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2007年05月19日
美容考察
昨日のブログで、
女性は“絶対キレイでいたい”と思うだろう、という内容を書きました。
これにはどのような心理が働いているのでしょうか?
自分のことを考察したところ、
やはり他人からの評価を気にしているところにあると気付きました。
限りある人たちの輪の中で暮らしているとそれほど気にしませんでしたが、
テレビという大きな媒体を通して映し出される自分の顔、
それだけではなく、しぐさとか知性など、
第3者から“あの人化粧濃いね。”とか、“老けてるね。”など批評されることを想像すると
たまらなく嫌な気持ちになりました。
多くの人目にさらされれば、賛否両論は当たり前なのですけれど。
いろいろ考えると、キレイでいたいとか、若く見られたいとか、
結局のところ、他人の評価を気にしていることが原動力になっているのではないでしょうか。
恋愛などしていれば、好きな人に少しでもよく見られたいから
せっせとお洒落するのですよね。
私自身は自分の価値基準に則って、物事を判断し行動していると思っていました。
しかし、今回の経験を通して、少なからずとも人目を気にしてしまったことに気付き、
自分の満足度を高めるための美容医療を疑問に思いました。
その“満足度”とは、“人から良く見られて得られる満足”なのではないだろうかと。
美容医療のあり方についても深く考えることになりました。
先日、日経新聞の夕刊におもしろいコラムがありました。
“老ける幸福”というタイトルです。45歳の作家が書いたものです。
テレビで美しい素顔の24歳の若き女性を見たあとに
美容院で鏡に映った自分の顔を見て、その違いに驚きます。
作家は、化粧をした顔よりも素顔がきれいだった時期が逆転したのはいつだろうかと考え、30代中頃だと思い出します。その頃から、あらを隠すために化粧をし始めたと。
持って生まれた顔よりも、テクニックと努力によって作る顔が、
“私の顔”になっている。女とはそういうものだ。
そしてその頃から、がぜん人生が面白くなるそうです。
最後にその作家は、
「美しいままで死んでゆきたいという女もほとんどいないのではないか。」
「老いて醜くなっていくのも幸福のうちだ。」
と書いてあります。
言いたいことは分かりますが、
私はまだそこまでの境地に至っていないと思いました。
老化は平等です。
程度の差こそあれ、みんな時計の針と一緒に老いていくのです。
キレイなることばかりで思考、時間、労力をかける人生よりも、
仕事に一生懸命取り組んだり、
家族のため、人のために頑張ったことの結果滲み出て来る美しさがあれば
女性はその顔に満足できるのではないでしょうか。(そうありたいですね。)
しかし、「年を取ると、お金と時間を掛けなければ見られたものじゃないのよ!」
と豪語されていた方もいらっしゃったので、まだまだ私の意見など甘いのかもしれません。
投稿者 root : 2007年05月19日 20:14
