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2006年11月23日

米原万里さんのこと

皆さんは、米原万里さんという方をご存知でしょうか?ロシア語通訳の第1人者として活躍されるかたわら、テレビのコメンテーターやエッセイなどで多彩な才能を発揮されていた方です。

 米原万里さんは、言語の能力の発達が最高潮に達する小学校高学年から中学生にかけての5年間をお父様の仕事の都合で、当時チェコスロバキアのプラハで過ごされロシア語を習得されました。

 帰国後は、日本で高校、大学に進学され、言語の研究もされていたようなのですが、いろいろな経緯を経てロシア語の同時通訳として活躍されるにいたりました。通訳にまつわる苦労話、ステキな話、珍談、奇談など、「不実な美女か貞淑な醜女か」という著書に書かれています。興味のある方は、是非ともご一読を。

 ソ連時代は情報の発信がすかなく、ロシア語通訳の需要はわずかだったそうですが、米原万里さんが同時通訳になられてまもなくゴルバチョフ大統領によるぺロストロイカが始まり、ソ連および東欧諸国の共産主義体制は一気に崩壊に向かいました。そのために米原万里さんをはじめとするロシア語通訳の方々は殺人的なスケジュールに忙殺されたとのことです。

 共産主義体制の崩壊という歴史的な出来事の渦中で大活躍された米原さんは、ゴルバチョフ大統領やエリティン大統領から大変信頼され、「通訳にはマリを」と指名されるほどだったそうです。

投稿者 root : 2006年11月23日 11:36

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