグがなければ僕も利用していますが、仕事の行き帰りでカバンを携帯しているときに買い物した場合は、たいていレジ袋は要らないと断ります。だってどうせ帰宅して捨てるだけですから。
特にエコを意識してそうしていたわけでもないのですが、店員側も当たり前のようにレジ袋に入れるのもどうかと思っています。コンビニのアルバイト店員に物申すつもりはありませんが、コンビニやスーパーの側のやり方も変えていく必要があるのではないかと思っています。最近はレジ袋を有料化したスーパーがあると聞きます。不満に思う消費者もいるかもしれませんが、地球のエコを考えれば、当然の流れではないかと思っています。
投稿者 ginzamiyuki : 08:20 | コメント (0)
2007年07月21日
美容外科学会誌編集会議
昨夜は、日本美容外科学会の学会誌編集会議が赤坂の高須クリニックで行われ、僕も編集委員の一人なので、出席してきました。
編集委員になって、もうかれこれ5年くらいになると思いますが、大体2ヶ月に1度くらいこの会議が行われています。編集委員長は、杏林大学医学部名誉教授の赤松先生で、編集委員は今まで何人か入れ替わりがありましたが、現在の編集委員は、高須クリニック院長の高須克弥先生、アネシス美容外科院長の水野先生、名古屋美容外科院長の平田先生、銀座CUVOクリニック院長の久保先生、東京スキンクリニックの岡部先生とルネ先生、山口病院の山口先生、さかえクリニックの末武先生、そして私です。他に日本美容外科学会の田口さんが総務を担当しています。
以前は十仁病院や神奈川クリニックの会議室などで編集会議が行われていましたが、最近はもっぱら、郷ひろみが出ているCMでおなじみの、イエス!高須クリニックの一室で行われています。高須クリニックは、赤坂TBS(TV局)の目の前のビルの中にあります。
日本美容外科学会の学会誌というのは、美容外科に関する医学論文を掲載した専門誌で、国内の美容外科医や、時には海外の美容外科医から論文が投稿されます。その中から学会誌の規定に則した論文を選考し、編集委員のチェックを通過したものが掲載されます。そのほか、編集委員が海外の最新論文を日本語に要約にして紹介する海外文献トピックスというコーナーもあります。
毎回の編集委員会では、学会誌の発行予定と、それに掲載する論文を選考したり、論文の査読(チェック)の担当を決めます。査読の担当になると、論文の記載内容や記載形式が論文投稿規程に則しているか、掲載するのに妥当なものか、修正や書き直しが必要なものか、などを期日までにチェックして次回の編集会議までに報告書にまとめます。僕が編集委員になってからしばらくの間は、海外文献トピックスを担当していましたが、最近は水野先生が担当してくださり、僕はもっぱら査読の担当です。今日の編集会議でも、早速新たに2編の論文の査読を担当することになりました。
会議が一通り終わると、お弁当を食べながら雑談をします。この雑談で、高須先生をはじめ、業界の情報通の先生方から、海外の最新情報などを聞くことが出来るので、毎回とても楽しみにしています。ここで全てお話しすることは出来ませんが、今日も色々なお話を聞かせていただきました。
今日担当になった論文の査読は今月末日までに報告書を作成しなければなりません。最近多忙気味だったのですが、また仕事が増えてしまいました。
昨夜の会議の後に撮影した写真です。向かって左から、僕、編集委員長の赤松先生、久保先生、高須先生、水野先生です。昨夜は平田先生もいらしたのですが、帰宅の新幹線発車時刻の関係で、一足先にお帰りになりました。

投稿者 ginzamiyuki : 13:37 | コメント (0)
2007年07月20日
懇親会
昨夜は渋谷で医師仲間のちょっとした懇親会がありました。以前から飲み会をやりましょうとお話をしていた玉川田島クリニックの田島先生からのお誘いで、久しぶりに渋谷まで飲みに行ってきたのです。
参加者は玉川田島クリニックの田島先生、リッツ美容外科横浜院の阿部先生、埼玉医大形成外科の工藤先生、そして僕と当院の本部先生です。
田島先生とは数年前に学会場で知り合ってからのお付き合いで、銀座みゆき通り美容外科の開院の時には立派な御花を頂戴しました。今度飲みに行きましょうと互いに言いつつも、普段は電話やメールで時々やり取りをする程度で、なかなか一緒にお酒を飲む機会がなく、ゆっくりお話させていただいたのは今回が初めてでした。
田島先生は数年前に世田谷区で開業されましたが、美容外科のキャリアは長く、開業前に数多くの美容外科クリニックに勤務された経験がある方です。それだけに顔も広く、言ってみれば業界通です。昨夜も色々面白い話題を聞かせていただきました。また医学部以外に薬学部にも通っていた経験があり、その経験を活かしてご自分で化粧品開発もしていらっしゃいます。またWEB通でもあるのでHPは自主制作をし、いくつかのクリニックの経営コンサルティングの仕事もされているとか。マルチな才能を持った美容外科医です。
昨夜いらした阿部先生と工藤先生は田島先生のご友人で、3人がかつて同じ美容外科クリニックに勤務していた時期があることから、お知り合いになられたそうです。
阿部先生も学会などでご挨拶をさせていただいた程度で、お話をさせていただいたのは初めてでした。田島先生同様、ベテランのドクターですが、大変腰が低く、温厚な先生です。お互いのクリニックでの手術の内容や経営の話題になり、大変参考になりました。
工藤先生とは全くの初対面でしたが、他のドクター同様温厚で面白い先生で、すぐに打ち解けて色々なお話をさせていただきました。現在は大学病院勤務で、美容外科の経験がありつつも形成外科の本道を進まれているドクターです。一昨日に出席したアンチエイジング研究会でご一緒した高橋先生も、工藤先生と同じ埼玉医大形成外科の所属で、人というのは色々なところでつながっているのだなということを実感しました。
本部先生は3人の各ドクターと初対面だったようですが、すぐに打ち解けて、色々楽しく話をしていたようです。
こうした会で人脈を広げていくことは、単に知り合いが増えて楽しいというだけでなく、仕事の面でも有益な情報を得る機会が増えるということでもあります。今後もこのような機会を通じて人の輪を広げていきたいので、今度は僕が主催して銀座界隈で懇親会をやりましょう、ということになりました。
投稿者 ginzamiyuki : 00:04 | コメント (0)
2007年07月18日
サプリメント
昨夜は、クリニック日比谷ソフィア院の三苫先生が主催している、アンチエイジング研究会に出席してきました。この会は2ヶ月毎に行われている研究会で、アンチエイジングにたずさわる現場の医師だけではなく、医療関連の企業の方々も参加しています。堅苦しい会ではないので、発表に対しての質疑応答も、毎回、活発かつ率直です。
昨日は銀座いけだクリニックの池田院長による『切らない手術でのフェイシャルリモデリング』の発表と、フォーナ&フローラ株式会社の方から『サプリメント』に関する発表がありました。
池田先生の発表では、埋没法をアレンジした美容目的の眼瞼下垂手術と、ヒアルロン酸注入による顔全体の輪郭形成の話題に議論が集中し、アンチエイジングの趣旨からは少しずれてしまいましたが、活発な意見交換をすることが出来ました。
その次の発表であるサプリメントの話題は、正直なところ、僕はほとんど予備知識がなかったのですが、フォーナ&フローラ株式会社の方の発表内容は大変興味深いものでした。
まず、日本では補助食品という位置づけでしかないサプリメントが、アメリカやカナダでは医師の処方によって疾病予防の治療として使用されているのだそうです。ただし全てのサプリメントが治療に使用できるクオリティではなく、ランク付けがされているようです。
昨夜発表をしたフォーナ&フローラ株式会社で扱っているサプリメントは、実際にアメリカで医師から処方されている製品を筆頭に、全ての製品において原材料や製法、成分濃度にこだわっているそうです。つまり、オール自然素材から、人体に悪影響があるような化学溶剤を一切使わない特殊製法で有効成分を抽出し、十分な効能を期待できる成分濃度を保持した製品のみを取り扱っているのだそうです。発表された担当者の方の印象もありますが、概して、真面目な製品作りをしている会社である印象を受けました。
サプリメントの製造販売元が全てこちらの会社のようであれば安心なのですが、残念ながら、日本で販売されているサプリメントの現状は、玉石混合状態なのだそうです。真面目に研究開発して、真面目に製造すれば、お金ばかりかかって利益が出にくいので、利益を追求する会社は、粗悪で安価な素材から、安易に化学溶剤を使って成分を抽出し、十分な濃度もないのに、あたかも有効成分が多く含まれているかのような表示をして、広告によって商品価値を高めて販売しているのだそうです。それなのに、サプリメントは補助食品扱いのために、日本ではほとんど規定や取締りがなく、やりたい放題の現状のため、真面目に取り組む会社はジレンマが多いのだそうです。
どこの業界にも裏の事情というのがあるのですね。最近、ミートホープ社の偽装肉や中国産の食料品の問題が話題になりましたが、食物の安全性というのは非常に大切なことです。サプリメントを買う時も、良く調べてから買うようにするべきですね。
投稿者 ginzamiyuki : 18:41 | コメント (0)
2007年07月17日
新潟県中越沖地震
震災の報道が続いています。
倒壊した家屋、寸断された道路、避難所の様子などの映像を目にするたびに、被災地にお住まいの方は、本当に辛い日々を強いられていることだろうと思います。
被災地の方々に、心からお見舞いを申し上げます。
実家が被災地という知人がいて、たずねた所、ご実家の方々は幸い身体はご無事だったものの、家屋には甚大な被害があり、避難所に寝泊りしているそうです。知人曰く、何か手伝いに実家に行きたくても、交通手段がないので辿り着けない、また行けたとしても、自分も避難所に滞在するしかないので、今の段階では何も出来ない、という状況のようです。
僕が中学1年生の時、宮城県沖地震という大きな震災があり、僕が住んでいた福島県郡山市も震度4を記録しました。僕が実際に経験した地震で一番大きなものが、この時の震度4です。
当時、課外活動で美術部に所属していたのですが、放課後に部室にいた時に地震がありました。揺れと同時に壁際の棚から絵の具やキャンバス類がいっせいに崩れ落ち、驚きのあまり身動きも出来なかったことを、今でも覚えています。校庭で走っていた陸上部の同級生は、地面が揺れたのに気づいて足を止め、校舎を見ると、校舎がぐらぐら揺れ動いているのがはっきり分かったそうです。
半年ほど前に、息子と一緒に東京消防庁の防災館というところに行き、モデルハウスの室内で模擬の震災体験をしたことがあります。この時は確か震度5という設定だったと記憶していますが、ガスコンロの火(火がついているという設定です)を消すこともままならず、机の下に隠れるのが精一杯でした。
今回の震災は震度6強です。全く未知の世界です。
地震がきたら机の下にもぐって、と子供のときに教えられましたが、とてもそんなことができるわけがないですね。こうしたギリギリの状況下での生死の分かれ目は、まさに時の運のようなものかもしれません。
関東東海地方にも、近年中に大きな地震があると言われ続けています。
今から怯えても仕方がないことですが、地震国の日本に住む限り、これは他人事ではありません。来るときに備えて、覚悟はしておかねばならないと思っています。
投稿者 ginzamiyuki : 18:37 | コメント (0)
2007年07月13日
お尻、太もも、膝、ふくらはぎ、足首の脂肪吸引(6/15) 続編
6月15日のブログ(お尻、太もも、膝、ふくらはぎ、足首の脂肪吸引)の続編です。
前回は手術前から手術後1ヶ月目までの経過でしたが、先日2ヶ月目のモニター検診にお越し頂きましたので、2ヶ月までの経過をお知らせします。
下の写真をご覧いただくと分かりますが、大きな変化は手術後1ヶ月目までで、その後は劇的な変化は見られません。ただ、良く見ると、脚のラインがより滑らかになり、完成度が高くなっているのがお分かりいただけると思います。
3ヵ月後にも検診がありますので、また時期が来ましたら、比較写真を供覧したいと思います。
手術前と手術後1ヵ月目の比較です。
手術後1ヶ月目と手術後2ヶ月目の比較です。
最後に、手術前と手術後2ヵ月目の比較です。
投稿者 ginzamiyuki : 15:41 | コメント (0)
2007年07月09日
神楽坂散歩
昨日はお休みをいただきましたが、天気も良かったので、愛犬マロンを連れて家族で久しぶりに神楽坂の散歩に出かけました。
神楽坂通りは、銀座の中央通りのように日曜日は歩行者天国になることもあり、大勢の人で賑わっていました。

神楽坂と言えばシンボル的な存在の毘沙門天が有名です。マロンを抱っこしてお参りしてきました。

それと神楽坂土産の定番、五十番の中華まん。お店の前には中華まんを買う人が行列を作っていましたが、当然のように列にならんで購入。


もう一つ神楽坂土産の定番は不二家のペコちゃん焼き(ペコちゃんの顔型の大判焼きみたいなもの)です。少し前になりますが、全国ニュースになった不二家の期限切れ原料使用の問題で閉店するかと思われましたが、神楽坂のお店は相変わらずの人気店です。ペコちゃん焼きは神楽坂店だけで販売しているものだそうです。こちらも購入。


神楽坂と言えば花街としての歴史があることで知られています。その名残か、ちょっと小路に入ると、石畳の風情ある通りに、料亭と思しきたたずまいがちらほらと。まだ入ったことはありませんが。

坂を下りきると、外堀沿いに、先日3院合同納涼会をやったcanal cafeがあります。ここは犬連れでも入店できるオープンスペースがあるので、マロン連れでお茶をしました。(僕は昼から生ビールです。)


マロンは昨日トリミングカットをしてもらったばかりで、クリクリにカットされてかわいらしくなっていましたから、すれ違うたびに沢山の人にかわいがっていただきました。


投稿者 ginzamiyuki : 23:50 | コメント (0)
2007年07月08日
Body Jetによる移行部(お尻下)~太もも外側の脂肪吸引
先日ブログで取り上げたBody Jetで、移行部(お尻下)~太もも外側の脂肪吸引モニター手術を行ったので、経過の報告です。Body Jetは、局所麻酔のみで脂肪を吸引する新型機器です。
通常当院で脂肪吸引を行う場合は、静脈麻酔や全身麻酔で眠っている間に局所麻酔や体外式超音波、そして脂肪吸引を行っています。理由は、目が覚めたままの脂肪吸引は痛いからです。
当然麻酔はするのですが、脂肪に局所麻酔を注入する時が痛いのです。他の美容手術でも局所麻酔をしてから手術をするわけですが、脂肪吸引の麻酔の範囲は他の手術に比べてとても広範囲ですから、例えば二重まぶたの手術で麻酔をする時のように、一瞬チクッとしただけで終わるわけではありません。
また、局所麻酔注入後は目が覚めていても普通は無痛で手術できるわけですが、脂肪吸引の場合は、脂肪と同時に局所麻酔も吸引除去していくので、吸引が進むにつれて痛みが出てきてしまうこともあります。
誰だって痛いのは嫌ですからね。医師の立場から言っても、手術中に患者様から痛いと指摘されるのは辛いことで、その都度麻酔を追加することはできますが、あまり何度も痛い痛いということになると、本来の目的である脂肪吸引を十分にできなくなってしまう可能性があります。
また眠る麻酔の場合は、手術中の記憶がないわけですので、手術中の痛みだけではなく、恐怖感からも解放されるというメリットもあります。
しかし眠る麻酔を使用するデメリットもあります。
一つ目は費用の問題。眠る麻酔をかけるということは一時的に患者様の意識をなくすということです。これを終始安全に行っていくためには、口や鼻から酸素などを吸入したり、意識がない間に身体に異変が起こっていないかをチェックするモニタリングと呼ばれる機器を装着したり、患者様やモニタリングを監視するために専任の医師やスタッフを配置したりする必要があります。このため別途費用がかかってしまいます。
二つ目は手術後の回復時間。局所麻酔は意識がある状態で手術していますから、手術が終われば即帰宅もできます。これに対して、眠る麻酔は手術が終わってもしばらくボーっとしていますし、中には麻酔が覚める時に吐き気を伴う人もいるので、これらの症状が軽くなるまで、手術後に数時間くらい院内で休んでから帰宅することになります。
三つ目は手術中の体位の問題です。脂肪吸引は体型を整える治療ですから、吸引する部位によっては、手術中に体勢を変えて吸引したり仕上がり具合をチェックしたりというのが重要です。目が覚めていれば、患者様に協力していただき手術中に体勢を変えるのが容易ですが、眠って意識がない場合は吸引中に仰向けや横向け、うつ伏せなど体勢を変えるのも一苦労です。また目が覚めていれば、場合によっては、手術中にベッドから下りて立った姿勢で仕上がりの確認をすることもできます。
脂肪吸引を眠って行うのが良いか、起きている状態で行うのが良いかは、実は上記に触れた以外にも様々な相違点があり、ドクターの考え方によって賛否両論です。しかし局所麻酔のみで終始ほとんど痛みがなく、かつ十分に脂肪吸引ができるとすれば確かに魅力的であり、これを実現できるという新機種がBody Jetです。またBody Jetは麻酔液をジェット水流のように噴射して、脂肪層内の血管や神経は痛めずに脂肪だけを選択的に崩してくれるという機能もあるので、手術中の出血が非常に少なく、術後の内出血も大変少ないという特長もあります。
今回のモニター手術は、Body Jetの使用によって、本当に局所麻酔だけで大した痛みもなく十分な脂肪吸引ができるのかどうか、手術中の出血の程度や術後の回復に関して従来機種と違いがあるかどうか、ということを確認するために行いました。もちろんモニター患者様には手術前に趣旨を十分に説明し、同意を得ています。
結果は以下の通りです。
ただしBody Jetをはじめて(正確に言うと2回目)に使用した僕が感じた結果であることをご了承ください。
1.局所麻酔注入時の痛みについて
今回の手術では、患者様は結構痛がっていました。Body Jetは局所麻酔液の注入スピードがマニュアルで設定できるので、マニュアル通り最も遅いロースピードでゆっくりと注入してみたのですが、それでも注入部位によっては患者様が結構痛がる場面もありました。全体としては何とか我慢していただける程度ではあったと思います。普段は眠る麻酔をしてから麻酔液を注入しているので、全く痛みの反応をしない状態ですから、それと比べてしまうから、僕が痛みの反応を過剰に受け止めただけかもしれません。また、ある程度麻酔を入れてから、スピードアップのために麻酔注入のスピードをアップしたところ、やはり痛みが増してしまい、局所麻酔単独の場合はロースピードで終始行う必要があると思われました。
今回手術した臀部下側(通称 移行部)~太もも外側の場合、眠る麻酔をしてから麻酔液を注入する時は超ハイスピードで一気に注入しますから、注入時間は、体位の移動時間などを除けば、左右合計してせいぜい5分程度ですが、Body Jetの最も遅いスピードで注入し、かつ途中に痛みが伴ったため少し休憩しながら行ったので、麻酔の注入に合計約50分を要しました。マニュアルDVDでは、同様の範囲を合計30分程度で注入していましたから、ちょっと時間がかかりすぎたと思います。
今回のモニター手術では、実は下の写真の手術デザインを見ていただければ分かるように、太ももの内側も同時に吸引する予定をしておりました。しかし手術予定時間が明らかに延長してしまったことと、患者様の苦痛を考慮して、太もも内側は後日吸引することになりました。
後日、同一の患者様に当院の通常の麻酔および吸引方法で手術を受けていただくことで、手術による痛み、術後の経過などを今回と比較出来るので、手術を分けたことは、かえって良かったかもしれません。
2.吸引中の痛みについて
従来の吸引だと、はじめに麻酔を注入したら、その後は一気に吸引していきます。ですので、目が覚めていると吸引の後半には痛みがともなう可能性があります。Body Jetの場合、吸引管が2重構造になっていて、同一の吸引管に、吸引する機能と、麻酔のジェット水流を噴射する機能の両方が内蔵されています。そして実際に、吸引しながら同時に麻酔ジェットを噴射します。この機能によって、常に脂肪の破砕と麻酔の追加を行ないながら、吸引を行っていくことができます。
今回の手術でも、目が覚めている状態での吸引でしたが、麻酔の追加によって、確かに手術が進むにつれて痛みが増すことがなく吸引を終えることが出来、優れた機能だと実感しました。ただ麻酔の注入を追加し続けることで、吸引がある程度進んでも外見が膨れて見えるので、吸引終了のタイミングを見誤ることが無いように、頻繁にチェックすることが重要だと思われました。
2.吸引脂肪について
従来の吸引では、吸引管で脂肪を崩しながら吸引していくのに対して、Body Jetでは麻酔のジェット水流で脂肪がドロドロになるので、これを吸い出す感じということでした。実際に吸引した脂肪は確かに通常の吸引内容に比べると粒子が細かく粉砕されドロドロになっている感じはありました。しかし麻酔液のジェット水流をハイスピードにしないと、脂肪の破砕も不十分な印象がありました。今回の局所麻酔のモニター手術に先だち、別のモニター患者様に対して、眠る麻酔を行ってからBody Jetの麻酔ジェット水流をハイスピードで注入して吸引をしたのですが、この時のほうが脂肪細胞の破砕が十分に為されていたと思います。したがって今回のように局所麻酔をロースピードで注入しただけでは、脂肪の破砕は物足りない感じがしました。
3.手術による出血、術後の皮下出血について
ジェット水流で脂肪だけが破砕された効果と見るべきか、麻酔時間が長かったために麻酔液の中に含まれるエピネフリン(血管収縮剤)が十分に効いたからと見るべきか、明確には判断できませんが、確かに吸引中の出血はごく少量だけでしたので、安全性には優れた手術法であると考えられます。また、下の症例写真を見ていただければ分かるように、術後の皮下出血も非常に軽く、回復期間も短縮できると思われます。
ただこれらの点については、従来の吸引に、当院で採用している体外式超音波を併用することでも、それに近い効果は得られていると思います。
4.手術の結果について
現時点では途中経過でしか判断できませんが、当院の現在の方法(体外式超音波脂肪吸引)と比較して、勝るとも劣らない手術結果は得られると思われます。
5.総括
安全性や治療効果に関しては全く問題はなく、優れた器機であると感じました。しかし、局所麻酔単独で行う前提では、肝心の麻酔液のジェット噴射の性能を十分に発揮させるのは難しいのではないかと思いました。
麻酔液のジェット水流のスピードは、スピード1から5までの5段階に変えることができるのですが、局所麻酔で行う場合は、結局痛みの回避のために最も遅いスピード1~2までが限度でした。これを眠る麻酔を併用してスピード5で行うほうが、Body Jetの性能を活かし切れると思いましが、それではそもそも局所麻酔だけで行う脂肪吸引という大前提が崩れてしまいますので、この点がこの手術法の今後の改善点ではないかと感じました。
最後に症例写真を供覧します。
まずは手術前のデザインです。
手術前と手術3日後の比較です。まだ術後の腫れが残っていますが、青矢印の部分の変化に注目してください。
写真上では太もも内側も少し細くなったように見えますが、先にご説明した理由で、吸引は移行部(臀部~太もも外側)のみ行っています。
後ろ側から見た比較写真です。同様に青矢印の部分の変化に注目してください。この部分の膨らみが取れると、脚が長く、お尻の位置が高くなったように見えるのが分かると思います。
側面の比較写真です。ヒップアップしている変化が分かると思います。
吸引内容です。上澄みの黄色い部分が脂肪で、下のオレンジ色は吸引した麻酔液(若干の血液を含む)です。
投稿者 ginzamiyuki : 10:37 | コメント (0)
2007年07月05日
F.M.C.混声合唱団のこと その3
前回、前々回、前々々回に続いて合唱の話も今回が最終回、F.M.C.60周年記念演奏会後の懇親会の話題です。
演奏会当日は、演奏会開場の音楽堂がある福島市の市制100周年記念祭の日と重なっていたために、市内の幹線道路が交通規制されていました。演奏会終了後に懇親会の会場まで車で移動することになっていましたが、交通規制のためか距離のわりに随分移動時間がかかりました。移動はOV(旧団員)の自家用車に乗せていただいたのですが、移動時間が長かった分、同じ車に乗り込んだOVの方々と色々なお話をさせていただきました。同乗したOVの中には福島医大の後輩のほか、医大の先輩で脳外科の先生や、北海道の札幌市の市長さんがいらっしゃいました。
脳外科の先生がかつて在籍されていた頃は、団員の数がとても多く、毎年コンクールで金賞などを受賞していた全盛期で、ハイレベルな内容を要求されるために、練習の出席率が良くない団員や、技術的に十分でない団員は、希望してもコンクールに参加させてもらえなかったそうです。また当時の人気TV番組(8時だよ!全員集合)にバックコーラスとして出演したり、TVのテーマ曲を歌ったりする機会もあったそうです。
札幌市長さんは前職が弁護士さんで、かつて司法修習生だったころに福島地方裁判所に勤務された経歴があり、その時にFMCに在籍していたそうです。地元は北海道で、大学は東京だったそうですが、僕と同じで学生時代に合唱団に所属していて、北海道や東京まで福島のFMC混声合唱団の名声が響き渡っていたのだそうです。それで是非ともFMCの団員になりたかったので、派遣の地を福島に選んだのだそうです。
そんな昔話に花を咲かせているうちに、懇親会開場の福島グリーンパレスに到着しました。
懇親会には現役団員、OVのほか、合唱関係の来賓などが大勢集まり、盛大に行われました。60周年ということで記念に作製されたDVDが上映されたり、昔の演奏会のパンフレットが展示されたりして、みんな思い思いに楽しい時間を過ごしました。そして当然のごとく、会の締めは全員合唱です。合唱団の集まりって、こういうパターンが多いです。僕の経験上、お酒が入ると、合唱の歌の質より自己満足を追求してしまうので、ついつい無駄に大声で歌ってしまう傾向があります。それもまた楽しいところですけど。
懇親会の様子です。
昔の仲間と記念撮影
移動の車でご一緒した、札幌市の市長さんも挨拶をされました。さすがにお話し上手でした。
さて、全体懇親会が終了してからは、三々五々に分かれて2次会に移動です。僕が混ざったグループはFMCが誇る飲ん兵衛の集まりでしたので、飲み会はさらにヒートアップしました。メンバーは某TV局のディレクターさんや印刷屋さん、外資系のエリート営業マン、銀行マン、学校の先生、歯医者さん、僕も含めてドクターなど、様々な業種の集まりです。F.M.C.での出会いがきっかけで、団員同士でご結婚された方もいました。2次会の後、3次会にも行って、結局終わったのは、午前2時近くでした。
2次会の様子です。FMCが誇る飲ん兵衛グループです。久しぶりの再会で、楽しいひと時でした。
次回このように大勢集まるのは、70周年記念の時でしょうか。東京からだと、なかなか普段の活動に参加することは出来ませんが、伝統を引き継いで頑張っている現役団員の活躍にエールを送りたいと思います。
投稿者 ginzamiyuki : 12:59 | コメント (0)
2007年07月04日
F.M.C.混声合唱団のこと その2
前回、前々回と、合唱の話題が続いていますが、今日もその続きです。何しろ10年もやっていたことなので、書こうと思えばいくらでも話題があるのですが、まあほどほどに。
さて、そろそろ6月30日の創立60周年記念定期演奏会のことを書きます。
開場は福島市音楽堂の大ホールで行われました。僕が大学生の頃には既にあったホールですから、20年以上前からあるホールですが、大きなパイプオルガンも設置された、美しく素晴らしいホールです。クラシック仕様ですから、普通のコンサートホールで歌うのとは、歌声の響き方(残響)が違います。地方都市でもこのような立派な設備があることは、音楽をやる人にとって、あるいは聞くのが好きな人にとっても、恵まれた環境だと思います。
本当は事前に何度か福島で練習があったのですが、なかなか練習に通う時間の調整がつかなかったので、結局僕は楽譜だけ東京に送ってもらい、当日の本番直前のゲネプロ(予行演習)の練習だけで本番のOVステージ(OVつまり旧団員と、現役団員の合同ステージ)を迎えました。ちゃんと練習に通っていたOV(旧団員)もいましたから、本当に申し訳ない気持ちでしたが、記念演奏会だからそれでも参加してよいといわれ、お言葉に甘えてしまいました。
OVステージで演奏する曲は現役時代に何度も歌ったことがあるパレストリーナ(前回のブログをご参照ください)の曲だったので、きっと何とかなるだろうとは思いましたが、もう16年もブランクがあいていましたし、送ってもらった楽譜を見てもメロディーが浮かんでこなかったので、少し不安はありました。
でも当日にゲネプロ(予行演習)に参加して、全体の合唱を聞いているうちに、不思議とメロディーを思い出して歌えるようになり、本当に何とかなるかも、という気がしてきました。もっとも、ちゃんと練習している人のレベルとは明らかに違いますから、あくまで足手まといにならない程度に、という意味ですが。
そうこうしているうちに、あっという間に本番に時間になり、いよいよステージに立ちました。
僕がFMCの現役で歌っていた頃は団員が60人くらいいたように記憶していますが、今は減ってしまって現役団員が30~40人程度、そこにOVが60人ほど参加したので、OVと現役合同でステージでは約100人の合唱です。演奏会は4つのステージ構成で、第1ステージがOVと現役合同のステージ、第2~4ステージが現役団員によるステージでした。
ステージに立つと、いつものことですがスポットライトがあたります。1人で歌うことなんて恥ずかしくて、とても出来ませんが、合唱だとなぜか気持ちが高揚して張り切ってしまいます。指揮者が構えると、気持ちがピリッと引き締まり、まず女性のパートから歌が始まり、そこに男声パートが歌を重ねて、流れるように曲が展開されていきます。まさにポリフォニー(polyphony)合唱の醍醐味です。
難しい言葉が出てきたので、ここでちょっと解説します。パレストリーナの曲はポリフォニーというグループに入ります。一般的なクラシックの合唱曲はホモフォニー(fomophony)と呼ばれ、最上パート(主にソプラノやテノール)が主旋律(主となるメロディー)として優位を保ち、下のパート(アルト、バリトン、バスなど)は和音的な支えの役割を果たすのに対して、ポリフォニーでは、それぞれの声部(パート)がすべて均等に、互角に絡み合い、合唱として全体の音の綾をなしていくもので、どのパートにも主従の関係はありません。従って、ポリフォニーでは各パートの流れに重点がおかれ、ハーモニーはその結果としてできあがるものと言えるのが特徴です。音楽史上ではルネサンス時代(15世紀中頃から16世紀)はポリフォニー音楽の最盛期で、パレストリーナはその時代の代表的な音楽家の1人なのです。
ステージでは100人もの団員が歌っているので、ところどころ記憶があやふやな部分は口パクでごまかして(不真面目ですみません)、あとは気持ちよく歌い切ることが出来ました。ほんのわずかの時間でしたが、昔を思い出して、懐かしい心地に浸ることが出来ました。
OVステージが終ったあとは会場席に移動して、現役団員の演奏を聞いていました。人数が少なくなったのは残念でしたが、やはり現役、気合の入った素晴らしい演奏を聞かせていただきました。
現役団員のステージの風景です。ステージの上のほうにはパイプオルガンがあります。
全てのステージが終わり、団員が開場の出入り口でお客様をお送りしているところです。ここでも合唱です。
さあ、ステージが終ったら懇親会(飲み会)に移動です。懇親会の様子は、また次回ブログにて。
投稿者 ginzamiyuki : 14:45 | コメント (0)
2007年07月03日
F.M.C.混声合唱団のこと その1
前回のブログでも書きましたが、6月30日に久しぶりに故郷の福島に行ってきました。僕がかつて医大生の頃に所属していた、F.M.C.混声合唱団の定期演奏会のOVステージに出演するためです。
F.M.C混声合唱団は、昭和22年(1947年)に高野廣治先生らによって結成され、以後今日まで絶えることなく活動を続け、今年で創立60周年を迎えた伝統ある合唱団です。14年前に指揮者の高野廣治先生が亡くなり、今はその娘さんである高野洋子さんが後を継ぎ指揮者をしています。
F.M.C.の団員は、高野先生のもとに集まった社会人や大学生などの有志で構成されていますが、長い歴史のなかでピーク時は100人近い団員を抱え、何度も全国合唱コンクールの金賞を受賞しています。前回のブログで、福島は合唱王国で多くの合唱団があると書きましたが、それらの中でもF.M.C.はトップブランドです。OV(旧団員、オールドヴォイスの略)の数は1000人を超えますが、僕もその1人で、60年の歴史うち、1年半だけ所属していました。僕が医大の5年~6年生の頃です。
医大学生の頃、僕は大学の男声合唱団グリークラブと弓道部を掛け持ちしていて、おまけにクラブ活動がない日は家庭教師のアルバイトで常時2~3人ほど教えていたので(貧乏学生でしたので、アルバイト収入で生活費をまかなっていました)、なかなか時間のゆとりがなかったのですが、国家試験準備のために医大は5年生の夏でクラブ活動をほぼ引退してしまうので、時間的にゆとりが持てるようになり、長年憧れていたF.M.C.混声合唱団に入団することにしたのです。
僕は高校、大学とずっと男声合唱団一筋だったので、はじめは混声合唱団に戸惑いも覚えましたが、既に同じ医大の男声合唱団に所属していた先輩や後輩の数人がF.M.C.に入団していましたし、団員のアットホームな雰囲気のおかげですぐに仲間入りすることが出来ました。僕が通っていた福島県立医科大学は、当時医学部だけの単科大学で(現在は看護学部が出来ました)、普段の大学生活での接点は医大の学生か先輩のドクター、ナースくらいで、それ以外の接点は極めて少ない環境でしたから、F.M.C.に入って他業種の社会人や他大学の学生と触れ合うことは、大変刺激的でもありました。そういう意味でも団員との飲み会は本当に楽しかったし、思い出深いです。
僕が団員だったころは先代の高野先生が指揮棒を振っていらっしゃいましたが、在籍した1年半の間に全国大会に2度出場させていただき、銀賞と銅賞を受賞しました。また、何とヨーロッパでの演奏ツアーにも参加することができました。
先代の高野先生は、ジョバンニ・ダ・パレストリーナというイタリア人作曲家の作品を専門とし、数十年にわたりパレストリーナの合唱曲を指導していらっしゃいました。パレストリーナはルネッサンス期のローマ法王庁付の作曲家でもあり、カトリックの宗教曲を多く残し、教会音楽の父とも言われている人です。こうしたいきさつから高野先生はバチカンのローマ法王庁とゆかりがあり、特別にローマ法王に献歌をする機会を与えられたのです。
F.M.C.混声合唱団はそれ以前にもアメリカやヨーロッパで演奏ツアーを行った輝かしい経歴がありましたが、ローマ法王庁での献歌を含めて、F.M.Cがヨーロッパに演奏ツアーに出かけるタイミングが、僕にとっては最高のグッドタイミングだったので、1も2もなく参加の申し込みをしました。その時期というのは、丁度僕が医師国家試験を受験したあと、医師として勤務し始めるまでの約1ヶ月間のお休み期間に、ぴったり合っていたのです。ですから僕にとっては、大学の卒業旅行がF.M.Cのヨーロッパ演奏旅行だったのです。
今は亡き、ヨハネパウロ2世がローマ法王だった頃で、1万人も収容できるという大きな法王の謁見ホールの中でパレストリーナの曲を歌い、ローマ法王と握手をさせていただくこともできました。あの時の感動は今でもはっきり覚えています。
時がたつのはあっという間で、それからもう16年も経ってしまいました。
今日はここまで。またお話は次回に続きます。
投稿者 ginzamiyuki : 16:25 | コメント (0)
2007年07月01日
合唱王国 福島
合唱団に所属している人(全日本合唱コンクールに出場したことがある人)以外にはほとんど知られていないことだと思いますが、僕の故郷の福島は、僕がかつて合唱団に所属していた学生時代、合唱王国と言われていました。(多分、今もそうだと思います。)
王国っていうと随分大げさな感じがしますが、確かに王国なんですよ。
で、何が王国かって言うと、当時の全国コンクール(全日本合唱コンクール)では、福島県の代表団体が何年も連続して金賞(優勝みたいなもの)を取っていたんです。同じ学校が毎年甲子園で優勝するようなものですよ!甲子園と比べたら認知度はかなり違うとはいえ、これって凄いことでしょ。
全日本合唱コンクールは、全国の中学校、高校、大学の学生合唱団、社会人(職場)の合唱団、そして一般の(民間の)合唱団が参加して、合唱の上手さを一年に一度競い合う場ですが、甲子園と同じように都道府県大会、ブロック大会(関東大会、東北大会など)があって、それを勝ち抜いた精鋭だけが、晴れの全国大会に出場できます。福島県の場合、特に高校生と職場、一般(民間)合唱団が強豪ぞろいで、まずは県大会を勝ち抜くのが大変です(確か上位3~4団体までが代表になれます)。そして福島県大会の代表の多くは東北大会も勝ち抜き、全国大会に出場します。全国大会でも上位に入り、何かしらの賞を受賞していたりします。
甲子園の常連校の野球部には優秀な指導者(監督)がいて、部員数も沢山いる場合が多いと思いますが、合唱の場合もそれと同じで、優秀な指揮者(学校の場合は音楽の先生)がいて、上位校は部員数も多かったです。僕が通っていた高校の合唱部は、その当時はたいてい県大会止まりで、在学中一度だけ県の代表になり東北大会に出たことがありましたが、残念ながら全国大会に出る夢は叶いませんでした。それでも部員は50人くらいいました。これが全国大会金賞を毎年のように受賞している超上位校では、部員数が何と100人を超える高校もありました。
僕が合唱にはじめて関わったのは中学3年生の時で、声がでかいということで音楽の先生の目に止まったらしく、勧誘されるがままに中学校の合唱部に入部して、コンクールなどにも出ました。(県大会止まりでしたけど。)僕が通っていた中学校の合唱部は混声でしたが、部員のほとんどは女子で、男子はおまけのような存在でした。でも、そのおまけがいないと合唱にならないので、音楽の先生はコンクールに出場するために、是が非でも男子を部員に引き入れる必要があったのでしょう。僕以外にも何人か勧誘されて、たまたま仲の良い同級生が入部したので、あまり気が進まなかったものの断りきれずに入ってしまったような記憶が残っています。だって僕はもともと楽譜を見るのは苦手で、音楽の授業もどちらかというと退屈で好きではなかったほうでしたから。
その後高校に進学すると、中学の合唱部の先輩が既にその高校の合唱部にいて、当たり前のように誘われて、また合唱団に入りました。高校は男子校だったので、男声合唱団(男性ではなく、男声です)です。
合唱は声のトーンに応じてパートが分かれます。合唱はたいてい4つのパートに分かれていて、混声の場合は上からソプラノ(女声)、アルト(女声)、テノール(男声)、バス(男声)、男声の場合はトップテノール、セカンドテノール、バリトン、バスです。でも、当たり前ですが主旋律(メロディー)を歌うのは声が高いパートばかりです。
高校の合唱団に入部して初めての発生練習で、『君はバリトンかバスだね』と言われてバリトンのパート練習に参加したものの、まるでバックコーラスのような感じで、覚え易いメロディーを歌うのは少し離れた場所でパート練習をしていたトップテノールばかりです。そんなこと中学の合唱でも知っていたはずなのですが、自分のパートが急につまらないものに感じて、『先生、トップテノールに入れてください』と直訴してパートをかえてもらい、無理して高い声を絞りだして歌っていました。でもそんな無理が長く続くはずもなく、結局落ち着いたのはバス。それ以来、ず~っとバックコーラス専門です(笑)。
主旋律は目立つし、勿論大切なんですが、合唱で一番重要なのはハーモニー(調和)です。何年合唱をやっても、楽譜を読んだり、ピアノを弾いたりするのが苦手な僕ですが、そんな僕が合唱を長く続けてこれたのは、“ハモリ”(ハーモニー)の良さを実感していたからです。一度、あの“ハモリ”を体験してしまうと、また歌いたくなります。
どう良いのかって?人間の声が共鳴している響きの中に身を置いて歌う快感を言葉で表現するのは難しいですね。楽器や独唱の素晴らしさとは、全く趣の異なるものです。
僕の場合、結局中学での1年間、高校での3年間、そして大学での6年間の、合計10年間も合唱に関わっていましたが、最後の1年半は、学校の合唱団だけではなく、一般(民間)の合唱団にも所属していました。その名もF.M.C.混声合唱団。今は亡き伝説の名指揮者、高野廣治先生が創設し、今年60周年を迎えた、合唱王国福島県の中で最も老舗の合唱団の一つです。
実は昨日、福島で、F.M.C.混声合唱団の創立60周年記念演奏会があり、僕もOV(オールドヴォイス)として、10数年ぶりにステージに立ち、歌ってきたのです。
今日はここまで。お話は次回に続きます。