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2007年01月11日

電卓販売 10億台

 カシオが1965年発売の電卓第1号器から累計で10億台の販売を達成したということです。電卓第1号器は、重さが17kgもあったそうですが、それがわずか15年ほどでカードサイズにまで進化しました。その間の技術革新の激烈さは、「電卓戦争」ともいわれ半導体産業を大発展させる原動力ともなりました。

 電卓という便利な機械が発明され、集積回路の集積度が上がり始めることで、小型化と低価格化が進みました。誰もが手にできる価格と大きさになると、人々は争うように電卓を買ったものです。そのために最盛期には電卓メーカーが50社以上もあったといいます。乱立した電卓各社は、技術革新と低価格化にしのぎを削り、熾烈な「電卓戦争」が勃発したのです。

 電卓各社は「電卓戦争」の最中、小型化のために半導体メーカーに集積度のアップを求め、日本の半導体メーカーもその要求によく応え、その技術は世界のトップに躍り出ました。

 当時、電卓に使われていた集積回路には汎用性がなく、各機種ごとに設計されていました。つまり、新機種を発売するためには新たに集積回路を設計し、製造しなければならないので、非常に大きなコストがかかりました。そこで技術者たちは英知の限りを尽くし、汎用性のある集積回路をソフトで動かすという概念を思いついたのです。すなわち、プロセッサーの発明です。

 集積度のアップに伴い電卓に使用する集積回路のチップが徐々に減少していき、最終的には1個になりました。今ではパソコンになくてはならないマイクロプロセッサーの誕生です。マイクロプロッセサーの基礎的な発明は、実は日本人なのです。インテル社と共同で開発したのですが、当時はマイクロプロッセッサーの重要性が十分に認識さておらず、2個のチップが1個になったという程度の認識だったのです。まさかパソコンを支配し、ひいては世界を支配するという認識はほとんどなかったのですね。

マイクロプロセッサーの重要性を十分に認識できていなかった日本の会社は、目先の利益を優先するために、その製造ライセンスをあっさりインテル社に売却してしまったのです。これが非常に大きな運命の分かれる決断となってしまいました。インテルは、パソコンの普及により、今や世界を支配する会社に成長し、片や共同開発に関わった日本の会社は消滅してしまいました。

 しかし、神ならぬ身には現在のようなパソコンやマイコンがなくてはならない世の中になると誰が予測できたでしょうか?そういう点では、インテルも同じだったようです。マイクロプロセッサーの重要性になかなか気付かずに主力製品の位置づけられるまでにはかなりの時間を要したようです。

 「電卓戦争」では、小型化に伴う省電力化の過程で、今後ますます重要性を増していくであろう重要な技術が二つ開発されました。数字を表示するための液晶画面とソーラーパネルです。

 液晶パネルは、現在、薄型テレビとしてプラズマパネルとともに花盛りです。テレビとしては、液晶とプラズマは現在のところ互角といったところでしょうか。しかし、汎用性という観点からは液晶の方がはるかに多彩な需要がありそうです。エネルギー問題の深刻化に伴い、ソーラーパネルがますます必要とされるのは間違いのないところです。液晶、ソーラーともに世界をリードしているのはシャープです。

 50社以上乱立した電卓会社が繰り広げた「電卓戦争」で生き残ることができたのは、カシオとシャープのたった2社だけなのです。両社とも血みどろともいえる「電卓戦争」を勝ち抜くことにより、これからの世界をリードするような最先端技術を蓄積し、会社だけでなく、日本の産業自体も飛躍させることに多大な貢献をしたのでした。

 困難な状況を必死に戦い抜き、困難を克服したときに飛躍的に成長することができるのは、国家にも会社にも個人にもあてはまることではないでしょうか。カシオの電卓販売10億台という快挙の影には、日本の産業史に関わる数々のドラマがあったのです。

投稿者 root : 2007年01月11日 10:35

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