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2010年02月23日

研修医シリーズ ラッキー7??

昨日は、平成22年2月22日、2並びの日でした。

今回は、15年前、平成7年の出来事のお話です。

その日は、日曜日でしたが、研修医には、土曜も日曜もなく、私はいつものように、病院で仕事をしていました。
ある、癌の末期の患者さんが、そろそろ亡くなりそうだと、ナースから連絡が入りました。
その患者の主治医の先生は、その日は、所用で病院に来られず、患者さんが亡くなっても、臨終に立ち会えないかもしれないと、昨日のうちに、家族に説明してあるとのことでした。

やがて、心電図のモニターがフラットになり、私が病室に呼ばれました。
慎重に、死亡確認を行い、死亡の時刻を、家族に告げ、最後に『ご臨終です。』と言って、深々と頭を下げ、病室を後にしました。病院では、ごくありふれた、日常の光景です。

ナースたちが、死後の処置をしているうちに、医師は、死亡診断書を作成しないといけません。
ご遺体が搬送される間、この死亡診断書は、ご遺体と一緒に移動しないといけません。
車が、途中で検問なんかに引っかかって、中に死体があったりすると、とても厄介なことになるからです。

仕事を一時中断し、私は、この患者のカルテを見ながら、死亡診断書の作成を行いました。
そのとき、私は、とんでもないことに気がつきました。こんなこと、本当にあるんだ!と。
驚きと、ある種、喜びにも似た感情がわきあがりました。
しかし、こんな不謹慎なことは、誰にも告げようがありません。

ご遺体のお見送りを済ませた後も、私はまだ、この感動を抑え切れませんでした。
挙動のおかしい私に、ナースが問いかけます。
「先生、何を一人で興奮してんのよ?」
私は答えます。
「それがね、あの患者さん○×△□で、○×△□だったんだよ!」
「え~!それはすごい!!」
みなも、一様に驚きと、ある種の感動を覚えました。

その患者さんは、大正7年7月7日生まれ、お亡くなりになった日は、平成7年7月7日、
その日は、満77歳の誕生日でした。

この後、おそらく、7がずらりと並んだこの死亡診断書は、回っていく、あちこちの部署で、見た人に驚きと感動をわき起こしたのでしょうが、誰も、それを口にできずにいたことでしょう。

投稿者 morita1967 : 2010年02月23日 13:11

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