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2009年12月15日
研修医シリーズ フグ中毒
今回のお話は、たまたま、ある職場で、机を隣にさせていただいた、大先輩の麻酔科医の、研修医時代の失敗談です。
この国に、やっとICUができ始めたばかりの、昭和40年代の出来事です。
この麻酔科医、S先生は、卒後1年目を、大学病院で過ごしていました。
お正月になり、主だったスタッフは休暇を取り、ICUには、わずかのスタッフと、その年卒業し、いなくなったスタッフの穴埋めのために召集された、各科の研修医たちが残されました。
ICUは、さながら、同窓会の会場のような雰囲気になり、研修医たちは、その年に、自分たちが体験をした話を、まるで武勇伝のように、語り合っていたそうです。
そんな折、心肺停止状態の患者が、ICUに搬送されてきました。
患者は、自分で釣ったフグを、自分で調理し、自宅で食べているうちに、呼吸が止まったのでした。
典型的な、フグ中毒です。
フグの毒素は、皆さんご存知の通り、テトロドトキシンです。この毒素は、神経を麻痺させ、感覚の鈍麻と、筋肉の動きを止める作用があり、最終的に、呼吸筋が止まると、窒息して、死に至らしめます。
治療法は、人工呼吸を施し、毒素が分解されるのを、ひたすら待ち続けるだけです。
S先生は、この患者に心肺蘇生を施し、見事に蘇生させ、人工呼吸器につなぎ、IVHを挿入し、モニターを接続し、初期の治療には、全て成功しました。後は、ひたすら、患者の自発呼吸が、現れるまで、待つだけでした。
患者の枕元には、各科の研修医たちが集まり、また、武勇伝を語り合い始めました。
脳外科の研修医は、
「脳に、長い間刺激が伝わらないと、脳は萎縮を始める。そのうちに脳は豆腐のように軟らかくなってしまうんだ。」
整形外科の研修医は、
「この間、大学のラグビー部の学生が、スクラムの際、首の骨が折れて運ばれてきた。最初のうちは、元気にしゃべっていたが、そのうちに何の反応もしなくなり、死んでしまった。やっぱり脳は、ぐじゅぐじゅになっていた。」
S先生も負けじと、
「この患者も、心肺停止から蘇生までの時間が問題だ、あまりに長いと、命は助かっても、植物状態になるかもしれない。」
などと、careless talkを繰り返したのでした。
正月休みも終わり、スタッフがICUに戻ってきました。
早速、教授回診が始まりました。S先生は、少し自慢げに、このフグ中毒の患者の説明をしました。見事に蘇生できたことを、少しは褒めて欲しかったのだそうです。
しかし、カルテを眺めていた教授は、不審そうにこう問いただしました。
「ところで、sedationには、何を使っているのだね?」
(どんな鎮静剤を使って、この患者を眠らせているのか?)と言う意味です。
S先生は、質問の意味が、すぐには理解できませんでした。
「はあぁ?」と、ぽっかり口を開けていると、教授がこう続けました。
「おいおい!君たち、何をやってるんだ!!フグ中毒の患者は、筋肉が動かないだけで、意識ははっきりしているんだぞ!」
みなの顔から、血の気が引いていき、額には冷や汗が流れました。直接は関係のない、他科の研修医たちは、蜘蛛の子を散らすように、その場からいなくなりました。
「あの、枕元でのcareless talkを、聞かれていたかもしれない!」一人残された、S先生は、不安で仕方がありませんでした。
ほどなく、患者に自発呼吸が戻ってきました。そして、ついに抜管の日がやってきました。
抜管直後、この患者が発した第一声は、こうでした。
「もう、ほんま、殺生(せっしょう)だっせ!」
(もう、まったく、ひどいなあ!)こんな感じでしょうか。
幸いにして、患者に苦痛を伴う処置を施しているときの記憶は、なかったそうです。しかし、枕元でのcareless talkは、そのほとんどを覚えていました。今では、訴訟を起こされても仕方のない事例ですが、この当時は、たいした問題にもならず、その患者は、元気に退院となりました。
その後、S先生は、たとえ全身麻酔のかかった患者でも、ひょっとしたら、意識があるかもしれない。と、肝に銘じて、麻酔科生活を送ったそうです。
医療側と、患者の間で起こるトラブルのほとんどには、医療側スタッフの、不用意な発言があると聞きます。
この業界、たとえ、どんな状況でも、患者を前にしてのcareless talkは、厳禁です。
最近、寒い日が続きますが、先週、東京にも、霜柱が立ちました。
あまりに見事だったので、掘り出して、置いて見ました。高さは、4cmはあります。
投稿者 morita1967 : 2009年12月15日 13:05