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2010年01月28日
天城越え
私は、あまり、外で食事をしません。
昨年も、何回飲みに行ったか、数えられるほどです。
飲みに行くと、最後はカラオケに行くパターンが多いのですが、
自分で言うのもなんですが、人からは、かなりうまいとよく褒められます。
どうしたら、そんなにうまく歌えるのかと聞かれたら、こう答えます。
歌の歌詞の意味を、理解すれば、自然とうまくなりますよと。
本当は、音楽的素養を、両親から受け継いだのと、高校時代、ブラスバンド部に所属していたからだと思いますが。
意外と、皆さん、歌の意味をあまり理解しないで、ただ歌っているだけの方が、多いようです。
その典型例が、石川さゆりの「天城越え」でしょう。
この歌を歌う、若い女の子達は、ほとんど意味を理解していません。
この歌は、最初の2行で、主人公の置かれている現状の、全てのsituationが理解できます。
最初の2行はこうです。
『隠し切れない移り香が いつしかあなたに染み付いた』
この部分の意味はこうです。
この歌の主人公は、アラサー(多分)の女性です。夫も、子もいますが、若い男と不倫状態にあります。
若い男との関係も長くなり、夫の目を逃れて、男の部屋に通ううちに、自分の体に染み付いてしまった、自分では気が付かなかった生活臭、つまり、夫の酒、タバコ、整髪量の臭いや、子供のオムツの臭いなどが、若い男に逢いに行ったとき、男の部屋からも、感じられるようになってきてしまった。
と言う意味です。
若い男は、もてます。自分よりも若くて、きれいな女が言い寄ってきます。そんな女たちに、主人公は当然、嫉妬の念を抱きます。だから『誰かに取られる位なら あなたを殺していいですか?』となるわけです。
『山が燃える~』の部分は、エクスタシーの瞬間です。
本当に山が燃えているのであれば、それは山火事です。すぐに119番通報しなければいけません。
『あなたと 超えたい 天城越え~』の部分も、別に、天城峠にピクニックに行きたいと言う意味ではありません。この現状を打破したい。かけおちでもしてしまいたい。と言う意味です。
不倫をしていると言う罪悪感はあるけれど、『からだうらはら』の状態で、『何があっても もういいの』、『戻れなくても もういいの』と言う心境にまで、至っているのです。
この歌は、決して、肉食系女子の応援歌でも、若い女性の熱き恋心を歌った歌でも、男を口説き落とすために歌う歌でもありません。
歌の歌詞の意味を理解すると、結構人生に役に立つことが多いですよ。
この話を、匠ドットコムの下村代表にしたところ、彼女はいたく感銘し、それから一人でビッグエコー通いを始めた、とのことでした。
その後、歌はうまくなりましたでしょうか?コメント、お待ちしております。
今日は、暖かい南風が吹いていますね。
景気も、どうやら去年の夏あたりが、底だった様で、緩やかですが、回復の兆しが見え始めたような気がします。
この一年も、皆さんと共に、がんばって行きたいと思います。
投稿者 morita1967 : 13:02 | コメント (1)
2010年01月26日
研修医シリーズ フグ中毒
今回のお話は、たまたま、ある職場で、机を隣にさせていただいた、大先輩の麻酔科医の、研修医時代の失敗談です。
この国に、やっとICUができ始めたばかりの、昭和40年代の出来事です。
この麻酔科医、S先生は、卒後1年目を、大学病院で過ごしていました。
お正月になり、主だったスタッフは休暇を取り、ICUには、わずかのスタッフと、その年卒業し、いなくなったスタッフの穴埋めのために召集された、各科の研修医たちが残されました。
ICUは、さながら、同窓会の会場のような雰囲気になり、研修医たちは、その年に、自分たちが体験をした話を、まるで武勇伝のように、語り合っていたそうです。
そんな折、心肺停止状態の患者が、ICUに搬送されてきました。
患者は、自分で釣ったフグを、自分で調理し、自宅で食べているうちに、呼吸が止まったのでした。
典型的な、フグ中毒です。
フグの毒素は、皆さんご存知の通り、テトロドトキシンです。この毒素は、神経を麻痺させ、感覚の鈍麻と、筋肉の動きを止める作用があり、最終的に、呼吸筋が止まると、窒息して、死に至らしめます。
治療法は、人工呼吸を施し、毒素が分解されるのを、ひたすら待ち続けるだけです。
S先生は、この患者に心肺蘇生を施し、見事に蘇生させ、人工呼吸器につなぎ、IVHを挿入し、モニターを接続し、初期の治療には、全て成功しました。後は、ひたすら、患者の自発呼吸が、現れるまで、待つだけでした。
患者の枕元には、各科の研修医たちが集まり、また、武勇伝を語り合い始めました。
脳外科の研修医は、
「脳に、長い間刺激が伝わらないと、脳は萎縮を始める。そのうちに脳は豆腐のように軟らかくなってしまうんだ。」
整形外科の研修医は、
「この間、大学のラグビー部の学生が、スクラムの際、首の骨が折れて運ばれてきた。最初のうちは、元気にしゃべっていたが、そのうちに何の反応もしなくなり、死んでしまった。やっぱり脳は、ぐじゅぐじゅになっていた。」
S先生も負けじと、
「この患者も、心肺停止から蘇生までの時間が問題だ、あまりに長いと、命は助かっても、植物状態になるかもしれない。」
などと、careless talkを繰り返したのでした。
正月休みも終わり、スタッフがICUに戻ってきました。
早速、教授回診が始まりました。S先生は、少し自慢げに、このフグ中毒の患者の説明をしました。見事に蘇生できたことを、少しは褒めて欲しかったのだそうです。
しかし、カルテを眺めていた教授は、不審そうにこう問いただしました。
「ところで、sedationには、何を使っているのだね?」
(どんな鎮静剤を使って、この患者を眠らせているのか?)と言う意味です。
S先生は、質問の意味が、すぐには理解できませんでした。
「はあぁ?」と、ぽっかり口を開けていると、教授がこう続けました。
「おいおい!君たち、何をやってるんだ!!フグ中毒の患者は、筋肉が動かないだけで、意識ははっきりしているんだぞ!」
みなの顔から、血の気が引いていき、額には冷や汗が流れました。直接は関係のない、他科の研修医たちは、蜘蛛の子を散らすように、その場からいなくなりました。
「あの、枕元でのcareless talkを、聞かれていたかもしれない!」一人残された、S先生は、不安で仕方がありませんでした。
ほどなく、患者に自発呼吸が戻ってきました。そして、ついに抜管の日がやってきました。
抜管直後、この患者が発した第一声は、こうでした。
「もう、ほんま、殺生(せっしょう)だっせ!」
(もう、まったく、ひどいなあ!)こんな感じでしょうか。
幸いにして、患者に苦痛を伴う処置を施しているときの記憶は、なかったそうです。しかし、枕元でのcareless talkは、そのほとんどを覚えていました。今では、訴訟を起こされても仕方のない事例ですが、この当時は、たいした問題にもならず、その患者は、元気に退院となりました。
その後、S先生は、たとえ全身麻酔のかかった患者でも、ひょっとしたら、意識があるかもしれない。と、肝に銘じて、麻酔科生活を送ったそうです。
医療側と、患者の間で起こるトラブルのほとんどには、医療側スタッフの、不用意な発言があると聞きます。
この業界、たとえ、どんな状況でも、患者を前にしてのcareless talkは、厳禁です。
最近、寒い日が続きますが、先週、東京にも、霜柱が立ちました。
あまりに見事だったので、掘り出して、置いて見ました。高さは、4cmはあります。
投稿者 morita1967 : 13:05 | コメント (0)
2010年01月18日
研修医シリーズ 震災から15年
今回は、15年前のお話です。
15年前、私は、1年目の研修医として、関西地方の病院に勤務していました。
阪神・淡路大震災のときの揺れを、実際に体験しています。
一瞬であれほどの惨劇が起きたことの恐れ、たくさんの方がなくなられた喪失感は、
私の人生で最大のものです。
あの時、神戸で、柱が1本しかない、高架式の道路が横倒しになり、多くの犠牲者が出ましたが、
毎年、あの映像がテレビで流されますので、皆さんのご記憶にもあると思います。
実は、私は、あの道路を、地震の9時間前に車で通過していました。
今でも、思い出すと、ぞおっと、背筋が凍る思いがします。
その後、3月に、東京で、地下鉄サリン事件が起こりますが、
このときも、その1日前には、私も地下鉄有楽町線に乗っていました。
この年は、危ない思いを2度も経験しました。
地震の後、たくさんのけが人や、病院が倒壊し、居場所のなくなった患者さんが、私の勤務していた病院にも、搬送されてきました。
そのころ、胃潰瘍による大量吐血の患者さんも入院してきました。
この方は、ヘモグロビンが5g/dlしかなく、緊急に、輸血と、止血の処置が必要でした。
しかし、この方は、保険証を持っていませんでした。
入院は、長期になる可能性が高いことと、かなりの治療費がかかることも予想されるので、
今からでも間に合うので、保険証を作る必要がある。病院が、その手続きの代行をします。
まずは、住所を教えてほしい。また、家族にも至急来ていただき、病状の説明と、今後の治療の承諾を得る必要があるので、連絡を取ってほしい。と言ったことを、事務方が伝えました。
すると、この患者さんは、金なら家にあるから、今から取りに帰る、そういって聞きません。
すぐに戻るから、そういい残し、みなの制止を強引に振り切って、ふらふらの状態で病院を去って行ってしまいました。
後日、警察から電話がありました。
神戸で、震災で倒壊した建物から、盗みを繰り返していた者を、現行犯で逮捕した。
その犯人の供述で、共に盗みを働いていた共犯者が、吐血をして病院に担ぎ込まれた。
その病院は、どうやらおたくらしい。
以上の内容でした。
あの患者さんは、入院が長引けば、いずれ自分は逮捕されると考え、命がけの逃避行に打って出たのでした。
どこかで、倒れて、そのまま死んだりしていまいかと、かなり心配をしましたが、その後、どこからも、何の連絡も入りませんでした。
今でも、あの患者の顔も名前も、明確に覚えています。
まさか逃げ出すなんて思っても見なかったので、重要なことを伝えていなかったことも気がかりでした。
どこかでばったり出会ったなら、一言、言ってあげたいことがあります。
あなたは、梅毒に感染しています。しかも、かなりactiveな状態ですと。
投稿者 morita1967 : 13:27 | コメント (0)
2010年01月06日
新年 おめでとうございます。
少し、遅くなってしまいましたが、
新年 明けまして おめでとうございます。
ジャパン美容外科も、おかげさまで、5年目の新年を迎えることができました。
これも、ひとえに、皆様方のご支援の賜物と、深く、感謝しております。
新年早々、うれしい患者様がいらっしゃいました。
太って、お腹が出てしまい、日常生活にも支障を来たし、
何とか、楽にしてほしいと、脂肪吸引に来られた方です。
この方は、あちこちの美容外科で、麻酔が危険である、とか、そもそも脂肪吸引の対象にならない、
等の理由で、断られ続けたそうです。
100kg級の方で、取れるだけの脂肪を取るのは、やはり危険と判断し、安全を考え、とにかく3000ccを目標に、脂肪吸引を、お引き受けすることにしました。
この方は、2度の帝王切開の既往がありますが、2度とも、腰椎麻酔が入らず、全身麻酔で出産されました。
こちらが、術前の写真です。昨年12月に手術を行いました。
硬膜外麻酔も、ぴったりと決まり、手術中の痛みも、ほとんどなく、
出血も、ごく少量で、3100ccの吸引に成功しました。

この方は、今年に入り、他の手術で来院されました。
術後1ヶ月足らずなのに、あまりの効果に、大喜びで、自ら、症例モニターに志願されました。
下腹部に食い込んでいた、帝王切開の傷もフラットになり、前かがみも出来るようになったとのことです。
皮膚が、たるんでいないのが、不思議なくらいです。

当院では、まず、安全第一で施術を行っておりますが、できる限り、患者様のご要望に、お応え出来るように、これからも、頑張ってまいります。
お正月の、東京スカイツリーです。
250mを突破しました。
ベランダから見える、豊洲方面の景色です。
6年前は、左に見える白いビルしかありませんでした。
以前は、東京ディズニーランドが、このベランダから見えましたが、
今では、ディズニーランドはおろか、ディズニーランドの花火も、葛西臨海公園の観覧車も、
視界から消えました。
このエリアの発展は、目を見張るものがあります。
東京は、まだまだ成長を続けます。
最後になりましたが、ジャパン美容外科を、本年度も、どうぞよろしく、お願いいたします。