2010年06月04日

おやじギャグ

今日は、ちょっと息抜きで

おやじギャグを言います。

「シャボン玉とんだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
壊れて消えた。

竜巻か!!」

「ブルータス。お前モカ?
僕は、ブレンドでいいよ、シーザー兄さん。」

「羞恥心の三人。鶴野は分かるが、他の二人の区別がつかん。
どっちが藤岡で、どっちが藤巻だあ?」


「あなたが、三代目、スケバン刑事ですか?
聞くところによると、夜な夜な蚊に刺されるそうですね?
  あさかゆいんですう~」

「金ヨナには、かなわんヨナ」


今日は、この辺で。


投稿者 morita1967 : 20:13 | コメント (0)

2010年06月03日

国政を憂う その②

鳩山総理と、小沢幹事長が、刺し違えて双方その座を降りる。
何と言う茶番劇でしょう。
これは、ただ単に、夏の参議院選挙で、民主党の参議院議員の職を確保するための手段なのです。
国会議員の最大の目標は、この国を良くする事でも、明るい未来を作り出すことでもなく、自分の収入を確保することなのです。

その目的のために、国会議員は選挙区の地盤に、利益を誘導します。つまり、税金を、地元のために使い、その見返りに、自分に投票してもらい、自分の職を確保するのです。

山口県には、新幹線の駅が5つもあります。この数は、山口県出身の歴代総理大臣の数と同じです。
山口県の新幹線の駅には、ほとんど『こだま』しか停車しません。その『こだま』もたったの4両編成。
指定席を買う必要は、全くないほど乗客はいません。

岡山と広島の空港は、不便な山の中にあります。
もともとは、岡山にも、広島にも空港があり、便利な市内にあったので、ほとんど不便を感じませんでした。機体が大型化し、長い滑走路がある、新しい空港が必要になったからと言われましたが、既存の空港の滑走路を長くすれば済んだはずでした。
しかし、新しい空港はそれぞれ、岡山は橋本竜太郎の、広島は宮沢喜一の地盤に作られました。

仕分け作業で、熱弁をふるったレンホーちゃんも、2回目になると、借りてきた猫みたいにおとなしくなっていました。
有名になった発言がありましたよね。「世界一を目指す理由は何なのですか?」
はあ~?お前はあほか?そう思いましたよ。
世界で一番高い山は誰でも知っているが、2番目に高い山はほとんどの人が知りません。ITの世界で、一番を目指すのは当たり前のことで、そうでないと、意味がないでしょう。逆に2番以下を目指す理由を知りたいくらいです。こんな発言を、ただのいちゃもんと言います。

しかし、参議院の選挙が近付くと、自身の印象を悪くしないために、物分りのいい、おとなしいキャラに変身していましたね。

今、日本には問題が山積しています。しかし、国会議員にとっては、そんなことは放って置いてでも、選挙に勝つことの方が大事なのです。

選挙に勝つためだけの政治。これが現状でしょう。

「だったら、お前が国会議員をやってみろ!」
そんな声が聞こえてきそうですが、私には、鳩山総理ではありませんが、『腹案』があります。

次回は、そのお話を。

投稿者 morita1967 : 11:12 | コメント (0)

2010年05月31日

国政を憂う その①

日本の政治家は、馬鹿ばっかりだ!
本当にそう思います。

今日は、先進国としては、ありえないくらいに巨額になった、日本の国債を中心に述べて見ます。

日本の国債の発行残高は、約860兆円です。
これに対し、昨年の税収は約36兆円。今年の新規国債発行額は約44兆円です。
これを、分かりやすく、日本太郎さんと言う、架空の人物の家計と、国民銀行と言う、架空の金融機関にたとえて説明します。

日本太郎さんの昨年の年収は360万円。それに対し、今年は、440万円も国民銀号から借金をします。
日本太郎さんの、国民銀行からの借り入れは、総額で8600万円にも膨れ上がっています。
こんなに借金をして、日本太郎さんは、お金を何に使っているかと言うと、自分の庭に、使いもしないダムや、橋や、トンネルや道路、鉄道などの模型を作り続けています。
最近は、収入がめっきり減ったため、借金を、生活の足しにまで、使い始めました。

こんな借金がある人に、普通は、銀行は融資などしないはずですし、既に、返済できるあても無くなっているのは、誰の目にも明らかです。
しかし、日本太郎さんには、何も知らない人のいいおじいさんがいます。

おじいさんは、国民銀行に1億3000万円も預金をしているのです。
いざとなれば、このおじいさんの預金を使って、日本太郎さんの借金を、帳消しにすればいい。
日本太郎さんと、国民銀行の頭取の間では、暗黙の了解があるのです。

日本太郎さんは、政府。
人のいい、何も知らされていないおじいさんは、あなたがた国民。
おじいさんが貯めた国民銀行の預金は、あなたがたが一生懸命に貯めた、郵便貯金や銀行預金。
国民銀行の頭取は、日銀です。


こんな、怖いお話、現実に起こる訳がないと思っていますか?
実は、簡単にできてしまうのです。

日本の国債は、95%を日本国内で消化しています。
アメリカの国債は、日本や中国が大量に購入していますが、日本の国債は、外国人はほとんど買いません。
あなたがたの貯金は、かなりの部分が、融資に回ることなく、国債の購入に当てられています。
政府があなたがたの貯金を、勝手に国債にすり替えてしまっているのです。
なので、日本人の金融資産を目減りさせることで、国債の額面を、紙くず同然にまで下げることが可能になります。
政府と日銀は、既にこの準備に入っていると思います。

国債を帳消しにする方法は、3つほどあります。例えは、ちょっと前、アルゼンチンが行ったデフォルト、債務不履行です。これは、ひたすら、「ゴメンねゴメンね~」と言うだけで、何の保証もありません。
これはやはり、日本国民が黙っていないのと、日本の国際的な信用が失墜するため無理です。

私が考える、国債帳消し法は、インフレとデノミを組み合わせて、徐々に国民の金銭感覚を麻痺させる方法です。これなら、十分に実現可能です。

こんな多額の国債を作り出してしまった国会議員たちは、既に死んでしまっているか、もうじき死を迎える世代です。
自分たちの付けを、後世の世代に丸投げをして、自分たちは何の痛手も受けずに死んでいきます。
自分たちが生きている間がよければ、それでいい。国債だって、立派に社会インフラに生まれ変わって、世の役に立っているじゃないか。この代償を、若い世代が払うのは当然だ。
本当にそう思っているのです。

ならばせめて、国債を減らす方向に改善してから、死んでいけ!
馬鹿国会議員どもよ!


今、皆さんがやらなければならない事は、ご自身の金融資産を、国債から切り離してしまうことです。

このお話は、また別の機会にします。

今日は、ここまで。

投稿者 morita1967 : 10:27 | コメント (0)

2010年05月30日

映画『ボックス』観ました。

今、話題の映画、『ボックス』を見てきました。

高校生の、ボクシング部をテーマにした、青春ドラマです。

ストーリーも、それなりにできていて、2か所くらい、泣けました。

主役級の二人の俳優は、年代ギャップからか、見たことも聞いたこともない人でしたが、いい味出していました。

実は、この映画に、私の知っている人が、出演しています。
「稲村」役の、現役ボクサーです。

ストーリーとは関係なく、ドキドキ、ハラハラしながら観ていました。

台詞は、2か所しかなく、表情での演技がメインでしたが、まるで、明日のジョーの「力石」みたいに、とても好感のもてる、ライバル役を、こなしていました。

映画館の、席の隣の見ず知らずの女性に、
「あの稲村役の俳優、ぼくの知合いなんですよ!」
って、言いたくなるのを、必死でこらえました。

こんな気持ちで、映画を見るのは初めてでした。

やはり、映画のスクリーンの威力は絶大です。
本物の彼よりも、筋肉美が強調され、普段は見たこともない、彼の脚のラインの逞しさも、見事に表現されていました。

彼の所属する、港区のボクシングジムには、もう一人、若手のホープがいます。
電通社員のボクサーです。

二人とも、とても礼儀正しく、見ていてすがすがしい若者です。

「次の試合、頑張ってね!」
と言うと、ボクサーの習性か、二人とも
「がんばります!!」
と言って、ファイティングポーズをとります。

会長の奥さんは、まるで、相撲部屋のおかみさんみたいに、超多忙です。

若い、チャレンジャーは、大好きです。
応援していますよ!!

映画の出来も、なかなかのものですよ。
皆さんも、ぜひ見てみてください。

この映画、見終わると、なぜか、むしょうに、お好み焼きが食べたくなります。

投稿者 morita1967 : 21:19 | コメント (0)

2010年05月25日

二歩で勝つ

我が家のせがれ達は、生まれた時から、パソコンも、インターネットも、携帯電話もありました。
こういった世代を、digital native世代と呼びます。
電子機器の使用方法を習得するのに、抵抗感がなく、ゲームの類の上達度が、早いのが特徴です。

家でも、上の子が幼稚園の頃に、PS2を買いました。子供と、少しでも共通の話題と、一緒に楽しむ時間を作ろうと言うのが狙いでした。
しかし、子供に歯が立ったのは、最初の1週間だけ。
子供は、3日もすると、まるで、自分の手足を動かすかのように、コントローラーで、画面の中のキャラクターを自在に操り出しました。

DSを買ったときも同じ。
下の子はまだ幼稚園を出たばっかりで、解説本の字もろくに読めないのに、私の全く知らない技を駆使して、コテンパンにしてくれました。

最近、下の子がはまり始めたのが将棋。
これなら、まだまだ、私には歯が立たないだろうと、高をくくっていました。

ところが、やはりdigital nativeは違います。こういうゲームの類は、なんでも上達が早いのです。
規則性とか、戦術とか、すぐに気付く才能があるんじゃないでしょうかね。この世代は。

昨夜は、あわや負け寸前まで行きました。
突然、私に奇策がわきました。わざと、息子に歩を打たせるように仕向けてみました。
まんまとはまった息子は、歩を打ちます。
私「それ、待った!」
息子「待ったな~し!!」
私「ほんとに、待ったなし?」
息子「うん、ほんとに、なし」

私「はい、じゃあ、パパの勝~ち!」
息子「何で?」
私「それ、二歩!」
息子「しまったあ~~」

二歩とは、同じ縦の列に、成っていない歩を二つ置くこと。プロの世界でも、最も多い反則負けです。

しかし、今日からはもう、この二歩戦法も、彼には通用しないでしょう。
こんな、姑息な手で勝つなんて・・・

全く、ゲームの類は、子供には頭が上がりません。

投稿者 morita1967 : 10:38 | コメント (0)

2010年05月15日

考察 ダース・ベイダー

今日は、昨日に関連して、映画『スター・ウォーズ』シリーズの、主要キャラクター『ダース・ベイダー』について考えて見ます。

彼は、映画の中で、愛する人のため、悪魔に魂を売ってしまいます。
私は、図らずも、悪魔に魂を売る事態に遭遇するたび、自分がダース・ベイダーになったような気分になり、頭の中では、『インペリアル・マーチ』、別名『ダース・ベイダーのテーマ』の旋律が流れます。

この

ターン・ターン・ターン・タンタ・ターン・タンタ・ターン・ウーン・

と言うリズムは、8分の6拍子で、3連符を二つつなげた、大きな2拍子の形態をとります。
このリズムは、演歌などにも多用され、日本人には、とてもなじみの深い、人気のリズムです。

メロディーは、荘厳で、陰険な感情を含みつつ、不安感を誘うものの、何か、心の底から湧き上がるような、強い勇気を感じさせます。

以前に、夢のお話で、自分がサイボーグになるストーリーを書きましたが、多分に、ダース・ベイダーの印象が強いからだと思います。

そうです。私は、ダース・ベイダーが好きです。

映画『スター・ウォーズ』シリーズは、私が小学校5年生のときに世に出ました。それから、私が高校生の頃にかけ、エピソードⅣ.Ⅴ.Ⅵが相次いで公開されました。
きちんと観たのは、大学生になってからで、レンタルビデオで観ました。
その後、1999年から、順次エピソードⅠ.Ⅱ.Ⅲが製作されました。
順番が入れ替わっているようですが、実は、この順番で、ストーリーは完結していると言えます。

これから、観てみようとする方も、是非、このⅣ.Ⅴ.Ⅵ.Ⅰ.Ⅱ.Ⅲ.と言う順番で観てください。

シリーズ全作品に登場する、主なキャラクターは、このダース・ベイダー、ヨーダ、そして、チューバッカ、R2D2、C3POくらいです。

スター・ウォーズの主人公が、ルーク・スカイウォーカーだと考えている人は多いと思いますが、この物語は、ダース・ベイダーの、成長、堕落、欲望、陰謀、そして善への回帰を中心に描かれていると思います。
いや、絶対にそうです。

ヨーダやチューバッカが主人公であるはずはなく、ましてや、ロボットたちでもないのは明らかです。


結語

映画、『スター・ウォーズ』シリーズの主人公は、『ダース・ベイダー』である。

投稿者 morita1967 : 11:56 | コメント (0)

2010年05月11日

さぬきうどん

私と、讃岐うどんとの出会いは、大学時代までさかのぼります。

大学で出会った香川県出身者は、口々に、「本当にうまいうどんは、讃岐に行かないと食べられない。」と言っていました。
それならと、サークル仲間で、一度食べに行ってみようということになりました。
折りしも、『恐るべき讃岐うどん』と言う本が出版され、ブームに火がつきかけたころでした。

集合は、朝の四時。一行の案内役である、香川県出身者に、「何でこんなに早い集合なのか?」と聞くと、「朝6時から開いているうどん屋さんがあり、そこがまず第一目的地であること。瀬戸大橋を渡ると、通行料が高いから、経費節約のため、フェリーで行くので、時間がかかるから。」との事。

車2台に分乗し、いざ、香川県に向かいました。

この日一日で、7~8件のうどん屋さんを回りましたが、まず第一に驚いたことは、料金の安さです。
安いところでは、1杯40円から食べられました。
次の驚きは、いろんな種類のうどんの食べ方があること。
それからやはり、他で食べるうどんとは、味が全く違い、うまいことです。
農家の軒先のようなうどん屋もあり、客にネギを、畑に取りに生かせて、自分で刻んでのせたりするうどん屋もありました。

個性的なうどん屋を3つ挙げてみます。

まず、『宮武』(みやたけ)。ここの特徴は、うどんと、だし汁の温度を選んで注文するところです。
うどんと、だしが共に温かいうどんは、「あつあつ」。共に冷たければ「ひやひや」。他に、「ひやあつ」とか、「あつひや」と言った、注文をします。

次が、元祖しょうゆうどんの『小縣屋』(おがたや)。注文すると、まず、1/2本くらいの大きさの大根と、おろし金が出てきます。うどんが茹で上がるまで、客は、ひたすら、大根を自らおろして待ちます。うどんは冷たく、これに、おろしたての大根おろしをのせ、スダチの絞り汁と、特性しょうゆをかけてから、つるっと呑み込むように食べます。

値段は、当時、1杯400円。リーズナブルだと思いましたが、香川県民に言わせると、「客に大根をおろさせておいて、400円は高すぎる。これは、観光客が食う値段だ。」
等と、たいそう不満そうでした。

香川県では、「うどんは噛まずに、呑むもんだ」と言われています。
確かに、こういう食べ方の方が、のど越しが味わえます。

以前にも書きましたが、私は、四国の病院に勤務したことがあります。
普通は、胃切除後の患者さんは、消化能力が弱りますので、患者さんに渡す、術後の食事の注意書きには、「食事は、軟らかいものをよく噛んで、少しずつ食べましょう。特にうどんなどは、軟らかく、消化もいいのでお勧めです。」などと書かれていますが、四国では違いました。
さぬきうどんは、硬く、噛まずに食べるものなので、腸でつかえる可能性があるので、「うどんは食べないようにしましょう。」と、書かれていました。

最後に挙げるのは、マイベストセレクト、『山越』(やまごえ)です。
ここの、「釜玉」は、初めて食べたときは、感動しました。

ゆでたてのうどんを、1回冷水で締め、釜で温めたあと、卵と、特性だし汁をからめて食べます。
おかわりを注文する人が多く、「おかわりの際は、同じ箸と どんぶりをご使用ください。」と、壁に注意書きがありました。

このお店は、民家の一部をうどん製麺所と、うどん屋さんにしている程度の広さで、店に入りきれない客は、店の外に座って食べていました。

この味が忘れられず、10年ほど前、まだ広島に住んでいた頃、わざわざこの『山越』のうどんを食べるためだけに、車で瀬戸大橋を渡った事がありました。
このとき、驚いたことがありました。

隣の客は、東京の方で、わざわざこのうどんを食べるために、飛行機で香川空港まで飛んできて、空港からタクシーでこの店にやってきて、この1杯を食べたら、またすぐに飛行機で東京に帰るため、タクシーを、店の前で待たせてある。と言うのです。

私もたいそうなもんだと思いますが、さらに上を行く人がいました。それほど、うまいのです。

連休中に、テレビで、この『山越』が出ていました。
いまや、全国から観光客が訪れる、讃岐うどんの一大ブランド店となっていて、広大な駐車場まで、完備されていました。

今では、東京にも、讃岐うどん店は沢山ありますが、本場とは、味が違います。

なんでもそうだと思いますが、地方で名物と呼ばれる食べ物やが、東京に出店する際は、味や香り、歯ごたえなどが、モディファイされていると言うか、私はある意味、デチューンされていると思います。

私の好きな、九州のラーメンも、地元では、もっと匂いのきつい物です。店の前を通っただけで、ラーメン屋だと分かる、強烈なにおいがします。東京では、さすがに、この匂いは受け入れられないのでしょう。

最近、東京にも、地元九州と同様の香りを、店の外まで放ち続けるラーメン屋を見つけました。『大牟田ラーメンきらら』です。都内に、何店かありますが、ある店の店長に、「この匂いを出して、よくやっていけるね。」(苦情が来ないね、の意味)と聞いたところ、「やはり苦情が多く、これでも、地元の半分くらいに、匂いは抑えている。」のだそうです。

とても気に入って、よく通っています。
ある日、家族でこのラーメン屋に出かけましたが、すっかり東京育ちとなった私の子供たちは、店に入るなり、鼻をつまんでいました。「うっ、くさいっっ」。でも、おいしいのです。このラーメンが。
本場の味と香りです。

残念ながら、讃岐うどんでは、東京には、まだ本場の味を出すお店を見つけていません。

そうだ、私も、得意の日帰り旅行で、香川県まで、うどんを食べに行ってみようかな。

皆さんも、どうですか?

<おわり>

投稿者 morita1967 : 12:09 | コメント (0)

2010年05月06日

九州の運動会

昨日はこどもの日でしたね。

子供の頃の、一番の思いでは、やはり運動会でしょう。

小学校は、父親の仕事の関係で、九州の小学校に通いました。

九州の小学校では、体育の授業では、全員で「ヤー!」と言う掛け声をかけます。
何かにつけて「ヤー!」です。
全員起立で「ヤー!」、右向け右でも「ヤー!」です。
この風習は、全国共通かと、子供の頃は思っていましたが、九州だけのようです。
おそらく、ドイツ語の、イエスを意味する「Ja」(ヤーと発音します。)から来ているのだと思われ、戦争中に広まったと、私は解釈しています。
身近にいる、九州出身者に聞いてみてください。きっと、覚えていると思います。

九州の運動会は、家族総出はもちろん、地域総出で行われます。
子供が小学校に通っていない家庭の人も参加し、前の晩から、壮絶な場所取り合戦が繰り広げられます。
また、運動会には、町長さんはもちろん、警察署長とか、地域の名士と呼ばれる人は、みんな招待されます。

運動会が始まると、観客席のあちこちで、酒盛りが始まります。
お昼休みの、お弁当の時間には、すっかり出来上がっている人が、大勢います。

ひときわ、記憶に残るおじさんがいました。
このおじさんは、誰も、本当は何者なのか、知りませんでした。子供の父兄ではないことは確かです。

しかし、運動会には毎年呼ばれ、来賓席に座って、みんなからお酌をされていました。

午後一番の競技は、PTA参加の、借り物競争です。
そこで、このおじさんの登場となるのです。
この時間までに、このおじさんは、すっかり酔わされています。
トップバッターでスタートするや否や、千鳥足で、観客席に突っ込んだり、コースを逆送したりします。
みんな、やんややんやの大騒ぎです。
ゴールする頃には、毎年趣向を凝らした、こっけいな格好にさせられています。
大人も子供も、腹を抱えて笑いました。

運動会のメインイベントは、高学年全員による、鼓笛隊の行進でした。
私は、鼓笛隊では、指揮者をしていました。また、自慢話してしまいました<笑>。

その後、全国的に、子供の数が減少し、この当時、この町には、6つの小学校と、2つの中学校がありましたが、学校の耐震補強の予算がないことから、それぞれ1つに統合されました。

3年ほど前、この町を訪れる機会がありました。
当時は、子供たちの遊び声が絶えなかった公園には、人っ子一人いませんでした。

その代わりに「マムシに注意」の看板。

もう、運動会で、お酒を飲む父兄もいなくなったそうです。
少し寂しい気もします。

今回は、運動会の思い出話でした。

<おしまい>

投稿者 morita1967 : 18:05 | コメント (0)

2010年05月03日

ゴルフの話

昨日のゴルフ、石川遼は、すごかったですね。

私はゴルフはしませんが、スポーツニュースは見るので、石川遼とか、タイガーウッズのことくらいは知っています。

昨日の石川遼は、記録もさることながら、わざとバンカーに入れて、バーディーを狙うとこなんか、もう異次元の世界です。
今まで、日本人初だとか、賞金王だとか言われてちやほやされていたオジサン選手たちが、束になってかかっても、二十歳の若者に、かなわないのですから。

今までのゴルフは、何だったのでしょう?
でも、この後もきっと、彼を上回るような選手が、次々と出てくることでしょう。今までとは、全く違うプロセスで、ゴルフを練習すれば、彼のようになれることが、立証されたわけですから。

王貞治の後に、王を上回る選手は出てきませんでしたし、今後も出てくることはないでしょう。野球そのものも違ってきていますし、道具も、球場も、ホームランが出にくくなっているからです。
しかし、ゴルフは、今後も、革命的な変化が出てきそうです。

私が医師になりたての頃、先輩の外科医に、よくゴルフに誘われましたが、せっかくの休日を、朝から晩まで、仕事関係者と一緒に過ごすのが、とてももったいないと思ったので、ゴルフはしないことにしました。

ある日、大学の教授が、近くまで来たついでに、顔を覗かせてくれました。一緒に食事でも、と言うことになり、みんなで食事に行きました。

「どうだね、森多君、がんばっておるかね?」
教授は聞きました。
「いやあ、しっかり、がんばってくれていますよ。」
院長は答えます。しかし、私をゴルフに誘う先輩外科医は
「ゴルフの腕前は、まだまだですけどね。」
等と、言わなくてもいいことを言います。

少しカッとなった私は、
「女性に荷物を持たせて、何が紳士のスポーツですか!」
と言ってしまいました。その場の雰囲気はしらけてしまい、以後、私は誰からも、ゴルフに誘われなくなりました。

良かった、良かった。

ゴルフとマージャンをしないおかげで、休日はより多く、家族と共に過ごせます。


タイガーウッズの小話です。

タイガーウッズは、レーシック手術を受けて、視力が回復し、さらにゴルフの腕前を上げました。
レーシックの効果を聞かれたタイガーウッズはこう言ったそうです。

「カップが、バケツに見えるよ!」
「それはすごいじゃないかタイガー」

「でもね、池は海に見えるし、バンカーは砂漠に見える。」

最後に、今日の一句

おじさんの
やる気をなくす
石川遼

投稿者 morita1967 : 23:36 | コメント (0)

2010年05月01日

人生のリバース②

私が医者になった頃、外科医の将来は、3つしかないと教えられ、誰もが本当にそうだと信じていました。

1.大学の医局に残り、ひたすら教授を目指す。

2.勤務医として外科人生を全うし、地域の中核病院の院長か、悪くても副院長、最悪でも外科の主任部長を目指す。

3.勤務医となった後、開業し、時間とお金に不自由しない、QOL重視の生活を送る。もしくは、開業医として、地域医療に貢献し、地位と名声を得る。

以上の3つです。いずれにせよ、大学の医局と、縁を切ると言う選択肢は、ありません。

しかし、私は32歳のときに、この3つの将来に、違和感を持つようになりました。

いづれの目標も、それを達成したら、その後の人生は、フォロースルー、もしくはクールダウンのような生活になってしまっていると感じたのです。

私の出身大学では、母校の教授になることを、人生の最終目標においている人が、教授になるパターンがほとんどでした。教授になったあとは、医局の隆盛、人事、関連病院の維持拡大が、仕事の大半だったように思います。
中核病院の院長もしかりで、病院のマネージメントに追われ、ほとんど、手術室にも顔を出さなくなります。
開業医も、病院の経営が軌道に乗れば、後は、ほとんど趣味に生きる世界のように思いました。

つまり、最後まで、外科の第一線で、バリバリ働き続ける人は、ほとんどいなかったように感じました。
外科人生の晩年は、体力的にもきつくなり、目と手が、若いときほど働かなくなることも一因と考えられますが、やるだけやってしまったあとは、燃え尽きてしまい、本業の外科手術に、興味と情熱がなくなることが、本因だと考えました。
このことは、自分の将来も、同じような結果になるであろうことは、容易に想像できました。

そこで私は、若くて、情熱のあるうちに開業し、一つ何かを成し遂げてから、人生の最後まで、何かに興味を持ち、情熱を傾けられる人生を送りたい、そう思い立ちました。

その後、また勤務医に戻ることもいいだろうし、思い切って、別の職業に変わることも可能だろうと思いました。

つまり、昨日お話しした『人生のリバース』です。

開業する科を、美容外科に選んだ理由は、いろいろありますが、私よりも先に、美容外科で開業した友人の助言があったことが、一番大きな理由でした。

彼の助言はこうでした。

自分の腕さえあれば、確実に成功できること。設備当時が少なくてすむこと。そして何より、自分より能力の低い医者や、自分に好意的でないスタッフに足を引っ張られることなく、非常に成功率の高い医療を行うことができる。などです。

最初は、美容外科は、細かな手術が多いので、自分にはできるだろうか、と言う不安はありましたが、大学の研究で、ほんの少しだけかじった程度ではありましたが、ねずみの血管を、顕微鏡でつなぎ合わせる実験をしていたので、自信はありました。

人生をリバースさせる、もう一つの大きな転機となったのは、医局を去ったことですが、この理由に関しては、たくさんの方にご迷惑がかかると思いますので、書きません。

私の『人生のリバース』が、成功するか失敗するかは、私の人生が、まだ始まったばかりなので、分かりません。

今すぐには、到底不可能ですが、将来は、大学に入り直して、経済学か、哲学を勉強したいと思っています。

この歳で、こういう質問を受けることは、まずありませんが、
人に、『あなたは将来何になるつもりか?』と問われたら、こう答えます。


『まだ、決めていない』

まだまだ、当分この仕事は続けないといけませんが。

<おわり>

投稿者 morita1967 : 17:10 | コメント (0)

2010年04月30日

人生のリバース

連休期間中は、家でのんびり、パソコンでインターネット、と言う方のために、できるだけ毎日、ブログを更新してみようと思います。

今回のテーマは、人生のリバースです。

日経新聞を読むようになって、10年経ちますが、この新聞は、他の大衆紙と違い、記事の掘り下げ方が深く、中身が濃いと思います。最初は難しい内容が多いので、慣れるのに時間がかかると思いますが、是非読んでみてください。きっと皆さんの人生の役に立つと思います。

日経新聞を読むようになって、考え方が変わったと言っても過言ではありません。
ある意味、私の人生のテーマとなった『リバース』と言う言葉も、この新聞からヒントを得た発想です。
以下の内容は、全て日経新聞から得た知識を基にしています。

まず、リパースと言う言葉に、興味を持つきっかけになったのが、リバースモーゲイジというシステムです。

家をローンで購入し、ローンの返済が終わり、定年を迎え、収入が少なくなった時点で、この家を担保に、金融機関から融資を得るシステムです。
資金は、毎月の生活費の補足として、年金の形で、一定額が支給されます。亡くなった時点でこの家は金融機関のものとなり、売却され、金融機関にお金が入ります。
このシステムのリスクは2つ、予定より早く死んでしまった場合は、もらえる年金額が減ります。それから予定より長生きした場合。長生きした期間は、年金がもらえません。

子供に資産を残す必要がない場合は、とてもいい仕組みだと思います。

次に、人生の、ありきたりのコースから外れ、通常の人生サイクルの順序を入れ替えてしまった、『人生のリバース』を実行した人の話を3つ。

まずは、70年代、広島カープと南海ホークスに在籍した、アメリカ人のプロ野球選手、ゲイル・ホプキンスです。

彼は、大学を卒業後、プロ野球選手となり、日米で活躍しました。しかし、彼にはもう一つの夢がありました。医者になりたかったのです。試合前に、医学書を読んでいた、など、今でも残る逸話があります。
彼は、引退後、大学に再入学し、見事、医師免許を取得します。40代で医師となったホプキンスは、50代で、整形外科のクリニックを開業します。その他にも、彼には聖書学者としての一面もあり、大学で、聖書学を教えているそうです。

人生、何歳からでも挑戦はできるのだ、と強く感じました。

次に、サッカーの中田英寿。

彼は、高校時代、勉強もできたらしく、周囲に強く大学進学を勧められたそうです。しかし彼は、大学に進学するよりも、高校卒業の時点でプロになったほうが、生涯獲得賃金が高くなると判断しました。大学は、引退後でもいける、そう思ったのです。この判断は、彼がまだ若いので、正しかったかどうかは分かりませんが、今では、世界的な有名人になり、大企業の役員もしています。

大学に入学したと言う話は、まだ聞いていませんが。

最後に、世界最高齢出産を成し遂げたルーマニア人女性、アドリアナ・イリエスクさんです。

彼女は、大学卒業後、結婚も、家庭を持つこともせず、ひたすら研究を続け、大学の教授まで上り詰め、定年で退職しました。
しかし、母親になりたい、と言う希望は持ち続けていたようです。第3者からの卵子の提供を受け、人工授精した受精卵を子宮に移し、無事66歳で出産しました。

人間の寿命が次第に長くなったことで、何歳からでも、人生がリセットできるのではないかとさえ思います。

先進国では、少子高齢化が既に始まり、中国などの新興国でも、じきに先進国の後を追い始め、少子化社会が始まります。少子高齢化が、別にたいした問題ではなく、むしろ好ましいと思う人がいるかもしれませんが、私は、この現象に歯止めをかける発案をします。

高校卒業、大学進学、就職、結婚、出産と子育て、子育てが終わるとすぐにリタイア、老後、と言う人生のサイクルの順番を変えるのです。

高校を卒業し、結婚してもしなくてもいいので、まずは子供を産み育てます。もちろん男性も、両親も、子育てを支援します。
その後、大学に進学し、就職します。
子供が自立する頃には、まだ40代前半。まだまだ若いうちに、自由で、元気な期間が長くもてます。
仕事に邁進するもよし、好きなことに没頭するもよし、早々とリタイヤし、長ーい老後を謳歌するもよし。

子育ての支援を国や地域が行い、生活費まで面倒を見てくれる奨学金制度の設立があれば、誰にだってできます。

どうですか?この案。
ぜひ、ご意見をお聞かせください。

次回は、私に起こった、『人生のリバース』についてです。

<つづく>

投稿者 morita1967 : 18:04 | コメント (1)

2010年04月08日

春らしくなってきました。

今朝、今年初めて、ツバメの飛ぶ姿を見ました。
桜は満開を迎えたのに、東京は肌寒く、ようやく春を迎えたような気がしました。

今回は、最近撮った写真を並べてみようと思います。

先日、建設中の東京スカイツリーが、東京タワーを抜き、日本一高い建物になりました。
我が家からの眺めも、かなりはっきりとわかるようになりました。
ちなみに、我が家からは、東京タワーも、ビルのすき間から、かろうじて見えます。
ここ数年の東京のビル建築の速度はすさまじく、一気に視界が狭くなったと感じます。

東京スカイツリー338m.JPG  東京タワー.JPG

日曜日には、家族でボーリングに行きました。
私のベストスコアは165でしたが、3ゲームめには、せがれに抜かれました。
もうすぐ、身長も、抜かれます。

ボーリング.JPG

屋形船をバックに、桜を撮ってみました。
東京の人は、桜が大好きですね。本当にそこかしこに植えられています。
ソメイヨシノは、クローンで作られているので、種ができません。遺伝子が同じなので、性質も同じ、なので、一斉に咲きます。成長は早いが、寿命が短いのが欠点です。
ちなみに、奈良の吉野の桜は、天然の木なので、それぞれが違った色をして、まばらに咲き始めます。

屋形船と桜.JPG

今朝の浜離宮です。通勤途中に寄って、お散歩してきました。
この時期、中央区のかたは、無料で入園できます。
築地市場を見て、この公園を散策する欧米人が、多くいます。

今朝の浜離宮.JPG


お知らせです。
今年のゴールデンウイークは、日並びがよく、例年に増して、混雑が予想されます。

ゴールデンウイーク期間に、手術をお考えの方は、
どうぞ、お早めに、カウンセリングにお越しください。

投稿者 morita1967 : 17:46 | コメント (0)

2010年04月07日

木村 拓也さん亡くなる

残念ながら、ジャイアンツの木村コーチ、亡くなりました。

若い方の、突然の死は、ショックです。

言葉もありません。

謹んで、ご冥福を、お祈りいたします。

投稿者 morita1967 : 22:53 | コメント (0)

2010年04月03日

木村拓也コーチ倒れる

昨夜、テレビでプロ野球のナイトゲームを見ていて、びっくりしました。
ジャイアンツの木村拓也コーチが、試合開始前のノック中に突然倒れたのでした。
報道によると、当初は、胸を押さえていたので、心臓発作かと思われましたが、くも膜下出血との事でした。

私は、6年前に東京に出てくる前は、広島に住んでいました。

9年前のちょうど今頃、木村コーチも広島カープの一員で、一度だけお会いし、お話をさせてもらったことがあります。
キャンプ、オープン戦と続き、開幕前の時期だったと記憶しています。

広島では、カープのキムタクといえば、誰でも知っている人気選手でした。
第一印象は、まず、思ったよりもずいぶんと小さい方だと思いました。
背丈は、私より少し小さいくらいで、上半身はきゃしゃで、その当時80kg以上あった私は、腕相撲すれば、勝てるんじゃないか、位に思いました。
ただ、顔は日焼けして真っ黒、手のひらは豆だらけ、特に腰から下の下半身の筋肉の付き方は尋常ではなく、プロのアスリートは、こんなにも逞しいのかと、感動さえ覚えました。
人柄も、テレビで見るのと同じで、はきはきとして、とても感じのいい好青年でした。

とても美しい奥さんは、当時一人目のお子さんを妊娠中でした。

そのとき、知人に頼まれて、サイン色紙を4枚も持っていき、サインをお願いしましたが、快く、一つ一つ丁寧に書いてくれ、それぞれに、依頼者の名前を
「○○さん江」とまで、入れてくれました。
帰宅してから、家内に、どうしてうちの子のサインがないのよ?と問いただされましたが、「俺はジャイアンツファンだ」等と言ったのを、今でも覚えています。

その後、キムタクはジャイアンツの一員となり、ピッチャー以外の全てのポジションと、全ての打順をこなすマルチプレーヤーとして活躍し、昨年現役を引退しました。
昨年は、突然キャッチャーを任されたり、日本シリーズではファーストでファインプレーをするなど、まだ記憶に新しいところです。

やはり、9年前に、自分もサインをもらっておけばよかったと思います。

今年から、コーチとして活躍し、若手選手からの人望も厚く、プロ野球新人選手研修会では、講演も行ったと聞きます。

木村コーチの、一日も早い回復をお祈りしております。

キムタク!ガンバレッ!!

投稿者 morita1967 : 12:44 | コメント (0)

2010年04月01日

リッツの10周年記念パーティーにて

先日、3月7日の日曜に、リッツ美容外科さんの10周年記念パーティーに、お招きをいただきました。
おそらく、総勢200名以上の参加者で、盛大に行われました。

スペシャルゲストは、西城秀樹さんで、生で、迫力のある歌を聞かせていただきました。

私のテーブルには、
城本クリニック院長、森上先生
聖心美容外科、統括部長、鎌倉先生
品川美容外科院長、綿引先生
銀座みゆき通り美容外科院長、水谷先生など、
そうそうたる顔ぶれの先生方がいらっしゃいました。

中でも、品川の綿引先生には、お会いするのは初めてでしたので、ご挨拶に伺い、お名刺を交換させていただきました。

こちらから、
「先生のところと、うちとは価格帯が似通っていますので、多くの患者さんが、品川さんとうちを、行ったり来たりしています。」
と申し上げたところ、
綿引先生から、
「それじゃあ、先生には、ずいぶんとご迷惑をおかけしているかもしれませんな。今後ともよろしくお願いします。」
と、お言葉をいただきました。
とんでもない、こちらこそ、ご迷惑をおかけしていると思います。こちらの方こそ、今後ともよろしくお願いします。と、申し上げました。

なんとも、腰の低い、穏やかで、丁寧な方だなあと、感心しました。

さらに驚いたことに、翌日の朝一番に、綿引先生からメールが届きました。
昨日はありがとう、今後ともよろしくとの内容でした。

あまりの感動に、開業前からの知り合いの、品川のドクターに、この話をしたところ、
綿引先生は、本当にあのまんまの方で、誰とあってもその態度を変えることはなく、いつも低姿勢で、丁寧に対応をなさる。自分も、一生付いていってもいいと思える、稀有な方だと思う。
との事でした。

実るほど
頭を垂れる
稲穂かな

全く、頭の下がる思いをしました。

投稿者 morita1967 : 13:51 | コメント (0)

2010年03月23日

オホーツクにて あわや遭難?

先日、ちょっとした所用で、北海道の紋別に行ってきました。

その日は、日本中、すごい嵐のような風が吹き荒れていて、関東でも、けが人が出るほどで、そもそも飛行機が飛ぶのか心配でしたが、羽田をすんなりと離陸しました。
しかし、着陸地の紋別は、まさにその低気圧の中心が通過中で、着陸の際は、今まで経験したことがない程揺れました。
無理に着陸せず、引き返してもいいとさえ思うくらいのゆれでした。
着陸の際、進入速度もかなり速かったようで、逆噴射のとき、つんのめって、前の座席の背もたれに、頭を打ちそうになりました。あ~怖かった。
ホテルにチェックインするときも、フロントの人が、今日は飛行機は飛んで来ないと思っていたと、言っていました。

B737.JPG


とりあえず、観光でもしてみようと、オホーツクタワーに向かいました。地図で観ると、歩いていけるほどの距離なので、せっかくだから、北海道の大地を体験してみることにしました。ご覧のような雪原の中の道を進みました。


紋別・雪原.JPG


途中から、体ごと、海まで持っていかれそうな強風が吹き荒れ始め、歩くのが、怖いほどになりました。車は、時折通りかかりましたが、人っ子一人、歩いてはいませんでした。同行した彼が、目的地は、もう見えているので、このまま道なりに歩いていかず、雪原を直線的に横切って、ショートカットしようと言い出しました。
その雪原には、野球のバックネットもあって、見るからにグラウンドのようだったので、それはいい考えだと、私も同意し、雪原に足を踏み入れました。

まず、歩道を横切り、雪の上を歩き始めて3mほど進んだところで、彼より10kgほど体重が重い私の左足が、雪を踏み抜き、ズボッと股関節あたりまで埋もれてしまいました。
しかも、ひざから下は、自由に動き、冷たい水の中にありました。私は、とっさに仰向けに倒れ、左足を何とか雪から引き抜き、うつ伏せになり、匍匐(ほふく)前進をしながら、歩道まで逃れました。
表面だけ凍って、雪が降り積もった池の上を、歩いていたわけです。片足ですんだから良かったものの、池がどれくらい深いのだろうかと考えると、冷や汗物でした。

ショートカットを提案した彼は、私の悲鳴を聞いてすぐに避難し、難を逃れました。
靴の中まで、チャポチャポと音のする状態で、オホーツクタワーまで歩きました。左足は、凍傷になるかと思いましたが、意外とポカポカしていました。

クリオネです。北の海の定番ですね。

クリオネ.JPG

海底窓から見える、イソギンチャクです。

海底のイソギンチャク.JPG

展望台からの景色です。晴れた日には、知床半島が見えるそうです。

オホーツク海.JPG

夕食は、かに三昧、もうしばらくは、かにも見たくないくらい、お腹いっぱいになりました。
一番は、ズワイガニのしゃぶしゃぶでしたね。これは、一人丸ごと一匹付いていた毛蟹です。

毛蟹.JPG


温泉は、露天風呂で、私の頭には、雪が積もっていました。

翌日は、無事、用事を済ませ、空港に向かいました。雪が降っていましたが、飛行機は無事、羽田から到着し、その飛行機に乗って、東京へと向かいました。
このオホーツク・紋別空港は、一日、羽田からの1往復しかありませんが、立派な空港です。

オホーツク・紋別空港.JPG

雪焼けと、砂交じりの風雪に洗われ、まだ、顔が赤くひりひりしています。

投稿者 morita1967 : 16:56 | コメント (1)

2010年03月09日

南国 土佐の思い出

最近は、NHKの大河ドラマの影響で、高知県が頻繁に話題に上がります。
そのせいで、最近ふと思い出した笑い話を、今日は書いてみます。

大学生のとき、一人で、オートバイに乗って、四国一周、一週間の旅に出たことがあります。
高知市に宿泊した夜、一人で飲みに、繁華街に繰り出しました。
居酒屋で、隣に座った現地のおじさんと、意気投合し、ご馳走になりました。

カツオのたたきの肩に、包丁で切れ込みが入れてあるのをご存知ですか?
実は、ここには、薄切りにしたニンニクのスライスを挟み込んで食べるためのものなのです。
高知では、ハマチのお刺身にも、この切れ込みが入れてあり、ニンニクをはさんで食べます。
このとき、板前さんに教えてもらった豆知識です。

このおじさんと、高知県の習慣の、返杯と言う儀式にのっとり、日本酒を冷で、ぐい飲みでの一気飲みを繰り返しました。とにかく、一つのぐい飲みで、お互いに飲み交わすわけです。自分が早く飲み干さないと、相手が飲めないと文句を言ってきます。かなり酔っ払ってしまいました。

この店を出て、おじさんの行きつけのカラオケスナックに行きました。
この店に、トイレはなく、客は、この店の横の公園の公衆トイレで用を足していました。
しばらくして、このおじさんが、いなくなっていることに気がつきました。
さすがに、おじさんも酔っ払って、私の分まで支払いを済ませ、既に帰ったとのことでした。
スナックのママに、あのおじさんは、いい人だねえ~。などというと、向こうも、かなりあんたのことが気に入っていたよとの事。
ホテルは、どの方向に行けばいいのかたずねたところ、この店のすぐ先だから、歩いて帰っても大丈夫だと言われました。私が、どれほど酔っ払っていたかは、ママには分かっていなかったみたいです。

この店を出て、自分が道に迷っていると気付くまでの間の記憶はありません。

既に、かなりの時間が経っていたと思われます。私は、人通りもない、真っ暗な通りに、一人で立ち尽くしていました。疲れて、歩けなくなったところで、ふとわれに返ったのです。

どうしたらいいか、全く考えが浮かばなかったので、近くにあった電話ボックスから、当時、まだ交際中だった家内に電話をかけました。家内は、こう言いました。警察に電話しなさいと。
「あんた、いい事言うねえ~」
早速110番。パトカーで迎えに来てくれと、お願いしました。しかし、おまわりさんは冷たい!そんなことにパトカーは使えないと断られましたが、こう言ってくれました。タクシーを拾って、ホテルの名前を言えば、連れて帰ってくれると。
「おまわりさんも、いい事言うねえ~~」

早速、タクシーを拾おうとしましたが、この酔っ払いに、タクシーたちは乗車拒否!誰も乗っけてくれません。しばらく歩いたところで、踏み切りに行き着きました。そこで、妙案が浮かびます。踏み切りは、一旦停止。これは、夜中でも、高知でも、回送のタクシーでも、全国共通のルールです。

踏み切りの影に身を潜め、タクシーを待ちます。そこに通りがかったタクシーが、一旦停車したところで、タクシーの前に立ちはだかりました。だあ~!!びっくりして止まったタクシーの運転手に、とにかく乗っけてくれと、懇願しました。

やっとのことでタクシーにたどり着いたところで、運転手に、これまでのいきさつを話し、ここはどこか聞いてみました。返った答えは、
「ゴメンです。」
何だあ~!、口も利きたくないって事かあ、は~ん?
「後免の手前です。」
ああ、ゴメンって地名なのね。
「それにしても、お客さん、よく歩きましたねえ」
運転手さんは、感心していたのか、呆れていたのかは分かりません。
とにかく、無事にホテルまで送り届けてくれました。

ホテルに帰りついた頃は、ほろ酔い加減になっていました。風呂にも入り、フロントのお姉ちゃんに、その日の出来事を話し、笑わせたりしました。

翌日、二日酔いで痛い頭を抱えながら、ホテルの前で、バイクに荷物をくくりつけていました。
すると、目の前に公園のトイレ。なんと、カラオケスナックから用を足しに通った、まさにその公園の公衆トイレがあるではありませんか。あまりの驚きで、ひっくり返りました。

この話を、大学に戻って、高知の出身者にしたところ、嘘だろうと言って聞きません。
高知市街から、後免までは、歩ける距離ではないと言うのです。
じゃあ、あのタクシーの運転手は、本当に、私とは、口も聞きたくなかったのですかね?
「ゴメンです」

それとも、本当に私が、後免まで歩いたのでしょうかね?

それとも、実はあの夜、私は、宇宙人にUFOで・・・?

真相は、謎のまま・・・

投稿者 morita1967 : 15:13 | コメント (0)

2010年03月04日

腹の立つ話 

ずいぶん前の話になりますが、ある方が、カウンセリングにお越しになりました。

医療機関には、守秘義務がございますので、この方の、年齢、性別、診療内容は控えさせていただきます。

ひととおり、治療の説明を終えたあと、この方が、話し始めました。
「どうして、私がこのクリニックを選んだか、教えてあげましょうか?」
少し、興味があったので、一応聞いてみました。
「どうしてですか?」
すると、この方は、
「先生は、公務員の経験がおありでしょ?美容整形では、なかなか、公務員の経験のあるお医者さんがいないんですよ。公務員をやってたってことは、しっかりとした経歴の方だと思い、ここを選びました。」
そういえば、大学病院と市民病院にいた頃は、確かに公務員だなあ、しかし、そんなこと、たいしたことではないと思った私は、
「ああ、そうですか」
と、一応、相槌程度に返事をしましたが、この方は話し続けます。
「どうして、先生が、公務員をしてらっしゃったのが、分かったと思います?」
私は、
「私の経歴なんて、あちこちに載っていますし、少し調べれば、誰にでも分かるんじゃないですか?」
と答えました。
この方は、少し、身を乗り出して、またべらべらと話し続けます。以下は、その内容です。

この方は、社会保険庁の元職員でした。
社会保険庁の、個人の年金記録のデータベースにログインするための、IDとパスワードが、この方の退職後も、有効のままになっていました。
このIDとパスワードを使い、自宅のパソコンから、社会保険庁のデータベースにアクセスし、個人の情報を、盗み見していたのです。
私の年金記録も、氏名と生年月日が分かれば、簡単に閲覧できたのだそうです。

さらに続けます。
[先生も、もし、調べてほしい人がいたら、言ってください。その方の年金記録から、過去の職業まで、みんな教えて差し上げます。」
目が点になって、激しい怒りがこみ上げました。しかし、この方は、反省するどころか、
「政治家や、有名人の、年金未納が発覚したのも、みんな、私たちが、こうやって調べてあげたからなんですよ!」
調べてあ・げ・た・だなんて!
もう、正義の見方気取りです。これっぽっちも、犯罪を犯していると言う認識すらありません。
私は、きっぱりとお断りし、これは犯罪行為だと告げました。

しかも、この犯罪行為を、この方は、お金をもらってやっていた節があります。
「これで、結構なお小遣いになるんですよ」と。

その後、この方からは、何の連絡も入らなかったので、単に、ご自身のサイドビジネスの売り込みに来ただけだったようです。
全く、腹の立つ話でした。

社会保険庁の中にも、まじめに働く者もたくさんいたのでしょうが、このような、一握りの不逞の輩が、組織全体のイメージダウンにつながるのですね。


ここで、一つお知らせがあります。
ジャパン美容外科では、ただいま、看護師を一名募集しています。

当院は、自分で言うのもなんですが、とても居心地のいいクリニックです。
売り上げのノルマもありませんし、
化粧品の押し売りなんかも、やらなくて結構です。

詳細は、当院ホームページのインフォメーションをご覧ください。

ご興味のある方は、是非、こちらのメールアドレスまで、ご連絡ください。
info@japan-cs.jp

ご連絡、お待ちしております。

投稿者 morita1967 : 22:07 | コメント (0)

2010年03月02日

サリンジャーを読んで 論説三 反省しない国アメリカ

この小説が出版された、昭和26年当時、アメリカは、朝鮮半島で戦争の真っ最中でした。
その6年前まで、アメリカは、ヨーロッパやアジアで、ドイツや日本と戦争をしていました。
しかし、この小説の中では、アメリカが戦時下にあると思わせる雰囲気が、全くありません。

それもそのはず、アメリカは、南北戦争以降、自国の領土内での戦争を、経験していないのです。
リメンバー・パールハーバーとアメリカ人はよく言いますが、唯一の、自国の領土が外国から侵略されたとされる真珠湾攻撃も、本土から遠く離れた島で起こり、民間人の死者も100人あまりです。

第二次大戦で、国土が本格的な戦場となった、ソ連、中国、ポーランド、ドイツなどは、100万人以上の民間人が、犠牲になっています。そのほかにも、空襲と言う、無差別爆撃を受けた、フランス、イギリス、日本、なども、数十万人の、民間人が死んでいます。
しかし、アメリカの民間人の死者は、1000人にもなりません。

その後も、アメリカは、ベトナム、イラク、アフガニスタンなどで、戦争をしていますが、民間人の死亡者は、ほとんどいません。
つまり、アメリカの一般国民は、戦争の悲惨さを、ほとんど理解していないのです。

第二次大戦で、多数の民間人の犠牲者を出した国々は、真剣に反省をし、戦争の悲惨さを後世の世代に伝えてきましたが、アメリカは、全くといっていいほど、反省をしていません。
日本への、原子爆弾の投下も、戦争の終結がとっくに決まっている時点で行われています。戦後の世界構成を考え、ソ連と中国を威圧するために、原爆は投下されたのです。
なのに、アメリカでは、日本との戦争を、早く終結させるために、必要であったと、教科書で教えています。

イラクに侵攻した際も、大義名分は、イラクが大量破壊兵器を製造し、保有しているから、ということでしたが、イラクを占領したあとで、国中を探しても、そんなものは出てきませんでした。
サダム・フセインを捕まえて、彼の口の中まで隈なく捜しても、何にも出てこなかったじゃないですか。
当初は、イラクの石油の利権を手に入れるためかとも思われましたが、イラクからの撤退を早々に決め、石油の利権も、放棄しています。
ただ、イラクを混乱に陥れ、政治的な不安定を作り出すためだけの目的で、戦争を一方的に起こしたのです。

そもそも、アメリカで起こった同時多発テロは、本当にテロですか?
ペンタゴンに突っ込んだのは、本当にハイジャックされた旅客機でしょうか?ペンタゴンに旅客機の残骸などはなかったじゃないですか。乗客が、操縦室に乗り込み、自ら墜落させた旅客機の、墜落現場は、どこですか?飛行機の燃料が燃える熱だけで、ビルがあんなにキレイに倒壊しますか?
そもそも、オサマ・ビン・ラーディンなる人物は、本当に生きていると思いますか?
私は、全く信じていません。

アメリカは、多民族国家なので、常に国外に敵を作り、戦争を起こすことで、国家を一つにまとめる必要があると、考えている人もいますが、これも、違っていると思います。

アメリカは、常に世界に、混乱と、秩序の不安定を作り出し、何かをごまかすために、戦争をしているのだと、私は考えます。
その何かは、良かったら、皆さんも考えてみてください。

今回で、サリンジャーを読んでの、読書感想文は、終わりにします。
お読みいただき、ありがとうございました。

確定申告のシーズンが終わりましたら、また、いつもの釣り仲間と、今年のシーズンが始まる予定です。ご期待ください。

投稿者 morita1967 : 22:03 | コメント (0)

2010年02月26日

サリンジャーを読んで 論説二 時代背景

この小説が世に出たのは、1951年、昭和26年のことです。
主人公の少年は、16歳という設定でしたので、日本風に言うと、昭和10年生まれです。
昭和10年生まれと言うと、長島監督や、野村監督、私の父親と、同級生と言うことになります。

しかし、このニューヨーク生まれの主人公の生活環境は、当時の日本人のそれとは、かけ離れています。
この主人公は、16歳なのに、酒もタバコもやっています。
日本が、まだ戦後のごたごたから抜け出せていない時代に、今の東京の若者と、ちっとも変わらない生活ぶりです。
この少年は、アメリカがまだ、日本やドイツと戦争をしている頃に、ローラースケートや自転車を乗り回していました。
社会インフラも、当時の日本とは比べ物になりません。バスや電車も夜遅くまで走っているし、ラウンジの付いた車両まであります。
ゲイの問題や、少数民族、先住民の資料館まであり、禁煙車や、未成年には酒を出さないなどのマナーも、日本では、つい最近になって定着したものが、既に昭和26年には、アメリカでは当たり前のことでした。

私がつくづく感じたのは、日本は、よくもこんな国と戦争なんか起こしたものだ、と言うことです。
もし、当時の日本人のほとんどが、これほどのアメリカとの国力の差を、認識していたなら、誰も戦争に勝てるとは、思わなかったはずです。
言論の自由とか、報道の客観性や中立性などは、本当に大切なことなのです。

言い換えると、言論の自由がなく、報道を統制されている国の国民は、事実を知りません。当時の日本のように、とんでもないことをやらかす可能性があるのです。
そんな国が、日本のすぐ近くにもあるそうですよ。ああ、恐ろしい。

投稿者 morita1967 : 17:12 | コメント (0)

2010年02月25日

サリンジャーを読んで 論説一 邦題について

よく、外国語の小説や、映画のタイトルを、日本語のタイトル、つまり邦題に置き換えているのを目にしますが、私は、あまり好きではありません。
映画評論家の浜村純が、最近の外国映画のタイトルが、原題をカタカナで置き換えただけの物が増えているが、もっといい邦題がないものかと、嘆いていますが、私は全く逆の意見です。
タイトルは、原題に忠実であるべきだと思いますし、邦題が、原作と全くかけ離れているものや、原作の内容をスポイルしてしまっているものさえあるからです。

例えば、ミッション・インポシブル。邦題は『スパイ大作戦』、笑っちゃいます。
トワイライトゾーンは『ミステリーゾーン』。そのまんまの方がよっぽど良いですよ。
極めつけは、グレゴリー・ペック主演の、黒人差別を題材にした、社会派映画、To Kill a Mockingbird。
邦題は『アラバマ物語』。確かに舞台はアラバマ州でしたが、これではまるで西部劇みたいです。
フォレスト・ガンプも、そのあとに、『一期一会』なんて要りません。

Gone with the Windの、『風と共に去りぬ』なんかは、文法的にも正しく、まれに見る名邦題だとは思います。

サリンジャーの名作『ライ麦畑で捕まえて』の、原題は『The Catcher in the Rye』です。
どうしてこのタイトルかというと、主人公が、妹に、将来何になるつもりかと問いただされた時、口からでまかせで、「 ライ麦畑で遊んでいる子供たちが、崖から落ちないように、子供をつかみ上げる人」になりたい、と言ったところから付けられています。
この邦題では、まるで、誰かさんと誰かさんが、麦畑でチュッチュでもしているみたいな、陳腐な恋愛小説のタイトルみたいに聞こえます。
ない方がましです。


こんなこと考えるの
わたしだけでしょうか?

ど~で~も い~いで~すよ♪
ですか?

投稿者 morita1967 : 17:01 | コメント (0)

2010年02月24日

サリンジャーを読んで 序説

1月27日、アメリカの作家、J.D.サリンジャーが亡くなりました。
彼の代表作、『ライ麦畑で捕まえて』の、日本語訳が出版されたのは、1964年でした。
その当時、若者だった、ニュースキャスターや、新聞のコラムニストたちは、しきりに若い頃を懐かしむコメントを出していました。異口同音に、「もう一度読み返して見たいと思います。」などと言っていました。

私は、この本は読んだことがなかったので、この機会に、自分も読んでみようと思い、方々探してみましたが、あっという間に売り切れになっていました。みんな、考えることは同じです。仕方なく、アマゾンで、中古本を入手しました。

青春のバイブルとも形容されるこの本は、主人公の語り口調に引き込まれ、私も、一気に読んでしまいました。なるほど、名作だと思います。

今回から4回にわたり、私の読書感想文を書いてみます。

私が読んだのは、村上春樹訳の『The Chatcher in the Rye』の方です。
鬱屈した精神を持つ16歳の少年の、3日間の出来事を、350ページに渡り、延々と少年の語り口調で綴られています。原著は200ページだそうです。いったい、どこに向かって話が進んでいくのか、わからなくなりますが、最後の方に現れる、英語教師によって、読者は救われます。
この英語教師の説法は、若者の全ての悩みを解決しうる、明瞭、明快で説得力のあるものです。
その一説です。
『未成熟なるもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ。』

私の解釈では、16歳の少年は、若き日のサリンジャー、そして、この英語教師は、この本を書いた30歳当時のサリンジャーそのものではないでしょうか。

本の内容は、どうでもいいので、この読書によって、私が感じ、考えたことを、次回から3回に分けて、述べてみます。

投稿者 morita1967 : 21:23 | コメント (0)

2010年02月17日

沈丁花に想う

もうじき、街角では、沈丁花(じんちょうげ)の香りが、漂い始めることでしょう。この花の名は、共に香りの良い、沈香(じんこう)と、丁字(ちょうじ)から、名づけられたそうです。

沈丁花は、小さな木です。木 自体には存在感が薄く、花が咲いても、それと気づくことはありませんが、香りは、遠くからでも感じ取ることができます。

沈丁花の香りは、春の訪れを、真っ先に知らせてくれます。
やはり、今年もまた、春はやってくるのだと、感じさせられます。

この花の香りをかげば、私の一年はリセットされます。
お正月や、クリスマスや、誕生日や、結婚記念日でもなく、桜や、ひまわりや、紅葉でもなく、沈丁花の香りです。

この一年の、良い行いや、悪事も、過去に起こった出来事も全て、私はちゃんと見ていますよと、そういう声が聞こえて来るような気がします。
どんなに境遇の悪い人にも、落ち込んでしまって、どうしようもなくなっている人にも、必ず、季節はめぐってくるのです。

大学生の頃、酒屋で配達のアルバイトをしていました。
この酒屋のご主人は、何の変哲もない、その辺にいるただのおっさんでしたが、短歌を嗜んでいました。

そのご主人が、月刊PCに投稿した句を二つ、紹介します。短歌の専門誌でないところが、また面白かったりしました。

梅の花 コブシ モクレン 八重桜
花に追われて 勇気の電話

さようなら 明日の歌を詠うんだ
君への歌は 詠いつくした

この頃は、こんなおっさんでも、恋心を短歌に詠んだりするんだと、いたく感銘しましたが、
私も、年を取るにつれ、いろんな意味で、やはり、何歳になっても、色気を持ち続けないといけないと、思うようになりました。

人生は、何のためにあるのか?と言う問いかけに、皆さんは、どう答えますか?
私は、明確な答えを持っています。

あるイタリア人が言っていました。
マンジャーレ カンターレ アモーレ!
食べて 歌って 恋をして! です。


私の答えは、こうです。
『人生は、楽しむためにある。』

投稿者 morita1967 : 12:24 | コメント (0)

2010年02月13日

雪に想うこと

毎日、寒い日が続きますね。
今年は、東京でも何度か雪が降りました。

雪を見ると、一番に思い出される句があります。
北原白秋の句です。高1の時の、現代国語の教科書に載っていました。

君帰す
朝の敷石 サクサクと
雪よ 林檎の香の如く降れ

北原白秋は、駆け出しの頃、隣家の既婚の女性と、不倫関係にありました。
この当時、この国には、昭和22年に廃止されるまで、姦通罪と言う罪がありました。
既婚の女性が、夫以外の男性と関係を持ったとき、この女性と、関係した男性に課せられる罪です。
不公平なことに、夫が浮気をしても、この罪は課せられませんでした。
北原白秋は、この件で、女性の夫に告発され、一時収監されます。

夜半に、この女性は、白秋宅を訪れ、一夜を共にします。
そして、また、夜明け前に、人目を避けるように、一人で帰っていきます。
白秋は、見送ることもできず、一人、外の音が聞こえる場所から、女性の足音を聞いています。
夜更け過ぎに降り出した雪が、既に積もり始め、女性が敷石伝いに歩いて出て行く、その足音が、
サクサクと音を発し、雪を踏みつけていく様子が、感じ取られます。
ああ雪よ、彼女だけには、厳しく吹き付けたりしないでおくれ、
林檎の花の香りのように、やさしく彼女を包み込んでおくれ。

こう歌っています。
高1の時分にも、この歌の意味は理解できました。ませたガキだったと思います。

この件以降、白秋は一皮向け、才能がさらに開花したとも言われています。

冬の寒さが、厳しければ厳しいほど、春の訪れが、何倍にも嬉しく感じられます。
今の日本も、そんな感じでしょう。

みなさーん もうすぐ、春ですよ!!

投稿者 morita1967 : 11:35 | コメント (0)

2010年02月09日

アバター

日曜日、息子と二人で、アバター3Dを観に行ってきました。

最近の3Dの技術の進歩は、目を見張るものがありますね。
ずっと以前に見た、ディズニーランドや、USJの3Dショーとは、段違いのできでした。

前日に予約をしたので、最前列の席しか取れませんでした。
息子も私も、以前見た経験から、最前列では、途中で気持ちが悪くなるのではないかと、心配していましたが、全く問題ありませんでした。
それどころか、視線を上下左右に移したおかげで、さらに臨場感が増したような気がします。
まさに、自分が、スクリーンの中にいるかのような錯覚に陥るようなシーンもありました。
そこで一句

アバターは
最前列も お勧めよ
頭きょろきょろ
さらにバーチャル

ストーリーは、やはり、ジェームズ・キャメロン監督で、シガニー・ウィーバーも出てたので、最初は、エイリアンの続編みたいでした。
空に浮く岩や、動物が人間と共に戦うところなんかも、ジブリ映画で観たような気がしました。
しかし、アバターを遠隔操作するという発想は、斬新でしたね。

私適には、最後の1時間は要らないような気がします。アメリカ映画らしく、ありえないくらいの展開で、最後は勧善懲悪で終わるのですが、日本人に特有の、滅びの美学で終わってしまっても良かったと思います。まあ、それでは、世界の人は、納得しないのでしょうけど。

いずれにせよ、3Dメガネもお持ち帰りできて、大満足な一日でした。
3Dテレビも、そのうち世に出回るようになるようです。今から待ち遠しい気分です。

最後に、お知らせです。
垂れ目形成と、目尻切開を、ご希望される方が増えて来たため、正式メニューに昇格しました。
どちらも¥105000です。
モニターも募集していますので、よろしかったら、お気軽にお問い合わせください。

それでは、また。

投稿者 morita1967 : 15:10 | コメント (0)

2010年01月28日

天城越え

私は、あまり、外で食事をしません。
昨年も、何回飲みに行ったか、数えられるほどです。
飲みに行くと、最後はカラオケに行くパターンが多いのですが、
自分で言うのもなんですが、人からは、かなりうまいとよく褒められます。
どうしたら、そんなにうまく歌えるのかと聞かれたら、こう答えます。
歌の歌詞の意味を、理解すれば、自然とうまくなりますよと。
本当は、音楽的素養を、両親から受け継いだのと、高校時代、ブラスバンド部に所属していたからだと思いますが。

意外と、皆さん、歌の意味をあまり理解しないで、ただ歌っているだけの方が、多いようです。
その典型例が、石川さゆりの「天城越え」でしょう。
この歌を歌う、若い女の子達は、ほとんど意味を理解していません。
この歌は、最初の2行で、主人公の置かれている現状の、全てのsituationが理解できます。

最初の2行はこうです。
『隠し切れない移り香が いつしかあなたに染み付いた』

この部分の意味はこうです。
この歌の主人公は、アラサー(多分)の女性です。夫も、子もいますが、若い男と不倫状態にあります。
若い男との関係も長くなり、夫の目を逃れて、男の部屋に通ううちに、自分の体に染み付いてしまった、自分では気が付かなかった生活臭、つまり、夫の酒、タバコ、整髪量の臭いや、子供のオムツの臭いなどが、若い男に逢いに行ったとき、男の部屋からも、感じられるようになってきてしまった。
と言う意味です。

若い男は、もてます。自分よりも若くて、きれいな女が言い寄ってきます。そんな女たちに、主人公は当然、嫉妬の念を抱きます。だから『誰かに取られる位なら あなたを殺していいですか?』となるわけです。

『山が燃える~』の部分は、エクスタシーの瞬間です。
本当に山が燃えているのであれば、それは山火事です。すぐに119番通報しなければいけません。

『あなたと 超えたい 天城越え~』の部分も、別に、天城峠にピクニックに行きたいと言う意味ではありません。この現状を打破したい。かけおちでもしてしまいたい。と言う意味です。

不倫をしていると言う罪悪感はあるけれど、『からだうらはら』の状態で、『何があっても もういいの』、『戻れなくても もういいの』と言う心境にまで、至っているのです。

この歌は、決して、肉食系女子の応援歌でも、若い女性の熱き恋心を歌った歌でも、男を口説き落とすために歌う歌でもありません。

歌の歌詞の意味を理解すると、結構人生に役に立つことが多いですよ。

この話を、匠ドットコムの下村代表にしたところ、彼女はいたく感銘し、それから一人でビッグエコー通いを始めた、とのことでした。

その後、歌はうまくなりましたでしょうか?コメント、お待ちしております。

今日は、暖かい南風が吹いていますね。

景気も、どうやら去年の夏あたりが、底だった様で、緩やかですが、回復の兆しが見え始めたような気がします。
この一年も、皆さんと共に、がんばって行きたいと思います。

投稿者 morita1967 : 13:02 | コメント (1)

2009年07月28日

この夏の思い出

今年の夏も、あっという間に終わりました。
東京は、もうすっかり秋の気配です。

この夏の出来事を、だらだらと並べてみようと思います。

まず、お台場のガンダム。
行って来ましたよ。
やっぱり、すごい人でした。
意外だったのは、10代から20代の若い世代の人が、圧倒的に多かったこと。
これからもずっと、ガンダムはブームを続けるのでしょうね。
ガンダムの、右の足元に、警備のおじさんが立っていますので、実際の大きさが分かると思います。

ガンダム.JPG

以前お話した、我が家のビオトープに、タニシの赤ちゃんが出現しました。
配水管に乗っかっているのが赤ちゃんで、その左上にいるのが、最初に買って来たタニシです。

タニシの赤ちゃん.JPG

最初は、一緒に買ってきた、水草か何かに、卵がくっ付いていたのだろうと思いましたが、
交尾のシーンも、観察されましたので、たぶん、繁殖したのだと思います。
金魚ちゃんは、相変わらず、毎日もぐもぐしながら、泳ぎ回っています。

タニシ交尾.JPG

皆さんは、第二東京タワー、東京スカイツリーが、墨田区押上に建設中なのを、ご存知だと思いますが、
我が家から、見えることに気がつきました。
左が、気付いた時点での写真で、右は、高さが100mを越えたあたりの時点です。
よく見ると、中央付近に、何かが空に向かって、ニョキッと伸びているのが分かると思います。
今後も、定点観測で、経過をお伝えしていきます。
東京スカイツリー100m.JPG  東京スカイツリー150m.JPG
 
最近のセミは、子供がセミを捕まえなくなったためか、以前のように、逃げません。
こんなに近付いても、木の幹に、ストロー状の口をズプッと刺したまま、樹液を吸っています。
今年は、冷夏のため、セミも元気がなかったですね。

ミンミンゼミ.JPG

こちらは、涼しい画像で、軽井沢の白糸の滝です。
上流に川はなく、水は、岩肌から滾々と湧き出しています。不思議です。
白糸の滝.JPG


それではまた。

投稿者 morita1967 : 18:02 | コメント (0)

2009年06月30日

先週、韓国に行ってきました。

梅雨も本格的になってきましたね。

先週、エルコーニャレーザーでお世話になっている、メドスター社さんの企画した

韓国、弾丸、見学ツアーなる物に参加してきました。

実質的に、1日の休診日で、2泊3日の研修ツアーでした。

研修のメインは、スマートリポの発展型の、スリムリフトの研修でした。

2日目に、午前中の工場見学の後、日本でも活躍され、5年前にソウルで開業された

品先生のクリニックで、実際に手術を見学をさせていただきました。

スリムリフトは、脂肪吸引に取って代わる物では、あくまでもありませんが、

脂肪が軟らかくなり、吸引しやすくなることや、スキンタイトニング効果があるので、

二重あごのたるみが気になる方の、脂肪吸引に併用するやり方が、最も効果的だと感じました。

韓国では、先端の技術が、すぐに普及してしまう反面、日本では、普通に手に入るものが、

なかなか入手できないなど、意外な面もありました。

ソウルの町並みは、東京とほとんど変わりはありません。

違いといえば、車が右側を走るのと、タクシーのドアが自動で開かないことくらいですよ。

あと、物価が安い!!

最初の晩、日本から一緒に行った、他のドクターと3人で、ミョンドンのバーに立ち寄り、歓談しました。

帰る際、請求書の金額を見てびっくり。  なんと 13万9700ウオン!?

俺たち、そんなに飲んだっけ?そんな言葉が脳裏をかすめましたが、冷静に考えると、

1万円ちょっと。

入国の際、2万円を両替しましたが、2晩飲んで、空港で紙袋いっぱいにお土産を買っても、

まだ、おつりがきました。  韓国、安い。

旅の最後にも、ちょっとしたハプニング。

朝食が、機内食だったのですが、なんと、朝からニンニクたっぷりでした。

同行してくれた、メドスター社の人が、出発前に「韓国の飛行機に乗ると、ニンニクくさいって、

よく言われるけど、そんなことありませんよっ。」って言ってましたが、やっぱり臭うよ。

ジャパン美容外科は、モノレールの始発駅、浜松町にあります。もちろん、モノレールからも見えます。

今回は、羽田空港、発着だったので、本当に、あっという間に着きました。

また、機会があれば、是非言ってみたいと思います。

アシアナ航空.JPG

続きましてー、いつもの虫君シリーズです。

今回のクモは、跳躍するアスリートに見えます。

太もものように見える部分は、体の割りに大きなあごです。

View image

投稿者 morita1967 : 10:39 | コメント (0)

2008年07月24日

はじめまして、ブログはじめました

はじめまして、ジャパン美容外科 院長の森多克行と申します。
今度、ブログを始めてみることにしました。

当院のスタッフが、よく患者様から、「先生って、どんな人なの?」とか
「先生って、いつもあんなに無口なの?」などといった質問を受けるそうです。
患者様にとっては、とてもなぞの多いドクターという印象があるそうです。
そこで、日常のこととか、ふと思いついたことなどを、これから、皆さんに、
このブログを通して、お伝えしていき、少しでも私の素顔とか、本音とかいった部分を、
ご理解いただけたら、と思います。

先日、この美容の杜でもブログを書いていらっしゃる、
銀座みゆき通り美容外科の水谷先生にお会いしましたところ、
先生からも、ブログは良いよって勧められました。

同様に、シエル美容クリニックの小田先生にも、「やってみたらええやん」
なんて励ましていただきました。
実は、小田先生とは、大学の同級生でした。部活も同じで。
何部かって?・・・   空手部です。

今後は、モニターさんの症例写真なんかも、多く取り入れて、
好きな昆虫や植物の話などを中心に、展開していきたいと思います。
それでは、どうぞよろしくお願いします。

ジャパン美容外科:http://www.japan-cs.jp/
水谷先生ブログ:http://www.biyou-m.com/blog/005/
小田先生ブログ:http://www.biyou-m.com/blog/021/

投稿者 morita1967 : 12:13 | コメント (1)