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2007年03月18日
彼岸の入り
今日は春の彼岸の入りです。皆さん、お墓参りや先祖供養などをされることと思います。私は故郷を離れて仕事をしておりますので、心の中でそっと手を合わせるぐらいにしておきます。「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますように、お彼岸が来ますと本格的な春到来ですね。
子供のころにはお彼岸になりますと、大人たちにお墓参りに連れて行かれ、ぼたもちが振舞われるのが楽しみでした。春も近いということで何となくウキウキした気分であったような気がします。ぼたもちに釣られるだけであり、「お彼岸とはなんぞや?」などと深く考えることはなかったですね。しかし、私も中年以降になりますと、お彼岸ぐらいは自分のことをよく見つめ直し、自分はどこから来て、どこに行こうとしているのか?あるいは自分はどうあるべきかを考えなければいけないなぁ… などと思うようになってきました。
そもそも彼岸とは、多くの煩悩に惑わされる現世である此岸(しがん)に対する概念であり、西方浄土や悟りの境地を意味するのだそうです。つまり煩悩に満ち溢れ穢れ多き「此方(こなた)の岸」から清浄な「彼方の岸」に渡るように精進しなさいということなのでしょうか。
まあしかし「此岸」と「彼岸」の間に横たわる川を越えるということは、凡人には至難のワザと言うことなのでしょうね。私のように、ぼたもちを見て食い気に走っているようでは、論外といったところでしょうか。所詮は、橋のない川を渡ることはできませんので、「彼岸」のありようを眺めるだけで、我々は「此岸」でぼたもちに舌鼓を打ちながら、生きることに悪戦苦闘するしか術はなさそうな気もしますが。
私のように煩悩の多い人間は、煩悩は煩悩として楽しみつつ「彼岸」のありようをよく見つめ、人としての正しい道を踏み外すことのないように自戒をすることが、精一杯といったところでしょうか。そんなわけで今日が彼岸の入りというのに、フライングして昨夜にぼたもちをつまんでしまいました。
いつの日か頬張りし彼岸団子かな
投稿者 root : 2007年03月18日 17:41
