2006年11月30日
姉さん女房
最近、ボストン大学でお猿さんに関する面白い研究が発表されました。若いオスのサルは、若いメスよりも年上のメスにより興味を示し、発情するというのです。したがって、若いメスはオスを誘惑するのにかなり苦労するらしいということです。
なぜ、若いメスよりも年上のメスの方を好むのか推察してみますと、どうも出産経験が関係しているらしいのです。
出産経験のあるメスですと、オスにとっては自分の遺伝子を残せる可能性がより高まるということなのでしょうか?
あるいは他に何か重大な秘密があるのでしょうか?
人間の社会でも家系というものが重要視されていた古代においては世界的に、出産経験があるということは女性にとって再婚には、まったく不利にならなかったといいます。不利にならないどころか、無事に出産し、子供を健やかに養育している経験があるということが喜ばれたといいます。
日本でも「年上の女房はカネのわらじを履いてでも探せ。」ということわざがあるでなないですか。
スポーツや芸能で成功している男性には、姉さん女房の人が少なくありません。
人間社会では、遺伝子の継続といった面だけではなく、姉さん女房は何かしら男性にとっても女性にとっても、日常生活を充実して過ごすことができる面があるのではないかと思ったりします。
姉さん女房の方にご意見を聞いてみたい気がします。
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2006年11月26日
引き続き米原万里さんのこと
ソ連がロシアとなり、一躍世界の情報発信源となるにつれて、ロシア語の同時通訳としての万里さんの実力が世に知れ渡るようになりました。
万里さんによると同時通訳は、時間との戦いだそうです。逐一直訳を行っていたのでは到底間に合わない。しかるに発言者の言わんとする内容のエッセンスを鋭く抽出し、大胆に意訳してしまう能力が必要だそうです。そんな豪胆ともいえる気の利いた名訳と美貌をもって、ゴルバチョフ大統領やエリツィェン大統領など、名だたるロシア男たちを魅了していたのかもしれません。
その後、万里さんはエッセイや小説などを執筆されるようになり、文筆業にもただならぬ異彩を放ち始めました。抱腹絶倒のエッセイ、豊かな表現力と構成力で表された染み入るような情感のあふれた小説。私は、万里さんの大ファンとして愛読しております。
先日、ある友人とお食事に行った折のことです。たまたまローマのことが話題になり、ローマ帝国から東欧諸国、ロシアのことに話が及びました。ロシアの話が出てきたところで、当然のように私は万里さんの話を出しました。するとその友人が「万里さんが亡くなったのは残念ですよね…」というではないですか。
私は一瞬、耳を疑いました。あるいは友人が勘違いをしているのではないかと思いました。私は万里さんの大ファンであることを自認しながら、忙しさにとりまぎれ大変うかつでした。万里さんは、5月29日にご逝去されていたのでした。享年わずか56歳。ショックで声を失ってしまいました。
同時通訳において、文筆業において、ますます円熟された活躍を期待していただけに残念でなりません。美貌と豪胆な発言と素晴らしい文章で、今後も大いに楽しませてくれると思っていたのに… 遅くなりましたが、ご冥福を祈るばかりです。
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2006年11月23日
米原万里さんのこと
皆さんは、米原万里さんという方をご存知でしょうか?ロシア語通訳の第1人者として活躍されるかたわら、テレビのコメンテーターやエッセイなどで多彩な才能を発揮されていた方です。
米原万里さんは、言語の能力の発達が最高潮に達する小学校高学年から中学生にかけての5年間をお父様の仕事の都合で、当時チェコスロバキアのプラハで過ごされロシア語を習得されました。
帰国後は、日本で高校、大学に進学され、言語の研究もされていたようなのですが、いろいろな経緯を経てロシア語の同時通訳として活躍されるにいたりました。通訳にまつわる苦労話、ステキな話、珍談、奇談など、「不実な美女か貞淑な醜女か」という著書に書かれています。興味のある方は、是非ともご一読を。
ソ連時代は情報の発信がすかなく、ロシア語通訳の需要はわずかだったそうですが、米原万里さんが同時通訳になられてまもなくゴルバチョフ大統領によるぺロストロイカが始まり、ソ連および東欧諸国の共産主義体制は一気に崩壊に向かいました。そのために米原万里さんをはじめとするロシア語通訳の方々は殺人的なスケジュールに忙殺されたとのことです。
共産主義体制の崩壊という歴史的な出来事の渦中で大活躍された米原さんは、ゴルバチョフ大統領やエリティン大統領から大変信頼され、「通訳にはマリを」と指名されるほどだったそうです。
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2006年11月20日
ボジョレーヌーボー
2006年のボジョレーヌーボー、皆さんはもうお飲みになりましたか?ボジョレヌーボーが話題になりだしたのはバブルの時期からでしょうか?
もうすっかり毎年の恒例行事として定着したようですね。
毎年よく飲んだし、ボジョレヌーボーも今年はもいいかなぁ… と思っていたのです。
私のクリニックはコレド日本橋のすぐ横なのですが、コレド日本橋でも派手に飾り付けをして、赤ワインのボトルをズラーッと並べて大いに盛り上げていました。
通勤の途上に毎日コレド日本橋の中を通っているとイヤでも目に付きます。
初めは見ないようにしていたのですが、どうしても目に入ってきます。
なんだかすごく美味しそうに見えるんですよねぇ、これが。
そんなわけで誘惑に負けて、ついつい1本買っちゃいました。
今年はちょっと変わったところで、ボジョレ・ヴィラージュ・ヌーボー・キュヴェ・サントネールというのを飲んでみました。
ボジョレ地方でも特別な地区の100年以上の樹の葡萄から作られたとの意味だそうです。
普通のボジョレヌーボーはライトな感じなのですが、ヴィラージュ・ヌーボー・キュヴェ・サントネールは、やや熟成されたような濃厚でありながら、甘酸っぱい感じのするとても美味しい味わいでした。
