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2008年10月27日

大阪院:志賀由章「特別養護老人ホーム 幸寿苑」

この数年、日本では年金のことが問題になっています(本当に困ったものです)。ですから日本人の誰もが仕事を引退してからのことが不安な状態で生活しています。私もできることならば早目にリタイアして、沖縄やいわきの海の近くで当日食べる分くらいの魚を釣ったり、畑を耕したりしてゆっくりと過ごしたいな、などと考えてましたが、こうなると難しい状況になってきました。

私は一人で生活していた期間が長かったので、炊事洗濯が苦になりません。むしろ好きなほうです。しかし、高齢になって足腰が弱くなったり、病気になってしまったら身の回りのことができなくなってしまいます。こうなったら誰かに助けてもらわなければ生きていけません。こういった状態を[ 要介護 ]といいます。

17年前、母は私たち兄弟に

「私たち両親が死んで、あなたたち兄弟にお金を残すと喧嘩するかもしれないから、財産は残さないわよ」

と言い残し、私財をはたいて特別養護老人ホームを設立しました。財産などを期待していたわけではありませんでしたから、母の好きなようにしてもらって良いのですが、莫大な借金までしてはじめたので「そこまでするかー」と驚きました。現在、母は70歳をすぎているのに、まだまだ拡張計画を練っております。 

 
私「もう年なんだから、あまり無理すんなよ。人生まとめの時期に入っているんじゃないの?」

母「これは私の生きがいなの。これが無くなったら、私はボケて死んでしまっているわよ。あなたたちに迷惑かけているわけじゃないし、社会に貢献しているんだからやらせてちょうだい。」

私「はいはい、わかりました。」

母は人にまかせっきりにせず、毎日のように特別養護老人ホームで陣頭指揮をとっています。広い庭に花を植え、年に一度、施設での盛大な祭りなども企画して入所者の老人たちを楽しませています。祭りの一週間前から町中にポスターをはりまくって準備しているので、息子の私はちょっぴり恥ずかしい思いもしています。

特別養護老人ホームというのは簡単に言えば、[ 一人で身の回りのことができない介護の必要な方のための施設 ]です 。そこでかかる費用も、介護の程度にはよるらしいのですが、ほぼ年金の範囲内です。ですから、こういった施設があれ老後の不安も少し解消しますよね。そう考えると、贅沢さえしないで年金さえ払ってきちんと働いていれば老後は安心なはずです。rojinhome.jpg

そんなことを知ると、私も社会貢献しなければいけないなあ、なんて考えてしまいます。数年前の話ですが、母がタイミングよく

「老人ホームの洗濯機が壊れてしまって大変なのよ。また修理するくらいなら買い替えたいのよねー。150万円くらいする全自動の洗濯機があるんだけど、それがあったらみんな楽になるんだけどなあ」などと言ったので、つい

「じゃあオレが寄付するよ」と言ってしまいました。いざ、幸寿苑でその洗濯機を見て、私も社会貢献できるくらいには成長したんだなあ、などと感慨深く感激に浸りましたが、よく考えたらうちの洗濯機だって10年前のものなのでときどき止まってしまい、買い替えなければいけないものでした。ボロボロの洗濯機で洗濯しながら、社会貢献の大変さを知りました。

投稿者 ritz : 16:45 | コメント (0)

2008年10月22日

大阪院:志賀由章「忍者そば」

そば屋さんで注文をするとき、東京と大阪では「たぬき」と「きつね」の意味が違うので、大変ややこしいのです。。

東京の場合「たぬき」は天かすのことです。ですからたぬきそばにたぬきうどんがあります。また「きつね」はあげのことです。ですから 当然きつねそばときつねうどんがあります。

大阪の場合はこんなに簡単なものではありません。「たぬき」はあげいりそば 「きつね」はあげいりうどんなので、とてもややこしいのです。また、天かすのことは「ハイカラ」といって、ハイカラそばにハイカラうどんは存在します。

この違いの覚え方はマルちゃんのCMです。「あーかいきつねにみどりのたぬき♪」赤いきつねはあげいりうどんで、緑のたぬきは天ぷらそばですよね。 会社も関東の人と関西の人がこんがらないように名前を作ったのだと思います。

私が通ってた慈恵医大関係の人達ならば誰でも知っている「地下そば」(地下フロアにあるそば屋さんだからこういった愛称なのです) には忍者そばというものがあります。これは「きつね」と「たぬき」の両方をトッピングしたい、と考えたある先生が名づけたという逸話があるのですが、たぬきときつねの化かしあいという意味で忍者なのです。

大学病院に勤務すると必ず出張があり、地方の病院を転々とします。そしてその病院には必ず出前のそばやさんが出入りしているものです。誰が広めたのかは不明ですが、そのそばやさんの裏メニューには「忍者そば」「忍者うどん」というメニューが必ず追加されているのです。

私の究極のメニューのひとつ。地下そばの冷やし忍者そばとカツ丼。食べたーい!!!!

投稿者 ritz : 16:20 | コメント (0)

2008年10月20日

東京院:広比利次「TVドラマ ”スキャンダル”」

昨日スタートのTBSのドラマ『スキャンダル』をご覧になられましたでしょうか?

鈴木京香さん主演で4名の女性の生き方をテーマとしたドラマだそうです。昨日はその第一回放送でした。実は吹石一恵さんの夫が美容外科医の役で、その撮影にわがリッツ美容外科東京院が使われました。

 

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実際の撮影は2ヶ月ほど前でしたが、待合、手術室などがドラマに利用されたわけです。
過去にクリニックにお越しになられた患者さまは「どこかで見たことあるな~!」と思ってドラマを見ていられたかもしれませんね。

今後の展開が楽しみですがまた撮影が行われるかもしれませんが、そのときは前もって皆様にお知らせいたします。

TBS 日曜劇場『SCANDAL』  
 

投稿者 ritz : 15:08 | コメント (0)

2008年10月18日

大阪院:志賀由章「遊園地」

先日、ナガシマスパーランドに行ってきました。遊園地に行くのは15年前のディズニーランド以来です。絶叫マシンがおいてある遊園地にいたっては22年前に行った後楽園遊園地以来です。

私は遊園地でほのぼのとした時間を費やすのは楽しいと感じるのですが、絶叫マシンは「楽しい」と感じたことはありません。どちらかというと「拷問」です。どうしてあんな高いところから落とされなければいけないのか理解できません。さらに料金を支払うなんてありえないことです。

しかし友人がどうしても乗りたがってますし、いちいち「オレはきらいなんだ」ということを説明するのも面倒ですから、雰囲気的にも「ひとつぐらいつきあってやるか」と思い、乗ることにしました。

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心の中では「いやだなあ」と思いながら、絶叫マシンに乗ろうとすると、入り口に

①130cm以下の方乗車をお断りします。 「ふーん。子供だと振り落とされて危ないんだろうなあ」

②54才以上の方の乗車をお断りします。  プツン!!頭の血管が切れました。「なにー!!オレは49歳でクリアーしてるけど、あと5年経ったら、危険だというのか!ナメんなよ。乗ってやろうじゃねえか。」

若干、興奮しながら階段を昇り、絶叫マシンに乗り込みました。さあスタートです。カタンカタンとマシンは高いほうへ向かいます。先ほどまで怒ってましたが、意気消沈気味です。頂上につきました。 ガアー!!!落ちていきます!一回転します!遠心力がかかります!「ヒエエエエエー」。・・・・・・・・・・・・・・・・ガタンッ!終点です。思い切り脱力感とともに、足の力は抜け、目が回りました。やはり乗るんじゃなかった。先ほどまで怒っていたナガシマスパーランドさんにごめんなさい、と②48才以上の方の乗車を固く禁じます とあらたに提案したいくらいでした。

しかしフリーパス券を買ってしまったので、これだけでは大損です。次は大好きな観覧車に乗ることにしました。今まで見たこともない高さの観覧車ですから、さぞかし景色がいいのだろうと考え、乗り込んで一息つきました。少しずつ上っていきます。天気がよかったので海の景色が最高です。「ああ、来て良かった。」と思いきや、これは高すぎです!!三重県から大阪府が見える勢いです。足はすくみ、手すりをぐっと握りました。手からは冷や汗をかいてます。心の中で「早く下がれー」と祈りつつ、観覧車が頂点に到着したとき、カタンと音がしたかと思ったら、動かなくなってしまいました。「ヤバイ!故障だ!」死をも覚悟しました。その時です。「ただいま、体の御不自由な方の乗車をしております。故障ではありませんので、そのままお待ちください。」とアナウンスがありました。安心しました。やっとの思いで下に到着しましたが、「もう絶対に乗ってやらんぞ!」と誓いました。

ホワイトサイクロンには感心しました。全て木でできている手作りのジェットコースターです。これは後世に伝えるべき芸術品です。さすがに怖くて乗ることはできませんでしたが、見るだけでも価値のあるものです。是非行って見てください。

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このふたつの乗り物で全身脱力感です。しかしフリーパスを買ってしまったので、あとはおばけ屋敷や、ゴーカートに乗って、遊園地を後にしました。その後、ナガシマスパーランドの温泉でゆったりと湯船につかって帰りました。あーつかれた。

投稿者 ritz : 11:13 | コメント (0)

2008年10月16日

大阪院:志賀由章「その時歴史が動いた 教授編」

私たちが医師になりたての頃の話です。

医師免許に合格すると、2年間は研修医という立場になって外科系の各科をローテートします。希望科は外科、整形外科、形成外科、産婦人科でした。外科の先輩たちはとても豪快な楽しい先生ばかりで圧倒されます。その中に尊敬できる先生を見つけたりして、ほぼ心の中で「やはり外科かなあ」と決めてました。しかし、将来のことを考えると、開業するには外科では不可能だ、ということに気づいてました。そんなとき研修期間が残り一週間というところで、教授の手術につく機会があったのです。手術中に

「君は研修医だね。」

「はい!」

「外科はやりがいもあるし、楽しいだろう。」

「はい!」

1年先輩でも神様です。教授に対して、普通に話しなどできませんでした。

その晩、忘年会がありました。外科の忘年会は大騒ぎです。皆酔っ払い 楽しく過ごしていたところ、教授が時間遅れで入ってきました。部屋の空気は一瞬にして変化しました。教授は席を移動しながら、いろいろな先生方と談笑して回っています。私たちのグループにもいらっしゃいました。

「おお、君は志賀くんだね」

「はい。(うわあ!名前を覚えてくれている。感激!ドキドキ。)」

「今日の手術では、よく手が動いていたねえ(要するに手術中に気がきくということです)。外科医のセンスを持っているようだね!」

「本当ですか!ありがとうございます。」

「君は外科に入局するのかね。」

「はい。そのつもりです。よろしくおねがいします。」

ということで、この言葉で私の歴史が変わりました。翌日、先輩にそのことを自慢気に話すと、

「志賀、お前の夢を壊すわけではないけど、みんなそう言われてるんだぞ。それに昨晩の教授は呑みすぎて、泥酔してたから、帰りにオレのコートを着て帰ったんだぞ。お前に言ったことなんて、たぶん記憶にないよ。まあ自分の将来は自分で決めろよ。」

「はあ。(がっかり)」

結局、外科に入局して10年間頑張りましたが、現在に至るのでございます。

投稿者 ritz : 11:47 | コメント (0)

2008年10月15日

大阪院:志賀由章「不眠症」

外来をしていると、「眠れないので睡眠薬が欲しいのですが。」という訴えの患者さんによく出会います。

私も長いこと不眠症でいるので気持ちはよくわかります。体が疲れていても、眠ろうとすると眠れないのです。ですから翌日が手術があるのに眠れない夜は 睡眠薬を少しだけ内服して、できるだけ体を休めるようにしてます。しかし、翌日が休みや遅い出勤のときなどは、本を読んだりDVDを観たりするので、かなり遅くまで起きています。むしろ寝るのが惜しいといった感じで過ごしております。私の生活は休みが少ないので、暇さえあれば寝ようとしますし、休みがあれば 思いきり遊ぶ不規則な生活なのです。

不眠症の患者さんにはいろいろな質問をします。「お仕事をなさっているのですか?」。「いいえ。専業主婦です。」「朝早く起きる理由があるのですか。」「いいえ。主人も定年でゆっくりしてますし、子供も結婚してしまいましたし、早く起きる必要はないのです。」「私もそうなのですが、寝ようとすると寝れないもので、起きようとしていると自然に眠くなるものですよ。お薬は出しておきますが、無理に寝ようとしなくても良いのではないですか?」「そうですね。やってみます。」

私が外科医だった時代、インフォームドコンセントされた癌の末期の方でも睡眠薬を内服していていました。私の心の中では「死に対する不安や恐怖感はあると思うけど、もう限られた命なのだから、生前にやらなきゃいけないことはないのかなあ。」と不思議に感じておりました。私は今後、30年は生きようと考えてます。やりたいことがありすぎて時間が足りません。私もいずれ死にますが、死を宣告されたら痛みのコントロールだけして、毎晩徹夜してでも人生の整理をしたいと考えてます。ですから突然死だけは困るのです。皆さんも人生は長くないのだから、眠れないのでしたら、眠くなるまで起きていたらどうでしょうか。

投稿者 ritz : 12:15 | コメント (0)

2008年10月14日

東京院:広比利次「アゴの水平骨切り~その2」

 

9月27日にアゴの水平骨切りを行った患者さんが本日第一回目の検診にお越しになられました。口の中に縫合糸があるためその抜糸も行いました。約2週間半ですが、腫れの経過写真をお見せいたします。

 

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経過として何の問題もなく順調で患者さまにも大変喜んでいただいております。正面からアゴが短くなり、横から見るとアゴが前に出たことによってE-lineの理想に近づきました。腫れは皆様が思ったほどでしょうか?一般的にアゴを短く、前進させた場合にはこの程度の腫れです。まだ頬と首に腫れが残っていますが十分社会復帰できる程度のものですね。

 

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投稿者 ritz : 16:03 | コメント (0)

東京院:広比利次「日本美容外科学会」

 

しばらくブログをお休みさせていただいておりました。学会の準備等に追われておりました。10月11,12日にわたりまして広島でその日本美容外科学会が開催されました。

 

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年に一回のイベントですのでクリニックは休診にさせていただきまして、当院ドクターがすべて参加してまいりました。私の今回のテーマは”額の皺取り”でしたが、その際に額の形態も整えながら行うことの重要性とその方法について講演してまいりました。多くの先生方がさまざまな分野の発表をされており、新しい知識も得ることができまして大変有意義な学会でした。

 

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招待講演ではハーバード大学Yaremchuk教授の顔のインプラント治療、額のリフトにおける適正な眉位置、という2題の講演を聴くことができ大変参考になりました。その晩のレセプションパーティーではYaremchuk教授と直接お話をさせていただき私のライフワークである輪郭に関するお話を15分位させていただき本当に意義ある時を過ごすことができました。世界の一流教授はこちらの質問に一つ一つ丁寧に答えていただきその人格の素晴らしさにも感動いたしました。

 

 

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一方で外科手技のみでなくレーザー等の皮膚科的な発表も多く、その中でも手軽で効果のあるテノール(宮田先生発表)というサーモリバース(RF)に大変興味を持ちました。患者さまに低料金でこの痛みを伴わない治療をご体験いただけますようリッツ東京院でも近々導入予定です。実際に器械展示がございましたので肩こりがひどかった私がテノールを10分ほど当てさせていただきましたが・・・すぐに肩こりは軽快しました。本来は血流改善、顔のたるみに対する皮膚の引き締めがメインの治療ですが、肩こりにも効果があるようです。

 

新幹線で広島から4時間と少々長旅の疲れが残っておりますが早速診療に戻っております。
この連休中にご手術、ご診察を希望していただきました患者さまにはご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします。


 

投稿者 ritz : 13:17 | コメント (0)

2008年10月13日

大阪院:志賀由章「裁判員制度」

「赤穂浪士の討ち入り(忠臣蔵)」は映画化されたり、配役を変えテレビで何度も放送されるほど有名で、良い話とされてます。しかし現代で忠臣蔵が起きたら大変なことです。殺人事件で逮捕されてしまいます。

仇(あだ)討ちは親兄弟などを殺した者を討ち取って恨みをはらすことで、江戸時代、武士階級で慣習として公認されていました。人を殺しても番所(役所)に届け「仇討ち」と認められれば罪に問われなかったばかりか、勇気ある行動と賞賛されていました。

あだ討ち禁止の最初の法律が1873(明治6年)年2月に発令された復讐禁止令です。これによって犯罪は個人に代わって国や地域社会という司法が罰するという国家的公刑罰権が確率されたのです。

私は殺人事件をみると、とても悲しい気持ちになります。殺人事件には、被害者と加害者が必ず存在するからです。ですからそんな事件のニュースがあると、両方の立場になって考えます。

もし、悪意や無差別に自分の子供が殺されたら、犯人を自分が仇討ちしても死刑にしても自分の心は晴れないと思いますし、むなしさが残るだけです。病気で死ぬというのとは意味が違います。突然、愛する子供がいなくなってしまう悲しみなど、私の想像を超えたものなんだと思います。

もし、自分の子供が他人を殺してしまったら 子供の死刑を受け入れられるでしょうか。さまざまな状況にもよりますが、更正できるものならさせたい、と考えてしまうのでしょう。しかし、殺された相手の悲しみを考えたら そんなことでは済まないはずです。子供がしたことの重大さを認めさせ、司法に委ねるしかないのでしょう。たぶん子供の育て方を反省し、一生悔やんで生きていかなければならないのでしょう。

最近、死刑廃止論というものが言われております。確かに死刑が生み出すものは少ないとは思います。だからといって死刑を廃止する、というのは間違っていると思います。やはり命には命で償うというのは大前提として、これによる抑制効果を期待しなければ事件は減らないはずです。

命は神様に与えられたものです。ひとつの命を育てるには周囲の大変な苦労と努力を伴うものです。その過程の思い出や愛を一瞬にして失ったら、周囲の人達だって生きる望みを失うはずです。

人気取りのために死刑廃止論を唱えている政治家は、そんなことよりも犯罪の起きないような世の中を作ることを考えていただきたいものです。

これから裁判員制度が始まります。どんな事件がどのように裁かれるかを見守っていかなければいけませんね。 

投稿者 ritz : 17:25 | コメント (0)

2008年10月12日

大阪院:志賀由章「事件ファイル 1」

私は過敏性大腸です。ですから、食事を取ると20分以内に便意を感じてしまいます。

消化器外科で外来をしていたときに、こういった患者さんによく出会いました。私を含めて過敏性大腸の方は 通勤途中のどこにトイレがあるかを把握しながら生活してますし、食事内容にも注意しています。ですから私が朝食をとる場合は、食後に20分以上の時間があるときだけです。そうしないと、通勤の途中でトイレに行かなければならないからです。

その日は朝食を摂らずに出勤しました。病院に着くと、一日の予定を検討しながらアイスコーヒーで一服します。その日は胃癌の手術でしたから、4時間くらいかかる予定でした。手術中に抜けるわけにはいきませんから、そんなときは朝食をしっかりと摂って、手術にのぞみます。トーストにサラダ、アイスコーヒーを飲んで、予定通り便意を感じたのでトイレに行きました。私は、職業柄、便を観察する癖があります。血液の混入や太さ、未消化の状態を確認するのです。その日は、前日に酒を飲まなかったので、色合いの良く香り豊かな便を大量に排出しました(飲酒の翌日は下痢しやすいのです)。観察後、健康具合に大満足して水を流そうとすると、

「あれ!水がでない!!!!!!さらにトイレットペーパーがない!!!」

そのとき脳裏に浮かんだのは、「先週は確か、このトイレは工事中だったぞ。けど、ドアは空いてたから工事は終わったのではなかったのか??」

トイレットペーパーもないのでオシリも拭いてません。ズボンをはくこともできず、半端な状態でおそるおそるトイレの入り口を見ると、

「ガーン!!!工事中だああああ!!!!」

私は悩みました。手術の時間は迫っています。だからといってこのままでは逃げられません。悩んだ結果、他のトイレに行って、オシリを拭き、きちんとズボンをはいて、トイレットペーパーを握り締め、工事中のトイレにもどってきました。そのトイレットペーパーを排出物の上に置いて隠し、便器の奥におしこみました。それと「ごめんなさい」のメモを残して出ていきました。

手術前に先輩が「志賀、顔色悪いけどどうかしたのか?」

さすが医者です。見抜かれました。「いや、昨晩飲みすぎたんですかねえ。いたって元気ですよ。」

手術は問題なく成功しました。手術後、恐る恐るトイレの入り口を見てみると、ドアに「使用厳禁」と大きな紙で張り紙がしてあり、太いガムテープでドアは閉鎖されてました。まるでトイレ内で殺人事件でもあったような雰囲気でした。

心の中で「犯人はわたしです。ごめんなさい(合掌)。」と思いながらその前を通りすぎました。

投稿者 ritz : 10:51 | コメント (0)

2008年10月11日

大阪院:志賀由章「好きなタイプ」

2005年にその女の子はリッツ大阪院に来院しました。年齢は22歳です。スタイルは良く顔は小さいのですが、少しだけ頬骨が出ており、エラも出ているのでゴツゴツした印象でした。目は一重のスッキリした顔立ちです。

「私、綺麗になってモデルになりたいんです。」

「うーん。素質はあるよねー。どの部分を直したいというのはありますか?」

「全部!浜崎あゆみみたいになりたいんです。」

「そうかあ。ちょっと雰囲気は違うけど、そうなるとまずは目かなあ。」

数日後に瞳拡大(軽度の眼瞼下垂手術)と二重の手術をしました。目はかなりパッチリとして、全体的に明るい印象になりました。瞳は浜崎あゆみさんのように輝いてます。

「今度は輪郭を直したいんです。」

それから半年に一度くらい、手術を受けに来院します。その都度、女の子は近況報告をしてくれます。ある日

「夜の仕事をはじめてみたんやけど、指名が一番になってん。先生のおかげでモテモテやで(笑顔)。」

「へえ、すごいな。元々、素質があったんじゃない?」

次に来たときは

「先生!雑誌デビューしたで。見てなあ。」

本屋さんで周囲の目を気にしながら、そのファッション誌を立ち読みしました(ファッション誌を50歳近い男が見ていたら変態です)。それは最近の女の子が最も憧れている雑誌で、その読者モデルとして巻頭に写っておりました。

「え、うそ!かわいい!」

化粧も髪型もプロが触っっているので別人のように輝いています。

それからその女の子が来院する度に、少し緊張するようになりました。けど、その女の子の当初の予定だった浜崎あゆみさんとは違い、私の好きな小林真央さんに似てきた感じを受けるのは、私の好みのタイプのように手術してしまったということなのでしょうか。

今後の活躍を楽しみにしております。

投稿者 ritz : 13:35 | コメント (0)

2008年10月08日

大阪院:志賀由章「兄との思い出 2」

今年の夏、兄が享年52才で他界しました。

私の尊敬する医師であり、生まれたときからの目標であったので、この2か月間、私の心は糸のない凧のように彷徨っておりました。

しかし、そんななかでも嬉しかったのは、兄の通夜と告別式に1500人もの人に来ていただき、盛大に行なわれたことでした。たった一人の魂を1500人もの人に見送られた兄は幸せ者でした。リッツ美容外科の各院からも花や電報が届き、東京院の広比院長夫婦、横浜院の阿部院長夫婦には、わざわざ東京から来ていただきました。大勢の前でしたし、心も衰弱しているときでしたので、そんなときに親しい人達に会い、思わず涙が溢れてしまいました。

そんな状態でしたが、兄の四十九日も過ぎたので、いつまでもフラフラと彷徨っているわけにはいきません。私は一大決心をしました。兄が得意とする、変形性膝関節症やリウマチによる膝関節症に対する人工膝関節の手術をマスターすることです。

兄の診察していた大勢の患者さんが、いらっしゃいます。これから手術が予定されていた患者さんたちのために、私は早速行動に移しました。某大学病院の整形外科で手術を教えてもらうことにしたのです。スタートは研修医と同じです。朝早くからのカンファレンスにはじまり、手術や外来での勉強です。はじめてみると、医師になりたてのころのフレッシュな気持ちが蘇ってきました。何を聞いても新鮮ですし興味が持てるものです。手術の部位は異なりますが、骨を切ったり削ったりするのは整形外科も美容外科でも同じです。今後、自分の技術にも幅が広がりそうな予感がします。

ですから、最近は生きていく目標を定め、元気になりました。これからまた、ブログにも取組んでいこうと思います。お休みしている間、メールで励ましていただいた皆様、ありがとうございました。

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投稿者 ritz : 17:23 | コメント (0)

2008年10月07日

高松院:古屋富治雄「目の下のくま」

目の下のくまは嫌なものですね。俳優さんは別として、誰でも目のくまがあってそれを自慢する人はないと思います。男女を問わず若々しくありたいとか、綺麗でいたいという気持ちは私には仕事柄痛いほど分かります。テレビを見ていると仕事柄、目の下ふくらみがどうしても気になる俳優さんや女優さんがいます。テレビの画面を通してもメイクをバッチリしているのは分かるのですが、どうしても疲れて見える印象が気になって仕方ありません。テレビの番組の内容よりも、その人のした瞼をずっと見ていて、やはりどうしても気になるので、「この人の目の下くまがなければいいのになあ!」と私の妻についつい同意を求めてしまい、あれこれしているうちにといつの間にか番組が終わっていたりしてしまいます。

いわゆる「くま」には2つあります。一つは皮膚の色調が悪く他の部分に比べて黒っぽく見えるものがあります。これは手術では改善できずメイクで全く分からなくできます。もう一つは、目の下がポッコリとしていたりまた窪んでいたりしていてメイクでカバーしきれないものです。これは加齢とともに多く見られるようになりますが、10代や20代の若い方にもかなり見られます。日帰りのプチ整形手術で改善します。もしも目の下のくまが気になることでもあれば、改善方法があるということは知っておかれても損はないでしょう。

 

投稿者 ritz : 11:27 | コメント (0)