2007年09月10日
大相撲秋場所
いよいよ9月場所が始まりました。横綱に昇進した白鵬の奥様は、徳島の人なんですよね。先日、徳島に出張に行っていたときに、商店街に「白鵬、紗代子さん、おめでとう!」という横断幕がかけられていました。やはり、私も含め徳島県人にしてみれば、白鵬には親近感を抱き、ご贔屓になってしまうものなんでしょうね。
今場所は、白鵬にとっては横綱に昇進して初めての場所です。そんな特別の場所であれば、ただでさえ、緊張するというものでしょうが、今場所は朝青龍問題できっと大荒れの雰囲気。白鵬はには、さぞかし大きなプレッシャーがかかっているのではないでしょうか。初日は、投げ飛ばされての黒星スタートでした。相当なプレッシャーがかかった状況の中ですので、致し方ないといったところでしょうか。
徳島に縁のできた白鵬には、プレッシャーに押しつぶされることなく、何とか頑張って欲しいものです。朝青龍の「場外乱闘」も含め、今場所は目が離せませんね。
2007年09月04日
最後のセル画
アニメの「サザエさん」は、昭和40年代から延々40年近く続いているそうです。これだけ長く続き、日本国民の精神世界に何がしかの影響を与えているということは、ある意味、偉大な作品です。
昭和40年代といえば、日本は高度成長期にさしかかり、伝統的な家族構成や生活習慣、美徳などが、まさに崩壊しようとしていたと時期ではないでしょうか。「サザエさん」の物語は、いたって日常的であり、平和そのものです。サザエさんの家族や親類、友人達は、ありそうで、ほとんどありえないような家族構成の中で、日本国民の典型として、善良そのものに平和に生き続けています。
「サザエさん」の物語は、豊かさを求めて経済成長に邁進し、新しいものを求める一方で、古きよき日本の姿を懐かしむ日本人の琴線に触れ続けているために、かくも長く放送がされ続けているような気がします。だからこそ、情報革命が起こり、生活すべてにおいて高度にデジタル化、高速化され、個人の精神世界は極度に多様化し、無限大ともいえるほどに膨張した現代日本にあっても、昭和40年代の日常生活が、明るく、間延びしたほどほのぼのと放送され続けているのかもしれません。
アニメーションを製作する時には、人物は、背景とは別に1コマ1コマ透明の板に少しずつ動きをつけて描いていきます。それらを撮影し、1秒間に16コマとか24コマといったスピードで流すことで、動きを表現していきます。動きが複雑に、ハイスピードになるにしたがって、当然コマ数を増やさなければ、動きがいびつになったり、下手をすれば「テレビ紙芝居」的な画面となってしますので、とにかくたくさんのセル画を描かなければなりません。アニメーションの製作は、非常に人手と手間と根気のいる作業なのです。
より高度のアニメーションが要求されるに従い、大量のセル画を描くことの限界が訪れたのと同時にパソコンの急速な進歩により、アニメの製作は完全にパソコンを用いた手法に移行してしまいました。
そんなデジタル社会にあって、現在製作されているアニメでは、唯一「サザエさん」だけは、セル画が使われているそうです。あえてセル画を使った昔ながらのアニメ製作にこだわっているのかどうかは知りませんが、時代遅れになってしまった手法を使っている唯一の作品が「サザエさん」とは、現代社会とははるかに乖離してしまった古きよき日本の日常を描き続けるというコンセプトにみごとに一致しているではありませんか。
ディズニーアニメなどの著名な作品のセル画は、今でもプレミア価格で取引をされていますが、セル画が作成されない現代においては、過去のセル画は稀少な存在となり、ますますプレミアがつくかもしれませんよ。
2007年08月30日
8月も末となり
猛烈に暑かった夏も、8月下旬になるとずいぶん過ごしやすくなって来ました。いよいよ8月も終わります。学生さんにとっては、夢のように楽しかった夏休みの終わりでもありますね。私も学生時代は、ツクツクボウシの鳴き声が聞かれ始め、8月の末が迫ってくると何とも憂鬱というか、物哀しい気持ちになっていたものです。皆さんもそんな経験はありませんか?
開放的で明るい夏から、静かな秋へ向かう時期、ただでさえ物悲しくなるこの季節、夏休みが終わり、明日から現実が始まるとなると、憂鬱にも拍車がかかるというものですね。どうもこの時期は、医学的にも精神衛生上、よくないようですよ。
8月から9月は、大きな時候の変わり目ですが、日常の1週間という単位の中でも気分の変動がありますね。よく言われるのが「サザエさん症候群」というものです。聞かれたこと、ありますか?
私も小学生のころ、普段はなかなか眠たくて起きることができないのに、日曜日にはなぜか朝早くから目がパッチリと覚めるのです。早朝から家族や友達と一心不乱に遊んだものです。遊び疲れて家に帰ると夕御飯です。そのときに必ず見るテレビは、やはり「サザエさん」ですよね。「サザエさん」のテーマソングが流れてくると、
「あ~~これで楽しかった日曜日も終わりだなぁ…」
といった気分になり、子供心にもものすごく悲しい気持ちになりました。
そんな子供の頃の心情がすっかり定着してしまっているのでしょうか、はるかに時を経て大人になった今でも、「サザエさん」が始まると子供の頃と同じような気分が蘇ってくきます。きっとそのような方は、たくさんいらっしゃるのでしょうね。
2007年08月14日
ビール戦争
人間が本来的にもっている欲望を完全に押さえ込もうとするような法律は、所詮現実的でなく、ほとんど機能しないことは、歴史が証明しています。「禁酒法」がその最たるもので、稀代の悪法としての栄誉に浴しています。
お酒は、人間が文化的であるためには必要不可欠なものではありますが、かといってなくては生きていくことができない、というものでもなく、やはり嗜好品とせざるを得ないのでしょうね。そのような社会や人生におけるお酒の位置づけによるのでしょうが、どうも政府にとっては、税金を取りやすいところでもあるようです。しかし、庶民もさるもの、ささやかな楽しみを奪われてなるものかと、高税率回避の様々な対抗策を打ち出してきます。
通常、ビールといわれるものは、麦芽比率が50%以上のもので、350mlあたり77円の税金がかかります。ここで麦芽比率を50%以下にすれば税制上は発泡酒となり、税金はかなり低くなってしまうのです。そこで、同じビール風味であれば、少しでも税金の安いものでいいではないか、と第2のビールといわれ発泡酒ブームが起こったのです。
発泡酒ブームの初期のころは、かなり割安感があったのですが、政府も手をこまぬいてはおらず、その後、税制が改正されてしまい、350mlあたり62.34円となり、ビールとの差が縮まったため、発泡酒のメリットがあまり感じられなくなってしまったのです。
税制上の発泡種類とは、麦芽を原料としているものをいうので、次の手としては、ビール風味であれば、その他の穀類を原料ととしてもいいのではないかという考えが生まれます。麦芽以外の穀類を原料とすれば、「その他の発泡種類」と、税率の低い別の種類となってしまうからです。理屈ではそうですが、実際に麦芽以外でビール風味を出すとなるとそうそう簡単なことではありません。メーカーでは、かなりの困難を伴い、ありとあらゆる穀類を試行錯誤した結果、えんどう豆、とうもろこし、サトウキビ、大豆などで、ビール風味を出すことが可能となり、これらが第3のビールとして発売されるにいたったのです。しかし、第3のビールも、またまた2006年の酒税法の改正により、「ビール風味新分野」なるものが新設され、350mlあたり3.8円の増税となってしまったのです。
そして今年、さらなる次の一手が打ち出されました。発泡酒に麦芽からの蒸留酒を添加すると、「リキュール・発泡性①」という分類となり、税率が下がるのです。メーカーさんも、おみごとです。必死の企業努力のたまもの、第4のビールが発売されるに至ったのです。このように、ここ数年来、ビールをめぐる政府とメーカー、メーカー間の熾烈な戦いが繰り広げられ、まさにビール戦争という様相を呈しているようです。
2007年08月10日
2007/08/10 ビールで乾杯!!
暑い日盛りにたくさんの汗を流して働いた後に、一日の締めくくりとして一気に飲み干すビールの何と美味しいことでしょう!!お酒が呑めない方には、申し訳ないのですが、お酒を呑む人にとっては、夏のビールは人生における大きな楽しみの一つ(大げさではなく)ではないでしょうか?
私はそれほど酒呑みではありませんので、好きなお酒は、ビール、日本酒、ワインぐらいで、その他はほとんど呑むことはありません。世界各地に存在する多くの民族は、それぞれの民族のお酒というものを持っているようです。居住地域の特産品や主要食品を利用してお酒を造ってきたのです。古くから、お酒は民族の生活に根ざした文化といっても過言ではありません。さらにお酒の甘美な酩酊により、民族の文化をも醸成されてきたといえるでしょう。
このように人類の生活で重要な位置を占めるお酒が禁止されるという異常事態が、20世紀初頭のアメリカで起ってしまったのです。悪名高い「禁酒法」が、1920年にアメリカ合衆国全土に施行されました。以後、1933年に廃止されるまでの13年間、少なからぬ混乱に陥ってしまい、時のフーバー大統領は「高貴な実験」と皮肉ったそうです。
アルコールは惑溺しますと風紀が乱れたり、身を崩したり、依存症になったりと、よくない面も確かにありますが、だからといって文化に深く根ざしたお酒を全面的に禁止してしまうというのは、どう考えても無理がありますよね。
無理のある法律は、しょせん遵守されることはなかったようで、密造や闇での販売が横行し、「黒い資金」の温床となってしまい、かの有名なギャング、アル・カポネが勃興する資金源となってしまいました。庶民は修道士や修行僧ではありませんので、「お酒」という文化や娯楽を奪われては生きていくことはできないということなんでしょうね。
日本では、戦争中に兵隊さんたちにお酒の配給があり、飯盒の蓋にお酒を入れてくれるのですが、戦争末期には飯盒の蓋に薄く張り付く程度にしかもらうことができなかったそうです。ある人が、
「お酒もまともに配給できないようは軍隊が、まともに戦ができるわけないや!」
と、憤慨したそうです。戦後も食料難にみまわれ、食うや食わずの生活。まともなお酒など呑めるはずもなく、粗悪品や工業用のメチルアルコールなどを呑んで健康被害に遭われた方もたくさんいたということです。
いつでも好きなときに美味しいお酒が呑めるということは、平和であることの証でもあるのかもしれません。
2007年08月04日
短気は損気!?
こう毎日、暑い日が続きますとイライラして、ついつい周囲に八つ当たりしてしまったということはありませんか?
ドイツのハノーバーという都市で起こった出来事です。
深夜、突然、ある家の2階の窓から、パソコンが放り投げられ、地上に叩きつけられ、大音響をたてて粉々になったというのです。近所の人も、深夜に時ならぬ大音響を聞いたものですから、あわてて警察に通報してしまいました。そりゃ、誰でも深夜に何だかわからない大音響を聞きつければ、ビックリするというものですよね。
駆けつけた警察の調べによりますと、年配の男性がパソコンを操作していて、まったく思ったとおりに動いてくれない。サポートセンターに電話して、操作方法を教えてもらうのだけど、やはりチンプンカンプンで、まったく思い通りにならない。件の年配の男性は、イライラが募りに募って、怒りが頂点に達してしまって我を失ってしまったのだそうです。
「この野郎!!」とでも叫んだのでしょうか、頭に来て思わずパソコンを窓から放り投げるという暴挙に及び、パソコンは哀れにも粉々に砕け散ってしまったのです。
駆けつけた警察官に絞られたあとは、その男性は気の毒なぐらいにしょげ返ってしまったようです。きっと、駆けつけた警察官もパソコンが苦手な世代の人で、自分にも身に覚えがあったのでしょうか、
「こんなことは誰にでもよくあることさ。」
と、警察官の寛大な措置で、当の男性はお咎めなしということになったそうです。
皆さんも暑くてイライラが募るかと思いすが、短気を起こしますと、思わぬ大損をしてしまいかねませんので、お気をつけください。
2007年07月31日
猛暑にグッタリ
先日の日曜日には国政の命運を賭けた参議院選挙が行なわれ、テレビ各局とも、その熱戦の模様と白熱した討論を行なっていました。そんな暑い戦いもさることながら、連日の猛暑には、ちょっと参ってしまいますねぇ~~…
ここのところちょっと多忙で、外回りに出ることが多かったのですが、外で駆け回っていると汗でグタグタ。水分の補給を怠ると熱中症になってしまいそうでした。かと思うと空は一転掻き曇り、雷鳴が轟き、バケツをひっくり返したような雨が… ずぶ濡れになってしまいました。まぁ、すでに服には絞れそうなほど汗をかいてしまっているので、別にずぶ濡れになっても、まぁ、いっかって感じでしたけど。
私など室内が主な仕事場で、ここのところがちょっと例外だっただけなのですが、営業や集配、工事などの外回りが主な仕事場の方々は、さぞご苦労されていることでしょう。私など、ほんの数日ほど駆け回っただけでグッタリですから、そのご苦労がしのばれるというものです。
男性の場合は、外で仕事するからといって、あまりサンスクリーンなどを使用することはないでしょうけど、私の場合は、しっかりと日焼け対策を行なうのです。美白治療に携わっている以上、私自身がシミだらけでは、ちょっと恥ずかしいですので、しっかり美白対策をしているのです。
日盛りのときは、顔と腕にSPF値の高めのサンスクリーンをしっかりと塗り、サングラスをして外に出かけています。なぜ、サングラスかといいますと、カッコつけて「マトリックス」のキアヌ・リーブス風に装おうというわけではなく、メラニン色素の少ない白色人種のように眩しくて目が開けていられないというのでもないのです。
メラニン色素は、直接お肌にあたった日光に対して増産されるだけではないのです。網膜に強い日光を感じるだけでもメラニン細胞の活性化が促されて、メラニン色素が増えてしまうのですね。ですから、サングラスをかけるというのも、美白対策には有効な手段なのです。
ただ、たかがサングラスといっていい加減なものをかけてはいけませんよ。粗悪なサングラスの中には、紫外線がきちんとカットされていないものがあったります。サングラスをかけて光量が落ちていると瞳孔が拡散し、光を多く目に入れようとします。そこで紫外線がちゃんとカットされていないとサングラスをかけているときの方がたくさんの紫外線を目に入れてしまうということになります。
こんなことになりますと、メラニン色素の問題以上に、目を傷めてしまう可能性があります。サングラスを買うときは眼鏡屋さんで、ちゃんとしたものを買ってください。
2007年07月27日
夏本番!
関東地方は、まだ梅雨明け宣言が出ていないようなのですが、2~3日前から青空が広がり、日差しが急にジリジリとお肌を焼くように強くなってきましたね。もうすっかり梅雨明けしてしまったような感じです。日差しが強くなると同時に蝉の声も急に聞かれ始めました。
いよいよ夏本番!とても開放的な気分になりますね。きっと多くの皆さんが、夏の予定をいろいろと考えながら、ウキウキとした気持ちになっているのではないでしょうか。今年も猛暑になりそうですが、大いに満喫してくださいね。
蝉の引っ切り無しの激しい鳴き声は、いかにも「暑い夏」という感じがしませんか?私には、夏の季節感をもっとも感じるのは蝉の鳴き声のような気がします。昔は、多くの少年たちが、夏休みには虫取りに熱中していたように、私も少年時代は、虫とり網と虫籠を持って、一心不乱に野山を駆けずり回っていました。
少年時代の私にとって、もっとも輝いて見えたのはカブトムシやクワガタムシでした。その黒く輝く硬そうな背中を見つけますと興奮し、恍惚ともいえるほど、気持ちが高揚したものです。カブトムシやクワガタムシが生息しているのは、大きな木が生い茂っているようなところですので、そのような場所に分け入りますと常に耳を圧するがごとく蝉の声が降り注いでいました。
お目当てのクワガタを探しながらも黒い体に透明のハネの美しいクマゼミが「シャーシャー」と鳴いているのを見つけると気まぐれにクマゼミを捕まえてみたりもしました。少年の私には、茶色一色のアブラゼミよりも透明なきれいなハネを持つクマゼミやミンミンゼミなどの方が、なんとなくステキに見えたものです。
私は関西方面で少年時代を過ごし、仕事を始めるようになってから関東に拠点を移しました。最近、アブラゼミばかりでクマゼミをあまり見かけないなぁ… クマゼミは少なくなってしまったのだろうか? などと、何となく考えていたのですが、聞くところによりますと、クマゼミは西日本に多く生息し、東日本にはあまり生息していないのだそうです。
少年時代は、昆虫図鑑をなめるようにボロボロになるまで眺め、野山を駆けずり回って虫取りに熱中し、いっぱしの昆虫物知り少年を自認していた割には、クマゼミの生息分布というごく初歩的なことすら忘れてしまっているとは、まったく情けない話ですね。
虫に関するいろいろな知識はすっかり忘れ去られてしまいましたが、少年時代、夏の日盛りに一心不乱に野山を駆け回った日々に浴び続けた激しい蝉時雨の音色と暑い暑い夏の匂いの記憶だけは、褪せることはないようです。
2007年07月06日
食べもの芸術
甘いものが特に好きでしょうがないというわけではないのですが、和菓子屋さんを発見するとちょっと覗いてみようかなぁ、という気になります。陳列ケースには色とりどりの可愛らしいお饅頭が並んでいるので、思わず見とれてしまいます。催し物会場などでも、よく創作和菓子が展示されていますね。伝統の職人芸とでもいうのでしょうか、すべて和菓子で作られた花鳥風月がみごとです。
和菓子ばかりでなく、洋菓子職人さんもいろいろな技術を駆使して創作菓子を作ったりします。きっと洋の東西を問わずお菓子というものは美味しいばかりではなく、食べる人に夢を与えなければならないということなのでしょうか。食べる人を驚かせるようなお菓子を作らなければならないために、様々な技術が発達したのでしょうね。
腕に自信のある職人さん達は、実用的ではない見るためだけの創作菓子にチャレンジします。一見、技術を披露するだけで無駄のようにも思われますが、複雑な創作菓子を作る過程でさらに高度な技術を開発し、それを実用にフィードバックしていくのでしょうね。
私も小学生のころに芋バンあるいは芋版画というのでしょうか、よくサツマイモやジャガイモで版画を作ったものです。作り始めると楽しくて、思わず熱中したものです。ですから、お菓子職人さんたちも、ステキなお菓子を作ることはさぞかし楽しいのではなかろうかと思ってしまいます。
聞くところによるとチーズ彫刻というものをする人もいるとのこと。欧米ではカーリングの石のようなチーズの塊を売っていますが、あんなチーズを使って作るのでしょうか?なんだかとても面白そうです。チーズだとかなり写実的な彫刻ができそうですね。見たことがないので、一度見てみたいものです。
チーズを削るだけなら特別な道具は必要なので、私にもできそうな気がします。もちろんたいしたものはできないでしょうけど… 。いつか時間ができたら芋バンを熱中して作った小学生時代に戻って、チーズ彫刻を作ってみたいです。
2007年06月30日
Transgender(TG)
身体的、生物学的、遺伝的性と精神的、心理的、社会的な性。さらには、性癖、性的嗜好などの間には、実に多様で複雑な関係があるということが、近年になってようやく認知されるようになってきました。それらは、単純に趣味や好き嫌いなどといったものではなく、脳神経生理学的に何らかの原因を求められる性の多様性なのです。
大多数の人は、自らの性の認識や嗜好に何ら疑問を感じていないとは思いますが、逆に少数派に属する人は、自分の性の認識、社会的な振舞い、社会的役割、性に対する嗜好に何らかの違和感や疑問を感じています。このような人々を広義のTransgender(TG)といいます。しかし、一口にTGといっても人により、程度や方向性も様々であり、TGという範疇にも実に多様性に富んだ概念が含まれます。
自分の性に違和感を感じる人の中でも異性装(女装、男装)をするだけで精神的に安定感を得られる人もいます。または、異性装により性的な興奮を感じたりする人もいます。このような人をTransvestite(TV)といいます。簡単にいうとTVとは、自発的に異性装をする人のことなのです。TVといわれる人の中にも常に異性として振舞う人から限られた時間のみ、または自宅だけで異性装を行なう人まで、その程度は様々です。
しかし、異性装だけでは精神的な安らぎを得ることができずに、自己の性に対する社会的な認識、役割や振舞いにおいても異性として認知されることを求める人が狭義にはTransgender(TG)となります。TGという言葉は、狭義にも広義にも用いられることがありますので、注意が必要です。
もっと自己の性に対する違和感が強くなりますと、自分の乳房や女性らしい体つき、あるいはペニスや睾丸が汚らわしいとか恥ずかしいと感じる人もいます。そのような人は、乳房やペニスを取り除きたい、と感じるようになります。実際に手術で取り除くことを希望する人も多くいます。そのように完全に身体的に異性になりたい、異性としての生活を希望する人のことをTranssexual(TS)といいます。
つまり社会的に異性として認められたいと考える人が狭義のTGであり、自己の性器に対する嫌悪感が強く、自分が属すると考える本来の性の体を手に入れたいと考える人がTSということになります。また、TVから狭義のTG、TSを含めて、自己の性に何らかの違和感を感じる人をすべて包括して広義のTGということもあります。
このようにTGといわれる人の中にも趣味程度に異性装をするTVの人から、実際に手術を行ない完全に異性としての生活を営む人まで、その生き方は人様々であり、実に多様な概念が含まれるかと思います。これらの性的少数派(セクシャルマイノリティ)の認識が徐々に社会的に認知されるようになって来ましたが、そうはいってもまだまだ「一般常識」となるには程遠い状況にあることは違いありません。
2007年06月22日
男の脳、女の脳
脳にも身体的な特徴と同じように生まれながらにして、明らかに性差があるのではないだろうか?と、いうようなお話をしました。それでは、いつごろ、どうして脳にも性差がうまれるのでしょうか?
たった1つの受精卵から細胞分裂を繰り返して、無数の細胞が作られ、それぞれがいろいろな役割を持った器官に分化していき、受精後、14~16週ぐらいには、ほぼ器官形成ができあがるといいます。それ以前の発生の初期段階での人間の体の基本形は女性型なのです。
性染色体にXYの遺伝情報を持つ個体は、生殖器原器が精巣へと分化し、精巣が形成されると男性ホルモンが分泌され始めます。どうやら男性ホルモンの分泌が本来女性型である胎児の男性への分化に重要な働きを持っているようなのです。
男性ホルモンが働きかけることで、女性器では陰核(クリトリス)となるところが、大きくなりペニスが形成されます。左右の小陰唇が癒合して袋状となり、陰嚢が形成され、そこに精巣が降りてくるのです。外性器は、男女の特徴上のもっとも顕著な性差ですが、このように男性ホルモンの影響を受けて分化していくのですね。
それでは脳はどうでしょうか?男脳、女脳といものがあるとしても、外見上でも顕微鏡で見てもその違いは何らありません。しかし、その脳が行なう精神活動には明らかに生まれながらにして性差があるのです。そのように脳に性差が生じるはっきりとした機序は、実のところよく解っていないのです。
私の個人的な仮説としては、脳の性差の発現にもやはり男性ホルモンの影響ではないかと考えています。つまり、未分化な脳がある一定量以上の男性ホルモンに曝露されることで、男性脳になるになるのではないかと思われるのです。
男性脳になるためには、脳が男性ホルモンンに曝露されるということが必要であるとすれば、なんらかの原因で脳に対する男性ホルモンの曝露がうまくいかなかった場合はどうでしょうか?人間の発生段階の基本形は女性型ですので、脳の男性ホルモンの曝露が不完全となった場合、脳は女性脳になってしまうことが考えられます。
すなわち、遺伝的にも身体的特徴的にも男性であっても、何らかの原因で脳に対する男性ホルモンの曝露が不完全となった場合には、脳は女性になってしまうのです。このような原因で Gender identity disorder の症状が発現するのではないかと、私は考えています。
2007年06月21日
Gender identity disorder(GID)
Gender identity disorder (GID)という言葉をきかれたことがあるでしょうか?日本語では性同一性障害といって、最近ではかなり一般的に知られるようになってきました。体の性と心の性が一致しない方の症状をいいます。
一般的に性(sex)というと遺伝的生物学的な性、すなわち性染色体がXYなら男性、XXなら女性となります。または精巣や卵巣などの内性器、陰茎や膣といった外性器の違いによる性のことをいいます。しかし、最近では性(gender)とは生物学的な性だけでなく、もっといろいろな見地から性差というものが存在するということが認識されるようになってきました。
性(gender)には、①遺伝的生物学的な性、②精神的な性、心の性、③社会的な性、④役割分担としての性などがあるというのです。
②の心の性とは、自分自身の性別をどのように認識しているかということです。おおくの人は、自分が男性あるいは女性であることにいささかの疑問も持ったことはないと思います。しかし、中には自分の身体的な性に強い疑問や違和感を持っている方もいらっしゃるのです。そのような方は、自分自身は女性という認識なのにどうして男性の体なのだろうか?どうして男性的な服装や振る舞いをしなければならないのだろうか?と、常に強い違和感と苦痛を抱えていらっしゃるのです。つまり①遺伝的生物学的性と②心の性が一致しないということなのです。このような症状をGIDといいます。
多くの人は、男性は男性的な行動パターンを、女性は女性的な行動パターンをとります。または異性に対して性欲を感じます。性差による行動パターンの違いは、幼少期の人格形成の段階で社会的に刷り込まれるのだと考える向きもあります。人間社会には性差による役割の違いや振る舞い、服装、言葉遣いの違いがあるために、それらの影響を受けて徐々にそれぞれの性差や認識が形成されるというのです。
果たして本当にそうでしょうか?精神神経学的な見地からの私の個人的な見解としては、脳における性差は厳然としてあるように思えるのです。おおざっぱにいって男性の脳はシステム化に優れ、女性の脳は共感性に優れるといいます。男性は論理的であり、組織の構築や空間認識能力に優れ、女性は感情的であり、共感性、心理考察、言語能力に優れます。現に高度に空間認識能力を必要とされる航空管制官は9割が男性、高度な言語能力を必要とされる通訳は9割が女性です。
これらの性差による能力差は、人間が男性と女性が役割分担をしながら高度な社会を形成して生活するという社会的な生物に進化する過程で獲得してきたものなのです。特に教えたり、誘導しなくても幼児期には男の子は活発に活動したり、仲間と争ったり、競争したりすることを好みます。女の子はお友達と協調して、おままごとやお人形遊びを好みます。要するに教育や社会の影響ではなく、生まれながらにして脳にも性差があるのです。
2007年06月16日
梅雨入り
関東地方もようやく梅雨入り宣言が出されました。例年に比べてかなり遅いそうです。しかも梅雨入り宣言だ出された後は晴天続き。今年はカラ梅雨なんでしょうか?すでに全国各地のダムの貯水量が減っていると聞きますので、水不足が心配ですね。
たしか12~13年前のことでしょうか、四国の早明浦(さめうら)ダムが完全に干上がり、ダムの底に沈んでいた以前の役場か学校であったかの建物が姿を現し、その供給地である高松が大渇水に見舞われたときがありました。何の因果かちょうどその時に私は高松に住んでいまして、その大渇水を体験してしまったのです。
水不足が深刻になってくるとまずは給水制限がされ、水道の出が悪くなります。水の出が悪くなったからといっても常に水が使えるので、それほど不便は感じません。しかし、さらに水不足になり、断水が始まるとたちまちたいへんなことになってきます。
たしかその時は、朝2時間、夜2時間しか水が出なかったと思います。気候は来る日も来る日も炎天下の猛暑。汗みどろなってしまいますので、朝の身支度と夜の入浴は、給水時間内に何が何でも済ませないといけません。ですから仕事が終わるとさっさと帰宅しないとお風呂に入り損ねてしまうものですから、いつもは飲みに繰り出す人たちもこのときばかりはまじめに帰宅しないといけなかったのです。
夜の歓楽街も閑古鳥が鳴いてたいへんでしたが、昼間の飲食店でもたいへんでした。席に座っても水も出ず、お皿を洗うこともできないので、ラップの巻かれたお皿に料理が盛られて出てきました。美容院ではジョウロで洗髪。などなど、ウソのような珍光景が繰り広げられました。そのような状態が40日ほど続き、恵の雨を渇望すること、甚だしく深刻でした。
そもそも讃岐地方は、はるか昔から雨の少ない地方で、常に渇水の心配をしないといけない土地柄です。そのために昔から農作物に被害が出ないようにと、大小たくさんの貯水池が作られてきました。5万分の1の地図で高松をみてみると高松市内ですら数え切れないぐらいたくさんの溜め池があるのがわかります。一説では、讃岐地方全体で5万個はあるだろうということです。讃岐でもっとも大きな満濃池は、弘法大師が作ったといいますから、地元の人は8世紀から渇水を克服するべく努力をしていたのですね。
讃岐は常に渇水の脅威にさらされている地方だからこそ、大渇水に見舞われても何とか切り抜けることができるのでしょうが、もしも東京で渇水になれば、たいへんなことになりそうです。やはり梅雨は梅雨らしくたくさんの雨が降って欲しいですね。
2007年05月26日
沈没船引き上げビジネス
人類は、はるかな古代より舟を発明し、日常の糧を得るために舟を利用してきました。
ときに途方もない冒険者が現れ、新天地を求めるために、ほんの小舟で大海原に漕ぎ出すこともあったに違いありません。舟は長い年月をかけて、戦争や商業上の必要に迫られて徐々に大型化していきました。
2000年前、ヨーロッパ世界ではローマ帝国が最盛期を迎え、地中海をぐるりと取り囲むように領土を広げ、地中海を舞台に軍船としてのガレー船や商船が縦横無尽に走り回っていました。ローマ帝国が豊かになるにつれて、大量の商品や貴重品、中東の財宝などが商船によって運ばれていたのでしょう。
ローマ時代から中世にかけては船の往来する場所は地中海にかぎられたものでした。しかし、イタリアに起こったルネサンス運動により近世が訪れるとともに、15世紀も終わろうとする1492年、コロンブスの航海によるアメリカ大陸の発見、1497年、ヴァスコ・ダ・ガマによる喜望峰周りのインド航路の開拓により、大航海時代の幕が開きました。果てしのない大洋に乗り出すために、船は飛躍的に進化し、大量の積荷を運べるようになりました。
現代の工業技術の粋をもって建造された大型船が沈没することは極めて稀なことですが、近世の大型船は木造の帆船ですから沈没して当然、天候に恵まれることを祈るしかないものですから、大洋に航海に出るということはまさに命がけだったのです。現に無数の船が積荷とともに沈没し、今でも大海の底に眠り続けています。
このような歴史を封じ込めたまま眠っている引き上げるビジネスがあるというのです。先日、沈没船から600億円に相当する金貨が発見されたとのことです。一攫千金とはこのようなことかもしれません。
無数の船が沈没しているとはいっても果てしのない大海のことですので、まずは沈没船を発見することからして途方もない難事業のような気がします。さらに引き上げるのにどのくらいの経費がかかるのか知りませんが、安いことはないはずです。首尾よく発見し、引き上げることができたとしてもお宝があるとはかぎりません。まさにハイリスク、ハイリターンですね。
採算が合うからこのようなビジネスが成り立っているのでしょうが、ちょっとハイリスクのような気がします。そのためでしょうか、タイタニック号の船体を素材として用いた時計も発売されたそうです。マニアの方にはちょっと欲しくなりそうな時計ですね。船体を使うとなればかなりの数の時計を作れそうですので、そこそこ経費は回収できそうですね。
ハイリスクではあっても夢とロマンのあふれるビジネスで、携わっている人はさぞかし楽しいのではないでしょうか。
2007年05月21日
女性にとっての豊胸とは?
美容外科では、豊胸手術はご希望される患者様が非常に多い手術の一つです。
乳ガンで乳房を失った女性もその事実に大きな失意を感じ、再建を希望される方も多くいらっしゃいます。やはり女性にとって乳房はたいへん大きな意味を持つということなのでしょうか?
このほど、イギリスの豊胸専門サイトで豊胸について様々なアンケートが取られました。
女性が豊胸をしたいと思う理由は何でしょうか?
そのサイトによりますともっとも多い理由が、自分に自信を持てるようになるから(66%)というものです。多くの女性は乳房が豊かであることを誇らしく思い、自信が増すことで精神的な支えにもなるというのです。女性の社会進出が著しく、男と対等に渡り合わねばならない女性が増えつつある中、豊かな乳房は大いに女性の支えになっているのでしょう。
また、次いで多い理由が女性らしく感じるようになるため(30%)というものです。乳房の描き出す柔らかく美しい曲線は、男性にとってはもちろんのこと、女性の目から見ても非常に魅力的であるということなのでしょうね。女性は、メイクやファッションにおいても、飽くなき執念をもって美しくあることを追求します。豊かな胸は、メイクやファッションを際立たせるための一つの条件なのかもしれません。ファッション性を重んじるということは、1~2サイズアップ(78%)を希望する女性が最も多いということにも現れているのかもしれませんね。
案外少ない(?)、女性にとっては当然と言うべきものなのでしょうか、男性のため(6%)というものです。男性が自分のためにパートナーが豊胸をしてくれたのだと勝手に考えているだけで、実際のところは女性は自分のために、自信を持ってよりよい人生を送りたいと豊胸手術をしたいと考えるものなのでしょうね。
欧米では、色々な意味で豊かな人生を送りたいと考える女性が豊胸手術を受けることがかなり一般的になってきているといいます。胸のことでお悩みの日本の女性の方も多いと思います。悩んでばかりいないで、お気軽に私のクリニックにお越しになってみてくださいね。
2007年05月16日
紫外線急増中!?
1年のうちで最も紫外線の量が多いのは、皆様もだいたい想像はつくかと思いますが、5月~8月にかけてなんです。特に5月は気温が急激に上昇する季節であるとともに、紫外線の量も急激に増加する季節でもあるのです。ですから5月は薄着になる上に紫外線が強くなりますので、お肌が紫外線にさらされる機会も増えることとなるのです。
また、メラニン色素は美白を目指している方にはどうにもやっかいなものには違いありませんが、メラニン色素本来の役目は紫外線からお肌を守ってくれるという防御作用にあるのですね。
冬の間は強い紫外線にさらされる機会がないために、メラニン色素はあまり産生されておらず、お肌は全体的に白くなっています。
したがって、急激に紫外線が増量する5月には、お肌のメラニン色素は少ない状態、すなわちお肌が強い紫外線を浴びても大丈夫なように準備がまだできていない状態なのですね。
このように、5月はお肌の準備ができていないところに、急激に大量の紫外線を浴びてしまう可能性が強いので、お肌をいためてしまう可能性も強く、もっとも紫外線対策に気をつけなければならない時期なのです。
外出するときには、SPF値の高めのサンスクリーンでしっかりお肌を防御しましょう。外出から帰宅したときには、お肌をしっかりと保湿し、ビタミンCやビタミンEを補給するのがお薦めです。
若い方はお肌の回復力が高いために日焼けし、お肌をいためてもすぐに回復します。だからといって紫外線対策を怠っていると、のちのちお肌の衰え始める年齢になったときに、若いときの影響が出てくる可能性がありますので、若いときから十分に気をつけてくださいね。
2007年05月03日
GW半ば
まずまずお天気に恵まれたGW前半、みなさんはいかがお過ごしでしたか?不思議なもので、GWになるとちょうど半袖でも大丈夫な気候になりますね。
いよいよ夏近しの感じがし、お休みでもあるので心が浮き立つような気持ちになります。
長期休暇となるGWは、美容の手術をご希望される患者様が大勢いらっしゃるので、私は毎年GW中も診療をしており、ほとんどお休みを取ることはできません。
しかし、世の中全体がウキウキした気分になりますと仕事をしていても、そのような空気を感じ取ることができるような気がします。
先日、GWの中休みということで、毎年の恒例にしている亀戸天神の藤の花を見に行ってきました。
地球温暖化の影響でしょうか、ここ数年はGWには藤の花は、もう枯れてしまっているということが続いていましたが、今年は幸いにも満開の藤の花を見ることができました。
清楚な薄紫色の無数の藤房が垂れ下がっている様は、なんとも壮観でした。亀戸天神の境内は、藤の香りに濃密に満たされていました。深呼吸して藤の香りを胸いっぱいに吸い込んできました。藤の香りに浸って藤房を眺めていると、立ち去りがたい気持ちになってしまいました。
藤見は、GW中の私のささやかな楽しみなのです。
2007年04月28日
月の砂漠
みなさん、「月の砂漠」という歌はご存知ですよね。青白い月の光に満たされた美しく果てしない砂漠を王子さまとお姫さまが、ラクダに乗って旅をしているという情景です。曲調ともあいまって、なんともエキゾチックであるとともに、悠久のときの流れのようなものを感じてしまいます。
「アラビアン・ナイト」のアラジンやアリ・ババの物語からも想像がかきたてられるように、古代アラビア語圏は各オアシス都市に族長が割拠し、互いに抗争を繰り返してはいました。しかし、砂しかない砂漠のこととて商業を生業とするしかないために、ある程度のところで折り合いをつけながら共存していたので、存外平和であったのかもしれません。
古代の雰囲気とは打って変わって、現在のアラビア語圏である中近東は、紛争の絶えない殺伐とした地域となってしまっています。そのような殺伐とした世界に住んでいる人々は、少しでも日常を豊かに過ごしたいと思うのでしょうか?近年、美容整形に対する関心が非常に高まっているらしいです。いつ戦争に巻き込まれるかもしれないという不安の下で、より美しく、より心満たされて生きたいと思うのでしょうか?
そのようなニーズから、レバノンの銀行で住宅ローンならぬ美容整形ローンというものができたということです。美容整形ローンは非常に好評で、かなりの問い合わせがあるということです。聞くところによると1日に200人以上の問い合わせがあるとのこと。本当でしょうか?
しかし、銀行が美容整形ローンというものを商品として扱うとは、日本では到底考えられないですね。やはりアラブの商人の面目躍如といったところでしょうか。
2007年04月24日
ヘミングウェイのラブレター
「老人と海」「誰ために鐘は鳴る」「武器よさらば」などの作品で知られるアーネスト・ヘミングウェイ。いわずと知れたノーベル賞作家ですね。ヘミングウェイは、狩猟や闘牛をこよなく愛し、スペイン内戦や第二次大戦にも志願するなど、いかにも男臭く、アクティブな人なのです。
ヘミングウェイの文学は、彼の行動によって生み出されたものであり、人の行動そのものを淡々と描き出すことにより、独特の味わいを醸し出しているのです。日本近代文学に見られるような内省的なジメジメした感じとは対照的に、いかにもカラリとしたものであり、そのような文体から「Hard Boilled」といわれるようになりました。
一方、マレーネ・ディートリッヒという映画の黎明期に活躍した大変セクシーな女優さんがいました。私は残念ながら彼女の映画を見たことはないのですが、セクシーでありながら気品があり、多くの男性を虜にしてしまっていたということです。当時、映像といえば映画しかなく、娯楽も少なかったゆえに、マレーネ・ディートリッヒは世の男性諸氏から熱狂的な人気を誇ったということです。それほどの人気を誇ったということですので、私もDVDを借りて、ぜひとも彼女の美しい姿を見てみたいと思っています。
つい先日、ヘミングウェイがマレーネ・ディートリッヒに宛てたラブレターが見つかったというのです。あのへミングウェイもマレーネ・ディートリッヒのファンだったとは、同じ男として親近感を感じるとともにほほえましい気さえしてきます。
ヘミングウェイが1899年、マレーネ・ディートリッヒが1901年の生まれですから、2人はまったくの同世代なのですね。積極的行動派のヘミングウェイのことですから、マレーネ・ディートリッヒのことも情熱的に口説いたのでしょうか?なんとなく興味深いですね。
また、ハードボイルドと称される文体を持って知られるヘミングウェイが、マレーネ・ディートリッヒに宛てたラブレターでは、果たしてどのような文体で思いをつづったのでしょうか。ちょっと拝見してみたいものです。
2007年03月31日
青海・チベット鉄道
数千万年というスパンでみると大陸は常に激しく移動しているそうです。もとは孤立していたインド大陸がユーラシア大陸に激しく激突し、その圧力で押し上げられてできたのがヒマラヤ山脈からチベット高原にかけての大高原地帯だそうです。チベット高原は世界でもっとも標高の高い地域であるために、「世界の屋根」ともいわれています。古代のインドの仏教僧も天国に近い楽園と考えたのでしょうか、チベットはサンスクリット語で天国(trivistapa)を意味する言葉だそうです。
天国にもっとも近い大高原ですから、さぞ美しいことでしょう。私はぜひ一度は訪れて見たいものだとつねづね思っていますが、きっと同じように思っている人もたくさんいらっしゃることでしょう。昨年、西蔵(チベット)自治区と青海省を結ぶ青蔵鉄道(青海・チベット鉄道)が開通したことにより、非常に多くの観光客が首府のラサに押し寄せ、チベットは急速に観光地化しているようです。
チベット鉄道は、中国がチベットを併合して以来、40年以上にわたる大構想によるプロジェクトでしたが、なにせ海抜6,000m以上の山々が連なる高原を縫って鉄道を敷設しなければならないわけですから、その建設は非常に困難であり、難度も頓挫したようなのです。しかし、中国は近年、高度経済発展を遂げたことにより、ようやく開通にこぎつけたのです。
チベット鉄道(ゴルムド~ラサ間)は全長1,142km、そのうち海抜4,000m以上の区間が960kmもあるそうです。チベット鉄道は、世界でもっとも海抜の高い地域を走る鉄道となり、その最高海抜地点はなんと5,072mになるとのことです。ざぞかし空気も薄くなっていることでしょう。乗客の高山病予防のために列車は気密性を高め、酸素吸入装置まで装備されているそうです。
私は鉄道の旅もけっこう好きなのです。今もあるのでしょうか、ロンドン~イスタンブールを結ぶオリエント急行でのんびりと旅をしてみたいと、昔から思っていましたが、いまだ夢はかないません。チベット鉄道の開通で神秘の高原を訪れることが、夢の一つとして加わりました。
2007年03月27日
修善寺の大患
現在では、修善寺温泉も観光地となってしまっていますが、昔は伊豆山中の閑静で清浄な温泉地であったために、多くの文人たちが執筆や療養のために滞在することが多かったようです。歴史物語に包まれた静寂な環境の中で感性が刺激され、筆も大いに進んだのではなかったでしょうか。
私が初めて修善寺に行ってみたいと思ったのは、中学生のときに川端康成の「伊豆の踊り子」を愛読するようになってからではなかたでしょうか。川端康成自身と思われる学生と旅芸人の少女が出会うのが、修善寺温泉に向かう山道なのです。修善寺から下田まで下るわずか数日間ですが、学生と少女の淡くみずみずしい心情が、修善寺の雰囲気とともに情感豊かに描かれています。中学生であった私にとっては、描写の一つ一つが鮮烈な憧憬となって心に刻まれたように思います。
川端康成は、旧制第一高校の学生時代に伊豆を旅したときに実際に体験したことを、後年に修善寺で執筆したのでしょうか。川端康成にとって修善寺は、若々しい感性を打ち振るわせた忘れえぬ思い出の場所だったに違いありません。
文学史上、もっとも著名ともいえる夏目漱石は、多くのストレスから胃潰瘍に悩まされ続け、49歳の若さで命を失うことになるのですが、43歳のとき「門」の執筆中に胃潰瘍が悪化したために修善寺に転地療養することとなったのです。修善寺の静寂な環境で気持ちをリラックスさせ、胃潰瘍を癒そうということだったのでしょうが、神経の緊張はそうそう簡単に取れるものではなかったのか、修善寺で大吐血を起こしてしまったのです。
これが世にいう「修善寺の大患」といわれるものです。このとき夏目漱石は一時危篤状態となり、生死の境をさ迷いましたが、なんとか命をとりとめることができました。このときの体験が、後の夏目漱石の人生観や作品に大きな影響を与えることになったのではないかといわれています。「死」というものを実感したことにより、人間とはいかなるものかということを文学において追求していくことになったのではないでしょうか。
中学生、高校生であったときの私には、何と理屈っぽくてくどくどと考えるのだろう。考えることは大事だけれど、もう少し楽天的でもいいじゃないかと思ったものでしたが、私も漱石のもがき苦しんでいたのと同じほどの年齢となり、人並みに困難に直面することで漱石の心情もようやくわかるようになってくるのではないかと思っています。
このように私にとっても修善寺は、文学少年であったころのみずみずしい思い出とともに、特別の響きをもつものなのです。
2007年03月25日
修善寺
姪が高校受験に合格したとのことで、その合格祝いもかねて伊豆の修善寺温泉に遊びに連れて行ってあげました。修善寺といえば歴史的にも文学的にも来歴の多い場所ですので、姪の合格祝いという口実で私が行ってみたかったというのも大いにあるのですが…
修善寺は、807年に空海(弘法大師)により創建され、当初は真言宗であったそうです。伝説では弘法大師は修善寺の創建するとともに温泉も湧出させたということです。13世紀、鎌倉時代の建長年間には臨済宗に改宗されましが、その後、戦火により消失。戦国時代には北条早雲が曹洞宗として再建したそうです。宗派の変転するなんとも数奇な寺院なのですね。
鎌倉時代には、鎌倉幕府2代将軍 源頼家が母の北条政子の陰謀で修善寺に幽閉され、その後、殺害されるにいたりました。源頼家の墓所は、現在も修善寺にあります。北条政子は、さらに頼家の弟である実朝をも鶴岡八幡宮の大銀杏の下で殺害して、源氏の血脈を途絶えさせてしまうのです。いくら天下の政治が絡むとはいえ、実の母に殺害されねばならなかった頼家、実朝の兄弟は哀れでなりません。
わずか3代で源家の途絶えた後、鎌倉幕府は北条氏の執権政治となっていくのです。いつも北条政子という女性は、いったいどういう気持ちで我が子2人を殺したのだろうかと不思議でなりません。冷徹な政治的判断なのか?あるいは、実家である北条家第一という自己中心的な考えからなのか?
鎌倉幕府が成り立ちからして陰鬱であり、その後も陰謀渦巻き、血の流れることの多かった政権であるので、どうしても暗い影を拭い去ることができません。鎌倉幕府成立に関わる重大な事件の舞台となった修善寺にも、歴史の黒いおりが沈殿しているよなイメージをついつい描いてしまいます。そのようなところが、文人墨客に愛されるゆえんなのかもしれませんね。
2007年03月18日
彼岸の入り
今日は春の彼岸の入りです。皆さん、お墓参りや先祖供養などをされることと思います。私は故郷を離れて仕事をしておりますので、心の中でそっと手を合わせるぐらいにしておきます。「暑さ寒さも彼岸まで」と言われますように、お彼岸が来ますと本格的な春到来ですね。
子供のころにはお彼岸になりますと、大人たちにお墓参りに連れて行かれ、ぼたもちが振舞われるのが楽しみでした。春も近いということで何となくウキウキした気分であったような気がします。ぼたもちに釣られるだけであり、「お彼岸とはなんぞや?」などと深く考えることはなかったですね。しかし、私も中年以降になりますと、お彼岸ぐらいは自分のことをよく見つめ直し、自分はどこから来て、どこに行こうとしているのか?あるいは自分はどうあるべきかを考えなければいけないなぁ… などと思うようになってきました。
そもそも彼岸とは、多くの煩悩に惑わされる現世である此岸(しがん)に対する概念であり、西方浄土や悟りの境地を意味するのだそうです。つまり煩悩に満ち溢れ穢れ多き「此方(こなた)の岸」から清浄な「彼方の岸」に渡るように精進しなさいということなのでしょうか。
まあしかし「此岸」と「彼岸」の間に横たわる川を越えるということは、凡人には至難のワザと言うことなのでしょうね。私のように、ぼたもちを見て食い気に走っているようでは、論外といったところでしょうか。所詮は、橋のない川を渡ることはできませんので、「彼岸」のありようを眺めるだけで、我々は「此岸」でぼたもちに舌鼓を打ちながら、生きることに悪戦苦闘するしか術はなさそうな気もしますが。
私のように煩悩の多い人間は、煩悩は煩悩として楽しみつつ「彼岸」のありようをよく見つめ、人としての正しい道を踏み外すことのないように自戒をすることが、精一杯といったところでしょうか。そんなわけで今日が彼岸の入りというのに、フライングして昨夜にぼたもちをつまんでしまいました。
いつの日か頬張りし彼岸団子かな
2007年03月12日
ハンバーガーは悪者?

最近、「マクドナルド」の創始者であり、もっとも多くの億万長者を生み出したといわれるレイ・クロックの自伝を読んで見ました。1902年、レイ・クロックはシカゴの生まれといいますから、第一次世界大戦、禁酒法時代のアル・カポネの台頭、1929年の世界大恐慌など、さまざまな荒波にもまれて青春時代を過ごしたようです。
シカゴでペーパーカップやマルチミキサーの営業を35年間行ていました。営業で訪れたマクドナルド兄弟のハンバーガー店のシステム化された様子と繁盛ぶりに驚き、フランチャイズチェーンによるハンバーガービジネスに乗りだすことを決意したのです。精妙に工夫されたマクドナルド兄弟のハンバーガー事業のシステムそのものを売り出していこうと考えたのですね。
時に1955年、レイ・クロック52歳での大決断でした。 彼によると起業するのに遅すぎるということはない。 むしろ35年間の営業経験という下積みがあったからこそ、 成功することができたということです。 それに何よりも仕事が好き、みんなに喜んでもらうことが好きでなければ、事業は成功しないといっています。
レイ・クロックの起業から半世紀が過ぎ、マクドナルドはアメリカ文化の象徴のごとく世界中を席巻しています。レイ・クロックの情熱とは裏腹に、ともするとアメリカの悪しき文化の代表として攻撃対象になってしまいがちです。
ハンバーガーばかり食べて肥満になた人が、マクドナルドがこんな美味しいハンバーガーを作るからいけないのだ、という訴訟社会のアメリカならではのムチャクチャな(?)論理でマクドナルドを訴えたことがあり、ハンバーガーばかり食べ続けるとどうなるかという実験的な映画も作られましたね。幸いにもマクドナルドは有罪にはなりませんでしたが。
マレーシアでは、肥満が国民の37%におよび糖尿病が急増しているそうです。そこで、チェア保健相がハンバーガーは「静かなる殺し屋」であると断じました。このまま野放しにすると国民の多くが糖尿病になってしまい健康被害を受けてしまうので、広告を禁止し、タバコと同等に扱うべきだという議論が始まっているようです。
レイ・クロックさんの情熱から始まった事業が、あまりにも巨大になりすぎてしまったのでしょうか?
2007年03月09日
飛梅
受験のシーズンも終盤を迎えています。これからまだ試験がのこっているという方もいらっしゃるかも知れませんが、もうすでに結果が出て、悲喜こもごもの方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか?
受験勉強とは何と無味乾燥なものなのでしょうか。こんな勉強などつまらない、と思いつつ苦痛と戦いながら勉強に励んだ人がほとんどではないでしょうか。かくいう私もそうでした。勉強はしたくない… でも試験日は近づいてくるのに全然準備ができていない気がして気ばかりが焦り… 何ともイヤな気持ちのせめぎ合いの日々だった気分だけは、生々しい記憶として刻み込まれているような気がします。
そのような不安な気持ちを落ち着かせるためには、どうしても神様にでもすがりつきたくなってしますね。受験生にとってもっとも霊験あらたなのは、なんといっても学問の神様、菅原道真公をお祀りしている天神様ではないでしょうか?
菅原道真公は、平安期の実力のみで台頭した優れた政治家でしたが、世は藤原氏の天下。藤原氏の陰謀で九州の大宰府の長官として左遷されてしまったのです。当時の大宰府といえば、大陸から使者を迎えたり、辺境の防備を固めたりと、都からすれば地の果てともいえるようなところでした。道真公にしてみれば、実質的に流罪に近いものであり、再び都の土を踏むことなく憤死したのでした。
東風吹かば匂いおこせよ梅の花
主なしとて春な忘れそ 菅原道真
道真公が、都の空を懐かしみ、我が家の庭の梅の匂いに強い望郷の思いを馳せて読んだと伝えられます。その思いが通じたのか、現在の大宰府天満宮の境内にある梅の木は都の梅が飛んできたものだと、飛梅伝説は伝えています。
受験生の皆さん、受験勉強は苦しいものですが、誰もが通らなければならない道です。いくら道真公でも神頼みだけでは合格できませんので、がんばってください。私などは受験や国家試験のときに余程プレッシャーを感じていたのでしょうか、いまだに夢の中で、どうしよう!全然勉強が進んでいない!間に合わない!… と、慌てふためいていることがあります。
飛梅やいまだに夢でせし受験 芳郎
2007年03月03日
花粉症の季節
スギ花粉の飛散が最盛期を迎えておりますが、花粉症の皆様は、気密度の高い立体マスクや防塵(?)メガネなどを着用せねばならず、さぞご苦労なさっていることと思います。私は、幸いにも花粉症ではないので、そのつらさはわかりませんが、鼻づまりや声枯れ、目のかゆみや痛み、流涙など日常生活にもかなりの支障がでるそうですね。
かといってヒスタミンなどの抗アレルギー剤を服用すると睡魔に襲われます。抗アレルギー剤により完全に症状が取れるわけではない上に睡魔まで加わると、ちょっと精神的にも参ってしまい、仕事にもならないのではないでしょうか?
花粉症やアトピー性皮膚炎など、アレルギー性の疾患は年々増えてきているといいます。免疫機能は、生物が生存するためには不可欠な機能です。生命体に細菌やウイルスなどの微生物が侵入すると、生命体は自己以外のものを異物と認識して貪食細胞や抗体を動員し、微生物を撃退するのです。免疫機能不全に陥ると生命体はたちまち微生物に侵され、息絶えてしまいます。
アレルギー反応は、免疫機能の過剰反応によって引き起こされます。植物の花粉や食物は、ずっと昔からあるものであり、昔はそれらがアレルゲンとなるアレルギーはあまりなかったのに、どうして最近はアレルギーが増加しつつけているのでしょうか?詳しいことはよくわかっていませんが、産業の発達により、もともと自然界には存在していなかった化学物質が氾濫し、それらが自然界のものと類似の化学構造をもっていると交叉耐性といって、免疫機能が自然の物質と化学物質を混同してしまうこともあり得そうです。
また、現代社会は人としての情緒よりもスピード重視、管理重視のストレス社会です。強いストレスにさらされるとホルモンなど内分泌のバランスが変化することもあり、それにより免疫機能に変調をきたすということもあります。このように考えますとアレルギー疾患は、現代病の典型とも考えられますね。
最近、美容医療の分野では「金の糸」という治療が脚光を浴びてきております。「金の糸」はエジプトのミイラから大量に発見され、2,000年以上もまえから、「金の糸」は利用されていたようなのです。古代では、経験的に「金の糸」を皮下に埋め込むだけで美肌効果が得られるというこが知られていたので、多くの王侯貴族の女性たちが「金の糸」の手術を受けていたようなのです。古今東西を問わず、女性がいつも美しくありたいという願いは変わらないものなのですね。
最近になり再発見された「金の糸美容法」なのですが、なぜ「純金」に美肌効果があるのかということは、現代医学においてもまだ十分には解明はされていません。
しかし、実際に効果があることは確実であり、どうやら「純金」の特性そのものが何らかの作用を持っているらしいのです。長年いかなる治療を行なっても改善しなかったアトピー性皮膚炎が、金の糸により改善したり、花粉症も改善するということもわかってきました。
実は「金」は金の糸美容法以外でも、かなり昔から慢性関節リウマチの治療薬として使われてきていたのです。リウマチは自己免疫疾患といい免疫機能の異常による病気の一種なのです。したがって、はっきりとしたメカニズムの解明はされていないのですが、どうやら免疫系の疾患に効果があるらしいということなのです。
そんな訳で、このたび、当院でも金の糸美容法を導入いたしました。「純金」の持つ不思議な力で多くの女性の皆さんが美しさを保つことに、アトピー性皮膚炎などアレルギー性の症状にお悩みの皆様に少しでお役に立てることができればと思っています。
2007年02月25日
時代とともに
最近、ちょっと世間を騒がせている話題に前夫との離婚後300日以内に生まれた赤ちゃんは、誰の子とするか? というものがあります。民法第772条に離婚後300日以内に出生した子供は前夫の子と推定されるという条項があるのですね。私も初めて知りました。
ある人が、お子供さんの出生届けを提出したところ、離婚後300日以内の出生であったために、お役所が現夫の子供として受理してくれなかったということが発端となり、この条項の改正議論が高まっているようです。それでは、なぜ300日以内なのかということをよくよく考えてみるに、どうも昔からいわれている「人の妊娠は10月10日(とつきとうか)」ということが根拠になっているのではないかと思われるのです。
それにしても、そういう根拠だとちょっと前近代的すぎませんかねぇ?新生児医療にたずさわって来た者としては、民間伝承的な根拠が法律として、いまだ効力を発揮しているということに不可思議というか、滑稽な感じさえします。(当事者の方にとっては非常に深刻な問題でしょうが…)
現代では、新生児医療の飛躍により、在胎24週以降、つまり在胎168日以降では、生存が可能なのです。300日という基準とは大きくかけ離れてしまっています。さらにDNA鑑定という決定的な診断方法もあります。
それもそのはずで、民法の第四編親族の条項は、明治31年(1898年)の発布なのですね。もちろん発布当時は、まだまだ科学が未発達であったので、当時としての「常識」が条項に盛り込まれたのはいたしかたありません。しかし、それを100年以上放置したままになっていることの方が問題ですね。
向井亜紀さんと高田延彦さん夫妻の代理出産によるお子さんの件も懸案事項となっています。また、嫡出子と非嫡出子の区別なども現代ではなじまないような気がします。
子供の帰属問題一つとっても科学、医療の進歩や社会の変化により、現実はスピードを緩めることなくどんどん変化していきます。法律も時代の変化とともに遅れることなく、迅速な対応が必要とされるということでしょうか。
2007年02月19日
東京マラソン
昨日は、冷たい雨の降る中を第1回 東京マラソンが行われました。冷たい雨をものともせずに、なんと3万人の人々が都心を駆け抜けました。聞くところによると10万人の応募があり、抽選により、3万人の幸運な方々が選ばれたのだそうです。
それにしても10万人の応募とはスゴイですよね。日本人は、自分が走ることも箱根駅伝をはじめ、走るのを見ることも好きですね。日本人が、これほど長距離走が好きになったのは、やはり日本独特の駅伝という競技のせいでしょうか?
初めての駅伝は、明治に東海道53次、京都ー日本橋という壮大なスケールで開催されたのだそうです。それが大好評であったために、続けていこうということになったのですが、なにぶん東海道中駅伝では、あまりにも壮大すぎて継続的な開催が難しくなるので、現在の箱根駅伝の形になったのだそうです。
チームのために死力を振り絞って、次の人にたすきを渡すという悲壮感や一体感が、日本人の琴線に触れるのでしょうか?それに、オリンピックでもメダルを狙えるのは、マラソンぐらいであることを見ても、日本人が人種的にも民族的にも長距離走に適しているということもあるのかもしれません。
ともあれ駅伝が長距離走の競技人口を増やしていることは間違いないですね。実は、私も一度ぐらいは、東京マラソンを走ってみたいなぁ… などと思ったりしています。
2007年02月15日
バレンタインデーの成果は?
昨日は、バレンタインデーでしたが、その成果はいかがでしたでしょうか?意中の男性にチョコレートを渡すことができましたか?女性の方から男性に意思表示をするのは難しいことかもしれませんけど、バレンタインデーという習慣は、なかなかいいものかもしれませんね。
もっともバレンタインデーは、キリスト教世界では男女の愛を確かめ会う日として、お互いに贈り物をするそうで、女性から男性にチョコレートを贈るという習慣は、日本独特のものだそうです。
バレンタインデーの起源は、3世紀の古代ローマ帝国にさかのぼります。ローマ帝国は、もとは多神教の国家であり、宗教だけでなく、異質な民族、文化などを寛容に包括し、世界帝国へと発展していきました。その中にあってキリスト教徒だけは、かたくなに自らのコミュニティに閉じこもり、ローマ市民としての責務を果たそうとはしなかったために、しばしば迫害を受けることがあったといいます。
3世紀のローマ帝国は衰退期に入り、混迷の度を深めていました。歴代の皇帝たちは、何とか帝国を建て直そうとしましたが、絶え間ない周辺地域からの異民族の侵略に悩まされ続け、国境地域の軍備を強化しなければなりませんでした。ローマ帝国の軍務期間は25年であり、その間は独身であることが建前でありましたが、実際には赴任先の現地人の女性と家庭を持つことが多かったようです。
そのような社会状況の中、3世紀の皇帝クラウディウス・ゴティクスは、兵士の結婚式をキリスト教式で行った司教ヴァレンティヌスを2月14日に処刑しました。実態としては結婚は黙認されていましたので、これもキリスト教弾圧の一つなのかもしれませんね。
その後、コンスタンティヌス大帝により、キリスト教が公認され、ヨーロッパはキリスト教世界として発展することになります。男女の愛の誓いを取持って殉教したヴァレンティヌスは、聖人に列せられることとなり、殉教した日を愛を誓う日として記念するようになったそうです。
1800年後の日本では、多少形は変わりましたが、愛を誓う日には違いありません。男女の愛は、人類にとっては生きていることの喜びであり、永遠のテーマです。女性の皆さん、おおいに恋愛を楽しんでくださいね。
2007年02月10日
YouTube買収
動画投稿サイト「YouTube」が、検索サイト「Google」に総額約2,000億円で買収されました。買収は株式交換方式で行なわれ、創業者の2人はそれぞれ400億円、420億円相当のGoogle株を手に入れました。YouTubeの創業が2005年2月ですので、約2年での大成功です。アイデアだけあれば、ほとんど資金がなくても誰でも始めることができるIT事業ならではの、まさに夢物語ですね。
現在では、インターネットが普及したことにより、誰もが簡単にあらゆる情報を得ることができると同時に情報を発進することができます。さらにプログラムの設計図であるソースコードやその他の情報を開示することにより、誰もがある種のソフトの開発、問題解決、アイデアの構築、情報の発信、自己表現などをおこなうことができるオープンソーシング・コミュ二ティという仮想空間が形成されています。
ソフト開発を例に取ると、インターネットで形成されたネットワークの中でソースコードが開示されることにより、世界中のどこでも誰でもいつでも開示されたソースコードを修正することができるために、膨大な数の優秀な頭脳がオープンソーシング・コミュニティを形成し、非常に優れたソフトが安価に早く作られるというのです。その代表的なものが、リナックス(OS)やファイアーフォックス(ブラウザ)などです。
今やソフトだけでなく、オープンソーシング・コミュニティにおいて様々な問題の解決や創造、構築、作業がなされる時代となっています。以前ならば数人で問題解決に悪戦苦闘いなければならなかったことでも、膨大な数の人が問題解決に参加することにより、瞬く間に、より優れた解決策が提案されるのです。広い意味で言えば、ブログやYouTubeも仮想空間上でのコミュニティに違いありません。
誰もが編集可能なインターネット百科事典「ウィキペディア」は非常に優れた百科事典として日々進化しつつあります。その他にも今後は、企業のある種の事業展開、政治などあらゆる場面にオープンソーシング・コミュニティが利用されるようになることが予想されます。Googleも時代の趨勢から見えるYouTubeの驚異的な可能性に賭けたのでしょうか。
2007年02月03日
氷室仕込み
金沢といえば、いわずと知れた加賀百万石前田家の城下町です。豊かな大藩であったために金箔、漆器などの工芸品が盛んとなり、現代でも伝統工芸として引き継がれています。
もともと前田家の庭園であった兼六園や旧市街地も残されており、江戸情緒の漂うたいへん美しい街です。
金沢は日本海側にあるために冬は日本海からの湿った季節風にさらされ、からりと晴れる日はほとんどなく、雪が深々と降り積もる雪国でもあります。雪は積もると相当な重みとなって家がつぶれたり、電線が切れたりもします。木々の枝も折れてしまわないように、支柱を立てて八方に荒縄を張りめぐらせて枝を吊って支えます。「雪吊り」は兼六園の風物詩でもあります。
金沢の雪国ならではの風物詩として「氷室仕込み」という行事もあります。現代と違って冷蔵庫のなかった昔は、夏の氷というものは大変貴重なものです。凍結した湖水面から氷を切り出し、ワラで幾重にもくるんで涼しいところに作られた氷室という貯蔵庫に入れておきますと夏に取り出して使うことができるのです。
金沢の場合は、大量に降り積もった雪を突き固めて氷にして氷室に仕込むそうです。毎年、氷室仕込みは1月下旬に行なわれ、夏場には江戸の将軍に献上するのが慣例となっていたそうです。
しかし、今年は1300年ぶりの暖冬ともいわれており、金沢でも積雪はゼロということで、氷室に仕込もうにも仕込む雪がなかったそうです。関係者の方々は、困惑されたことでしょう。大慌てで山間部から雪を掻き集めてきて、なんとか氷室仕込みは行なうことはできたそうです。
世が世なら、将軍様に申し訳がたたぬ!!と、切腹ものだったかもしれませんね。
2007年01月31日
流水不腐
中国に「流水不腐」という言葉があるそうです。中国語でどのような発音になるのかは知りませんが、
よい言葉だから日本語にしてしまおうとしても、ちょっと語呂が悪いですね。
意味は読んで字のごとくで、流れる水は腐らず… 。
水も人も組織も流れるように常に変化している限りは腐ることがない。逆に澱みができたり、変化を嫌い硬直化するとたちまち腐敗が始まるということです。
特に組織は、そもそもは目的があって作られたものであるにもかかわらず、そこに利権が生まれるために変化を嫌います。既得権を守ろうとしてすぐに硬直化が始まり、腐敗が進んでしまいます。
果ては、そもそもの組織の目的を失い、組織の存続そのものが目的化することがしばしばです。
考えてみると当院で行なっているレーザーピーリングも同じことなのです。
レーザーにより古い角質を焼き取ると、その刺激で新陳代謝が促進され、新しいきれいな角質が作られてきます。水が流れるように細胞のターンオーバーが促進されることにより、みずみずしいお肌が保たれるということですね。
組織もお肌も流水不腐… 。清き流れの澱むことのないように常に清々しくありたいものですね。
2007年01月24日
女性リーダー
近年は女性の社会進出は目覚ましく、女性の就業率は高まる一方です。
就業率が高まるばかりではなく、リーダーシップを発揮し、荒くれ男どもを指揮するたくましい女性も増えつつあります。たくましい女性の多いアメリカにおいては、大企業のトップや国の重要な役職として活躍されている女性も多くいるようです。
ヒューレット・パッカード社の前社長のカーリー・フォリーナさんやライス国務長官などは、スーパーウーマンといった印象ですね。
一国の指導者としては、強烈な個性と強靭なリーダーシップを示し、「鉄の女」といわれたイギリスのサッチャー首相がいますが、さすがのアメリカでも、いまだ女性の大統領はいません。しかし、ついに次期大統領選挙にヒラリー・クリントンさんが出馬表明をされたそうで、早くも初の女性大統領の誕生なるかと大変な注目を集めているようです。
歴史上では、カエサルやアントニウスを虜にしたエジプトプトレマイオス王朝のクレオパトラや漢帝国を簒奪した則天武后、清朝の西太后など、野心たくましく、いずれ劣らぬスーパーウーマンたちがいます。はたして、ヒラリーさんもそれらの女性の列に加わることができるのでしょうか?
歴史に名を残すほどではなくても、日常お付き合いいただいている女性リーダーの方たちは、皆さん概して非常にタフであり、粘り強くマメな方が多いように見うけられます。
また、男性よりも優れた言語能力を駆使した営業力や交渉力には、私などには羨ましい限りです。
これからは、ますます女性の力が必要とされる社会となり、活躍の場も大いに広がると思われます。
現代女性も女性の特性を生かし、歴史に名を連ねる女性たちに匹敵するほどの活躍ができるかも??しれませんね。
2007年01月11日
電卓販売 10億台
カシオが1965年発売の電卓第1号器から累計で10億台の販売を達成したということです。電卓第1号器は、重さが17kgもあったそうですが、それがわずか15年ほどでカードサイズにまで進化しました。その間の技術革新の激烈さは、「電卓戦争」ともいわれ半導体産業を大発展させる原動力ともなりました。
電卓という便利な機械が発明され、集積回路の集積度が上がり始めることで、小型化と低価格化が進みました。誰もが手にできる価格と大きさになると、人々は争うように電卓を買ったものです。そのために最盛期には電卓メーカーが50社以上もあったといいます。乱立した電卓各社は、技術革新と低価格化にしのぎを削り、熾烈な「電卓戦争」が勃発したのです。
電卓各社は「電卓戦争」の最中、小型化のために半導体メーカーに集積度のアップを求め、日本の半導体メーカーもその要求によく応え、その技術は世界のトップに躍り出ました。
当時、電卓に使われていた集積回路には汎用性がなく、各機種ごとに設計されていました。つまり、新機種を発売するためには新たに集積回路を設計し、製造しなければならないので、非常に大きなコストがかかりました。そこで技術者たちは英知の限りを尽くし、汎用性のある集積回路をソフトで動かすという概念を思いついたのです。すなわち、プロセッサーの発明です。
集積度のアップに伴い電卓に使用する集積回路のチップが徐々に減少していき、最終的には1個になりました。今ではパソコンになくてはならないマイクロプロセッサーの誕生です。マイクロプロッセサーの基礎的な発明は、実は日本人なのです。インテル社と共同で開発したのですが、当時はマイクロプロッセッサーの重要性が十分に認識さておらず、2個のチップが1個になったという程度の認識だったのです。まさかパソコンを支配し、ひいては世界を支配するという認識はほとんどなかったのですね。
マイクロプロセッサーの重要性を十分に認識できていなかった日本の会社は、目先の利益を優先するために、その製造ライセンスをあっさりインテル社に売却してしまったのです。これが非常に大きな運命の分かれる決断となってしまいました。インテルは、パソコンの普及により、今や世界を支配する会社に成長し、片や共同開発に関わった日本の会社は消滅してしまいました。
しかし、神ならぬ身には現在のようなパソコンやマイコンがなくてはならない世の中になると誰が予測できたでしょうか?そういう点では、インテルも同じだったようです。マイクロプロセッサーの重要性になかなか気付かずに主力製品の位置づけられるまでにはかなりの時間を要したようです。
「電卓戦争」では、小型化に伴う省電力化の過程で、今後ますます重要性を増していくであろう重要な技術が二つ開発されました。数字を表示するための液晶画面とソーラーパネルです。
液晶パネルは、現在、薄型テレビとしてプラズマパネルとともに花盛りです。テレビとしては、液晶とプラズマは現在のところ互角といったところでしょうか。しかし、汎用性という観点からは液晶の方がはるかに多彩な需要がありそうです。エネルギー問題の深刻化に伴い、ソーラーパネルがますます必要とされるのは間違いのないところです。液晶、ソーラーともに世界をリードしているのはシャープです。
50社以上乱立した電卓会社が繰り広げた「電卓戦争」で生き残ることができたのは、カシオとシャープのたった2社だけなのです。両社とも血みどろともいえる「電卓戦争」を勝ち抜くことにより、これからの世界をリードするような最先端技術を蓄積し、会社だけでなく、日本の産業自体も飛躍させることに多大な貢献をしたのでした。
困難な状況を必死に戦い抜き、困難を克服したときに飛躍的に成長することができるのは、国家にも会社にも個人にもあてはまることではないでしょうか。カシオの電卓販売10億台という快挙の影には、日本の産業史に関わる数々のドラマがあったのです。
2007年01月06日
正月肥り
皆さんは、このお正月をいかが過ごされたでしょうか?大変な混雑の中、故郷に帰省された方は、お疲れ様でした。最近では、海外でお正月を過ごされる方も多いようで、成田空港も出国ラッシュで大賑わいだったようです。海外ではカウントダウンなどして大いに盛り上がり、日本とは違った年越しの雰囲気を味わわれたのではないでしょうか。
私はものぐさなものですから、家でヌクヌクとお酒などを呑みながら、のんびりとした年越しでした。
毎年、二年参りに行こうと思っているのですが、いい具合に酔いがまわり、体はポカポカし少々眠気も襲ってきますと、寒空に出かける気力がきれいサッパリとなくなってしまいます。そんなわけで、
二年参りには出かけたためしがありません。
正月三が日もほとんど出かけることはなく、昼からほろ酔いで一日中、ダラダラと飲み食いしているというありさまです。わずか数日の間ですが、食欲を満たすという快楽に耽った報いか、なんとズボンがきつくなってしまったではないですか!!
以前はそれほど肥るということもなかったのですが、悲しいかな中年になり基礎代謝が落ちるせいでしょうか、ちょっと油断するとたちまちベルトがきつくなってしまいます。
最近は、メタボリックシンドロームということが頻りと言われております。私も医者の不養生といわれることのないように気をつけなければなりません。
メタボリックシンドロームは、血管の老化を早めてしまいます。長く若々しく快適な生活を続けるためにも食事に気をつけ、適度な運動を行いましょう。私もこの正月肥りを解消するために昨日から、とりあえずはズボンがすんなりと履けるように節制に励んでおります。
2007年01月04日
謹賀新年
明けましておめでとうございます。
本年も、多くの皆様にお役に立てますように精進していきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。
一年の計は元旦にありといいます。皆さんは、この一年、どのような抱負をお持ちでしょうか?
とりあえずは、世の中が平和であり、明るくないと個人の幸せはなかなか得がたいものですよね。
皆様が笑顔で過ごせるように、お祈りするとともに私も多少なりともお手伝いすることができればと考えております。
社会が明るく、無病息災。私が一番願うところです。
その上に自分の力を存分に発揮できればいうことはありません。皆様のご活躍をお祈りいたしております。
2006年12月30日
よいお年を!!
いよいよ今年も残すところ、あと1日となりました。皆様にとっては、どのような1年でしたでしょうか?
それぞれに色々な出来事があったことと思います。
この1年、私にとっては大変思い出深い年であったように思います。
多くの方から貴重なアドバイスやご支援をいただき、あらためて自分は一人で生きているのではなく、
社会によって生かされているのだと考えさせられました。
1年を振り返りますと、人から受ける恩のありがたさ、思いやりや優しさがしみじみと胸に迫ってきます。
苦難がなかったわけではありません。むしろ困難な状況があればこそ、人から受けた恩に対しては、
信頼や誠意をもって報いることこそが、自らを助けるとともに成熟させる最良の道であることを身に染みて感じさせられました。
苦難を克服することで、私も少しは成長することができたのではないかと思います。
苦難は、ないに越したことはありません。しかし、今年、苦難に直面した方は、だからといって嘆くこともありません。幸福の女神は苦難の顔をしてやってくるといいます。
苦難を克服した、その先には自らの成長と幸福が待っているのだと確信して、気力を振り絞ってがんばってください。
私もこれまでの人生で、不屈の精神の先に一筋の希望の光がさしてきたことが何度もあります。
このように毎年、丹念に困難を解決していくうちに、知らぬ間に1年の区切りが刻みつけられていくような気がします。
皆さんにも色々なことがあったかと思いますが、なにはともあれ、明日で一区切りです。
よいお年をお迎えください。
2006年12月28日
お肌のリフレッシュ
先日、カミナリが轟く土砂降りの中にもかかわらず忘年会を行いました。
移動時にはずぶ濡れになり大変でした。師走も押し迫り、いくつもの忘年会に出席し、かなりお疲れの方も多いのではないでしょうか?
今日は、世間的には仕事納め。ようやく一息、といった感じでしょうか。
忘年会シーズンは、暴飲暴食、気疲れ、寝不足と、いかにも健康とお肌には悪そうなことばかりですね。この時期、女性の皆さんは、お肌のコンディションが崩れ、顔色もゲッソリ… といった状態なのでは?
今日は仕事納めですので、お肌のリフレッシュはいかがでしょうか?
暴飲暴食、寝不足は、お肌には大敵。1日ぐらいは絶食をして、消化器官に休息をさせてあげてはいかがでしょうか。絶食はちょっと厳しいという方は、野菜など低カロリーで繊維質豊富な粗食でも。
あとは温めのお風呂にゆっくりと浸かり血行を改善し、筋肉、お肌、精神をリラックスさせましょう。
適度に汗を流せば毛穴から老廃物が排泄されて、デトックス効果でお肌のリフレッシュには最適です。
1日ゆっくりと過ごすだけでもお肌のツヤが違ってくるのではないでしょうか。
世間では仕事納めですが、当院は大晦日まで診療をしておりますので、お肌のお手入れの必要な方は、是非ともお越しになってみてくださいね。
お肌のリフレッシュに効果的なレーザーピーリング、ビタミンカクテル、プラセンタなどのメニューをご用意しております。
年末年始も暴飲暴食の機会が多いかと思いますが、健康が一番です。ほどほどに楽しんでくださいね。
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2006年12月20日
驚異の冬眠
昨日、六甲山で遭難した後、3週間後に救出された35歳の男性が実は冬眠状態であったということが報道されました。
バーべキューの帰り道に山道から転落して、骨盤を骨折して動けなくなってしまい、当初は焼肉のタレで命をつないでいたと報じられていました。
しかし、実は遭難2日後ぐらいからは意識がなくなり、飲まず食わずの状態であったとのこと。
発見されたとき、体温は22度、心配停止の状態であったそうです。
遭難された男性は、後遺症もなくお元気に退院することができ、何よりのことです。
それにしても、3週間もの間、低体温で心配停止の状態で生還することができたとは、まったく奇跡としかいいようがありません。現代医学の常識では、到底考えることができない状況です。
生命には、時に今ある理論では説明のできない現象を見せられることがあります。
生命の不思議さを思うと同時に、現代医学の未熟さも感じさせられます。
冬眠は低体温にすることで身体の各臓器の活動を低下、ないしは停止させることで、代謝を極限にまで下げ、エネルギーの消費を脳を保護することにのみ使用するという理屈はあります。
実際に心臓の手術など、酸素不足に陥りやすい手術の時には、人工的に低体温にして、代謝が下がった状態にするという低体温麻酔という方法もあります。
しかし、人間が3週間もの長い間、心配停止状態で生還できるという明確な説明はできません。
冬眠のメカニズムを研究している研究機関もあると聞きます。これまで人類は、小説や漫画、映画などで想像した夢物語の多くを現実のものとしてきました。
人間の持つ豊かな想像力こそが、創造力の源なのでしょうか?
あるいは果てしない欲求が源なのでしょうか?
将来は、冬眠のメカニズムが解明され、人間も人工的に冬眠状態にできるような時代が来るのかもしれません。
最近、宇宙旅行もビジネスとなりました。タイムカプセルならぬ「冬眠カプセルで時空旅行」というものが、ビジネスになるような時代がいつか来るのでしょうか。
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2006年12月14日
勇魚(いさな)
昨日、友人に案内されて、「いさな」というお料理屋さんに連れて行ってもらい、楽しい一時を過ごさせていただきました。
お店のご主人さんは、とても気さくな方でスキューバダイビングを趣味とされているとのことです。
私の友人とは、スキューバダイビング仲間なのだそうです。
お店の名前が、「いなさ」という耳慣れないというか、初めて聞く言葉なのなので、どういう意味なのかとお聞きしたところ、「いなさ」とは鯨の古名とのこと。漢字では、「勇魚」という字を当てるそうです。
勇ましい魚とは何とも雄大な鯨らしいではありませんか。
字面から小説「白鯨」の荒々しいイメージを浮かび上がってきました。
日本では、古来から貴重な蛋白源として鯨やイルカを食べる習慣がありました。
近代的な捕鯨船などなかった昔の人は、小船と銛で鯨との死闘を繰り広げたことでしょう。
人間も命がけなら、鯨も命がけ。
まさに「勇魚」というにふさわしい激しさで鯨もその巨体をもって襲いかかってきたことでしょう。
現在では、鯨はすっかり高級食材、あるいは不人気になってしまいましたが、私たちが子供のころは、鯨は日常的によく食べていました。
小学校の給食で出てくる鯨の竜田揚げなどは、子供たちにとっては人気メニューでした。
現在では食べられなくなった味だけに、思い出すと妙に郷愁をそそります。
当のご主人、本職は包丁さばきも鮮やかに鮮魚をおろす日本料理人、「いなさ」の店主。
趣味はスキューバダイビングとこよなく海とお魚を愛する人でした。
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2006年12月09日
乾燥にご注意!
師走になったとたんに急に寒くなってきましたね。いよいよ冬本番となり、年末に向けてのあわただしさも感じられるようになてきました。これからの季節、日本海側にお住まいの皆様は、雪に閉ざされる日々となり、たいへんなご苦労があろうかと思います。
反対に太平洋側に住んでいる皆さんは、乾燥に悩まされますね。天気予報でも火の元にご用心くださいと、しばしば乾燥注意報が発令されます。乾燥は火の用心ばかりでなく、のどの痛みや肌荒れを引き起こします。乾燥でお悩みの方も多いのではないでしょうか?
かくいう私も乾燥には非常に弱く、毎年、冬が近づきにつれてお肌が荒れてきます。まずは体全体が何となくむずがゆくなってきます。そのまま放置しておりますと次は粉を吹いたようになり、もっとひどくなるとヒリヒリしてきます。手の甲などは特にひどく、子供のころからアカギレに悩まされました。
今でもうっかりしていると無惨にヒビワレができ、血が噴き出します。
このような状態ですので、モイスチャーローションとかビタミンE(トコフェロール)や尿素の含まれたクリームは欠かせません。皮膚には数種類の保水性分があり、それらを総称してNMF(Natural Moisturing Factor)といいます。皮膚に潤いを保つ代表的な成分としては、アミノ酸、乳酸、ヒアルロン酸などがあります。私のように乾燥肌の人は、これらのNMFが少ないのかもしれません。
乾燥したお肌を放置しておりますとお肌を痛め、老化を早める原因にもなります。幸いにも今は、保湿力のよい化粧品やお薬がありますので、しっかしお肌のお手入れはした方がいいですね。
私も男ながら美肌(といえるかどうか?)を保つように手入れに余念がありません。
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2006年12月04日
一葉忌
樋口一葉は、新五千円札に肖像が描かれて一躍知名度がアップしました。
しかも、女性としては初めてお札に肖像が描かれるという栄光にも浴しました。
一葉は明治5年の生まれということですから、江戸期の爛熟した文化の残滓の中で成長したのでしょう。14歳のころから、中島歌子の歌塾「萩の舎」で学び、才媛振りを発揮していたといいます。
一葉は、いろいろ家庭の事情で家督相続人になってしまったために家計を支えていかねばならず、
吉原前で商売をしながら小説で身を立てようとしたらしいです。
文学の才能を認められながらも、肺結核を患いわずか24歳という若さで11月23日に逝去しました。なんとも惜しい限りです。
命日の11月23日は、一葉忌です。
一葉忌だからということでもないのですが、先日、竜泉寺町の旧居跡の一葉記念館にいって見ました。行ってみてビックリしました。なんと美しく立派な記念館が建っているではないですか!
10年ほど前に一度行ったことがあるのですが、そのときは朽ち果てそうな木造のボロボロの記念館で、いかにも明治の風情が漂ってい
