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2010年02月24日

サリンジャーを読んで 序説

1月27日、アメリカの作家、J.D.サリンジャーが亡くなりました。
彼の代表作、『ライ麦畑で捕まえて』の、日本語訳が出版されたのは、1964年でした。
その当時、若者だった、ニュースキャスターや、新聞のコラムニストたちは、しきりに若い頃を懐かしむコメントを出していました。異口同音に、「もう一度読み返して見たいと思います。」などと言っていました。

私は、この本は読んだことがなかったので、この機会に、自分も読んでみようと思い、方々探してみましたが、あっという間に売り切れになっていました。みんな、考えることは同じです。仕方なく、アマゾンで、中古本を入手しました。

青春のバイブルとも形容されるこの本は、主人公の語り口調に引き込まれ、私も、一気に読んでしまいました。なるほど、名作だと思います。

今回から4回にわたり、私の読書感想文を書いてみます。

私が読んだのは、村上春樹訳の『The Chatcher in the Rye』の方です。
鬱屈した精神を持つ16歳の少年の、3日間の出来事を、350ページに渡り、延々と少年の語り口調で綴られています。原著は200ページだそうです。いったい、どこに向かって話が進んでいくのか、わからなくなりますが、最後の方に現れる、英語教師によって、読者は救われます。
この英語教師の説法は、若者の全ての悩みを解決しうる、明瞭、明快で説得力のあるものです。
その一説です。
『未成熟なるもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ。』

私の解釈では、16歳の少年は、若き日のサリンジャー、そして、この英語教師は、この本を書いた30歳当時のサリンジャーそのものではないでしょうか。

本の内容は、どうでもいいので、この読書によって、私が感じ、考えたことを、次回から3回に分けて、述べてみます。

投稿者 morita1967 : 2010年02月24日 21:23

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