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2010年02月26日
サリンジャーを読んで 論説二 時代背景
この小説が世に出たのは、1951年、昭和26年のことです。
主人公の少年は、16歳という設定でしたので、日本風に言うと、昭和10年生まれです。
昭和10年生まれと言うと、長島監督や、野村監督、私の父親と、同級生と言うことになります。
しかし、このニューヨーク生まれの主人公の生活環境は、当時の日本人のそれとは、かけ離れています。
この主人公は、16歳なのに、酒もタバコもやっています。
日本が、まだ戦後のごたごたから抜け出せていない時代に、今の東京の若者と、ちっとも変わらない生活ぶりです。
この少年は、アメリカがまだ、日本やドイツと戦争をしている頃に、ローラースケートや自転車を乗り回していました。
社会インフラも、当時の日本とは比べ物になりません。バスや電車も夜遅くまで走っているし、ラウンジの付いた車両まであります。
ゲイの問題や、少数民族、先住民の資料館まであり、禁煙車や、未成年には酒を出さないなどのマナーも、日本では、つい最近になって定着したものが、既に昭和26年には、アメリカでは当たり前のことでした。
私がつくづく感じたのは、日本は、よくもこんな国と戦争なんか起こしたものだ、と言うことです。
もし、当時の日本人のほとんどが、これほどのアメリカとの国力の差を、認識していたなら、誰も戦争に勝てるとは、思わなかったはずです。
言論の自由とか、報道の客観性や中立性などは、本当に大切なことなのです。
言い換えると、言論の自由がなく、報道を統制されている国の国民は、事実を知りません。当時の日本のように、とんでもないことをやらかす可能性があるのです。
そんな国が、日本のすぐ近くにもあるそうですよ。ああ、恐ろしい。
投稿者 morita1967 : 2010年02月26日 17:12