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2007年02月25日

時代とともに

最近、ちょっと世間を騒がせている話題に前夫との離婚後300日以内に生まれた赤ちゃんは、誰の子とするか? というものがあります。民法第772条に離婚後300日以内に出生した子供は前夫の子と推定されるという条項があるのですね。私も初めて知りました。

 ある人が、お子供さんの出生届けを提出したところ、離婚後300日以内の出生であったために、お役所が現夫の子供として受理してくれなかったということが発端となり、この条項の改正議論が高まっているようです。それでは、なぜ300日以内なのかということをよくよく考えてみるに、どうも昔からいわれている「人の妊娠は10月10日(とつきとうか)」ということが根拠になっているのではないかと思われるのです。

 それにしても、そういう根拠だとちょっと前近代的すぎませんかねぇ?新生児医療にたずさわって来た者としては、民間伝承的な根拠が法律として、いまだ効力を発揮しているということに不可思議というか、滑稽な感じさえします。(当事者の方にとっては非常に深刻な問題でしょうが…)

 現代では、新生児医療の飛躍により、在胎24週以降、つまり在胎168日以降では、生存が可能なのです。300日という基準とは大きくかけ離れてしまっています。さらにDNA鑑定という決定的な診断方法もあります。

 それもそのはずで、民法の第四編親族の条項は、明治31年(1898年)の発布なのですね。もちろん発布当時は、まだまだ科学が未発達であったので、当時としての「常識」が条項に盛り込まれたのはいたしかたありません。しかし、それを100年以上放置したままになっていることの方が問題ですね。

 向井亜紀さんと高田延彦さん夫妻の代理出産によるお子さんの件も懸案事項となっています。また、嫡出子と非嫡出子の区別なども現代ではなじまないような気がします。

 子供の帰属問題一つとっても科学、医療の進歩や社会の変化により、現実はスピードを緩めることなくどんどん変化していきます。法律も時代の変化とともに遅れることなく、迅速な対応が必要とされるということでしょうか。

投稿者 root : 01:48 | コメント (0)

2007年02月19日

東京マラソン

昨日は、冷たい雨の降る中を第1回 東京マラソンが行われました。冷たい雨をものともせずに、なんと3万人の人々が都心を駆け抜けました。聞くところによると10万人の応募があり、抽選により、3万人の幸運な方々が選ばれたのだそうです。

 それにしても10万人の応募とはスゴイですよね。日本人は、自分が走ることも箱根駅伝をはじめ、走るのを見ることも好きですね。日本人が、これほど長距離走が好きになったのは、やはり日本独特の駅伝という競技のせいでしょうか?

 初めての駅伝は、明治に東海道53次、京都ー日本橋という壮大なスケールで開催されたのだそうです。それが大好評であったために、続けていこうということになったのですが、なにぶん東海道中駅伝では、あまりにも壮大すぎて継続的な開催が難しくなるので、現在の箱根駅伝の形になったのだそうです。

 チームのために死力を振り絞って、次の人にたすきを渡すという悲壮感や一体感が、日本人の琴線に触れるのでしょうか?それに、オリンピックでもメダルを狙えるのは、マラソンぐらいであることを見ても、日本人が人種的にも民族的にも長距離走に適しているということもあるのかもしれません。

 ともあれ駅伝が長距離走の競技人口を増やしていることは間違いないですね。実は、私も一度ぐらいは、東京マラソンを走ってみたいなぁ… などと思ったりしています。

投稿者 root : 18:42 | コメント (0)

2007年02月15日

バレンタインデーの成果は?

昨日は、バレンタインデーでしたが、その成果はいかがでしたでしょうか?意中の男性にチョコレートを渡すことができましたか?女性の方から男性に意思表示をするのは難しいことかもしれませんけど、バレンタインデーという習慣は、なかなかいいものかもしれませんね。

 もっともバレンタインデーは、キリスト教世界では男女の愛を確かめ会う日として、お互いに贈り物をするそうで、女性から男性にチョコレートを贈るという習慣は、日本独特のものだそうです。

 バレンタインデーの起源は、3世紀の古代ローマ帝国にさかのぼります。ローマ帝国は、もとは多神教の国家であり、宗教だけでなく、異質な民族、文化などを寛容に包括し、世界帝国へと発展していきました。その中にあってキリスト教徒だけは、かたくなに自らのコミュニティに閉じこもり、ローマ市民としての責務を果たそうとはしなかったために、しばしば迫害を受けることがあったといいます。

 3世紀のローマ帝国は衰退期に入り、混迷の度を深めていました。歴代の皇帝たちは、何とか帝国を建て直そうとしましたが、絶え間ない周辺地域からの異民族の侵略に悩まされ続け、国境地域の軍備を強化しなければなりませんでした。ローマ帝国の軍務期間は25年であり、その間は独身であることが建前でありましたが、実際には赴任先の現地人の女性と家庭を持つことが多かったようです。

 そのような社会状況の中、3世紀の皇帝クラウディウス・ゴティクスは、兵士の結婚式をキリスト教式で行った司教ヴァレンティヌスを2月14日に処刑しました。実態としては結婚は黙認されていましたので、これもキリスト教弾圧の一つなのかもしれませんね。

 その後、コンスタンティヌス大帝により、キリスト教が公認され、ヨーロッパはキリスト教世界として発展することになります。男女の愛の誓いを取持って殉教したヴァレンティヌスは、聖人に列せられることとなり、殉教した日を愛を誓う日として記念するようになったそうです。

 1800年後の日本では、多少形は変わりましたが、愛を誓う日には違いありません。男女の愛は、人類にとっては生きていることの喜びであり、永遠のテーマです。女性の皆さん、おおいに恋愛を楽しんでくださいね。

投稿者 root : 18:41 | コメント (0)

2007年02月10日

YouTube買収

動画投稿サイト「YouTube」が、検索サイト「Google」に総額約2,000億円で買収されました。買収は株式交換方式で行なわれ、創業者の2人はそれぞれ400億円、420億円相当のGoogle株を手に入れました。YouTubeの創業が2005年2月ですので、約2年での大成功です。アイデアだけあれば、ほとんど資金がなくても誰でも始めることができるIT事業ならではの、まさに夢物語ですね。

 現在では、インターネットが普及したことにより、誰もが簡単にあらゆる情報を得ることができると同時に情報を発進することができます。さらにプログラムの設計図であるソースコードやその他の情報を開示することにより、誰もがある種のソフトの開発、問題解決、アイデアの構築、情報の発信、自己表現などをおこなうことができるオープンソーシング・コミュ二ティという仮想空間が形成されています。

 ソフト開発を例に取ると、インターネットで形成されたネットワークの中でソースコードが開示されることにより、世界中のどこでも誰でもいつでも開示されたソースコードを修正することができるために、膨大な数の優秀な頭脳がオープンソーシング・コミュニティを形成し、非常に優れたソフトが安価に早く作られるというのです。その代表的なものが、リナックス(OS)やファイアーフォックス(ブラウザ)などです。

 今やソフトだけでなく、オープンソーシング・コミュニティにおいて様々な問題の解決や創造、構築、作業がなされる時代となっています。以前ならば数人で問題解決に悪戦苦闘いなければならなかったことでも、膨大な数の人が問題解決に参加することにより、瞬く間に、より優れた解決策が提案されるのです。広い意味で言えば、ブログやYouTubeも仮想空間上でのコミュニティに違いありません。

 誰もが編集可能なインターネット百科事典「ウィキペディア」は非常に優れた百科事典として日々進化しつつあります。その他にも今後は、企業のある種の事業展開、政治などあらゆる場面にオープンソーシング・コミュニティが利用されるようになることが予想されます。Googleも時代の趨勢から見えるYouTubeの驚異的な可能性に賭けたのでしょうか。

投稿者 root : 18:39 | コメント (0)

2007年02月03日

氷室仕込み

金沢といえば、いわずと知れた加賀百万石前田家の城下町です。豊かな大藩であったために金箔、漆器などの工芸品が盛んとなり、現代でも伝統工芸として引き継がれています。
もともと前田家の庭園であった兼六園や旧市街地も残されており、江戸情緒の漂うたいへん美しい街です。

 金沢は日本海側にあるために冬は日本海からの湿った季節風にさらされ、からりと晴れる日はほとんどなく、雪が深々と降り積もる雪国でもあります。雪は積もると相当な重みとなって家がつぶれたり、電線が切れたりもします。木々の枝も折れてしまわないように、支柱を立てて八方に荒縄を張りめぐらせて枝を吊って支えます。「雪吊り」は兼六園の風物詩でもあります。

 金沢の雪国ならではの風物詩として「氷室仕込み」という行事もあります。現代と違って冷蔵庫のなかった昔は、夏の氷というものは大変貴重なものです。凍結した湖水面から氷を切り出し、ワラで幾重にもくるんで涼しいところに作られた氷室という貯蔵庫に入れておきますと夏に取り出して使うことができるのです。

 金沢の場合は、大量に降り積もった雪を突き固めて氷にして氷室に仕込むそうです。毎年、氷室仕込みは1月下旬に行なわれ、夏場には江戸の将軍に献上するのが慣例となっていたそうです。

 しかし、今年は1300年ぶりの暖冬ともいわれており、金沢でも積雪はゼロということで、氷室に仕込もうにも仕込む雪がなかったそうです。関係者の方々は、困惑されたことでしょう。大慌てで山間部から雪を掻き集めてきて、なんとか氷室仕込みは行なうことはできたそうです。

 世が世なら、将軍様に申し訳がたたぬ!!と、切腹ものだったかもしれませんね。

投稿者 root : 13:43 | コメント (0)